Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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エボル三世⚔様から支援絵を頂きました。
ありがとうございますジオ~

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奇跡を起こす資格1638

 

 

 

「ああ、何てことだ。私が何か余計な事を言ってしまったばかりに!

 彼らがいきなり争い始めてしまったぞう!」

 

「……そうですね。あなたはずっと黙っていた方がいいと思います」

 

 少女が男の襟首を掴み、一気に後ろに飛び退る。

 それを横目で見送りながら、前に出るのは太陽の騎士。

 

 地上に太陽が降臨する。

 ガラティーンの放つ輝きが、鎖の雨を迎撃する。

 剣閃に打ち払われ、灼熱しながら撓む無数の鎖。

 

「―――マスター。宝具使用の許可を」

 

「ええ、お願い!」

 

 大人しくエルキドゥの導きに従っていたのは様子見だけが理由ではない。

 この地の勢力図と、そこに分布した人類の生存圏。

 それの把握が出来ていなかったからこそ。

 ()()()()()()()()()()()、分かっていなかったからこそだ。

 

 だが。女神の手の者と、花の魔術師が断言した。

 ここより先は全て、異邦より来る魔獣の女神の支配地域なのだ、と。

 ならば最早、太陽の騎士の剣に憂いはなく。

 

 つまり―――

 地上を灼き払い、大地を大きく傷つける聖剣の解放さえも。

 これより先は、戸惑う余地はない。

 

 ガウェインが腰を落とし、剣を構える。

 その瞬間に立ち昇る太陽の熱量を見て、エルキドゥが鼻を鳴らした。

 だが彼に割り込んでくる余裕はない。

 

 奔らせる槍が赤い閃光を曳き、空気を焦がす。

 呪力を帯びたその牙を奮うのは、獣の如く跳ねる青い影。

 鎖を躱し、潜り抜けて、迫撃する大英雄。

 クー・フーリンの攻勢に対し、エルキドゥはそちらにまで手は回らない。

 

 彼は鎖を繰りながら面倒そうに目を細くした。

 そうして、ちらりと自分の背後を確認する。

 

「ハ―――ッ! よそ見たぁ余裕があるじゃねえか!」

 

「勿論あるとも。ボクには、ね。

 ―――まあ、仕方ない。森を灼かれて彼女の寝床まで攻撃が届いたら面倒だ。

 キミたちはこのままボクが相手をするけれど、そちらの連中は任せてしまおう」

 

 目前まで迫った呪槍に対し、二条の鎖が絡むように動く。

 それのみならず、槍の持ち主であるクー・フーリンにも。

 そんな動きを察知して、彼は舌打ちしつつ槍を引き戻して大きく退がる。

 

『――――! 大規模な魔力反応……!

 この反応、はッ……竜種! ファヴニールと同等、いやそれ以上!?

 位置は、上だ! 頭上からくる、注意を――――!!』

 

 悲鳴のようなロマニの報告。

 それと同時に、彼らの頭上に巨大な影がかかる。

 かつて第一の特異点、フランスで見たファヴニールを凌ぐ巨体。

 圧倒的な巨躯が翼を羽ばたかせ、尋常ならざる速度でこちらに向かってきていた。

 

 ガウェインが構えを崩す。

 宝具を空に撃ち放って迎撃するには、僅かにタイミングが遅れると判断して。

 

「ガウェイン、前に! ソウゴ!」

 

「は―――!」

 

 ツクヨミから指示を受け、ガウェインが踏み込む。

 それと同時、ウィザードアーマーを纏っていたジオウが黄色い魔法陣を浮かべた。

 ガウェインが立つ地面だけが、まるで塔のようにせり上がっていく。

 

 地面にそのまま激突されれば、その衝撃だけで人間が死ねるような圧倒的な質量。

 ならば、それは空中で迎撃するしかない。

 あるいは空に足場を造り、そこで。

 

 ―――立ち上がる塔に、巨大な質量が激突する。

 頭から突っ込んできた毒々しい青い鱗を持つ巨竜。

 それを力尽くで足場を整えた太陽の騎士が、万全の体勢で迎え撃つ。

 

 刹那の内に地面から立ち上がった塔は消し飛び、ガウェインが弾き飛ばされる。

 だが、同時に。

 青い竜がその勢いを使い果たしたかのように減速した。

 

 その勢いを全て受け止めた太陽の騎士が、射出された弾丸のように地面に着弾。

 大地を粉砕し、砂塵を巻き上げ、土の中に埋もれる。

 

 顔面から全速力でガラティーンに激突しておいて、傷は顔を覆う鱗についた僅かなものだけ。

 そんな怪物が、ガウェインに勢いを完全に殺された状態で苛立たしげに着陸した。

 

「ガウェイン! 無事!?」

 

「―――当然です。お気になさらず」

 

 舞い上がった砂塵を斬り払い、太陽の騎士は即座に復帰する。

 白銀の鎧を土で汚しながら、しかし彼は何ら支障はないとばかりに前へ出る。

 より苛立たしい、と。

 青き竜が喉を震わせて唸りを上げた。

 

「さあ、毒竜(バシュム)。適当に彼らの相手をしてあげるといい」

 

 エルキドゥの言葉に反応し、バシュムと呼ばれた竜がその口を開く。

 喉の奥から溢れ出す、炎であり毒である濁流。

 竜の口から噴き出すのは、触れたものを悉く溶かす毒の息吹。

 

「と、なれば。盾役は私の出番かな?」

 

 そうして押し寄せる毒の熱波の前に、フィン・マックールが立ち誇る。

 マシュが前に立つ前に、美貌の男は軽やかに前へと躍り出た。

 彼がぐるりと回す槍の穂先。

 それをなぞるように溢れ出す水流が、正面から毒の津波を塞き止めた。

 

