Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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女神同盟ビギニング-4000000000

 

 

 

「完・全・敗・北デース! ンー、いっそ清々しい!」

 

「フォール! フォール! 決着ついたのに、何で私に攻撃するの!」

 

 ギリギリと軋むジャガーマンの頭。

 アイアンクローで彼女を締め付けながら、ケツァル・コアトルは朗らかに笑う。

 密林は一角が既に完全に消滅し、焼け焦げた大地だけが残っている。

 

 そんな場所で腰を落としながら、オルガマリーが彼女を見上げた。

 

「……なし崩しに戦闘に入って、こうなったけれど。

 あなたは女神同盟側から離脱してくれる、という事でいいのかしら?」

 

「ええ。私が喫したのは、完膚無きまでの敗北。

 こうなったからには、もはや勝者の舎弟になるしかないでショウ?」

 

「少年漫画の読みすぎなのよねえ。あばばばば」

 

 口を挟むジャガーマンの頭に対し、圧力が増す。

 ギチギチとおおよそ人体にはありえない異音が、彼女の頭蓋骨から奏でられる。

 そんな光景に対し、口元を引きつらせるオルガマリー。

 

「女神同盟はそれぞれ違う方法で、人を殺すのがルール。

 そう言ってたけど、それは止めてくれるってことでいいんだよね?」

 

 立香に問われ、ケツァル・コアトルが握ったジャガーマンをきつく睨む。

 圧力をかけられながらも、ジャガーは素知らぬフリを決め込んだ。

 

「……ええ、その通りデース。私も人間の飼い殺しは止めマース。

 人間が行う挑戦にとって、私の決めたリングでは狭すぎる。

 それを証明されてしまったからには、大人しく()()()のが礼儀というものデース」

 

「だったら、女神同盟のことについて……」

 

「申し訳ありませんが、一度同盟を結んだからには情報を売る事はしまセン。

 私はさっさと人の情報を売った野性の動物とは違いマスので」

 

 冷酷なまでに研ぎ澄まされた睨み。

 そんな視線を前に、てへぺろ☆ と。

 ジャガーマンが可愛らしさを発揮して、お茶らける。

 眉根を寄せて、皺を作るケツァル・コアトル。

 

「……もちろん、私はアナタがたに協力しマス。

 こうなったからには、いちサーヴァントとしてアナタ方の道行きのために戦いまショウ。

 ですが、それでも譲れない部分はあると理解してくだサーイ」

 

「親孝行って奴ねえ」

 

 余計な口を挟んだジャガーマンが蹴り飛ばされた。

 地面に突っ込み、バウンドし、着ぐるみが泥まみれになりながら転がっていく。

 そうしてから女神は軽く手を叩きつつ、咳払いをひとつ。

 

「私は女神同盟を裏切らない。その上で、アナタたちに命を懸けて協力する。

 それは、女神という障害を乗り越えて突き進むアナタたちを前に進ませることが、何より私が女神同盟に参加した理由を、真に果たすことになるだろうと確信したからデース」

 

「女神同盟に参加した理由?」

 

 それ以上この件について語ることはない、と。

 女神ケツァル・コアトルは、ゆっくりと首を横に振る。

 戦力として協力はする。だが、情報は流せない。

 そう断言する彼女に、カルデアの面々は顔を見合わせた。

 

「うーん、じゃあ……そういえば、こっちの街にいる人たちはどうなってるの?」

 

「先程話した通り、ちゃんと生かしてありマース。

 来たるべき闘争に向けて、まずは受け身の練習をさせているのデス。

 ルチャの基本デース」

 

 調子を戻し、自信満々に胸を張る女神。

 

「……彼らをウルクに戻す、と言ったら?」

 

 オルガマリーが視線を小太郎に向けつつ、問いかける。

 彼もまた、ギルガメッシュ王のサーヴァントとして小さく頷いてみせた。

 

 ケツァル・コアトルの領域に含まれる市。

 ウル、そしてエリドゥ。

 此処に住まうものたちは、元よりその土地に住んでいた人間だろう。

 だからウルクに戻す、というのは少々おかしい表現であるが。

 ただ、人間側の領域に戻すという話を女神が承認するのかどうか、という話だ。

 

「まあ、協力すると言ったのにアレも駄目コレも駄目とは言いたくないですし。

 こちらとしては、それでも構いまセンが……」

 

 今までの様子からすると、いやに煮え切らない態度。

 そんな彼女の後ろに転がっていたジャガーが声を上げる。

 

「ククルんに鍛えられてる連中はともかくとして。

 他のただ生きてるだけの残りの人間は、ウルクに行きたがるかしら?

