Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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エビフ山の守護者995

 

 

 

「マスター!」

 

「ええ!」

 

 ツクヨミが一気に操縦桿を倒す。

 それに応じ、タイムマジーンが一気に下降を始めた。

 急速落下するマジーンの直上を過ぎ去っていく光の弾幕。

 

「っ、仕方ありません!

 女神イシュタル、彼女もまたここで撃破するしか!」

 

「はっはっは、可憐な外見に似合わず中々の猪武者と見た。

 まあ何にせよ、とりあえず降りるしかあるまいが」

 

 揺れる機内の壁に手を着き、巴御前がすぐさまそう断じる。

 そんな彼女の言葉に笑いながら、ソウゴへと視線を向けるフィン。

 彼は既にウォッチをドライバーに装填し、ハッチを向いていた。

 

「俺が凍らせるから、お願いね。開けて、ツクヨミ」

 

「なるほど。では、まずは私たちの出番のようだ」

 

「―――ッ、行くわよ!」

 

 追撃の矢を躱し、それと同時にハッチが開くタイムマジーン。

 思い切り震動した機内で、掴まっていなかったソウゴの体が宙に浮く。

 そんなマスターの背中を掴み、クー・フーリンが腕を振り抜いた。

 

「んじゃまあ、まずは任せたぜマスター!」

 

 開けっ放しのハッチから投げ放たれるソウゴ。

 彼はその瞬間にドライバーを回転させ、仮面ライダーの力を解き放つ。

 

「――――変身!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! 3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

 空を裂き、飛来するは白のロケット。

 それが分解され、ジオウへと変わったソウゴに合体していく。

 両手に掴むブースターモジュールが炎を噴く。

 一気に加速したその体が、大きく空へと舞い上がる。

 

 目の前を翔け上がっていった白い姿に目を細めて。

 金星の女神は、(ゆみ)を弾く指先を遠慮なくそちらへと向ける。

 

「アンタだけ? ま、そりゃそうか。

 それ以外に空に足をかけられそうな奴もいなかったし」

 

 彼女の意志に正しく反応し、射出される光の矢。

 それが全速力で爆進するフォーゼアーマーを掠めていく。

 イシュタルはそうしながら、ちらりと視線を外して、マジーンの方を見る。

 

 丁度そのタイミングで、マジーンが着陸しているところだった。

 そこで大人しくサーヴァントを下ろして、援護するということか。

 だがその程度で天翔ける金星の女神を捉えられる、なんて。

 そんな浅はかな考えで動くとは、まったくもって度し難い。

 

 天空は彼女の支配域だ。

 遠投げや弓矢、あるいは聖剣であったとしても。

 ただ地上から放つだけで届くと考えるなど、思い上がりも甚だしい。

 

 そんなもの、気に掛ける必要すらないと。

 彼女は改めてジオウに向き直り―――

 

「フィン!」

 

「了解した。では、まずは我が槍が先陣を切ろう!

 祖神、戦神(せんじん)ヌアザの力を発揮せし我が槍を以て―――先陣(せんじん)を切ろう!」

 

「は?」

 

 水流が渦巻く。

 何もかもを押し流すに足る圧倒的な水量。

 神気に満ちたそれは、マスターが聞き返す低い声も一緒に押し流す。

 

「“無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)”―――――!!」

 

 背後で立ち上る神気。

 その水の槍で強襲されたところで、彼女を揺るがすにはまるで足りない。

 低き大地から高き天空に向け遡る水など、あっさりと躱してお終いだ。

 

「―――――っ、なんですって?」

 

 ―――が。

 それは彼女に向けて撃ち放たれたわけではなく。

 自身に向けられた攻撃ではない事実に、イシュタルがそちらに意識を向けた。

 

 彼一人の槍で呼ぶ水は津波の如く。

 のみならず、それに準じる水の柱が同時にその場で立ち昇る。

 

 いつの間にやらマジーンの肩に装備されたマントは青色に。

 ドルフィンの頭部を模ったマントを纏い、その巨体を揺らしていた。

 

 地上から天へと向けて噴き出す間欠泉。

 それはイシュタルを狙ったものではなく。

 ただ天に向かって延ばされた、軌跡で塔を描く超常の放水。

 数百メートルもの高さにまで立ち昇る水の柱。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!〉

 

