Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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Fake KING × KINGU imitation-2655

 

 

 緑の怪人が跳ねた。

 無造作に振るわれる尾と、白く燃える剣が衝突。

 容易に、ネロの体が吹き飛ばされた。

 

「っ!」

 

 減速すらなく、侵攻を続けるネオ生命体。

 そこに降り注ぐ短剣(ダーク)

 それは全て彼の体に触れると同時、呑み込まれていく。

 直後、彼の指先が刃へと変形した。

 

「―――取り込んで、変化させたと!」

 

「ちぃッ―――!」

 

 対応する朱色の閃光。

 前のめりになりきらない、踏み込み切らない程度に。

 しかし足止めに足るくらいに。

 クー・フーリンがネオ生命体目掛けて槍の穂先を薙ぎ払う。

 

 指先の刃と、槍の穂先が掠め合う。

 滂沱と散る火花。

 あれの見せた力を見る限り、鍔迫り合いなどもってのほか。

 得物どころか自分ごと喰われて、取り込まれかねない。

 

「ソウゴさんは……!」

 

「まだオレたちとのレイラインが残ってる! 消えちゃいねえ!

 どうすりゃいいかは分かんねえが―――なッ!」

 

 ゲイボルクを一度引き戻し、腰溜めに。

 そのまま繰り出すのは全力の刺突撃。

 そんな予備動作に対して、ネオ生命体が待ち構えた。

 防ぐ必要も、耐える必要もない。

 ただそれを受けて、今までのように喰らえばいい。

 

 槍が放たれる。その瞬間、二世が地面を揺らした。

 裂ける大地に足を取られ、ネオ生命体が体を揺らす。

 突然足場を奪われ驚いたように、彼はいとも簡単に体勢を崩した。

 

 足場を崩され、下がった頭部。

 その眉間を目掛けて放たれていた攻撃が、中る直前に穂先にルーンを浮かべた。

 直撃し、撃ち貫かず、爆発炎上して仰け反るネオ生命体。

 

 一部、破損して落ちていく頭部。

 しかし失った彼の肉体が、あっさりと快復する。

 引き換えに、指として形成していた剣が失われた。

 まるで、それを材料にして肉体を復元したかのように。

 

『―――大規模なエネルギーの使用を確認……!

 相手の体は無制限に再生するわけじゃない! そのための材料は必要とする!

 その上で、どうやら物体の吸収にはかなりの魔力を必要としている……けど!

 聖杯がある限りその能力はほぼ無制限で使用できると思われる!』

 

「弱点になってねーぞ!」

 

「短刀にしろ矢にしろ、アレに撃てば撃つだけ逆効果―――と!」

 

 仰け反っていた怪物が体を起こし、肩にある眼を開く。

 血色に光る、光線の予備動作。

 それをこの場に止められるものがいるとすれば。

 ―――たった二人しかいない。

 

「宝具、展開します!」

 

 その二枚の盾の内の一人。マシュ・キリエライトが踏み出した。

 ラウンドシールドを正面に。

 両の足で地面を踏み締め、彼女はそこに絶対の城壁を顕現させる。

 

「“いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”――――ォッ!!」

 

 奔る閃光。

 血色の光が戦場の中へと飛び込んで、しかし。

 そこに降臨した白き城壁に阻まれた。

 激突した反動で跳ね返り、血色の雨が周囲に飛散して辺りを蹂躙する。

 数え切れないほどのラフムたちが、それに巻き込まれ蒸発していく。

 

 耐え切ったマシュが力を抜こうとし、

 直後。ネオ生命体が即座に次弾を装填した。

 強く輝く、肩に灯る血色の光。

 

「――――――ッ!!」

 

 次弾発射。連射されたそれは再びキャメロットの城壁に直撃。

 それを打ち破れずに飛散して、周囲を火の海に変えていく。

 維持しきれず、マシュが宝具をそこで解除した。

 

「物質を吸収する、というのなら!」

 

 ラフムを狩っていた風魔の軍団、その一部が差し向けられる。

 殺到する五十の風魔忍群。

 彼らは霊体にして、不滅の混沌旅団。

 吸収するための質量など持ってはいない。

 それらがネオ生命体の視界を奪おうと駆け巡り――――

 

 関係ない、と言わんばかりに怪物は再び光線の予備動作に入った。

 

「っ、」

 

「マシュ殿、後退を! 我らが前に!」

 

