Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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疾走プロジェクト/ドラゴンA2010

 

 

 

 

 ウルクの南。

 エリドゥ市の中心に建造された、天への階。

 その神殿の主である女神が、目を細めて空を仰いでいた。

 

「ンー……」

 

 神殿の頂点に立つのは、アステカの民族衣装に身を包んだ金髪の女性。

 人の姿こそしているが、彼女こそは真実の神性。

 人間を器として疑似サーヴァントとして降りた、わけではない。

 

 彼女の大本たる神は、元より人間に憑依して降臨する神性であるが故に。

 疑似的なものではなく、分霊としての確固たる神威がそこにある。

 

 そんな。

 神そのものである彼女は空を見上げ、唸る。

 

「……人類最後のマスターたちが、来てるのはいいとして。

 うーん、なんでしょうね。

 ()()から、私たちみたいなものが来てる?」

 

 チリチリとひり付く神威。

 彼女は朗らかな笑みこそ浮かべているが、余りにも殺気立っていて。

 その視線が向かうのは、このエリドゥから北。

 エリドゥとウルクの間にある都市、ウルの方向。

 

 惑星の残り香、恒星の波動。

 彼女は自身が司っているものと同一の力を肌で感じつつ、ゆっくりと口の端を吊り上げた。

 

 

 

 

「やあやあギルガメッシュ王、お仕事の進捗はどうだい?」

 

 いつも通りにふらふらとやってくるキャスターのサーヴァント。

 そんな白い夢魔をちらりと見て、マスターである王は手を止める。

 彼の態度に応じ、シドゥリもまたそちらを見た。

 

「マーリン、今回の遠征はどうだったのです。

 天命の粘土板は見つかったのですか?」

 

「いや、そちらはさっぱり。

 それよりも一応、昨夜のバビロニア戦線の報告をしておこうかとね」

 

 手にした杖をぷらぷらと揺らしつつ、微笑むマーリン。

 

「茨木童子がエビフ山を離れたが、彷徨う幽霊はどうにも減らないね。

 やっぱり、原因はあれじゃなかったみたいだ」

 

 おおよそ分かっていた事だが、と。

 そうやって訳知り顔を浮かべて、肩を竦めるマーリン。

 彼の態度に鼻を鳴らし、しかしギルガメッシュも同じように肩を竦めた。

 

「と、なるとだ。まあ、答えは一つであろうよ」

 

 溜息交じりの言葉を吐き、眉間を指で押さえるギルガメッシュ。

 王の様子に、シドゥリが首を傾げる。

 

「……と、いうと?」

 

「―――幽霊、まあ死んだ人間の魂だね。彼らは本来、冥界に送られるものだろう?

 死なない私にはあまり関係のない話なのだけれど。

 とにかく、私よりはシドゥリの方がそれはよく知っていると思う」

 

「ええ、それはもちろん」

 

 死した人間の魂は冥界に向かう。

 そんなごく当たり前の話をされ、不思議そうに頷くシドゥリ。

 

「そして、冥界とはこの世界の隣に壁を一枚隔てて存在する世界。

 隣というより下かな?

 とにかくそれは、越えようと思えば簡単に越えられる程度の薄い壁だ。

 いま、この辺りの時代までは、なのだけれど」

 

「この時代までは、ですか?」

 

「ああ。この時代までは、そうなんだ。

 この時代では生者の世界である現世と、死者の世界である冥界はご近所さんだ。

 場合によっては行く事も帰ってくる事もできる。

 シドゥリだってそうだと認識しているだろう? けれど―――」

 

「冥界とは神の領域だ。文明ごとに多少の違いはあろうがな。

 地上を人の世と定め、神を追い出した時より、既に世界の乖離は始まった。

 人に神の手が届かなくなったように、神の世に人が踏み込む事も叶わなくなる。

 今までは相互に行き交う事を許されていた現世と冥界は、不可逆の道となった」

 

 マーリンの言葉を遮り、王が言葉を継ぐ。

 今までは地上も神のものであり、人はそこに生きているだけだった。

 だからこそ、地上と冥界に差異など無いも同然だった。

 どちらも神の世界であり、人は地上で生き、死して冥界に向かうだけ。

 どうなっていようと神の庭で遊ばれるものでしかないのだから。

 

 だが地上は既に人の手に委ねられた。

 もうここは神の世界ではない。

 神の座す冥界とは、決定的に在り方を違えている。

 死した人の魂が向かう先が冥界である事には変わりない。

 しかし、既に違うものになったのだ。

 

 今までは生きていても死んでいても人は人でしかなかった。

 それを管理する神の視点こそが、世を見定めていたから。

 けれどもう、生きている人と、死んでいる人は別たれた。

 肉体を持ち地上で生きる人の視点こそが、世を見定めるものになったから。

 

「……それで、それが幽霊の跋扈とどのように関係するのです?

 彼らは死したのに冥界に行けなくなった魂だ、と?」

 

「逆だ。冥界に行き、溢れたのだろうさ」

 

 シドゥリにはそうなった故の変化は分からない。

 未来より訪れたマーリン。

 そして千里眼により未来を視る王。

 彼らが前提とする、神から解き放たれた世界の光景は共有できないから。

 

「溢れた……?」

 

「それはそうなるだろうよ。今のこの世界を見渡してみよ。

 メソポタミアの大地の上で、魔獣の氾濫によってどれだけの死者が出た。

 今でこそこうして立て直してはいるが、そうなる前に未曾有の死者が出たのだ。

 冥界の女主人の奴めは目を回して震え上がっただろうよ。

 こんなの初めての規模だ、とな」

 

