Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
「言ったでしょ? 私の財産を守っている、だから見逃してた。
そいつらがウルクに戻るなら、その仕事自体がなくなって見逃す理由もなくなるの」
女神は取って返してきて降臨し、空にあるままに神託を下した。
彼女を見上げながら、返す言葉は鬼にはなく。
「残った獣を守る、なんてそんな屁理屈も通さない。
人には長たる王が治める国があり、そこから出ればはみ出し者で通じるけれどね。
獣には、そんなものはどこにもない。あるのは目に見えない縄張りだけ。
そこから追い出されてどうするか、なんて。
家畜じゃあるまいし、群れの中で長が決めるべき事なのよ。
人相手の用心棒としてならば、その働きを許しましょう。
けど群れの長がやるべきことを余所者が代行する、なんて無法を許すわけがない。
あなたには、獣の長を代行する資格なんてないんだから」
エビフ山に籠っていたウルクの民。
彼らは全員が、ウルクへの帰還の意を示した。
それと同時に、茨木童子もまた居場所を失った。
女神イシュタルは、彼女が山に滞在する事を許さないからだ。
人を守るものとしてそこに在るのは許す。
だが獣の長として君臨するのは許さない、と。
結果として、彼女もまたウルクに帰参することになった。
逃げ出そうとした茨木童子を、守られていた人間たちが引き留めたから。
彼らは山の麓で幾つか木を切り倒し、木材を確保。
それをドライブアーマーで強引に大きな籠を組み上げた。
数十人のウルク民を載せて、タイムマジーンで運ぶために。
そうして製造された、巨大な木製の籠の中。
タイムマジーンで吊るされ、空を行く船となった場所で。
端に立ち、地上を見下ろしている茨木童子に声がかかる。
「どういった風の吹き回しなのですか。
鬼であるあなたが、人を守っていたなどと」
問いかける声は、巴御前のもの。
それに一度振り向いて、しかし茨木はすぐに視線を外した。
「……別に守っていたわけではない。
そも、吾が殺すのは京を守る戦う人間よ。
逃げ出したような連中は、吾にとっては殺すにも喰らうにも能わぬ」
ぷい、と。
そっぽを向いた彼女に続けて問いかける巴。
「ですが守る理由もまたないのでは?」
「守ってない」
「全部見ていた女神イシュタルが守っていた、と言っていましたが」
「守ってない、と言っている」
「保護したウルクの民たちも全員、守られていた、と言っていますが」
「守って! ないと! 言っている! だろうが!
なんだ貴様! 角を隠すと耳も悪くなるのか!?」
逸らしていた顔を巴に合わせ、いきり立って睨みつける。
そう言われた巴の方こそ、今度は曖昧に視線を逸らした。
「いえ、そんな。隠してる角とかありませんが。
それはそうと、誤魔化すにも限度というものがあります」
「その言葉そっくりそのまま返してくれるわ角隠し!
貴様が本性を隠したまま戦えているとは、戦力が足らぬと嘯く割に随分と楽な戦場なのであろうな!」
がなる茨木。
言われた巴が、その言葉に僅かに眉尻を上げた。
それでも茨木が吐く言葉は止まらない。
「それはそうであろうよ。
人ならいざ知らず、こんな戦場は鬼には何ら関わりない。
貴様の中の鬼の血が黙りこくるのも当然という話だ!」
「何を―――」
「鬼とは人の世を乱し、殺し、喰らい、毀すものだ。
人が世を築き、鬼がそれを乱し、そうして殺し合う事。
それこそが我らが世の螺旋。人と鬼、我らの在りようというものだ!
