Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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スタート・オブ・ディエンド2009

 

 

 

「……この本によれば。普通の高校生、常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 遠くに見えるは海上に聳え立つ、災厄の神。

 アナザーディケイドと化した、原初の女神ティアマト。

 

 その光景をバックに、『逢魔降臨暦』を手にした青年。

 黒ウォズが、開いた本の頁を一枚めくる。

 開いた頁にゆったりと視線を這わせ、彼は一つ苦笑。

 

「どうやら、世界が終焉を迎える時が来たようです。

 ああして姿を現したのは、世界の破壊者アナザーディケイド。

 その力を手にしたのは、原初の女神にして災害の獣。

 回帰の人類悪、ティアマト」

 

 ぱたり、と。

 彼は片手で本を閉じると、それを脇に抱えてみせる。

 

 彼方で、アナザーディケイドが動作を始めた。

 湧き立つ海から溢れ出す、無数の怪物。

 それらがふと、黒ウォズの方へと口だけの顔を向けてくる。

 

 そんな事を気にもせず。

 視界を埋め尽くしていく黒紫の魔物に背を向けて、溜息交じりに彼は歩き出した。

 

「―――まさか、ここでアナザーディケイドが造られるとはね。

 やれやれ、海東大樹も随分とやってくれるものだ」

 

 ガサガサと四本の鉤爪が大地を削る。

 数え切れぬ怪物の疾走は、全て黒ウォズを目掛けてのもの。

 彼は、それをやはり気にもせず。

 

「いいのか、このままで」

 

 ―――声と共に、手刀が閃く。

 数十と駆けつけてきた化け物が、瞬く間に切り裂かれて崩れ落ちた。

 その死骸を踏み潰して。

 黒いマントを纏った緑の戦士が、歩き去ろうとしている黒ウォズに問いかける。

 

「――――若き常磐ソウゴをそう侮るものではないよ、カゲン。

 私たちは、本当に助けが必要な状況なら助ければいい。そうだろう?」

 

 振り返らずにそう告げて、黒ウォズはストールを一振りした。

 渦巻く布に包まれて、彼の姿は消え失せる。

 

 取り残された緑の戦士は、そちらを一瞬だけ振り返り。

 すぐに視線を戻し、黒い海に顔を向けた。

 止め処なく増殖を続ける怪物の海。

 彼は少しの間だけそれを眺め―――首を回しながら小さく鼻を鳴らし、踵を返した。

 

 

 

 

「……母さん!」

 

 ケツァル・コアトルが、彼方に現れた神に目を見開く。

 だが何故。何故あの場に?

 彼女は虚数の海から浮上したわけではない。

 どういったわけか、そのまま世界を渡ってきた。

 

 ならば、このバビロニアの壁。

 あるいはウルクに直接降臨する事だって、出来たはず。

 最初にあの付近に行く必要があった?

 ペルシア湾に近いのは、むしろ彼女の領域であるウルやエリドゥ―――

 

「――――しまった、マルドゥークの斧!?」

 

 彼女の神殿のあるエリドゥ。

 そこに置かれた、女神ティアマトの首を斬り裂いた神具。

 それは確かにティアマトに対する、最大の武器となりえるものだ。

 だからこそ、彼女は真っ先にそこに降り立った。

 

 歯を食い縛り、ケツァル・コアトルが周囲を見渡す。

 発見するのは地上を走るジャガーマン。

 いかに彼女の足であっても、空を行くケツァル・コアトルやキングゥには一歩譲る。

 彼女は遅れてこの場に到着して、その瞬間に人間を放り込まれた。

 

「おっ!? なになに、捧げもの? あ、ピンク男!」

 

「っ、マゼンタだ……!」

 

「ジャガー! 私はエリドゥに戻るわ、アナタはみんなと合流なさい!」

 

 神威を上げる。ここで燃え尽きても構わない。

 どちらにせよ、エリドゥが呑まれれば彼女の神殿も崩壊する。

 そうなればこれほどの神威を保ってはいられない。

 彼女が全力でティアマトにぶつかれるのは、最早エリドゥが沈むまでの短い時間に過ぎない。

 

 マルドゥークの斧を振り上げられれば。

 その刃で、彼女に瑕を与えられれば。

 如何にティアマトとはいえ、ティアマトだからこそ。

 あの斧に与えられた瑕だけは、致命傷になりえる。

 

 空を斬り裂く流星になって、彼女は自身の領域へと帰還した。

 

 ―――そこに広がる、地獄絵図。

 ティアマトの浸食海域から生まれたものが、そこに氾濫している。

 彼女が領域に抱えていた人類は、彼らの殺戮の対象。

 よく分からないけど、殺していいものとして扱われる。

 

「ッ!!」

 

 それでも、彼女にそちらを構う暇がない。

 化け物たちは既に斧に取り付き、斧を倒し始めていた。

 幾万の化け物は力を合わせ、母を殺し得る斧を傾けてしまっていた。

 

 ざぶざぶと、泥の海が大きな波紋を広げる。

 倒れたマルドゥークの斧が、混沌の海に沈んでいく。

 その光景を眺めながら、喜色も顕わに怪物たちは哄笑していた。

 

 次に目を付けられているのは、彼女の神殿。

 あれらに群がられれば、そのうち砕かれるか。

 そうでなくとも泥に呑まれれば、溶かされるだけだ。

 

 彼女の神性を保証し、神格を維持する“太陽歴石(ピエドラ・デル・ソル)

 神殿の要石を放置することはできない。

 だが、最早あれを持って逃げたところで意味はない。

 ティアマトが広がってしまえば、それこそ勝ちの目は目減りしていく。

 

「――――マルドゥークの斧を取り戻す! 例え今ここで、私が燃え尽きようとも!!」

 

 ケツァル・コアトルが進路を下へ。

 目指す先は神殿。

 太陽歴石を目掛けて、既に怪物たちは群がり始めていた。

 だがそんなものたちが、今のケツァル・コアトルを止められるはずもない。

 

 近づくだけで蒸発させられ、神殿一帯の連中が消滅した。

 数千、それだけの怪物が焼けて死に。

 数秒と待たず、同じだけの怪物が海の中から新たに生まれてくる。

 

