Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
閃光が迸る。空を裂く、血色の光。
その一条の光を正面から、スパルタの勇士たちが受け止めた。
「ぬ、ぐぉおおおおお――――ッ!!」
耐え切る。必要であるならば、何度でも。
その代わりに、最後まで残っていた勇者たちが消えていく。
召喚されていた三百の勇者は、もう全てが消し飛んだ。
あとに残るは、全身を灼かれたレオニダス王ただひとり。
「ッ、まだまだぁあああああ――――ッ!!」
半分以上灰になった盾と、槍を手に。
スパルタ最大の勇者はなお立ち上がる。
「レオニダス王、ここからはわたしが!」
「ええ、申し訳ない……! ではここからは、我々で!」
マシュが前に。そして、レオニダスもまた前に。
二人並んだ盾役の前で、剣と槍が怪物を急襲する。
それでも、ネオ生命体の特性の前には攻めきれない。
怪物は相手の攻撃など意にも介さず。
再び肩に力を集約させ、光線を放つ構えを見せ――――
「―――――っ!?」
瞬間、ネオ生命体の胸部が弾けた。
まるで唐突に、何の前兆もなく。
血のように噴き出す緑の液体と共に、二人の人影もまた吐き出される。
「マスター!」
空中でジオウが何とか持ち直し、キングゥの襟首を掴まえて。
そのまま、彼は強引に着地を決めつつ、戦線へと復帰した。
怪物から色が抜けていく。
緑色に染まっていた体表が、泥らしい黒い光沢に変わっていく。
そんな異形が、信じられない、と。
困惑しかない声で、キングゥへと問いかけた。
「おにいちゃん、どうして? ママのところに、いかないの?」
「―――ボクの目指す先は、もうそこじゃない。そこじゃ、なくなったんだよ。
目指す方向を変えてしまったんだ。旅の、途中でね」
キングゥは何かを憐れむように、そう口にする。
ネオ生命体だけを憐れんだわけではない。
彼は家族を欲したけど、得られないものでしかなくて。
自分は自分を欲して、途中で偶然得てしまっただけなのだから。
望んだものを得られるものばかりではない。
得られぬようにと、排斥されるものもある。
それを喜ばしい、などと思う気はなくて。
―――けれど、それでも、自分が守りたいもののために。
もう、退く気はなかった。
『―――ソウゴくんが脱出成功! それと一緒に、キングゥと聖杯も外に!
って、じゃああれもベースはキングゥじゃなくラフムだった、ってことか……!』
「で!? そっちの緑のはこっからどうする気だ!」
息を整えつつ、クー・フーリンが大声で問う。
それに僅かに視線を向けて、キングゥは確かに自分の答えを返した。
「やりたいようにやる。
オマエらの指図は受けないし―――もう、母さんの世界に協力もしない。
ボクは、ボクが守りたいと感じた世界を存続させるために、稼働する」
理解不能、と。
その言葉に真っ先に反応したのは、ネオ生命体に他ならない。
黒く変わった怪物が、キングゥを自身とは別種だと断定する。
もうそれは、ただの敵でしかない、と。
怪物の右肩の眼が開く。充填される、膨大なエネルギー。
それが先程までと同様、絶大な威力を持っていることには疑いなく。
「ぬぅ、まだ撃つか! 奴から聖杯も抜けたのではなかったのか!?
というか、聖杯はどこへ飛んだ!?」
『聖杯が無くてもあのラフムのエネルギー量は凄まじい!
無尽蔵でこそなくなったが、それでも尋常じゃない魔力を有している!』
「結局弱点ねえじゃねえか!」
ネオ生命体が光線の発射体勢に。
それが放たれる直前に、レオニダスが大きく体を逸らし―――腕を、振り抜いた。
「ぬぅうううん――――ッ!」
先んじて放たれる投げ槍。
目掛ける先は、怪人の右肩にある光線を放つ赤い瞳。
例え貫いても、すぐに吸収される。それは分かっている。
それでも、光線の発射を一手送らせる事が出来るなら。
そう考えて、レオニダスは迷う事なく投擲した。
クー・フーリンの魔槍は、そのためだけに失うわけにはいかぬ英傑の武器。
彼の槍ならば、幾らでも取り返しがつくのだから。
空気を砕きながら直進する槍。それがネオ生命体へと直撃し。
がきん、と。甲高い音を立てて、弾かれた。
今までそれなりの威力さえあれば、簡単に砕けていた体。
それが明らかに、強度を増していた。
「なんと、弾いた――――!?」
閃光。レオニダス王の槍を弾きながら、ネオ生命体は光線を放つ。
踏み出したマシュの盾が、その前に立ちはだかり。
彼女の背中を、令呪のブーストが後押しした。
「“
長々と展開をしているわけにはいかない。
攻撃を弾いたら、すぐに動きださなければいけない。
そうして身構えているマシュの背後。
そこで呆れたように、キングゥが息を吐いた。
「まったく、呆れるよ。聖杯がなくなったから、息切れするだろう?