「それでも、現世から冥界に人間の魂が送られるだけならよかった。

 それだけならただ冥界神が仕事に忙殺されるだけだからね。

 現世と冥界を繋ぐ道は不可逆のもの。

 そうだったなら、冥界から地上にガルラ霊が氾濫したりしないから」

 

「そうではない、と」

 

「神が地上より放逐されたが故に。(オレ)がその楔となる役割を放棄したが故に。

 神の世界と人の世界は断絶された。で、あるならば。

 もし神の世界が再び人の世界に近付くとすれば、何故だと思う」

 

 問いかけるギルガメッシュ。

 だが、それは最早答えを言っているも同然だ。

 

 既に消えた―――地上から届かぬ領域に離れていったはずの冥界。

 そんな場所が、再び薄壁一枚隔てた場所に浮上した。

 

 消えた理由は、地上が神のものではなく、人のものになったが故。

 当然の帰結として現世と繋がりが弱くなった死後の世界。

 それが、今はすぐそこにある。

 

「それは、つまり」

 

 ―――暗き領域の支配者が、地上に手を伸ばせる場所にいるという事だ。

 人の手に渡った地上に神の手は届かなくなった。

 だが今、その女神は地上に手を伸ばすだけの力を持って降臨したのだ。

 だからこそ、彼女が支配する領域が地上の近くまで浮かび上がってきた。

 

「……イシュタルが降りてきている時点で、考慮すべきだったと言えるか。

 バビロニアに流れ込む霊どもは方角からしてエビフからのものだ、と考えていたが」

 

「エビフ山とバビロニアの間には、既に滅びたクタ市がある。

 いつの間にか眠るように全滅していた、あの街の守護神は―――」

 

 静かに語るギルガメッシュとマーリン。

 彼らが揃って匂わせる神の名は、ただ一つ。

 シドゥリが慄くように、その女神の名前を口にした。

 

「―――冥界の女主人にして、女神イシュタルの姉妹神。

 女神、エレシュキガル……!」

 

 

 

 

「で、お前は何をする気なんだ?」

 

「何もする気はない、と言えば納得するのか?」

 

 紫紺の装束に身を包む男。

 森の中で空を見上げている彼に、背後から声をかけるのは門矢士。

 男の手の中にはギンガのウォッチが握られ、スターターに指が掛けられていた。

 臨戦態勢、と言っていい。

 

「言っておくが。俺は本気で、この特異点では何もする気はないぞ。

 お前から造るアナザーライダーは、保険として取っておくつもりなのでな。

 これを手に入れられた以上、今のところお前に興味はない」

 

 そう言って手の中で遊ばせる、ギンガのウォッチ。

 

「保険ねえ……」

 

 手にしたネオディケイドライバーを持ち上げて。

 それを額に当てながら、思案するように構え。

 同時に相手を探るように、彼はスウォルツを片目で見据える。

 

「まして、ここで動けばどうやらあの女神とやらに捕捉される。

 俺にとって以上に、常磐ソウゴたちにとって面倒な事になるぞ?」

 

 笑うスウォルツ。

 この地の女神、そして仮面ライダーギンガ。

 共に宇宙(ソラ)から来るもの。

 

 だからどうした、というわけではないにしても。

 明らかに、南の森を支配する女神の雰囲気はひり付いている。

 力の性質以前に、彼方より来たるものというだけで酷く警戒しているのか。

 どうであっても、スウォルツにとってはどうでもいい事であるが。

 

 そんな様子を見据えながら、ドライバーを軽く揺らし。

 門矢士は、踵を返す。

 

 背後から消える相手の気配を感じ、同時にスウォルツも歩き出す。

 木々の間に紛れ、いつの間にか消えている二人の影。

 

 そうして静寂を取り戻した森。

 が、すぐに強風が木々を揺らし始めた。

 舞い散る木の葉の中、上空からゆっくりと降下してくるもの。

 それは、大人数を運ぶための大きな木籠をぶら下げた、タイムマジーンだった。

 

 

 

 

「ええ、この辺りであればまだ大丈夫のはずです」

 

 先頭を歩くのは、赤毛の少年。

 アサシンのクラスを授かったサーヴァント、風魔小太郎。

 彼は少し前に一度、天草四郎と共にこの地に派遣されていた。

 その際は謎のサーヴァントと遭遇、命からがら逃げ延びる羽目になったのだが。

 

『凄いね、これは。ああ、恐らくここには女神がいるんだろうさ。

 だってこれ、もう土地の神話体系から異なっているもの。

 植生が支配者の領域に従っているんだ。

 オジマンディアス王のエジプト降臨……いや、女神の所業と考えるなら聖都の方か』

 

 計器を見ながらのダ・ヴィンチちゃんの声。

 それを聞きながら、総員がだるそうに肩を揺らした。

 

「あっつい……森っていうかこれ、ジャングルなんじゃ」

 

「ジャングルの女神なの……?」

 

 余計に暑いが呼吸のためには外せないマフラー。

 それをぱたぱたと揺らしながら、蒸し蒸しとした道を歩き続ける。

 

 タイムマジーンは森の外で停止させてきた。

 必要になった時にはウィザードアーマーなりの力で転移させればいい、と判断したためだ。

 森の上をあの巨体で飛べば、まず間違いなく先手を取られる。

 女神級の存在を相手にそれはあまり嬉しくない、ということでそうなったのだ。

 

「っていう事は……ジャングルと言えばゴリラの女神?」

 

「多分、違うかと……」

 

 暑さに任せて適当な事をいうソウゴ。

 赤いジャングルの王者を思い浮かべながらの発言はしかし。

 マシュが力ない顔で首を横に振りつつ、否定した。

 

「うむ! 当たらずとも遠からず!

