Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ライフスコア1791

 

 

 

「ああ、なるほどね。僕とマリアでは違うものが見えていた、ってわけか。

 ―――どうやら、そんな彼女の綺麗さを信じたマリアの方が正解なのかもね」

 

 集団から少し離れた位置で歩くアマデウス。

 彼は唐突に、そんなことを小さな声で呟いた。

 そこそこの距離が開いているが、彼ほどの聴覚があればその声を拾ってみせるらしい。

 

 そして、アマデウスがなんとなしに発した言葉。

 それは近くにいたマシュの耳にまで、確かに届いていた。

 彼が何事かを呟いたのだ、ということに気づいて首を傾げるマシュ。

 

「どうかしましたか、アマデウスさん」

 

「いや? ああ、そうだ。折角だから聞いてみようかな?

 マシュ、キミはジャンヌ・ダルクをどういった人間と感じるんだい?

 あの黒い方を生み出してしまったこととかも含めてさ」

 

 彼から送られる、唐突な問いかけ。

 その質問に対して、マシュは目を白黒させた。

 しかしながら、問われたからには彼女は素直に悩み込む。

 出来る限り、自分の感覚が得た印象を言葉にしようとする。

 

「えっと。先輩のサーヴァントで、とても素敵な方だと思います。

 黒いジャンヌのことは……とても信じられません。そのような方に見えないのです」

 

「うーん、流石と言うか何というか。

 ここまでくるともしかしたら僕がおかしいんじゃないか、なんて気分になってくるね」

 

 けらけらと笑いながらアマデウスはマシュを見る。

 何が言いたいのだろう、と疑問符を浮かべるマシュ。

 そんな彼女に、アマデウスから優しげな言葉がかかった。

 

「ジャンヌ・ダルクはフランスを救ったのにフランスに裏切られた。

 彼女がフランスに復讐したいと感じるのは当然だ、とか思わないかい?」

 

「それは……確かにそういう考えもあると思います。

 わたしもジャンヌさん本人を知らなければ、そのように考えてしまうかもしれませんし……」

 

「ジャンヌ・ダルク本人を知ってるからそう考えない、か。

 けれど人間と言うのは、嘘を吐くいきものさ。他人にも、自分にも。ジャンヌだって自分で自分を誤魔化しているかもしれない。

 ジャンヌ・ダルクを知っているということは、ジャンヌ・ダルクの考えを理解できることにはならないだろう?」

 

「そう、ですが……」

 

 悩むようにうつむいてしまうマシュの姿。

 それを見ておっと、と。

 表情に薄く浮かべていた笑いを引っ込めるアマデウス。

 苦笑いに変わった顔が、マシュに対してこれはどうでもいい話だ、と語っている。

 

「こんな話はただの嫌がらせさ、そんな風に気にするもんじゃない」

 

「え?」

 

「僕は人間に限らず生き物なんて全て汚いものだと思ってる。マリアや君みたいに綺麗な人間に憧れる、なんて。そんな思考回路は持ってない。

 そもそも僕は人間を汚いと断じるけれど、そういうところ含めて人間が好きだしね。その汚さこそが人生であり、それを讃えるものこそが音楽であると思って向き合っている」

 

 すい、と彼はその手の中に指揮棒を呼びだした。

 サーヴァントとして結実した、自分という人生の成果。

 カタチを持ったそれを見つめながら、彼は続ける。

 

「それが僕が生きて結論した、いわば人生観って奴だ。

 音楽性と言った方がいいかも。僕にとってはどっちも同じかな?

 だから君はただ、()()()()()()()()()()()と適当に聞き流しておけばいい。

 だって君はまだ、綺麗なものも汚いものも知らずに生きてるんだ。知らないものを知らないまま評価する、なんて生き方は君にはまだ早い。

 君はまだ生まれたばかり、は言い過ぎか。成長……うん、そうだね。自由に成長し始めたばかりなんだ。多分、君はこれからも藤丸立香たちと色々な時代で戦い続けることになるんだろう。

 だったら何も焦ることなんてないさ。

 君がどんな人間になるにしろ、君が誇れると感じられる人と一緒に自分を作っていくなら、最終的に君がどんな人間になったとして、そこに間違いなんてどこにもない」

 

 そう言って彼はまた笑う。

 それが本当にどんな人間になってもいい、なんて。

 無責任な言葉を言っている気がして、マシュは困惑しながら訊き返す。

 

「どんな人間になるにしろ、ですか……?」

 

「そりゃそうだろ。

 僕はクズで人でなしだけど、存在として間違っているとまで言われる筋合いはない。

 君は真っ当な人間に育ちそうではあるけれど、仮にクズになったとしても誰にも否定する権利はないよ。人というのは多種多様だ。

 同じように見えるものがあっても、同じものなんて何一つない。その不揃いさこそが、君たちが守ろうとしている今までの歴史、ってのを作ってきたんだ。

 そして、その不揃いさを見て君が抱いた気持ちこそが、その先の未来を作るものになる。

 今まで生きてきた誰かたちが今の世界を作った。その世界によって君という人格が作られて、そんな君が未来の世界を作っていく。

 難しく考えることなんて何もない。ただ君は君が見たものから学び、ただ生きればいい。

 実は本当に、ただそれだけのシンプルな話なんだ」

 

