Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
「―――そう。彼女が攻勢に、ね」
ロマニからの緊急報告。
魔獣の女神によるバビロニアの壁強襲。
その一報を共に聞いたエレシュキガルが、小さく目を伏せた。
「って、なると。流石にすぐ戻らなきゃ駄目でしょうね。
ほら、エレシュキガル。さっさと私の神性返しなさいよ」
羽虫サイズの女神が、自身の姉の周りを飛び回る。
それに心底嫌そうな顔をしたエレシュキガル。
彼女は手にした槍を軽く持ち上げ、地面に突き刺す。
そうした瞬間、大地から突き出してくる槍檻。
それは一気にイシュタルへと迫ると、彼女を檻の中に閉じ込めた。
「ちょ!? アンタ、負け犬の分際で何してくれんのよ!?」
「五月蠅いから黙ってて欲しいのだわ。
そもそも、あなたに負けた覚えなんてないし」
ひらりと手を軽く振って、彼女は槍檻を他所へと飛ばした。
当然、イシュタルの声も遠くなっていく。
そうしてから彼女は人間たちの顔を見渡して―――
「私の負けよ。それは、認める。
冥界の在り方を、魂の旅路を守るためには、現世も失われてはいけない。
……その通りよ。そのためなら、何だって協力しましょう」
「では、魔獣の女神との戦いにも……」
そう言われる、と理解していたのだろうか。
エレシュキガルはその言葉にしかし、困ったように曖昧な表情を見せた。
「エレちゃん?」
「……あの子はね、私やケツァル・コアトルとは違う。
私もあいつも、世界と人を管理する側の女神として成立したもの。
―――けど、あの子は」
エレシュキガルがそこで言葉を詰まらせる。
どう口にすればいいのか、悩むように。
そうして数秒悩んだ彼女は、やがて意を決して口を開いた。
「……ただ、愛するものとして生まれたのに。
いつの間にか、排斥されるべきものに変生していた。
だから母さんの依り代になれたって事なんでしょうけど……」
彼女が吐露したのは、魔獣の女神への心配り。
女神の物言いに少しだけ困惑しながら、マシュが問い返す。
「それは、魔獣の女神とも話が通じるはず、という事なのでしょうか……」
「ああ、いえ。そういうことじゃないの。それは絶対にないわ」
焦ったように手を横に振るエレシュキガル。
あの女神が人にあだなす怪物、という事実は動かない。
動かしてはいけない。
「……私という女神の目的からしても、あの子は大敵。
何かをしてあげる義理なんて何もないのだけれど……」
「でも、何かしてあげたいって思ったんだよね。
―――俺たちなら、してあげられるって思ったってことで、いいんだよね?」
問いかけるソウゴに、ちょっとだけ苦笑して。
エレシュキガルは、強く表情を固めた。
「私が冥界を管理する、という発生した目的だけは果たした女神ならば。
彼女は、自分が発生した目的すら奪われた女神。
いえ。奪われた、ではなく、見失った、かしら」
ただ、愛するものであれと。
そう生み出されたはずなのに、最初から歯車が狂っていた。
規格に合わない車輪は運命のレールを外れ、奈落へ落ちていく。
彼女たちはそうして、消えるしかない。
生まれた時からやらなければならない事、やるべき事が設定されていたのだ。
それを達成できなくなった時、彼女たちは処分されるしかない。
けど、彼女はその落ちた先の奈落の中で、別のものを得た。
「―――でもね、あの子と母さんは違うものなのよ、きっと。
棄てられた事を嘆く母さんと、棄てられた先で幸福を得たあの子。
そんな風に違うものである彼女を、違うものに変われていたはずの彼女を。
……ティアマトの代替のまま、倒さないであげて欲しいの」
元から頭のイカれていたイシュタルと違い、彼女たちは後から得たのだ。
バグを起こすほどに多機能だったわけではない。
最初からおかしくなってしまう不良を抱えて生まれた妹と。
そんな妹のために自分たちの方からおかしくなってみせた姉。
それに心を動かされた、のだろうか。
エレシュキガル自身にも、こうして魔獣の女神に対する心配を口にする理由は分からない。
そこまで口にして、エレシュキガルは人間たちに目を合わせる。
そこではっとしてみせて、困惑するように、自分の唇に指を当てた。