 実際脳筋! に見せかけた賢人! のフリをした戦闘狂!」

 

 直後、木々の合間から声が轟いた。

 

「―――来ました! 注意してください!」

 

 森が騒ぐ。前兆なしでざわめく木々。

 小太郎の呼びかけを待たず、戦闘態勢に入るサーヴァントたち。

 森に響く声を聴き、何故か顔を顰めるクー・フーリン。

 まるでイシュタルに示したような反応を今一度見せた彼は、しかし。

 すぐにゲイボルクを構え直し、警戒を強めた。

 

「訳が分からない相手ですが、実力は隔絶しています!

 ふざけた態度に惑わされないように―――!」

 

 再度、警戒を促す小太郎の言葉。

 しつこいくらいに繰り返される、油断を戒めるための台詞。

 余りにも過分な警告に浮かぶ、なぜそれほどに、という疑問。

 それは、声の主がその姿を見せた瞬間に氷解した。

 

 木々の合間に見える、橙色の影。

 枝を蹴って跳ねる、妙になだらかな着ぐるみのようなフォルム。

 可愛らしいケモノの顔が描かれた、頭部を覆うフード。

 そしてその奥に秘められた―――言うなれば。

 

 虎の大自然的魅力と、女教師という職業に就いた女性が放つ妖艶なまでなアダルティーさを併せ持ち、それを一切不自然さを感じさせないレベルで共存共栄させ、新たな次元にまで昇華させた美貌の化身かつ、大勝利ヒロインのみに許された風格が醸し出す色気に満ち溢れたかんばせ。

 

 そんな、圧倒的な“美”として降り立つは、一頭のケモノ。

 

「ふざけてなんかいぬぇ――――!

 いつだって全力、それが野性の心意気! いざ、ジャガー!

 待っていたゼ、赤毛で英語かぶれの少年ボーイ! おねーさん、そういうのいいと思う!

 特に理由はないけど、私はいいと思う!」

 

「っ、神、霊サーヴァント……!?」

 

 着陸する虎の着ぐるみ。あまりにもふざけた外見。

 だがそれが顔を上げ、対面した瞬間に理解する。

 そのイロモノが、並のサーヴァントを遥かに凌駕した怪物であると。

 

 ―――それでも。

 

『……霊基規模、からして。

 恐らくはカウンター召喚によって発生したサーヴァント……!

 間違いなくそのエリアには、女神が別に存在する―――!』

 

「でしょうね……!」

 

 ロマニの言葉に、忌々しげな声で答えるオルガマリー。

 言ってしまえば、彼女は前座だ。

 本命の女神は別にいる。

 その前座でさえ、超級のサーヴァント。

 聞いて分かっていたこととはいえ嫌になる、と。

 

「……一応、会話する気があるのか聞かせて欲しいのだけれど?」

 

 問いかけるオルガマリーの言葉に、虎の着ぐるみは反応を示さない。

 肯定も否定もないままの対応に、彼女は眉を顰めさせた。

 

 そんな中で着ぐるみがピクリと体を揺らし、何ものかを凝視し始めた。

 彼女の視線の先にいるのは、どうやらアタランテのようで。

 いつでも戦闘に入れるように、と。

 弓と矢を構えた狩人が、突然のロックオンに困惑した。

 

「あざとい! やってくれるな、ネコ科めっ!

 どうやらここはNo.1ケモミミサーヴァント決定戦の会場と化したようだニャ!

 此処より先は地獄、血で血を洗う決戦場にしかならねえーぜッ!

 汝、最強のケモミミを己が実力をもって証明せよ―――Sword, or Death!」

 

「は?」

 

 困惑の声を塗り潰す、野性のネコ科の咆哮。

 オルガマリーが会話が成立しない化け猫相手に口元をひくつかせた。

 

「ジャガー代表! ヤマネコ代表! そしてケモミミはないがイヌ代表!

 遂に動物系サーヴァントの頂点を決める時が来た!

 時代が動く……一つの歴史が、答えを出す! 諸君は歴史の目撃者となるだろう!」

 

「おい、犬ってまさかオレじゃねえだろうな」

 

 顔を引きつらせながらも、朱槍の穂先に乱れはなく。

 クー・フーリンの構えは一切揺るぎない。

 その上で何故かこうして動きを止めているかと言えば、けして見逃しているわけではなく。

 

 一歩でも踏み込んだ瞬間、それとは死闘になると理解しているからに他ならない。

 強い弱いの問題ですらない。

 目の前に立つ神霊とは、やり始めたらどちらかが死ぬしかない。

 そう言った類の性質の存在だ、と確信できるが故に。

 

「ふっ……こうなればもはや問答は無用。

 どちらが正しいかは、己の爪で証だてるより他に答えを出す方法がないと知れ!」

 

 ぐるりぐるりと回る、デフォルメした虎の腕を模ったような棒。

 いっそファンシーな肉球棒を構えながら、彼女は流れるように戦闘態勢へと移行した。

 

「―――敵性サーヴァント、来ます……!」

 

 盾を構えるマシュ。

 そんな彼女の前に飛び出すのは、太陽の騎士。

 彼は真っ先に踏み込むと、振り回される肉球棒の前に立ちはだかった。

 

 激突、からの鍔迫り合い。

 おもちゃみたいな武器が、太陽の聖剣と渡り合う。

 押し合いも拮抗。

 踏み込み切れなかったガウェインが、苦渋で表情を歪めて。

 

「ッ、これほど……!」

 

 それを面白そうに見たビューティフル女教師が、

 そこで、おや、と。

 戦闘中にも関わらず、不思議そうに空を見上げた。

 

「およ、ククルん? 動いちゃうの?

 え、私狙いじゃないわよね? これ殺し合う流れ?

