Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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エボルト三世⚔様に支援絵を頂きました。
ジャンヌとバレンタインデーです。
ところでチョコレートってものによりますけど黒くて堅いじゃないですか。それってマンホールに似てませんか? もしかしてバレンタインデーって実はマンホールの日でもあるんじゃないでしょうか。むしろマンホールの日だけど、マンホールは気軽に扱えないから仕方なくチョコレートで我慢しているのではないでしょうか? 本来のバレンタインデーはマンホールを互いに投げ合うお祭りだった可能性はありませんか?
 


真・人理焼却 序章(プロローグ)-931

 

 

 

 ―――声が、聞こえる。

 

 私は見逃す事ができない。

 このまま見過ごす事ができない。

 我らは誰一人、それを看過する事ができない。

 

 彼の王の悪行を。

 彼の王の残忍を。

 

 多くの哀しみを見ていながら、何もせず、ただ薄笑いを浮かべていた、あの悪魔を。

 

 ―――浮上してくる感情の渦。

 ―――彼らがそれを抱くに至った原因。

 ―――見てきたものが、視界を掠めていく。

 

 人の世には、多くの悲劇があった。

 それはあらゆる時代、あらゆる国、どのような世界であっても変わらない。

 表層がどれだけ変わったように見えようと、それだけは変わらない。

 人の世には、必ず悲しみがついてまわる。

 

 我が子を殺すもの。我が子に殺されるもの。

 裏切りに嘆くもの。裏切りに生きるもの。

 

 一体、

 

 恋を知れぬもの。恋を捨てるもの。

 家族を知らぬもの。家族を捨てるもの。

 愛を知らぬもの。愛を笑うもの。

 

 何が、

 

 富を失うもの。富に殺されるもの。

 成功を求めるもの。成功を憎むもの。

 信仰を守るもの。信仰を嫌うもの。

 

 何のために―――

 

 人が幸福と呼ぶものの裏に、必ず悲劇はついてまわる。

 何を避ければいい。何を除けばいい。

 どうすれば、この矛盾は解消する。

 

 同胞を愛し、異人を軽蔑し、叡智を学び、無知を広げ、

 怨恨を育て誤解に踊り差別を好み迫害に浮かれ憐みを憐れんで。

 

 この生き物は、一体どうすれば報われる。

 人間とは、なんと醜く悲しい生き物なのだろう。

 

 だが、只人はそれでよい。

 

 人間は万能ではないのだ。

 みな苦しみを飲み込み、矛盾を犯しながら生きるしかない。

 そう生まれ付いてしまった悲劇の中で、そうでないものを求め続ける。

 

 ―――されど。

 万能の王であれば、話は違う。

 

 彼にはこれを解決する力も、手段もあった。

 過去と未来を見通す千里眼を持ち、この世すべての悲劇、悲しみを把握していながら、その上で、何もしない王がいた。ただ笑うだけの王がいた。知らないのであればよい。だが知った上で笑い続ける王がいた。何故、何故。只人でさえ、己の矛盾を未だ知らぬか弱き命さえ、悲劇の中に幸福を求め、力を尽くして這いずり回っているというのに。何故、この王は、何もしないなどという答えを選ぶ。その力を以てすれば、先導できるはずだ、示せるはずだ、人間の行先を。

 だと、いうのに。何故――――!

 

“それを知って何も感じないのか! この悲劇を正そうとは思わないのか!”

 

 私は訴えた。

 そうして。

 王はただ、こう返答した。

 

“いやぁ、まあ。別に、何も?”

 

 ―――この男を。

 許してはならないと、私たちの誰もが思った。

 

 我らの憤りは、此処に極まった。

 こんなものを戴くものたちに、救いがあるはずもなかったのだ。

 こんなものを冠する世界に、救いがあっていいはずもなかったのだ。

 

 代わるものが必要だ。正すものが必要だ。

 根底を覆さねば、これを修正する事は叶わない。

 ならば。

 

 神殿を築き上げよ。

 光帯を重ね上げよ。

 アレを滅ぼすには全ての資源が必要だ。

 アレを忘れるには全ての時間が必要だ。

 

 ―――終局の特異点への道を探せ。

 そこに、魔術王の玉座がある。

 

 その(ソラ)の名はソロモン。

 終りの極点。時の渦巻く祭壇、始原に至る希望なり―――

 

 

 

 

 意識が、還ってくる。

 目の前には既に仕事に戻っているギルガメッシュ王。

 