 炎を消火し。毒と混ざり。

 そんな槍に伴う水流を、放った傍から打ち捨てる。

 毒と水がぶちまけられた地面が溶け、刺激臭を撒き散らす。

 戦神由来の水を盾とし扱って。

 しかしそうやって薄めたというのに、毒性はまるで弱まらないほどに強い。

 

 肩を竦めて打ち水を続けながら、しかし困ったようにフィンは眉を顰めた。

 

「はっはっは、これは困った。私は毒の対処に掛かり切りにならざるを得ないようだ。

 しかしどうしたものか。あれほどの毒だ、もし仮に太陽の聖剣などと撃ち合う事になれば、蒸発した毒が人間どころかサーヴァントの肺だって溶かすのではなかろうか。どうにか仕留めようとしても、あの鱗の頑丈さは今まさに証明されたばかり。

 エルキドゥも相手にした二面作戦では攻め手に欠ける。いやはやなるほど、これは困った。バシュムと言う名に恥じない、とてつもない竜じゃないか」

 

 雑談のような気軽さで言葉を並べつつ、彼は一滴の毒さえ逃すことなく撃墜する。

 そんな気軽さどこにもなく、通信先で声を荒げるのはDr.ロマニ。

 

『バシュムだって……!

 バシュムと言えば、シュメル神話に登場するティアマトが産み出した十一の魔獣の一柱!

 そんなものがいるだなんて嘘だろう!?

 もしその女神がそれを産んだなら、魔獣の女神だなんてレベルじゃない!

 世界創造の権能を持ち合わせた――――!』

 

「ええ、もちろん。あれは真正のバシュムには程遠い紛い物かと」

 

 ―――叫ぶロマニの言葉を遮る声。

 エルキドゥの鎖を撃墜するために射撃を続けていたアタランテ。

 彼女がその声を聴いた途端に、嫌そうに獣の耳を揺らした。

 

「私としても聞いた話で申し訳ありませんが、バシュムはあの程度ではない。

 毒に耐性を有するサーヴァントさえ、息吹だけで溶かし尽くす毒性の塊。

 呼吸するその竜の前に立っていられる、というのなら。

 バシュムと言う名は誇大広告なのだと言わざるを得ないでしょう」

 

「――――天草四郎!」

 

 立香が思わず振り返り、彼の名を叫ぶ。

 初見の筈の人間に名を呼ばれ、白髪にして褐色の肌の青年が眉を軽く上げた。

 黒の着物の上に赤と白の羽織をかけた彼―――

 天草四郎が、呼ばれた名に同意を示す。

 

「ええ。ご存じであったなら幸いです。

 マスターより指示など頂いていませんが、助太刀に参った次第です。

 と言っても、あの竜に切り込める戦法など持ち合わせていませんが」

 

「だったら役に立たんな。まあ、専門家の教示を受けていたのだろうからな。

 あの毒竜が偽物だ、と。その情報だけは信じるに値するやもしれんが!」

 

 アタランテが空中で切り返し、バシュムの方へと矢を仕掛ける。

 眼球を狙い放たれた矢。

 竜はなんということもなく、それを鬱陶しげに首を振り回すことで防いだ。

 鱗は一切の傷を負わず、矢を悉く弾き返す。

 

「まったくです。ですが、まあ多少は」

 

 天草は腰に佩いた剣に手をかけることなく。

 懐から柄だけの剣を引き抜き、その刀身を魔力で編み上げた。

 

「―――“左腕・天恵基盤(レフトハンド・キサナドゥマトリクス)”」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 夢魔のルールなど、英霊になろうと人間に過ぎない天草四郎に使いこなせるはずもない。

 が、それでも相手が貸してくれるというなら借りるまでだ。

 

 彼の魔術にして宝具たる腕を見て面白い、と。

 そう言って当たり前のように自分の魔術を使わせる化け物だ。

 考えても仕方がない。

 

“だってほら、自分が使う魔術の事をちゃんと細部まで把握してなきゃ使えない、ってなったら僕の方こそ魔術なんて使えなくなっちゃうわけだし。

 だからこそ、その腕は興味深い。必要だから面倒だけど使うもの、使わなきゃならないもの、っていうなら僕にとっての魔術と同じわけだし、多分頑張ったら私と同じ要領で魔術とか使えるんじゃないかな? いや、もちろん保障はできないんだけれど。

 ほら、このくらいの時代となると割と何でもアリだった頃。魔術が何だって出来た頃だ。その時代の基盤にも何となく繋がれる、となれば。多分、意外と何とかなるんじゃないかな?”

 

 などと。

 最後まで何一つ保障せず、魔術師は彼を自分の代理人に仕立て上げた。

 まあそれが必要な事だ、というのなら彼に否やはない。

 

「―――“右腕・悪逆捕食(ライトハンド・イヴィルイーター)”」

 

 限界まで酷使して、それでも片目の視界がせいぜい。

 本来ならば主よりの啓示が保証する未来が視える、かもしれない眼。

 そこに夢魔の視界を借り受ける。

 資格なき者がそんなものを見れば情報量に頭が破裂しそうになるが―――

 それでも、現在(いま)を見通すだけの眼である分、まだマシだ。

 

 それにこれでも、魔術師の方で視る情報を制限しているのだろう。

 限界ギリギリまで詰め込まれた情報を精査しながら、天草四郎は動き出す。

 

「―――さて。多少は何かするために、少々無理をしましょうか」

 

「っ、味方でいいのね!?」

 

 オルガマリーの質問に対し、にこやかに微笑み。

 

「いいえ。あくまで私はサーヴァントですので。

 今のマスターの敵である魔獣と戦うという行動の範囲内で協力するだけです」

 

「いざという時には私があの竜の前に蹴り込んで囮に使う。

 とりあえず気にせず、使い潰すつもりでいればいいだろう」

 