 ここは魔獣には襲われない唯一のエリア、と言っても過言じゃないし。

 一部の人間は意外と安心感持っちゃってると思うのよね」

 

 地面に転がりながら、ジャガーマンが肩を竦める。

 そんな器用な動作を見せつけた彼女に対し、ソウゴは首を傾げた。

 

「ただ生きているだけの人間、っていうのは」

 

「戦う事を拒否する人間たちデース。

 別に私は全ての人間を戦わせるわけではないデスから。

 戦える人間が戦い、そうでない人間は戦わない。それは当たり前のこと。

 あ、もちろん戦える人間がいる間は、の話デスけどね?

 戦う人間が死に絶えても、戦えない人間がなお戦わない。

 その時は、人間という種が滅亡するだけでショウ?

 まあそうならないように、私が保全しようとしていたという話デース」

 

「で、そんな人間たちがこっちの保護……保護? ペットショップ? 保健所?

 みたいな状況を抜けて、ウルクに行こうとするかってーと。

 ジャガー的には、一波乱ある気がするって話ね」

 

 ケツァル・コアトルは殺人を容認しない。

 女神であれ、魔獣であれ、彼女の領域内では一切の殺人は許されない。

 彼女の領域の人間は、彼女の自己満足のために飼われるだけになる。

 だが、だからこそ一切の脅威は存在しなかった。

 唯一にして最大の脅威。かつ、最大最強の守護神。

 それがこの地における、女神ケツァル・コアトルなのだから。

 

 ここは、ケツァル・コアトルの手で長らく停滞した市街だ。

 閉じ込められる代わりに、外からの脅威にさらされなかった場所だ。

 その守護神の許を離れ、魔獣の脅威に常にさらされるウルクに行くか?

 ジャガーが語るのは、そういう話だ。

 

 言われて、顎に手を添えて悩み込むオルガマリー。

 彼女の後ろで、変身を解除したソウゴが腕を組んで唸る。

 

「じゃあもう一回王様に訊きに帰るしかないんじゃない?」

 

「確かにこれ、私たちの一存で決めていい事じゃない気がする」

 

「でもこれって一応小太郎と、天草四郎からの依頼扱いじゃなかったっけ」

 

 ふと振り返り、小太郎の顔を窺う立香。

 視線を向けられた彼が、小さく息を詰まらせる。

 目が隠れるほどに伸ばした前髪を揺らしながら、彼は何とか言葉を絞り出した。

 

「―――そもそも今回はあくまで偵察。

 女神との決戦は一切考えていなかった、ので。ええと」

 

「なんというか、その場の勢いで決戦しちゃったね」

 

「そういうところが私に響いたのデース!」

 

 朗らかに笑うケツァル・コアトル。

 彼女の勢いに押されて怯む小太郎。

 

「じゃあとりあえず王様に訊きに戻ろっか。

 茨木童子と一緒にいた民と違って、自分から戻ろうとしないかもしれない。

 だったらやっぱり王様しだいなんだろうし」

 

「そう、ですね。僕の決定権を越える話なのは間違いありません。

 申し訳ありませんが、一度帰還して指示を仰ぎたいと思います」

 

「では決まるまでは、今まで通り死なない程度にルチャの訓練を続行させマース。森に近づいてもらえればそこのジャガーに出迎えさせますので、何かあったらいつでも来てくだサーイ」

 

「え、私はオルガマリーちゃんとこに就職したので、森から出て行く―――」

 

 炎が盛る。太陽の降臨を幻視する。

 逃がすと思うのか、と女神の視線がジャガーを捕える。

 ほんの僅かだが、神性の発露を目前にして、ジャガーが震えた。

 

 ぷるぷる震えるネコ科の横で、ケツァル・コアトルが再び笑顔を見せる。

 

「私でもそこのジャガーでも、必要な事があればいつでも呼んでくだサーイ。

 いつだって、どこへだって駆けつけマース。

 ただ必要じゃない時には、それもこっちの手伝いをさせておきマスので。

 森の端から端まで走らせ続ける労働力として、ちゃーんと有効活用しておきマース」

 

