Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ディエンド大嵐怒-4000000000

 

 

 

 僅かに、ほんの僅かだけ、マーリンが顔を顰める。

 

「―――なるほど。

 不死たるティアマト神に、ゴルゴーンを通じて死を与え。

 そして、再生という名の目覚めを促すつもりだった」

 

 そう言って、彼は目の前に広がる光景。

 ゴルゴーンが深淵に落ちた光景を、ゆるりと見渡した。

 

「けど、それは失敗だ。最後の最後、彼女は自分の正体に至ってしまった。

 彼女の名はゴルゴーン、あるいはメドゥーサ。ティアマトじゃない。

 彼女は原初の女神などではなく、ただ一柱の狂った女神として眠りについた。

 そうなった以上、ティアマトの再生の切っ掛けにはなり得ない。

 シンクロ率が足りなかった、と言ったところかな」

 

 発生したのは、寝返り程度のさざなみ。

 彼の力で十分抑えられる範囲を逸脱しない。

 

 ゴルゴーンの持つティアマトの権能で造られた魔獣。

 それらが自身の体を保てなくなり、断末魔を上げて崩れていく。

 そんな光景を見ながら、ぽつりとこぼす言葉。

 

「……このまま、終われるかな?」

 

「――――終わらせると思うかい?」

 

 静かなる、しかし煮え滾るような嚇怒の咆哮(こえ)

 そちらに視線を向ければ、空に立つ美しき人の姿。

 彼はふらりと地上に降り立って、その力を漲らせる。

 大地と彼が一つになり、ざわめいた。

 

「……ほんと、台無しさ。せっかくあれだけ時間をかけて準備をしたというのに。

 まさか最後にただの怪物に戻って、母さんになりきれないなんて」

 

 苛立ちを吐き捨てるキングゥ。

 それは、ティアマトの復活が失敗に終わったことによるものか。

 あるいは、別の。

 

「キングゥ。キミは、彼女がどうなることを望んでいたんだい?」

 

「どうなることが望み? そんなもの、決まっているだろう。

 彼女はただ、母さんを起こすための切っ掛けであればよかったのさ。

 所詮、あれは今の人の世から排斥された怪物。

 それを滅ぼす一助となって消えるなら、彼女だって満足だったろうに」

 

 喉が、僅かに引き攣ったような。

 そんなものはこの苛立ちによる誤差だ、と。

 キングゥは一息にそう吐き捨ててみせた。

 

「じゃあ。それで、あんたも満足だったの?」

 

 問いかけてくる声に、そちらへ視線を向ける。

 そこに立つのは、仮面ライダージオウ。

 終わった戦場の中でしかし変身は解除せず、彼はキングゥを見据えていた。

 

「当然だろう。彼女はそのためにボクが選んだ、生贄なのだから」

 

「そう。じゃあ、いまアナたちが静かに眠れた事は……不満なんだ?」

 

「―――――」

 

 彼から言い返す言葉はない。

 あの化け物は、自分を取り戻して沈んでいった。

 ティアマトの代行という役目を棄てた以上、キングゥとは関わりないものだ。

 そうなった以上、何がどうなろうと知った事ではない。

 化け物が取り戻した中身になんて、興味があるはずもない。

 

「……不満なら不満だって言えばいいじゃん。

 本気であんたがそう見てたなら、役に立たなかった、ってゴルゴーンに怒ればいい」

 

 ギチリ、と。キングゥの鎖が軋む。

 

「―――黙れよ、人間」

 

「……ゴルゴーンは、最期にあなたを求めました。

 それは、偽りの繋がりだったというんですか?」

 

 マシュが盾を下ろしながら、キングゥを見据えて。

 その背後にいる立香が、同じく彼に声をかけた。

 

「私は、私たちは……アナの事は、悲しめる。

 一緒にここで生きていたあの子がいなくなったことは、悲しむことができる。

 じゃあ、ゴルゴーンは?