 声を掛けながら、既に行動は完了し。

 レオニダス王とその部下たちが、盾を並べて攻撃に備えていた。

 

 ―――放たれる閃光。

 それがレオニダスを中心にスパルタたちが重ねた盾に直撃し、弾け飛ぶ。

 彼らは光線を一切通さなかった。

 その一撃で、二十近いスパルタ兵が消し飛ばされた代わりに。

 

「ぬ、ぐ……ッ! いやはや、マシュ殿のようにはいかぬ……!」

 

「レオニダス王!?」

 

 中心となっていたレオニダスも無傷ではなく。

 しかし、当然のように灼かれた体をおして復帰して。

 彼は強く盾を握り直して、立ち誇った。

 

「戦線の下がり方が加速しています!

 グガランナがティアマトに押し込まれる速度が上がっている!

 我らもその速度で後退しなければ、あの泥の海に呑まれましょう!」

 

 無敵の城塞、キャメロット。

 しかしそれを張っていたら、マシュはその場から動けない。

 

 彼女たちの戦闘はいま、全力で後退しながらの交戦だ。

 あのように連射される攻撃が相手、と。

 そうなった場合、ロード・キャメロットの長時間展開は作戦上不可能。

 彼女の盾とはいえ、あの泥に呑まれれば致命傷だ。

 

「あの攻撃がくれば、私たちが防ぎましょう!

 マシュ殿はそれ以上の攻撃に警戒を!」

 

 ネオ生命体に対しネロが踏み込み、右肩の眼を集中的に狙う。

 光線による大火力攻撃を封じる立ち回り。

 そうして何とか戦線を維持しているのを見て、マシュが苦渋を表情に浮かべた。

 

「は、い……! わかりました……!」

 

 

 

 

〈ビースト!〉

 

 スペクターのウォッチが限界を迎え、弾け飛ぶ。

 直後にビーストのウォッチを装備。

 カメレオンのマントを装着し、その舌を伸ばしてマルドゥークの斧を確保。

 全力で後退を開始する。

 

「常磐は!?」

 

「まだ! 何がどうなってるか分からないみたい!」

 

「―――想定よりずっとペースが速い……!

 私たちが到着するまでに、バビロニアの方の準備が間に合うかどうか……! 

 それに、そもそもソウゴがいないと、斧だけあっても結局攻撃が通じない!」

 

 マジーンの操作レバーを全力で倒しながら、ツクヨミが叫ぶ。

 

 グガランナのキャパシティオーバーだ。

 侵食海洋ティアマトの侵攻を、遅くし切れていないのだ。

 それでも、これほどの無茶が叶っているのは天の牡牛がいるからこそ。

 これ以上の方法はないのだ。もう、突っ走る以外に答えはない。

 

『それに、作戦はアナザーディケイドであるティアマトと、キングゥ。そして通常のラフムを相手にする想定だったものだ……! ベル・ラフムとあのキングゥなんて追加の敵性がいたら、どこかで崩される―――!』

 

「それまでにこの撤退戦の中で撃破するしかない、ってことでしょ! ああ、もう!

 どうしろっての! 相手の攻撃を防ぐだけで、攻める余裕なんてどこにも―――!」

 

 ロマニの声に怒鳴り返し、オルガマリーの指がマジーンのパネルを幾つも叩く。

 モニターに映し出される、高速で流動していく戦場。

 戦っている場所すら電車で窓の外に流れる景色のように変わっていくのだ。

 こんなもの、英霊たちに人間が指示できる戦闘であるはずがない。

 

「戦力……! 私たちにある、戦える可能性――――!」

 

 立香が、そう言って壁にしがみつきながらモニターへと視線を投げる。

 必要なものは。用意できるものは。

 彼女に、できることは。

 

 

 

 

 ざわめきながら流れていく、ウルクの人々。

 兵士に誘導されながら、彼らはバビロニアの壁の方へと移動する事になった。

 もっとも、市の外に展開されたオーロラを通っての転移だ。

 そう時間はかからない。

 

 その人の流れを見下ろしながら、ぼんやりと。

 鬼が独り、佇んでいた。

 

 ―――そんな彼女を見つけたか。

 一人の童女が、人混みの中で声を張り上げた。

 

「茨木童子様!」

 

「―――――」

 

 自分を見上げて手を振る童女。

 そんな姿を見て、彼女は何と無しに地上へと舞い降りる。

 母親であろう女も現れて、自然と、茨木へと頭を下げていた。

 