そんなハズないだろう。アレは、エルキドゥと同系列の新型だ。
―――ボクを通じてエルキドゥの遺体から学び、ティアマトが構成した新しいヒトだ。
当たり前の事すら考えられないのかい、キミたちは」
そうして、彼は力を振り絞るように顔を顰めた。
それも当然の話だ。彼にはもう、聖杯も、心臓もない。
その本体の性能で強引に継続しているが、まともに動くことなど―――
「―――――そういう」
ハサンが、折り畳まれた右腕を包む布に手をかけた。
聖杯が奪われても行動できる。
当然だ。キングゥとは違い、あのラフムはまだ持っている。
ヒトであれば当然持っている、心臓という動力源を。
聖杯には及ぶべくもないが、魔力を体に満たすポンプが確かに体内にあるのだ。
聖杯の魔力があれば、それも纏めてどれだけ崩壊しても再生できた。
だが、自前の心臓だけではそれほどのエネルギーは確保できない。
だから、間違っても壊されてはいけない。
手足を切り裂かれても大きな問題はないが、胴体だけは。
心臓だけは、彼は何としても守り抜かねばならない。
彼はネオ生命体。
しかし同時に。新人類―――ヒトでしか、ないのだから。
「いや、アサシン。テメェは向こうに回って、そいつの言った事を触れ回ってきな。
こっちは、オレがケリつけとくからよ――――!!」
担い手の昂揚に合わせ、呪槍が唸る。
「―――御意!」
「私も行こう。呪詛への耐性が薄いならば、私も仕事がある」
黒衣が武器を失ったレオニダスに短剣を幾つか放り投げ。
そしてそのまま二世を抱えてその場を離脱し、もう一つの戦場に向かう。
つまり、だ。エルキドゥを原型として、製造されたその人形たちは。
彼という機体の性能を、多く受け継いでいるのだろう。
砕かれたその魂を除き、兵器としての泥人形が持ち合わせたものを。
全て参考にして、量産型として設計されている。
―――必要な情報と、必要じゃない情報など判別していない。
メソポタミアにおける最強の人型兵器、エルキドゥ。
新たなる人類のためにベースにされた、彼という存在の設計図。
図られたのは、量産できるようにするためのコストダウンだけだ。
そして。エルキドゥは、呪いの果てに死した。
結果として彼の遺体には、より強く弱点の存在が刻まれた。
エルキドゥという機体、その遺体は。
性能に対して、異常なまでに呪いというものに対する脆弱性を有してしまった。
それを、確かに、ラフムたちは受け継いでいる。
受け継いでしまっていた。
エルキドゥの遺体そのものであるキングゥ。
彼はその弱点を、聖杯の出力で誤魔化して、押し流してきた。
先程までのあのラフムにも、それと同じことができた。
だが、もう。あれの心臓は―――死の呪いに対し、完全なる無防備だ。
「宝具、解除します……!」
マシュが盾を跳ね上げ、宝具を解除。
止めていた足を動かして、再び移動しながらの戦闘に戻る。
『―――魔力の反応からして、硬化しているのは胴体のみ!
それ以外の部分の防御力はそのまま!
恐らく、攻撃に貫かれた場合は今まで通り吸収しにくるぞ!
エネルギーの供給があるうちは、破壊できない!』
「つまりぶち貫いていいのは――――心臓だけってわけだ!」
巻き上がる呪力を見て、ネオ生命体が顔を顰めるように瞼を動かす。
それでも、彼の胸部の強度は万全だ。
吸収を行うために結合を弱くしていた状態とは、まるで違う。
槍の一撃を貰おうと、そもそも徹らない。そこに因果の成立はありえない。
ならば、彼が臆する理由もない。
ネオ生命体が踏み出した。
今までのように光線を連射すれば、流石に心臓が保たない。
だが、僅かなクールタイムを挟む必要ができただけだ。
だからと言って逃げ回る理由もない。
撃てないならば、直接殴打して粉砕すればいいだけなのだから。
直後、唸りを上げる機関の叫び。
エンジンを全力で吹かし、ジオウがライドストライカーで発進した。
目掛ける先は、当然ネオ生命体の許。
全速力によるバイクの突撃。
それに対してネオ生命体が選ぶ対応は、突進。
腕を前に差し出しながらそうするだけで、彼は敵を喰える。
激突するまでには5秒と要らない。
彼らはそのまま正面から激突して―――その瞬間、ジオウが跳んだ。
跳んだ相手に対し、尾による追撃。
掠めただけで吹き飛ばされるジオウ。そこで、彼が叫ぶ。
「レオニダス!」
「ええ!」
男は名を呼ばれ、受け渡されていた暗殺者の短剣を振り被る。
そんな短刀、直撃したところで意味もない。
激突した瞬間に彼の腕と融合し、今まさに喰われているバイクと同じように。
一秒後には呑み込まれて無くなって、彼の体の一部となるバイクと同じように。
取り込んで、それでおしまい―――
バキリ、と。金属が無理な力に耐え切れず、砕ける音。
投擲された短剣は、ネオ生命体に掠りもせず。
しかし彼の腕から、今取り込まれている最中にあるバイクに突き刺さっていた。
防御装甲、カウルバンドライナーの間を縫い。
ライドストライカーのエンジン部、アトモスジェネレーターへ。
オーバーロードさせられていたエンジンが、その瞬間に火を噴いた。
「―――――――っ!?」
ライドストライカーが爆散する。
ネオ生命体の腕の中で。
ネオ生命体の腕の一部の、なりかけの状態のままで。
爆発の衝撃が、肩口から柔い腕の中を伝って、体内へと伝播する。
その威力に腕が弾け飛び―――胴が震える。
内部からの爆発に、ネオ生命体が体を震撼させて。
「ネロ! 最速で、斬り込んで!」
その瞬間、彼の周囲に展開される黄金劇場。
黄金式場の、限定展開。
令呪の力に後押しされて、ネロ・クラウディウスが戦場に駆けた。
奔り抜けるのは、式場を駆け抜ける白い流星。
「―――星よ、駆けよ! “
隕鉄の剣は白い焔を伴って。
叩き付けられる一撃は、正しく地上を駆け抜けた隕石。
内側からの衝撃に震える装甲を、それ以上の威力で外側から殴り返す。
軋む胴体。それを抑え込むため、ネオ生命体は足を止めた。
取り込もうとしたバイクごと腕まで吹き飛んだ現状。
即座に再生するには材料が足りない。質量が足りない。
相手の攻撃など待たず、自分から何でもいいから取り込まねばならない。
だがその前に、胴体だけは死守せねば―――と。
「……オマエが憎いわけでも、オマエを疎んでいるわけでもない。
実際、ボクたちの存在にそう大した違いはない。
ただ、もう、歩く道を違えた。ただ、それだけだ。
それだけの事だけど……それだけでボクは、オマエや、母さんとも戦える」
神具が奔る。彼のなけなしの魔力で構成した、バビロンの叡智。
大地から噴き出した鉄槌が、耐久に入っていたネオ生命体に追撃をかけた。
止めた足ではそれから逃れる事はできず。
そして、腕を失ったばかりの彼に、それを止めることは叶わなかった。
神具の槌が、ネオ生命体の胴体に直撃する。
―――そこで、限界を迎えた。
ばきり、と。致命的な音を立てて、黒い胴体に罅が走る。
胴体全体に駆け巡った亀裂。
そうなったものに、最早強度など期待できるはずもなく―――
「―――その心臓、貰い受ける!」
迸る呪力。それが予感させるのは、絶死の気配。
青い獣が真紅の牙を手に、泥のヒトに向かって疾走した。
もはや形振りなど構わず。
ネオ生命体が魔力を肩に、そこにある罅割れた眼に集約させる。
溢れ出し、スパークする熱量。内側から焼かれ、弾け飛ぶ泥の装甲。
最速で放たれる灼熱の眼光。その光が一際大きく瞬いて、
「“
超熱量の眼光よりなお速く。
真紅の槍撃が怪物の心臓を喰い破った。
「―――あ、……マ、マ――――」
明滅するネオ生命体の目の光。
それが数秒の後、完全に消え失せた。
槍の穂先が打ち砕いた、罅割れた泥の破片が飛散する。
供給魔力が断ち切られ、光線の前兆が放たれる前に消えていく。
がらがらと、泥に戻った体が崩れていく。
足を止めている暇はない。
すぐに彼らは離脱して、そのまま次の戦いに向かわなくてはならない。
ここだってすぐに、ティアマトの海に呑み込まれるのだから。
「っ、ドクター! 聖杯は!?