「何で私、こんな事言っているのかしら。敵対してる女神だったっていうのに。
ああ、もう。とにかく……!」
軽く咳払いして、彼女は表情を改めた。
「あの女神に、勝ってあげて。
あなたたちが歩みを止めないために。あの子の過ちを止めるために。
―――あの子たちが幸福として得た
少女が、少年が―――女神から分かれた一人の少女を、思い浮かべて。
確かに、力強く頷いた。
その表情を見て頬を緩めた女神が、ゆるりと手を掲げる。
引き戻される、イシュタルの閉じ込められた檻。
「―――あなたたちが入ってきた場所まで送るわ。冥界にしか力の及ばない私では、そこから先にまで連れて行ってあげる事はできないけど……」
「大丈夫。そっから先は、目印があれば跳べる」
取り出すのはウィザードウォッチ。
冥界から脱し、タイムマジーンに全員詰め込んで。
そうしてから自分のサーヴァントを目印に転移すれば、戦場まですぐだ。
ソウゴの声に頷いて、エレシュキガルがその神威を発揮した。
「―――――な、に?」
魔獣の女神が静止した。視点の定まらない、ブレた瞳。
彼女の前に立つのは、ちっぽけな少女。
いや、それが少女であるということさえ、女神には認識できない。
風になびく紫の髪は、魔獣の女神と同じ色。
その顔立ちも幼さを除けば、魔獣の女神と似通ったもの。
―――手に不死殺しの鎖鎌を携えたアナは、確かに女神の目前に立ち誇った。
「……私が視えますか、ティアマト神―――いえ」
「なん、だ。なんなのだ、貴様は……!? 何故視えぬ、何故我が瞳に貴様の姿が映らぬ、何故我が視線の前に立てる……!? サーヴァント……!? いや、貴様のようなサーヴァントがいるものか! 貴様、貴様は一体なんだ、何だというのだ、怪物―――――!!」
焦燥を露わに、女神が魔眼を開く。
視ることが出来ず、ただ視界を熱量で灼き払うように。
たとえ魔眼に捉われなかろうと、その熱波は敵を吹き飛ばすだろう。
だが、その暴威が地上に訪れることはなかった。
何も起こらない。
想像していた破壊は齎されず、ただ風が凪ぐ。
その事実に更に困惑し、女神は唇を戦慄かせた。
「―――――相、殺……!?
何故だ、何故! サーヴァント如きが、私の……!」
魔眼が開いたアナが、ゆっくりと目を細める。
彼女は視ている。ずっと、目の前で暴れ狂う女神の姿を。
出力も、規模も、動力も。少女は女神に何一つ敵わない。
それでも、彼女は前を見ていた。
自分さえも見失った自分を、確かに視ていた。
「―――複合神性、ゴルゴーン。
“
あなたの復讐を、終わらせに来ました」
かつて、女神アテナによって怪物に変えられた女神。
人々から迫害され、数多くの英雄を葬ってきた蛇の怪物。
形のない島に住まっていた、三姉妹の女神の成れの果て。
―――大魔獣ゴルゴーン。
その名を告げられて、魔獣の女神―――
ゴルゴーンが、大きく表情を歪ませた。
「知らぬ……! 知らぬ、知らぬ、知らぬ知らぬ知らぬ知らぬ――――!
私は、貴様のような存在は知らぬ!! 私の視界から消えろ、化け物―――――!!!」
ゴルゴーンが髪の大蛇を脈動させる。
彼女はもう、全ての意識を目の前にたつ少女らしきものに向けている。
他のものなど視ていられない。
他のものになど構っていられない。
分かっていたことなのだけれど。
少女が、少しだけ痛まし気に視線を伏せた。
「……本当に。本当に、忘れたいのですか?」
差し向けられた大蛇の大群。
そんな彼女の前に、ガウェインが降り立った。
複数の頭を巻き込み、鉄槌として叩きつけられる大蛇たち。
その大質量の激突に真正面から受けて立ち、彼はその場で踏み止まってみせた。
「オ、オォオオオオオオオ――――ッ!!」
ガウェインの膂力に潰される大蛇の頭。
撒き散らされる溶解液を、二世が突風で強引に逸らす。
魔獣がその液体に沈み、悲鳴を上げながら溶けていく。
軽く息を吐いて、ガウェインは少女に頷いてみせる。
たとえ聖剣の解放叶わなくとも、攻撃はけして通さないと。
「ゴルゴーン。あなたにとって、本当に、私であった頃は―――
もう、必要ない思い出なのですか」
「黙れ、黙れ黙れ黙れぇ! 貴様の声を聞かせるな! 貴様の言葉を聞かせるな!!
