Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
西暦を滅ぼし、一から平成で作り直す……
今日からは……平成2021年だ。
好い月だ、と。
空を見上げてそう想う。
空には無粋な光帯がかかっているが、それでも。
ふと、視線を地べたの方へ持って行く。
そこに何がいるわけでもないのに。
何故か、彼女がそこにいるような気がして。
―――彼女は丁度良さげな岩に腰かけ、空を見上げていた。
朱い盃に注いだ酒を呷り。
そこでふと気づいたように、こちらに視線を向けてくれる。
「なんや茨木、ここでも
好きなんやねえ」
別に、そういうわけではない。
ただ首魁としての務めを果たしているだけ。
御山の大将として、やるべきことをやっているだけ。
「ふうん……そういうんなら、そうなんやろね」
くい、と。動く盃を持った腕。
酒で咽喉を湿らせて、少女のような外見の鬼が微笑む。
もし彼女が本当にこの場にいたら、どうするだろう。
人間に肩入れするだろうか。
理性無き獣に混じってみるだろうか。
どちらも何か、違う気がする。
「茨木の好きなようにしたらええんと違う?
―――けど、鬼は鬼らしく」
少女の瞳孔が、鋭利なまでに細くなった。
心胆が凍える。
別に睨まれたわけでもないのに、ちりちりと肌が粟立つ。
「なに殺そうと、なに生かそうと、なに毀そうと、なに守ろうと。
それは好きにしたらええけど。
殺して、喰らって、毀して、拐かすのが鬼やさかい。鬼なら、鬼らしく。
―――――なあ?」
ぶるり、と。
目の前の少女が畏ろしくて、体が震えた。
だから言い訳、ないし。
行動方針を彼女に言葉で示そうとして―――
―――そこであっさりと目が覚める。
山頂に立ち尽くして、不明になっている内。
いつの間にか、太陽が昇っていた。
もう月は見えない。
もちろん鬼の少女など、目の前にいるはずもない。
「……ではどうすればいいのだ。
こんな場所、何をしても酒呑に怒られる気がする……」
金色の髪を揺らし、少女の外見を持つ鬼が表情を渋くした。
人間を守る、とか。
それはいったいどうなのだ。
もしかしたら酒呑は、場合によってはそれも愉しむかもしれないが。
だからと言って、彼女がそれをする必要性は感じられない。
この時代にサーヴァントとして召喚され、彼女はしかしウルクの守りとならず離脱した。
面倒な相手が突っかかってきたから、というのもあるが。
しかし、そもそも守る理由が一切存在しない。
鬼は人を殺すものだ。
鬼は人を喰らうものだ。
鬼は人を毀すものだ。
鬼は人を拐かすものだ。
人は、鬼にとって守るべきものではない。
鬼は人を害する。
故に人は鬼を殺す。
それが彼女の世界の、あるべき在り方だ。
人が在り、故に鬼が在る。
だから、正直まったく分からない。
あの地に満ちる獣ならぬ獣たち。
憎んで、憎んで、憎んで、憎み尽くして。
殺して、殺して、殺して、殺し尽くす。
喰らうためなら分かる。
だが人という生物と何ら関係ないくせに、そんな在り方を貫いている化け物ども。
そんなもの、まったく理解の範疇外の存在だ。
関係ない生き物を関係ないままに、何故あそこまで憎めるのか。
彼女にはそれがさっぱり分からない。
そんな化け物どもと当たり前のように戦っている人々。
そっちも大概だ。
何故あんなものを前にして、営みを続けられるのか。
まるで――――
そこでぶるりと身を震わせて、彼女は更に頭を大きく振り乱した。
とにかく。
彼女は、どちらとも関わり合いになる気にはなれなかったのだ。
だからこの御山に陣取り、外の世界を眺めるだけにした。
―――真名を茨木童子。
平安の京を大いに騒がせた、大江の山に住まう鬼の首魁。
人を襲い、そして人に討たれた、人の世を乱す化生。
だからこそ彼女は。
生物とすら呼べない化け物どもに、いっそ恐れすら覚える。
同時に、そんな訳の分からない化け物に構っている人間どもにも。
「…………そろそろ声をかけておくか」
踵を返し、山の中腹を目掛けて駆けていく黄色い鬼。
ひょいひょいと岩肌を跳ねていくその姿。
「―――――」
それを、遥か上空から。
天舟に腰かけた、一人の女神が見下ろしていた。
「ほう、今日出立するか」
「はい。丸一日がかりの仕事になるので、小太郎様からの依頼を受けた後、他の依頼との調整をした上で、その上で今日出立すると」
積み上がっては処理されて、処理されては積み上がって。