周りに落ちていてティアマトに取り込まれたら酷いことになるぞ!?」
即座に退却の構えに移りながら、ネロが声を上げる。
『分かってる! いま探して……! あった! これは……!
いま、聖杯を所持しているのは――――!』
ネオ生命体の体内。
そこから聖杯が弾き出され、放出された時。
一切の思考の余地なく、それを確保したもの。
彼は限界の近い体で、それでも全力の魔術をもって聖杯を確保していた。
そんな、全力で手に入れた水晶体を掌に載せた男―――
即ち、天草四郎時貞が、惚けるように微笑んだ。
「ああ、はい。聖杯が見えたので、つい」
『つい!?』
両腕の宝具で魔術を使用しつつ、通常のラフムの掃討。
彼の能力では、ベル・ラフムに対抗はできない。
だからこそ、彼は自分が出来ることを全力で行っていて。
もちろん、一切手など抜いていない。
処理能力いっぱいまで、彼は命を懸けてこの戦いに臨んでいる。
それはそれとして、聖杯が見えたので。
つい、命を削って更に両腕を酷使して確保したのだ。
『っ、恐らくベル・ラフムがそれにも目をつけるはずだ!
キミはあれの突撃に耐えきれるほど頑丈じゃない! マジーンの方へ……!』
「ははは。まあこれが通常の聖杯戦争でしたら、そのようにここで残りの敵に目もくれず、逃げ出してしまってもいいのですが。残念ながら、今回ばかりはそうはいかない。
本当に残念ですが、私は、ここでせっかく手にした聖杯を放棄しなくてはいけない―――まあ、次の機会を大人しく待つとします」
上空から降り注ぐ、ベル・ラフムの巨体。
その前に飛来して、二人の女神が得物を思い切り振り抜いた。
ケツァル・コアトルに、ジャガーマン。
彼女たちが重ねた攻撃に殴りつけられて、しかしその体には傷一つない。
弾き返された女神二柱。
それが墜落するように着地しながら、天草へと声をかける。
「死の呪いへの耐性欠如―――! けれど、聖杯があればそれを獲得できる!
つまり、アレとしては何としてもそれが欲しいわけね!」
「あなたが囮になる気?
んー、だったらあなたよりイシュタルさんにでも持ってもらった方が……あ、駄目ね。
イシュタルさんはここぞというタイミングで落っことしそう」
切り返そうとしていたベル・ラフム。
その直上から無数の光の矢が降り注ぐ。
損傷には繋がらなくとも、鬱陶しげにラフムたちが苛立ちの唸りを上げた。
空中で射撃体勢のまま、イシュタルが声を張り上げる。
「んなことアンタから言われる筋合いないわよ!」
がなる女神を見上げて肩を竦め。
天草は付近で短剣を放つ黒衣へと視線を移す。
「確かに奴らは呪いへの耐性を持っていないらしい。そこが突破口になると思われます。ですが、いまアレを呪い殺せますか? ハサン・サッバーハ殿」
乱舞するダークは通常のラフムに向けて放たれるもの。
彼の攻撃は、ベル・ラフムには通らない。
―――投擲する短剣のみならず、今はその右腕すら通じないのだ。
「それが、無理なのです。アレらはいま、一つの肉体に十の心臓を持ち合わせる。
聖杯とはいかずとも、十体分の出力となれば尋常ではない。
せめて一体一体でなくては、力尽くで跳ね除けられてしまう」
「でしょうね。ですから、一手。それを覆すための作戦を、私に任せて頂きたい」
跳んだガウェインとベル・ラフムが、空中で交差する。
泥に打ち付けられて、火花を散らす太陽の聖剣。
力押しで負けた騎士が、そのまま大地へと落下。
―――受け身を取りつつ地面に激突、幾らか転がり、しかしすぐに立ち上がる。
「聖剣も、イシュタル神の権能も跳ね除ける怪物相手に、それができる、と?」
戦線が下がる速度は、加速し続けている。
もうタイムアップも近い。
そこまでにベル・ラフムを片付けられなければ、次の段階の成功率も格段に下がる。
世界の終わりが、見えてくる。
「―――ええ、やってみせましょう。
私は聖杯を手に入れるため……私の望む救済を成し遂げるためならば。
一切、手段を選ぶ気はありませんので」
天草四郎時貞が微笑む。
彼の真の目的、ここで果たせなければ次の機会に。
次の機会を永遠に失わせる世界の破滅など、受け入れてなるものか。
天草四郎は手段を選ぶ気はない。
例え、忌み嫌うべきものを利用することになろうとも。
己の目的のために、突き進む。
〈バース!〉
ビーストのウォッチが外れ、バースのウォッチが装備される。
クレーンアームが即座にマルドゥークの斧を確保。
今まで通りの速度で、後退し続ける。
丁度そのタイミングで、ロマニからの話を聞き終えて。
立香が、決然とその顔を上げた。
「――――所長、ツクヨミ、私行ってくる!」
「正気―――って訊いたところで、意味ないんでしょうよ!
令呪をもって命ず……! アーチャー、宝具を発動なさい!