 アタランテがそう言いながら、続けてバシュムの眼球を狙う。

 鬱陶しげに、苛立ちを募らせて、巨竜がアタランテに顔を向けた。

 当然その動きに合わせ、フィンもまた足を動かす。

 

「やれやれ。麗しき姫君の視線ならともかく、竜の視線を独り占めにしなければならないとは。

 輝きすぎるのも考え物かな?」

 

 いい加減毒を吐くだけではそれを突破できない、と。

 その事実を理解してか、バシュムが巨体を大きく揺らした。

 全力の突撃(チャージ)の前兆。

 圧倒的な質量と頑丈さで目の前の全てを轢き潰す力技。

 

 そんな光景を前にしながら、天草が朗々と語る。

 

「確かにあれは毒竜バシュム。その名を授かった近しい魔獣なのかもしれません。

 ですが、あくまで近しい存在というだけだ。

 爪を立てるか、吐息を落とすか。

 ただそれだけで不老不死が死を願うほどの毒を撒き散らす神獣の域にあるものではない」

 

 敵の攻撃動作の起こり。その間隙。

 その瞬間をついて、ドレイクが背後から砲塔を浮かび上がらせる。

 魔力で編まれた砲弾に装填の隙はなく、即座に発砲。

 砲弾が青い鱗に間違いなく着弾し、爆炎を上げた。

 

「つまり、あの口から吐く毒にだけ注意すりゃいいってんだろ?

 だったら遠慮なく撃たせてもらおうじゃないか!」

 

「毒に細心の注意を払わねばならない、というのはそうだが。

 しかしだからといって、それ以外の部分も侮れまい」

 

 爆炎を突き破り、竜が侵攻を開始する。

 ドレイクの砲弾が直撃したにも関わらず、その鱗には微かな焦げ跡以外にない。

 一切のダメージなどないままに、バシュムは突撃を慣行し―――

 

「申し訳ありません、レディ。()()()()()()()?」

 

 ドレイクの横に、ガウェインが立つ。

 ガラティーンを構えたままにそう問う彼に、ドレイクは呆れた風に笑う。

 

「は。アタシがレディなんてガラかい、ケツが痒くなるよ!

 貸してやるからその呼び方は止めな!」

 

「失礼しました、キャプテン・ドレイク」

 

 ドレイクが砲身を一度消し、再び背後の空間を歪め。

 彼女の意志に呼応して突き出してくる砲塔。

 勢いよく飛び出してくる砲身を飛び出す足場の代わりにし、ガウェインが踏み切った。

 

 射出される白銀の鎧の騎士。

 正面から激突しにくるバシュムに対し、彼は全く同じ対応を取った。

 聖剣を突き出しながら弾丸と化すガウェイン。

 

 竜の巨躯と弾丸と化した騎士が正面から衝突する。

 当然のようにぶつかりあった瞬間に弾き飛ばされるガウェインの体。

 だがそうなりながらも、バシュムを覆う鱗の一部が弾け飛ぶ。

 同時に巨竜の体が揺らぎ、その突進力が大きく落ちた。

 

 バウンドしながら跳ね返ってくる騎士が、すぐさま地面を蹴って飛び起きる。

 それでも勢いは止めきれず、地面を滑っていくガウェイン。

 

 そんな彼が自分より後ろに流れていくのを見送りつつ。

 二世が集中するように、片目を瞑った。

 

「―――ガウェイン卿にあれを減速してもらって何なのだが。

 残念ながら、十秒と保たんだろう。それで何とかなるかね」

 

「決め手にはならずとも意味はあるだろうさ。では、よろしく頼むよ」

 

「了解した。では、“石兵八陣(かえらずのじん)”に取り込もう」

 

 まったくもって不満げに、エルメロイ二世は掌を突き出す。

 この地は魔獣の女神のテリトリー。

 そんな場所に完璧な状態で張り巡らせるには、少々時間が足りなかった。

 

 蹈鞴を踏んでいた竜を囲むように、降りてくるのは石柱の群れ。

 竜の巨体を取り囲み、展開されるは“石兵八陣”。

 それは軍略の極致、神仙の域にある軍師の究極。

 

 ―――だが、それが竜を相手に何の意味を持とうか。

 人の機微を支配する軍師の有り様は呪いの如く、敵兵を蝕むだろう。

 だが超自然の徒である竜に、そんなものが一体何の効果を及ぼすというのか。

 

 囚われながら、竜が怒りの色を瞳に浮かべる。

 体を震わせて自身を縛る呪い、閉鎖された岩の砦を強引に粉砕するべく―――

 

「……まあ、私だけなら意味は薄かろう。

 今回ばかりは、必要とするのは侵入者を迷わせる奇門遁甲などではない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。では……」

 

 諸葛孔明たる彼がゆるりと腕を揮い。

 それに合わせて奮われた槍の穂先に水流が飛沫く。

 

「―――()()()と行こうか」

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”―――――!!」

 

 大地の一区画に向け、津波が押し寄せる。

 フィン・マックールが解放した力が、一息の内に迷宮に流れ込む。

 圧倒的な水量のもと、瞬時に水没する軍師の迷宮。

 その中に囚われていたバシュムもまた、瞬く間に全身を水の中に呑み込まれた。

 

 当たり前のように口腔から体内へと侵略する水。

 戦神ヌァザの司る神気に溢れた津波。

 それをしこたま呑まされたバシュムが、咆哮も出来ずに気泡を撒き散らす。

 

「このまま溺死させられれば上等なのだがね」

 

「ははは。オリジナルほどではないと言っても、だ。

 いくら何でも少し呼吸ができない程度で死んでくれる相手ではなかろうよ」

 

 宝具を維持できる期限を心中でカウントダウンしつつ、毒づく二世。

 そんな彼を笑い飛ばし、フィンは流水を維持し続ける。

 