高くなったり低くなったりはしても、無くなりはしない粘土板の山。
本日もそれに取り掛かりながら、王は僅かに目を細めた。
「丸一日? ここから山まで行き、登って降りてなどしていれば二日でも済むまいよ。
河下りとは比較に―――」
胡乱げな表情を浮かべるギルガメッシュ。
彼がそんな言葉を吐いた直後、ジグラットの外で大気が震えた。
すぐさまそちらに視線を向ける王と従者。
神殿の外に見える光景。
二人が見たものは、、飛行機械が今まさに飛び立ったところだった。
「……ほう、そうきたか。まあ、ああした手段があれば一日で往復も」
眉を吊り上げ、ウルクの外に舞うその機体を睨みつける。
そんな彼の前で、エアバイク型のマシンが大きく可動した。
ガシガシと関節を動かして、シルエットを変えていく。
ビーストのウォッチが巨大化し、飛び出し。
同時にタイムマジーンが、完全に人型になってみせた。
そのままウォッチを頭部に装填し、展開するは隼のマント。
「まあ……珍しいものもあるものですね」
「――――ほう、ほう。人型に変形か。なるほど、なるほど」
乗り物のような形状の機体が、人型に変形。
そして手足を振り回し、飛翔していく光景。
シドゥリはそれを珍しげに見送って。
王は、玉座から立ち上がった。
「王?」
「―――シドゥリよ!
あの手の物がギリシャの専売特許と思い上がった連中に、我が財を見せてくれる!
完全変形
何が原因で火が付いたのか。
声を荒げて指示を飛ばすギルガメッシュ王。
「何を言っているのか分かりませんが、仕事に戻ってください」
荒ぶる王にしれっと言い返し、彼女は本日の仕事に取り掛かる。
彼には現状、出陣する暇などありはしないのだ。
「フォウフォウフォウ! フォーウ!」
「はいはい、デザートもね」
肩に乗せたフォウの鳴き声。
その要求を通しつつ、立香は歩き出した。
馴染みになりつつある店で、彼女は今晩用の食材を買い求めていく。
本日は珍しくウルク外、エビフ山への出陣がある日だ。
道中を考えて、移動はタイムマジーンで行うことになった。
ウルクで召喚陣を設置し、呼び出したものだ。
それに乗り切れる人数、というメンバー選出。
結果としてそちらに向かったのはソウゴとツクヨミの班。
そこに、本日ウルクに居た巴御前を加えたもの。
つまり人数としては半分を乗せていった、ということだが。
それでも正直定員オーバーな感はある。
とにかく。
彼女がやるべきは、その人員が帰還した後に食べる料理の買い出しだ。
こうした買い物もいつもなら、マシュが一緒のところなのだが。
しかし彼女はこの買い物に出る前に、アナに連れていかれてしまった。
どうやらクー・フーリンの代わりに、花屋さんの手伝いを頼まれたらしい。
これを機にマシュを手伝わせ、クー・フーリンを追い出す目論見のようだが。
ただ彼はなぜか花屋でのバイトにそこそこ思い入れがあるらしく、多分譲るようなことはしないのではないかと思われる。
というか、バイト自体が何か好きみたいなのだが。
さておき、一通り必要なものを買い揃えて確認し。
帰路につこうとした、その時だった。
「どこの爺さんだ、あれ。この辺りの人間じゃないだろう?」
「いやだわ、物乞いなんて。
負傷兵なんかだったなら、ちゃんと巫女所で看護されているはずでしょう?」
「……?」
周りの人の声が耳に入り、視線を集めている場所に目を引かれる。
そこにいたのは、片足を負傷している黒衣の老人の姿だった。
恐らく歩くのも難しいほどの怪我。
そんな有様では働くこともできず、日銭を稼ぐこともできないのだろう。
「放っておけよ、あの爺さんが何者であっても巫女所の仕事だろう。
そのための予算は回されているんだ」
しかし今のウルクの治世では。
こんな状況であるが故に、保障についてギルガメッシュは多く予算を割いている。
純粋に、まだ生きられる人間を死なせる人的余裕がないからだ。
死んでいる暇があれば、どうにか生かしてやるからまだ働け、と。
つまり、それが受けられない人間だということは。
そもそも流れてきた余所者、ということになる。
「…………」
ウルクの人は、とても気の良い人ばかりだった。
それはよく分かっている。
ここで暮らしてみて、悪人と呼ばれるような人に会った試しはない。
けれど多分、これも彼らの本当の姿なのだろう。
悪意なんてない。
ただ、
自分たちの生活に混じる異物に、顔を顰めているだけ。