「!」

 

 一瞬だけ減速し、片方のブースターを手放して。

 代わりに手にした剣にウィザードに力を纏わせ、放り出す。

 顕れるは青い魔法陣。発現するのは冷気を放つ高位魔法。

 ブリザードの魔力を纏ったジカンギレード。

 

 それを、改めてブースターを掴みつつ。

 弾むバネ、反動で跳ぶためのスプリングユニット。

 ホッピングを左足に顕在化させて、思い切り剣を蹴り飛ばした

 

 天を衝く水の塔に突き刺さる剣。

 その瞬間、塔は瞬く間に氷の塔へと変貌していく。

 剣が纏うは海すら氷河に変える圧倒的な冷気。

 それが尋常ならざる量の水を瞬時に氷へと変えてしまう。

 

 女神がそれを一瞥して、目を細める。

 同時に、地上で青豹の如き男が体を屈めた。

 そちらにもまた視線を向け、女神が僅かに唇を歪め。

 

「私の支配域に踏み込みたいってわけ? 頭が高い、っての!」

 

 (ゆみ)を引く。

 恐れ多くも天に掛けられた階に向け、光の矢が引き絞られる。

 星の輝きのように、瞬きのうちに完遂される射撃。

 神速の英雄に先んじるほどの速度で以て彼女は塔を砕かんとして、

 

 ―――放った矢が、空中で別の矢と激突した。

 光と炎が交錯し、相殺し、矢だったものが焼け落ちる。

 

「いいえ。お許し頂きます、女神イシュタル。

 その矢、悉く撃ち落としてでも!」

 

「―――――」

 

 矢を撃ち放った弓から残火をくゆらせながら。

 地上から女神を見上げ、確かに。

 巴御前の矢が、イシュタルの矢を撃墜せしめていた。

 その鬼火の輝きに、僅かに女神は目を細めて。

 

 ―――踏み込みに爆裂する大地。

 足場にされ、踏み砕かれる氷の足場。

 地上から、青い獣が疾走する。

 数百メートルの距離を一息に走破して、朱槍が氷の破片の中で激しく躍る。

 

「貰ったぜ、女神サマよ」

 

 突き出される呪いの槍。

 その疾風の如き強襲は、女神イシュタルを確かに目の前にしてのもの。

 この状態から弓兵が槍兵に仕返す手段などない。

 故にこそ、ランサーの一撃は必殺足りえて。

 

「呆れた。(ゆみ)の使える距離じゃないから私に勝てる、とでも?」

 

 ぐるり、と。少女の外見を持つ女神の腕が回る。

 円を描いて、呪槍を受け流すような所作。

 空にあるままで、完全なる踏み込みは出来ないが、それでもその動きに淀みはなく。

 

 出てきたのは女神とは思えぬ、人の動き。

 人が永き時を重ねて研鑽したような、武術の型。

 完璧には遠い。が、それでも。

 足りない部分は女神としての肉体の頑丈さに任せ、彼女はその動きを果たし切る。

 

 受け流される朱の槍。

 完全に必殺のタイミングで放ったにも関わらず、女神は完全に受け流し。

 

 そうしてそこで、クー・フーリンが獰猛に笑った。

 

「ハッ、弓兵風情が拳士の真似事か――――ってなァッ!!」

 

 不意を衝いて受け流した、と。

 その確信をクー・フーリンが覆す。

 まるでそうなる事を知っていたかのように、絶妙な力加減に繰られる槍。

 槍を受け流したと確信した女神の腕が、再度襲来する薙ぎ払いに見舞われた。

 

「ッ……!?」

 

 反応が遅れるイシュタル。

 全力で弾かれた腕が、微かに痺れを持ち。

 その瞬間、遅れて駆け上がってきた白銀の鎧が宙を舞った。

 

「オォオオオオオオ――――ッ!!」

 

 駆け上がり、飛び跳ねて、そうして振り上げたるはガラティーン。

 太陽を背負いながら、太陽の騎士がイシュタルに飛び掛かる。

 頭上を取られ、大上段から女神に迫る白刃。

 