だというのにあの化け物どもはどうか。
人だけを殺す。他のものになど目もくれずに、ただ殺す。
世を顧みず、命を喰らいもせず、明かりを毀しもせず。
ああ、よく分かったとも。あれだ、あれが
酒呑が気に入るはずあるまいよ! かくてはならじ、と言うわけだ!」
そうして彼女は地団駄を踏もうとして。
しかし、此処が空中で力無き連中も多く乗っている事を思い出して。
一度持ち上げた足が、そこで止まる。
木の足場など、彼女が軽く足を振り下ろすだけで、余りにも簡単に粉砕できる。
だからこそ歯を食い縛り、彼女はそこで堪えて。
「……っ、人と鬼とは同じ舞台の上で喰らい合うもの。
だが奴らは、同じ場所になど立っていない。
ただ他所から来て、他所にいるままに、余所者である者どもを殺す。
何も見ておらぬ、何も感じておらぬ、殺し合うものとして相手と向き合うことすらせぬ。
あんなものと命を懸けて張り合うなど、それこそ何より―――
命というものへの、最大の冒涜であろうよ……!」
ダン、と蹴り飛ばされる籠。
小さく揺れるだけで済んだその場から、茨木童子が消える。
飛び降りたか、と一瞬だけ焦った巴。
だが茨木は下に向かう事なく、上のタイムマジーンの上に乗っていた。
面倒を見ていた者たちを置いて、逃げる事を是としなかったのか。
とにかく、彼女は一応大人しく着いてきてくれるようだった。
「…………」
そんな彼女を見上げながら、巴は僅かに目を伏せた。
「ほう、逃げ出した小鬼も帰参したか。まあそちらはよい。
それよりも逃げ出していたウルクの民が帰参したのは喜ばしいことだ。
喜べ、一度逃げ出した貴様らの家財は既に接収し、
このウルクで生きていきたければ、早急に働いて日銭を稼ぐしかないぞ。
説明が終わり次第、当面の住処と職を斡旋してやるがいい」
また高くなり始めた粘土板の山。
それを処理しつつ、片目だけで立ち並ぶ民を見据えながら。
ウルクの王、ギルガメッシュはさっさとそう言い切った。
シドゥリが声をかけ、参じる巫女の一人。
その彼女に導かれ、エビフに逃げていたウルクの民たちは連れていかれた。
最後に、茨木童子に礼の言葉を投げかけながら。
「さて。民はそれでよしとして、だ。
小鬼の事は
「あんたのサーヴァントなのに?」
「好きにさせていたのを勝手に連れ帰ってきたのは貴様たちだ。
そして貴様たちへの依頼主は、風魔小太郎と巴御前の両名。
扱いなど勝手に決めればよい。
無論、今更そやつをバビロニアの壁に投入する気はない」
そこで王は粘土板を処理する手を止めて、カルデアの面々に向き直る。
「さて。民を連れ帰った、という事実以外に
繰り返すが、依頼主は混血どもだ」
ちらり、と。王の視線が巴御前を見る。
彼女は茨木童子の後ろに張り付き、いつでも動ける姿勢。
後ろを取られた鬼は心底嫌そうな顔をしていた。
民たちをここまで連れてくる、という責任がなければ、絶対に途中で逃げていただろう。
「……報告は依頼をしたそれらにするべきものである。
これ以上は
「王様はさ、女神イシュタルをどうしたいと思ってるの」
目を細めて、ソウゴからの問いに溜め息を吐く。
ギルガメッシュはそのまま力を抜いて、玉座に背を預けた。
「どうしたいか、と問われれば。まあ即刻廃棄処分したいに決まっているが。
この地にあれほど要らんものも他にあるまい」
「王よ」
横からのシドゥリの諫めるような声。
それにぱたぱたと手を振って返すと、彼は言葉を続ける。
「まあそれはそれとして、だ。どうするつもりもない。
「それは、女神イシュタルがギルガメッシュ王を嫌っているから……という事ですか?」
ツクヨミの問いかけに、座ったままに肩を竦めるギルガメッシュ。
「
ならば正解は関わらない、以外にあるまいよ。
あれの被害に見舞われた場所は、河の氾濫に襲われた、とそう扱うしかあるまい?