 私が目をつけていた獲物の横取りは絶対許さないマン的な?」

 

 ガウェインが押し留めた美獣。

 彼女を左右から襲うのは、二振りの槍。

 

 力を抜き、聖剣に弾き飛ばされる事でそれを躱し。

 追撃に飛んでくる無数の矢と苦無。

 それらをひらひらと野性の勘だけでいとも簡単に擦り抜けて。

 

 着地する瞬間、突然に割れる地面。

 ジャガーセンサーが感知したところ、その原因はマスターたちと共にいる魔術師。

 彼が地に手を着け、どうにか大地に干渉しているようだ。

 もっとも、現生している神霊の領域でそこまで好き放題もできないだろうが。

 

 足を下ろす前に伸ばした尻尾で大地を叩き、空中にいるまま跳ねる。

 

「ぬぅ……!」

 

 足を取られるタイミングを狙いすましていたのだろう。

 白い剣が斬り込む瞬間を逸らされ蹈鞴を踏んだ。

 そんな相手を目掛けて空中で加速し、飛び掛かる美しき狩人。

 

 躍り掛かられるネロの前に割り込むのはクー・フーリン。

 彼が槍を翻しつつ前に立つ。

 同時に、突き出される愛らしささえ感じさせる肉球棍棒。

 交差する互いの長物。

 

「ふっ、中々の槍捌き! その扱いぶり、釣り竿の扱いとかも得意と見た!

 生贄、供物、そういうのどんどんカモーンな私としてはですね。

 釣った魚の御裾分けとか期待しちゃったり! 料理しといてくれてもいい」

 

「いちいち分かってんのか分かってねえのか分かんねえ奴らだな、ホント!」

 

 瞬間、クー・フーリンの肩に置かれる緑衣の足。

 彼の肩に着地したのはアタランテ。

 その手に握られた弓の弦がきしりと音を立て、間を置かず大きく撓った。

 至近距離から放たれる一射。

 

 腰が後ろに折れる。

 ランサーと鍔迫り合いながらの大きなスウェーバック。

 後ろに倒した美獣の顔の前を過ぎ去っていく矢。

 

 ゲイボルクが一度退く。

 地に着いたままの足を薙ぎ払うための、刹那の前兆。

 瞬きの隙すらない、一瞬の動作の繋ぎ。

 だが美獣はそれに当然のように反応する。

 

 振るわれる朱槍。それに合わせて地面を離れる獣の足が振るわれる。

 薙ぎ払いと蹴り。

 互いの攻撃が激突した衝撃で、虎の着ぐるみが空中でスピンした。

 

 そんな体勢から繰り出す棍棒に殴られた地面が爆ぜる。

 殴打の衝撃で美獣が舞う。

 地面を殴って跳ねて、樹木まで跳んで、そして木々を足場に彼女は弾けた。

 

「速い……!」

 

「ニャハハハハハハハハハハハハ!」

 

 まるで木にぶつかっては弾けるピンボール。

 一か所に留まることなく、虎の着ぐるみは四方八方へと乱舞する。

 

「っ、森は不利か! 動きを止めれば、余の劇場で……!」

 

「―――まだウル市ってとこまでは距離があるんだろ?

 だったら、ちょおっと……周りの木ごと吹っ飛ばしちまった方が早いさ!」

 

 ドレイクの背後に展開される大砲。

 虚空を波立たせながら顔を出す破壊兵器。

 それを見た虎が、太い木の幹に着地した瞬間、彼女を目掛けて跳ねた。

 

「自然を破壊する人の子よ! 私は許そう!

 だって自然を破壊するのも、そのせいで変わった環境に殺されるのも、自己責任だし!

 あともちろん、許しはするけど殺します。だってジャガーは森に生きているのですから!

 自分の家を焼こうとされたらそりゃぶっ殺すしかねー!」

 

 大砲を粉砕するべく奔る着ぐるみ。

 発射より先に爪が届く、という距離。

 その間に、巨大なラウンドシールドが割り込んだ。

 轟音を立て、ぶつかり合う盾と肉球棍棒。

 

「ッ、この、力は……!」

 

「ぬう、我が爪を防ぐとは……! さては、ケモミミ適性持ち……!?」

 

 驚愕に目を見開きつつ、マシュを見定める着ぐるみ。

 何故か同意するように立香の頭の上でフォウが唸り声。

 

 そうして生まれた一瞬の静止。

 そこで伸ばされた鎖分銅が、肉球棍棒へと横から巻き付いた。

 

「お?」

 

「抑え、ます……!」

 

 下手人は風魔小太郎。

 彼が両手で鎖を握り、思い切り引く。

 

 すぐにそれに合流するのは、ガウェイン。

 彼が同じようにピンと張った鎖を半ばで掴み、力をかけた。

 ガウェインと小太郎。

 二人の力でもって着ぐるみとの綱引きに持ち込んで、

 

『みんな、空だ! 空から来る! これは、まずい……!

 少なくともこちらで観測した限り、イシュタルと比べてさえ上……!