「チッ、天舟(マアンナ)!」

 

 それほどの刃が相手となれば片手では受け切れぬ、と。

 彼女は即座に舟へと呼びかけ、自身の目前へと割り込ませた。

 剣と(ゆみ)が直接ぶつかり合い、滂沱と火花を撒き散らす。

 

 上から、下へ。

 跳躍から全力で叩きつけられる太陽の騎士の一撃。

 それと激突した衝撃で、地上まで押し込まれていく女神イシュタル。

 彼女の足が虚空を踏み締め、ブレーキをかけた。

 何もない空と女神の足裏が摩擦して、白煙を上げる。

 しかしそれでも落下は止まらない。

 

 空を削りながら僅かな減速をかけるも、地上まで真っ逆さま。

 イシュタルが酷く顔を顰め、足を振り下ろす。

 地面に激突する瞬間に、彼女の足が大地を踏み締めた。

 その体勢に入った瞬間、思い切り振り回される黄金の天舟(マアンナ)

 

 彼女を強引に地上まで押し込んだガウェイン。

 その体が力尽くで吹き飛ばされる。

 

「ッ……!」

 

「私を地上に引き下ろす、ね。ええ、ほんと―――やってくれるじゃない!」

 

 再び(ゆみ)を引く。

 同時に、それを阻むべく放たれようとする巴御前の弓。

 が、彼女は矢を番えるのとは逆の腕で、巴の方を指差した。

 それに応じ、呪詛が物理的な威力を持って、女神の指先から吐き出される。

 

「く……っ!」

 

 炎を纏う巴の矢が、一工程で放たれた魔弾に全て迎撃された。

 続く阻めなかった(ゆみ)からの射撃。

 その矢が氷柱を木端微塵に吹き飛ばす。

 

 フィンが舞う。ガウェインが突撃する。

 自身に立ち向かうトップサーヴァント二騎。

 彼らを正面にしたまま、女神は呆れて目を細めてみせて。

 

「足を地に着けさせさえすれば、正面から戦えると思った?

 お生憎様、そんな甘い女神じゃないわよ、私は」

 

 一射、二射、三射。

 駆ける勇士が彼女に届く前に、それだけの射撃を実行する。

 一射目を正面から受け止めたガウェインが、矢を弾いた衝撃で押し返された。

 二射目、彼のカバーに入ったフィンがその一撃を逸らし、その場でよろめく。

 三射目。それが己らに届く寸前、太陽の騎士が強引に姿勢を持ち直す。

 

「何という剛弓―――! だが!」

 

 一閃し、着弾する。

 焔の剣閃と光の矢が激突し、その威力を発散。

 衝撃で地面を割りながら、またも押し返されたガウェインが蹈鞴を踏んだ。

 

「地に足着けば、そこから十分に余が誘い込める!」

 

 その次の瞬間、場が一気に塗り替えられる。

 黄金劇場のマリッジバージョン。

 準備し、待機していたネロが解放した、彼女の宝具。

 

 天翔ける女神イシュタルをもう飛ばせない、と。

 その門扉が、彼女の存在を閉じ込めるために開かれた。

 煌びやかで、麗しく、美しき、黄金と薔薇の劇場。

 

 そんな中に囚われた金星の女神。

 彼女は驚愕に目を見開いて―――

 

「なにこれ、リッチ……! 私の神殿より――――!?」

 

 目を輝かせながら、式場を飾る装飾の値段を計りだした。

 

「む?」

 

「い、いえ、落ち着きなさいイシュタル……!

 これはまやかし、所詮は泡のように消えるあぶく銭なんだから……!」

 

 強襲されようが何をされようが、全く揺るがなかったイシュタル。

 彼女が一気に、先程までは在り得なかった動揺に心を揺らす。

 威力や衝撃より、何より金額の問題だ。

 

 そんな光景を前にして、体勢を立て直しながら痛ましそうな表情を浮かべるガウェイン。

 

 あまりにもあんまりな隙。

 それに対して、氷片を飛び回り地上に戻ってきたクー・フーリンが頭上から奇襲する。

 流石に見過ごすことなく、マアンナを振るって弾き返しつつ。

 しかし、女神の眼が黄金から真紅に還り、完全に動揺し切っていた。

 