「だが魔獣は生物、生命活動を行っているものだ。一応は、ね。

 生命の維持に必要かどうかはともかく、呼吸という機能は持っている。

 つまり。竜とはいえあくまで生物である以上―――

 息を吐く前には、息を吸う必要があるわけだ」

 

 気泡も既にその口から漏れてこない。

 水中で身を捩る青い竜は、今は閉所の中でもがいているだけ。

 

「解放された後、水をある程度吐き出し、息を吸い、ブレスを放つ。

 ああ、数秒とかからずやり遂げるだろうさ。だが―――」

 

「マシュ! ガウェインみたいに跳べる!?」

 

「―――了解しました、マスター!」

 

 守りについていたマシュが、即座に反応する。

 そのやり取りにドレイクが訝しむように微かに眉を上げ、一瞬遅れて理解した。

 

 立香がその腕を伸ばし、礼装の機能を励起する。

 マシュが盾をドレイクの方へと向け、彼女と視線を交差させた。

 

「ったく。こいつは本来、砲弾以外を撃ち出すもんじゃないよ!」

 

「はい、すみません!」

 

「いいよ、許した。んじゃあ、飛んでいきな!!」

 

 砲口が突き出す。

 それが盾に激突すると同時、マシュが地面を蹴って跳ぶ。

 砲弾代わりに加速、射出される少女の体。

 そんな彼女の飛翔を見た瞬間に、二世の結界が限界を迎える。

 

 解れる空間。崩れる石柱。

 満ちていた水が一気にその場から溢れ出し、洪水を起こす。

 地面に流れていくそれを飛び越して、一路バシュムへと飛び込むマシュ。

 

「っあああ――――ッ!」

 

 バシュムがその首を振る。口から溢れ出すのは神性を帯びた水流。

 体内にまで満ちたそれを一息に吐き出す―――前に。

 竜は自身に向かってくる少女を認識した。

 

 それが脅威だ、と認識したのではない。

 ただ向かってくる敵、自身を苛立たせるものの一つとして目に留めたのだ。

 彼女が構える盾が直撃したところで、竜の鱗に傷などつかないと理解している故に。

 

 だから。

 彼は水を吐き落とすことすらせず、自身の首を向かってくるものに向けた。

 大口を開け、相手を噛み砕く姿勢。

 

 少女が牙にかかる正にその瞬間、閉じられる顎。

 

 刹那のズレで自分が噛み砕かれるという、そんな中で。

 彼女は、確かに自身が手にした無敵の盾の銘を呼んだ。

 

「―――“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”!!」

 

 聖なる城塞。その一部が確かに、円卓を中心に顕現する。

 無敵の壁たる光の盾が、竜がその顎を閉じた正にその瞬間に、そこに確かに顕れた。

 

 盛大に牙が打ち付けられる。

 少女を噛み砕こうと口を閉じる竜。

 そこに現れた無敵の壁。

 であるならば竜の牙は当然、全力で壁に喰らい付く事となり―――

 

 ―――絶叫するように、竜の巨体が震える。

 牙が砕けて破片を散らし、同じく砕けた下顎が力なくぶらりと揺れた。

 竜は喉を震わせて、揺らした水瓶のように神聖なる水を口の中から撒き散らす。

 

 怒る。怒る。怒る。

 毒竜の怒りが、自身の目の前で浮く人間に向けられる。

 光の盾を即座に解除した少女は、既に落下を始めていた。

 動かない顎ではそれを再び噛み砕くことに挑戦はできない。

 ならば、全体重をかけて地に落ちる少女を叩き潰す。

 

 そのために竜は水を吐き出しながら前のめりに突き進み。

 

「オーダーチェンジ!!」

 

 狙っていた獲物。

 盾の少女を、その視界から見失った。

 

 代わりに一瞬前まで少女がいた場所に現れる、銃を手にした一人の女。

 そんなものに用はない、と。

 怒りに震えた竜が、更に大きく喉を震わせようとした瞬間。

 

 ―――砲身四門。虚空から突き出した大砲四つ。

 宝具たる船が備えたカルバリン砲が、彼の喉の奥にまで突っ込まれていた。

 水に満ちた肺では息吹を吐けず。

 砕けた顎ではそれを噛み砕く事も出来ず。

 

 ただ、新たに目の前に来た女が笑う姿を見る。

 

「鱗に弾かれる、ってんならもう直接腹の中にぶち込むしかないだろう?

 さあ、遠慮しないでしこたま呑ませてやろうじゃないか!

 “黄金の鹿号(ゴールデンハインド)”ご自慢の砲撃、たんと味わっていっちまいな!」

 

 光が溢れる。

 魔力を砲弾とし、吐き出す宝具化した大砲群。

 それが直接、バシュムの喉の奥で炸裂した。

 

 その瞬間、ドレイクの襟首を引っ掴み離脱させにくるアタランテ。

 彼女の俊足が爆風を置き去りに、二人揃って竜から離脱させてみせた。

 

 爆発するようにバシュムの首から上、頭部が弾ける。

 頭蓋が砕け、喉が裂け、八つ裂きにされた口腔が血を噴き上げる。

 血には毒なし、と。

 その事実を確かめて、僅かに安堵する二世。

 

 ―――それでも。

 頭部を決壊させながらも、その竜は駆動を続ける。

 噴き出す血と水の間欠泉。

 そのまま続け、死と毒を撒き散らすために毒竜は動き続け―――

 

「呼吸は乱れ。鎧たる鱗は内側より崩れ―――既に勝敗は決した。

 その足掻きを、我が剣が両断しましょう」

 

 体内で爆発した熱量で膨れ上がった肉。

 千々に乱れた鱗を縫って刺し込まれる白銀の刃。

 瞬くように差し込む陽光の一閃が、竜の首から先―――

 バシュムの頭部を、一息に斬り飛ばした。

 