私は、原初の女神、ティアマト! 貴様であったことなど、あるものか――――ッ!!」
大蛇がうねる。全ては、アナを目掛けて。
だが、それをサーヴァントたちは通さない。
全ての火力が、隙しかなくなったゴルゴーンを襲い続ける。
それでも、彼女に対するダメージは微々たるものだ。
魔獣の女神の正体がゴルゴーンであれ、手にしたティアマトの力に嘘はない。
原初の女神ティアマトは不死。
サーヴァントがどれほど攻撃を加えたところで、即座に再生する。
「声が聞こえる! むせび泣く母の声が、私を動かす!
あの声に、あの哀しみに、あの怒りに!
母の復讐を果たすために突き動かされる私が、ティアマトでなく何だと言う!!」
「―――本当に、ティアマトであることが、あなたのやりたい事なのですか?」
絶句、するような動作を見せて。
ゴルゴーンからの攻勢が、一瞬緩まる。
それを見て、アナは言葉を続けた。
「きっと、違う。
私たちは、きっと、もっと、ずっと……
愛するひとたちとともに、ずっと一緒にいたかった」
神に成長なんて機能は最初から備わっておらず。
しかし、彼女は最初からその機能を授かって生まれてしまった。
結果として。
不変のまま風化するはずだった女神は、変生して崩壊した。
悲しみも後悔も、幾らでも湧いて出てくる。
けれど、それは全て自分の意思で犯した過ちから生まれたもの。
女神としての生も、怪物としての運命も、関係ない。
憎むべきは、口惜しんだのは、大切なものを見失った自分の不明だけ。
「でも、もうおしまいです。
愛する人たちとの時間を夢見るのも、それを理由に復讐に逃げるのも。
変わってしまった私を、それでも愛してくれたひとの想いを嘘にしないために―――
私は、私が変わってしまったことから……私を排斥した世界から、眼を背けない」
だからもう、目を逸らさない。
幸福の果てに辿り着いた化け物なんて、恐れない。
ゴルゴーンは、ティアマトじゃない。
母なる地母神は、女神であり、女神でしかなかった怪物。
自分は、違う。
女神に要らないものが芽生えた結果、狂ってしまったただの化け物。
けれど何より、その要らないものを愛していたもの。
だから、復讐なんてする相手は彼女にはいない。
だって彼女の世界は、形のない島だけで完結していた。
そこから先に広がる土地も、生物も、彼女の世界には含まれなかった。
自分の世界にあるものとして扱っていなかったのに、復讐心なんて持てるわけない。
あの島を、変生した自分が呑み込んだ時。
彼女の世界も、復讐も、全ては消えて、無くなっている。
けれど、それでも。
化け物になる運命と引き換えに得たもの。
女神としてではなく、一つの命として。
大切な
「なん、だ……! 貴様、は……! 一体、何なのだ―――――ッ!!」
ゴルゴーンが猛る。
彼女はティアマトだ。そうでなければならない。
生んだ子に棄てられた悲しみを糧に、人間を滅ぼす悪鬼のはずだ。
そうでなければ、ティアマトの神性を保てない。
―――幸福を得た少女になどなってしまったら、ティアマトでなんかいられない。
「私は―――もう一人のあなた……!
やがて化け物になって、私が大切にしていた世界の全てを破壊するもの―――!
ゴルゴン三姉妹の末妹、メドゥーサ! あなたにもそれを、思い出させます!」
「――――――――!?」
ぎゃりり、と。
マカナに切り払われた鎖が、盛大に擦過音を掻き鳴らす。
その異音に構う暇もなく、キングゥがバビロニアの方へと視線を向けた。
「馬鹿な……! ティアマトとしての神性が下落した……!?