 ゴルゴーンのことは、誰が悲しんであげられるの?」

 

「黙れ」

 

 キングゥがギアを全開に持って行く。

 これ以上の言葉など聞いていられない。頭がおかしくなりそうだ。

 彼がゴルゴーンに抱いていたのは同情にすぎない。

 自分を母だと勘違いした化け物の無様さを、憐れんでいたにすぎない。

 

「……新しい、私たちより優れた新人類は、大切な人が死んだ時に、泣けないの?」

 

 本当に、悲しそうに。

 人間が、そう彼に問いかけてくるから。

 

「黙れと!! 言っているんだ―――――――ッ!!!」

 

 鎖が跳ねる。形成された神具が雨となり降り注ぐ。

 泥の体が熱を持つ。

 そんな機能、彼の体に備わっていないはずなのに。

 

 割り込んでくるサーヴァントたち。

 その刃がキングゥの攻撃を切り払い、凌ぎきる。

 追撃を仕掛けようとして、息を切らしている自分に気付く。

 こんな、児戯のような一撃で疲労するはずがないのに。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 ―――眉を吊り上げた彼の遥か頭上で、光が爆ぜた。

 イシュタルによる、グガランナへの制裁。

 天の牡牛はその暴虐に対して反乱しようとして、

 

「あんった! ふざけんじゃないわよ!? 私は一応アイツらに雇われてんの!

 これで賠償を請求でもされたらどうすんのよ!

 いい!? 私はそうなってもラピス・ラズリの一粒さえ払わないからね!?

 もし必要ならアンタの体から金塊引っぺがして払わせるから!

 というか、アンタ! 私のしもべのくせに今までどこに行ってたのよ!

 それこそ責任問題でしょうが! アヌ神から私に賠償責任が発生したとさえ言えるわ!

 は? 自分のせいじゃない?

 うるさい! 重要なのはアンタの行動責任じゃなくて、私の背後関係なのよ!

 アンタが何かをしたせいで私の立場が悪くなる、なんて許されるわけないでしょ!

 つまりアンタが悪い! 私悪くない! 文句あんの!?」

 

 女神に怒鳴られ、積乱雲が沈む。

 神さえ超える脅威の結晶が、女神イシュタルに対して震えあがる。

 他のどの神でさえ従えられないグガランナ。

 それが雷雲からさめざめと雨を降らせながら、沈黙。

 

 周囲のサーヴァントたちも、その光景に呆れが入る。

 

 そんな馬鹿らしい光景を見上げて。

 オーバーヒートしていた思考が、少しだけ冷却された。

 一度瞑目し、精神を落ち着けて、キングゥが鼻を鳴らす。

 

「馬鹿らしい……あれが人間性(バグ)を獲得してしまった女神の姿さ。

 あんな精神性の知性体、どこに出しても恥ずかしいだけだろうに」

 

「しまった……! これに関しては言い返せないぞぅ……!」

 

 杖を握り、顔を顰めるマーリン。

 口の減らない彼でさえ、その意見を否定する事は出来なかった。

 

 震えるグガランナに対して、イシュタルの口撃は続く。

 空中で行われるひたすらな罵倒。

 それをBGMにしながら、彼らは対峙した状況に意識を戻す。

 

 ―――弛緩していく空気。

 それは確かにこの場を勝利で終わらせた、という事実に裏打ちされていて。

 

 そんな中で、バキリ、と。

 崩れていく魔獣の中から、別のナニカが姿を現した。

 戦場のそこかしこで、その現象はどんどん広がっていく。

 

 再誕する命は、黒紫色の異形。

 頭部らしき部分に顔は有らず、口だけを持ち。

 腕の代わりに四本の大きな鉤爪を有する。

 そんな異形の化け物が、次々と生まれ落ちる。

 

「なんだ、新手か……!?」

 

「ぬ、戦場全体で発生しているのか……! いかん、余たちも散らばらなくては!」

 

 サーヴァントたちが戦闘態勢を復帰。

 戦場全体で新たに魔獣が生まれるなら、戦線を再構築しなくてはならない。

 すぐさま彼らは、周囲へと走り出した。

 

