Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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警告:盗牛暴走中-2655

 

 

 

「さて。どうしたものかな?」

 

 深緑の巨体が地面に倒れる。

 倒れた衝撃で発生する爆音と震動。

 周辺一帯の大地が砕け、裂けていく。

 

 失われていく足場を軽やかに舞い、原型を留めた場所へと着地。

 ゆっくりと、シアンの戦士が天を見上げる。

 

 そこにあるのは、天を覆う積乱雲。

 雲の中に無数に配置された黄金の鎧に、荒れ狂う雷を轟かせるもの。

 牛の如き形状にカタチを変えた巨大雲。

 黄金の装甲を纏った、女神が地上に降ろした兵器。

 

 ―――その銘を、“天の牡牛(グガランナ)”。

 

 その雲の巨体が身を揺する。

 ただそれだけで雷雲が渦巻き、周辺一帯へと雷光を迸らせた。

 降り注ぐ稲妻に、深緑の巨体が蹂躙される。

 

 嵐を従え、雷鳴を曳く。

 その超常の兵器こそは、かつて英雄王とその友に差し向けられた存在。

 女神の怒りを発散するための代行者。

 

 そして今は。

 

 ―――海東大樹があの世界から見繕い。

 とりあえず女神イシュタルから盗んでみたお宝である。

 

「やれやれ、思っていた以上に暴れ馬……暴れ牛だね」

 

 呆れるように天に渦巻く牡牛を見上げ、溜め息ひとつ。

 あの神獣を従えられるのは、女神イシュタルをおいて他にはいない。

 イシュタル以外の神々も従えられなかった暴獣である。

 そうもなろう、という話だ。

 

 どうやら盗んで終わり、とはいかなかったらしい。

 

 あの神獣の暴威に晒された仮面ライダーJが、消滅していく。

 オリジナルならいざ知らず、召喚ライダーでは手も足もでないようだ。

 これでは捕獲どころの話じゃない。

 

 天を覆うほどに巨大な雲からの稲妻。

 その閃光が降り止んで、続けて巨体が大きく動き出す。

 神獣たる牛は前脚を大きく振り上げ、そして倍する速度で振り下ろす。

 叩き付けられた黄金の蹄が、大地を大きく抉りとる。

 迸る衝撃が、地上を震撼させながらディエンドに向けて迫ってきた。

 

 衝撃の津波を前にしたディエンドが、もう一度溜め息ひとつ。

 片腕を軽く振って、銀色の幕を出現させる。

 

「仕方ない……僕一人じゃ流石に難しいようだ。

 ちょっと手段が思いつくまで、後回しにさせてもらうよ」

 

 銀幕に呑まれ、仮面ライダーディエンドが世界から消失する。

 直前まで彼がいた場所を衝撃波が蹂躙していく。

 地面が裂かれ、陥没し、崩れ落ち。

 

 そうして蹂躙された地上。

 炎上し続ける大地を見下ろしながら、天の牡牛は咆哮した。

 

 

 

 

「―――さて。それにしても、どうやって捕まえたものか」

 

 グガランナを適当に投げ込んだのは、泡沫のような特異点。

 既に人類史との繋がりも細く、放っておけば自動で修正をされる程度の場所。

 少しくらい神獣を放置しても問題ないペットハウス、というわけだ。

 

 かなりのお宝のようで盗んだものの、あまりにも大きすぎるのが問題だ。

 しかも言う事も聞かないし。

 他のお宝が見つかるようなら、返却してしまってもいいかもしれない。

 そう考えながら彼は変身を解除して、メソポタミアの地を歩き出し―――

 

「それで。お前は何をやってるわけだ?」

 

「……やあ士。久しぶりじゃないか」

 

 近くの木に寄り掛かった門矢士。

 彼からの声に反応して、すぐに足を止めた。

 海東は彼と目を合わせてから、大仰に溜息を吐き落としてみせる。

 

「まったく。わざわざ僕の事を確認しにきたのかい?