「助けてぇ、マスタぁー」

 

「……そうね。

 とりあえずわたしたちは一度帰還して、ギルガメッシュ王に指示を仰いできます」

 

「さっそく契約を裏切られた! 神は死んだ!」

 

「ここで生きてマース。

 アナタには生ける神の使いっ走りとしてバリバリ働いてもらいマース」

 

 口の端を大きく吊り上げて、不穏に笑うケツァル・コアトル。

 名実ともに借りてきた猫になったジャガーマンが更に体の揺れを強くした。

 それをスルーして、オルガマリーが女神を見据える。

 

「最後に、一つ確認をいいでしょうか?」

 

「なんでショウ?」

 

「あなたに魔獣の女神と戦う手伝いを依頼すれば、引き受けてくれるでしょうか」

 

「―――それはもちろん。私はアナタたちの剣となるもの。そう約束しました。

 ただし、その場合の私は剣というか、栓抜きとかパイプ椅子みたいなもの。

 いわゆる反則行為の凶器攻撃、というわけデース。

 そうなればもうルールは改定。問答無用のデスマッチに移行するでショウ」

 

「……そうなるから、この土地には魔獣も来ない。

 そう理解していい、ということでしょうか」

 

「ええ。私の領域に魔獣が侵犯するのはルール違反。

 もちろん逆だってそういうこと。

 だから私たちは、不用意に相手のテリトリーに踏み込んだりしまセーン」

 

「なる、ほど。分かりました、ありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げて、オルガマリーがソウゴを見る。

 彼は疲労感に小さく息を吐きながら、再びウィザードの力を使うべく変身に取り掛かった。

 

 

 

 

「魔獣の女神は、領域侵犯は犯さない。

 それは女神同士の協定、というカタチでルールとして決まったもの。

 つまり破ったら大きな罰則があるに違いないはずなのよ」

 

 タイムマジーンの許まで帰還して。

 ウルクへの帰路につく前に、オルガマリーがそう切り出す。

 ウィザードアーマーを解除しながら、その言葉にジオウが首を傾げた。

 

「……じゃあ()()()()()()()()、ってどこ?」

 

「エビフ山にも多少は魔獣が来る事もあったんだよね?」

 

 首を傾げるジオウを見つつ、立香が振り返る。

 その視線の先にいたサーヴァントたちも、首を傾げてみせた。

 

「そういう話だったと思う、がな?

 それらから茨木童子が民や獣を守っていた、と」

 

「ふむ。確かはぐれた一部の魔獣だけ、というような口振りだったと思う。

 とはいえ、ただ管理から漏れた木端魔獣なら領域侵犯してもいい。

 そんな都合のいい話がオチだとは思えないところだ」

 

 どうだったかな、と腕を組むネロ。

 そんな彼女の横で、髪をかきあげながらフィンがそう言った。

 

 イシュタルが神殿を持つのは、エビフ山の頂上だ。

 神殿(そこ)だけが女神としての領域だ、という可能性もないではない。

 が、流石にそれは考えにくい気がする。

 神殿を中心にするならば、イシュタルの領域はエビフ山全体だと考えるべきだろう。

 

 そうなると、エビフ山に多少は魔獣が流れてきていた、という話がおかしい。

 南米エリアには一切魔獣が踏み込んでいないのだから。

 

「ちゃんと協定が結ばれているなら、どちらの女神も互いにルールを違反している。

 そういうことになる、ということでしょうか?」

 

 イシュタルもウルクの周囲で魔獣を狩っている。

 配下の魔獣に手を出す程度は小さい話なのかもしれない。

 が、だからと言って積極的に相手の手駒を駆除するのは敵対行為同然だろう。

 

「……そもそもイシュタルの口振りからすると、彼女はウルクもエビフ山も自分の領域として見ていたような……」

 

 その協定がどれほどの強制力を持つかは分からない。

 だが、けして軽くはないはずなのだ。

 だというのにこうなっているという事実に、マシュが眉根を寄せた。

 更に困惑しながら、イシュタルの言動を思い返すツクヨミ。

 

「イシュタルがウルクを自領域としているなら、そもそも魔獣の侵略自体がルール違反。

 三女神同盟にとって、そんな馬鹿な話はないでしょう」

 

