Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
ずるり、と蛇の尾がのたうつ。
寝返りのような動作の後、それがゆっくりと持ち上がる。
持ち上げられたのは、女神の体。
人型の上半身に、蛇と化した下半身。
鮮血神殿の主、魔獣の女神。
彼女は瞼を開けると、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「――――魔獣の素材の供給が落ちているな、キングゥ」
「……申し訳ありません、母上。
カルデアの参戦によって人間勢力が余計に持ち直したせいですね」
巨大な蛇の女神に傅く、緑の人。
彼は申し訳なさそうに眉を顰めると、すぐに声を張った。
「バビロニアはボクが参戦します。
そうなれば、他のサーヴァントの存在など誤差にすぎない。
すぐに供給量は戻しますので、今しばらくお待ちを……」
「よい」
「え?」
謝意を示す子に対し、女神は寛容に首をゆっくりと横に振る。
そうして、彼女はその瞳に憎悪を灯した。
神殿の柱に巻き付いていた蛇の尾が動き出す。
鳴動する鮮血神殿。
眠りという、彼女を抑え込んでいた暗黒が晴れていく。
明瞭になった彼女の視界の先には―――憎悪しかない
「――――私が動く。
絶対魔獣戦線バビロニア……そこにいる全てを、私が喰らう」
「お待ちください、母上。
他の有象無象はともかく、人間にケツァル・コアトルがついた以上それは……」
「それが、どうした?」
魔眼が開く。
その効果に抵抗しながら、重くなった体でキングゥが顔を顰めた。
おや、と。
意想外の自分の所作に、彼女は苦笑しながら魔眼を閉じる。
そのまま照れたような声で、キングゥへと声をかける女神。
「足らないのだ。私の憎悪を雪ぐ人間どもの悲鳴と、命乞いと、断末魔が。
私が眠っていられるだけの子守歌に、ならないのだ。
分かってくれるだろう、キングゥ」
彼女は憎悪だ。憎悪による殺戮だ。
それ以外の何ものでもない。
それを目的として成立した、憎悪の女神なのだから。
―――その霊基。クラスにして、“
全てを失い、全てを憎み、全てを燃やし。
やがて、灰すらも遺さずに燃え尽きる嚇怒の炎。
だから止まらない。
理性で止まれるなら、最初からこんなものに変生などしていない。
既に憎悪による行動理念こそが彼女の
僅かに目を伏せたキングゥが、言葉を返す。
「……分かりました。母上のお望みのままに」
蛇の尾が神殿の柱を軋ませる。
巨大な蛇が動き出す。
ただ、人間への憎悪を燃やしながら。
きぃ、という扉を開く音。
それに反応して、茨木童子はそちらへと視線を向けた。
大使館に入ってきたのは、フードを被った少女と、白髪の女武者。
アナはいつものように花屋の老婆のところで働いて。
しかし彼女の体調が優れないようなので、今日は半日で店仕舞いさせたのだ。
浮上した冥界の影響が出ているのだろうか。
だとすれば、エレシュキガルを攻略できれば収まるはずだが。
「皆さまは冥界の攻略戦中、でしたね。おや?」
そうして帰路についたアナと途中で合流した巴御前。
彼女が茨木童子を前にして、何とも言えない表情を作る。
アナの方は、茨木童子を視認するとすぐに顔を逸らす。
茨木の方はアナを気にせず、巴御前を直視。
面倒な奴がきた、とばかりに盛大に顔を顰める。
どう反応したものか、と。
三者がそれぞれ妙にぎこちなく、行動を鈍らせる。
そこで、ぴょい、と。
「わっ」
〈スイカアームズ! コダマ!〉
アナの目の前で、コダマスイカが跳ねた。
復調したらしいその機械が、テーブルの上に飛び乗る。
「元気になったのですか。
いえ、あなたに元気になったのか、と言うのも不思議な話ですけど」
変形機械は彼女と関係の深い神話のお家芸、らしいが。
彼女が生前そう言ったものに触れたことはない。
彼女はずっと、姉妹と一緒に、外界などに触れずに―――
埋没しそうになる意識を、頭を左右に振って取り戻す。