 そんな光景に目を細めながらも、彼女は神殿の要石を持ち上げる。

 その状態で飛翔した彼女は、動きを止めているティアマト神へと顔を向けた。

 動かないのは、マルドゥークの斧の確保を最優先にしているからか。

 絶対に奪われないように、と。

 

 本能だけで動く彼女がそうしている。

 その事実こそが、あの斧の有効性を保証しているとさえ言えるだろう。

 

「―――――――」

 

 悪魔竜。

 そういった風貌と化した母の緑の目と、視線を交わす。

 眼が合うことは、ない。

 彼女はもう、旧態の世界を見ていない。

 

 これをティアマト本体に―――当てても、そう意味はあるまい。

 都市一つ灰燼に帰す火力がこれにはある。

 が、そんなことで止まるような神ではない。

 

 ならば、これで泥の海を一気に蒸発させる。

 こうなった以上、マルドゥークの斧は必須のものだ。

 それだけは、奪わせるわけにはいかない。

 

 既に泥の海に呑まれた、というのであれば。

 その海を蒸発させてでも、あれは引きずり出さなければならない。

 

「……母さん、その斧を。

 いえ―――今の人間のための生存圏を、返してもらうわ!!」

 

 石を抱え、炎上する翼ある蛇。

 その石は門であり、繋がる先は彼女の真体。

 太陽の女神の権能を現界まで引きずり出し、ケツァル・コアトルが跳んだ。

 

「“太陽歴石(ピエドラ・デル・ソル)”―――――!!!」

 

 ツイストしながら、太陽神が己が権能を投擲した。

 それは高速回転しながら泥の中へと叩き込まれ―――

 一瞬、顕現する太陽の一部。

 その熱量が泥の中で破裂して、あらゆる生命を灼き払う。

 

「―――――――!!」

 

 ティアマトが叫ぶ。彼女が地上まで拡げていた世界が蒸発する。

 如何にこの星の創世の女神であろうとも。

 太陽の熱を前にすれば、生命の海であろうと蒸発するより他にない。

 太陽の熱の中で、新たな生命など生まれるはずもない。

 

 地獄よりなお燃え盛る豊穣の灯り。

 だがそれは近づきすぎれば、全てを灼き尽くす劫火でしかないのだから。

 

 神性が下落する。

 ケツァル・コアトルの神格を支えていた神殿を失い、力が抜けていく。

 それでも並みのサーヴァントよりは強いだろうが―――

 

「……! っ、見えた、マルドゥークの斧……!」

 

 それを呑み込もうとしていた泥が全て焼け落ちて。

 巨大な斧が、地面に転がっているのを見つけた。

 泥を灼き尽くす太陽の顕現の中にあっても、その斧が焼け付いた様子はない。

 

 それほどの神具だからこそ、ティアマト神に対抗できる。

 やるべき事はそれの回収。

 

 ケツァル・コアトルがそのまま眼下に向かって加速。

 ―――しようとした瞬間、雨が降る。

 大地の中で編まれた、神具に等しい武具の雨が。

 

「キングゥ……!?」

 

「――――ふん」

 

 鍔迫り合いなど成立するはずがない。

 今まさに力の大半を失った彼女に、聖杯で補強されたキングゥは倒せない。

 咄嗟に守りに入った彼女は、一度の攻撃で容易に吹き飛ばされた。

 

 キングゥは追撃など仕掛けずに、地面に倒れた神斧を見落ろす。

 彼の腕から垂れる鎖が、その柄に向けて伸ばされた。

 彼ならば、この超重量さえも持てるだろう。

 だから持ち上げて、泥に侵されたペルシア湾に捨てればそれで終わり。

 

「予定とは違ったけれど、母さんが目覚めたんだ。

 これで終わりだよ、キミたちは」

 

「ハ―――! あんだけ息巻いて喧嘩売ってくれた後でしょ?

 この私が! やっぱ止めましたで! ただで済ます筈がないでしょうが――――!!」

 

 そのキングゥごと轢き潰すように、牡牛のカタチを取る嵐が襲来した。

 ティアマトを中心に拡がる、ペルシア湾から逆流する浸食海洋。

 しかし、神獣グガランナこそはそこに繋がる河さえも干上がらせるもの。

 浸食海洋の逆流を、神獣による干ばつが塞き止める。

 

「ちぃ、イシュタル……!」

 

 そんなものの激突に巻き込まれれば、キングゥとて宣言通りに八つ裂きだ。

 舌打ちしつつ、彼がティアマトとグガランナの衝突から逃れる。

 超級の怪物二体が、状況を変え得る神斧を挟んで、正面から激突した。

 

 その衝撃に巻かれ、吹き飛ばされるケツァル・コアトル。

 きりもみ回転しながら墜落する彼女を、跳躍した獣が捕まえた。

 

「ほいキャーッチ! へいへいククルん弱ってるー!

 へっへっへ、安心なさい。

 私はライバルが弱ったとこを不意打ちなんて、時々しかしないのです!」

 

「ッ、ジャガー……! アナタ、どうやって……!」

 

 ジャガーが抱えているのは彼女だけではない。

 先程渡した人間を、未だにもう片手に抱えていた。

 ぐわんぐわんと高速でシェイクされつつ、ジャガーの着地の反動で更に揺れる。

 そのまま女神と人間は放り投げられ、地面に転がった。

 

「っ、お前、着ぐるみ女……! もう少し優しく運べないのか……!」

 

「ピンクメーン、言うじゃないのピンクメーン。

 ジャガーは荒ぶる獣、宅配便ならネコにやらせるべきなのよ。クロネコに」

 

 抱えた荷物を放った手に、彼女は肉球棒を呼び出した。

 

「あっちの戦場も混乱したけど、ゴルゴーンの魔獣は実質全滅。

 すぐに体勢を整えて、この状況に対する情報の精査に入るはずよ。

 つまり一回、ウルクに全員集合ってわけ」

 

 着ぐるみのフードを下げて、彼女は軽くストレッチし始める。

 外見に似合わぬ程度に迸る悍ましい神威。

 それらで眼光を赤く染めながら、彼女はいつものように微笑んだ。

 

「ククルんはそこのピンクメンと一緒にそっちに行ってらっしゃい。

 ここは私とイシュタルさんで何とかするから。

 他の連中はともかく、あのグレートマザーはグガランナじゃないと止められないし。

 神格がた落ち魔力かつかつの今のククルんじゃ、下手したら雑魚にも負けちゃうもの。

 そうなるよりは、あっちのメンバーに今の状況説明したげてくれた方がいいし」

 

「ジャガー……!」

 

「あ、なんか天啓が降りてきた。決め台詞かしら?