その間に、藤丸とマシュを連れて駆け上がれ!」
オルガマリーが念話をしつつ、アタランテに指示。
彼女の手の甲から、一画。令呪の光が欠け落ちていく。
「開けるわよ!」
立香とツクヨミが視線を交わす。
それに頷くと、ツクヨミがマジーンのコックピットを開いた。
そうしてみれば、既に宝具たる訴状を打ち上げた彼女が、そこにいる。
「跳べ!」
「うん!」
息を整え、跳躍。
瞬く間に立香を掴まえて、速力を微塵も落とさず。
アタランテの疾走は、そのままマシュの方向へと向かっていった。
直後、発生する彼女の宝具。降り注ぐ緑の矢の雨。
「まったく、あの天草四郎に聖杯を渡して作戦の起点にするなど……!」
「そんなに言うほどなんだ」
この状況でしかし、息を抜くように小さく笑う。
呆れるように肩を竦めながら、アタランテの足は速度を落とさない。
そうして流れていく景色の中で、立香は己の盾を視界に映した。
「マスター! アタランテさん!」
「抱えて跳ぶ! 舌を噛むなよ!」
マシュの答えを聞かず、アタランテはトップスピードを維持。
そのまま彼女を確保して、方向を転換。
すぐさま目的地たる―――空へと、視線を向けた。
「は! どっちにしろウルクにつかなきゃ意味ないんだ!
後生大事にしまったまま沈没するよか、出航させて撃沈された方がマシさぁ!」
嵐の中、ドレイクが声を張り上げた。
全力怒涛に揺れる船に必死で掴まる二世は、辟易として小さく言葉を吐き捨てる。
「どっちもゴメンだ、そんなもの……!」
―――空を征く、無数の船。
嵐を潜り抜け突き進む、無敵艦隊を打ち破った最強の船団。
彼女たちの前で、矢の雨が鎮まっていく。
神が撃ち下ろしたそれが終わるのを見て、船長が叫ぶ。
「我慢させたねえ、天の牡牛だったか!
……おっと、そういや。はは、ウチの船は意外と牛と相性がいいのかねえ!
―――さておき。さあ、嵐の神様! “
無敵の神様に、一泡吹かせてやろうじゃないか――――!!」
号令を下すキャプテン・ドレイク。
グガランナが咆哮と共に残った力を振り絞る。
侵食海洋、ティアマト。
その巨体に対して、全力の嵐と共に、正面から激突してみせた。
押し返される海。僅か、揺らぐ巨神。
その瞬間、ドレイクが従える無数の火船がティアマトに激突しにいく。
続けて、全砲門が展開。一切の温存なく、それらが全て火を噴いた。
火砲の雨。それがグガランナを避け、ティアマトに直撃。
無数の火柱を立てて―――しかし、それでは巨神は揺るがない。
僅か、僅かに足を進める速度が落ちるだけで。
その進行速度の低下に対して、グガランナの全力のチャージが更に刺さる。
巨神の一歩分だけ、押し返される侵食海洋。
「はは、海はやっぱ大きいねえ!」
「嬉しそうで何よりです。
ですが、下がベル・ラフムに振り切られたようです。来ますよ」
そう言って天草が、聖杯を二世の方へと押し出した。
それを受け取り、酷く微妙な顔をする彼。
「途中でアレが撤退を選んだらどうする」
「選びませんよ。たとえ何を失っても手に入れたい、聖杯を目の前にぶら下げられたら。
手足や、心臓の二つや三つくらい犠牲にしても、絶対に逃さない」
怪訝そうに、疑うように、しかしどこか納得するように。
二世は呆れも交えて、彼に再度問いかける。
「それはお前の思想ではないのか?」
「ええ、まったくもってその通り。
―――何が何でも、世界を自分の望むものへ変えたいと願う生き物の思考ですよ」
船の下から、ベル・ラフムが飛び出してくる。
即座にドレイクが銃による射撃を行い、当然のように成果はない。
全ての弾丸は泥の体に弾かれ、傷一つさえ与えられない。
「キ、キキキ! シャハハハハハハハ――――ッ!
聖杯! 聖杯! 魔術王ガ、母ニ与エタモノ! ツマリ、我ラノモノ!
我ラガ新タナ人トシテ完成スルタメノモノ――――!!」
「聖杯が新たなる人類のために使われるもの、という考えには同意します。
ですが、私とあなたではやり方が決定的に違うので。
残念ですが、今回は縁がなかったと思って諦めるといい」
不気味に嗤うベル・ラフム。不敵に笑い返す天草四郎。
両者が笑顔を向け合って。
次の瞬間、怪物が天から甲板に向かって加速した。
―――駆け抜けたアタランテが、そこに昇る。
マシュを投げ、そこに立香を追加で投げ。
緑の獣が、全速力のままにその足をベル・ラフムの胴体に叩きつけた。
勢いに任せて、僅かばかり押し返される黒い怪物。
蹴りつけたアタランテの方こそ、逆に大きく吹き飛ばされる。
ギリギリで船に着地しながら、彼女が叫んだ。
「笑ってないでさっさとやれ!」
「聖杯、接続。注力開始。
“
限界を無視して魔力を供給。この腕を棄てる代わりに、奇跡を一つ起こしましょう」
天草四郎が両腕を突き出す。
二世に渡した聖杯に接続し、その魔力を引き出して、得た魔力を全てそこに注ぐ。
真っ当なサーヴァントに耐えられるはずもない魔力。
そんなことを無視して、彼は両腕の奇跡の魔術回路を回転させ続ける。
「―――“
限度を超えた供給に、両腕が崩壊していく。
それを代償に形成されるのは、全てを呑み込む暗黒物質。
彼は苦痛に酷く顔を歪めながら、自分の腕を破滅の孔へと変えてみせた。
―――そんなことをして。
真っ先に滅びるのは、自分の腕をそれに変えた天草四郎だ。
彼の体は、ダークマターに近すぎる。
セーフティーもなしにそんなことをすれば、まず彼が潰れていく。
そして、次に潰れるのは、彼のすぐ近くにある聖杯。
それを持っているエルメロイ二世だ。
その状況を理解して、ベル・ラフムが奔った。
聖杯を全力で利用して形成した暗黒物質。
そんなものに近付けば、流石の彼も相応のダメージは避けられない。
だが、それを理解しつつも、彼は迷わなかった。
新人類としてより完成度を高める。そのためなら、多少の犠牲はやむを得ない。
そう、考えて。
「―――ええ、そうでしょうとも。その行動しかありえない。
だからお前は……ここで、
砕けていく天草四郎が、そう言って笑った。
腕は真っ先に失って。
そのまま全身を潰されていく、受肉していたサーヴァントだったもの。
そんな彼が、完全に退去して。
「召喚サークル、設置! 行けます!」
がん、とマシュが盾を甲板に
立香が目を見開いて、腕を突き出す。
彼女の意志に呼応して、カルデアの叡智の結晶が駆動する。
限界以上に超動する、彼女に与えられた魔術礼装。
『レオナルド! 行けるかい!?』
更に仕事の増えたカルデアで、ロマニが隣で作業する天才に問う。
彼女は笑い、当然のように突貫作業を完了させた。
『もちろん、行けるとも! 私を誰だと思っているんだい!?』
「天才!!」
『ようしよく言った! さあ、マスター・藤丸立香!