 復興にはどれだけ手があっても足りはしない。

 彼には一分一秒無駄にできる時間はない。

 だがその状態に気付き、彼の視線がこちらに向けられた。

 

「起きたか。では、さっさと戻るがいい。

 荷物を纏め、大使館ならぬカルデアにな。任期満了、帰国の時だ。

 これから最後の戦いとやらに臨むのだろう?」

 

「……えっと、今の光景は……」

 

 脳髄を駆け抜けていった、誰かの記憶。

 それが何だったのか、と。

 立香は問いかけるように王を見上げて、しかし

 

「知らぬ。貴様らが冥界より持ち帰った天命の粘土板、(オレ)も何が書いてあるかは知らんのだからな」

 

 知ったことではない、と一言でバッサリと斬られた。

 

「王様が書いたんじゃないの?」

 

(オレ)の千里眼が視た光景には違いない。が、それを(オレ)の意識が認識する必要性がないのであれば、わざわざ気にも留めぬ。そこに刻まれたものは、貴様たちが得るべき情報。それ以上でも以下でもない」

 

 訝しげに問うソウゴにそう返し、肩を竦めるギルガメッシュ。

 そこで新たな兵士たちが玉座の間に入室。

 粘土板が、更にもう一つの山を作った。

 

 ここにきて、最大の高さと幅を見せる粘土板の山。

 

「見ての通り(オレ)は過労死が見えてくる激務の最中だ。

 もはや貴様らなんぞに片手間を使うのも惜しい。さっさと帰るがよい」

 

 そう言ってぱたぱたと手を振って―――

 そこでふと、思い出したようにシドゥリに視線を向ける。

 

「過労死と言えば、シドゥリよ。もはや冥界の鏡などここには要らぬ。

 置いておくだけで呪われ、それが原因で衰弱死しかねん代物だ。

 こやつらにくれてやれ」

 

「はい、分かりました。持ってこさせますので、少々お待ちください」

 

 言って、頭を下げて退室していくシドゥリ。

 その間も兵士の流れは止まらない。

 当然、ギルガメッシュ王の手も止まらない。

 

 冥界の鏡を渡す、というなら受け取るが。

 それの受け渡しまで手持無沙汰になる。

 そこにふらりとやってくるのは、花の魔術師。

 

「おや、別れの挨拶かい? なら私も帰る必要があるね。

 人理焼却が解決した後に幽閉塔の外にいたら、私がえらい事になるし」

 

「解決、ね」

 

「ああ、解決だ。何せ、起点となる聖杯はこれ。

 これをカルデアが回収した時点で、魔術王の計画には確かな綻びが生まれる」

 

 胡乱げなオルガマリーの目の前に、マーリンが差し出す聖杯。

 彼の手により、水晶体から結晶化した黄金の杯に変わったもの。

 この場でそれを渡してしまうつもりなのか。

 彼はぐいぐいとそれを押し付けてくる。

 回収しなければいけないものなのは確かなので、とりあえず受け取るツクヨミ。

 

 収納するにはマシュの盾が必要だ。

 が、流石にいま謁見するために来た彼女は盾を持っていない。

 

「人理焼却が終了・確定していたのは、この時代に聖杯が降りていたから。

 それが覆った時点で、人理焼却は続行中の業務、に差し代わる。

 そうなったからには魔術王も遂に重い腰を上げるだろう」

 

 かつて、ロンドンの地で邂逅した魔術王ソロモン。

 彼との決戦が目前に迫っている、と。

 それを改めて理解して、オルガマリーが息を吐く。

 

「……わたしたちがこれを持って、カルデアに帰還した時。

 この時代から魔術王の影響が消えた時。

 それが、わたしたちの最後の戦いの始まり、というわけね」

 

「そう。その時がキミたちの最後の戦いの始まりであり―――

 聖杯を降ろすだけ、なんて手抜きではない。

 魔術王が直々に手を下す、真の人理焼却の始まりの瞬間であるというわけだ」

 

「真の、人理焼却……」

 

 立香が微かに息を呑み、聖杯を見つめる。

 彼女たちのこれまでの道中。聖杯が送られ、乱れた七つの特異点。

 それらの戦いは、序章(プロローグ)に過ぎない。

 それこそが、魔術王にとっての認識である。

 

 そうした彼女を見て、マーリンが苦笑した。

 

「そう難しい話じゃない。キミたちはただ普段通りでいればいい。

 ここまで走り抜けてきたように、もう少しだけ頑張って走ればいい。

 何故って。だってキミたちは、確かにそれだけ前に進んでいるんだから」

 