 そういう事は止めてくれないか、と何度か言ったと思うけどね」

 

「やりたくてやってるわけじゃない。お前、あれをどうするつもりだ」

 

 木に背を預けていた士が、体を起こした。

 そのまま彼は歩き出し、海東との距離をゆっくりと詰めていく。

 手の中には既に、マゼンタカラーのドライバーが握られている。

 

「別にどうもしないさ。

 僕は、何かに必要だからお宝を狙うんじゃない。

 それがお宝だから、手に入れたいだけなのさ。

 君なら分かってるだろう?」

 

 海東が提げていた銃を持ち上げる。

 銃口に視線を向けながらも、士の足取りは止まらない。

 

「ああ。お前がとんでもなく迷惑な奴だ、って事くらいはな」

 

「大ショッカーの大幹部よりは、迷惑じゃないと思うけどね。

 ま、どっちにしろ他所の世界に持っていかれる予定だった神獣だろう?

 だったら、別に僕が持って行ったところで問題はないさ」

 

 海東の手の中で銃が躍る。

 くるりと回転させたディエンドライバーを握り直し、彼は微笑んだ。

 

「問題があるかどうか決めるのは、お前じゃない」

 

 士がドライバーを腰に当て、ベルトを展開。

 そこに装着されたライドブッカーを開き、カードを抜き出す。

 抜かれたカードに描かれた仮面ライダーの名は、ディケイド。

 

 対し、海東もまたカードを1枚ゆるりと持ち上げた。

 描かれている仮面ライダーの名は、ディエンド。

 

「いいや、僕が進む道には何の問題もないね」

 

 ひり付く空気。彼らの間にこれ以上の会話は必要ない。

 彼らは居合わせた時には共闘する事もあれば、争い合う事もある。

 そこそこ長い付き合いだ。

 今更肩を並べる事に躊躇はないし、拳を交える事にも躊躇はない。

 

 だからこそ。

 士は僅かに目を細め、海東が緩やかに微笑みを浮かべ。

 そんな対称的なまでの表情で視線を交錯させ。

 二人は揃って変身シーケンスに移行し―――

 

「けどまぁ……管理が面倒そうなお宝だったし、今回は返してあげてもいいよ?」

 

「なに?」

 

 揃ってドライバーにカードを入れる直前。

 海東はそう言って、手を止めた。

 そのままくるりとディエンドライバーを一回しして、銃口を下げる。

 それを見た士が数秒悩んだ後に、ドライバーにカードを入れないまま閉じた。

 

「……どういう風の吹き回しだ?」

 

「ただし条件がある。

 それは別のお宝をゲットするために、士が僕に協力してくれること」

 

 胡乱げな士の目。

 それを正面から見返して、海東が宣言した。

 窃盗を手伝え、と言われた士が面倒そうに眉を顰める。

 

「別のお宝? ギルガメッシュの王宮に忍び込むのを手伝え、とでも言う気か?」

 

 出来なくはない。というか、そう難しくはない。

 平時ならいざ知らず、現状は緊急事態の真っ只中。

 ギルガメッシュの動きは、通常とは比較にならないほど酷く制限されている。

 この状況と彼らの移動能力を合わせれば、何も難しいことはない。

 

 だがそんなことは、海東一人でも同じことだ。

 だからこそ、海東は微笑みながら首を横に振ってみせた。

 

「いいや、違う。僕が目を付けているもう一つのお宝。

 それが……スウォルツの持ってるウォッチだ、って言ったら。

 士、君はどうする?」

 

「―――――」

 

 楽しむように問いかけてくる海東。

 その質問に対し、黙り込む士。

 

 スウォルツを相手にする上で、残念ながら一対一は厳しい。

 相手がギンガのウォッチを手に入れている以上、なおさらだ。

 この話に乗れば、一応戦力になる海東を連れて相手と対峙できる。

 それ自体は悪くない、と言えるのだが。

 

「……手に入れたウォッチはどうするつもりだ?」

 

「そうだね、せっかくのお宝だ。

 ガラスケースに入れて、飾ってみてもいいかもね?

 今のキープは、大きすぎて飾れないものだし」

 

 ……一応、訊きはしたが。

 基本的に海東大樹が盗んだ後のお宝に興味を残さないのは、よく知っている。

 スウォルツが手に入れたウォッチを奪ったら、すぐに興味は失うだろう。

 あの巨大な力をスウォルツの手には残しておきたくない。

 そう考えるのであれば―――

 

 気は進まないが。

 まったく気は進まないが。

 一切気は進まないが。

 むしろやりたくない、と断言できるのだが。

 

 選択肢として、アリか。

 

「……仕方ない、その話に乗ってやる。代わりに―――」

 

「分かっているさ。

 僕がそっちのお宝を手に入れた時点で、解放しようじゃないか」

 