――――君のサーヴァントを呼びなさい!』
藤丸立香が起動する。彼女に与えられた力を。
更に追加された、この状況を整えた意味を結実させるために。
「―――諸葛孔明!」
直進していたベル・ラフムを、下からの爆風が押し上げる。
暗黒物質が捻じ曲げた、ゴールデンハインド。
その甲板が折れ砕け、内部にも致命的な損傷を負ったのだ。
大砲が、弾薬庫が、爆発炎上して瞬く間に船を火だるまに変えていく。
それを。その噴き上がる炎と衝撃と爆風を。
諸葛孔明が全て、強引にベル・ラフムへと誘導する。
そんな爆風が作った一瞬の隙に、聖杯を持つエルメロイ二世が設置された盾の傍に控えた。
それに何の意味がある、と。
ベル・ラフムは再度の突進を慣行する。
アタランテやドレイクでは、それは止められない。
だから、
「
必要なものを
「オーダーチェンジ――――ッ!!!」
召喚サークルが回る。その機能のために、全力で稼働する。
魔術礼装とサークルが連動し、虹色の光を放散する。
光は、正しく結果を導いた。
藤丸立香のサーヴァント、霊基・諸葛孔明がカルデアへと送還される。
その代わりに、一騎。
「―――サーヴァント、ルーラー!
ジャンヌ・ダルク、召喚に応じ参上しました!」
同じく、藤丸立香のサーヴァントが召喚される。
象徴たる旗を失い、戦闘などこなせない聖女。
そんな紺色の服に身を包んだ女性の姿がその場に浮かび上がり――――
『続けて、霊基再臨! ルーラー・天草四郎の霊基情報を回収……!
ジャンヌ・ダルクの霊基を更新する!!』
彼女が召喚された、設置された盾。
そこから迸る光の渦が、聖女の姿を変えていく。
紺色であった衣装が白く。
編まれていた金色の髪が解け、風に流れ。
―――そして蘇る、彼女が振るった、兵士たちを鼓舞した旗。
かん、と。その旗の石突が、甲板を強く叩く。
そうして、炎上する船の上ではためく白い旗が。
今再び、主の御業を代行する――――!
「“
展開する不沈の守り。あらゆる攻撃に対する守護結界。
ベル・ラフムの突撃が、そこにぶつかった瞬間に止まった。
ジャンヌ・ダルクが確保した聖杯を目掛けての突進。
それが、一切通らずに塞き止められる。
「シャアアアアアアアァ―――――ッ!!!」
どれほど吼えても、その守りに綻びなく。
彼女の守りはあらゆる暴虐を通さない。
天草四郎が遺していった、暗黒物質による圧壊さえも彼女の後ろには通さない。
阻まれる。あと一歩だというのに。
求めたものまで、あと一歩で届くというのに。
籠める力はベル・ラフムの全力。
全力をもって行われた突進は―――それでも、聖女の守りを崩せない。
その激突の衝撃で、遂に完全に船が砕けた。
空中に投げ出されるジャンヌ・ダルク。
それでも、彼女の守りには一切揺るぎはない。
彼女は聖杯を手に、投げ出されてなお結界を完全に維持している。
足場ごと消し飛ばすことになる手段だからこそ、ロード・キャメロットには頼れなかった。この戦場では、マシュが踏み止まれるだけの大地と、ビッグクランチが消し飛ばす空間の両立ができなかった。
だからこそ、聖女の守りが必要となり―――それが成立した結果、ここはベル・ラフムにとっての死地に変わった。
彼女を薙ぎ払って、そのまま突き抜けるつもりだったベル・ラフム。
だが、そこで動きを止められてしまったベル・ラフムは。
――――呑み込まれる。
拡がっていく暗黒物質が、彼の体の一部に接触する。
端から、少しずつ潰していくように。
このまま続けても、全身呑み込まれて潰れるだけだ。
「ギ、ギィ……!」
ベル・ラフムが突進から引き返す。
既にあれに呑み込まれた部分は助からない。
だから彼らは、即断した。
一人、切り捨てる。
ミシミシと軋み始めた体。そこで、彼らは自身の体を分解した。
暗黒物質に呑まれていく一人だけ切り捨て、残り九人が離脱する。
悲鳴もなく、ベル・ラフムが一人。極限まで圧縮されて、塵に還った。
一度分離したものたちが、再び融合する意志を示す。
そうでなければ、性能の絶対的優位が保てない。
だが、もうそんな行動は遅すぎる。
―――ゴールデンハインドを含む無数の船の破片、崩れ落ちていく残骸。
船だったものを足場に地上から駆け上がる、天狗の妙技が真っ先に届く。
「―――遮那王流離譚、“壇ノ浦・八艘跳”」
八歩、一閃。一人、口だけの首が飛ぶ。
船を辿り空を翔ける牛若丸の振るう刃が、まず一人。
その首を落として―――しかし、首が落ちたものもすぐに動き出し。
「“
首の落ちた泥人形の胸部を、炎の矢が吹き飛ばす。
突き立った瞬間に、泥を蒸発させて灰にする鬼種の炎。
―――顔は合わせない。
天草四郎は既に消えた。彼女たちはもうすれ違えない。
だから、顔を合わせてしまえば、きっと余計なものが入り混じる。
せめてこの時ばかりは、同じ方向だけを見つめるだけでいる。
巴御前のその声に、特に感慨もなく。
しかしそれを受け入れて、牛若丸が更に跳ねる。
―――不意をつかれて喰らった。
だがそれだけだ。切り返しの刃など、もう彼らに届くはずもない。
そうして近くの別のベル・ラフムに接近しようとする一体。
そのラフムに対し、弾丸のように別の炎が来襲した。
「フ、――――ハハハハハハハハハッ!!」
振るわれるのは灼熱に燃える鬼の腕。
その少女の細い剛腕がベル・ラフムの頭部を殴りつける。潰れる頭部。
それで終わらず、茨木童子が巨大な骨剣を振り抜いて、そいつの左の翼と手足を両断した。
「ギ、ギギギギ―――――ッ!!」
落下しながら、抵抗を示そうとするベル・ラフム。
それに対し返す刃で右の翼と手足も斬り落とし。
彼女は口だけの顔を、灼熱を纏い肥大化した右腕で押さえつける。
「ああ、そうだ! 吾は鬼! 大江の山に住まう鬼の首魁!