「ありがとうございました、茨木童子様。

 今なお戦いの最中でありますが、こうして今まで私たちが永らえたこと。

 それはあなた様のおかげです」

 

 母親と童女が、礼を言う。

 ―――その周りに他にも彼女が面倒見たのがいたのか。

 幾らか、茨木童子への礼が飛んでくる。

 彼女はしかし気まずそうに、それから目を逸らして。

 しかし礼を跳ね退ける気にもなれず。

 

 話を変えるべく、違う話題を持ちかけた。

 

「ふん、これから先どうなるかは知らんがな。

 せいぜい、これからも親子で生き抜くために足掻くがよかろう」

 

「――――」

 

 一瞬、母親が目を伏せた。

 童女は感情を隠しきれず、そのまま母親にしがみつく。

 そんな反応に、理解が及ばぬはずもなく。

 

「……貴様、夫はどうした」

 

「……はい。茨木童子様に救って頂いた命。

 今度こそ、正しく生きるために使ってみせる、と。

 北壁に兵士として参加し、命を落としました。

 勇み足が過ぎるほど、勇敢に戦って果てた、と聞きました」

 

 務めて、暗くならないようにと。そう配慮しているのだろう。

 バビロニアの壁で死した人間は、戦闘の規模からすれば多くない。

 それでも、人が死なないはずもない。

 

 しかし、その物言いはまるで、と。

 

「……まるで、吾が殺した、とでも」

 

「いいえ、茨木様。私たちは、貴方に生かして頂いたのです。

 私たちは、最初に逃げました。

 戦うべき相手が何ものか分からず、それでも強大なのは理解して、恐れ、怯えて。

 ―――そんな時、貴方様に救って頂いた」

 

 女の声が震えた。

 夫を喪った悲哀以上に、まるで茨木に感謝の念を捧げるように。

 

「それで、あの人も分かったのだ、と言っていました。

 人は怖い時、怯えて、竦み、目を逸らし、逃げだしてしまうものだ。

 正当化するつもりはないけれど、自分たちのようにそうなるものなのだ、と」

 

 相手が何かも分からず、魔獣に殺戮されていく中で。

 彼女らは命を繋ぐため、必死になって逃げだした。

 必死に踏み止まろうとする者たちに背を向けて、一心不乱に逃げ出した。

 

「だからこそ、怯える人たちを背中に庇い、前に立てる人間が必要なのだ。

 その人たちが恐れながらでも前を向き直り、そこから何か自分で出来ること見つけ出すまで。

 俺たちの居場所はここにある、と背中で示して立ち続けられる者が」

 

 彼女の夫の言葉、それをそのまま口にしているのか。

 感じ入るように顔を伏せる女。

 そうなっても、彼女の口は止まらない。

 

「だから、あのギルガメッシュ王でさえ今は踏み出さず。ただ王として、真っ先に立つ者として、私たちにその背中を見せて下さっている。

 だったら俺も立ちあがって、そうしなければ。王の向けた背の後ろで、それに続く者とならなければ。でなければ、何より。俺が庇いたいものさえも庇えない」

 

 そこまで口にして、数秒。

 女は喉を震わせながら、長い深呼吸を行い。

 そうしてでも、まだ言葉を続けた。

 

「そう言って、あの人は私たちに背中を見せていきました。

 だから―――ありがとうございます、茨木様。

 私たちに、それを教えて下さったのが、貴方でよかった」

 

 深々と、母親は子供を抱き締めながら、再び彼女に頭を下げる。

 

 ―――それに、何と言えばいいのか。

 茨木童子は、答えを持たない。

 嫌味などない。本当に、その女は彼女に感謝をもって接している。

 お前が示したものを見て、夫は死にに行ったのだ、と。

 

 堪え切れず、鬼が跳ぶ。

 家の屋根を伝い、最も背の高い建造物。ジグラットまで。

 その屋上へと降り立った彼女が、ペルシア湾の方角を見た。

 もはや悪魔の如き女神は、視認できる範囲内。

 

 嵐の神獣と、創造と破壊の女神。

 二体の激突を彼方に見ながら、彼女は歯を食い縛る。

 

「――――……っ!

 毀すだけでは駄目なのだろう! 殺すだけでは駄目なのだろう!