 神威の聖獣、“天の牡牛(グガランナ)”。

 暴風と稲妻を引き連れた、女神イシュタルのしもべ。

 これがちゃんと運用できる、というならば。

 状況はただそれだけで一変する、と言える。

 

 グガランナに対抗できるだろう唯一の存在。

 それは、三女神同盟においてもケツァル・コアトルだけだ。

 だが既に彼女は陥落済み。脅威にはならない。

 

 魔獣の女神は真向からぶつかれば、グガランナの敵ではない。

 

 冥界の女神はそもそも勝負が成立せず、勝ち目がない。

 が、他二柱に比べれば誤差みたいなものだ。

 

 冥界の女神は“人間”が打倒し。

 魔獣の女神を“天の牡牛”が蹂躙する。

 

 もしそれが上手く運べば、そこで終わりだ。

 門矢士が何となく調べた限り、まだそこから先があるようだが。

 少なくとも、現状見える脅威はそれで全て排除できる。

 後は―――なるようにしていくしかないだろう。

 

 

 

 

「へえ、そう。茨木童子がご迷惑を。それはそれは」

 

 にこにこ微笑みながら、オルガマリーが頭を下げる。

 余所行きの笑顔も慣れたものである。

 内心から溢れる何をやっているんだお前たちは、というオーラ。

 それを気にしないようにしながら、ソウゴはふと思いついた事を呟く。

 

「そういえば椅子足りる?」

 

 大使館のリビングとも言える部屋を見回して。

 予定外の客であるエレシュキガル、そして牛若丸。

 その二人が増えた分、椅子が足りない。

 

「取ってこようか?」

 

 そう言って立香が立ち上がった。

 奥には来客用の椅子がまだまだしまってある。

 持ってこようと思えば、すぐの話だ。

 

 マシュが彼女を制して自分が、と言おうとして。

 しかし女神がここにいる、という事実がシールダーである自分が動けない理由になる。

 もし何かがあった場合、真っ先に前に出るべきは盾持ちである自分。

 その意識のために、エレシュキガルから離れられない。

 

「……オレが持ってきてやるよ。嬢ちゃんは座ってな」

 

 そう言ってクー・フーリンが立香を止める。

 

 惚けているように見えるが、相手は女神。

 正直に言えばハサンなり誰かをジグラットに向かわせたいところだが―――

 気配遮断があっても女神の感覚を無視できない可能性の方が、高い。

 戦力は全てここに結集させておくべきだろう。

 

 もしも女神との戦闘にこの状態から発展した場合。

 最も気にしておくべきは、初動だ。

 女神の両隣、及び正面に座らせるべきは、女神を抑えられる人員。

 

 どこかにマシュを置きたいところだが、彼女はマスター組の防衛が優先。

 であれば、クー・フーリン、フィン、ガウェイン。

 だがこれはあからさますぎる。まして、相手は一般女性を装っているのだ。

 男で囲む、など間違いなく不審がられるだろう。

 

「ふむ。それまでレディを立たせておく、というわけにもいくまい」

 

「だからと言って、男が座っていた席を譲る気か? 私が譲ろう」

 

 フィンが一角を務めよう、とする動き。

 それを制して、アタランテが先に席を譲る。

 そこの隣の席にはネロ・クラウディウス。

 これであれば、何かあった場合はネロの宝具による一時隔離が行える。

 

 自身の役目を理解して、鷹揚に頷くネロ。

 日中にも既に宝具を使っているが、問題ない。

 展開速度も考慮すれば、そうなった場合即座に令呪を切る以外の手段はないのだから。

 

「うむ。客人よ、せっかくの機会だ。

 どうせなら余たちとガールズトークとしゃれ込もうではないか」

 

 そう言いながら、アタランテが開けた席を叩くネロ。

 そんな言葉をかけられたエレシュキガル―――

 エレシュカルラ? が、ぴたりと動きを止めた。

 

「ガ、ガガガ……ガールズ、トーク……!?

 それは、あれかしら? 当世の流行に通じてなきゃ乗り切れない、あれな感じ?

 ごごご、ごめんなさい。ほら私、あれ、あれだから。箱入り娘、的な?

 ちょっと流行に乗り遅れてる感じが出ちゃうかもしれないというか」

 

 その場で停止したまま、まごまごと体を揺すり始める全身マント。

 

「む……いや、そこまで気にしなくてもよい。

 余たちもウルクに来たのは最近で、さほど詳しくないのでな。

 ふーむ、そうだな。例えば船長は……」

 

「酒の話なら乗ろうじゃないかい!」

 

「うむ! ガール要素(かわいらしさ)がどこにもない! 分かっていたぞ、船長!