吾は、毀すものも、殺すものも、鬼らしく、気分で選ぶだけのこと!
貴様はただ、たまさかに毀されるものとして選ばれた己を呪えェッ!!」
溶けていく。口だけの顔が鬼火にさらされ、耐え切れずに。
鬼の咆哮と共に、炎が膨れていく。腕に収まりきらず、溢れ出す。
鬼火の手が、更に大きさと圧力を増した。
その力の前に、ベル・ラフムの体が沸騰する。
「怖かろう! 恐ろしかろう!
それが人が鬼に抱くべき感情よ! ヒトの真似事がしたいならば覚えて逝け!
ヒトらしく、鬼の戯れに潰される理不尽をなァッ!!
走れ、叢原火! “羅生門大怨起”―――――!!!」
鬼火で出来た流星が、そのまま地上に落ちていく。
ひとつの巨大な怪異と化した彼女の右腕が、ベル・ラフムを圧壊させる。
欠片も残さずそれを蒸発させながら、鬼は哄笑を轟かせた。
『分離したベル・ラフム。あと、七体!』
―――その光景を前にしながらも、残るベル・ラフムの選択は一つ。
まだ誤差で済む範囲内。
三人失われても、心臓が七つあれば十分すぎるほどに彼らは旧人類に優位を取れる。
だから全てのベル・ラフムの思考は一つだ。
そもそも体が分かれているだけで、大本が一つなのだ。
それも当然の話であるだけのこと。
東洋の鬼種どもの攻撃力には多少驚いた。
呪的なものを帯びた、超熱量。
それによってベル・ラフム二人が確かに、蒸発させられた。
だがここまで。それで終わる話だ。
ベル・ラフムが身を寄せ合う。
そうやって彼らは触れあおうとして――――
全員揃って、すれ違った。
「? ―――???」
肉体を近づけ合った、と七人全てが認識した。
だというのに、何故か。
実際は全てのベル・ラフムたちが、離れ合う方向へと動いている。
正気の行動とは思えぬ、異常事態。
混乱する彼らの、目を持たない彼らの視界に、影が舞う。
「―――暗躍、撹乱は我ら“
呪詛に弱い、というのではなおさら。ならば、我らがあなたたちを墓穴にまで誘うのみ」
闇を縫って駆け巡るは風魔の頭領、風魔小太郎。
その戦場に駆ける忍びに混じって、赤熱した腕が天に掲げられる。
解放される
山の翁が睨むベル・ラフム。その一体が、呪腕の放つ呪いに見入られた。
彼の呪詛に対する耐性では、それを跳ね除けることはできない。
エーテルで編み上げられる、ベル・ラフムの心臓の鏡面存在。
異形の指先が伸ばされる。
「――――“
赤い指が、エーテル塊に触れる。
魔神の掌が、鏡面心臓を鷲掴みにする。
ミシミシと軋む、泥の心臓の断末魔。
やがて、ぶつり、と。
糸が切れたように、泥の人形がひとつ機能を停止した。
『残り六体!』
「はは、私たちは残念ながら呪詛で仕留めるとはいかない!
ならば、力尽くで捻じ伏せるしかあるまいよ!」
ロマニの声を遮る勢いで、フィンが駆けあがる。
槍を包む渦巻く水流は弱々しい。
ここに至るまでに、戦線の維持のためフィンもガウェインも魔力をほぼ使い切っている。
氾濫する通常のラフムたちを薙ぎ払うため、宝具を幾度か振るっている。
だから、ここでアレを打倒するべく宝具の全力解放を行うには―――
二画、輝く。
当然のようにそれを理解して、ツクヨミが令呪を使い切る。
フィンに、ガウェインに、魔力が一息に充填された。
空に上がったフィンの槍が、穂先をベル・ラフムへと向けた。
―――それに応じ、怒涛の水流が天から地へと降り注ぐ。
「“
空中で迷走しているベル・ラフムを二体。
神威の津波が押し流した。
泥の体にその水が染み渡り、僅かに、解けるように脆くなる。
大地へと流れ落ちる、ベル・ラフムを巻き込んだ津波。
その水流ごと、消し飛ばすべく。
「この剣は太陽の映し身―――あらゆる不浄を清める焔の陽炎。
“
振るわれる、太陽の聖剣。
切っ先が向けられる方角には、今もまだ続々と出現する通常のラフムたちも。
横薙ぎに払われた剣閃が、日輪を描き出す。
放たれる熱線が、ベル・ラフム二体を呑み込んだ。
解れた泥の肉体を、欠片も残さず蒸発させる日の光。
灼熱の太陽が放つ光線。
それがベル・ラフムたちを消し飛ばすに留まらず、一帯からラフムたちも消滅させた。
『残存ベル・ラフム、あと四体!』
四つ。残る心臓は四つ。
少ない。けれど、それでも無いよりはマシだ。
風魔忍群の齎した混乱を振り払い、ベル・ラフムが正気を取り戻す。
彼らはやっと自由に動けるようになり。
「―――逃がすと思った? そんなわけありまセーン!」
一人に向け、翡翠の剣が来襲する。
対抗するように、振るわれる泥で出来た腕。
互いに一撃を放ち、激突。
散る火花ごしにベル・ラフムがよろめき、ケツァル・コアトルが炎上する。
続けて、切り上げられるマカナ。
すぐさま返されたベル・ラフムの腕と、鍔迫り合いに。
―――ならない。
ケツァル・コアトルが剣を手放し、ベル・ラフムの腕を取る。
引き込まれ、炎上。
ベル・ラフムを掴んだまま、ケツァル・コアトルの熱量が天井知らずに上がり続ける。
関節など如何様にでもなる泥人形でも、振り解けない。
炎の翼が羽ばたいて。地上に向けて、二人纏めて加速する。
灼熱地獄のただなかで、全身を極められながら、落ちていく。
全ての負荷が、ベル・ラフムを終わらせていく。
「フェイバリット、行きマース! “
極められてかかる全身負荷。灼熱が与える超熱量。
そして、地面に落下した瞬間に発生する衝撃。
着弾した瞬間に、爆発するように最大火力に至ったそれが、ベル・ラフムを微塵に砕いた。