そうしていると、コダマスイカは困った風な様子を見せていた。
アナを見て。
その後に巴と茨木の間で視線をしきりに行ったり来たりさせているのだ。
それに気付いたのか、茨木も鬱陶しそうにコダマに向き直る。
「なんだ貴様、吾に何かあるのか?」
「邪魔だから出ていけ、と思われているのでは?」
「―――貴様に言えたことか」
アナの挑発に怒るでもなく、荒ぶるでもなく。
神妙な顔で、鬼は彼女に目を向けた。
逆に顔を顰めさせられたアナが、ふいと彼女から顔を背ける。
「二人ともここで生活されているのでしょう。もう少し仲良くはならないのですか?」
「は、蛇女など酒に漬けるくらいしか……
いや待て、今のは無しだ。ただ嫌味を言おうとして言葉選びを間違えただけだ。
今のは酒呑に聞かれたら死ぬ奴だ。吾が」
途端に忙しなく、焦るように体を震わせ始める茨木。
同じく、慌てふためく様子を見せるコダマ。
彼がコロコロとテーブルの上を転げまわり、三人の視線を自分に引っ張ろうと努力する。
仕方なさそうに揃ってコダマに視線を送る三人。
そうしてから少しだけ逡巡する様子を見せてから―――
コダマスイカは、その頭部から光を放った。
空中に投影される、何かの映像。
それは微かなノイズを交えて浮かび上がり―――
『あら、どうしたの? あなたも見たいの?』
真っ先に聞こえた声は、ツクヨミのもの。
コダマスイカの視点で映っているのだろう、画面の前で彼女が首を傾げている様子が見える。
『ははは、彼も君と一緒にこれから参加だからね。
確かにこうして今までの戦いを見てもいいかもしれない』
画面外からのロマニの声。
『途中からだけど、大丈夫?』
映像が揺れる。
コダマスイカのカメラ、頭部が首を縦に振ったのだろう。
そのままコダマの視点はツクヨミに導かれ、カルデア管制室のモニターに映る。
それは今までの、彼らの戦いの記録。
―――そんな中に、一人の女神が映った。
『そう、それはよかった。なら、行きなさい勇者たち。
この世界を救うために、ね』
紫色の髪の、小女神。
茨木と巴の視線が、アナに向かう。
一目見て、同じ顔だと理解して。一声聞いて、同じ声だと理解して。
「―――――」
“
彼女たちにけして優しくない世界を守る、勇者を送り出すために。
彼女が憎み、彼女が殺し、彼女が血を啜り―――やがて全てを壊した原因。
人間に対し、愉しげに。
成長するというバグを抱えた彼女から派生して、外れてしまった女神が。
それでも、何てことないように、人に微笑む。
画面が切り替わる。
『ただ私は……成ってしまった化け物を、もう二度と、恐れたくないだけ。
だって恐れる必要のない相手が化け物になった程度で怖がるなんて―――
馬鹿らしいし―――かわいそうじゃない』
“
何も見えなくなった怪物に喰われた女神が。
それでも、そんなもの恐れるものではなかったのだ、と。
思い切り、強がってみせる。
「――――ねえ、さま……」
アナが拳を握り、唇を噛み締める。
何のために殺し尽くしたのか。
何のために石に変えて砕いてきたのか。
何のために血を啜って力を蓄えたのか。
「復讐か?」
茨木童子が問いかける。
ああ、復讐。
きっとそうだろう。
ただ、三人だけいればよかった。
ずっと三人だけでいられればよかった。
だから、愛するものを守るために化け物になった。
そうして。
やがて愛するものさえ見失って、全てを蹂躙した。
復讐などと、おこがましい。
最後の最後、全てを見失って破壊したのは自分ではないか。
切っ掛けがどこにあれ、止まる事が出来ずに破滅にまで進んだのは自分ではないか。
それでも、彼女は世界を救う勇者を微笑んで送りだした。
それでも、彼女は化け物に怯えてしまったことにすら心を痛めてくれている。
まだ、妹を愛してくれている。
「……いいえ。多分、もう、復讐とさえ……言えないでしょう」
“
全てを失ったが故に、全てを燃やし尽くす魂が辿り着く地平。
―――だったら、彼女は翻弄される自分の運命を恨んだか?