 このくらい大雑把でもなんとかなるが故、どうか安心するがよい!」

 

「そ、そうなのかしら……?」

 

 ぽんぽんと椅子を叩く手に導かれ、エレシュキガルは恐る恐るそちらに向かう。

 そのまま彼女は椅子に腰かけて、一息ついて。

 同時に、その位置から真正面の壁際に置かれた椅子を見つけた。

 

 椅子の上には、壊れた懐中時計のような物体が二つ転がっている。

 そのすぐ傍で寝転んでいるのは、白い小動物。

 それを見つけた瞬間、座ったばかりの女神は大きく跳び上がった。

 

「ちょ―――!? なに、なに、なんなのだわ!? 何で災厄の獣がここに!?」

 

「フォーウ?」

 

「ええと、エレシュ……カルラさん。フォウさんをご存じなのですか?」

 

 マシュから問われ、正気を取り戻すエレシュキガル。

 彼女はハッとしてすぐに再び座り、大きく首を横に振り回した。

 その勢い余って、マントの中に隠されていた長い金色の髪が外に出てくる。

 

「あっ……いや。全然、知りません。知るわけないのだわ。

 ほら、畑を荒らす魔獣に似ていた気がしただけだから。

 ちょっとそんな気がして驚いたけれど、気のせいだったのだわ。ええ、ほんと」

 

「そう、ですか……」

 

 揺れる金髪。

 それはつまり、肉体がイシュタルから変質しているということ。

 警戒してもいい現象、なような気がするのだが。

 

 マシュがふと、立香と視線を合わせる。

 立香がだよね? と言わんばかりに一度頷き、その視線をツクヨミに投げる。

 何となく同意してしまえたので、ツクヨミが微妙な顔をしてソウゴを見る。

 多分全員同じ相手を思い浮かべてるなぁと思いつつ、ソウゴがオルガマリーに確認。

 

 余所行きの微笑みが崩れかけていたオルガマリー。

 彼女も正直、完全に同意してしまった。

 

 そうしているうちにクー・フーリンが帰還。

 椅子を回して、全員を座らせて。

 ―――茨木だけは椅子ではなく、窓の縁に腰かける。

 

「……今回はうちの茨木童子がご迷惑をおかけしました。

 ですがこれも何かの縁。よければ、楽しんでいってくださいね?」

 

「は、はい!」

 

 オルガマリーからの軽い挨拶に背筋を伸ばし切って返事する女神。

 彼女はその反応に何とも言えずに口元をひくつかせる。

 その状況を変えるべく、とりあえず料理に手を付けながらツクヨミが話を切りだした。

 

「まあ……そんなに難しい話をする必要もないですよね。

 あ、そういえばさっきの話だけど。

 アタランテは今この国で流行ってる仕事の手伝いに行ったのよね?」

 

「うん? ああ、羊毛狩りか。どうやら巫女に流行っているらしいな。羊を触るのが」

 

 時折入る仕事場を思い出し、アタランテが嘆息する。

 彼女の言葉を聞いたフィンは、至極神妙な顔でそれに大きく頷いた。

 

「羊を飼うことで美女が集まる。

 私はこの時代を見分して、ダビデ王はやはり優れた王であったと再認したよ。

 私は何をせずとも輝いて女性を魅了してしまうが故に!

 そういった小技の類への理解が足りていなかった、と!」

 

「フィンは黙ってて?」

 

 拳を握るフィンに対し、マスターから一言。

 それを横目にしつつ、立香がエレシュキガルに問いかける。

 

「へえ、触感? が流行りなのかな。

 エレシュ……カルラさんはどうかな? 羊が好きだったりします?」

 

 話を振られ、しどろもどろ。

 だが必死にその質問に対し答えを返そうと悩み。

 真っ先に浮かんだ、素直な所感を返答する。

 

「羊……いえ、その、あまりいい印象はないというか。ドゥム―――ええと、実家にいた羊というか羊飼いというか、あんちくしょうが余計な権能(もの)を―――」

 

 そこまで語りハッとして。

 間違えた話題を振った、と困り顔の立香に気付く。

 彼女はすぐさま話を止め、胸の前で手を横に振りながら話を打ち切る。

 

「ええと、ごめんなさい。なんでもありません」

 

「えっと、こっちこそごめんなさい……」

 

「いえ! そんな! お気になさらず! 本当に何でもないのだわ!