 訳が分からない、が。

 

「―――ツクヨミ! ウォッチ交換!」

 

『え、ええ!』

 

 弾け飛ぶビーストのウォッチ。

 それがブースターの加速のまま、地面に激突するように着地したジオウの手元へ。

 代わりとしてバースのウォッチを投げ返し、すぐにドライバーのウォッチを交換した。

 

〈アーマータイム! ドライブ!〉

〈バース!〉

 

 ジオウが白いロケットを分離し、即座に真紅の車体を身に纏う。

 同時にタイムマジーンが頭部のウォッチを変更。

 その手の中に銃を呼び出し、イシュタルへと向けた。

 敢行されるのは、メダル、銀色の硬貨を弾として吐き出す銃撃。

 

 連打される銀色の弾丸。

 危うげなくそれを手刀で撃ち払いながら、イシュタルがその感触に表情を変える。

 

「投げ銭!? ちょ、それどういう了見よ―――! あ、いえ、違う!?

 なにこれ、お金? いえ、メダル? あ、カジノのコイン?」

 

 素手で無数のメダルを撃墜しながら、目を白黒させている女神。

 そんな有様を曝しながら、しかし彼女の防御は完璧で。

 メダルに混じる矢にも、疾走する剣士にも、槍兵にも。

 ただの一撃すら許すことなく。

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

 しかし、己の背後に現れた異物に対し、彼女が呆けた。

 ネロの展開した黄金式場。

 その中に現れたるは、あまりに似合わぬ機械装置。

 

 ジオウの剣閃に合わせ、浮かび上がるは巨大なスロットマシン。

 

「ネロ! 大当たりで!」

 

「うむ!」

 

 それを、この空間の支配者が出目を決めてから回す。

 ぐるぐると回転するスロットマシン。

 ガチリ、と。一つ目が『7』という数字に止まり。

 ガチリ、と。二つ目が『7』という数字に止まり。

 

 イシュタルがそれに息を呑む。

 いや、だって、そりゃそうだ。

 スロットマシンで、『7』が二つだもの。

 息は上がるし、手を震えるし、目は回る。

 そういうものでしょう? と。

 

 そんな彼女の前で。ゆっくりと。しかし確かに。

 最後の目が、『7』という数字に止まり。

 大当たりを祝福するファンファーレが、式場の中に轟いた。

 

「うそ、“777(ジャックポット)”!? 実在するの!?

 っていうかあれね! やっぱ運営側が確率いじってるわけ!? なんてインチキ!」

 

 直後、スロットマシンから金貨が山のように吐き出された。

 津波のように押し寄せる金貨。

 それがカタチを変えた攻撃だ、などと。説明されるまでもなく。

 しかしその瞬間、金貨の雪崩を見たイシュタルは完全に足を止めていた。

 

「正気に戻りなさい、イシュタル……!

 あれは敵、あれは攻撃、あれはイカサマ……!

 実物じゃないの、実体がないの、現ナマじゃないのよ……!

 くっ……! それでも、金貨の海に溺れて溺死するなら……!」

 

 ぐるぐるとスロット以上に目を回しながら。

 金星の女神は足を止めて、金貨の雪崩の前でその輝きを見上げていた。

 

 どじゃーん、と。叩きつけられる金色の波。

 更に敷き詰められた金貨の上を、無数のバッファローが走り抜けていく。

 中に沈んでいる女神を更に押し潰すように。

 金貨で呑み、念入りに押し潰し、そうして静かになった黄金式場。

 

 そんな光景を見ながら、ガウェインが悲しげに呟く。

 

「容れ物にした人間の性根から温情を得るのと同時に、金銭への執着まで……

 神さえも資本主義に染めるとは、恐るべし……

 太陽さえも、神さえも、人は金銭のためなら踏み越えていくのですね……」

 

 

 

 

「くっ……宝石ならまだしも、現金に釣られるなんて……!