 ふわり、と白衣を揺らして。

 彼は軽く手を掲げ、自分の事を指し示す。

 

「実を言うとね、私はちょっと人でなしだ」

 

「フォーウ! フォ、キャ―――ウッ!」

 

「なんだい、うるさいなキャスパリーグ。

 ……仕方ない。わかった、わかったとも。少し嘘を吐いたね。

 実を言うと、私はかなりの人でなしだ」

 

 彼の一言に、即刻抗議の声をあげるフォウ。

 突然肩の上で鳴きだした彼を、マシュがどうどうと宥める。

 それはそれとして、と。

 押し付けられた聖杯を持て余しつつ、訝しげな顔を浮かべるツクヨミ。

 

「知ってるけど……」

 

「おや、なんてことだ。まさか見破られていたなんて。

 まあ私はそんな人でなしだが、綺麗なものを見る目だけはそれなりにある」

 

 そう言いながら視線を巡らせ、一回転。

 彼が最後に目を留めたのは、マシュにであった。

 

「……マシュ・キリエライト。

 僕の見出した王が、その円卓を支えるに相応しいと認めたキミ。

 そんなキミに、一つ質問しよう」

 

「質問、ですか?」

 

「うん。なに、大した事じゃない。ただキミの感じた事を口にしてくれればいい。

 キミの在り方は、この旅を経ても変わらなかった。最初からそこにあった、人の持つ美しさを守りたい、という意思が常にそこにあり続けている。

 ギャラハッドに盾を託され踏み出した、これまでの旅路。いつでも、どんな時でも、キミはその盾を手に、誰かの前に立つ事を是としてきたのだろう」

 

 彼女という人間が変わったかどうか、というなら変わっただろう。

 けど。彼女が向いている方向が変わったか、と問われれば。

 きっと、そう変わってはいない。

 彼女は最初から、今に至るまで、善き人で在り続けている

 

「そうしてきた、今のキミに問う。

 かつてのキミと、今のキミ。

 そこに、違いはあるのだろうか」

 

 で、あれば。

 どう変わったのか。何を変えられたのか。

 変わったことに、意義を見出せるのか。

 

 迷いはない。

 ただ、口にする言葉を選ぶように数秒だけ瞑目し。

 紛れもない、自分の想いを彼女は口にした。

 

「―――あります。やりたいと思った事が、変わってしまったわけではありません。

 今までそれを軽んじてきたつもりもありません。けれど、今のわたしは……かつてのわたしより、より強くその盾を握り、より強く前に踏み出せる。だから、違いはあるのだと思います」

 

 ただ、歩くことに今までより力を入れただけ。

 今までと変わらない道に、今までより少しだけ強く踏み出すようになっただけ。

 何が変わったわけでもなく、しかし変わったとするならその程度。

 そうだという事実に、花の魔術師はただ微笑んだ。

 

「……そうか。それなら、うん。それならよかった。

 では、できるだけずっと覚えておきなさい。

 できるだけ、忘れないで欲しい。かつての自分が、今の自分に変わった理由を。

 それを忘れてしまった時、人はそれまでとは違うものになってしまう。

 その変化は、聖剣でも、聖槍でも、そしてキミの盾でもけして止められない」

 

 気にしているのか。気にしていないのか。

 それは、彼の声色からは伝わってこない。

 マシュの答えを聞いたマーリンは、ただ微笑みながら言葉を続けた。

 

「ただ、その代わりにというわけではないけれど。

 キミたちは自分の心という、その変化を唯一止められるものを常に持っている。

 まあ人間なんだ。ずっとそうであり続ける事はできない、なんて。

 私は常日頃からそう思っているし、それが真実だろうけど。

 それでも、私はそういう美しい物語の方が好物だからね」

 

 そこまで語った彼が口を閉じて、言葉を止める。

 次に開けば、もう完全に今の話題を打ち切っていた。

 

「では、私は適当に仕事を片付けてからアヴァロンに帰るとしよう。

 そこで、キミたちの戦いを見させてもらうよ」

 

「……最後に戦いがある、と分かってるのに手伝わないわけ?」

 

 胡乱げなオルガマリーからの視線。

 それを正面から受け流しつつ、彼は困った風に笑う。

 