それを悪い、なんて言える人がいるだろうか。
もしかしたら自分たちがこう思われていたのかもしれない、と。
そう考えていた立香の上で、フォウが頭をてしてしと叩いた。
「フォー……」
「待ってて、いま……」
「―――藤丸殿」
動こうとした彼女を止める声。
マシュの代わりに護衛についてくれていたハサンだ。
彼は姿を消したまま、彼女の背中に声をかけた。
「お気持ちは分かります。
ですが、それは哀れみととられるやもしれませんぞ。
礼ではなく、叱責を返される可能性もある」
「……それでも」
前に出ようとする立香の耳に、軽い溜息が届く。
「……では、致し方ありませぬな」
そう言って、またそっと息を吐くハサン。
ふと気付けば、立香が抱えていた買い物籠の中に木で出来た筒が置いてある。
「薬です。今日の餓えを凌ぐためのパンと、明日働けるようになるための薬。
まあこの辺りが限度でしょうか」
明らかに薬一つで簡単に治る怪我ではないだろうが。
いや、ダ・ヴィンチちゃん印の薬を現地で調達した容れ物に移したものだ。
もしかしたら塗った瞬間にとんでもない事が起きて、治る可能性もある。
しかしどちらにせよ、出来るのはここまでだろうと。
「私が知ってるハサンってみんな優しいけど、ハサン全員そうなのかな?」
「フォウ、フォーウ」
「私には分かりかねますな」
その言葉を最後に黙り込むハサン。
彼女は彼の態度に背中を押され、老爺の元まで歩いていく。
そのまま彼の傍に、パンと薬を置いて離れようとして―――
「……待たれよ」
老爺の低い声に、足を止めた。
声をかけられたからには、そのまま立ち去るとはいかない。
念のために身構えるハサンの気配を感じつつ、彼女は老爺に向き直った。
「フォフォウ……」
「……余計なお世話、でしたか?」
フードに隠れ、老爺の表情は見えない。
それでも笑っているわけがないのは分かる。
身を固くする立香。
彼女の前で老爺は僅かに体を揺らし、静かに口を開いた。
「……そうだな。
若者よ、哀れみは時に侮辱となる。覚えておきなさい。
謂れのない憐憫は悪のひとつなのだから」
「えっと……」
憐憫か、と言われると。
そういうつもりではない、と返したいけれど。
だが確かに、きっとそこに謂れはない。
彼女と老爺の間には何の関係もなく、いま初めて顔を合わせた相手。
何かを譲るような関係ではないのだから。
だからこそ、謝罪しようとして。
「また、謂れのない慚愧もまた悪のひとつである。
そなたの心が己の行動は何ら恥じる事がない、と信じるならば、感じる必要はない」
謝罪を遮られ、立香が目をぱちくりと瞬いた。
その行為が老爺を案じただけのものではなく、自分の信念に殉じるものであったなら。
それはけして頭を下げるべき行為ではない、と。
彼は声から僅かに険を取り払った。
「……金銭ではなく、これから私が立つために必要とするものだけを譲り渡した。
それこそ善しと選んだそなたの判断は間違ってはいないだろう。
これほどに気遣われ、そこにまで難癖をつけては、この身こそ老害のそしりを免れまい。
そなたの気遣い、ありがたく受け取ろう」
「えっと、ありがとうございます……?」
彼は軽く頭を下げて、パンと薬を受け取った。
なんとなし、逆に礼を述べる立香。
薬を塗るでもなく、パンを食すでもなく。
それを彼は懐にしまい、改めて立香へと向き直る。
「―――故にこそ。
居場所無きものを哀れむな。それを追放したことに慚愧を覚えるな。
でなくば、邪魔者として追われた老害に、何もかも譲り渡すことになるぞ」
―――老爺の言葉に一切の遠慮はなく。
「え?」
「
それまでの道のりが間違っていなかった、と信じるのであれば。
過ちさえも積み重ねた道のりにも意義がある、と見出すのであれば。
「―――――」
立香が目を見開いて、老爺を見つめる。
酷い怪我を負った足のまま立ち上がる、黒衣の老爺。
「そなたに恵まれたものの礼として、私に返せるものは多くない。
この老体が若人に示せるものがあるとすれば、忠告の一つくらいが精々。
私の名はジウスドゥラ。
ゆめ忘れるな、この名が残したそなたたちへの忠告を。
でなくば、そなたたちの旅路は“回帰”の名の許に永劫の眠りにつく事になろう」
視界が揺らぐ。
老人が告げた言葉に悩む暇もなく、意識が震える。
瞼が落ちて、視界が塞がれるように、彼女は目の前の光景を見失い―――
次の瞬間には、目を覚ましていた。
「―――――」