―――質問への返答は以上だ。さっさと大使館とやらに帰るがいい」
そう言って彼らから視線を外し、粘土板の山に立ち向かう王。
俄かに騒がしくなるその空間から、彼らもまた帰路についた。
「ふーむ、それなりに認めてもらえてきたのだろうかな?」
「え?」
歩きながら顎に手を添え、そう口走るフィン。
彼の言葉に振り向いたツクヨミに、彼は微笑み返した。
「ギルガメッシュ王は大使館に帰れ、とわざわざ言った。
一応はこの地の住人として認めたぞ、という宣言だろう?」
「そう、なのかしら」
いまいち実感がなく、首を傾げるツクヨミ。
そんな彼女の前で、クー・フーリンが肩を竦める。
「野郎がオレたちをどう扱うか、の方針も固まったみたいだしな」
「む? というと、矢張りあの口ぶりはあれか?」
「イシュタルの嬢ちゃんをあいつは災害に例えた。
一個人ならもう備える以外に他はない、だろうがな。
国を運営する王であれば、それへの対策工事は業務の一環だろうさ」
クー・フーリンの言葉にふうむと顎に手を当てるネロ。
「ギルガメッシュ王は女神イシュタルと関わらない。
厳密には余計こじれるから自分は関わるべきではない、と判断した。
だが同時に、今回の話でもイシュタルがいる山への立ち入りは禁じなかった。
つまり彼ではなく、こちらから働きかけるべき問題、と言われたという事でしょうね」
女神イシュタルとの関係は、この戦いに大きく関わる事柄だ。
だがギルガメッシュでは、それをどうにかする方法が存在しない。
ギルガメッシュがギルガメッシュだからこそ、どうにもならないことだ
それをどうにかできるとするならば、カルデアだけ。
「この時代のためになることを私たち自身で考えて、イシュタルに接触しろ。
そう言われたも同然、ってことね……」
「っていうか、この国のためになるイシュタルへの接触の仕方を、自分に提案してこいっていう意味だったんじゃない?」
この時代の統率者であるギルガメッシュに向けて、だ。
自分たちはこういう形で戦える。
直接そう示すには、絶好の問題であるだろう? と。
そう言われたも同然なのではないか。
彼らは一業者として、国に対して売り込みをかけてもいい。
それだけの立場を得られたのだ。
イシュタルという天災に対応する業者として。
空へと視線を向けながら、ソウゴはそう語る。
彼の後ろでガウェインが同意するように、しかし渋い顔で頷いた。
「……恐らく、我々には既に一つの答えが示されている。
ここで女神イシュタルに接触し、どのような女神であったか理解した。
問題を解決する方法はある。
ですが我々にその条件を満たせず……しかし、ギルガメッシュ王はそれを満たせる。
が、ギルガメッシュ王には満たした条件を相手に提示する、という手段が取れない」
「だから、そこで初めて。あいつに対して取引を持ちかけられるわけだ。
何でも屋、カルデアとして」
クー・フーリンがそう言って、小さく口の端を吊り上げる。
そんな彼らを後ろから眺めつつ。
茨木童子は、小さく鼻を鳴らした。
「―――つまり、イシュタルを仲間に引き込むためにギルガメッシュ王に金を出させるって?」
「うん。お金に弱そうだったから」
帰って報告を受けたオルガマリーが、眉間を指で押さえる。
幻影の金貨やメダルにすらあんな大きな反応を示したのだ。
本物のお金をぶつければ、きっとあの時以上に大きな反応があるだろう。
そして女神イシュタルは明らかに、“自分のルール”が自分の中で絶対的に強い存在だ。
自分とオリオン以外の他の事など基本どうでもいい、みたいな。
女神アルテミスのような神とは、少し違う。
それはもしかしたら人間の器を利用しているからかもしれないが。
あくまで自分で決めたルールの上では、一際強い責任感がある。
一度契約すれば、彼女はきっと自分の勝手で反故にはすまい。
そして、大量の金が目の前に積まれた場合だ。
そんな事になった時、彼女はどうやら正気じゃなくなって勢いで契約するタイプだった。
金を積み、契約を迫り、勝ち取った場合、彼女は渋々でも最後までそれを果たすだろう。
「女神を買う、たぁ随分と豪気だねえ!