 いえ、でもあればあるだけ嬉しいものじゃない。

 そもそもお金さえあればどうにかなるのよ。

 『あ、この宝石いい感じ。値札は―――あっ……』って気分を味わう事がなくなるのよ。そして懐具合を考慮して見逃した宝石を、成金金髪縦ロールが金に任せて手に入れてて、『こんの成金……!』って唇を噛み締めることもなくなるのよ……!」

 

「随分と具体的に人間社会のつらみが出てくんな、女神サマにしちゃ」

 

 クー・フーリンが呆れたような視線を向けるのは、エアバイク形態のタイムマジーンのアームに縛り付けられた金星の女神。

 彼女は虚ろな目で、既に消え去った金貨があった場所を見つめていた。

 更に口から出てくるのは、何か分からない恨みつらみ。

 

 イシュタルは縛られながら、口惜しげに強く唇を噛み締めつつ。

 泣きそうな顔で、クー・フーリンをキッと強く睨みつける。

 

「……私の体にした奴の人格でしょ。

 言うまでもなく私がベースだけど、紛れもなく今の私の性質は混ざりものだもの。

 ここまで不和なく混ざるなんて、さぞかし私とその子の相性が良かったんでしょうね」

 

 深々と溜息ひとつ。

 一度の吐息にたっぷりと十秒近くかけて。

 そうしてから、彼女は面倒そうに顔を上げた。

 

「それで? 女神の判決に異を唱えて私を地に墜として。

 これからどうするつもりよ」

 

 そうして問いかけられて。

 問われたから、しれっと。

 

「茨木童子って奴に会って、話してみて、それが終わったら帰るけど」

 

 己らがここまできた目的を素直に話す。

 流れで戦闘になったが、彼女に別に用はないのだ。

 

 お前に用はない、と言われたイシュタルが目を細める。

 そんな返答をしたソウゴに、巴御前もまた難色を示す。

 

「女神イシュタルに関しては、ウルクの民からも数多の被害報告が上がっています。

 特に牧場主たちから。突然爆撃され、家財を根こそぎ奪われたと」

 

「はあ? 何よそれ、風評被害も甚だしい。

 私はアイツらの牧場に集ってる魔獣を処分してあげてただけでしょ。

 家財っていうか、宝石はその仕事に対する正当な報酬じゃない」

 

 呆れて返すイシュタルの言葉。

 それにに驚いて、目を見開く巴御前。

 今の言葉を聞くと、まるでこの女神は味方のようじゃないか、と。

 彼女に襲撃を喰らった牧場は、穴だらけで使えたものじゃない。

 そんなもの、襲撃以外の何だというのか。

 

「えっと……あの穴だらけになるほど爆撃された牧場を、守った、と?」

 

「直せば使えるじゃない。そのくらい必要経費でしょ」

 

 その経費に充てられる家財を根こそぎ奪っていったのでは、と。

 多分言い返す意味もないので、巴御前が言葉を詰まらせた。

 彼女の中では本気で、それが守護になっているのだ、と。

 

「―――それと同じみたいに、茨木童子って奴の事もここで守ってたの?」

 

 イシュタルと巴の会話が途切れたので、合間にソウゴが疑問を挟む。

 彼女は何でそうなるのか、と。

 本気で呆れながら、さっさとその疑問を否定した。

 

「何で私がそんな事しなきゃいけないのよ。

 勝手に居付いた奴なんて、知ったことじゃないわ」

 

 いい加減に縛られていても仕方ない、と。

 バキバキと音を立てながら、手足を縛っていた鎖を粉砕するイシュタル。

 彼女は肩を回しながら、拘束から当たり前に抜け出して立ち上がる。

 

 そうしてマアンナに視線を向けて。

 しかしそちらはガウェインが抑え込んでいるのを目撃した。

 

 顔を顰めるのは、流石にこの状況で力押しは難しいから。

 天舟なしでガウェイン、クー・フーリン、フィン、ネロ、巴御前。

 ―――勝てないとは言わないが、流石に楽ではない、と。

 イシュタルが面倒そうに、また一つ溜息を落とす。

 

「でもあんたは茨木童子のこと、侵入者じゃなくて住人として見てたんだよね。

 そいつだってギルガメッシュの召喚したサーヴァントなのに」

 

 胡乱げな目で問いかけてくるソウゴを見据え。

 そうして、彼女は観念したかのように口を開いた。

 