 羊はちょっと苦手な感じがするだけで……!」

 

 エレシュキガルが声を大にして、立香からの謝罪を打ち消す。

 そんな状況を見かね、マシュが声を割り込ませる。

 

「えっと……と、とりあえずお食事をどうぞ。

 わたしたちが作ったもので、そう上手く仕上がったものではありませんが」

 

「は、はい!」

 

 言って、テーブルの机を示すマシュ。

 こんな事になるとは思っていなかったし、料理自体は普段と同じだ。

 それでも、それを見てエレシュキガルは小さく感嘆の息を吐く。

 

「いえ、私から見てもレディ・マシュたちの料理は素晴らしいものかと。

 円卓の中でも随一の料理の腕を持つ私が保証しましょう」

 

「あれで料理の腕がある扱いってのが本当かどうか、一周回ってちと興味が出てきた」

 

「何を仰いますか。私のマッシュ速度は円卓最速。

 流石に女王ブーディカのような方と比べられると一枚落ちますが……

 それでも、恐らく我が王に訊けるような機会があれば、すぐに答えは出るでしょう」

 

「いま訊いたらランク外だろうな、多分」

 

 胸を張るガウェインに対し、胡乱げな視線を向けるクー・フーリン。

 彼らのやりとりに苦笑しつつ、ハサンが立ち上がる。

 

「それは答えを出さず、謎にしておいた方がよろしいでしょうな。

 と、それはそれとして。エレシュ……カルラ殿は、何か苦手なものはありますかな。

 言って頂ければ、それは避けて取り分けましょう」

 

 大皿に盛り付けられた料理を前に、そういうハサン。

 

「苦手なものなんて!

 まず粘土でも埃でもない食事っていうのが初めてで……!」

 

「そういえば!

 今回の報酬として、またシドゥリ殿からバターケーキを貰っていた!

 女神ケツァル・コアトル相手に、想定以上の戦果を持ち帰った追加報酬として!」

 

 慌てふためくエレシュキガル。

 その言葉を、二世が強引に断ち切る。

 同時に女神は自分が言ってはならない事を言った、と。

 自分で自分の口を塞いでみせた。

 

 偵察だけ、という予定ではあった。

 が、今回得てきたのはウル市とエリドゥ市の市民の解放権。

 今のところはその状態で話を止めているが、これは大きな貢献だ。

 その礼に、と。

 此度もシドゥリから、前のようにケーキを渡されていたのだ。

 

 それを聞いて、微かに身動ぎするアナと茨木。

 牛若丸がエレシュキガルの発言を塗り潰すべく、彼女に話しかける。

 

「おお、シドゥリ殿の料理は私も食べた事があります。

 彼女の腕であれば、さぞ美味な事でしょう。

 エレシュ……カルラ殿も、存分に期待されるといい」

 

「え、ええと……! は、はい……! 嬉しいです!

 普段の食事は粘土……みたいに、味気ない? 感じというか!

 そんな感じなので、はい!」

 

「まあそんな、うふふ」

 

 隠す気があるのか。

 もしかして、いつまで知らぬフリを決め込めるか試しているのでは?

 そんな意地の悪い仕掛けを疑いながら、オルガマリーが微笑んでみせる。

 

 うわぁ、という顔で見てる立香とソウゴ。

 そちらを一瞬ずつ睨みつけて。

 すぐさまに微笑み顔に戻して、女神の方へと向き直る。

 

「では、取ってくる」

 

 そう言って二世が席を外す。

 逃げるな、というオルガマリーの視線を背中に受けながら。

 そんな彼女の背中を撫でて、ツクヨミが落ち着けようとする。

 

 同時に、彼の背中にはドレイクからの声がかかる。

 

「お、じゃあ追加の麦酒も持ってきておくれよ。

 お客さんの分まで、たっぷりね!」

 

「まったく、どれだけ呑めば気が済むのやら。

 では、何人か手を貸してくれ。一気に持ってきてしまおう」

 

 視線が向けられるのは、立香、ソウゴ、マシュ。

 立香とソウゴは小さく頷いて立ち上がり、彼に付いて行く。

 マシュは少しだけ悩み、しかし彼らに追従した。

 