いいじゃないか! そういうでかい話はアタシも賛成さ!」
「……まあ、確かに。一度抱え込んだら最後までやり通すタイプなのだろうさ。
女神イシュタルへの対応としては、それでいいとして。
後は英雄王ギルガメッシュにその話が通せるか、だろうな」
酒盛りしているドレイクから離れつつ、二世が女神の顔を思い浮かべる。
女神というか、依り代になった少女というか。
『うーん。聞く限り、ギルガメッシュ王も取引を持ちかけられるのを待ってる、のかな?
思った以上に殊勝な態度というか、迂遠な対応というか。
もっと暴君暴君した王様だと、前は思っていたんだけれど』
「まあギルガメッシュ王にも色々思うところがあるのさ。
彼だって自分の気分だけで国を運営しているわけではないからね!」
しれっと混ざっているマーリン。
彼の存在を疎ましそうに、フードの下からアナが睨みつける。
そんな対応をされている事を気にもせず。
マーリンはいま思い出した、とばかりに懐から包みを持ち出した。
「おっと、忘れるところだった。これはシドゥリから。
キミたちは今日、風魔小太郎と巴御前の両名からの依頼を受け、エビフ山に向かった」
そう言ってマーリンは部屋の隅にいる茨木童子へ視線を向ける。
胡乱げな目で見返され、彼はすぐに視線を外す。
「それと同時に、キミたちはエビフ山にいた民たちをウルクに連れ帰った。
これは王のサーヴァントからの依頼とは別枠として、報酬を与えるべき貢献だ。
と、いうわけで。シドゥリからのご褒美、バターケーキだ。
これは買うのであれば巫女の銀で十枚はする高級品だぞぅ」
「バター、ケーキー……」
「おや、アナも興味津々かい?」
「別に……そもそも私は、その業務に参加していないので関係、ありません」
からかうように声をかけられ、ぷいと顔を背けるアナ。
そんな彼女を見て、ツクヨミが微かに笑う。
「私は甘いの苦手だから、申し訳ないけど遠慮しておく。
その分、アナに食べてもらっていいかしら?」
「別に言うほど……」
甘くないと思うけど、この時代の材料的に。
などと。
そんな言葉を続けようとしたソウゴの左右から、立香とマシュが口を塞ぎにかかる。
三人のやり取りに肩を竦めながら、アタランテが隅にいる茨木へと視線を向けた。
「汝も食べたらどうだ?
鬼という種族は人間しか食わない、というわけでもあるまい」
「…………ふん」
そっぽを向く茨木童子。
それに苦笑しながら、マーリンから菓子を受け取ったハサンがさっさと切り分けていく。
一切れを木皿に乗せてアナに。
更にもう一皿用意して、彼は茨木の元まで歩いていく。
「これはウルクの民を援け、この地に連れ戻した事への報酬、との事。
でしたら茨木童子殿には真っ先に食べる資格がありましょう」
面倒そうに。
彼女の手がケーキを掴み取り、皿から取り上げた。
そのまま口の中へと放り込まれるバターケーキ。
数度の咀嚼をしてから、彼女の動きが止まる。
「…………美味い」
「それは良かった、シドゥリにはそう伝えておこうじゃないか。
アナは何かあるかい?」
同じように食べていたアナに問いかけるマーリンの声。
彼女は一度声に詰まり、何とか口に含んだ分を嚥下して。
そうしてから、マーリンに声を返す。
「……次に会った時に自分で伝えます。
マーリンの口なんか通したら、お礼が宣戦布告になりかねませんから。
あと、その、このケーキ、なんですが」
「オレも甘いもんは要らねえな。好きにしろよ」
申し訳なさそうに、視線を彷徨わせながらアナが途中まで口にした言葉。
それに対しけらけら、と。
ドレイクに付き合って酒盛りをしていたクー・フーリンが笑う。
一瞬だけ嫌そうに、しかし彼女はフードを被り直しつつ、彼へと頭を下げる。
彼女はそれを別の包みへと移して、大事そうに抱え込んだ。
「保つのは明日の昼頃まで、だそうだ。