「アヴァロンからでも出来る支援くらいならするけれどね。流石に今回みたいに、現地に駆けつける、というのは特別さ。

 人理焼却によって時代の消滅したことによる、私を縛る制限の消失。ギルガメッシュ王という、ああ見えて実は意外と優秀な魔術師により一度召喚されていた事実。そして、果てには災厄の獣の誕生によって私やキング君が世界に求められていた、という後押し」

 

「キング君?」

 

「そう呼んでいるんだろう? せっかくだから私もね」

 

 キングハサン。初代山の翁、ハサン・サッバーハの事だろう。

 それはそれでいいとして、と。

 オルガマリーが目を細めて、マーリンの事を睨む。

 

「……いえ、何となく分かるわ。山の翁のことは。

 正直、冠位を得たから凄まじいのか、元から凄まじいから冠位を得たのか。

 それはもうさっぱり分からないけれど。でも、あなたまで?」

 

 あれだけの光景を見せられれば、流石に分かる。

 

 災厄の獣。カルデアに記録された霊基にして、“回帰”の人類悪。

 ビーストⅡ、アナザーディケイドと化したティアマト神。

 そんな相手に対し、一太刀で以て世界を繋ぐ橋を切り落としつつ。

 “生”と“死”のある生命に変えてしまった。

 

 その功績、その偉業こそ。

 冠位暗殺者(グランド・アサシン)山の翁(ハサン・サッバーハ)のものであると。

 

「ああ。私やギルガメッシュ王は一応、冠位の魔術師の資格を持っている。

 魔術王と同じようにね。っと、それはともかく。

 色々と条件が重なったから出てこれたのであって、普段はそうはいかないという事さ。

 だからまあ、ここから先はファンとして声援をかけるくらいで許して欲しい」

 

 さほど悪びれた様子もなくそう言って笑うマーリン。

 そこに丁度、シドゥリに先導されて兵士たちが冥界の鏡を運んできた。

 それに合わせて、マーリンはその場を去っていく。

 さほど重要なことでもない、とでも言わんばかりに。

 

「では、キミたちの勝利を祈っているよ」

 

 入れ替わりに彼女たちの前にくるシドゥリたちと冥界の鏡。

 シドゥリに指示され、兵士たちはそれを彼女たちの方へと差し出してくる。

 

「どうぞ、こちらで保管していた冥界の鏡です」

 

「あ、はい。ではわたしが……」

 

 それをマシュが受け取り、抱え上げる。

 その受け渡しを見つつ、微笑むシドゥリ。

 

「……王やマーリンには分かっているようですが。

 私どもには、あなた方がこれからどのような戦いに身を投じるか。それは分かりません。

 ですが、ここで経た戦いに劣らぬ、過酷な戦いがあなた方を待っているのでしょう。

 残念ながら、私たちが力になる事は叶いませんが……」

 

「―――多分、そんなことないんじゃないかな」

 

 彼女の言葉を、ソウゴの呟きが遮る。

 

「ここから俺たちの時代に、全部が繋がってる。

 そうだったんだって分からなくなるくらい遠く離れても、繋げてきたものは切れてない。

 ……だったら。あんたたちがここで頑張ってくれたから。

 俺たちだってこれから先で頑張れるって事でしょ?」

 

 それを、そのままにしておくために。

 繋げたままにするために、自分を使い果たした鎖があった。

 神と人は離れたけれど。

 しかし、途切れることだけはしなかった。

 

 ―――本来のものとは違えたけれど。天の鎖(キングゥ)の使命は果たされた。

 

 シドゥリは胸に手を当て、僅かな間だけ瞑目し。

 そうして、彼らに頭を下げる。

 

「―――この度は。

 あなた方の旅の途中に、我らが国に立ち寄り頂き、ありがとうございました。

 あなた方のこれからの旅路も、幸多きものである事をお祈り申し上げます」

 

「こっちこそ。

 これから、あんたたちの国がもっと良くなるといいと思ってるから」

 

「貴様なぞに祈られるまでもないわ!