 ではアレらは何だという! 何がしたい、何をしている!」

 

『そらぁ……なんやろねぇ?』

 

 視界の中に、幻の鬼が見える。幻影だろう。幻影でしかない。

 このままじゃやっていられない、と。

 茨木童子が見ている夢みたいなものに違いない。

 

 屋上の端に腰掛けた少女の影は、朱い杯を傾けながらころころ笑う。

 

「ただ毀すだけではアレと同じだ! ただ殺すだけではアレと同じだ!

 鬼は違う! そうだろう、そうでなくてはなかろう、酒呑!」

 

『せやなあ』

 

 ギリギリと、握り締められて軋む鬼の腕。

 少女の影は振り返らない。

 ただ浸食してくる獣を見ながら、ふらふらと足を揺らしている。

 

『けど、茨木は大事なこといっこ忘れとるわ』

 

「―――――」

 

 おかしそうに笑う彼女が、僅かに顔を背後に向ける。

 からかうような視線が、茨木のものと交錯した。

 

『鬼なんやもの。茨木のやりたいこと、やりたいようにしたらええ』

 

「……吾の、やりたい、こと?」

 

 言葉を返す茨木に、彼女はまたもころころと笑い。

 そうして茨木童子を上から下まで、舐めるように視線を動かした。

 蛇に睨まれたカエル、まではいかないが。

 それでも彼女が体を硬直させた。

 

『……なあ、茨木。あんた、自分の着てるべべ、好きやあらへんの?』

 

 視線の次に、問われた言葉で体を凍らせる。

 こうして彼女が着ている着物は、母に見立ててもらった装束だ。

 鬼としての有り様から、何から何まで彼女にくれた母。

 そんな母から送られたものを、どうして嫌いになれようか。

 

「―――決まって、いる。これは吾の鬼装束、嫌うはずがない」

 

『―――そ。人が織った着物が好きなら、それでええんと違う?

 鬼が人の世に手を貸す理由なんて、それひとつで十分お釣りが来そうやけどね』

 

 鬼が人の世を守る理由などない、と。茨木童子は言う。

 鬼こそ人の世を乱すもの。

 そんな逆さまな行動は、鬼のそれから外れた行為でしかないだろう、と。

 

 けれど、酒呑童子は言い返す。

 鬼が人の世を乱すのは、人の営みを愛しているからだ。

 彼らの建てた屋敷を。彼らの織った着物を。彼らの育てた子供を。

 愛しているから、関わっていく。

 愛しているから鬼はそれを毀し、奪い、殺し、拐かす。

 

 そして。

 そんな鬼どもに脅かされる、平和と安寧を享受する無辜の人々を愛する者たちに、殺された。

 

『うちらは鬼、人と喰い合う魔性のもの。

 喰って喰われて愉しんで、愛し愛され苦しんで、なんて。

 そんな化け物が、愛しいものがあるから、それを毀すものを殺す。

 ―――まあ、それくらいなら。まだまだ大丈夫なんと違うかな?』

 

 くすくすと笑って、少女は杯を仰ぐ。

 

 獣を眺めながら酒を舐め続ける彼女の背中。

 それが自分の夢だと、分かり切っているのに。

 茨木童子が、問いかける。

 

「酒呑、ならば。一体どうするという」

 

『ふふ、そない分かり切ったこと訊かはるなんて。

 ―――うちは肉も喰らうのも、骨をしゃぶるのも、ぜーんぶ酒に蕩かして呑むのも好きやさかい。ヒトが、全部泥でできたお人形さんになるなんて、ほんま堪忍やわぁ』

 

 彼女が酒杯を傾ける。

 自分の口許ではなく、地面に向かって。

 杯の端から零れ落ちる、毒々しく、しかし神聖な輝きを有する酒。

 酒が落ちた地面が濡れるようなことは、当然ない。

 幻影がそんな現象を引き起こすはずもない。

 

「――――――そうか。酒呑も、そうか。なら、吾は行く」

 

『そ。あんじょう気ぃつけてなぁ?』

 

 その流れ落ちる酒の向こうに、茨木童子が女神を見る。

 徐々にこちらに近づいている、巨大な神。

 

 燃える、灼熱の息をその場で吐き落とし、茨木童子が身を縮める。

 圧倒的な跳躍のための前兆。

 

 ―――直後、ジグラットを震撼させる勢いで踏切り。

 一匹の鬼が、宙に舞った。

 

 

 

 