母さんとの繋がりが弱まったのか!? なぜ――――!」
「―――当然よ。ゴルゴーンの憎しみと、母さんの憎しみは、違うもの。
彼女の憎しみのカタチは、自分を
気付いてしまえば、その憎しみが外に向かうことなんてない」
鎖が寄り合う。
無数の神具が束ねられて一塊になり、鉄槌の如く振り下ろされた。
バックラーでそれを受け止め、しかし受け切れず弾かれる女神。
彼女はすぐさま体勢を立て直し、キングゥを見据える。
「……分かった風な口を!」
「それはもちろん。私も相応の憎しみを溜め込んだ女神デース。
分かった風な事の一つや二つ言ったってバチは当たりまセーン!」
雨のように降り注ぐ神具。
真っ当な相手ならば、それだけで数秒の内に欠片も残さず消し飛ぶだろう。
そんな蹂躙に正面から立ち向かい、凌駕し、突き進み。
ケツァル・コアトルが、強く笑った。
対し、キングゥは眉根を寄せて怒りを露わにする。
「そんな、そんなものが何だって言うんだ!
母さんから離れたあの怪物に、一体どんな救いがあるという!
ただ人間を虐げ、そして最期に滅ぼされるために生み出されたあの怪物に!」
苛烈さを増す攻撃。
聖杯の魔力をフルに使い、彼はケツァル・コアトルを吹き飛ばさんとする。
恐らくこの場から離脱し、ゴルゴーンの許へと向かうために。
その動作に対し女神は僅かに驚いたように、少しだけ目を見開いた。
「―――キングゥ、アナタ……」
「……ッ、何もありはしない! だから、使ってあげるのさ!
新たなる人類の礎として! 母さんが目覚めるための狼煙として!」
乱雑に奔る鎖の雨を、マカナで払い、盾で受け流し。
ケツァル・コアトルは、心を揺らす兵器に小さく目を細めた。
そのまま口を開こうとして―――
彼方に、インベーダーの気配を察知した。
「―――! あの気配……!」
自分の領域の外で、これだけ感知できるのだ。
それなりに強い力を発揮したのだろう。
そちらに一気に意識を持っていかれる女神に対し、キングゥは腕を振るう。
神具たる剣、槍、槌。
彼女を殺し得る全ての武装が、一息に降り注ぐ。
舌打ちしつつ、それに対応。
―――している内に、キングゥが飛行体勢に入っていた。
「待ちなさい――――!」
言葉を返さず、緑の人は全力による飛行へと移行。
南米エリアから、バビロニアに向けた飛翔を開始してしまった。
そちらを追うのもそうだが、それ以上に。
「……ッ、ジャガー!」
「はいはーい、私はキングゥの方でいいわけね?」
森の中に控えていたジャガーマンが飛び出し、着地。
そのまま疾走体勢に入りつつ、そう問いかける。
これから進むのは、方角としては同じだ。
が、ケツァル・コアトルは先に見なければならないものがある。
「ええ……! 私だってすぐに追いつくわ!」
炎の翼を広げ、翼ある蛇が飛翔した。
向かう先は、宇宙の彼方から飛来しただろう力を感じた場所。
ジャガーマンもまた頷いて、キングゥを追跡するため全力を出した。
疾走するメドゥーサ。
彼女を阻むため、ゴルゴーンが操る大蛇が暴れ狂う。
だが一匹たりとも、アナには近づけない。
大蛇の額に燃ゆる矢が突き刺さり、頭部を炸裂させる。
神をも薙ぎ倒す砲撃が、女神の眷属たる蛇を爆沈させる。
崩壊する大蛇たちの合間を駆け抜ける少女。
視れずともその気配を察し、ゴルゴーンが表情を引き攣らせた。
「寄るな……! 私に、貴様が……! 寄るな―――――ッ!!」
再生しながら大蛇が躍った。
大蛇の髪を自身と纏めて織り上げて、ゴルゴーンが更なる変生に至る。
蛇を編み上げ、形成される暗黒の怪物。
その瞼が切れ上がり、血色の瞳が開かれた。
「――――ゴルゴーン……!」
「チッ、辺り一帯消し飛ばす気か!」
クー・フーリンが槍を回し、腰を入れる。
最悪足りない魔力分、体を削り、宝具を放つ必要があるだろう。
アナの眼は確かにゴルゴーンの眼にさえも打ち克つ。
眼を逸らさないアナと、視失ったゴルゴーンの差。
だが魔眼の出力が桁違いであることに変わりはない。
アナの眼はゴルゴーンの眼に克つが、性能に勝るのはゴルゴーンの眼だ。
その能力を、大魔獣ゴルゴーンの力を発揮されれば、彼女では止められない。
アナの正面に発生する魔眼の影響は打ち消せる。
だが、ゴルゴーンを中心に全方位に魔眼を解放されれば止められない。
この戦場にいるウルクの兵士たちの大半は、灼き払われるだろう。
「……ッ!」
そんなこと、させるものかと。
アナが自身の瞳に、力を全身全霊で傾けていく。
だが、それで止められるならば苦労はしない。
大魔獣ゴルゴーンにして創生神ティアマト。
苦し紛れによる暴威であろうとも、その女神の行動を止めきれるものなどいるはずもない。
歯を食い縛り、眼に力を張り、鎌を握り直したアナの前で。
大きく、空間が歪んだ。
その原因は転移してきたタイムマジーン。
その巨体が大蛇たちの残骸を薙ぎ倒しながら着陸して、コックピットハッチを開けた。
「おっとっと! ギリギリ間に合ったのかな?