 シドゥリ、いつまで遊んでいる! さっさとこちらを手伝え!」

 

 微笑んで、それから苦笑して。

 シドゥリは、王の呼びかけに応えて戻っていく。

 終わる事のない業務に、加速していく喧騒。

 それらに背中を向けて、彼らはジグラットを後にする。

 

 この時代の人間は、新たな戦いを始めている。

 同じように、彼らも新しい―――最後の戦いを始めるために。

 共に肩を並べて戦う時間は過ぎた。

 ここからは、それぞれまた別の戦いに向き合う時間がやってきただけ。

 

 そうして、外に出たソウゴたち。

 そこに投げ込まれる、マゼンタカラーの塊。

 

「わっ」

 

 咄嗟に腕を伸ばして叩き落とそうとして。

 しかし途中でそれの正体に気付き、ツクヨミがそのまま掴み取る。

 それはディケイドの顔が刻まれた、ライドウォッチ。

 

「忘れ物だ」

 

 そう言って、壁によりかかった門矢士が肩を竦める。

 ツクヨミからそれを受け取り、ソウゴはそちらに目を向けた。

 

「ディケイドのウォッチ……いいの?」

 

「別に、俺は仮面ライダーだから旅をしてるわけじゃない。力のあるなしでやりたい事を変えるつもりはない。なんであれ……旅は、自分の足でするものだからな」

 

 彼が首にかけた写真機を持ち上げ、適当に一度シャッターを切った。

 いきなり写真に撮られて、オルガマリーが面食らって。

 そのまま軽く手を振って、士はオーロラのカーテンを作り出す。

 

「ところで、ディエンドは?」

 

「知らん。あいつのやる事なんて、いちいち気にしていられるか」

 

 立香からの問いに、知らないし気に掛けるつもりもないと。

 面倒そうな顔をして、彼は壁から背中を離した。

 そうして、オーロラに向かって歩き出しつつ。

 

「じゃあな、魔王とその仲間たち」

 

 懐から、マゼンタカラーのドライバーを出し。

 それを軽く揺らしながら、彼はオーロラの中へと消えていった。

 彼がそこを通ると同時、オーロラもまた消え失せる。

 

 見送ったソウゴが、呆れるように。

 

「……力、残ってるんじゃん」

 

「また会う事もあるのでしょうか……?」

 

 マシュが呟く言葉に、眉を顰めるオルガマリー。

 

「わたしたちの戦いは、魔術王から未来を取り返したら一件落着なのよ。

 そんな簡単に会う事があってたまるもんですか」

 

「……なんか。所長さんがそういう事言うと、新しい問題が起きそうですね」

 

 苦笑交じりにそう言ったツクヨミを睨む、オルガマリーの目。

 余計な事を言ったとばかりに。

 その睨みから逃れるために、ツクヨミはジグラットの階段を足早に降りていく。

 それを追うように、オルガマリーもまた歩き出し。

 小さく笑いながら立香とマシュも続き。

 

 一歩分だけ遅れて、ソウゴもまた足を動かし始めた。

 

 

 

 

「あれ、二人揃ってどうしたの?」

 

 ジグラットから降りた彼女たちの前に姿を現すのは、クー・フーリン。

 そして、武蔵坊弁慶だった。

 

「おお、皆様方。王への謁見が済んだようで」

 

 降りてきた彼女たちを見て、そう言って微笑む弁慶。

 

「あなた方が戻るための挨拶回りをしている、と聞きましてな。

 王の他のサーヴァントはメソポタミア全土に散らばってしまっていますので。

 恐れながらこの武蔵坊弁慶。拙僧が代表として、お別れの挨拶をと」

 

 このメソポタミアの地が特異点と化した原因。

 ティアマトとキングゥは消え去った。

 

 徐々に修正が始まったこの時代で、真っ先に退去したのは二人の女神だった。

 ケツァル・コアトルとジャガーマン。

 紛れもなく神霊である彼女たちは、最優先で世界から異物として排除された。

 ティアマト―――ゴルゴーンが乱した世界でなければ、支えきれなかったとも言える。

 

 土地に根付いた神であり、巫女に降霊されたイシュタル、エレシュキガル。

 彼女たちはまだ残っているし、この特異点が消えるまで残るだろう。

 そして、受肉して存在している王のサーヴァントたちも。

 

「天狗の早業を評価され、牛若丸様はここウルクより最も遠い地を巡ることになってしまいましたが。その結果、完全に巴御前殿との仕事場が離れまして。ようやく肩の荷が下りました」

 

 そう言って笑う弁慶。

 本気で安堵している様子で、彼は嬉しげにしている。

 

 バビロニアの壁に集められたこの地上に残った生物たち。

 それを元いた都市に戻し、壊された街を修復し。

 この時代が完全に修正されるまでの間を、彼らは繋ぐために活動する。

 それが彼らサーヴァントに与えられた、最後の仕事だ。

 

「……ちなみにそれって、茨木童子も?」

 

「茨木童子殿は野の獣を引き連れ、森や山を巡っているようですな」

 