 オルガマリーからの視線を、背中に受けながら。

 そんな彼女を制するツクヨミが、小さく溜息を吐き落とす。

 

 厨房に入り、そこから更に隅の方へ。

 そうしたところで、ネロが歌い始めた声がする。

 それをドレイクが中断させ、喧々囂々。

 向こうがそれなりに騒がしくなり始めた。

 

 こちらの会話を掻き消すにはもってこいだ。

 変に魔術を使うよりは、こちらの方がいいだろう。

 

「さて、どうする?」

 

 ケーキを取り出しつつ、確認してくる二世。

 麦酒の準備をしながら、三人が顔を見合わせた。

 そうして、立香が一言ぽつりと。

 

「ケツァル・コアトルはあの子のことを……

 苦痛の女神、って呼んだんだよね」

 

「……恐らく、そう、なりますね」

 

「―――女神エレシュキガル。

 生まれた時より冥界に繋がれた、冥界にしか存在できない存在。

 代わりに、冥界においては無敵の権能を誇るというが……」

 

 節々から零れてくる、彼女の実態。

 ケツァル・コアトルの言葉も嘘ではないだろう。

 苦痛の女神は、命の代わりに安眠を約束すると。

 闘争の女神はそう言っていた。

 

 彼女が人の魂に安眠を約束する女神だというのなら。

 苦痛、と称されたのは何故か。

 それは、誰にとっての苦痛なのか。

 

 悩むようなことでは、きっとない。

 答えははっきり言って、分かり切っている。

 

 ぱん、と。

 小さく、立香が両手を打った。

 

「先輩?」

 

「―――行こう。きっと私たちはもう、歩くべき道を知ってる」

 

 視線を向けられたソウゴが、僅かに目を細める。

 

 眠り続けることは。夢に浸り続けることは。

 人としての幸福ではないと、選んだ人たちを知っている。

 体を捨て、魂だけで夢見る永遠。

 それはもう、人間の在り方ではないのだと。

 

 幸せで。辛くて。楽しくて。苦しくて。

 不便で、難儀で、辛苦な。

 いずれは必ず終わる、そんな一生を続けることが。

 終わると知っていて、それでも足掻き続けることが。

 それこそが、人間の命なのだと。

 

 だから、神様に協力してもらってまで眠り続けることはない。

 ただ、命を燃やして前に進み続ける。

 たとえ、その先に何が待っていたとしても。

 最後まで、今を生きる人間として。

 

「……うん」

 

 ソウゴの懐で、脈動するように一つのウォッチが輝いた。

 確かめるまでもなく、その熱が何かは分かっている。

 

 “生きる”事を止め、眠り続けていた者たち。

 彼らは再び歩き出した。

 そうすることが、正しいことなのだと信じて。

 

 魂だけを保存されても、それは人ではない。

 人の魂は肉体と共に命として、世界の中に生まれてくる。

 肉体も、魂も、生きるための世界も。

 そこまで全てひっくるめて、人間の命なのだ。

 

 マシュが胸に手を当てて、確かめるように小さく頷く。

 それを、女神に分かってもらうのが彼女たちの戦いなのだ、と。

 

「……それで、どうするつもりだ。この場で戦うつもりか?

 今の彼女は恐らく女神イシュタルの肉体を借りているだけ。

 倒したとしても、意味は……」

 

 二世の言葉に、三人が顔を見合わせる。

 少しだけ首を捻り、ソウゴが言う。

 

「向こうは大使館……こっちの家? に来てくれたわけだよね。

 じゃあこっちも向こうの家に行くのが、いいんじゃない?」

 

「冥界にですか? それは―――いえ、そうですね。

 それが一番正しい、わたしたちの道の示し方だと思います」

 

 拳を握り、彼の言葉に同意を示すマシュ。

 そんな彼女の様子を見つつ、二世は渋い表情を浮かべた。

 

「……まあ、相手の真体が冥界にしか存在できない以上、それ以外にないかもしれんが」

 

「……うん。だから、ちゃんと言おう。エレシュ……カルラにじゃなくて。

 女神エレシュキガルに、あなたに会いに行く、って」

 

「なに?」

 

 立香の言葉に二世が軽く瞠目して。

 少し考え込んだソウゴとマシュが、やがて大きく頷いた。

 

「はい、先輩。あの方に、いまここにいるエレシュ……カルラさんに。

 いずれエレシュキガルさんに会いに行く、と。

 わたしたちは共に生きる者として、それを伝える事が出来るはずです」

 