 ―――神性だ! その土地を密林に変えた、支配者である女神が空から来る!!』

 

 空を裂かんばかりの声量で、戦場に居る者たちへと飛ぶ通達。

 直後、皆で揃って空を見上げる。

 大気を震わせる神威が、確かに頭上へと出現したのを理解する。

 

 いつの間にか、直上の空には無数の翼竜が飛び交っていた。

 翼幅が10mを越えるだろう巨大な影。

 ワイバーンを思わせるそれらを認めて彼らは微かに顔を顰め。

 直後、大きく目を見開いた。

 

 翼竜の更に上に出現する、炎の塊。

 それは炎で出来た翼を羽ばたかせ、太陽の如く紅炎を噴き上げる。

 

「っ、前に出ます!」

 

 マスターたちの前で守っていたマシュが声を上げる。

 空から落ちてくる翼のある太陽。

 そんなものが地上に落ちれば、周辺一帯ごとただでは済まない。

 迎撃は空中において。

 マスターたちを守るには、それ以外の選択肢はない。

 

 あれを正面から塞き止められるのは、恐らくマシュだけ。

 当たりに行けるのさえ、後は今着ぐるみを抑えているガウェインと―――

 

「マシュはこっちで。あっちは俺が行くから」

 

 ゴーン、と。

 ジクウドライバーが鐘の音を鳴らす。

 回る大時計を背負いながら、駆け出すソウゴ。

 周囲に浮かぶのは、十体の陽炎。

 各部に分割されたアーマーが、ソウゴを中心に重なっていく。

 組み上がるのは、マゼンタの戦士の鎧。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! ディケイド!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

 流れるように即座に、ウォッチを装填したギレードを投げる。

 大地に突き立つ刃。

 その場所から、まるで大木のような巨大なバナナが天に向かって突き出した。

 

 それを認めるより前に走り出していたジオウ。

 彼はライドヘイセイバーを手に、天を衝くバナナの塔を駆け上がる。

 

〈ファイナルフォームタイム! ガ・ガ・ガ・鎧武!〉

 

 降り注ぐ隕石の如き、翼持つ太陽。

 それを目掛けて駆け上がるのは、更に姿を変えたディケイドアーマー。

 インディケーターに浮かべた文字は、鎧武・カチドキ。

 橙色の鎧を纏い、ジオウは空へと舞い上がった。

 

〈ガ・ガ・ガ・鎧武! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉

 

「ハァアアアア――――ッ!」

 

 ヘイセイバーが大剣のような形状の光に覆われる。

 力を増した剣を両腕で確かに握り、ジオウは天に向かって突き出した。

 激突する切っ先と炎。

 そうして交錯した瞬間、手応えからソウゴが相手の体勢を察知する。

 

「キック……!?」

 

「んー……感じた気配はもうないわね。

 仕方ありまセーン。

 ―――まあそれはとりあえず置いといて、折角なので乱入してみましょう!」

 

 蹴撃が弾ける。

 その威力に、ヘイセイバーが纏っていた力が蹴り砕かれた。

 すぐさまジオウは体勢を立て直そうともがき。

 しかし炎の中より姿を現した女性が、遥かに速く空中で体勢を変えた。

 

 女性の手の中には、翡翠の刃を埋め込んだ木剣と円形の盾。

 翡翠剣マカナが翻り、ジオウに向かって横薙ぎに振るわれる。

 咄嗟に構えたヘイセイバーだけでは止め切れない。

 堪え切れず、空中では当然踏み止まることなど叶わず、吹き飛ばされるジオウ。

 

 尋常ではない速度で吹っ飛んだ彼が、離れた森の一角へと叩き付けられる。

 撒き上げられる砕けた木片と砂塵。

 粉塵の中に沈んだジオウの姿を見失い、咄嗟に立香が叫ぶ。

 

「ソウゴ!」

 

 ジオウが彼方に叩き付けられ、その直後。

 バナナの塔を太陽の熱で焼きバナナにしながら、女神は着陸した。

 崩れ落ちていく焼きバナナを踏み潰し、いっそ朗らかにさえ見える笑みを浮かべ。

 

「ハーイ! 私の領域へどうぞようこそ。

 女神として歓迎しちゃいマース!」

 

「―――アサシン!」

 

「御意」

 

 オルガマリーの声に風景に溶けていた影が走る。

 彼がすべき事は、吹き飛ばされたジオウの確保に他ならない。

 女神と、神霊サーヴァント。

 これを同時に相手する状況に陥った時点で、撤退は既定路線だ。

 

「ニャハハハハ! 逃がすと思うてか!」

 

「くッ……!」

 

 真っ先に動いたハサンを目掛け、虎が動く。

 彼女が全力で駆動した瞬間、棍棒に巻き付いていた鎖が砕け散る。

 

 迫っていた花嫁剣士を躱し、着ぐるみが再び跳ねた。

 阻もうとするサーヴァントたちを擦り抜けて、着ぐるみがジャングルに舞う。

 動くものを咄嗟に追い出す猫のような虎。

 だがその前を、波濤が覆う。

 飛沫く水流を見て、咄嗟に虎は本能に従って足を止めた。

 

「ええい、ネコ科に水を無理矢理かけようとするとは、さてはイヌ派か!?」

 

「ははは、確かに君の言うイヌ科と関係深くないこともないが!」

 

「はっ倒すぞテメェ」

 

 着ぐるみが濡れれば、へちゃっとなってしまう。

 そんな危機的状況を前にして、虎に突き進むという選択肢はなかった。

 水流を伴う槍を回し、着ぐるみを阻んだフィン。

 彼のジョークに舌打ちしつつ、そこにクー・フーリンも並ぶ。

 

 などという様子を見て、妙に表情を顰める女神。

 カルデアのサーヴァントを見て、というよりは自軍の虎を見ての反応か。

 

 そうして足を止めていた女神に、無数の矢。

 アタランテが一息に放った射撃が彼女を襲い。

 しかし、左腕につけたバックラーの一振りでそれを悉く無効化した。

 

 アタランテの射撃を見て、空中にいた翼竜たちも地上へ向け動き出す。

 

「――――ちぃ、ならまずは取り巻きどもを!