 しかし、化け物たちはきょろきょろと周囲を見回すばかりで動かない。

 

「―――なんだ、こ奴ら。状況が掴めていない、のか?」

 

 だが、いつ襲ってくるかも分からない。

 サーヴァントたちは敵を刺激しないように、しかしいつでも対応できるように動き出す。

 

 それを見送りながら、キングゥは小さく笑った。

 彼の前から戦力を減らすのは下策、だが。

 そもそもこの戦場における最強は既に、グガランナが持って行った。

 ならば大丈夫だ、という判断なのだろう。

 

「―――ゴルゴーンが消えようと、母さんの目覚めが近いことには変わりない。

 彼女が生み出した魔獣が、ティアマトの権能によって産み落とされたものだという事実も。

 なら、やり方を変えるだけさ。まだ、終わりなんかじゃない」

 

 新たな生命を見ながら、そう口にするキングゥ。

 そんな彼に対し、マーリンは微笑みながら言い放つ。

 

「そもそも虚数の海に沈んだ彼女が浮上してきたのは、人理焼却という異常事態が理由。

 なら、その現象を引き起こした魔術王の送り出した聖杯。

 それをキミから回収すれば、彼女は再び虚数空間ごと沈んでいくと私は睨んでいるわけだが」

 

「できるとでも?」

 

 彼が言い返した直後、空が金色に爆ぜる。

 それが恐らく、グガランナの頭部にイシュタルが攻撃したものだと理解して。

 キングゥが、ゆっくりと首を逸らして頭を上げた。

 

「―――そっちこそ。サーヴァントだけならいざ知らず、私のこの馬鹿牛を相手に何かできるとでも思ってるわけ? 確かに、アンタの出力は聖杯の分、エルキドゥより上なのでしょう。けど、こいつはアンタとギルガメッシュが力を尽くしてやっと倒せたものよ。アンタ独りでどうにか出来るなんて、思い上がりも甚だしい」

 

 山より高く積み重なった雲が、その身を大きく揺るがせる。

 しかし彼は力尽くで言う事を聞かされている神々の最終兵器。

 イシュタルに傅くその体が、幾分か小さく見えた。

 

 事実でしかない。

 エルキドゥという機体の性能は、当然グガランナには及ばない。

 ギルガメッシュと共に掴んだ勝利も、無数の奇跡の積み重ね。

 その上、ここにはグガランナだけではない。

 多数のサーヴァントが存在しており、こちらはゴルゴーンを喪ったばかり。

 

 目覚めた新たな魔獣は、ただじぃとして状況の推移を見守っている。

 それなりの戦力の魔獣―――否、新人類。

 それも数は揃っていない。魔獣を媒介に再誕したそれは、未だ数百体しかいないだろう。

 グガランナがその力を振るえば、一撃で全滅しかねない程度の数。

 

 つまり彼らに現状勝ち目などどこにもなく―――

 その事実を一切誤解なく完全に理解した上で、キングゥは眼を見開いた。

 

「黙れよイシュタル。お前の声も、ギルガメッシュの名前も、ボクには耳障りなんだ。

 ―――どうにかできると思っているか? 知った事か。

 お前たちこそ、今ここから生きて帰れると思うなよ。ボクは、怒っているんだ」

 

 キングゥのその言葉に、イシュタルが目を細める。

 エルキドゥと同じ顔から放たれたとは思えない言葉と怒気。

 それは決して、心地の悪いものではない。

 

 むしろ、エルキドゥよりも余程彼女好みでさえあって。

 しかし――――

 

「……そう。いいわ、キングゥ。

 エルキドゥとは似ても似つかぬ、ティアマトを騙りしゴルゴーンの子。

 生憎だけど私は親子の情、なんて優しいものに流されてあげる気はない。

 間違いなく、今度こそ、その泥の体を私のグガランナで八つ裂きにしてあげる――――!」

 

 そうして、イシュタルの号令によって嵐の蹄が振り落とされる。

 それと、まったく同時。

 