 よし、今からカッコいい事言うわよ? ふふ、よくわかんないけど絶対カッコいい奴!

 ああ。時間を稼ぐのはいいが───別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?

 どう!? ねえ、どう!? カッコよくない!? じゃ、行ってくるから!」

 

 言いたい事を言い切って、彼女は一気に体を沈ませた。

 狩人の跳躍。

 それが行われた瞬間、彼女は疾風の如く奔る爪へと変わっていた。

 引き裂かれる氾濫する怪物たち。

 

 ケツァル・コアトルが体に力を入れ―――しかし。

 確かにもう魔力が限界だ。

 神殿と引き換えにとはいえ、一時的に真体まで引き出したのだ。

 それも仕方ない、が。

 

「……仕方ありません。この情報は、一刻を争うもの……退きマース!」

 

「―――その前に」

 

 抱えようとした人間が、彼女の手を掴む。

 まるで、彼女の行動を止めるように。

 そのまま彼は空いた手を、虚空へとゆるりと伸ばす。

 その手の先に展開される、銀色のカーテン。

 

「……ウルクまでは俺が運んでやる。今のうちに、無事そうな連中をかき集めてこい」

 

 驚いたような目で、彼を見下ろすケツァル・コアトル。

 そうした彼女が、目を細めて頷く。

 

 疾走するジャガーの狩りの現場を見下ろして、僅かにイシュタルが眉尻を上げた。

 彼女の態度に思うところなどあるはずないのだが。

 

「……何いまの感覚。全力でジャガ村先生から喧嘩売られた気がする。

 ―――ま、どっちにしろ順番通りね。

 ぶちのめすにしたって、喧嘩を売られた順番がある。そこを守らなくちゃ舐められる。

 ええ、だから。真っ先に蜂の巣にしてあげるわ、泥人形――――!!」

 

「幾ら喚いたところで差は埋まらないさ。グガランナは母さんの歩みを遅くできるが、それだけ。そしてキミはボクの足元にも及ばない。

 結果は見えてるんだよ、イシュタル。その頸を斬り落として、四肢を串刺して、旧世界を代表する出来損ないの女神として、オブジェにして飾り付けてやるよ――――!!」

 

 アナザーディケイドが咆哮する。

 グガランナが雷霆を呼ぶ。

 二体の巨神が激突し、その衝撃だけで生み出される怪物たちは弾けていく。

 

 その生命を磨り潰す嵐の中で、天の鎖が舞い、金星の女神がそれを撃ち抜いてみせる。

 

 ―――戦場が停滞する。

 ティアマトが生み出す怪物の思考はいま、ひとつ。

 母を殺し得る刃を、確実に海に沈めること。

 だから全ての怪物は、今この時に限りマルドゥークの斧に目掛けて殺到する。

 

 だがマルドゥークの斧を挟み、巨神が激突し合っている。

 その衝撃に耐え切れるものなど、一匹たりとも存在しない。

 巻き込まれずに浮ついた数少ない怪物は、ジャガーマンに狩り尽くされる。

 

 その衝突に僅かでも割り込める可能性のあるキングゥは、イシュタルと激突している。

 

 これは、停滞だ。

 やがて、いつか、簡単に、堰が切れたように一方に傾くだろう。

 だが、いま、確かに。確かに、ここで災厄の獣を停滞させていた。

 

 

 

 

 轟音。

 それに対して、ジグラット内の兵士たちが大きくざわめく。

 片手を軽く振ってそのざわめきを鎮圧。

 軽く息を吐きながら、ギルガメッシュは入口へと視線を向けた。

 

「王様! 何がどうなってるか分かる!?」

 

「今それを精査するための情報を集めているのだ、馬鹿ども。静かにしろ」

 

 雪崩れ込んでくるカルデア、のみならずギルガメッシュのサーヴァントたち。

 天草に誘導され、外への警戒に連れ出される牛若丸。

 その両名のみ除き、全ての戦力がジグラットに集結してくる。

 

 それを見渡して、彼は溜息を吐いた。

 ふと、その視線が立香の抱えた天命の粘土板を見つける。

 その事実に片目を瞑り、肩を竦めるギルガメッシュ。

 

「―――貴様たちカルデア側の観測も後で報告してもらう。

 さて、報告を続けろ」

 

「は、はっ! ウルクを飛び越して、グガランナと共にペルシア湾まで直進したイシュタル神ですが、海上に出現した怪物と激突。炎の翼らしきものも確認されたため、恐らく、ケツァル・コアトル神もそちらに向かわれたのかと……!」

 

「ふん、神が揃いも揃って無策突貫か。まあよい、状況を見るに最善だったのだろうよ。

 バビロニア防衛隊、並びにエレシュキガル攻略隊。貴様たちもわざわざここに来たのだ、成果を報告せよ」

 

 兵士たちに向かって手を振るギルガメッシュ。

 その動作に応え、兵士たちは動き出した。

 足早にジグラットを退去していく兵士たちを見送って、オルガマリーが口を開く。

 

「……私たちは女神エレシュキガルとの交渉に成功。

 協力を取り付けました。

 その後、ゴルゴーン……最後の三女神、ティアマトの侵攻を聞き、バビロニアに合流」

 

「イシュタル神の天の牡牛の乱入等ありつつ、しかし。

 アナ殿と相打ち、という形になりましたが……ティアマト神の討伐にその場で成功。

 ティアマト神の消滅後、今までの魔獣の代わりに別の魔獣の存在を確認しました。

 続けて、その魔獣及びキングゥとの戦闘に入ったのですが、突然マーリン殿が消滅。

 その後、キングゥ及びイシュタル神が天の牡牛を引き連れ、離脱。

 状況が掴み切れず、こうしてジグラットに帰還した次第です」

 