「やっぱりあの子、凄い面倒見がいい……」

 

 何とも言えない表情でツクヨミがそう呟いて。

 ふと、立香が隣にいたクー・フーリンに目を向ける。

 

「クー・フーリンはまたナンパ? そんな花まで抱えて」

 

「あん? いや、今日は違うっての。これは花屋の婆さんから餞別だ」

 

 彼はそう言って、一抱えもある花束を持ち上げた。

 この特異点で世話になった人間への挨拶回り。

 その中で譲り受けたもの。

 クー・フーリンはそれを軽く揺らしながら、呟くように続けた。

 

「オレと、あの嬢ちゃんにな」

 

「……アナに」

 

「ま、あの婆さんだって奴がどうなったかなんて分かってるだろうがな。

 だからこそ、でもあるだろうが」

 

 そう言って、彼は自分の持っていた花束を立香に押し付けた。

 

「半分はクー・フーリンのじゃないの?」

 

「オレのだってなら、それを後から誰にくれてやっても問題ねえだろ。

 お前らの好きにしろよ。他の誰にくれてやるのもな」

 

 言われた立香が、ふと。

 マシュが抱えたままの冥界の鏡の方へと、視線を送った。

 その視線の意味を理解して。

 オルガマリーも、ソウゴも、マシュも、ツクヨミも。

 それぞれ視線を絡ませて、頷いた。

 

 そんな光景を前にして、僧兵が小さく笑う。

 

「……では、坊主が入り用でしたら拙僧が」

 

「んじゃ。目的は果たした事だし、オレは帰っとくぜ。

 お前らが帰ってくる頃には、全員大使館に揃ってるだろうしな。

 最後にのんびりしてこいよ」

 

「ランサーは行かないの?」

 

 さっさと背中を向けて歩き出すクー・フーリン。

 ソウゴが彼に声をかけるが、その足は止まらない。

 

「行かねえよ、サーヴァント……死人が死人見送ってどうすんだ。

 オレだってとっくに見送られる側だって話だ。

 送るのにも、坊主がいるならドルイドも要らねえだろ?」

 

 そう言って苦笑して、彼は一切止まらずに歩き去っていった。

 

 

 

 

「へーえ。それも随分な話ね」

 

 ―――冥界を下りながら、イシュタルがそう言って息を吐く。

 

 彼女たちが降りてくるのを見上げながら、エレシュキガルは眉を引き攣らせた。

 冥界の鏡を通じ連絡し、彼女にウルク直下まで迎えにきてもらったのだ。

 先程通信した時は頬を朱に染めんばかりに喜んでいたのだが。

 しかしイシュタルを見た瞬間、彼女の表情は急転直下してしまった。

 

「ごめんね、エレちゃん。迎えに来てもらって」

 

「いえ! いいのよ! むしろどんどん呼んで欲しいっていうか! 本来、生者が冥界に来るのはあまりよくないけれど……別れの挨拶くらい、せめて顔を合わせてしたいし……」

 

 妙に慌てふためきつつ、しかしそう言って歓迎するエレシュキガル。

 が。視線を鋭く尖らせて、イシュタルに向ける。

 

「……で、何であんたがここにいるの。八つ裂きにされたいの?」

 

「思ったよりは元気ね。まあ、アンタがやった事といえば、冥界の侵入者であるティアマト神への罰則行使。そして、不法に冥界に居座る生者から魂を抜いただけ。

 冥界の女神としてのルールには一応違反してない、か。ただ普通にそこまで必要とされなかっただけ、とも言うけど」

 

「本気で八つ裂きにされたいのかしら?」

 

 少しだけ何かを心配していたようなイシュタルが、溜息ひとつ。

 それに対して肩を怒らせて、神気を放つエレシュキガル。

 

「冗談よ、冗談。少しくらいの滞在、許しなさい。墓参りするだけよ」

 

「えっと……冥界の下には、深淵があるんだよね。

 ゴルゴーンとアナが落ちていった」

 

「申し訳ありません、エレちゃんさん。

 少し、深淵を覗かせいただいてもいいでしょうか……あ、あとこれはギルガメッシュ王が不要になったという冥界の鏡です。ありがとうございました」

 

 ―――それで話を察したのか。少しだけ目を瞠って驚いた彼女。

 それはそれとして返される鏡に少し、悲しげに目を細めて。

 しかし、優しく頷いた。

 