それ以上は傷んでしまうので、注意するようにね」
「そのくらい、分かります」
そんなやり取りの様子を眺めていたオルガマリー。
彼女が目を細めて、ソウゴの方へと視線を送る。
「……で。あんたはすぐに動くべき、だと思っているの?」
「うーん、なんかちょっと情報が足りない気がする」
「情報、ですか?」
ソウゴが唸りながらそう言うと、聞いていたマシュが首を傾げた。
女神イシュタルは味方、とは言い切れない。
彼女はウルクの都市神であり、そうであるが故にウルクに関わる者を守護している。
ウルク以外はさほど気にしていない、という事でもあるだろう。
それでもこちらがウルクを中心としている以上、協力者には引き込める。
それはそれでいいとして、だ。
「―――三女神同盟。
まあ女神に協調性など求めるものではないから、敵対しててもおかしくないわけだが。
人を殺したいだけの魔獣の女神、ウルク……自分の物を守っているだけのイシュタル。
後は南の森側の都市を支配しているらしい女神。
結局彼女たちは、何を目的として同盟を組んだのだろうね」
「それもイシュタルに訊いてみればいいんじゃ?」
フィンの言葉に言い返すツクヨミ。
だがすぐに、彼女の言葉が否定される。
「女神イシュタルと契約さえすれば、彼女は恐らくそれに反しない。
だからこそ味方として、雇い入れる事ができる。先程話していた内容です。
同時に、だからこそ。
誰かと同盟を組んでいたとすれば、同盟相手の情報を彼女は絶対に漏らさないでしょう。
彼女が魔獣を殺して回っている以上、魔獣の女神と肩を並べているわけではない。
ですが、同盟を成立させたからには、彼女は間違いなく情報だけは売らない。
そこにある女神の矜持に下手に触れれば、敵対することになるでしょう」
それは恐らく、女神イシュタルという神格と、器になった少女の両者が同様の性質。
そうと予想したガウェインの言葉に、何名かのサーヴァントたちはおおよそ同意した。
彼らがそうとまで断言するならそうなのだろう、と。
立香が腕を組んで、天井を見上げた。
「三女神同盟の情報は、別のところから得る必要がある?
と言っても、もう残ってる女神は……」
「南の女神、ね」
「そのような存在がいる、と。
風魔小太郎さんからは一応聞いていますが、詳細は……」
「申し訳ありません、こちらも詳細は一切分かりかねるのです」
困った風なマシュの声に被せ、建物の入り口から巴御前が入ってくる。
彼女は今回の遠征の結果を前線の小太郎の許まで持って行っていたようだ。
全速力で一度戦線まで出向き、そのまま全速力で帰還したらしい。
タイムマジーンで送り迎えできればよかったが、カルデアには戦線に出る許可は得られない。
「小太郎殿、天草殿の両名にて一度偵察を行った事があるのですが……
ウル市において謎のサーヴァントに遭遇し、命辛々の生還がやっとだったそうです。
彼らの眼で計った限り、そのサーヴァントは一人でこちらの全戦力に匹敵するだろう、と」
「イシュタルみたいに女神のサーヴァント、ってこと?」
「……確かに神霊らしきサーヴァント、だったそうなのですが。
しかし、三女神同盟なのかどうかは不明、だそうです。
確かに通常のサーヴァントとは隔絶していますが、魔獣で大地を満たす女神ほどの権能や女神イシュタルほどの格は感じなかった、とは天草四郎殿の弁です」
「その程度じゃ同盟相手、にはならない?」
イシュタルは気位が高い女神である。
魔獣の女神が分からないが、それでも頑なに人を殲滅せんとする女神である。
恐らく、格下の女神とは同盟などは結ばないだろう。
格下が相手ならば、従えようとするはずだ。
その事実は自分たちもそう認識している、と。神妙に頷く巴御前。
「恐らくは」
「―――しかしそんな奴相手によく逃げ延びられたな。
風魔小太郎はまだしも、あの天草四郎ならさっさと討ち取られていそうなものだが」