ジウスドゥラは目の前にもういない。
彼がいた、という痕跡すらも残ってはいない。
左右を見回しているうちに、背後で息を呑む音がした。
「ハサン?」
「―――意識が飛んでおりました。
藤丸殿が老爺に声をかけ、そこで……そこから、ですな」
ハサン・サッバーハの声が震える。
すぐさま彼は実体化し、霊体化で制限されていた性能を十全に発揮した。
いきなり出てきた黒衣の髑髏面にざわめく周囲。
だがそんな事言っていられる状態ではない。
周囲への警戒を全開に張り巡らせても、何も感じない。
この特異点にあれほどの怪物がいた。
そしてそれが女神の手の者ではないとは言えない以上―――
「……大丈夫じゃないかな」
「フォウ?」
「―――藤丸殿?」
足を止める怠惰こそが、赦されない、裁かれもしない罪と。
彼はそう言っていた。
一体何に赦されないというのか。
そんなもの、きっと決まっている。
この世界に、それを知っている人がどれだけいるだろう。
藤丸立香にそれを告げられるものが、どれほどいるだろう。
正直、彼が伝えたい言葉の意味はよく分からなかった。
けれど。
何が待っていたって、自分たちは最後まで歩み続けるのだ。
―――何か、心を移してしまいそうな“邪魔者”が前に立ちはだかっても。
絶対に、諦めずに。
改めて気合を入れ直し、彼女は歩き出す。
うろたえながら着いてくるハサンに、一言。
「やっぱりハサンは優しいね」
「―――なにを……え? いや、え?」
かたかたと揺れ始める髑髏面。
何かに思い当たり、それを必死に否定しようとして。
しかし否定材料がまったくないので、認めざるを得ずに。
震える黒衣の暗殺者を引き連れて、彼女は次の何かをするために歩き出す。
次へ、次へ、次へ。
前へ、前へ、前へ。
いつか誰にでも訪れる最期の時まで、ひたすらに。
「おお……これがあれば、戦況もよりよくなると思うのですが」
タイムマジーンの内部で驚嘆の声をあげるのは、白髪の女武者。
彼女の真名は巴御前。
それこそ牛若丸―――源義経と同年代に名を馳せたひとかどの戦士。
そんな彼女が徹底的に牛若丸との邂逅を邪魔されているのは、彼女の愛する者を討ち取ったのが源義経だから、だということだ。
だからこそ、どこまで話していいのかしら、と。
ツクヨミは操縦桿を握りながら、距離感を図りかねている。
が、狭い中でもふらふらと動く彼女に、声をかけた。
「って、変なスイッチ押したりしないでよ?」
「え? 何かしてはならない事があるのですか?
申し訳ありません。巴はこの手の絡繰などのことをよく分かっておらず……
繊細なもの、ということくらいは分かりますが……」
おっかなびっくり、壁から距離を取り出す巴。
「別に適当に触っても何とかなるんじゃない? 俺はそうだったし」
「うむ。何となくやれば何となくなるな!」
だがそれに対し、経験談として適当でも何とかなると言い出す二人。
適当なことをほざくソウゴとネロ。
そんな二人に対し、ツクヨミが目を細めた。
「ならないから」
「―――んで、結局のところ最終目標はどうするんだ?
その茨木童子を倒して終わり、か?」
「戦力を自分たちから減らすのはあまり嬉しくないが、さて?」
ケルトの二勇士が揃って巴に問いかける。
問われた彼女は難しい顔をして、御山にいるはずの鬼の姿を思い描いた。
「討ち取っておくべきでしょう。現に御山を騒がし、北壁の戦場を混乱させていますし。
あの時見逃さずきっちりと首を刎ねておくべきでした」
無念そうに口にする巴。
かつてギルガメッシュ王に召喚され、受肉し、使命を聞かされた時。
茨木童子は彼女たちが戦力として投入される戦場を見て、その後あっさりと離脱した。
その時ちゃんと追撃し、きっちりと首を落としておくべきだったのだ。
彼女の横顔を眺めつつ、ガウェインが目を細める。
「ふむ。改めて協力を要請するつもりではない、と」
「ええ、サーヴァントはこの地において将として運用されます。
状況によってまた遁走されては特に問題ですので、こちら側としては考えません。
あくまで戦場を乱す鬼に対処する、だけです」
茨木童子は鬼である。
人の世を守るものではなく、人の世を乱す化生。
京を騒がす怪異の頂点の一つだったものだ。
だからこそこの結果は当たり前で―――
その結論に少しだけ眉を顰め、ツクヨミが操縦桿を握り直す。
そこで彼女は口を開こうとして、
「―――ッ! 急速接近する物体、大きさは人間サイズ!