「……冥界にすら既に亡く、深淵に落ちた魂に祈りを捧げたいというのなら。

 なるほど、一番近い場所はこの冥界以外にありません。

 一時のみ、あなたたち生者の侵入を許しましょう……ええ、本当に。ありがとう」

 

 エレシュキガルが腕を振るう。

 冥界の大地ごと、彼らが深淵が覗ける位置へと移動していく。

 その道中で、イシュタルがエレシュキガルに声をかける。

 

「こいつらがゴルゴーンたちに祈ってる間、アンタは私に付き合いなさい。

 行く場所、もう一か所あるから」

 

 彼女の言葉を聞いて、ソウゴが抱えていた花。

 花束を二つに分けた片方を、イシュタルへと渡した。

 二つに分けた、という事実を前に。

 エレシュキガルは仕方なさそうに、しかし確かに頷いた。

 

 深淵よりほど近い場所に彼らだけ残し、女神二人だけで別の場所へ向かう。

 

「……あんたに関しては幾ら八つ裂きにしても足りないけれど。

 エルキドゥ……と、キングゥを弔うためにきた、というなら追い出しはしない。

 エルキドゥをこの地に埋葬する事を許した手前、ね」

 

「ま、流石に今回のでアイツの機体は完全に砕け散ったけどね。ただ、まあ。

 アイツらの墓、と言ったらここしかないでしょうしね」

 

 花を軽く揺らしながら、イシュタルが肩を竦める。

 

「―――けど、その花。あんたらしからぬ殊勝な態度には目を剥くけれど。

 深淵に放り込むならまだしも、ここじゃすぐに……」

 

 死んでしまう、と。

 エレシュキガルが目をかけている今ならまだしも、墓に供えればすぐだ。

 そんな事は分かっている、と。イシュタルが鼻を鳴らす。

 

「マーリンの奴に少しは保つように弄らせてあるわよ。

 せめて、ほんの少しの間くらいはね」

 

「――――そう」

 

「神話も時代も、何もかもアイツとゴルゴーンは違うもの。

 ましてキングゥなんて存在、何かが遺るとしてもエルキドゥの一部としてだけでしょうし。

 もう二度と、アイツらが顔を合わせる事なんてないんでしょう」

 

 そうして、彼女たちの移動が止まる。

 エルキドゥが埋葬された場所。キングゥが生まれた場所。

 掘り返された墓穴を見て、女神が少しだけ―――

 本当に少しだけ、悲しげに目を細めた。

 

「けど、まあ。同じ時代に咲いた、同じ花を一緒に供えてあげる事くらいは。

 そのくらいのことなら、許されるでしょ」

 

「…………」

 

「何よ、その顔。似合わないとでも言いたいの?」

 

 自分でも分かっていると言わんばかりに。

 そう言って目を逸らすイシュタル。

 だがそんな事を気にするものか、とエレシュキガルは鼻で笑う。

 

「別に。あんたにそんな態度が似合わない、なんて言うまでもないこと。

 ただ冥界の管理人として、口を閉ざした方がいいと思っただけ。

 その花と想いが、既に違う場所で眠った彼女たちに本当に届くかどうか、なんて。

 そんな答え、必要のないものでしょう」

 

 答えなんて、必要ない。

 彼女たちは、正しい答えを求めて冥界に降りてきたわけじゃない。

 ただ、そうであって欲しいと祈りにきたのだ。

 

「―――ま、そうね。これも心の贅肉か」

 

 イシュタルが天舟を降り、掘り返された墓所の前に花を置く。

 カビに覆われた大地に置かれる、多くの花。

 湿気た風が、穢れなき花弁を僅かに揺らした。

 

 

 

 

 ―――花束が放られて、深淵に沈んでいく。

 唱えられる念仏は、武蔵坊弁慶の声。

 花が見えなくなってからもその声は続き。

 その声が止まった後も、少しの間だけは誰も口を開かず。

 

 やがて、弁慶が念仏ではない。

 自分の言葉を口にしだす。

 

「……ギルガメッシュ王から伺ったのですが。

 この人理焼却という現象。その最後は、厳密には無かった事になるわけではないそうです」

 

「―――え?」

 

 彼の言葉に対して、オルガマリーがぽかんと口を開け。

 しかしそれに気を留めず、弁慶は続けた。

 

「全てが無かった事になるのではなく。

 無かった事にするために、別の事象による被害を捏造する。そういう事と」

 

 彼は深淵を見つめたまま、口を動かし続ける。

 まるで、カルデアの面々以外の誰かにその言葉を聞かせるように。

 