 ギルガメッシュのサーヴァントとして言葉を引き継ぐレオニダス。

 彼の言葉を聞き、数秒。

 それだけ止まってから、再び王は口を開く。

 

「マーリンは途中退場、か。

 では、カルデアの。貴様たちが観測できている範囲の報告をよこせ」

 

 王に問われ、ロマニが映像で姿を映す。

 その状態で呼吸を整えて。

 彼は、いま至急カルデアの総力を以て集めている情報。

 そこに確認された事実を開示した。

 

『―――ああ、まだ観測途中だけど。しかし、一点。

 いま、カルデアではクラス・ビーストの霊基反応を観測した。

 位置はペルシア湾海上。サイズは、60m前後』

 

 ビースト、と。その名を聞いた王は僅かに目を細め。

 

「60m、意外と見慣れた巨大ロボットサイズ……」

 

 立香がそう呟いて、眉を顰める。

 一番近いのはワイルドジュウオウキングだろうか。

 それほどのサイズの、怪物。

 そんなものとこれから、戦わなければならないということだろう。

 

「なに? そのサイズの機神が見慣れているだと……?

 ええい、貴様ら一体どこを巡ってきたのだ……! こんな状況でなければ(オレ)専用の変形合体機能を備えた黄金機神を造らせるものを……! いいや。むしろこんな状況だからこそ、こんな事もあろうかと造っておくべきだったのだ。そうなれば此処で使える手が一手増えたものを……!」

 

「何に張り合っているのですか、王よ」

 

 口惜しげに顔を歪めるギルガメッシュ。

 シドゥリはその横顔に冷めた視線を向けつつ、溜息を一つ。

 

『……60m、といっても。それは恐らく真体のサイズ。

 存在規模はペルシア湾全体に拡がっていて、いまなお拡大中だ』

 

「は、流石は真のティアマト神、といったところか。

 どういった方法かは分からんが、復活してみせたらしい」

 

「あの、クラス・ビースト……って言うのは? サーヴァントの事、なんですか?」

 

『―――あ、いや、それは……』

 

「クラス・ビースト、即ち人類悪。

 人類悪とはな、文字通り人類の汚点。人類を滅ぼす災害どもの総称よ」

 

 ツクヨミからの疑問に対し、言い淀むロマニ。

 彼が口を開く前に、ギルガメッシュはその疑問への答えを口にした。

 

「それは人類史が紡がれるほどに、その根底に溜まっていく淀みのようなもの。

 人類という種の外部から襲い来るものとは違う、人類という種が発展するごとに同じく進化していく獣性。文明より生まれ、文明を滅ぼす終末の化身にして、人類が持つ自死の要因(アポトーシス)

 

 王が滔々と語るその物言いに覚えがあり、オルガマリーが口に手を当てる。

 儀式『英霊召喚』。ロンドンで、作家・アンデルセンが紐解いたその儀式の正体。

 人類を滅ぼす敵を討つべく行われる、大儀式。

 そこで聞いた話と重なり、彼女は反応を示す。

 

「―――冠位(グランド)が討つべき、敵?」

 

「なんだ、知っているではないか。

 そうとも。クラス・ビーストに対抗するものこそ、冠位を戴いた守護者。

 あれらに対抗するべく人理に後押しされたものだけが、あの獣性に対抗できる」

 

 ギルガメッシュがそこで一瞬だけ、マシュの頭にいる白い獣に視線を向ける。

 フォウはその場で軽く体を揺すってみせるだけ。

 

「……そのグランド・サーヴァントとやらがビーストとやらを呼んでいたら世話ないな」

 

 敵は、冠位魔術師(グランド・キャスター)ソロモン。

 この地に齎されたのは、彼が降ろした聖杯によって引き起こされた現象だ。

 人類悪を打ち倒すべき冠位が、人類悪を呼び覚ました。

 そんな状況に、呆れるようにアタランテが吐き捨てた。

 

「まったくな話だ。だが呼ばれたものは仕方あるまい。

 倒すか、滅びるか、人類悪が降臨した以上、二つに一つしか道はない」

 

 肩を竦めてそう返すギルガメッシュ。

 そうしている王に対し、ソウゴが問いかける。

 

「それで、そいつを倒せるグランド・サーヴァントってどこにいるの?

 どうやったら呼び出せるのか分かる?」

 

「ビーストが目覚めたというのに顔を出さんなら居ないのだろうよ。

 呼ぼうと思って簡単に呼べるなら苦労もしない。まったく、世知辛い話だ」

 

「ふうん、じゃあ俺たちでそいつを倒すしかないんだよね?」

 

「生き延びるためにはあれを倒すより他にない。

 そんな事は分かり切っている話だ。冠位がいるかいないかなど関係ない。

 当たり前の事を訊くな、雑種」

 

「それもそっか」

 

 ―――そこに獣が生誕し、どこにも冠位がいなくとも。

 彼らのやるべきことは変わらない。

 

 ギルガメッシュが玉座より立ち上がる。

 

「さて、それでどう倒すかだ。とにかく情報だ。

 イシュタルはどうでもいいが、グガランナが戦えるうちが期限と言ってもいい。

 ティアマト神に真正面から当れるものなど、あの神獣くらいしかおるまい」

 

 王がそう言って玉座に背を預け。

 その次の瞬間、その場に銀色の幕が現れた。

 身構えるサーヴァントたちの中、歩み出てくるのは二人。

 

 ケツァル・コアトルと、門矢士。

 そんな彼女たちの様子を見て槍を下ろし、フィンが女神に声をかけた。

 

「……どうやら、随分と消耗しているようだね?」

 

「―――ええ、神性は使い果たしてきたわ。

 引き換えにアナタたちの勝機は残せた、と思いたいところだけれど」

 

 そう言って深々と息を吐くケツァル・コアトル。

 地上最強にして三女神同盟最強。

 それほどの神威は、いま姿を現した彼女には見る影もない。

 

 彼女の隣にいた門矢士も、消耗し切った様子で溜め息を一つ。

 彼を見て、ソウゴが問いかける。

 

「ケツァル・コアトル、と。

 それ出してる、ってことは……やっと協力しにきてくれた、ってこと?」

 