 着地するガウェインに続き、失墜する竜の頸。

 地面に叩き落とされたそれを認め、魔術師たちが目を細める。

 

 血が毒ということもなく。

 肉が毒ということもなく。

 死骸が丸々に毒に変わるという事もなく。

 その事実を以て、彼らは毒竜を確かに討ち取った。

 

 潰えた竜の命を横目に、僅かばかり眉を顰める神の兵器。

 そちらの戦場を観察しながらも、兵器たる彼の稼働に一切の陰りはなく。

 

 エルキドゥに向け三つ、魔力で編まれた刀剣が舞う。

 並みの感覚で追いきれないだろう、縦横無尽に宙を舞う天の鎖。

 それに一切の迷いなく激突させる一撃。

 

 火花を散らし、のたうつ鎖。

 確かにネロを捕らえる直前だった鎖を、余りに正確に撃墜する投擲。

 その事実にエルキドゥが強く顔を顰めた。

 

「……バビロニアからわざわざ着いてきていたのか。

 折角の増強戦力への迎えがキミくらいしか来ないのは、随分と怠慢だね」

 

 であるというのに、自分がそれを察知していなかった、と。

 エルキドゥは先程姿を見せた白い男を自身の知覚能力で探す。

 が、その探知に相手はまるで引っかからない。

 

 これと同じように、天草四郎はここまで着いてきたのだろう。

 誰にも気づかれないようにする術を、強引に真似て。

 

「探知防御? 転移魔術?

 ―――いや、幻術だろうね。視えないだけだ」

 

 鼻を鳴らすようにしつつ息を吐く。

 鎖のコントロールを取り戻すために空いた、動きの隙間。

 その合間を擦り抜けて、白い刃が駆け抜ける。

 

 撓んだ鎖の包囲網を突破して、花嫁衣裳が戦場に輝いた。

 

 面倒そうに片眉を持ち上げつつ、エルキドゥの掌が地に触れる。

 その瞬間に地表から無数の武具が立ち上がった。

 即座に発生する濃密な刃の林。

 そんな空間を前にして、眉を顰めつつ横へと跳ぶネロ。

 

「むぅ―――ッ!」

 

 そのタイミングで捕えようと、袖口から更に鎖が伸びる。

 が、伸びる鎖の前に黄色い魔法陣が発生。

 そこから生じた鉄の鎖が、エルキドゥの放った鎖に絡みつく。

 

 二条、三条と。増え続けて十を超え。

 鎖同士で絡み合い、縛り合い、引き合いに持ち込まれるエルキドゥ。

 

「―――――」

 

「あんただって一人で俺たちを迎えに来たし、おあいこじゃない?」

 

 片手分の鎖を全て絡め取りながら。

 ジオウは両腕を突き出して、魔力をバインドに注ぐ。

 頑丈さに優れた無数の鉄鎖がそうしてエルキドゥの片腕を封じ。

 

 その瞬間。

 ネロ・クラウディウスが加速する。

 クー・フーリンが加速する。

 

 フリーになったネロは一直線にエルキドゥを目掛け。

 もう片腕から伸ばされた鎖を掻い潜りながら、クー・フーリンは走り抜ける。

 ほぼ同時に、相手まで到達する二つの刃。

 

「―――残念だけど、まるで違う。

 ボクは単に、それを可能とする性能を有しているだけなのだから」

 

 絡めたバインドの鎖が、一気に割れる。

 ジオウが即座に堪えようと力を籠め、しかし。

 加重が倍に跳ね上がった事に耐え切れず、ウィザードの鎖は粉砕された。

 

「――――!?」

 

 纏わりつく鎖を砕いて散らし、そのまま両腕から放つ鎖を縦横無尽に奔らせる。

 攻め切れると踏んで加速していたネロ。

 彼女が自身を磨り潰さんと蠢く鎖を前に、ブレーキをかけた。

 

 力強さを増した代わりに動きの精緻さに欠ける。

 破壊力に長けた代わりに動きから速さが失われる。

 そんな力任せな鎖の結界を前に進み切れず―――

 

 剣を鎖の一条に撃ち合わせ、彼女は弾き返された。

 

「ぬっ、ええい……!」

 

 その反対側からなお、加速して突っ切るのは青き獣。

 鎖を弾き、その衝撃で減速する事を嫌い、彼は鎖のただ一条にすら構わず。

 手にした槍へと呪力を纏わせながら、最高速へと辿り着き―――

 

 突如鎖から力が抜け、代わりに速度が三段増した。

 クー・フーリンが最高速に達する最後の踏み込みに合わせて。

 まったく同時に、鎖の速度が彼に匹敵したのだ。

 

「チィ……ッ!」

 

 体捌きだけでは躱し切れぬ、と。

 即座に判断して彼は鎖を槍で迎撃する。

 衝撃でエルキドゥから離され、とても槍で突ける距離ではなくなった。

 のみならず、弾いた勢いでクー・フーリンの足が地上から離れる。

 

 空中に浮かされ、槍を振り抜いた姿勢のまま。

 そうして隙を見せた相手に対し、エルキドゥが妖しく嗤う。

 途端に彼の周囲の地面から溢れ出す、星の息吹を押し固めた武具の群れ。

 

「まずは一人、串刺しだね」

 

「そうだな。まずは一人、心臓一刺し戴いていく――――!」

 

 空中にあるままに、クー・フーリンが更に槍の呪力を高める。

 そんな足掻きが達成される前に、串刺しにするのはこちらの武具だ、と。

 エルキドゥは地上から放つ全ての武装を打ち上げんとし―――

 

「―――いざ式場下見(ブライダルフェア)! “招き蕩う黄金式場(ヌプティアエ・ドムス・アウレア)”!!」

 