 ―――周囲に存在していた新たな魔獣たちが、一斉に走り出した。

 

 

 

 

「……まあいい、ここで造るつもりはなかったが」

 

 彼方の戦場で吹き荒れる嵐。

 グガランナの齎す破壊の余波が、ギンガのマントを大きくはためかせる。

 倒れ伏した門矢士から視線を外し、彼はディエンドを見据えた。

 

「返してもらおう。それは、俺のウォッチだ」

 

「お断りだ。これは、僕が手に入れたお宝さ」

 

 発生するエナジープラネット。

 それを構えながら、ギンガが悠然と歩み始める。

 ディエンドの手が、ウォッチを掌の中で弄ぶ。

 

 彼が逃げるためにドライバーの操作をするには。

 まず手にしたウォッチをしまい、カードを手にする動作を挟む必要がある。

 この状況下では、その工程さえも大きな隙だ。

 スウォルツはその瞬間、彼に王の力を叩きつけるだけでいい。

 

 じりじりと距離を詰め、離し、動きを窺い合う二人。

 

「どいつもこいつも、人の力を、本人放って勝手に奪い合いやがって……!」

 

 体を引きずり、木陰によって、門矢士がその二人に向かって吐き捨てる。

 息荒く、その場で留まる彼。

 先に吹き飛ばされたライダーウォズの様子を見てみれば、既に消えた後。

 ディエンドの行動を見て、一時撤退を選択したのだろう。

 

 ―――拳を握る。

 その時自分の中に渦巻く力を感じて、門矢士は僅かに眉を上げた。

 どうにかしてこれを使って、と。

 

 そんな思考をしていた彼が、何か迫ってくるものを感じる。

 彼方から迫りくる、超火力。

 炎の翼の熱気を感じて、彼は顔を引き攣らせて体を伏せた。

 

 ―――灼熱の弾丸。

 否、炎上する女神ケツァル・コアトルが、その場に突っ込んでくる。

 目掛ける先はただ一点。

 当然のように、仮面ライダーギンガ。

 

「ぬ……ッ、貴様……!?」

 

 ディエンドに意識を向けていた彼が、不意を打たれる。

 

 ケツァル・コアトルほどの怪物。

 それによる突撃を見過ごすわけにはいかない。

 彼女ほどの存在が正面から激突すれば、ギンガの装甲とて無事では済まない。

 彼は即座に体勢を変え、両腕を炎に向かって突き出した。

 

 エナジープラネットで逸らせ―――ない。

 絶妙なまでの力の掛け具合で、ギンガとケツァル・コアトルが鍔迫り合いに入る。

 

「ちょこまかと色々やってたみたいですけど!

 これ以上やらせるわけにはいきまセーン!」

 

「チィ……! この世界で小細工していた奴が狙いなのであれば、俺ではなく……!」

 

 スウォルツは嘘偽りなく、この世界に仕込みなどしていない。

 あくまでソウゴの状況を観測するために居ただけだ。

 もちろん、この女神がその特性から自分に目をつけている、と理解していた。

 だから、余計な戦闘も避けて、わざわざ表にも出なかった。

 だというのに、この面倒ごと。

 

 その発端である海東大樹が、ひらひらとアナザーディケイドのウォッチを振る。

 

「おっと、僥倖だね。じゃあね、スウォルツ。それに士」

 

 ディエンドは即座にその場から切り返す。

 バビロニアの壁を一望できる高台から飛び降りて、スウォルツの視界から消えた。

 

「あいつ……!」

 

 地に伏せながら、士が歯を食い縛る。

 

 ギンガが何とかケツァル・コアトルを押し返す。

 互いに太陽の熱で炎上しながら、距離を取り合って―――

 

「おい、鳥蛇女! 今はそっちより降りてった馬鹿の方が問題起こしてるんだ!!」

 

「―――、アナタ、よくジャガーと遊んでた……」

 

 士に声をかけられて、ケツァル・コアトルが静止する。

 南米エリアに来て、ジャガーと戯れていたマゼンタの戦士。

 その覚えられ方に眉を吊り上げて。

 しかし状況はそんな事を言っている場合ではない、と理解しているので。

 