いいや、恨むことすらしなかった。
だって、運命を共にしてくれる愛する姉が隣にいたのだから。
―――ならその姉を奪った何かを恨んだのか。
それは自分自身だ。
恨んだとして、それを何かへの破壊衝動へと転化したのなら。
それは、ただの八つ当たりだ。
だから、“
人を憎み、殺戮する。怪物としてならいい。
けれどそれを復讐だと言い張るのは、きっと違う。
「だって……姉様たちがまだ私を愛してくれるなら。
私は、全てを失ってなど、いないのだから」
何もかも奪われた恩讐の炎を名乗るならば、否定しなくては。
愛しい姉がいまなお微笑んでいるならば、なおさら。
「確かめ、ます。彼女が……
変わってしまう前の、私。姉様たちと同じ姿の私から、目を背けるなら。
それは、もう……」
奪われたから恨めしい、というのなら。
奪われた時は何より大切だった筈だ。
そして、この姿は、何より、大切だった時間の残滓だ。
止まってくれ、とまでは言わない。涙してくれるのであれば、いい。
強情に跳ね除けてくれても、いい。
けれど、視ることさえ否定するのであれば。
―――きっと、もう。自分がなぜ復讐などと口にするのかさえ、覚えていないのだろう。
だったら、止めなくちゃ。
私は、復讐なんてしなくていい。
私が愛する、私を愛してくれるものの想いが、この世界に残っていると。
巴御前が目を細め、自分の胸に手を当てる。
理解してしまえるから。
怪物とは、そうなるものなのだと。
果たして、彼女が戦場で愛する者を喪っていなかったら。
本当に、添い遂げられたであろうか。
鬼の血を鎮めたままに、ただ愛しさだけを胸に平穏であれただろうか。
怪物とは、そういうものなのだ。
「……肉親への愛、か。
仮にもそんなものが行動理念であろうに、なぜ魔獣どもはあれほど中身がないのか」
言葉をとめて、コダマスイカを撫でるアナ。
彼女の背中を見ながら、茨木が呟く。
その言葉に振り向いたアナが、軽く目を細める。
「それを忘れて、その上で魔獣を産み出す母神ティアマトの存在を……」
「……愛、だからなのではないですか?」
アナの言葉を遮り、巴が口を挟む。
「行動理念が愛だからこそ、止まらない。止められない。
復讐と同じくらい熱く燃える炎だからこそ、何もかも燃やすまでは収まらない。
復讐などに転じるまでもなく、愛とは、焦熱地獄さえ凌ぐ大火でしょう」
僅かに視線を伏せたままに、彼女は胸を焦がす熱を白状する。
「愛だからこそ、そこに中身……理由なんて必要がない。
全てを押し流す激情、燃え盛る熱量の津波。それが、魔獣の行動理念なのでは?」
「……さっぱり分からんな。母の愛とはもっと真っ当なものだろう。
時に厳しく、時に優しく、しかしどんなカタチであれ、子を想うが故のものだ。
鬼の吾とて母の愛、というものならばよく知っている。
というか、愛をもって暴れているのだとして。
なればこそ、ああも虚無だと感じるはずもなかろうよ」
「……私たちにはその愛が、向けられていないとすれば?」
呆れた様子の茨木。そんな彼女に、巴は視線を向ける。
その言葉に彼女が押し黙った。
撫でていたコダマを手放して、アナは巴の方に向き直る。
「……魔獣は愛をもって、この世界を滅ぼそうとしている。
その過程として滅ぼす人間には、何の感慨もない。そういうことだと?」
「分かりません。もしかしたら、人間に対しても愛があるのかもしれません。
―――私たち人間には、一切伝わらない愛が」
まるで、人間の目の前で昆虫が求愛行動をしても伝わらないように。
基準―――
「かなりちっちゃくなったね、イシュタル」
「うっさい! ああ、鬱陶しいのよこの獣!」
「フォフォウ! フォウフォキャーウ!」
門を越えるたび、イシュタルは霊基を剥奪されてミニマム化していた。
七つを越えた頃には、もう羽虫サイズである。
自分よりも小さくなった女神に対し、フォウは適宜パンチを繰り出していく。
それを回避しつつ、彼女は苛立ちを吐き出した。
「大体! ノックされただけで門を開けるアホのくせに! なんで私からはちゃっかり入場料とっていくのよ! 理不尽よ! 料金は統一しなさいよ!」
がなる彼女に対し、ソウゴは周りを見回してから一つ頷く。
「俺たちだけ子供料金で、イシュタルは大人料金とか」
「だったらそっちのオルガマリーだって私と同額じゃない! ねえ!?」
「私に言われても……」
小さくなるのはごめん、というか。
イシュタルのように剥奪されるような神性など持っていないのだから。
そうやって言葉を濁されて、よりいっそう女神がヒートアップした。
「ったく! ほんと根暗で陰険で非道で非常識で不道徳な奴!