 その一帯だけが切り取られ、黄金の結婚式場へと変貌した。

 開かれる豪華絢爛。顕現する壮大華麗。

 彼女の皇帝として、芸術家としての全てがそこに現れる。

 

「……ッ!?」

 

 彼の体は大地に根付くもの。

 星の息吹を大地から汲み取る戦闘兵器。

 

 天の鎖と、大地。

 その間に人が築いた建築という壁が一枚、立ちはだかる。

 この空間に限っては支配者たるネロ・クラウディウスが屹立する。

 

 汲み上げていた力が、強引に引き剥がされる。

 いや、彼が引き連れていた別所にある“力”だけが式場への入場を許されない。

 デート気分の下見、溜めの足りない最速展開とはいえ、だ。

 式場に踏み込めるのは、招待状を送られた白薔薇の皇帝(ブライド)に選ばれたものだけだ。

 

 力の供給が乱れ狂う。

 大地から立ち上がっていた筈の武装が崩れ去っていく。

 

「“突き穿つ(ゲイ)―――!」

 

 そんな隙を曝そうものならば、青の槍兵は見逃さない。

 いいや、こうなると分かり切っていたからこそ。

 こうして、必殺の一撃を放つ準備を完了していたのだから。

 

「……舐めるなよ、旧人類!」

 

死翔の槍(ボルク)”――――ッ!!」

 

 鎖が奔る。

 エルキドゥを囲うように、数え切れない鎖が渦を巻く。

 

 その直後に放たれる真紅の魔弾。

 隙間などどこにもないように見える、鎖の繭。

 それを潜り抜けて、ゲイボルクは狙った獲物へと突き進む。

 

 繭の中で爆発する呪力。

 中った、と理解した瞬間にネロが己の式場を解除する。

 強引に展開してみせた宝具ではこの短期間がせいぜい。

 その上で襲い来る疲労感を吐き出しつつ、彼女は鎖の繭から目を逸らさない。

 

 鎖を突き抜けた真紅の槍が、反対側の地面に転がるとからからと音を立てている。

 そんな中で、

 

 鎖が爆ぜる。

 繭を突き破り、エルキドゥが再顕現する。

 傷一つなく、神の兵器は嗤いながら姿を見せた。

 

「なるほど、いい一撃だったよ。意味はなかったけれど」

 

 エルキドゥの鎖が転がり落ちたゲイボルクに伸びる。

 引き寄せる間もなく、それは彼の鎖に絡め捕られ―――

 

 る前に、黒い影が横からかっさらっていった。

 

「――――大した気配ではないから無視していたけれど。

 なるほど、落とし物を拾うくらいしか仕事がないのだね」

 

 呆れるように肩を竦め、エルキドゥが失笑する。

 己が嗤われている事に鼻で笑い、髑髏の面はすぐに槍兵の元まで辿り着く。

 

 自身の背後にまで迫ったアサシン。

 彼から受け渡される槍。

 そんな状況に対し、ランサーが微妙に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「そういうわけです。落とし物を拾ってきました」

 

「……おう。何を拾ってこようが構わねえが、拾い食いはすんなよ」

 

「ええ、そうですね。どうやら―――この場には私が喰えるものはなさそうで」

 

 己の元に戻ってきた槍を握り直し。

 そうして、同時に受け渡された言葉に目を細めるクー・フーリン。

 ハサンは軽く呪布で巻かれた腕を揺らしている。

 それが意味する事を理解して、彼は小さく笑ってみせた。

 

 彼の宝具に対し、エルキドゥの対応は良かった。

 ゲイボルクは絶対必中の一撃。因果逆転の魔槍。

 その対応としては大きく分けて二つ。

 放たせない。もしくは受けた上で耐える、だ。

 

 だから鎖の繭で視界から姿を隠す、というのはとてもいい。

 投げるクー・フーリンが相手を見失えば、その一撃は外れるのだから。

 もっとも今回は確かに当てた手応えがあった。

 心臓とは行かずとも、手足の一本は確実に吹き飛ばしていたはずだ。

 

 が。相手は神造兵装にして泥人形。

 大地に足をつけている限り、基本的に不死身の怪物のはずだ。

 だが、ひとつ、ちょっとおかしいだろう。

 

 エルキドゥは何故死んだ。

 そのくらいは知っている。

 あの先程姿を見せた女神の怒りを買い、神々から呪詛を受けて衰弱死したのだ。

 まあゲイボルクが神の呪詛に及ぶ、とまでは言うまい。

 だが、呪殺される余地がある人形が刹那に飲み乾せるほどに弱いものとも思わない。

 

 ―――そして。

 心臓喰らいの暗殺者が言ってみせた。そこに、心臓がないと。

 仮にあったとして、あれほどの存在に魔人の腕が通用するかどうかはともかく。

 効くか効かないかと問う段階ですらない、と彼は明言した。

 

 相手はサーヴァントではない。

 既に死んでいるはずの、この時代に生きていた人形だ。

 呪詛で死んだ後だというなら、なおさら槍の呪いの()()はいいだろう。

 

 ではどうやって動いている。

 ではどうやって手か足を吹き飛ばされ纏わりついた呪詛を押し流した。

 

 青き獣が槍を構え直し、腰を落とす。

 

「ハ―――しょうがねえ。じゃあ、直接ぶち込んで確かめてみるか?