「それはいいから、早くあいつの方を追いかけろ!」

 

「――――フン」

 

 そこで彼女が止まった瞬間、ギンガが周囲に紫色の光を纏う。

 そのまま光の球体に変わった彼が、すぐに飛び立った。

 空中に門のようなものを開き、消えていく姿。

 

「っ、しま……!」

 

 一瞬後にはもう痕跡も残らない。

 少しだけ止まった彼女は士の方を振り返り―――

 その瞬間、いま立っている大地が震撼した。

 

「うお……!」

 

 この高台が崩落しかねない破壊。

 横に視線を送れば、こちらを目掛けてグガランナの力の放出が行われている。

 そのまま破壊が継続すれば、こんな場所すぐに消えてなくなるだろう。

 

「掴まりなサーイ!」

 

 ケツァル・コアトルが士を掴み、飛翔した。

 そのまま離脱し、バビロニアの壁の方へと飛んでいこうとする彼女。

 そんな彼女の全身を、全霊の悪寒が貫いた。

 

 

 

 

 ―――彼らの目的は一つだった。

 

 いまなお微睡みの中にいる母を、目覚めさせること。

 ゴルゴーンは失敗した。キングゥは失敗した。

 挙句、キングゥは母の覚醒よりも自分の感情を優先して動いている。

 だから彼らは、もうそれに期待するのはすっぱりと諦めた。

 

 母が行った、欠伸のようなほんの小さな揺らぎ。

 それで発生した彼らの数は、数百。

 ゴルゴーンの魔獣を糧に生まれた彼らの数はとても少なく……

 よく考えて動かなければ、すぐに全滅するだろうということは分かっていた。

 

 だから。

 バラバラになって逃げた。

 キングゥが感情に任せて暴れるのと同時、彼らは全員で四方に散った。

 多くのものは討ち取られるだろう。

 それでも、母を呼び戻すために彼らは彼らが出来ることを目指し―――

 

「ッ、逃がすなグガランナ! まずはアイツらを潰しなさい!!」

 

 事態を。彼らの正体を看破しているイシュタルが叫ぶ。

 それも無茶ではあるまい。

 グガランナならば、キングゥを相手にしながら彼らを全滅させて余りある。

 だからこそ、彼らは僅かにでも生存率を上げるために四方に散ったのだから。

 

 雷霆が熾る。大地が震動する。嵐の蹄が荒ぶる。

 そうして、悉くを灰燼に帰す暴虐が振るわれて――――

 

「――――――――――!!!」

 

 天の牡牛が咆哮した。

 彼はイシュタルの命令を遵守する。

 目標は、逃げ出した彼ら。

 それは確かに最優先のものとして扱って。

 

 しかし、もう一つ。

 天の牡牛自身が、あれも狙わねばならぬ、と。

 その全身全霊の怒りを解放して、狙ったものが射線上にあった。

 

 雷霆が駆け抜ける。

 大地を裂き、燃やし、噴き上がる砂塵は嵐に切り裂かれる。

 それに巻き込まれて、多くの同胞が四肢散開。

 残骸を宙にばらまいて、それさえも蒸発させられた。

 

 たったその一撃で彼らのうち、何人が死んだだろうか。

 いや、数百のうち何人ほどが生き残れただろうか。

 だが、全滅はしていない。

 

 偶然だろうと何だろうと、少なくとも“彼”は生き残っていた。

 すぐ横を通り抜けていった雷撃。

 それが焼き切った大地に残る、灼熱する攻撃痕。

 もう少し横を走っていたら、彼もあっさりと蒸発していたことだろう。

 そんな紙一重で命を拾った彼が、よたよたと体を起こす。

 

 ―――そうして、頭を上げて。その先に見つける。

 彼の横を通り過ぎていった一撃が、何に中ったのかを。

 どうやら高台から飛び降り、着地した直後だったらしい、一つの人影。

 