あ、幻術とかそういうのはお任せしちゃう感じで頼むよ」
「―――ええ、でしょうね」
飛び出すマーリンと、それに続く天草。
天草は即座にアナの隣にいる巴御前を見つけ、宝具を起動。
マーリンの真似事をする限り、彼に戦闘までする余裕は残らない。
まあ魔獣ならともかく、女神の相手が出来るほど戦闘に優れるわけでもない。
ならば牛若丸と巴御前が遠慮なく戦えるように、というのが最善手だろう。
降り立つ更なる戦力。
次に飛び出したジオウが、着地しながらマーリンに怒鳴る。
「マーリン! 何か笛出して! 笛! 吹ければいいから!」
「はっはっは、その辺りも天草くんに―――と、そんな余裕はないか。
まあただの笛くらいどうにかしようとも」
赤いタカが、黄色いトラが、緑のバッタが。
降り立ったジオウに向け、駆けてくる。
それと合身しながら、マーリンが魔術でちょちょいと作った笛を掴み取る。
〈アーマータイム! オーズ!〉
迸るのは黄土色のエナジー。
変化するブレスターの文字は、コブラ、カメ、ワニ。
ジオウがその笛を口元に当てると同時、彼の頭部でコブラが躍った。
「アナさん!」
マスターを抱えて降りたマシュが、声を張る。
すぐに降りてくるカルデアのマスターたちに、アナが少しだけ眉を顰めた。
「……誰の差し金だったのか知りませんが、ありがとうございました。
あとは、ゴルゴーンを止めるだけです」
彼女は足を止めず、そのままマシュの横を抜き去って。
そのまま眼を見開き、ゴルゴーンに立ち向かう。
「マシュ! 防御を!」
「はい、マスター!」
響く笛の音色。蛇遣いの音によって、ゴルゴーンを取り巻く蛇が軋む。
臨界したエネルギーを削ぐことは不可能。だが、もはや思考もなく無作為に周囲に視線を散らばらせる蛇の眼を、誘導するくらいならば。
オーズアーマーが、全ての力をその音に乗せる。
怪物の視線が、たった一点。
周囲を意識の外に置き、正面だけに向けられた。
「――――――!!!」
「……私を視なさい、ゴルゴーン」
少女の姿は、形のない島に流れ着く前のもの。
変わる前の、姉たちと同じように愛するだけの女神だった頃のもの。
そんな姿の頃の彼女に本来、石化の魔眼など備わるはずもなく。
けれど、彼女は今その眼を持っている。
いずれ獲得する魔性。いずれ犯す過ち。いずれ訪れる破滅。
それらの光景を視た瞳が、このキュベレイだ。
大切にしていたものと、それを自分で轢き潰した罪こそ、今の彼女の姿だ。
それでも。
「私たちは、この呪われた眼でずっと視てきた……!
大切にしていたものも、おぞましい自分の罪も。どっちも視てきた私だから……!
棄てたくない想いを棄てないためにも、棄てたい呪いも棄てはしない――――!」
大蛇が軋む。軋む、軋む、軋む。
血色の眼光が瞼の奥から見開かれ、ただ一点。
迫る、彼女が視たくないものだけを映し出した。
心が軋む。心など獲得してしまったから軋む。
女神に、そんなものは、最初はなかったはずなのに。
「――――――ァ、アアアアアッ! アァアアアアッ――――!!