 マスター! 意表を衝くのは任せたぜ!」

 

「うん? うーん、分かった。まあ多分、隙を作るくらいなら簡単だし」

 

 軽く言葉を交わす主従。

 その態度を前にして、エルキドゥが表情をきつく顰めた。

 

「ボクに隙を作る? ふふ、出来ないとは言わないでおこうじゃないか。

 実際いま、一度衝かれたばかりだ。存分にやってみればいい。

 そんなものには何の意味もないと、心の底から理解できるまでね―――!」

 

 鎖が躍る。

 ソウゴが隙を作り、クー・フーリンが踏み込む。

 その流れを理解して、ネロが即座にバックアップに回る。

 

 ハサンの放つ短剣。天草の放つ黒鍵。

 それらが空中で弾け、鎖を何とか逸らしてみせる。

 だがまるで手が足りない。

 鎖の暴虐は数秒とかからず、彼らの防戦を押し切るだろう。

 

〈ゴースト!〉

 

「じゃあやらせてもらうよ。結構驚くんじゃないかな?」

 

 だからその前に、ジオウは新たなライドウォッチを手にしていた。

 ベゼルを回し、スターターを押し込み、起動するのは最新のレジェンドの力。

 ああ、とクー・フーリンが納得する。

 と、同時。彼は呪槍を手に疾風の如く駆けだしていた。

 

 流れるようにジクウドライバーに装填されるウォッチ。

 ジオウの拳がドライバーの上部を叩き、ロックを解除してみせた。

 そうして回転する、ドライバーのメーンユニット。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 ジクウマトリクスが描き出す、ライドウォッチに秘められた力。

 

 仮面ライダーゴーストが、ジオウの鎧として再現される。

 眼魂を模したショルダーユニット。頭部から伸びる角、ウィスプホーン。

 そして“ゴースト”という文字に変わる、インジケーションアイ。

 

〈カイガン!〉

 

 幽霊の如くゆらりと揺れて、ジオウがパーカーを羽織るように鎧を纏う。

 英雄の力を宿した眼魂を象徴とする戦士。

 命を燃やした、不滅の魂が生み出す、無限の可能性の体現者。

 その名を―――

 

〈ゴースト!〉

 

 そうして、その直後。いつも通りに。

 彼らはこの後、何が起きるか知っている。

 カルデアに所属するものならば、きっと誰もが知っている。

 

「祝え!!」

 

「――――!?」

 

 エルキドゥの背後から声が上がる。

 彼と言う最高の性能を持つ機体の感知を完全に擦り抜け、登場してみせる者。

 すぐさま彼は振り向きつつ、地上から武器を撃ち出した。

 それが届く前に、しかしその人物は既にストールを揺らしてまたも転移し終えている。

 

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者。

 その名も仮面ライダージオウ・ゴーストアーマー!

 また一つ、ライダーの歴史を継承した瞬間である……が。

 我が魔王? 私を目晦ましにするような事はやめてくれ、と前に言ったと思うけどね」

 

「でも黒ウォズならやってくれる、って分かってるし?」

 

 仕事を終えた、と己の眼魂ショルダーを撫でるジオウ。

 その背後に姿を現した青年は、本を手に呆れるように肩を竦めた。

 

 背後からの思わぬ強襲。

 突然出てきた人間がただ声を張り上げるだけ、という不意打ち。

 それに対応しようとしたエルキドゥが、これ以上ない隙をさらす。

 

 走り出していたクー・フーリンが加速する。

 攻め手が緩んだ鎖への対応がより苛烈になり、道を拓く。

 その疾走こそが突き出される槍の一撃が如く。

 クー・フーリンが、エルキドゥを目掛けて殺到した。

 

「今度こそ、決めさせてもらうぜ―――?」

 

「……二度も同じ手を、喰らうものか―――ッ!!」

 

 エルキドゥが振り向いて、その手を掲げれば。

 地から噴き出し、溢れ出す神器の群れ。

 氾濫する武装の雪崩。周囲一帯を薙ぎ払うように無秩序に振るわれる刃。

 

 それはしかし、クー・フーリンの足を止めるには足らず。

 だが確かに、それ以外のサーヴァントに対しての足止めとして働いた。

 

 神具の雪崩を防ぐために、他のサーヴァントは動けない。

 先程のネロのような割り込みは、もうできない。

 

 エルキドゥがその性能を完全に速度重視に切り替える。

 クー・フーリンを凌駕するほどの、完全なる速さを持った存在への変容。

 その肉体で行使する天の鎖は、何者をも逃さない絶対の鎖。

 

 一瞬やそこら意識を奪ったところで越えられぬ鎖の結界。

 疾走する戦士の腕を掠め、脚を掠め、槍で弾くような余裕も与えず。

 それは確かにクー・フーリンを捕らえてみせた。

 微かに揺れた男に対し、ここぞとばかりにぐるりと巻き付く天の鎖。

 

 ようやっと捕まえた相手にエルキドゥが口端を吊り上げ―――

 

 くしゃり、と。

 鎖がそのクー・フーリンを、まるで布を絞るかのように潰していた。

 

「な、――――」

 

 いまの鎖にそれほどの力を込めているはずがない、と。

 速度に全てを振り分けていた彼が驚愕する。

 同時に晴れていく、エルキドゥの眼に映っていた光景。

 

 潰れていたのは、クー・フーリンではない。

 それどころかまともな人型ですらない。

 

 鎖と車輪を背負った、青いパーカー。

 すなわち、フーディーニの力を宿したパーカーゴースト。

 それは力を抜いたわけではない鎖からくるりと回って逃れてみせて。

 ふわりと浮いて、飛んでいく。

 

「入れ替わった、いや、消えた……!? ―――幻術……!」

 

 拘束対象を失い、じゃらじゃらと音を立てて落ちる鎖の群れ。

 天の鎖がその目を鋭く尖らせ、この現象の原因となった奇跡の人を睨み―――

 

「おや、私に意識を向けている余裕が?」

 

 全身を過負荷に震わせながら、天草四郎は微笑み返す。

 

 呪力が満ちる。

 全身全霊の一投を投げ放ったばかりだが、それでももう一度くらいは奮えるだろう。

 もう一度投げるとなれば命懸けだが、槍の一刺しくらいはどうとでもなる。

 