「……ああ。ま、俺の力は奪われて、今はティアマトのところにあるんだがな。

 敵はティアマトで、アナザーディケイドで、ビースト、って奴なわけだ」

 

 やれやれと、そう言って彼は肩を竦めてみせる。

 は? と、オルガマリーが男を見て、顎を大きく落とした。

 いきなり来たディケイドの正体、らしき男。

 そんなことより、尋常ではない事実に思考が押し流される。

 

「ちょ、ちょっとあんた、待ちなさい。それは、何? つまり……!」

 

「ティアマト神はいま、ソウゴさんの持つディケイドのウォッチの力でしか、倒せない?」

 

 唖然とした様子で、マシュがそうこぼす。

 今まで見てきたアナザーライダーとはそういうものだ。

 最終的に、その力を砕くべくジオウが撃破してきた敵たちだ。

 ティアマト神さえも、そうなった、と。

 

「そうなるな。頑張ってくれ、魔王」

 

 彼はそう言いながら歩み寄ってきて、ぽん、と。

 どうしようもなさそうに、仕方なさそうに、ソウゴの肩を叩いてみせた。

 そんな彼を胡乱げな目で見つつ、ギルガメッシュが再度着席。

 

「こちらから動かずとも情報が増えそうで何より。

 さぞ、目の前が暗くなるような面白い話を聞かせてくれるのであろう」

 

 ―――そうして、彼らが現状を共有する。

 アナザーライダー、ディケイドの生成。その力。

 アナザーディケイドと化したティアマト神の覚醒と帰還。

 彼女という神の脅威。

 

 それを皆で共有したのちに、顎に手を添えて。

 難しい顔をした巴御前が、ぽつり、と。

 

「つまり……外殻となる、あなざーらいだーの力。

 それをソウゴ殿が砕いて初めて、ティアマト神に攻撃が加えられる、と?」

 

「そもそもの問題として、それは壊せる、のですかな?」

 

「今のとこ、無理じゃないか?」

 

 酷く渋い顔をした僧衣の巨漢、武蔵坊弁慶。

 彼の疑問に対し、ディケイドであった男がすっぱりと答えを返す。

 

「アナザーディケイドは、魔王が持つ俺の力で倒せる。

 だが、魔王が持つ俺の力だけじゃ、ティアマトは倒せない。

 二重の防壁を攻略して、初めてあれを倒す権利が得られるわけだ」

 

 サーヴァントに使用されたアナザーウォッチが霊基と癒着してきたように。

 いま、アナザーディケイドウォッチは、ティアマトの神核と完全に融合している。

 アナザーディケイドを破壊してから、ティアマトを撃破。

 あるいはティアマトを撃破して、アナザーディケイドウォッチを排出。

 そんな流れは、けして在り得ない。

 

「駄目ではないか。何をやっているのだ、貴様は」

 

「そんなこと俺に言われても。

 そもそも何でティアマトをアナザーディケイドにされちゃったの?」

 

 呆れるようなギルガメッシュの視線。

 その視線を向けられたソウゴが、それをそのまま士に回す。

 彼はそんな視線を受け止めて、肩を竦めて跳ね返した。

 

「色々あったんだ」

 

「その色々が何なんだって話でしょ……」

 

「色々は色々だ」

 

 オルガマリーの恨みがましい声をそう言って受け流し。

 彼は息を吐きつつ、背中を王宮の柱に預けた。

 そういう様子は隠そうとはしているが、事実として疲労困憊なのだろう。

 

「……だがまあ、ティアマト神に通じるマルドゥークの斧が無事、という点は朗報だ。

 考えられるのは、貴様とマルドゥークの斧による同時攻撃。

 ティアマト神に致命傷を与える武器と、アナザーディケイドとやらの致命傷となる力。

 それらを統合してぶつけるより他にあるまいよ。

 それが実際にあれの命に届き得るかは……やってみなければ分からんな」

 

「斧を確保さえできれば、何とか振ってみせるわ。

 今の私でも、グガランナの抑えさえ効いていれば、どうにか中ててみせる」

 

 ケツァル・コアトルが言う。

 だが神性が下落した彼女では、実際問題として相当難しい話だ。

 それを察したクー・フーリンが顔を顰めた。

 

「ただ振るだけでいいならどうにかなるだろうがよ。それで済むのか?」

 

「振るよか落とした方がいいんじゃないかい?

 その女神様が海の支配者なら、空を嵐で支配してんのは大牛の方なんだろう。

 だったら制空権を活かしてやろうじゃないか。

 アンタの翼竜と、アタシの船。そんでタイムマジーン。

 そいつらで吊って上まで持ってって、思い切り叩き付けてやった方がいいだろうさ」

 

「なるほど。確かに、そっちの方がいいかもしれまセン。

 その状態から私たちが全力で加速を乗せて、叩き付ける……

 後は、母さんとグガランナの衝突している状況で、どうやって斧を確保するか」

 

 ドレイクからの提案に、一理あると頷くケツァル・コアトル。

 だがその後に出した問題こそが最大の問題点。

 

「新しい魔獣もティアマトを守るために、その斧を確保しようとしてるんだよね?

 つまりもしどうにかして引っ張り出せても、今度は魔獣が全部私たちの方に襲ってくる」

 

「……最初に生まれた新しい魔獣はほぼ全て、グガランナが纏めて薙ぎ払いました。

 今も生産される連中の大半はグガランナの神威が薙ぎ払っているはずです。

 ですが、あれらは今までの魔獣よりも一体一体が強靭。

 多勢に無勢でこちらが先に瓦解する可能性も……」

 

 立香の言葉に、小太郎が腕を組んで唸りだす。

 そのやり取りを聞いた王が、玉座で頬杖をついてみせた。

 

「新しい魔獣、ではやり取りが面倒だ。何か名付けよ、カルデアの」

 

『それをこっちに振るのかい?