アタランテが胡乱げな目で巴を見る。
むしろ討ち取られていればよかったのに、と言っているようにさえ聞こえる。
そんな態度を不思議がりつつ、しかし指摘には納得したのか苦笑した。
「ええ。そうなりかけた、という話です。
ですが通りすがりの仮面ライダー、という方に助けて頂いたようです」
「……通りすがりの仮面ライダー?」
突然の名前に、オルガマリーがそのまま聞き返す。
「はい、時折バビロニアの戦線に参加している、桃のような色の鎧の御仁です。
私たちが戦線で魔獣将軍に瓦解させられかけた時なども、力を貸して頂きました。
本当に時折参戦されるだけで、正体などは一切存じ上げませんが……
ギルガメッシュ王からは勝手にやらせておけ、というお言葉を受けています。
……そういえば、ソウゴ殿が纏っていた鎧と少し似ている気がしますね?」
揃って目を見合わせてから、ソウゴが懐からウォッチを取り出した。
無論、ディケイドウォッチをだ。
彼はそれを持ち上げて、巴の眼前に示して見せる。
「それって、こんな仮面ライダー?」
「ああ、そうです。そのような兜の方です。
そういえば彼の姿も、皆さんが来てからは一度も見ていないような。
最後は確か、エルキドゥが戦線への偵察か何かのために顔を見せた時、だったでしょうか」
首を傾げている巴を見ながら、立香もまた首を傾げた。
「ってことは、あの人も近くにいる?
そういえば、最近何か引っかかったような……」
「って言っても黒ウォズみたいに神出鬼没だしどっからでも出てくるんじゃない?」
「うーん、そう言われると確かに。
別に近くにいなくてもその気になればどこにでも出てこれるんだろうけど」
なんだったっけなー、と。
首を傾げて少し唸る。
彼女の頭の上でフォウがバランスを取りつつ、座り込む。
「……とにかく。今重要なのは、ウル市には強力なサーヴァントがいる。
かつ、その相手が三女神同盟の参加者なのかは不明。
下手すればサーヴァント複数体分の強力な神霊が二体以上いることになる、わけね」
「現実味のある可能性だな。
少なくとも魔獣の女神には、サーヴァントではないがエルキドゥというしもべがいる。
その上、エルキドゥの心臓は聖杯によって代替されている」
「えっと、うーん。そういう場合もカウンター召喚、的なのがあるの?」
「分からん、としかいいようがない。だが聖杯戦争のていを取っている場合、勝敗を決めず不正に聖杯を利用した者に対し、カウンター召喚が行われてきたのは確かだ。
今回も不正な聖杯使用によるエルキドゥの再起動、に対するカウンターが発生している可能性はあるだろう。そしてエルキドゥに対するカウンターならば、相当なレベルのサーヴァントが呼ばれていると考えるのは自然な話だ」
つらつらとそう語る二世。
彼の言葉にふぅと溜息ひとつ、オルガマリーが肩を竦めた。
「魔獣の女神の不正使用。南の女神に与えられるカウンター。
人類側には何もなし、ね。
カウンターとして召喚されるサーヴァントくらい、無条件で人理側について欲しいものね」
言って、視線を向ける先はロード・エルメロイ二世。
彼はさっさと視線を逸らしてしまう。
「私たちはギルガメッシュ王が単独でどうにかしたサーヴァントだからねえ。
残念ながら、聖杯の恩恵は得られていない。
まあ王は王で聖杯のようなアーティファクトくらい幾らか持っているけれど」
マーリンがそこで微笑み。
微かに、アナが包みを抱えた腕に力を込めた。
「……目下の敵は魔獣の女神だ。
だが、南の女神がそちらに合流する可能性も考えなければなるまい。
両女神は現状不干渉のように見えるが、協力関係を結ぶ可能性は存在している。
そういった可能性を考慮すると、イシュタルの買収はすぐにやるべきではないな」
二世の言葉に掌を打つのはツクヨミ。
「あ、そっか。