 エレシュカルラ、などという偽りの名前ではない。

 エレシュキガル、という真正の女神に対して。

 彼女たちは言わなければならないことがある。

 示さなくてはいけないものがある。

 

 エレシュカルラなんて呼ばない。エレシュキガル、とも呼べない。

 ならば彼女を何と呼べるのか。

 その答えは、今まで出会ってきた人が既にくれていた。

 

「……うーん。人間は動物だけど、女神も動物なのかな?」

 

「多分動物でいいんじゃないかな?」

 

 準備の終わった麦酒のジョッキを抱えて、三人が歩き出す。

 二世がそれを止めようとするが、声を荒げるわけにもいかない。

 ケーキを抱えたままに、焦りながら後に続く。

 

「ちょっと待て、君たちは何をするつもりだ?」

 

「えっと、動物学者の先生の真似?」

 

「は?」

 

 ごく短い時間の密談だったが、席を外している内に食事の場は随分と荒れていた。

 

 歌い、怒り、笑い、呆れ。

 食べたり飲んだり話したり、思い思いの行動で過ごす時間。

 その光景を前にして眉間を揉むオルガマリーたちの前を通り過ぎ。

 持ってきた酒を適当に配りつつ、彼女たちはエレシュキガルの前に立つ。

 

「ねえ、エレちゃん! 今度は私たちがエレちゃんの家に行ってもいい?」

 

 微笑んで、開口一番そう問いかける立香。

 

「私の家、って。いや、それはちょ―――エレちゃん?

 エレ……エ、エレちゃん!? え、え、え、エレちゃん!?」

 

 彼女の頭の上には、何故かフォウが乗っていた。

 てしてし、というよりはべしべしと、肉球で頭を叩いている。

 その事に何故かフードの下で顔を青くしているエレシュキガル。

 

 彼女がそんな言葉をかけられて、思い切り立ち上がった。

 勢い余って放り出されるフォウ。

 それをナイスキャッチしたマシュの手の中で、フォウが怒りの声を上げる。

 

「フォフォーウ!」

 

「どうどう。エレちゃんさんの頭を叩いていたフォウさんが悪いですよ。

 ごめんなさい、エレちゃんさん。

 今日は色々あって、フォウさんも荒ぶっているみたいです」

 

 ちらりとフォウが先程まで寝転んでいた椅子の方を見る。

 そこに置かれているのは、大破したタカウォッチロイドとコダマスイカ。

 一度爆散しても自動で修復したライドストライカーのように直るだろう、と。

 ソウゴにはそんな気がするらしいので、今彼らは休息期間中だ。

 結果として、フォウは今までより退屈を持て余すようになったらしい。

 

「それより! そんなことより!

 エレ、エレちゃんて……私のこと、なのかしら!? そ、それって……!」

 

 震える女神。

 全身を覆うマントの奥に見える、金色の髪の少女の顔。

 垣間見える少女の顔は頬を上気させ、目を潤ませるほどに喜色に満ちている。

 

「ニックネームのつもりなんだけど、ダメだった?」

 

「いえ! いいえ! ダメなはずないのだわ!

 是非とも、好きに呼んで欲しいのだわ!」

 

 繋ぎ合わせた誤魔化しの名前だけれど。

 エレシュ、までならそのままの名前に違いない。

 そこで構成されたあだ名だと言うのなら、真名を完全に明かしたとしても―――

 それは、彼女が確かに送られたニックネームになるだろう。

 

「ありがとう。それで、今度は……

 私たちを、エレちゃんの家に招いてくれる?」

 

「―――――」

 

 喜びで輝かせていた顔が、僅かに陰る。

 それに気付かないふりをして、対面した立香は彼女をまっすぐに見つめた。

 視線を逸らしながら自嘲するように女神は小さく、微笑んだ。

 

「―――ええ、きっと招くわ。こんなに私に喜びをくれた人間なのだもの。

 色々融通の利かない場所ではあるけれど……

 あなたたちの事は絶対、私が私の冥界(いえ)収監(しょうたい)してあげる」

 

「うん。それで……また、こんな風に一緒に遊ぼう!」

 

「え?」

 

 そのまま立香がエレシュキガルの手を握る。

 彼女を引っ張って立たせ、部屋を一緒に回りだす。

 

「ちょ、何を……!」

 

「せっかく知り合って、友達になれたんだから、一緒に遊ぼう!」

 

「と、友達!? と、友達……!」

 

 引っ張られてか、あるいは脳のオーバーヒートでか。

 ぐるぐると目を回しながら、エレシュキガルは為されるがまま。

 そうやって動いている二人を見て、ネロが宣言しはじめる。

 

「ほう! ダンスか? よろしい、ならば歌は余に任せよ!