 ……ええと、こちらの戦場でグガランナが破壊した連中を解析した限り、彼らは神代の砂と泥によって構築された、通常の生命の系統樹に属さない新生命。誤解を恐れずに言ってしまえば、エルキドゥの量産型、みたいなものだね。

 この事からボクは、あれをティアマト神の最初の子にして泥の意味を持つ「ラフム」と呼ぶ事を提案したいと思う』

 

「ほう、ちょうど(オレ)もその辺りがいいと思っていたところだ。採用するとしよう。

 シドゥリ、新たな魔獣がラフムの名で通るように各所に通達させよ」

 

「分かりました」

 

 王の指令を受け、シドゥリが動き出す。

 彼はそれを見送りつつ、サーヴァントたちに意識を向ける。

 その意図を察し、切り出すのはレオニダス。

 

「私の宝具であるスパルタの友たちと、小太郎殿の風魔忍群。

 これで防衛に徹すればまず、真っ当な数が相手ならば通す事はないでしょう。

 真っ当な数であれば、ですが」

 

「―――必要ならば、アルテミス様からの矢を途絶えさせぬ。マスターの令呪、三角の全てを私に使ってもらえば相応の時間、大多数のラフムどもを撃ち落とせよう」

 

「ドレイク船長は斧の運搬のためにも魔力は温存……

 であれば、私の聖剣を含め、フィン殿、クー・フーリン殿、アタランテ殿。

 広範囲を薙ぎ払える宝具を、一定間隔で使い続ける必要があります」

 

「で、あれば。マスターたちの令呪も含め、ローテーションを組みつつ、マルドゥークの斧をどう動かすかを検討しつつ、更にソウゴの動きも決めねば……」

 

 アタランテが切り出す広範囲宝具の話。

 それに頷いたガウェインが動きを決めかねる、と難しい顔を浮かべた。

 そこに考えるべき要素は他にも多数、と。

 頭が痛い、とでも言いたげに二世が眉間を指で揉み解す。

 

「広範囲を吹き飛ばせぬ余たちは白兵戦、しかないな。

 そちらにマスターたちの魔力を割く以上、下手な事も出来ぬだろうし。

 倹約は苦手だが、致し方ない」

 

「ですが、下手に出し惜しんで押し切られてしまっては後衛が宝具の発動も儘なりますまい」

 

「受肉している僕たちならば多少は無茶が効きます。

 僕とレオニダス王の壁があれば、そう易々とは破られないとは思いますが……」

 

「私たちは全員タイムマジーンに乗ってた方がいいかな。

 皆が私たちを守るために動かなくてよくなる分、余裕が生まれるだろうし」

 

「わたしは……ドレイク船長の護衛、でしょうか。

 タイムマジーンに対する攻撃より、船に対する攻撃への防御が必要かと」

 

「そうだねえ、アタシの船じゃ流石に小回りが利かない。

 さっきみたいにフィンに強引に押し流してもらう余裕もないだろうし」

 

「常磐、幾つかウォッチをマジーンに回して。

 マルドゥークの斧を引っ張れる能力を最優先。

 後は飛行能力の向上と、群がってくるだろうラフムの処理能力」

 

「んー、とりあえず幾つかそんな感じなのを」

 

 クレーンと翼を持つバース。

 カメレオンの舌とファルコンの翼を持つビースト。

 そしてフーディーニによる飛行能力と鎖の牽引力があるスペクター。

 それらを選び渡しつつ。

 

 更に侃々諤々。

 ジグラットの中で、最後の戦いの内容が詰められて行き―――

 そんな中で、ロマニが声を上げた。

 

『―――すまない、ちょっといいだろうか。

 解析データが揃ってきたので、その上での推測を伝えたい。

 まだ推測ではある。推測の段階ではあるんだけれど……

 恐らくマルドゥークの斧だけではティアマト神は倒せない。

 もちろん、アナザーディケイドの力を排除した上で、の話だ』

 

 会議が止まる。前提条件が覆る。

 突然、勝利条件に不明な一文が追加されたのだ。

 どうすればいいか、など考える余地が消えたに等しい。

 そこでギルガメッシュが鼻を鳴らした。

 

「ほう? これはまた、やってくれるなロマニ・アーキマン。

 水差しどころか津波であったわ。

 それなりに建設的であった会議の内容を、全て押し流してくれたではないか」

 

『ボクだってそんな事したいわけじゃないけれど、言っておかなければならない事だ

 ゴルゴーンがティアマトであった間、発現していた不死性。

 キングゥが行おうとしたティアマト復活のための手順。

 そして今ペルシア湾から観測できる霊基強度から察するに、なんだけれど……

 彼女は、多分……“死”というものを有していないんだ。

 いや、彼女の“死”は世界に否定される、と言うべきかもしれない。

 彼女は世界に生命を生み出したもの。

 他の生命が世界に存在する、という事実が、逆説的に彼女の生存を保証してしまっている』

 

「……つまり、世界に生者がいる限り、ティアマトに有効打は与えられない?」

 

 眉を顰めて、立香が追加された勝負の条件を口にする。

 あまりにも馬鹿らしい話だ。いまの世界を守るためにティアマトと戦うのだというのに、いまの世界が滅びねば倒す条件が整わない、なんて。

 

「―――追加で、勝利条件が加わったな。

 世界から生者を一人残らず消し、その上でマルドゥークの斧とそこな雑種による同時攻撃。

 これが成立して初めて、倒せるか倒せないかの土俵に立てるそうだ。

 さて貴様ら、奮って議論を白熱させるがいい。どうやったら倒せると思う?」

 

「無理だろ」

 

 さっくりと、クー・フーリンが真っ先に断言した。

 

「所詮は犬の知恵。貴様はその程度だろうよ」

 

「ほー、だったら猿山の大将らしく、ここで頭のいいとこ見せてみろよ金ピカ」

 

 嘲笑うギルガメッシュ。

 威嚇の睨みを放ちつつ、クー・フーリンが唸ってみせた。

 それを完全にスルーして。

 

「ははは、それ見たことかロマニ・アーキマン。

 貴様のせいで誰もが黙りこくったわ」

 

『……ボクのせいにされても困る。冗談を言ったつもりはないし、こんなの悪い冗談であれと、今だって情報を精査し直しているところなんだから』

 

「は、随分と真面目に返してくるものだ。まあよい。

 冥界攻略組、貴様らエレシュキガルから鏡を渡されておらぬか?」

 

 あっさりと話題を変えて、彼はカルデアのマスターたちに問いかける。

 その問いを聞いて、立香が左右に視線を振った。

 冥界に行った誰もがそれに不思議そうな顔を浮かべ、首を横に動かす。

 

「鏡……? えっと、渡されてないよ?」

 

「ちっ、恥じらって文通にも踏み出せぬ小娘か、奴は……!