「あんたたちにはアレよ、野性が足りなかったわ。
人間はもっと図太くて、やりたい放題で、しっちゃかめっちゃかなアレなのだもの。母さんの先兵なんてもんに収まってるアンタらより、ずっとアレな生き物なわけよ。
―――でもまあ、私はそういう感じも嫌いじゃないわけで。ていうか場合によってはどっちにも牙を剥くのがジャガーなので、今回は、アンタたちを滅ぼすってだけよね」
跳んだ虎の着ぐるみが、ベル・ラフムの一体を蹴り落とす。
朗らかな顔の底に、何らかの感情が浮かび。
しかしどうでもいいとばかりに微笑んで、彼女はその槍を振りかざした。
神威の顕現。大いなる恐ろしき爪が、そこに顕れる。
すぐさま飛行し、逃れるべく離れようとするベル・ラフム。
だが、逃れられない。
ジャガーの疾走、獲物を求める死の神を前に、泥人形の逃避行は叶わない。
大気を引き裂きながら、死の爪が振り抜かれる。
「っしゃあ! ひっさーつ!! “
爪による斬撃。振るわれるのは一度に留まらず。
振り抜き、返し、振り抜き、返し。
最早原型など留めぬほどに、粉微塵になるほどに、死の鉤爪はベル・ラフムを解体した。
『よし、よし! あと二体だ!』
―――もう無理だ。たとえ集まっても心臓二基では足りる筈がない。
彼我の戦力差は歴然。
ではどうする。どうもしない。彼らはただの人形、ただのヒト。
母たるティアマトのしもべなのだから。
未だに彼らに出来ることを、ただ――――
「ええ、ホント。ただの泥人形如きがやってくれたわ」
一体の前に、金星の女神が降臨する。
目の前にまでくるなど、と。
イシュタルとの接近戦であれば、そう簡単にベル・ラフムが砕かれる筈もない。
先手を取ろうと、彼は即座に動き出す。
無防備に寄ってきた女神に対し、頭を潰すために動き出す。
その光景を真紅の瞳で微笑みながら見送って。
指、一本。
彼女はただ、人差し指一本をベル・ラフムに向けた。
―――ベル・ラフムの体が凍る。
身体機能が、呪詛によって八つ裂きにされる。
女神の指先が示した、一つの呪いによって。
「……呪いにこんなに弱いなんて弱点、私がエルキドゥに与えたようなもんだけど。
いえ、グガランナがあの馬鹿二人に負けたせいね。
それこそアンタがグガランナを呪いたい気分でいっぱいでしょうけど……」
真紅の瞳が、黄金に変わる。
溢れる神気が、女神イシュタルを輝かせる。
ガンドの呪いに縛られたベル・ラフムが、悲鳴もこぼせず震えた。
「安心なさい。アンタの怨念なんて、塵一つ遺さず消し飛ばしてあげる――――!!」
彼女の背後に門が開く。
イシュタルの手がそれに伸ばされ、添えられ、弾丸として掴み取った。
彼女の指が、弓を引く。
眼前でスパークする魔力の嵐を、動かない体で直視しながら。
「“
「ギ、――――」
空に明星の星が輝く。
その光に呑まれたものは、一片も残さず消滅した。
嵐の中に輝く、光の渦。
完全に逆境に立たされた、最後のベル・ラフムが口だけの顔を左右に揺らす。
彼は母の願いのために動くもの。
ならば、その目的を果たすために何が必要かを思考する。
―――ここに至って、勝機はない。
ではどうする。何をすれば、少しでも母のための行動になる。
そう考えたとき、地面に何とか着陸した、船から放り出された連中を見つけた。
そうだ。融合する、という判断は次善のものだった。
あれさえ確保できれば、彼はもっと完璧なヒトになれる。
他の九人は消し飛んだ。
連中はその九人を消し飛ばすために全力でもって行動していた。
そのおかげでもう、すぐに動けるものはどこにもいない。
少なくとも、ベル・ラフムを打倒できるものは、どこにも。
ベル・ラフムが加速する。目指す先には、ジャンヌが持つ聖杯。
他の連中に追い付かれる前に、結界を突破する。
如何に頑強な結界とはいえ、頑強な結界だからこそ、永遠に張っていられるはずがない。
ならば、それを先に突破できれば―――と。
そう、考えて進撃した彼の前に。
一人の男が立ちはだかる。
大した力もない、大した武装も持ち合わせない、大男。
減速する価値もない、とベル・ラフムが断じた。
男が、武蔵坊弁慶が。
ただそこで、合掌して待ち受ける。
「―――形はどうあれ、海より来たりし命。
紛れもなく、ヒトとして造られたもの。で、あるならば」
坊主が、瞑目する。彼の背後に浮き上がる大曼陀羅。
そこから放たれるものに覚えた感覚に、ベル・ラフムが困惑し―――
曼陀羅の輝きが、命が進む先を指し示す。
それが紛れもなく命のカタチをしているならば。
カタチはどうあれ生きているのならば。
「“五百羅漢補陀落渡海”――――還るがいい。
海より生まれしものならば、海の彼方で果てる事に否やはあるまい」
坊主が、目を開く。
それで―――ざらり、と。ベル・ラフムがただ砂になって崩れ去った。
加速していた勢いのまま、ぶちまけられるベル・ラフムだったもの。
「―――南無」
バサバサと降り注ぐ砂を見ながら、弁慶が最後に瞑目し、その場からの離脱を開始した。
最後のベル・ラフムまで消滅し。そして、もうウルクは目前。
グガランナも最早、限界寸前。
―――最後の最後、ティアマトにしてアナザーディケイド。
災厄の獣との決戦が、迫っていた。
彼はそうして、ジグラットの上に着陸した。
そこには既にウルクに残る数少ない人間。
―――黄金の王が、いた。
……別に、それを目掛けてきたわけではない。
目的を果たすためにウルクで一度着陸したかっただけ。