 いざ奉らん、“訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!!」

 

 舌打ちしながらもその動きに淀みはなく。

 天穹の弓から放たれ、天へと向かって飛ぶ矢文。

 だがそれが放たれた瞬間、翼竜たちが大きく翼を広げてみせた。

 瞬時に雲に覆われる空。

 直後に響く雷鳴、荒れる天空で奔る稲妻が、空を裂く矢を迎撃する。

 

「なにッ……!?」

 

「んー、ダメダメ。この地で、この空で、私以外の太陽神に祈るだなんて!

 狭量なようでちょっと気が咎めるけれど、女神としての沽券に関わりマース!」

 

「太、陽神……!」

 

 一瞬だけ着ぐるみの方を目を細めて見てから、少し申し訳なさそうに微笑む女神。

 空を支配してみせた翼竜たちが、そのまま地上へと突撃してくる。

 すぐに意志を取り戻し、アタランテが翼竜たちの迎撃へかかった。

 

 次々と矢を受け、少しずつ落とされていく翼竜。

 砕けた鎖分銅を投げ捨てて、小太郎もまたその迎撃へと参加する。

 苦無が乱れ、翼竜の頭部を穿っていく。

 

「アーチャー! 風魔小太郎! そのまま竜種の迎撃を! ツクヨミ!

 ロード・エルメロイ二世、援護!」

 

「はい!」

 

 オルガマリーの指示に応え、ツクヨミがファイズフォンを抜く。

 開始される銃撃。

 サーヴァントの攻撃には程遠いが、それでも撹乱くらいにはなる。

 その銃撃に飛行速度をぬるめた飛竜は、即座に頭部を撃ち抜かれていく。

 そればかりではなく、二世もまた空間へと干渉する。

 

 宝具の陣はまるで起動しない。

 この領域の支配者が目の前にいるのだ、それも致し方ない。

 出来ることといえば、風向きをどうにか少し変える程度。

 

「チィ、天候操作……!?

 神性だけでなく、しもべの竜種も全てが有しているのか―――!」

 

 女神どころかその魔術への妨害を行ってくる。

 だがそれでも、軍師の能力を相殺するために使わせられるならまだマシか。

 少なくとも先程、あの竜種は稲妻を落として見せていたのだから。

 

「ネロ! 前をお願い! マシュはフォロー!

 ――――ドレイク!!」

 

「うむ!」

 

「了解しました、マスター!」

 

 突撃してきた竜種を一匹斬り捨てて、ネロが着ぐるみからこちらの対応へ回る。

 縦横無尽に跳ねる着ぐるみと違い、女神は泰然と構えていた。

 これならば少なくとも、追い付けないなどという結果はない。

 

「ふ――――!」

 

 白炎を伴い、隕鉄の剣が奔る。

 翡翠剣でそれを受け止めながら、彼女は酷く驚いた顔をした。

 

「……あら? 外から来た隕鉄の剣に、あなた自身も不思議な属性ですネー?」

 

「船長!」

 

「あいよッ! さあ、太陽みたいにお熱い女神様―――!

 太陽を墜とした女の一発、存分に喰らっていきな!!」

 

 大砲が火を噴く。

 余波だけで木々を薙ぎ倒す砲撃が、四発続けて放たれる。

 射撃の瞬間、自分から力を抜いて弾き返されるネロ。

 

 目の前で熾る砲火。

 吹き飛ぶネロと入れ替わりに、砲撃が女神の許へと殺到する。

 それを正面に見据えながら、金髪の女神は困った風に微笑んだ。

 

「一発どころじゃないのはどうかと思いマース!」

 

「オマケの心尽くしさ! 遠慮せずに受け取ってくれて構わないよ!」

 

 一撃目を彼女は左手に構えた盾で対応した。

 直撃の勢いで仰け反る女神。

 その事実に彼女は面白おかしそうに表情を綻ばせ、剣を強く握り直す。

 

 二撃目、女神は全力スイングのマカナで、砲撃を正面から粉砕した。

 僅かばかりその衝撃で体を押し込まれる彼女。

 それに更に強く陽気さを増して、三撃目に対して更に鋭さを増したスイングをかます。

 殴られた砲撃が跳ね返り、続く四撃目の砲弾と激突して炸裂した。

 

 何度撃ち込もうが、打ち払って終い。

 そう示すように真正面から弾幕を粉砕した彼女が、挑発するように微笑む。

 そんな様子に着ぐるみがおっ、と目を見開いて。

 

「おーおー、ちょっと頑張ればククルんに通せそう。

 属性だけじゃなくて、相性も良さげなサーヴァントを連れてるじゃないの。

 でもその程度じゃあ無理かニャー?」

 

 地面が砕ける。植わっていた木の根が弾ける。

 大地を捲り上がらせるほどの踏み込み。

 その動作でもって白銀の鎧が距離を縮め、彼女に対して剣閃を見舞う。

 追い付かれた瞬間、肉球棍棒でもって対抗。

 

 拮抗し、数秒。彼女の方が吹き飛ばされた。

 カバーしきれず地面に転げて、跳ねて、着地し直しながら着ぐるみは目を細める。

 睨み据えるは目の前に立ちはだかるもの。

 それは腰を落とし、片腕に剣を握り、威風を纏う太陽の騎士。

 

「―――失礼、

 よそ見をする余裕を与えるほどに不甲斐なかったのはこちらの落ち度。

 貴公の視線は、もはや私から外させないと約束しましょう」

 

「何だそりゃ。馬鹿な事言い出してんな、騎士様は」

 

 横に立つ騎士の熱量に辟易としつつ、クー・フーリンが溜息を落とす。

 そうして彼の物言いに肩を竦めた直後。

 

「いやいや、女性(?)の視線を奪うのは私の十八番。

 如何な太陽の騎士が相手とはいえ、そうそう譲れるものではないと知っておくといい」

 

「ああ、同郷(うち)の奴も馬鹿だったわ」

 

 続くフィンの言葉に、竦めていた肩を大仰に落とす。

 そんな男三人を前にして、着ぐるみはしどろもどろになりつつ体をくねらせた。

 

「やだ……逆ハー展開? モテ期? モテ期到来?