「エビフ山はまだしも、ウルクは協定の外と考えるべきでしょう。

 ウルクはイシュタルの領域であるために侵略は不可、などと。

 そんな条件を他の女神が飲むはずがない」

 

 頭を振るオルガマリーに同意し、頷くガウェイン。

 彼らが始めた会話を耳に流しながら、ドレイクは鬱陶しげに首を回す。

 

「あー、また面倒な話になってきたね。

 さっきみたいに撃ち合いで解決する方が分かり易くていいや」

 

「ただ撃ち合って倒せる程度の相手が敵ならばそれでもいいがな。

 良くも悪くもそうではない、と。ケツァル・コアトルが証明してくれたわけだ」

 

 溜息を吐き落としながら、アタランテが船の方へと向かっていく。

 こちらが把握している女神の実態。

 イシュタルとケツァル・コアトル。

 彼女たちを比較した場合、絶対的にケツァル・コアトルの方が脅威度は上だろう。

 

 イシュタルもまともにぶつかれる相手ではないが、ケツァル・コアトルはそれ以上だった。

 

「……そうですな。彼女を味方に引き込めた時点で全てが解決できる話なら、恐らく女神ケツァル・コアトルは一切出し惜しみせずに解決までの道筋を示してくれるはずでしょう。

 そうしない、ということはそうではない、という話に違いない」

 

 ハサンがそうぼやきつつ、いつか相見えた老爺の事を想起する。

 あの御仁が出陣した、ということはそれが必要な事態ということ。

 恐らくは、答えに辿り着くための情報がまだ足りないのだ。

 

「……ケツァル・コアトルと、ジャガーマン。あの二人の口振り。

 苦痛の女神、だったかしら。そう譬えられた女神が、女神同盟の三柱目。

 ……最後の女神は、イシュタルじゃない?」

 

『それは、どうだろう。

 いや確かにイシュタル神がそう呼ばれる事に違和感はあるけれど。

 ただ神霊クラスの存在ならば、相応の規模の出力があるはず。

 それほどの存在規模が、この特異点内で残っているとは……』

 

『ふむふむ。こちらとしても情報を洗い直す必要がありそうだね。

 ただ個人的な感覚としては、女神同盟に対しての情報自体は必要分に届いてそうに思う。

 そこのとこ、どう思う? ロード・エルメロイ二世』

 

 ロマニを押し退け、顔を見せるダ・ヴィンチちゃん。

 彼女の声をかけられた二世。

 彼が顎に沿わせていた手を下ろし、顔を下に向けた。

 

「――――この世界に反応のない、未知の神格の可能性」

 

「お、何か思いついたか?」

 

「地上にこれ以上の神性がいない、というなら自ずと至る可能性だ。

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()? と」

 

 伏せていた顔を上げ、眉間に指をあてる。

 彼の口振りを聞いて、クー・フーリンが思考するように片目を瞑る。

 問いかけられている二世は難しい顔のまま、僅かに目を細めて。

 いつかを思い返すように、口を開いた。

 

「いつぞやの私の講義を覚えているか?」

 

「あん? いつの――――ああ、なるほど。()()か」

 

 納得したように空を見上げ、その後に地面へと視線を投げる槍兵。

 同じ話を聞いていたジオウが変身を解除。

 結果、ちょうどソウゴが至極気分の悪そうな顔を見せた。

 

「ソウゴ、どうしたの?」

 

「別に、なんでもないけど」

 

 問いかけるツクヨミに、投げやりに返すソウゴ。

 理由を理解した立香がその時の二世の話を思い出した。

 

「えっと、死と再生の儀式の話?

 アステリオス……ミノタウロスの迷宮の話だったよね」

 

「そういえば、そこで先輩たちが……」

 

 第三特異点。海洋の特異点の攻略中、遭遇した迷宮。

 アステリオスがエウリュアレを守るために展開していた結界だ。

 そこを進んでいるうちにいつの間にか立香とソウゴは姿を消し、未来のソウゴと邂逅していた。

 その間にマシュたちを足止めしていたのは、仮面ライダーディケイド。

 

 ふと思い返すことがあり、そこで思考を止めて。

 しかしすぐに横で上がったネロの声に、回想を中断された。

 

「うむ、そういえばそんな話をしていたな。余はよく覚えていないが!」

 

「気が合うじゃないか皇帝陛下。アタシもさ」

 