 というか、冥界の鏡もなしに、どうやってこちらに協力を申し出るというのだ!

 粘土板は渡しておいてこれとは、あやつ口だけか!」

 

「これでいいか?」

 

 がなる王に溜息ひとつ。

 ゆるりと士が腕を上げて、そこに銀色の幕を開ける。

 それを片眉をあげて見届け、ギルガメッシュは怒鳴りつけた。

 

「エレシュキガル! さっさとこちらに冥界の鏡を放れ!

 土着の女神でありながら、三女神同盟に組みしてこの地を荒らした罪!

 それを清算するまで、馬車馬よりも手酷く扱き使ってくれるわ!!」

 

 数秒、沈黙。

 その後、とんでもない勢いで鏡が銀幕の中から飛来した。

 それを上手い事受け止めてみせるケツァル・コアトル。

 直後、鏡を通じてその場に冥界の女神の幻像が姿を現した。

 

『あんたに言われる筋合いはないのだわ!

 私が協力をする意志を示したのは、この私を友と呼んだ人間のため!

 間違ってもあなたのためじゃないのだから、勘違いしないで欲しいのだわ!』

 

「貴様が誰目的かなぞどうでもよいわ。

 後、そういう態度は意中の相手にやってやると喜ばれるらしいぞ。

 お前のためじゃないんだから勘違いするな、とな」

 

『えっ、ちょ、ちょ、じゃあ今のナシ!

 そんなせっかくの態度をギルガメッシュ相手なんかに消費したなんて!

 死んでも死にきれない! もう一回、他の人に……!』

 

 彼女が顔を出して。

 途端、どうでもよさそうにギルガメッシュが千里眼で拾った適当な情報を投げつける。

 それに百面相を晒して慌てふためくエレシュキガル。

 

 そんなやり取りを困ったように見て。

 一言、立香が幻像に向かって話しかける。

 

「……エレちゃんはエレちゃんのままが一番いいよ?」

 

『――――~っ! ええ、任せなさい!

 ギルガメッシュは知った事じゃないけど、あなたたちのためなら!

 何でも私に任せるといいのだわ!』

 

 百面相を解除、頬を喜色の朱に染めて、エレシュキガルが胸を張る。

 そんな光景を見て、ちょうど戻ってきたシドゥリにギルガメッシュが声をかける。

 

「ははははは、見よシドゥリ。これがこの世界の都市神どもの姿だ。

 ろくでもないにもほどがある」

 

「はい。やはり王にも神の血が入っているのだな、と。

 私はイシュタル神やエレシュキガル神を拝見するたび、そう思います」

 

『ええ、と。それでなんだけど……』

 

「おっと、そうだったな。

 さて、エレシュキガルよ。いま我らが議論を重ねているのは、ティアマトの討伐法だ。

 凶器は貴様のところにも行った小僧と、マルドゥークの斧。

 だがそれだけでは足りぬ、と。あれを解析した人間は口にした。

 必要なのは、あれの生み出したものがいない生者亡き世界だという」

 

 ギルガメッシュの言い草を理解して、金髪の女神は酷く胡乱げな表情を浮かべた。

 

『……つまり、なに? 母さんを冥界に下ろしたい、っていうの?

 ――――それは。いえ、協力すると口にした事を反故にはしない。

 けれどそんな方法があるの? 母さんをクタにまで誘導する気?』

 

「―――マルドゥークの斧を利用すれば、あるいは」

 

 眉間に指を当てて悩み込んでいたエルメロイ二世。

 彼がそう口にする。

 ティアマト神の最優先目標は、マルドゥークの斧。

 であれば、それを餌にすれば誘導することも不可能ではない、かもしれない。

 

「……母さんがいま、見ているもの。それは確かにマルドゥークの斧だけれど……」

 

 確かにそうなのだが、と。

 ケツァル・コアトルも何とも言えない渋い表情を浮かべた。

 

『……推測にしかならないけれど。

 それでも一応、ウルクに近付いたら優先目標を変える可能性は提示しておくわ。

 マルドゥークの斧よりも、ウルクとギルガメッシュを優先する可能性ね』

 

 女神二人が渋面を作る。

 彼女たちが止まったタイミングで、門矢士が声を上げた。

 

「それ以前に、奴は世界に縛られない。冥界に落としても、普通に帰ってくる」

 

 その言葉に、今度は全員で渋い顔。

 そんな中で自分が戦う相手になる敵の能力を訊くべく、ソウゴが声を上げる。

 

「そういえば、アナザーディケイドの詳しい能力って?

 あんたみたいに色んなライダーの力を使ってきたりするの」

 

 質問されて、数秒。門矢士が悩み込む。

 

「―――いや。奴は使ってこないだろうな」

 

「……どゆこと?」

 

 そうしてから彼が出した答えは、

 

「奴とアナザーディケイドの力は恐らく相性が悪い。仮面ライダーディケイドは数多の世界を行き交う旅人……自分の世界を持たないが故に、世界に縛られない放浪者。

 だが奴は自分の世界だけしか見ていない。他の世界の事など見てはいない。奴にとって、自分の世界以外の世界に価値はない。だからこそ、世界を自分に縛り付ける。

 恐らく、あいつには“別の世界”を基点にするディケイドの力は使えない。そもそも認識ができない。だからこそ逆に、他の世界に追放だけは絶対にされない、ってことでもあるんだが」

 

「うーん、つまり?」

 

「基本的に他の世界に送れないだけだ。あるいは、“ディケイドの世界”の力が何か備わっているかもしれないが……まあ、分からん」

 

 途中で返答を投げて、門矢士は肩を竦める。

 そもそもディケイド自身ならばともかく、アナザーディケイドの事など知るわけない。

 何となくは分かるが、何となく以上に分かるはずもないのだから。

 