 ほんの少しだけエルキドゥの視界はずれていた。

 彼が鎖を向けたのは、フーディーニパーカーゴースト。

 黒ウォズがエルキドゥの意識を奪った瞬間、ゴーストアーマーが放ったもの。

 それに天草四郎が幻像を重ね、鎖を差し向けさせていた。

 

 鎖を潜り抜ける人間、となれば彼以上の者はなく。

 それほど引き付けてもらえるならば。

 彼という戦士にとって、敵との距離を詰め切ることなど余りに容易で。

 その一刺しは、気付いてから守りに入る、などという行為を今度こそ許さない。

 

「―――――!?」

 

「“刺し穿つ死刺の槍(ゲイボルク)”―――――!!」

 

 朱槍が奔る。呪詛を纏った穂先がうねる。

 如何に速力に特化した鎖でさえ、追いつく事など不能。

 否、追いついたところで防ぐ事こそ真に不可能。

 

 夥しいほどの呪力を纏った赤光は悪足掻きを許さず。

 確かにエルキドゥの胸へと突き立てられ―――

 

 ―――瞬間。

 黄金の光が、撃ち抜かれた胸から溢れ出した。

 

 大人しく弾き飛ばされるクー・フーリン。

 彼を追う事もせず、穴の開いた胸を押さえながらエルキドゥがよろめく。

 その傷に纏わりついたゲイボルクの呪力が、内側から溢れるものに押し流されていく。

 じゅうじゅうと音を立て、修復される泥人形。

 

「――――ハ」

 

「……さて。見つけなきゃならんもんは、一応見つかったな?」

 

 槍を肩にかけ、クー・フーリンが小さく笑う。

 

「―――そして、やってはならない事をしたよ。キミたちは」

 

 エルキドゥが再始動する。

 溢れる魔力は先程までとさえ比較にならず。

 動力源を隠す必要のなくなった兵器が、出力を最高まで上げ切った。

 低速で回していたギアが、次々と上のものへと切り替わっていく。

 

「はっ、こりゃまた。あの金ピカとつるむにゃ相応しいぶっ飛び具合だことで」

 

「余裕かい? それは―――いや、やめておこう。今言っても負け惜しみだ。

 全ては、まずは負けを清算してからだ」

 

「おう、愉しみにしておくぜ。また今度だがな」

 

 そうして最大出力の兵器が駆動を開始する、と。

 そんな光景を前にしたクー・フーリンが、少しだけ残念そうに。

 しかし、してやったりと悪戯に笑った。

 

 バックステップで距離を更に開け、背後への疾走を開始する。

 その先にあるのは、毒竜バシュムの死骸。

 まるでそれを盾にするように後ろに回り込んでいくクー・フーリン。

 他の人間たちも既に、そこに隠れるように向かった後で―――

 

 そこに、既にほとんどの気配が残っていない事を理解した。

 

「――――!」

 

 放つ神域の武具が、堅牢な鱗ごとバシュムの死骸を斬断する。

 吹き飛ばされた肉片の先には、誰一人残っていない。

 残っているのは、一工程で発生したとは思えぬ大規模な転移魔術の残滓だけ。

 

「―――気配は……バビロン付近まで戻っている?

 マーキングでもしていたのか。今から追って……」

 

 そこで、大地から伝わってくる震動に彼は顔を顰めた。

 魔獣の女神の覚醒が近い、と。この大地が啼いているのだ。

 

「……これだけ暴れて、バシュムまで死んだ。なら彼女が目覚めるのも当然、か。

 ―――聖杯の再偽装もしなきゃいけない。ここまで、だね」

 

 舌打ちを堪えるように、エルキドゥが美しい顔に浮かぶ表情を渋くする。

 

「カルデアの戦力は驚異的。流石は何度も世界を救ってきた連中だね。

 情報を得るためだけに、ここまで踏み込めるとは流石に思ってもみなかった」

 

 自分で最後に吹き飛ばしたせいだが、周囲に散らばったバシュムだったものを見る。

 なかなかあっさりと片付けてくれたものだ。

 まあウルクで調べれば幾らでも分かるが、これで十一の魔獣の情報は与えてしまった。

 はっきり言って彼らにこの情報の意味するものが分かっても分からなくても関係ないが。

 ただ情報だけ持って行かれて被害は与えられなかった、は面白くはない。

 

「ただそれより面倒なのは花の魔術師。名代を前に立てて、自分は一歩退いた位置。

 いつでも全力で逃げられる体勢でしか出てこない。

 さて、ここからどうやって彼を処理しようか……」

 

 焦っても仕方ない。

 いや、花の魔術師はこちらを焦らせたいのだろう。

 何故かと言えば、こちらの計画が破綻しない限りは不利は常にあちらにある。

 それをよく分かっている彼は、こちらを動かすことで状況の打開を求めているのだろう。

 

「……まあいいさ。彼らが訪れたんだ、否が応でも状況は動くだろう。

 転がり落ちていくだけの道しか用意されていないのに、ね」

 

 緑の髪を跳ね上げて、彼は踵を返した。

 魔獣の領域たる森を抜け、女神の神殿へと戻るために。

 

 

 




 
 ラストダンジョンで序盤のボスキャラの色違いが雑魚敵として出てくる定番のあれ。

 地味にどこまでできるか分からん能力トップクラスだと思ったり思わなかったりする天草四郎くん。
 そんな彼の宝具は神代に放り込んだら意外と凄い事ができるのかもしれない。
 キリ様ほどでなくても世界が神代よりになったら、魔術基盤がどうこうして強くなる系なのでは? 色々考えてみた結果どんな魔術基盤にも接続こういう事もできるのでは? などと。
 そんなこんなでジェネリックマーリンと化した彼の主な仕事は、幻術で牛若と巴をニアミスさせ続けることである。
 やったぜ弁慶、仕事が減ったぞ。
 
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