 ああ、私のために争わないで。いや、もっともっと争って。

 私、そういう血で血を洗う闘争とか大好き……」

 

「そうかい。そりゃあこっちも嫌いじゃねえさ―――!」

 

 朱槍が奔る。

 水流が迸る。

 聖剣が突き進む。

 

 それらの力を前にして、虎の着ぐるみは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「あ、っづ……!」

 

 ジオウが何とか体を起こす。

 ただの一撃で限界を超え、ディケイドアーマーは既に停止していた。

 それでも変身は維持し、通常形態に戻った彼が頭を上げると。

 

 そこに、折れた木に腰掛けながら手に取ったウォッチを眺める存在がいた。

 マゼンタの鎧に、バーコード染みた装飾。

 そして、ウォッチとして見慣れた顔。

 一目で分かる。それが、仮面ライダーディケイドなのであると。

 

「あんた、ディケイド……!」

 

「ああ。久しぶりだな、魔王。元気そうで何よりだ」

 

 ほい、と。彼の手がウォッチを投げる。

 咄嗟にそれをキャッチしてみれば、それはダブルのウォッチ。

 すぐにホルダーを確認すると、勝手に外されていたようだ。

 

「……盗みに来たの? それとも協力してくれるの?」

 

「誰が盗むか、海東じゃあるまいし。

 ただ野暮用でこの辺りを通りかかっただけだ、すぐに帰る」

 

 そう言って、座った姿勢のまま銀幕を展開する。

 銀幕はゆっくりと動き出し、ディケイドの姿を取り込んでいく。

 彼が帰還するつもり、というのは嘘ではないようだ。

 

「ま、あいつから俺のウォッチを手に入れて来たなら一応は合格だ。

 この特異点での戦いには協力してやるさ、その内な。

 今ここでの戦いで死なないよう、せいぜい頑張ってくれ」

 

 それだけ言い残し、あっさりと消えるディケイド。

 

 彼に投げ渡されたダブルウォッチを握り締め―――

 ふと、何かの感覚がよぎる。

 思考を掠めていく、何かの思い付きのような感覚。

 それは一体何事かと自分の中で答えをだそうとして、

 

「―――――」

 

「ソウゴ殿、ご無事で!」

 

 動きを止めていたジオウの許に、木々を擦り抜けハサンが現れる。

 その黒衣の暗殺者を見て、彼が何かに思い至ったように頭を上げた。

 

「……ハサンって確か、何か強い風とか効かないんだっけ?」

 

「は? ええ、まあ……風除けの加護は持ち合わせていますが」

 

 無事かどうか訊いたはずだが答えはなく、問い返され。

 しかしまあすぐに立ち上がったのを見るに、元気なのだろう、と。

 胸を撫で下ろしたハサンの肩に、ジオウの手が乗せられる。

 

「じゃあちょっと協力して。これなら、行ける気がする――――!」

 

「はあ……?」

 

 そう言って、彼はその手に握られたダブルウォッチを起動した。

 

 

 

 

 轟くエンジン音。

 それに真っ先に気付いた女神が、音源の方に視線を向けた。

 その余所見を隙と見て、攻撃が加速する。

 体を屈めて砲撃を躱す。

 その隙にと斬りかかるセイバーを跳ね上げた足で蹴り上げる。

 

「ぬ、ぐ……!」

 

 花嫁が宙を舞う。

 そんな彼女へとマカナの刃を向けようとして、

 前に割り込んできたラウンドシールドに受け止められる。

 

「ッ!」

 

 即座に剣を手放し、盾の縁へと手をかけて。

 無理やり盾の位置を上げて、がら空きになった下から足を払う。

 そのまま盾ごと、少女を全力で投擲した。

 

「っあ……!?」

 

「バイバーイ!」

 

 吹き飛ぶ、で済む範囲ではない。

 正しく空を飛ぶ、だ。

 遠投の勢いで投げられたマシュにそれを防ぐ手段はなく―――

 

「二世!!」

 

「分かっている……!」

 

 二世が魔術に注力しつつ、位置取りを変える。

 即座にどこにいればいいかを計算し、立つべき場所を算出する。

 藤丸立香の礼装が熱を帯びていく。

 そうして魔力を臨界まで回し、彼女は己に許された機能を一気に解放した。

 対象とするのは今投げられたマシュと、地上で天候操作を相殺している二世。

 

「オーダーチェンジ!!」

 

 対象とした両者の位置が入れ替わる。

 その魔術で入れ替えるのは、二人の位置だけだ。

 空を飛ぶマシュと入れ替わっても、二世は空は飛ばない。

 女神に投げられる、という行為で手に入れた運動エネルギーは、マシュのもののままだ。

 

「っ、たぁあああああ――――ッ!」

 

「ワオ!?」

 

 女神に投げられた勢いのまま地上に舞い戻ったマシュ。

 彼女が二世が正しく割り出した位置に再出現し、女神に投げられ女神に突撃した。

 マカナを掴み直しはしたが、振り被るには遅い。

 突撃してくる盾を盾で迎え撃ち、盾同士をぶつけ合う両者。

 

 そんな中で、二世が声を張り上げる。

 

「レディ・アニムスフィア!」

 

「っ、自分でやりなさいよ魔術師、っていうかサーヴァントでしょ!」

 

 怒鳴り返しながら、他者に対する重力軽減。

 空中に放り出された二世が、何とか体勢を立て直しつつ着地する。

 目が回るような忙しなさに、眉間を抑える二世。

 

「こちらとてあの竜種の天候操作を邪魔するのに手一杯だ……!