消えろ、消えろ消えろ消えろォッ!! “
「“
互いの眼光が煌めく。
熱量は、比較するまでもない。
ゴルゴーンの放つそれに比べれば、アナのそれはとても小さな光。
それでも、彼女の視界はゴルゴーンまで突き抜けた。
アナの視線が止めきれなかった、突き抜ける熱波。
それが白亜の城塞に激突して、止まる。
一方向への破壊ならば、どれほどの威力であろうとも。
彼女の盾は、けして後ろに通さない。
そんなことに気を払う余裕も、ゴルゴーンには残らない。
少女の眼に射竦められた怪物が、崩壊を始める。
落ちていく神性。
獲得していたティアマトの神性との連動が保てない。
だって、彼女が一番信じられない。
今の自分が、ティアマトなどということが。
迫る。己を殺す、不死殺しの刃が。
躱せ、殺せ、彼女は恩讐の徒。全てを燃やし尽くすまで止まらぬ復讐者。
―――何故、そんな事をする必要がある。
視せられた光景の中で、紫色の長髪を靡かせる少女が躍る。
その、姿に、憶えがある。
目の前にいるのは、彼女が何より大事にしていた―――
瞬間。
空を揺らす雷霆と共に、嵐の蹄が大地を砕いた。
大気が震える。雷雲が渦巻く。
その中に降臨した巨大な雲の怪物が、咆哮をあげた。
「あれは……グガランナだ! イシュタル神のしもべ!」
「なんでいま! こんな戦場に連れてくるなんて、正気じゃないぞ!」
「くっ、まさかイシュタル神は俺たちと魔獣の女神を両方襲って愉しんでいるのでは!?」
「イシュタル神ならばありえる!
自分のためならどんな神にも喧嘩を売るイシュタル神なら!」
兵士たちから困惑の声が上がる。
そして納得される。
タイムマジーンから出て、それを聞いていたイシュタルの顔が引きつった。
ゴルゴーンの最期を見届けようと遠い目をしていた彼女。
その顔色が、一気に怒り一色まで染まりきった。
「あんの馬鹿牛ィ……!
迷子になってたと思ったら、私に冤罪叩きつけやがったぁ――――!」
自分が積み重ねてきた信頼を無視して、女神が叫ぶ。
「そんなことより!」
巴が焦りながら、戦場を見る。
グガランナの蹄は、岩盤ごと大地を貫通させて大穴を開けた。
その先に広がるのは深淵。冥界よりも深き場所にある陥穽。
それを見たイシュタルが舌打ちひとつ。
「まあ当然、こっちまで冥界は延びてないわよね。
冥界の浮上に合わせて、深淵も高度を上げてきた?
ただエレシュキガルのいる冥界と違って、深淵を管理するエンキ神はもういない。
墜ちたら二度と戻ってこれないわよ―――!」
イシュタルが舟に手をかけ、加速する。
目掛ける先は当然、飼い主に罪を擦り付けたアホ牛に向けてだ。
グガランナは怒り心頭の様子。
雷霆と地響きを遠慮なく周囲に振り撒いている。
そうなれば、もはやサーヴァントが守りに入るしかない。
無秩序に暴れるグガランナ。
そんなもの、魔眼を封じられたゴルゴーンよりも遥かに脅威だ。
そうして飛び立つ瞬間、イシュタルの舟に巴御前が手をかけた。
「―――――」
「失礼、女神イシュタル! 途中まで同行させて頂きたく!」
「やってから言う事じゃないわね。まあいいわ、私って愛の女神でもあるわけだし」
軌道修正。
グガランナの前に、ゴルゴーンの近くを通り抜けていく。
彼女のドライビングテクニックなら、その程度簡単にこなしてみせる。
グガランナの起こした大衝撃で吹き飛ばされるアナ。
その合間に、ゴルゴーンが体勢を立て直す。
ゴルゴーンとしての神体を維持できず、髪の蛇を崩れさせながらも。
彼女が震える体で、憎悪を口にする。
「――――違う……! 私は、原初の女神ティアマト……!
全てを人に奪われ、棄てられた女神!!
我が復讐は人を滅ぼす! 我が恩讐は人理を灼く! 我が願望は―――……愛する、こと!」
自分で口にした言葉に、ゴルゴーンの瞳が揺れた。
「愛する……? 何を、私は、何を、愛して、いた……?」
「――――でしょうね。
アナタは、憎むべきものも、愛したものも、全て母さんとは違う。
そんな仮面、ずっと被っていられるわけがなかったのよ」
地上まで急接近したイシュタルが、巴を切り離しつつそのまま空へと舞い上がっていく。
着地を決めた巴が、すぐさまアナを抱き起こした。
「愛、愛していた……私の、大切な……! あ、ァアア!