 自信満々に胸を張るネロ。

 彼女に同調し、けらけらと笑うドレイク。

 二人に口元を引きつらせる二世。

 

『……自己再認の儀式、というテーマだったね。ボクは後から聞いた話だけど』

 

 ―――迷宮とは。

 その道程を歩みながら余分のものを削ぎ落し。

 最奥で怪物に殺されるという“死”を終え。

 帰路の中で削ぎ落したものを拾い直して自身というものを再生、再認する。

 

 そこで何かに気付いたように、ロマニが唸った。

 

『―――ああ、そうか。あるんだ、女神イシュタルには。自己を削ぎ落すための門を越え、やがて辿り着いた最奥で、()()()()()()()に殺されるエピソードが。

 求めるばかり、手に入れるばかり、勝利ばかりに彩られたイシュタルという神性。彼女がその装飾の一切を剥がされ、殺され、再生したという、()()()()の物語が』

 

「冥界下り?」

 

「……シュメル神話において、“天の女主人(イナンナ)”である女神イシュタルは、“冥府の女主人(イルカルラ)”である女神エレシュキガルと姉妹でありながら敵対関係にあります。

 理由は不明ですがイシュタルは冥界へと攻め込み、逆にエレシュキガルに権能を全て剥奪され、殺害されたという話があるのです」

 

 首を傾げる立香の前で、マシュがそう語る。

 彼女の言葉に鷹揚に頷いて、通信越しにダ・ヴィンチちゃんも語りだした。

 

『自己再認の儀式、か。それはギルガメッシュ王も有するエピソードだ。

 不老不死の霊草を探索し冥界を訪れ、手に入れたものの帰路でそれを失う。

 その経験を経て、彼は今も君たちの前に姿を見せている名君として完成したんだ。

 イシュタルにせよ、ギルガメッシュ王にせよ。

 シュメルの文明において“迷宮”の役割を果たすのは、冥界ということだね』

 

 腕を組みながら、難しい顔でそれを聞いていたツクヨミ。

 彼女が今の話の中で分からなかった部分を上げる。

 

「それって、イシュタルの方は何を再認したのかしら?」

 

「それは……なぜ彼女が冥界へ攻め込んだのか、それすらも不明ですので。

 すみません、推測も難しいと思われます」

 

『実際のところは本人に訊いてみなければ分からないけれど……

 ただ、可能性だけなら推測することができる。

 女神イシュタルは人間の生を表すグレートアースマザー。

 女神エレシュキガルは人間の死を表すテリブルアースマザー。

 生と死にして天と地。輝かしきものと悍ましきもの。

 彼女たちは姉妹でありながら対称的に設計された、表裏一体の存在だ』

 

「……いや、正しくは対称的ですらないのだろう。正しく、表裏一体。

 二人の女神は恐らく、元は一つの存在が双つに別たれたもの。

 女神イシュタルは表面だけで構成された存在。女神エレシュキガルは同じように裏面だけで。

 だからこそ、二人の女神は互いにとって()()()()()()()足りえる。

 女神イシュタルは女神エレシュキガルの表。

 そして、女神エレシュキガルは女神イシュタルの裏。

 それほどに近しい存在であるが故、互いに近付き合うためにそのエピソードが生まれた」

 

 ロマニの言葉を遮って、二世がつらつらと語りだす。

 語りを奪われたロマニが困ったような、残念そうな表情を浮かべた。

 そんな彼の横で、ダ・ヴィンチちゃんが手を叩く。

 ぱんぱんと響くその音に言葉を遮られ、二世が口を噤む。

 

『まあ冥界下りの発端はいいとして。

 つまり女神イシュタルは、女神エレシュキガルと表裏だけ別れた同一存在。

 そうだという可能性が非常に高い、と考えられるわけだ』

 

 とりあえず必要な情報はそこだけだ。

 さっさと纏めたダ・ヴィンチちゃんに一つ頷き、オルガマリーが片目を瞑る。

 

「……だからこそ、女神イシュタルに引き寄せられて、連鎖召喚が発生した?