自然と一番背の高いジグラットを選んだだけで、そこにいるものなんて気にしてない。
ただ、それだけだ。
彼の傍に控えていた女が、少し驚いたように体を竦め。
そこで、楽しげにギルガメッシュが声を上げる。
「男子、三日会わざれば何とやら、という言葉はいつ生まれるものであったか。
随分と表情が変わったではないか、キングゥ。
いやはや、同じ顔でもエルキドゥとは似ても似つかぬわ」
「―――――……ギルガメッシュ」
おかしげに笑う男に、キングゥは少しだけ顔を顰めて。
そんな彼の様子に、ギルガメッシュが大仰に肩を竦めた。
「ふん。本来、
まあ今回は
その功績を以て、一度のみ見逃してやる事とするより、他にあるまい」
そう言ってもう一度笑い、彼は再び迫るティアマトの方を見上げた。
グガランナと衝突しながらも、徐々にこちらに迫ってくる巨体。
そんな世界の終末一歩手前の状況で、ギルガメッシュはシドゥリに視線を向ける。
「シドゥリよ、せっかくだ。
祝杯でもあげることとしよう。ありったけの麦酒を持て」
「……これから務めのある王に酔われでもしたら大ごとです。
終わってからにしてください」
「はっ、この状況でなお酒すら許さぬとは……まったく、堅い女め」
そう言いながら、ギルガメッシュが手元に置いていた黄金の盃を持ち上げた。
そのまま、それをキングゥの方へと放り投げる。
受け止めて、彼はそれの正体に息を呑んだ。
「これ、は」
「シドゥリが酒を寄越さぬせいで空の盃だけだがな。
持って行くがいい。
―――聖杯。
魔術王がこの時代に降ろしたものとは違う、別の聖杯。
そんなものを当然のように所有していたギルガメッシュ。
彼はそれを当然のように、キングゥへと明け渡した。
「好い顔になった。
兵器が浮かべるにしては感情的すぎるが、人が浮かべたならば良きものよ」
そう言ってからからと笑い、王はキングゥから視線を外す。
もう彼から送るものはこれ以上ない、と言わんばかりに。
その背中を一度見て。
シドゥリがどう口にするべきかと悩むように、小さく視線を彷徨わせ。
「……キングゥ。その、ええと――――すみません、何でもありません。
何か、やるべき事があるのでしょう? どうか、頑張ってください」
「……なんだい。言いたいことがあるなら言えばいい。
恨み節かい? まあ、言いたくなるのも当然だろうさ。
実際、ボクはメソポタミアをこんな状態にした主犯だ」
自嘲、するわけではなくとも。
鼻を鳴らしてそう言ったキングゥの前で、シドゥリが首を横に振る。
「―――いいえ、そうではなく。
ただ、あなたに会えたら。エルキドゥへの礼を告げようと思っていたのです。
……ですが、相手が違ったようです。あなたとは、初めまして、でした」
「―――――」
彼女の言葉に、キングゥが僅かな間静止して。
動き出せば小さく視線を伏せ、手にした聖杯を胸に当てた。
沈み込んでいく聖杯が、彼の心臓を代替する。
体に熱を巡らせながら、新たな心臓を馴染ませていく。
少しだけ、慣らしをする時間が必要だ。
「……言っておけばいい。この体は、間違いなくエルキドゥと同じ機体だ。
ボクは知らない話だが、ボクの中のエルキドゥには響くかもしれない」
言われたシドゥリが少し驚いて。
しかし、微笑んだ。
「―――ありがとうございました、エルキドゥ。
私たちウルクの民の中に、あなたへの感謝を持たない者はいないでしょう。
あなたは、偉大ながらも孤高の王に、人としての生を与えてくれました。
彼の王の歩む道を、人の世界を敷く王道と定めてくれました」
彼女の言葉に、ギルガメッシュは動かない。
ただ、迫るティアマト神だけを見上げている。
「あなたの死を嘆かなかった者はいません。誰もが、あなたの死を悲しんだ。
あなたにも、幸福であってほしかった。
……エルキドゥ、美しい緑の人。本当に、ありがとう」
それが、エルキドゥに響いたかどうか。
そんな事はわからない。わかるはずもない。
だって、彼はキングゥなのだから。
わからなくていい。わかる必要は、ないのだ。
「―――こちらこそ、ありがとう。シドゥリ」
「―――――」
驚いたように、シドゥリが目を見開いて。
そんな彼女に対して、キングゥは言葉を返す。
エルキドゥではなく、キングゥとしての。
「キミたちと共に歩み、エルキドゥは己の道を最後まで歩き抜いた。
彼が止まったところから、ボクはボクになって歩き出した。認めようと認めまいと、ボクが発生したのは、キミたちを愛して、キミたちに愛されたエルキドゥあってのものなんだろう。
だから、ありがとう。エルキドゥと共に歩いた人たち。ボクが始まる前に、この体を動かしていた魂が、何より大切に想っていた人たち。
エルキドゥの最期は幸福であったからこそ――――この機体には、これだけの熱が遺っていたんだろう。その熱はボクにとって記憶でも記録でもなく、ただの情報の一つでしかないけれど。きっと、それはきっと、この機体の中に生まれたボクという魂にとって、根底に関わるくらい大切なもの……なの、かもしれない。だから―――それだけさ」
キングゥが歩き出す。他の誰でもない、彼の旅路を。
彼が自身に求めた役割を果たすために。最期の使命を果たしに行くために。
伝えるべきことはもう伝えた。
もう、交わす言葉など残っていない。
シドゥリが胸に手を当て、微笑む。
最後に彼女の言葉だけ受け取って、彼は地上から飛び立った。
「―――はい。こちらこそ、ありがとう。キングゥ」
なんか即死に弱い、という弱点に触れてみる。