こんなことしてたら、せっかく出来たお友達にもフラれるんじゃないの!?」
「―――言ってくれるわね。
非常識で不道徳なのは一体どっちなのかしら」
七つの門を越えた先、金色の髪の女神が浮かび上がる。
黒い衣を覆う紅いマントを翻し。真紅の瞳を輝かせ。
冥府の女主人は、人間たちの前に立ちはだかる。
その威容を前にして、瞳を黄金に染め上げるマイクロ女神。
「―――決まってるでしょ。
私がやりたい事が常識、私が気に入ったものが道徳。
それに反してるのがアンタって話よ」
「……ほんと、何でこれと私が姉妹なのだか。
まあいいわ、あなたはお呼びじゃないの。
隅っこでガタガタ震えてれば見逃してあげるから、邪魔しないでちょうだい」
羽虫を払うのに神威を解放するのも億劫だ、と。
エレシュキガルが妹から目を逸らし、人間たちに向き直る。
「エレちゃん……」
「う……ごほん!」
正面から見据えられ、あだ名で呼ばれ、すぐに言葉を詰まらせる女神。
しかしそこで咳払いし、すぐに表情を作り直す。
圧倒的女神リカバリーによって、冥府の女主人は威厳を取り戻した。
「……私の正体を見破った慧眼は褒めてあげる。
けれど、その上で生者の分際で冥界に踏み込むとは言語道断。
あなたたちは、私に魂を差し出しにきたと解釈していいのよね?」
「友達の家に遊びにきただけだよ」
「―――――う」
頬を赤く染め、女神が言葉を詰まらせる。
こいつ本気かよ、というイシュタルの全力の呆れの視線が胸を貫く。
女神リカバリー、失敗。精神を再起動、すぐに表情を取り繕う。
百面相しているエレシュキガルを前に、立香は言葉を続けた。
「遊びにきただけ。エレちゃんに会いに来ただけだから……すぐに帰るよ」
「…………」
「また。まだ、戦いに行くよ」
エレシュキガルの頬から、朱色が一斉にひく。
憐れむように、死後の女神は表情を心配一色に変える。
「なぜ、そうまで。
―――いえ、そうでしょうね。大切なものよね、きっと。
でも、無理なのよ。それだけのものがあなたたちの旅路には待っている。
この時代の戦いだけじゃない。それを越えた先にだって、どうしようもない絶望がある」
エレシュキガルが手を振るう。
彼女の許に現れるのは、一枚の粘土板。
それはゆっくりと舞い、立香の方へと飛んできた。
その粘土板を見たイシュタルが、眉を顰める。
「天命の粘土板……? ギルガメッシュが視たものを刻んだ……?」
「あいつが落としたのか、あるいは冥界が浮上した結果落ちてきたのか。
そこまでは分からないけれど、間違いなくウルク王が刻んだものでしょう。
冥界に踏み入った上で、千里眼が視たもの。そこにはそれが刻まれている」
飛来した粘土板を立香が受け取る。
それを確かめた彼女は一度目を瞑り、再び開く。
そこにあるのは、真紅から黄金へと変わった瞳。
神威を解放した、女神エレシュキガルの姿。
「だからこそ。私は全ての人間を殺し尽くすわ。
冥界とは全ての人間の魂を収めるべく創られた世界。
なればこそ、魂が冥界にも行けず消滅する結末なんて認めない」
人は死後、魂だけになって冥界に向かう。
そのルールを守るために彼女はここにいる。
そのルールで世界を運営していくために、ここに繋がれている。
「私は冥界神エレシュキガル。
この世界を運営するために、冥界を永遠に守り続けることを使命とする女神。
例え現世が別の法則に呑み込まれ、虚数の海に沈むことになろうとも。
私が守るべき魂を、冥界の中で守り抜く―――それが、私の唯一にして絶対の使命!」
空気が凍る。
肌が凍り、砕けるほどの悪寒。
瞬時に世界を変えた彼女の威風に、通信先でロマニが叫ぶ。
『―――大気圧が急下降……! 現在気圧、500hPa!?