 天の牡牛の怒りを直に向けられ、雷撃を受けたシアンの装甲。

 それを纏った人間が、小さく身動ぎする。

 

 驚愕だ。

 あの天の牡牛の一撃を浴び、生きている人類がいるだなんて。

 彼は、この状況においても特に驚いた。

 

「っ、……やって、くれるじゃないか……暴れ牛くん……!」

 

 彼は片手に持った銃に、カードを差し込もうとして。

 ―――その手に、何か持っていたはずのものを持っていないことに気付いた。

 そういう様子を見せたのだ、と。彼も理解した。

 

「ちぃ、ウォッチ……!」

 

 シアンの鎧が周囲を見回す。

 その失ったものを探すように。

 そんな彼の様子を見ていると、からからと音を立てて、彼の前に何かが転がってくる。

 丁度人間の掌に収まるくらいの、小さな何か。

 

 彼は手を伸ばす。

 巨大な鉤爪のような腕を器用に操り、それを掴み取り。

 

「――――! 返したまえ、それは僕のお宝だ!」

 

 彼は見る。それを見る。なんだろう、憶えがある。

 そこに描かれた顔に、憶えがある。

 彼の素材になった、ゴルゴーンの魔獣だった頃の記憶だろうか。

 

「33、[email protected]@l.7zz:q7z」

 

 そういえば、あのシアンの鎧もよく似ている気がする。

 ならば、これもそうなのだろうか。

 これがあれば、自分もあの天の牡牛から逃れることが出来るのだろうか。

 母を目覚めさせるまで、活動していられるのだろうか。

 

 鉤爪が器用に、ウォッチを撫で回していく。

 そうして、カチリ、と。

 

〈ディケイドォ…〉

 

 彼の体に、アナザーディケイドウォッチが沈んだ。

 

「この……!」

 

 変貌していく。新しく生まれた彼が、新たなる姿に。

 マゼンタとホワイト、ブラック。

 幾つかの色で分かれた、次元戦士を模した異形に。

 悪魔のような角を持つ、世界の破壊者に。

 

 ディエンドの銃撃が彼の装甲で火花を散らす。

 その程度の攻撃、もはや何の意味も無く。

 

「fff、fff! ffffffffff! e:.、e:.、e:.!

 fft@<].f@d9i! 6bdieb4! 6bdieb4!」

 

 鎧の性能を理解して、狂喜する。

 彼が、アナザーディケイドが。

 自身が渡るために、銀色の幕を開く。

 

 母は起きられない。では、夢の世界に起こしに行こう。

 母は虚数の海から出られない。では、世界を渡るこの力を母に上げよう。

 もう、誰も、彼女の世界を止められない。

 

 アナザーディケイドが、銀色の幕の中に消える。

 

 

 

 

 迸る絶殺の一撃。

 不意打ちの危険など、彼は一分たりとも考えていなかった。

 夢の世界に漂う夢魔が、胴を撃ち抜かれて喀血する。

 

「な、……! 夢の、世界に、直接……!?」

 

 驚愕するマーリンの声。

 撃ち抜かれた胴体を中心に赤黒く染まり。

 しかしすぐに、それは金色の霧となって消え始めた。

 

「6f94! 6f94! ff9、6f94!

 m46g.d@tyq@9! m4fd@/.d@tyq@9! m4、60op.d@tyq@9!」

 

 蹴撃でマーリンの腹を撃ち抜いたアナザーディケイド。

 彼は相手に突き刺した足を引き抜くと、そのままマーリンを蹴り飛ばした。

 退去が始まり、流されていく彼を背に。

 その異形は、歓喜するように大きく手を振り上げた。

 

 微睡みの中にいた母が目覚める。

 それだけで、残っていたマーリンの意識が捩じ切られた。

 五体を引き裂かれ、夢魔は表情をきつく顰める。

 

「―――まさか、こんな。くっ……!