 魔力を回せ、マスター! 余がここを見事なダンスホールに塗り替えてみせよう!」

 

「俺はまだご飯食べるからダメ」

 

 そう言って自分の席に戻るソウゴ。

 そんな彼を見つつ、オルガマリーとツクヨミが同時に溜息を吐いた。

 

「む! では仕方ない、劇場は諦めてやはりこのまま歌うしかあるまい!」

 

 ネロが高らかに構え、歌う姿勢に突入。

 その瞬間、空になった木のジョッキが宙を舞う。

 それに続けて飛ぶのはドレイクからのブーイング。

 

「だ・か・ら! アンタのは歌なんて呼べない不協和音だって言ってるだろうが!

 どうせならほら、アナ! アンタが歌いな!」

 

「嫌です」

 

 ケーキを一切れ受け取りながら、アナがフードを被り直す。

 

「かー、素直じゃないねえ。そうやってツンケンしてたら、面白くないだろうに。

 思い出すねえ、アタシの船にちょっと乗ってたエウリュアレって女神様をさ。

 いや、あっちの女神様は別れ際にアステリオスとメドゥーサって奴でまた遊ぶためにも、世界くらい救ってこいって送り出してくれたんだっけ?」

 

 パタパタと手を振りながらのドレイクの言葉。

 それを聞いたアナがビクリと肩を揺らし、更にフードを強く引いた。

 

 肩を竦めて、クー・フーリンが苦笑する。

 

「おいおい、騒ぐなら外でやりな。まだこっちは飯食ってんだ」

 

「野外ライブか、それもよし!」

 

「やめろ、近所迷惑だ」

 

 立香に引かれたエレシュキガル。それを追うマシュ。

 歌うために駆けだすネロに、それを即座に却下するアタランテ。

 フィン、ガウェイン、ハサンと。

 更にサーヴァントたちが後に続いていく。

 

 それを見送った後、牛若丸が茨木の方に視線を向けた。

 

「遊びですか。では、追いかけ鬼などもいかがでしょう。

 ちょうどそこに追いかけて首を落としてもよさげな鬼も一匹いることですし。

 師匠直伝の遊びをご覧にいれましょう!」

 

「おい、追いかけ鬼というからには追いかける方が鬼だろう。

 何で鬼が追いかけられて、あまつさえ首を落とされる」

 

 古今東西、似たような遊びはあるだろう。

 だが大抵の場合は恐らく、鬼が人を追いかけるごっこ遊びのはずだ。

 鬼が人に追われる、などという設定は聞いたことがない。

 だというのに、牛若丸は不思議そうに首を傾げて返す。

 

「追いかけ鬼、というのは鬼を地獄の果てまで追いつめて首を斬って殺す遊びなのでは?」

 

「これの師匠とやらは一体何を教育していたのだ……」

 

 慄然としながら、刀の柄に手をかけた牛若丸を見る茨木。

 かちゃり、と。彼女が構えた刀が鍔を鳴らす。

 

 ―――その瞬間、盛大な破裂音。

 すぐさま確認すれば、そこにいるのはファイズフォンXを構えたツクヨミ。

 注目を集めた彼女が、大使館の出口を指差した。

 

「家の中で遊ばない! 遊ぶのは外! 中に残るのは、まだ食べる人!」

 

「……吾はまだ食事を続ける。面倒だ」

 

 そう言って適当な皿から料理を手に取って、窓の縁に座り直す茨木。

 ツクヨミに睨まれ、仕方なさそうに刀から手を離す牛若丸。

 

「チッ……」

 

 舌打ちしながら出ていく相手を胡乱な目で見送って。

 料理を頬張りながら、彼女はケーキを口にするアナへと視線を送る。

 そしてすぐに、自分には関係ない、と。

 目を瞑って食事の方に集中し始めた。

 

 

 




 
あホ。
奴の横取りによりスノーフィールドは救われた。
その上こっちにグガランナが残り、戦力倍増。
やったぜ勝ったな、風呂入ってくる。

だがホモがここから何も問題を起こさないはずもなく…
 
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