まだ下降する……!? このままじゃ、カルデアの装備でも長くは保たないぞ!?』
エレシュキガルがそこにいる、という事は。
ここが霊峰の頂きである、ということだ。
地中にありながら、動物、植物―――あらゆる生命を許さない
そここそが、彼女坐す高みに他ならない。
「私は、ずっとこうやってきた。
私が冥界に魂を収容するのは、それが人に与えられた営みの流れだから!
否定される謂れはない……! 私の行いは、私の殺戮は……!
あなたたちに残された、唯一正しき終わり方なのだから!!」
冥府の女主人の力が更に増す。
カルデアの礼装。そしてダヴィンチのマフラー。
それが無ければ、とっくに肺が潰れている。
それだってもう長くは保たない。
女神エレシュキガルは死者を相手にして無敵。
だが生者ならば勝てる、などという簡単な話でもない。
冥界は、そもそも生者が生存できる環境などではないのだから。
「エレ、ちゃん、さん……!」
「っ!」
マシュが前に出るべく、盾を握り。
ツクヨミがファイズフォンXを構え。
「―――常磐」
その二人を制するように、オルガマリーが前に出た。
凍り始めた指で、口元のマフラーを押さえながら。
声をかけられたソウゴが、ドライバーを手にしながら彼女に目を向ける。
「
「…………うん」
ジオウウォッチとディケイドウォッチを装填。
両側にウォッチを装填した状態で腰に当て、装着する。
掌でロックを叩いて外し、彼はゆるりと左腕を顔の高さにまで上げた。
「――――変身!!」
時計の針が回るように、振り下ろされる腕。
それがジクウドライバーを回転させ、その能力を解放させた。
ジクウマトリクスが算出した情報が、アーマーとして立体化していく。
〈仮面ライダージオウ!〉
〈アーマータイム! ディケイド!〉
マゼンタの強化装甲を纏った、ジオウの姿の一つ。
その左手には更にもう一つ、ウォッチが握られていた。
〈ゴースト!〉
「命、燃やしちゃってみるぜ――――!!」
ディケイドウォッチに、更なるウォッチが装填される。
切り替わる胸の文字表示、インディケーター。
右肩にゴースト、胴体から左肩にまでグレイトフル。
15の英雄眼魂を一つに繋いだ戦士が、開眼した。
〈ファイナルフォームタイム! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!〉
「祝え!!」
そして当然のように、霊峰の頂きで黒ウォズが祝いだす。
彼はジオウの背後に突然現れ、“逢魔降臨暦”を手に、声を張り上げる。
ここでも大丈夫なんだ、という視線を受けた背中が、魔王の進化を讃えていく。
「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者!
その名も仮面ライダージオウ・ディケイドアーマーゴーストフォーム。
また一つ、新たな力に開眼した瞬間である!!」
ばさばさと大きくストールを渦巻かせ。
青年は会心の祝福に表情に喜色を浮かべた。
「ど、どちらさま……!?」
「―――……?」
困惑する冥界の女神。僅かに眉を顰める金星の女神。
―――そんな状況から引き戻すため。
オルガマリーが強く咳払いして、そのままエレシュキガルに向け叫んだ。
「女神エレシュキガル! それでも、わたしたちは……!