 女神クラスがそんな簡単に、とは思うけれど」

 

 そこまで口にして、しかし彼女は顔を上げて景色を見る。

 風になびくマフラーを片手で捕まえて、その恩恵を授かっていることを改めて感じる。

 専用のマフラーをしていなければ、彼女たちには呼吸すら難しい土地。

 

 真エーテルが地上に未だ溢れている環境。

 大気さえも神秘の渦である、神代の土地を検めて―――

 

「……けれどここは彼女たちが権勢を誇った、シュメル文明のただなかにあるメソポタミア。

 その神性がイシュタルの半身と呼べるだけの存在であったなら……最後の三女神同盟として召喚されたという可能性は、確かにあるはず。わたしたちが相手をすることになる、女神のひとり。

 それが、冥界の女主人――――女神、エレシュキガル……!」

 

 そう言って、オルガマリーが強く拳を握る。

 

 女神イシュタルの裏に潜む、正体すら隠した冥府の支配者。

 地上に存在しないという点で、ケツァル・コアトル以上の攻略難度とさえ言える。

 それでも、彼女たちは挑み続けるだろう。

 そうしてケツァル・コアトルさえ破ったように。

 彼女たちは、ただ前に進んでいくために。

 

 

 

 

 ―――眼下に広がるクタ市内の様子に、一息つく。

 

 眠りについた街。

 既に生きる者のいない世界。

 そんな眼下の街を見下ろす位置に、金星の輝きがある。

 

 既に太陽は地平線に沈み、夜の闇が周囲を包んでいる。

 そんな星空の中に舞うのは、黄金の天舟。

 女神イシュタルがそこに腰掛けながら、安堵に近しい溜息を落としていた。

 

「やっと……やっと、落ち着いてきたのだわ……

 ほんともう、どうなることかと……

 この様子ならあと……二、三日もすれば、溢れる子もいなくなるはず。

 ええと、あとは領域を向こうまで伸ばして。あ、と、あっちの区画の整理も……

 それに槍檻の増設も急がなきゃ……このままじゃ、まだまだ全然足りないんだから」

 

 瞳に疲れ果てた色を浮かべながら、地上を検めて。

 まだまだ終わりの見えない業務を指折り確認。

 数え終わったらその指を虚空に這わせ、何か図面でも引くように彼女は試行錯誤する。

 

 何せサーヴァントとして降臨したと思ったら、開幕デスマーチ。

 まるでティグリス・ユーフラテスの洪水のように溢れる死者の霊魂。

 愕然としたとも。手を入れなければならない場所しかなかったのだから。

 

 ――――()()()()()()()()

 それを正しく理解した瞬間、彼女は自分の道を決定した。

 だってそうする以外にない。抵抗なんて、意味がない。

 そもそも彼女にとってはそれが、最初から最期まで果たすべき業務だったのだから。

 だから後はもう、ひたすら冥界工事だ。

 離れ過ぎていた冥界と地上の繋がりを強化。

 地上に対し地下に存在する冥界を、とにかく広げて広げて。

 回収する魂に対し、槍檻が足りないので増設。

 

 すべての死者に安寧なる眠りを与えるべく。

 彼女は、仕事をし続けていたのだ。

 

「……死者が漂っていないのは、南米の女神のエリアだけ。

 魔獣の女神は減速はしても死者を増やし続ける。

 ギルガメッシュは思った以上に状況を停滞させているけど、これじゃあいずれ。

 ―――それに、」

 

「母さんが目覚めれば全部終わり。デスか?」

 

 背後からの声に、イシュタルが振り向く。

 そこにいるのは、翼竜に騎乗した南米の女神。

 その事実を前にして、彼女は僅かに目を細めた。

 この状態で顔を合わせるのは初めて。

 別に何か問題があるわけではないけれど。

 

「……何かしら。ここ、私の領域なのだけれど?」

 

「アナタの領域はこの下、でショウ?

 ここまでならギリギリセーフなのデース」

 

 からからと笑う南米の女神。

 それに対し言い返せずに、うぐぐとイシュタルは唇を噛み締めた。

 

「……それで、何の用なのかしら? 私はあなたに用なんかないわ。

 人間を地上に生存させようとしている女神なんて、あなただけよ?