「冥界落としも効果無し、と来たか。

 で、その世界渡りの能力を貴様が潰すことは?」

 

「規模がでかすぎる。今の俺じゃ無理だな」

 

「で?」

 

 念を押すようなギルガメッシュの問いかけ。

 彼はゆっくりと天井を仰いで。

 指を一本立てて、示した。

 

「―――ひとつだけ、手がある。

 冥界落とし無しでも、あの神様の不死身を無効化できる手段が。

 ま、賭けみたいなものだがな」

 

 ―――そうして、彼は語りだす。

 彼が考えた、この状況における唯一の打開策。

 やっておかなければならない、必要な条件は更に増加する。

 だが、それ以外に現状では手段がない。

 

 全員にその行動の目的が周知され―――

 

「―――さて。これの勝機がどれほどか、は分からん。

 だがどうやら0ではない、とは言えるらしい。

 これより確率の高い手段を提案できる者は声をあげよ。

 (オレ)自ら率先して、今すぐそちらの作戦に乗り変えてやろう」

 

 ギルガメッシュが、そう言って笑い飛ばす。

 

「……ま、仕方ねえわな。

 つーか、いつも通りだぜ。全員揃って死に物狂いで戦う。

 そんで生き残れば勝ちってわけだ」

 

「……これほどの戦い、これほどの敵。

 そうも肩の力を抜いて笑えるのは、流石の大英雄ですな。

 見習いたいものです」

 

 軽く首を回して溜息を吐くクー・フーリン。

 彼の態度に、弁慶が微かに自嘲するように苦笑した。

 

「エレシュキガル。貴様、こちらに冥界を延ばしておけ。

 これが効くか効かぬかは別として、冥界落としは手の一つとして備えておく」

 

『そうは言っても、時間がかかるわ。

 確かにウルクの方に向かっても延ばし始めてはいたけれど……あ、そういえば』

 

 三女神同盟の活動として、彼女は冥界の領域を拡げつつあった。

 だがそれでも、ウルクに届くまではまだまだ時間がかかる。

 そうでなければ彼女はあそこまで焦ってなどいなかったのだから。

 

「なんだ」

 

『いえ、別に。冥界を拡大してる時、妙に拡げやすいタイミングがあったような、って。

 まあいつその現象が起きるか分からないから、期待は出来ないけど。

 普通にやって……そうね、最短で三日。下準備はしてたから、それだけあれば』

 

「三日、三日か。ち、それまでグガランナが保つかどうか」

 

 その会話を聞いていた士が軽く顔を上げ、僅かに思考して。

 首を曲げて顔を傾けて、ソウゴに視線を向けた。

 

「魔王、俺に今まで手に入れてきたウォッチを預けろ。

 ああ、さっきタイムマジーン用に渡してた奴はいらない。

 期限はここに冥界が届くまで、だ」

 

「……理由があるんだよね?」

 

「意味があるかは分からん。だが、成功しなきゃ世界が滅びるだけだ。

 ディケイドは、世界の破壊者だからな」

 

「そう。じゃあ大丈夫だね、ジオウは―――世界を救う、最高最善の魔王だから」

 

 ソウゴがジオウのウォッチを除き、全て取り出して。

 それを門矢士に向かって差し出した。

 不敵な笑み。それに同じく不敵な笑みを返し、士はウォッチに向けて手を伸ばした。

 

 

 

 

「そういうわけだ。聞いてただろ、俺はウルクを離れられなくなった。

 俺がやろうと思ってたことは、全部お前に任せる」

 

「生憎だね、僕は僕のやりたい事をやる。

 いくら士の頼みだからって、『はい、わかりました』とはいかないね」

 

 ジグラットから降りた士の声に、海東大樹が応える。

 彼は潜んでいた家屋の陰から身を出すと、大仰に肩を竦めてみせた。

 そんな態度に、顔を顰めて溜息ひとつ。

 

「なら、やらないのか?」

 

「―――――」

 

 念押しの確認に、海東の方こそ顔を顰めて。

 彼は人差し指を伸ばした腕を銃に見立て、士の方へと向ける。

 眉間に照準を合わせて、その姿勢のまま静止。

 互いにそこから動かず、数秒間だけ世界から動きが消えた。

 

「……もう一回訊くぞ、やらないのか?

 神様に世界を滅ぼされて、支配されて、それでお前は満足か?」

 

「僕はね」

 

 指が跳ねる。

 士の眉間から少しだけ照準をずらし、銃を撃つような所作を見せる。

 そうしながら彼は、あまりにも珍しく、煮え滾るような怒りの声を滲ませた。

 

「お宝は手に入れるけれど、本当にこの世界で一番大事なものだけは、もう盗まない。

 ―――誰もが初めから持っている、旅をする“自由”だけは。

 もう、二度と。盗まないし、盗ませない」

 

 ―――それが、彼の始まり。

 海東大樹が、仮面ライダーディエンドとなった理由。

 彼が守るのは。彼が侵す事を許さないのは。

 自由、というただ一点。

 

 肯定も否定も、繁栄も滅亡も、何だって好きにすればいい。

 それが世界の滅亡だろうと何だろうと。

 そういう道を好きに選んだ奴がいただけだ、でおしまいだ。

 世界の滅亡をさせたいなら好きにすればいい。

 それを邪魔したい奴がいるなら好きにすればいい。

 だから彼は何も遠慮をしないし、遠慮をされる謂れもない。

 

 全てを思うままに支配したいならすればいい。

 反抗を叩き潰すのはいい。力の差で世界を好きにするというなら、文句もない。

 だが、反抗を許さずに心を侵す事だけは、絶対に彼は許さない。

 そうやって作り変える事だけは、絶対に彼が赦さない。

 

 仮面ライダーディエンドが、そのまま腕を横へと持って行く。

 そこに開かれる、銀色の幕。

 

「僕が手に入れたお宝を利用して、その神様が自由を奪うつもりだっていうなら。

 しょうがない。僕も本気で君と一緒に戦ってあげるよ、士」

 

 海東大樹が銀幕に呑まれ、消えていく。

 その姿を見送りながら、門矢士はただただ目を細めるだけだった。

 

 

 




 
人類の自由のために戦う戦士(自分も際限なく自由に行動する)
 
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