あなたの選んだ眠りではなく、前に進みたい――――!!」
「――――そう……一つ、聞かせてくれるかしら。
私はずっと、ここで死者の魂を管理してきた。
私はここを管理するためのものだから。それ以外の何もないまま、ただここにあり続けた。
私と言う存在の全ては、冥界と魂を管理するためだけに駆動していた」
霊峰の頂きで人間を見下ろしながら、彼女は自身の心情を吐露する。
「私は何も変わってない。何も変えてない。ただ、必要だからやっているだけ。
そうしなければ、人の魂はもう冥界に落ちる事さえできなくなる瀬戸際まで来てるだけ。
だから、私は私に出来る最善を、私に出来る範囲内で、全力を尽くしてる。
―――それでも、あなたたちは私を否定するの?
冥界で魂を管理するための女神に、冥界に魂を呼び込むことが罪だと糾弾するの?」
女神エレシュキガルの役目は変わらない。
彼女は、自分の役割から逸脱したことはしていない。
人が産まれ、生きて、やがて死ぬ。
そして死した後、冥界へと落ちる。
その理の中に収めるためには、もういま全て殺すしかないのだ。
だから彼女は、全てを懸けて人を殺戮する。
正しき魂の在り方を守護するために、彼女は全ての命を摘み取るのだ。
「ずっと一人で――――この仕事をこなしてきた私を、誰も褒めてはくれないの?」
必要だから、冥界に閉じ込められた孤独の女神。
彼女は冥界の運営も、魂の管理も、全霊を尽くして行った。
その上で、今も、自分でできる範囲の戦いを懸命に続けている。
それでも。
「褒められません。女神エレシュキガル」
オルガマリーが、それを一言で切り捨てた。
―――救いを求めるように。
エレシュキガルの視線が他の人間たちを巡る。
けれど、それでも。
彼女が求めた答えがそこになかったのか、女神から表情が消える。
「―――そう。なら関係は決裂、あなたたちは今ここで、冥界に繋ぎ止める。
増設した槍檻にあなたたちの魂を全て捕らえて……
ついでにイシュタルを八つ裂きにして、門の前に厄除けとして吊るしてあげる!」
「はあ!? 私に八つ当たりするんじゃないわよ、このボッチ!!」
「ちょっと、飛び出さないで! 危ない!」
昆虫サイズまで縮んだイシュタルを捕まえ、引っ張り戻すツクヨミ。
エレシュキガルから答えはなく、冥界の大地から槍檻が無数に突き立った。
それに対しヘイセイバーとギレードを手にしたジオウが斬り込んでいく。
「わたしの後ろに!」
マシュが前に出て、その後ろに全員がこもる。
イシュタルもまた同じように。
黒ウォズだけは肩を竦め、そうした様子を見せることもなくジオウの背中を視線で追う。
戦闘を行えるのは、マシュとジオウのみ。
マシュが防衛に回れば、実質的にソウゴ一人で戦わなければならない。
けれど、これは戦闘力を競う戦いじゃない。
もっと大切なものを、女神に示せるかどうか。
だから――――
エレシュキガルが手を掲げる。
その手に出現するのは、一振りの槍のようなもの。
だが神が武装として取り出したものが、真っ当にただの槍であるはずもなく。
―――発熱神殿キガル・メスラムタエア。
太陽の権能を槍の形にしたものが、女神の手に握られる。
「弁えなさい、人間! 冥界で私に勝てるものなどいない!
私にはそれだけしかない代わりに……それだけは、けして破れない!!」
大地に突き刺される槍。
槍檻を押し留めていたジオウの足元から噴き上がる熱量。
それに呑み込まれ、彼の姿が炎の中に消える。
その瞬間、エレシュキガルが眉を顰めた。
「―――死者の力? それを私の前で使える、なんて思わないでくれるかしら」
炎を逸らそうとしたヒミコが放つ神秘の力が消える。
防御も何もなく、熱量に晒されるディケイドアーマー。
彼が装甲を焼け爛れさせながら、炎の中で蹈鞴を踏む。
「狙いはご破算かしら?