 ちゃんと、きっちり、全てを殺すのが私たちの使命だっていうのに」

 

 人間に生存という結末はありえない。

 それが、彼女たちの母の選択だ。

 だからこそ、全ての人間の魂を冥府へと送る。

 ひとつの魂も余さず、槍檻に閉じ込めて永遠に保管する。

 それが三女神同盟の一柱として彼女が選んだ、行うべき殺人。

 

 そのためには時間がない。

 こうして夜に地上の空を舞うのも、こっちの視点から誘うべき魂を捕捉するため。

 人間を地上で守護するケツァル・コアトルは、正直な話邪魔でしかない。

 魔獣の女神に確保されるよりはマシと割り切るより他にないだろう。

 

「おっと、忘れるところでした。

 私、人理を守るためにこの時代にきたカルデアにつく事にしましたので。

 そのための御挨拶デース」

 

「…………………………は?」

 

 にこやかに、朗らかに、何一つ悪びれずに告げられる言葉。

 それを女神が吐いたと思えずに、イシュタルは顎を盛大に落とした。

 

「何も言わずにそっちにつく、っていうのは道義にもとりマース。

 なので、きっちりと前もって。敵対する、と宣言しにきたのデース!」

 

「いや、ちょ! え? なんで!? 魔獣の女神には!?」

 

「もう言ってきました。本人にではないですけど。

 領域侵犯しないように、外から神気であの子を誘い出して伝言を頼みました。

 その後にこちらへ。アナタには夜しか会えませんからネー」

 

 エルキドゥの遺体はさぞかし肝を冷やしただろう。

 現時点でケツァル・コアトルとの激突など考えたくもない。

 彼女は現状、この地上で最強の存在なのだから。

 仮に対抗できるとすれば、“天の牡(グガラン)―――

 

「あれ……? そういえば……こいつ、あれは一体どこに……?

 いえ、それはとりあえずいいとして……!

 ―――約束は、どうする気よ。これは、母さんの……!」

 

 今は同盟の女神のことが優先だ。

 ぶんぶんと頭を振り回して、疲労で酔った頭をリセットして。

 彼女はまっすぐに、ケツァル・コアトルを睨み据えた。

 

「―――それは、本当は私たちの中で、アナタが一番よく分かっているのでは?

 孤独の女神。壁を隔てた世界に置かれた、人の繁栄を見上げるだけの女神」

 

「―――――!」

 

 天舟にかけた手に、力が籠る。

 女神の肉体から神威が奔り、その眼を黄金に染め上げた。

 輝かしさとは程遠い、暗い光が溢れだす。

 対峙するケツァル・コアトルは、それにただ微笑みを返す。

 

 当然だ。女神同士の衝突は厳禁。

 領域侵犯など比較にならないほどのタブー。

 それを犯した瞬間、彼女の神格は下落するだろう。

 彼女が領域を管理する上で、神性を失うわけにはいかない。

 今でさえ領域の拡張はギリギリの速度だ。

 その作業を遅滞させることになれば、人類滅亡までに目的が果たせない。

 

 まして相手は南米の女神、ケツァル・コアトル。

 領域内で完全優位な状況ならまだしも、五分の条件で彼女に勝ち目はない。

 女神ケツァル・コアトルは三女神同盟最強。

 場合によっては他の二柱をまとめて灼き払えるほどの女神だ。

 それを犯せば、彼女もまた神性を取り上げられるが。

 

 だからエルキドゥの遺体も彼女の奔放を見逃すのだろう。

 魔獣の女神相手に神格を引き下げてくれるなら、得ですらある、と。

 もっとも見逃さないと言っても、そもそも止められる相手ではないが。

 

「そん……! なもの……こうして!

 人間の少女を依り代にしているから感じる、だけの……!

 気の迷いに違いない、のだわ……!」

 

「オー? そうデスかー? では、仕方ありません。

 そうですネー。でしたら、アナタも確かめてみればいいのでは?

 私は今を生きる人間に敗れ、それを認め、送り出します。

 アナタもせっかくですから、今を生きる人間というものを見てみればいいのデース」

 

 ケツァル・コアトルが、懐から大きな布を取り出した。

 翼竜が猛り、その支配権を解放する。

 雨と風の女神の力をもって、イシュタルに向けて吹き抜ける突風。

 その風に流されて、大きな布が彼女に向かって飛んでくる。

 

「っ、何を……!」

 

 イシュタルに何の変哲もない布を押し付けて。

 南米の女神が小さく踵を踏み鳴らす。

 その行動から騎手の意思を読み取って、翼竜が翼を動かし始めた。

 女神を乗せた竜は彼女の領域、エリドゥ方面へと帰っていく。

 

 そんな陽気な女神を見送りながら、イシュタルは表情を苦々しく歪めた。

 

 

 




 
エレちゃん編
 

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