 奴ら、何体いると……!」

 

 そんな竜種の幾体かが方向を変え始めた。

 撃墜していたアタランテが真っ先にその反応を理解し、声を張る。

 

「そっちに行くぞ、ソウゴ!」

 

「っ、離れられたら邪魔しきれんぞ……!」

 

 元よりこの地、この空は女神の支配領域。

 その中のごく狭い範囲を何とかくりぬいて、無事な空間を仕立てているのだ。

 そこから外れた空間からやってくるジオウへの攻撃は防げない。

 

 飛翔する無数の竜種。

 彼らの意志に呼応して、空が哭き、雷が轟いた。

 

 木々が薙ぎ倒され、荒れ果てた地面。

 砂塵を撒き上げ、疾走するのは二輪のタイヤ。

 ハンドルを握るジオウの肩を掴みながら、ハサンが忠告する。

 目の前には稲妻が、雹が、弾幕となって押し寄せていた。

 

「―――風は阻めます。それ以外はどうにもなりませんぞ!」

 

 天候を支配する、女神のしもべ。

 その竜種の銘を―――ケツァルコアトルス。

 神と同じ名を持つ、白亜紀の空に舞っていたかつての空の支配者。

 彼らに天候操作を行う能力など、本来備わっていなかった。

 その能力を手に入れたのは、女神のしもべとしてここに存在しているから。

 

 翼竜として太古の空を翔けていた彼らは、神のしもべたる神獣として神代の空を翔ける。

 彼らを支配するのは“翼ある蛇”の名を持つ、雨と風の神。

 その神の権能を代行するものとして、彼らは存分に能力を行使して―――

 

 そんな相手を前に、ダブルアーマーが燃え上がる。

 天候操作(ウェザー・コントロール)を有する、“翼ある蛇(ケツァルコアトルス)”を前にして。

 そうして覚えた感覚を得て、ソウゴが吼えた。

 

「全部――――振り切れる気がする!!」

 

 雷光が撃ち付ける。雹が吹き荒ぶ。

 だが荒ぶる風だけは、ハサンがその加護でもって防いでくれる。

 だから、一切減速はしない。

 逆風がない以上、ブレーキをかけなければ一切の減速はありえない。

 

「ぬぉ……っ!」

 

 掴まっているハサンが呻く。

 が、それにも構わずアクセルを、これ以上ないほどに解き放つ。

 何もかもをも振り切って、突き進む一台のマシン。

 

 それに反応して脈動する力が、一つに固まっていく感覚。

 車体を振って雷撃を避け、雹の弾幕を掻い潜り。

 

 ジオウが、片手をハンドルから離して剣を取る。

 続くようにその剣に装填される、新たな赤いライドウォッチ。

 ダブルアーマーから別たれた力が、結晶化していく事で発生したもの。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 奔る剣閃が赤い軌跡を描き、周囲のケツァルコアトルスを薙ぎ払う。

 取り巻く翼竜の軍勢を切り裂いて、目掛ける先はただ一つ。

 

「これは……!」

 

 女神が盾での競り合いをしていたマシュを、強引に押し切る。

 迫りくるジオウに何かを感じたのか、そのまま迎え撃つべく彼女は構え直し―――

 

 その瞬間、ジオウがライドストライカーを蹴り、跳んだ。

 

「マシュ! 足場!」

 

「はい!」

 

 弾かれた少女が盾を水平に構え、ジャンプ台に備える。

 舞うジオウがそこに一度足を下ろし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

「―――――!」

 

 マカナを振るう。

 緑と黒の鎧に覆われて、迫りくる赤い光の剣閃。

 翡翠剣は確かにその斬撃を迎え撃ち。

 僅かに、女神の体が揺れる。

 

「ッ……!?」

 

 思考しての結果でなく、その一撃に限って。

 女神は確かに押され、大きく弾き飛ばされた。

 大地を滑っていく中で、大地を一閃。

 地面を切り裂いて、それの反動で強引に踏み止まる女神。

 

 目の前に辿り着いたジオウを見据え、彼女は目を細めた。

 

「……女神として、というより。

 私が()()()いるためのライダーの霊基にクリーンヒット、って感じデース。

 まあ理屈はどうでもいいとして。ええ、びっくり。

 あなた、私についてこれるのですネー?」

 

「ついていくんじゃないよ」

 

 言葉を返され、首を傾げる女神。

 彼女の前でジオウが頭を上げ、剣を構え直す。

 

「あんたは俺が、振り切るよ」

 

「ふふふ、残念だけど振り切らせてはあげない。

 だっておんなじくらいの速度で競えた方が愉しいデース!

 戦いにならないより、戦いになった方が嬉しいに決まってマース!

 もちろん、戦いにならないくらい弱くても闘争心があるなら私は応援しますけど!」

 

 振り抜き、構え直す翡翠剣。

 ガリガリと地面を大きく削りながら、女神が純粋に、悪戯な笑みを浮かべた。

 

「あなたたちが私に挑戦する限り、私が大事に大事に育ててあげる!

 終わりなんか許さない。滅びてる暇なんて与えない。

 一緒に歩いていきましょう?

 そうして一緒に生きるためなら、私はどんな努力も惜しみまセーン!

 ―――だから。私と一緒に生きるために、あなたたちも全力で私に挑んでね?」

 

 振るわれるマカナが空を削る。

 ジェット噴射を粉砕し、放電を薙ぎ払い、蒸気を引き裂いて。

 ジオウと女神が、再び剣を叩きつけ合った。

 

 

 




 
ルーラー霊基が相手だったらオーズアーマーがマツケンサンバで対抗してた。
 

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