ならせめて苦しまないように、このまま一気に燃やし尽くしてあげる!!」
火力が増す。
エレシュキガルの手の中で、権能が発揮される。
冥界の太陽が、ジオウの装甲を融解させていく。
「ソウゴ!」
変身解除が間近に迫る。
この状況でそうなれば、そのまま焼け死ぬか。
それでも、ジオウは炎の中で耐え続ける。
彼は熱で歪んだ視界の中で、真っすぐにエレシュキガルを見据えた。
「……苦しむよ」
「―――――!」
「俺たちは、そうやって苦しむ心を持ってるから……人間なんだ!」
―――深淵から炎が沸き立つ。
紫と銀の入り混じる、魂の熱量。
それが冥府の太陽の熱とぶつかり、弾ける。
吹き飛ばされたジオウが地面を転がって、それでも。
ヘイセイバーを地面に突き立て、体を起こす。
ギレードにいつの間にか装填されているのは、黒と青のウォッチ。
「…………っ」
エレシュキガルが一瞬息を呑み、しかしすぐに槍を構え直す。
「あんただって、苦しんで、苦しんで苦しんで!
それでも貫いた自分の生き様を、今更俺たちに否定させようとするなよ! 誰よりあんたが! 自分は正しい使命を果たしてると信じるなら、その使命に苦しんだ事を否定するなよ! 自分が正しいと思って歩いた道で覚えた辛さを、他の誰かに否定させちゃいけない! そうだろ!?」
ソウゴが叫ぶ。
自身にも叩き付けるようなその声から響く気迫に、僅かにエレシュキガルが揺れる。
震える腕が、再び発熱神殿を大地に突き立てた。
大地から噴き出す熱量の塔。
凍った大気を焦がしながら、その炎はジオウを包み込み―――
〈ギリギリスラッシュ!〉
銀色の炎を纏った閃光が、プロミネンスを斬り捨てた。
―――そんなこと。
言われるまでもなく、何より、エレシュキガルこそ信じられていない。
冥界には何もない。
ここを支配する彼女にさえ、凍った魂は何を言っているのか分からない。
静寂と安寧しかない世界。
外には熱がある。
生きているものの、熱量がどこにでも満ちている。
冥界には持ち込めない、現世だけにあるもの。
「それでも!!」
エレシュキガルの意志に呼応し、槍檻が大地から進出する。
凍った魂が吹き消えてしまわないように、捕らえ、保護するための檻。
それが槍として機能し、ジオウを襲う。
ヘイセイバーが振り上げられる。
輝く刀身。そして、そこにいつの間にか装着されているウォッチ。
その色は、緑と白。
〈スクランブルタイムブレーク!〉
魂を停滞させる槍檻が、緑に輝く刃に断たれる。
四散する槍檻の残骸を前にして、エレシュキガルが呆然と表情を崩す。
冥界で彼女が造った槍檻を断てるはずが―――
「うそ、どうして……!?」
「あんたは自分の心の叫びから、耳を塞いでるだけだ!
『自分は冥界の女神だからこうするだけ』なんて言うけど……ただ神様なだけで、本当にただ女神としてやるべきことをやってるだけなら、それを苦しんだりしない……!」
二刀を薙ぎ払う。
スパークする銀色の炎と、刀身に渦を巻く緑の特殊溶液。
力を湛える双つの刃を構え直し、ジオウがエレシュキガルに改めて対峙する。
「なんで……!? 何でよ、生者とはいえ、こんな簡単に冥界の私を圧せるわけが……!」
「―――本当は、あんたが一番分かってるんだ。
あんたが今までずっと見てきた人間の魂は、生き抜いて、死んだからここに来たものだ。
生き抜いて死んでしまった人の魂に安らぎを願うのと、いずれ消えるから安らぎだけは与えたいって今を生きてる人を殺して魂だけ取り上げるのは、違うことだろ!