「……今のエビフの中腹にはね、ウルクから逃げてきた人間が住んでるのよ。

 ギルガメッシュの奴が、サーヴァントを呼び出して壁を造る前からね。

 ウルクから逃げ出して、行き場所を失って、山に籠って震えてたような連中が。

 それでも、いま話に上がったウルクの牧場主なんかと同じよ。

 ウルクの人間である以上、私の庇護下にある。

 この山に逃げ込んできた人間は、私の名の許に多少の温情は与えるわ」

 

「つまり、その方たちも魔獣から守っているってこと?」

 

 ツクヨミからの問いかけに、ありえない、とばかりに顔を顰めるイシュタル。

 

「なんでよ、対価も無しに守るわけないでしょ。

 神頼みするなら相応の貢ぎ物は必須よ。

 私、守られる努力すらしない奴を守る気ないもの。

 ウルクから逃げてきた、ってならなおさらね」

 

 彼女はそう言ってウルクの方向を見据え、目を細めた。

 

「あそこは私の都市。私の領域よ。あの都市の維持に力を尽くしてる人間は、私からすれば庭師みたいなもの。ギルガメッシュ以外ね。

 だから、私のために働いている人間として扱って特別価格で助けるの。まあ、仮にギルガメッシュがどれだけ追い詰められても、アイツだけは助けないけど。

 そこから逃げた人間は、まあ私の財産である事には変わらないけど、私にとっての価値は一枚どころじゃなく数段落ちる。だから、積極的になんて助けないわ。当然の事ね。

 私の山に踏み込んできたことくらいは、見逃してあげるってだけ。野の獣に喰われようと、少し登ってきた魔獣に殺されようと、それは仕方ないこと。

 私の都市に貢献する事を放棄したんだから、私だって援助を放棄するわ」

 

 軽く腕を上げて、髪を軽く払って。

 彼女は目の前に立つ者たちを一通り見回す。

 

「あのサーヴァントは私の領域に勝手に踏み込んできた。

 本来は見過ごさずに追い出すんだけど……アイツ、その人間たちを守ってるのよね。

 人間だけじゃなく、魔獣に追いやられた獣たちもだけど。

 人も獣も一緒くたに、集団として成立させてこの山で生き延びてる」

 

「やっぱり、茨木童子は悪い奴じゃない?」

 

 それだけ聞けば、茨木童子は随分と人間のために貢献しているように聞こえた。

 巴御前もその事実に驚愕して、目を白黒させている。

 

「さあ? そんな事、私は興味もないけど。

 ―――私がアイツに手を出さないのは、これに対する報酬。余所者のくせにウルクの民を守った相手ならば、私はウルクの守護神として、私の財産を守るという行為を示したそいつに報酬を与える。アイツがこの地で人間を守る限り、私はアイツの居住に文句はつけない。ただそれだけよ。

 住人として認めてる、じゃないのよ。私の守護に関係ない余所者の働きには、正当な報酬を渡してるだけ。ウルクの民が私のために何かするのは当然だけど、他所の連中にそれを強要はしないもの。これで納得できた?」

 

「うーむ、余はそう詳しくないのだが。

 それでも聞き及ぶ神霊の奔放さに比べ、随分とお行儀のよいと言うか……らしくない、というのか? 意外と思考は堅実なのだな、金星の女神(ヴィナス)というのは」

 

 ギロリ、と。真紅に戻っていた彼女の目がネロを睨む。

 

「……別に、やり方を変えてるわけでもないわ。

 こういうところはきっちりしておけ、さもないと微妙に気に入らない顛末になる。

 ってね。ときどき、心の税務署からの指導が入るのよ。変化なんてその程度」

 

 冗談か、もしくは本気で言っているのか。

 目は笑わないままに、口調だけで笑う彼女がそんな言葉を放った。

 

「うーん……じゃあとにかく、後は茨木童子が何でそういう事してるか、かな?