現れた方角は……エビフ山の頂上!」
タイムマジーンが放つアラートを認識し、そう叫んだ。
この高度で飛行する存在。
彼らの認識している限り、そんな事ができる人間サイズの敵は二人。
「エルキドゥ……!?」
「いいや」
巴がこんな閉所でどうするべきか、と身を固くして敵の名を呼ぶ。
だがそっちじゃないだろう、と。
確信を持ってクー・フーリンが否定した。
煌めく流星。黄金の輝き。
弓のような形状の天舟が、エビフの頂上から飛び立ち―――
タイムマジーンの前へと現れる。
「女神イシュタル……!」
「―――ほんと、いい面の皮じゃない。
驚くのを通り越して、呆れ果てた先にある怒りが見えてきたわ。
よくもまぁ私の神殿があるエビフに顔を出せたもんね」
黒髪を突風に靡かせて、女神が真紅の瞳を呆れの感情に染めた。
彼女はタイムマジーンと相対し、徐々に顔を険しくしていく。
「神殿……? まさかあの山って、女神イシュタルの本拠地だったの?」
「っていうか、何か怒ってる?」
「―――私、言ったわよね? さっさと帰れ、ウルクには行くな、って。
だってのにアンタら、ウルクに行ってあの馬鹿に会って?
そんで居付いた上にウルクから私のエビフに向かってきた。
そう。私のせっかくの忠告を無視した挙句にあの馬鹿の手先になってエビフに襲撃、なんて」
ギチリ、と。
空気が軋み、真紅の瞳が黄金に染まっていく。
溢れ出す神威が、彼女が紛れもない神霊だと証明する。
「正直、びっくりしすぎてひっくり返るかと思ったわ。
これまで私をこれほど虚仮にした奴なんて、あの馬鹿コンビと冥界のあいつくらいなもの。
オッケー、わかった。つまりアンタたち、いまここで死にたいわけでしょ?」
天が騒ぐ。地が震える。
イシュタルの言葉に冗談も遠慮も一切なく、ただ本気の心情を吐露している。
そんな様子に対し、思わずツクヨミが叫び返す。
「ちょっと、私たちはただエビフの山に逃げ込んだサーヴァントを……!」
「――――ふうん、それが?
何であれ、エビフに駆け込んだなら、つまり私の所有物じゃない。
それに手をつけようとしてました、私には関係ありません、なんて。
盗人猛々しいってこういう時に使う言葉?」
「…………」
ソウゴがドライバーに手をかけつつ、視線をクー・フーリンに向ける。
彼が視線で返すのは同意。
フィンも同意、ガウェインもまた同意。
結局のところ、彼らにはまだ情報が足りていない。
三女神同盟、なるものが存在することは分かっている。
その中で最大勢力である魔獣の女神が、恐らくギリシャのものである事も分かっている。
これはクー・フーリンからの情報提供で、もう少し詰められているが。
もう一柱。
彼らがウルクで活動する中で、判明したこと。
ウルクより南のエリドゥに、密林の女神がいる。
そして三柱目。
金星の女神、ウルクの都市神。
女神イシュタル。
これにて三女神同盟、というものが構成されているはずだ。
だがこれらが全て敵か、というと疑問が残る。
女神イシュタルは善良ではないが、人類の敵ではない、と思われた。
今でこそ目の前で激昂しているが、まず彼女は忠告をくれたのだから。
そう。
彼女は人類の敵ではないが、同時に善良なだけのものではない。
彼らに忠告をくれたのも、ひいてはウルクという
そんな彼女はいま、
エビフを荒らすものではなく、エビフに住まうものと判定した。
ならば―――
「私のテリトリーに不法侵入した以上、きっちりと慰謝料はふんだくる。
謝ったくらいで払わずに済むなら、取り立て屋はいらないのよ。
命含めてアンタたちのリソースをまるっと底値で頂いて、イシュタル
ジリジリとひりつく大気。
その中心で、眼光を黄金に輝かせる女神が凄絶な笑みを浮かべる。
彼女が放つ無数の光矢が、タイムマジーンへと向け殺到した。
西暦2021年夏に月姫が出るそうなので西暦を滅ぼすのはやめました。
命拾いしたな。