あんたが望んだこの世界の在り方を、誰より曲げてるのは今のあんた自身だ!」
女神エレシュキガルが表情を崩す。
発熱神殿を握る手が一瞬緩み。
―――しかしすぐさま強く握り直し、瞳の輝きを更に強くした。
「それ、でも……! 私には、それしか……!」
「―――だけど。ありがとう、エレちゃん」
ソウゴが構えた剣を両方下ろす。
そして、その言葉に女神エレシュキガルもまた停止した。
「――――あ」
「俺たちはエレちゃんがやってきてくれた事を褒めはしないけど。
それでも、今までありがとう。
あんたがそうやって死んだ人のための世界の面倒を見てくれてたおかげで―――
俺たちは、いまここにいる」
現世と冥界は表裏一体。
どちらもあって、初めて世界が成立していた。
生者も、死者にも、どちらの人間にも意味があって。
何千年先まで繋がっていく。
その中で、一つの世界を支え続けてくれたのが、彼女の腕だ。
「でも俺たちはここで止まれない。
あんたはせめて冥界で人の魂を保護するっていうけれど。
俺たち人間は、魂だけじゃ人間でいられないんだ。
生きて、生きて、命を燃やして生き抜いて、死んだ後のことを別の誰かに託して
そうして、ずっと続いていく。ずっと続いていった。
俺たちが生まれるまでも。俺たちが死んだ後も」
力が抜ける。
槍を掴んだ腕から、勝手に力が抜けていく。
彼女は役目を果たしただけ。
どこまでいってもその使命を果たした事に称賛はなく。
しかし、
「―――ありがとうございます、女神……エレ、ちゃん。
でも、わたしたちは生きることを選びます。
生きて、生きて、生き抜いて。最後に燃え尽きた後、あなたが愛する魂になった後、自分は生き抜いたのだと自信を持って、冥界に落りてくるために」
オルガマリーが、そう言って頭を下げる。
「……まだ私たちは、このまま冥界に置かれるわけにはいかない。
まだやりきってないことが残ってる」
立香が続けて、ここには留まれないと。
そう口にして。
盾を強く握るマシュが、マスターを背に庇いながら女神へ言葉を向けた。
「だから、お願いします。エレちゃんさん。
今まで通りに、誰かを無理に誘うものではなく。あなたの冥界を、わたしたちが生き抜いた後、足を休めて眠れる場所のままにしていてください」
そう言って少女たちの懇願を横目に見ながら。
ストールに指を絡ませてくるくると、黒ウォズが呆れたような顔を浮かべる。
「もし仮に君たちが死んだとして。
その魂はこんな古い時代のメソポタミアの冥界には落ちないと思うがね」
「あんたは黙ってて!」
ツクヨミの怒声に肩を竦め、黒ウォズが黙る。
冥府の神がちゃんと業務を行っていた。
だから、ちゃんと世界が混乱せずに続いていった。
ただそれだけ。
ただの事実に対する、感謝。
当たり前に必要だけど、彼女以外がやらなかったこと。
それに、ただ、ありがとうと。
称えるでもなく、誉めるでもなく。
それでも。
今の人の世があるのは、あなたが当たり前にこなしてくれた業務のおかげでもあるのだ、と。
当然のことを、当然のこととして、感謝された。
「ああ――――」
じゃあ、もう無理だ。
だってそうだろう。
業務を曲げている、なんて。言われずとも自覚している。
現世にまで干渉しなければいけない時点で、彼女の業務の外なのだから。
あなたの仕事のおかげで私たちは今を生きている。
ありがとう、なんて。
そう言われて、自分の業務を変えられようか。
真っ暗な冥界で何も無いままに働き続けて。
何か特別な言葉じゃない。ただ、感謝されただけ。
それで、十分。
だってとっくの昔に参ってる。
友達とか、楽しいこととか、悲しいこととか、嬉しいこととか。
そんなのをいっぱい持ってこられて、パンクしている。
そうした彼女の前で、ジオウが燃える。
〈ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト! ファイナルアタックタイムブレーク!!〉
空中に描かれる黄金の曼陀羅。
その力を足の一点に収束し、彼が舞う。
突撃してくるジオウを前にして、エレシュキガルは力を抜く。
そうして激突した瞬間、彼女は確かに、暖かなものを感じていた。
母の愛はもっと真っ当。
ええー?ほんとにござるかぁ?