 ―――膝まで覆う、深緑の液体。

 脈打つ泥の肉壁が時折それを吸い上げては、しかし再びすぐに水位が戻る。

 それをざぶざぶを掻き分けながら歩くジオウ。

 そんな彼が、そこへと辿り着く。

 

 泥の鎖に縛られた、緑の人。

 俯いた顔が長い髪に覆われて、見えはしない。

 ここに踏み込んだジオウと、縛られたキングゥ。

 その間に、水晶体のまま設置された聖杯。

 深緑の液体は、どうやらそこから無制限に湧いてきているらしい。

 

 液体に浸かったキングゥの体は全快していた。

 心臓がない事には変わりがない。

 だが、彼の状態はそれ以外が全て完全な状態に戻っている。

 それも、この液体の効果なのだろう。

 

「あんたは、このままでいいの?」

 

「―――――」

 

 くっ、と。

 引き攣るように笑って、キングゥの体が小さく揺れる。

 

「……オマエに、何が分かる」

 

「……あんたの事、俺が分かる必要ある?

 ただ、あんたが。あんた自身がこのままでいいのか、って訊いてるんだよ」

 

 震えるのは、ソウゴの声の方だ。

 キングゥが顔を上げる。

 二人が顔を合わせて、しかし軽く笑い飛ばし、キングゥは視線を逸らした。

 

「―――ボクはエルキドゥの再利用だ。

 旧式の機体に乗せられた、次世代機のための間に合わせ。

 世界に生を受けたのはエルキドゥ。そして死んだのもエルキドゥ。

 この機体は、最初から最後までエルキドゥでしかなかった。

 最期を迎えた後だって、エルキドゥでしかないものだった……!」

 

 鎖に繋がれたまま、キングゥが僅かに体を前のめりに。

 記憶も何もないのに、彼の全てにエルキドゥがついて回る。

 切り離すことなどできない。

 当然の話だ。この機体は、エルキドゥのものなのだから。

 

「じゃあボクには何がある。エルキドゥが遺した余熱にさえ左右されるボクに、これがボクだと言えるものが、一体どこにある……! エルキドゥでもなく、キングゥにさえもなりきれないボクに、一体何があるっていうんだ!!」

 

 キングゥに熱が灯る。

 語気を荒げ、泥の鎖を軋ませて、彼は深緑のプールを拳を全力で叩いた。

 弾けた液体が飛散して、その空間に雨となって降り注ぐ。

 それを浴びて全身を濡らしながら、彼は吼えた。

 

「ボクは……! キングゥは、母さんを目覚めさせるためだけに起動された!

 だったら、それ以外に何がある! それ以外で何が得られる!?

 ボクはせめてキングゥとして、キングゥが造られた目的を果たすしかない!

 そうして“キングゥ”にならなきゃ、“エルキドゥだったもの”さえ止められない!」

 

「―――それでも、ゴルゴーンはあんたを“キングゥ”と呼んだだろ!」

 

 ジオウが踏み出す。

 緑の雨に濡れながら、彼に向かって一歩を踏み出した。

 その言葉を聞いて、頭痛を堪えるようにキングゥが掌で自分の顔面を押さえた。

 自分から湧き出す何かから目を背けるように歯を食い縛り。

 呻くような声を、小さく漏らす。

 

「例えそれが、ゴルゴーンがお前に騙されて始まった事だとしても! ゴルゴーンはお前を自分の子供として見てた、キングゥとしてだけ見てた!

 お前は、とっくの昔にキングゥになってた……! それは、お前がキングゥとして生まれた目的を果たしたからじゃない! お前が誰かに自分の事をキングゥだと認めてもらった時、お前は本当の意味で、もうキングゥになってたんだよ!」

 

 聞きたくない、と言うのに。キングゥが両腕で頭を抱え込んだ。

 その動きに合わせて暴れる緑の髪。

 まるで子供のような動作を見せる彼に、ジオウは更に詰め寄った。

 

「だから、ちゃんと! キングゥとして答えろよ!

 お前はゴルゴーンをティアマトとして利用して、それを苦しんで……それでも!

 今度こそゴルゴーンが眠れて安心したこの世界を、お前はどうしたいんだ!」

 

「ボク、は――――!」

 

 彼の膝が落ちる。

 ばしゃりと音を立て、キングゥの半身がプールに沈む。

 そんな状態の彼が頭を抱え、歯を食い縛りながら、その疑問から目を逸らし。

 

「苦しめてしまって。傷つけてしまって。それでも―――

 そんな風に祈る資格はないかもしれなくても、せめて安らかに眠っていて欲しいって。

 そう、願ってるんじゃないのかよ……!