 余裕を作った、と思っていたんだが……こんなかたちで、ッ!」

 

 酷く口惜し気に、彼はそう言い募り。

 しかし次の瞬間には夢魔の体は八つ裂きにされ、散っていった。

 

 直後。

 夢の中の母がゆっくりと身を起こして、彼に近付いてくる。

 彼女の頭部が竜のように変形し、徐々に顎を開いていく。

 彼をそのまま、丸呑みにするような姿勢だ。

 

 それを前にしても、彼に思う事はない。

 元から彼は母の一部。

 それが元に戻るだけなのだから。

 

 母が彼を口にして、彼が母の中に溶けていく。

 彼が手にした力も同様に、母の中へと溶けて混ざっていく。

 

 全ての母が、瞼を開く。

 創造の神が、瞼を開く。

 世界の破壊者が、瞼を開く。

 

 外に待っているのは、母を忘れ去って消える世界。

 忘れられて消えるはずだったものを残すため、彼は破壊者という使命を帯びた。

 

 だから、取り戻そう。

 忘れられて消える筈だった(せかい)を、もう一度蘇らせるために。

 全てを破壊して、再び蘇らせる。

 それが世界の破壊者、ディケイドなのだから。

 

 

 

 

 ―――ペルシア湾海上。

 そこに、巨大な銀色の幕がかかる。

 溢れ出してくる、黒い泥。

 それが海を瞬く間に侵食し、どす黒く染めていく。

 

 泥の中から、彼女が生み出す新たな命が芽生えだす。

 女神ティアマトの織り成す新たなる生態系。

 この星を新生させる混沌の海。原始生命の素。

 

 彼女こそは原初の女神、ティアマト。

 神に討ち取られた後、その体を人界の創造に使われたもの。

 だが、その創造が終わった後、彼女は廃棄された。

 どこでもない、生命の存在しない地平。虚数世界へ。

 

 創造、創生は彼女の生態だ。

 人が呼吸をやめられないように、彼女は命を生み出す事をやめられない。

 この惑星に今の生態系が確立された以上、これ以上新しいものはいらない。

 その時点で、彼女は必要がなくなった。

 

 ―――いや、地上にいてはならぬものへと変わってしまった。

 無限に命を生み出し続ける彼女は、最早この星にとって害悪にしかならなくなった。

 

 だから、排除された。

 

 なぜ。

 なぜ子を生み、愛する喜びを排斥されなければならない。

 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。

 

 答えはない。答えは、もういらない。

 戻っておいで、と。

 もう、彼女は声を上げない。

 

 彼女は原初の女神。世界を始めるもの。

 

 ―――彼女は世界の破壊者。世界を終わらせるもの。

 

 だから、今の世界は壊そう。

 彼女は世界の破壊者として今の世界を破壊して。

 そして、また新しく始めればいい。

 原初の女神として、新たに愛するべきもので世界を満たそう。

 

 彼女が顔を上げて、彼方に見えるウルクを睨む。

 竜と悪魔が混ざり合ったような、黒とマゼンタの貌。

 

 彼女の名は、原初の女神ティアマト。

 彼女の名は、世界の破壊者ディケイド。

 

 ―――彼女の名は、アナザーディケイド激情態(ザ・ビーストⅡ)

 

 全てを破壊し、全てを自分の許に繋ぎ直す。

 創造と破壊の神である。

 

 

 




 
・アナザーディケイド激情態(ザ・ビーストⅡ)

 眠りから目覚める事なく。虚数の海から這い上がることすらなく。
 次元戦士の力を手に入れ、世界を渡り地上へと帰還した母なる女神。
 創造の前に破壊あり。破壊の後に創造あり。
 創造せしものこそ、彼女が愛すべきもの。

 ―――しかし。
 愛するものが、彼女の元を離れる時がもし来たならば。
 再び彼女は、破壊から全てをやり直す。
 彼女は愛するものが旅立つことを許さない。
 彼女という巣から飛び立つことを許さない。

 創世の女神ティアマトにして、世界の破壊者ディケイド。
 彼女がその眼に映す世界はたったひとつ。
 己が望む世界に創造と破壊を巡らせて、その瞳は何を見る。
 
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