キングゥ! どこにいるキングゥ! 私の、私が生み出した子供! キングゥ!
私から、私から離れるな! もう、どこにも! キングゥ!!」
ゴルゴーンが自身の体を掻き抱き、悲鳴を上げる。
女神という大質量が行う、無作為の蹂躙。
止め処なく降り注ぐ雷霆の中で、大魔獣はただただ暴れた。
グガランナを目指しながら、イシュタルが彼女の言葉に少しだけ目を細める。
「そこでアイツの名前が出るのね。でもそれは母さんの―――
いえ、全ての子じゃなくてアイツだけってことは、アナタたちは本当に……」
彼女の慟哭を聞き、アナが立ち上がる。
手を添えていた巴もまた、少女に続くように。
「……そうやって、新しい出会いを、本当に、大切に想えるなら。
だからこそ、もう眼を開けなくちゃ。あの島の中だけで終わってしまった私が、それでも島の外に眼を向けられる時が来たのなら、この眼を縛るための
アナが大地の陥穽、深淵に続く大穴を見てから、巴を見上げた。
彼女の言いたい事を察して、巴御前は一度瞑目する。
愛するもののために戦い、やがて何も視えなくなって滅びた怪物。
あれは、巴御前のもしもの姿でもある。
彼女はそうならなかった。けれど、メドゥーサはそうなった。
ただ、それだけ。
―――巴御前が炎上する。
その額から、二本の角が炎と共に現れる。
双眸を開き、彼女は真紅に燃える瞳で目の前で暴れるゴルゴーンを見据えた。
「―――メドゥーサ殿、いいのですね?」
「はい、お願いします」
鬼が微笑む。そうだろうとも。
自分だって、そうなればきっとそういった結末を望むはずだ。
鬼種としての力を全開にし、巴御前が爆ぜた。
後から続いてくるメドゥーサより先に、彼女はゴルゴーンへと辿り着く。
もはやゴルゴーンの動きに意識はない。
ただ子供を求めて喚く彼女の動きは、乱雑なだけの暴走だ。
それでも彼女の質量ならば、いとも簡単に人間どころかサーヴァントをも押し潰す。
それを。鬼種としての怪力を以て、覆す。
振り回される蛇の尾を、両の腕で巴が掴む。
ただ、鬼だというだけならここで潰されて終わりだろう。
けど、ここでは終われない。
巴御前という鬼だからこそ、終われない。
彼女の抱いた愛が、偽りでないと証明するためにも。
「我ら怪物にも、愛する人と、その人に捧げる想いが得られると!
それを示すために、それはけして偽りではないと、信じるために!
――――聖観世音菩薩……私に力を!」
火力が増す。巴御前を動かす力が、更に燃える。
超重量、大魔獣ゴルゴーン。
その体が、たった一人の女性の腕力に浮かされる。
灼熱する巴。その目が鬼と化して、炎のような真紅から血のような深紅に染まった。
それでも、彼女は力を尽くす。
「オォオオオオオオオオオオ―――――ッ!!」
強引に、力任せに、引っこ抜かれた女神の体が、宙に舞う。
その体を駆け上がりながら、アナは不死殺しの刃を握り締める。
心臓の位置まで彼女は駆け抜けて。
そして、呟くような女神の声に立ち止まった。
「私は……! 私は、誰だ……! 私が愛するものとは、誰だ……!」
「―――ゴルゴーン。一度、眼を閉じましょう。
そうして落ち着いたらきっと、思い出せる。
昔のあなたが愛していたものも、今のあなたが愛したものも。
私たちは、何も恨まず、ただ愛した想いを抱えているだけで、幸福だったんだから」
アナが、ゴルゴーンと眼を合わせる。
双つの魔眼が相殺しあい、互いの視界が相殺する。
何も視えない暗黒の中で、少女は小さく微笑んで。
二人で、しかし一柱の女神が、深淵の底へと落ちていった。
三女神同盟、崩壊。
最後の特異点も後はエピローグを残すのみですね。
勝ったな、風呂入ってくる。