イシュタルが買収された事を知った二人の女神が合流する、って可能性があるのね。
まずは南の女神がそういう事をする女神かどうか確認した方がいいわね」
魔獣の女神は人に対しては殺意以外がない。
だが少なくとも、エルキドゥを従えている。
神側の存在は何も気にせず許容する、という可能性はあるだろう。
イシュタルが人に協力した場合、確実に排除するため女神同士で手を取り合う可能性。
これが現状では否定できない。
そこをはっきりさせるには、実際の女神がどういうものか調べる必要がある。
「そのためには当然、相手のテリトリーに踏み込まなければいけないけれど……」
「うむ、それほどの相手だ。今日のように戦力分割はするべきではなかろう。
女神イシュタルとて
冗談のような方法で撃退できたが、正面からのぶつかり合いならどうなっていたか分からん」
少しだけ口惜しそうにそう呟くネロ。
本当に冗談のような落ち方をしたが、少なくとも戦闘において有効打は一度もなかった。
トップサーヴァント数名でかかってそれで済んだのが、女神イシュタルの実力だ。
「まあそうだな。甘く見てたわけじゃねえが、流石に正面からはきついだろ」
「ふーむ。あれと同格、しかもそれが複数、と考えると少々難しいな。
戦う場合は確実に一人ずつ、こちらは全員で相手したいところだ。
戦士としてはあまり面白くないがね」
「恐らく二騎以上神霊が集まった南の女神勢力。
女神とエルキドゥと多数の魔獣を擁する魔獣の女神勢力。
どちらも強靭ですが、だからこそ万が一にも合流されてはいけないですね。
女神イシュタルの前に金貨を積むのは、もう少し後になりそうだ。
焦らずにきっちりと順序を決め、確実に処理していきましょう」
「うーん。全員で、ってなると今回みたいにタイムマジーンで小さい船ぶらさげる?
でもあれだと咄嗟の回避とかがどうにもならないかも」
「足場が確りしていれば、わたしの盾で何とかできるかもしれませんが……
吊られただけの足場ですと、踏み止まり切れないかと」
「やっぱり、ある程度まで接近したら後は徒歩で森に入るしかないかしら」
「そっちの方が安全そう、かな?」
わいわいがやがやと、明日からの動きを話し合う者たち。
そこでだーん、と。
テーブルの上に力強く置かれる。木のジョッキ。
そこまで聞いていたドレイク。
彼女が空けたジョッキに酒を追加しながら、呆れたような声を上げた。
「何だい、アンタたち。当然みたいに出向の相談してるけどさ、仕事の要件無しで王様から街から外に出る許可取れるのかい? アタシらはシドゥリから斡旋される仕事を優先してるんだよ? 休みだってローテーション。そいつが途切れなきゃ、全員で外出は無理じゃないかねえ? 仕事の方をすっぽかしたら、王様からそりゃもう大目玉だろうさ」
「―――でしたら今日のように、私たちからウル市の偵察をあなた方に依頼しましょう。
ギルガメッシュ王からは、あなた方への仕事の依頼は自由と既に沙汰が下されています。
天草殿か小太郎殿の休みに合わせ、あなた方に協力できる態勢での仕事依頼。
これならば、恐らく王も何も言わないでしょう。
バビロニアの戦線ではなくウル市への偵察であれば、エビフ山と同じく話は通るはず」
またも、がやがやと、そんな騒がしくなっていく室内。
ふい、と。茨木童子が追加でバターケーキを掠めとる。
誰に何を言われることもない。
彼女はそれを口にしながら、窓から外を眺めてみる。
浮かぶ月。
月の下に広がる彼女が生まれるウン千年も前の都市。
そこに生まれた、人の文明の味。
そのケーキを咀嚼しながら、ぽつりと、彼女は小さく呟いた。
「うむ……美味い、な」
これ以降は自分がかくまっていた人間たちが働いているところを毎日見て回るようになる茨木童子
南の都市を支配するという女神。
その正体を解明するため、我々探検隊はジャングルの奥地に向かった―――!