 なのにお前はまだ、今の全てを滅ぼすために、“キングゥ”の目的を目指すのかよ!」

 

 ジオウが距離を詰め切る。

 彼はそのまま手を伸ばし、頭を抱えるキングゥの両腕を掴んだ。

 その腕が相手を引き上げ、顔を正面から突き合わせる。

 

「―――お前を“キングゥ”と呼んでくれた人の安らかな眠りを壊してでも……!

 本当にお前は、まだ“キングゥ”になりたいのかよ。

 お前が本当に欲しい自分は、どっちの“キングゥ”なんだ――――!」

 

 ――――深淵に。

 メドゥーサと眼を合わせ、眠りについて落ちていくゴルゴーン。

 彼女の様子を見て、彼はあの時動きを止めた。

 女神としてのバグを抱え、製造目的を逸脱して廃棄され。

 しかしその果てに幸福を得て、滅びたゴルゴーン。

 

 羨んだのだろうか。

 ―――いや、きっと最初は反発したのだ。

 

 だってそうだろう。

 エルキドゥはその製造目的である天の鎖を放棄した。

 同じく天の楔を放棄したギルガメッシュと友になり、そして滅んだ。

 エルキドゥでいたくなかった彼に、それは選べない道だった。

 

 それでも、彼女に何らかの感情を移してしまったのは、エルキドゥの影響だろうか。

 きっと、違う。違って欲しいだけかもしれないけれど。

 ―――エルキドゥの熱は、人に対して向かうものだ。

 神を尊重し敬意を抱くことはあっても、きっと、彼のように愛しはしないだろう。

 

 だから、これは。きっと、彼だけの――――

 

 偽物ばかりでできた器の中。

 そんな彼に唯一残された、本物と呼べる何か。

 

 エルキドゥのイミテーションでしかなかったものは、いつか動き出した。

 ゴールは決まっていた。母は、新たなる世界を創るために彼を目覚めさせたのだから。

 それだけしか無かったから、そこを目指して歩き出した。

 

 ―――そうして。確かにその足で歩いて、経てみた旅路。

 その中で。ゴールに辿り着くための過程で。

 関わったものに対して、いつの間にかこんなに入れ込んでいて―――

 キングゥ、と。彼は、確かに、呼ばれていたのだ。

 

 母は、子が旅立つ事をもう許さない。

 彼女の許に居続ける事しか許さない。

 もう、彼女の愛する新人類に、彼が得たような想いは許されない。

 メドゥーサのように、廃棄された先で幸福を得る事も許されない。

 

 ―――ああ、駄目だ。

 それは、嫌だと。一度そう想ってしまったら、もう。

 

「……ッ、ボクは、キングゥだ……! ボクが、望む世界は―――!

 ヒトの……ボクが、認めたヒトの世界の在り方が、許容される世界……!

 ああ、そうだ……!

 ボクは世界を、ヒトが旅をして変われる世界のままに、していたい……!」

 

 キングゥが、立ち上がる。彼を繋いでいた鎖が砕け散る。

 睨み合うように、キングゥとジオウが対峙した。

 戦う理由はもうない。

 キングゥにはやるべき事ができた。ソウゴにはやるべき事がある。

 それでも、彼らがここから出る方法はなく―――

 

「――――その生涯。辿る旅路の中にこそ、意義を見出すか。

 では、まだ足を止める時ではあるまい。

 誰に与えられたものではなく、己で望む己の務めを果たせ、天の鎖。

 ヒトの世は旅の果てに終わりを迎える事を良しとする、と。

 怠惰な眠りを永劫と騙る母に、貴様の旅の成果を示すがいい」

 

 ―――世界が、断絶した。

 昏く蒼い剣の軌跡は、暗闇か、閃光か。

 それすらも判然としない何かが、彼らが囚われていた空間を両断する。

 

 その現象に驚愕する暇すらなく。

 二人揃って、彼らはその空間から吐き出された。

 

 

 




 
なんか登場人物じゃないのに登場人物みたいな扱いのイマジナリー酒呑童子。
多分後二話で決着でエピローグで一話くらい。
いやそもそももうエピローグだったのでエピローグが残り三話や。
 
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