「その時代で失われた命を、これまで悼みながら旅をしてきたあなた方。

 恐らく多くの人間が、あなたたちの行動にこそ、救われてきたでしょう。

 そんな、あなた方にだからこそ。拙僧は伝えたい」

 

 そこで、彼が深淵から目を離す。

 代わりに視線を向けられたものたちが、武蔵坊弁慶を見上げた。

 

「あなた方が歩んできた、あなた方の真実。それは、時代には残らない。

 あなた方が救えなかった人間は、あなた方が救えなかったという事実さえ残らない。

 ……それでも。救おうと力を尽くした事実を、誇りに思って欲しい。

 救えた人間の数を数えるでもなく。救えなかった人間の数を数えるでもなく。

 救うための道を選択し、全霊で歩んだ事を、何より誇りに思って欲しい」

 

 一時、彼が武蔵坊弁慶を置き去りに。

 ―――源義経の従者を、置き去りに。

 一人の坊主でしかない彼が、目の前の人間たちを見つめる。

 

「……そして願わくば。

 救えた人も、救えなかった人も、どっちもいたという事だけ憶えていて欲しい。

 どちらも事実は時代から消え、再編されてしまうのでしょう。

 他の誰も、それを憶えていられる者はいない。真実は誰に語られるものでもなくなる。

 だから、あなたたちが共にした真実を。あなたたちが巡った旅路の真実だけは。

 あなたたちの心の中に、いつまでも留めてあげて欲しい」

 

 別に、誰に語られる事も望んでいなかった。

 別に、誰に知ってもらおうとも思っていなかった。

 彼女は、そのまま走り抜けて逝ってしまった。

 多くの者はそれに供し、逝ってしまった。

 

 彼女に寄り添ったものだけが知っていた真実を。

 彼は独りで抱えたまま、独りだけで残された。

 

 別に世界に否定されなかろうと、真実などいつの時代も残らない事はある。

 だから。だけど。

 せめて、いつか寄り添っていた者として。

 共にした想いだけは、忘れるべきではないのだと。

 

 ―――彼の言葉を耳にして、強い表情を作る少年少女を前にして。

 

 常陸坊海尊という男は、眩しいものを見るように目を細めて微笑んだ。

 

 

 

 

「そして。彼らの最後の戦いが始まる」

 

 闇の中、ストールを靡かせて黒ウォズが大時計の前に現れる。

 彼は閉じた『逢魔降臨暦』を脇に抱え、時計の前で足を止めた。

 背後に浮かぶ大時計は、確かに時間を刻んでいる。

 刻一刻と、確かに針を前に進めている。

 

「―――かくして。常磐ソウゴとその一行は災厄の獣、アナザーディケイド、ティアマト神を打倒した。その果てに手に入れた、魔術王ソロモンの道を阻む権利。

 憐憫の獣が敷く、星の還り道。最大最強の魔王が敷く、突き進むべき覇道。

 それが、遂に激突する時が来た、という事でしょう」

 

 黒ウォズが懐から出すのは、一つのウォッチ。

 銀色のベゼルに飾られた、新たなるウォッチ。

 今度こそ彼はしまうことなく、手にしたまま歩き出す。

 

「オーマジオウの力。常磐ソウゴの真の力が、いまこそ降臨する」

 

 闇の中に消えていく黒ウォズ。

 彼が消えた後も、大時計は消えない。

 ただ、正しく針は時間を刻む。

 規則的に、正しい時間の流れに従って。

 

 

 




 
 くぅ疲。七章完結です。
 正直この章がこういう方向性の話になるとは思ってなかった。
 不思議。

 まあスウォルツが途中で言ってたように、アナザーディケイド出す気も本気でなかったんですけど。でも途中で、お宝盗んでほくほく顔の海東が、キレたグガランナに蹴っ飛ばされて、吹っ飛んでいったアナザーディケイドウォッチが虚数空間にホールインワンして、どかーんとティアマトがいきなり生えてくる。という展開を思いついてしまい、これ以上海東力の高い展開が思いつかなかったので採用しました。
 自分の目的のために行動し、状況を引っ掻き回しつつ、全力で痛い目を見せられて、その後でちゃっかり何か味方になっている。
 まあまあよくやった、65点(海東ポイント)と言ったところだな。

 そしてもう採集決戦なんやなって。

 命を懸けて一輪の花を守り抜いた奴が勝ちってそれ一番言われてるから。
 
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