 そろそろ本人に聞きに行こうか」

 

「―――そう、なら勝手になさいな」

 

 いい加減それを返せ、と。

 イシュタルの視線が天舟の方を向く。

 

 ガウェインがちらりとマスターに視線を送り、頷き返されて。

 仕方なく彼は、それを手放してイシュタルに返却した。

 戻ってきたマアンナに手を添え、しかし彼女は眉を吊り上げる。

 

「……はあ、負けて取り上げられたものを無償で返却されて。

 それでまた撃ち出す、ってのは流石に戦の女神として債務不履行ね。

 仕方ない、今日は見逃してあげるわよ」

 

 渋い顔でそう呟き、彼女は舟に腰掛ける。

 ふわりと重さを感じさせない軽やかさで浮き上がる、女神の舟。

 彼女は空からカルデアの面々を見下ろして、ぶすっとしたまま山入りの許可を出した。

 

「今日限定で山に立ち入るのは許したげる。

 用事があるならさっさと済ませて、さっさと戻りなさい」

 

 そう言って彼女は黄金の軌跡を曳きながら、山の頂へと飛んでいく。

 彼女の言う神殿がそこにあるのだろうか。

 高速で消えていく彼女を見送って、彼らは顔を見合わせた。

 

 

 

 

「―――――」

 

「茨木童子様、どうかなされたのですか……?」

 

 鬼がそわそわと、角が二本生え揃った頭を揺らす。

 行われていた山の麓での戦闘。

 それは終わったようだが、結局どういうものだったのかが分からない。

 時折飛行している女神が当事者のようだが―――

 

「別に、吾はどうもしていない。特に気にする理由もない」

 

「……先程までの音、もしや魔獣がここまで……?」

 

 エビフの山の中腹、そこに出来た天然の洞穴。

 この場に籠っている人間たちが、身を寄せ合う。

 俯く男、身を竦ませる女、肩を寄せ合う夫婦、子を抱きしめる親。

 様々だ。

 

 彼らは現状を知らない。

 彼らはウルクがバビロニアの壁を築く前に逃げてきたもの。

 王がサーヴァントを呼び、戦線を構築する前に逃げ出したもの。

 いまの外がどうなっているか、様子を知らない。

 

 別に茨木童子もすぐにウルクを離れたから、詳しくはないが。

 それでも、人と魔獣は戦えている事を知っている。

 人と魔獣が、争えているのを知っている。

 

 彼らがその事実を知ったらどうするだろう。

 

 あんな化け物を前にして、逃げ出すのは当たり前だ。

 あれらは人の世を乱すもの、ですらない。

 もっと隔絶した、最初から別の世界の存在として扱うべきものだ。

 

 だから、逃げ出した人間に彼女が言うべき事はない。

 するべき事もない。

 

 彼女はただ逃げだした人間を殺すつもりはない。

 茨木童子が殺すのは、鬼を殺すべく刃を磨いているものだけだ。

 鬼は人を殺し、喰らうもの。

 人は鬼を殺し、蔓延るもの。

 

 鬼も殺せず、住処もなく、ただ生きているだけ。

 そんなものをわざわざ害する暇があるほど、鬼の頭領は易しくない。

 

 角を揺らす。

 この場に接近してきている複数名を察知して。

 彼女は洞穴の前で立ち上がると、外へと向き直った。

 

「茨木童子様……?」

 

 洞穴の中から、誰かが声を上げる。

 引き攣り気味の声は、もしかしたら、という恐怖のためか。

 だが今この場にやってきたのは、魔獣などではない。

 

「―――ウルクの王、ギルガメッシュ様の名代として参じました。

 サーヴァント、アーチャー。巴……巴御前、と呼ばれる者です。

 どうか、お話を聞いて頂ければ」

 

 よく響く声。

 洞穴の中にも、その涼やかな女武者の声は響いただろう。

 茨木童子の背後にいた人間たちに、動揺が広がっていく。

 

 誰かが体を震わせる。

 誰かは堪え切れなくなったか、嗚咽を漏らす。

 誰かが、遂に、立ち上がる。

 

 ゆっくりと、しかし確かに。

 ウルクの住人であった者たちが、茨木童子より前に歩み出す。

 

 ―――あんな、人知れぬ化け物どもを前にして。

 外の実態を知った、知ってしまった彼らは、一体どうするだろう。

 

 分かり切った疑問を浮かべ、茨木童子は静かに瞑目した。

 

 

 




 
金、金、金!
騎士として恥ずかしくないのか!
 
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