 そう言って彼は手にした指揮棒を消す。

 視線は優しくマシュへと向けられている。

 彼は一つ大きく手を叩いて、今までの話を掻き消すようにした。

 

「―――なんて、まるで説教だね。だいぶ話が飛んでしまった。

 忘れてくれてもいいし、そういやあいつがこんなこと言ってたな、といつか思い出してくれてもいい。とりあえずジャンヌ・ダルクの答えには、きっと君たちも対面することになるだろう。

 それも一つ、君が見る誰かが生きてきて辿り着いた世界の真実だ。

 それだけは知っておくといい」

 

 そこで話が打ち切られる。

 アマデウスの話に困惑していたマシュは、それを聴いて何かを考え込むように俯いた。

 無垢な少女が悩んでいる姿を見て微笑むアマデウスが、そっと彼女から離れていく。

 

 そこに、ジャンヌたちとの会話を終えたマリーが寄ってきた。

 

「……マシュをいじめたの、アマデウス?」

 

「酷いこと言うね、キミ。人間のクズは人間のクズなりに相手を思いやったのに。

 彼らにはこれから導いてくれる人が幾らでも現れるだろうけど、僕に教えられることくらいは教えておくさ。汚さと醜さ、美しさと素晴らしさってのは共存するハーモニーなんだぞ、ってね」

 

「貴方の口から出る言葉とは思えない優しさね。ふふ、彼女が好きになってしまったの?」

 

「そりゃあね。まるで君と初めて会った時のような心地さ」

 

 そう言って彼らは小さく笑い合った。

 

 

 

 

「おう。……ああ、一応そいつらも連れてきたな」

 

 合流地点に到着すると、ランサーは嫌そうにエリザベートと清姫を見た。

 彼女たちを仲間にしたのは、ランサーの指示もあってのことなのに。

 やれやれと言わんばかりに肩を竦めるランサー。

 彼の後ろには赤銅色の鎧を纏った男性が待機していた。

 

「ああ。彼らがカルデア、という組織の。

 どうも、はじめまして皆さん。私はゲオルギウス、と呼ばれています」

 

「―――聖ゲオルギウス。

 俺の名はジークフリート、あなたに願いがある。

 俺の身を蝕む呪いを、ジャンヌ・ダルクと共に解呪してほしい。

 この身に信頼を懸けてくれた者たちへ、報いるための力を俺に貸してほしい。

 どうか、頼めるだろうか」

 

 挨拶もそこそこに、食い気味に彼へと声をかけるジークフリート。

 その目を強く見返したゲオルギウス。

 彼は厳かなまでに張り詰めた空気の中で、強く首を縦に振る。

 

「“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”ジークフリート。

 体を呪いの炎に焼かれながらもその闘志、聞きしに勝る大英雄のようですね。

 無論、私も竜の魔女を止めるべく協力を惜しむ気はありません。

 ジャンヌ・ダルクさえよければ、すぐに解呪のための洗礼詠唱を始めましょう」

 

「もちろん。私に否やはありません。すぐに始めましょう」

 

 聖人に連れられ、ジークフリートが処置へと向かう。

 彼を降ろしたことでフリーになった硝子の馬が消えた。

 

 それを展開し続けていたマリーが、僅かに肩から力を抜く。

 

「ここで決戦前の最後のキャンプだ。マスターたちは休んどきな。

 ライダー……マリーの嬢ちゃんも一緒に休んどけ。

 敵地に入ったらあんたの宝具で、纏めて一気に駆け抜けてもらう。

 マスターのバイクも残ってりゃ良かったが……まあ無いもの強請りしてもしょうがねえ」

 

「あれ? あのバイク失くしちゃったの?」

 

「うん。黒ジャンヌの攻撃避けきれなくて盾にしたんだけど」

 

 そうなんだ、と彼が搭乗していたバイクを思い起こす立香。

 …………そもそも彼の年齢でバイクはアウトな気がするが、緊急時なのでスルーしていた。

 公道は走ってないからセーフだろうか。

 1431年のフランスの道交法ならセーフ? どっちにしろ2004年の日本ではアウト?

 

 まあ歴史を取り返してから考えようかな、と彼女は思考を放棄した。

 どっちにしろバイクは壊れちゃったみたいだし。

 

「マリーさんは大丈夫? ずっと宝具を使いっぱなしだったけど」

 

「ええ、戦闘では役立てないのですもの。そのくらいはやり遂げてみせます」

 

「僕たちはこの先、マシュとジャンヌの援護くらいしかやりようがないからね。

 問題は、僕の場合マリアのように足を用意することさえもできないことだけど。

 ……そうだね、僕だけ役立たずなのも問題だ。

 せめて、君たちがぐっすり休めるように音楽を奏でておこうか。

 ピアノがあればそれが一番だったが、残念ながら音楽魔術で我慢してほしい」

 

 そう言ってアマデウスは、自分の周囲に己の楽団を浮かべる。

 彼の指揮棒の動きに従い、メロディーを奏で始めるモーツァルト楽団。

 ただ聴いているだけで癒されているように感じるほどの音色。

 聴きながら目を閉じ、その音に浸っているマリーが小さく呟いた。

 

「そうね。こうして会えたのに貴方のピアノが聴けないのはちょっと残念だったわ」

 

「だろう? 僕がピアノで奏でる子守唄はちょっとしたもんなんだぜ。

 聴けば暴れ馬だろうが暴れ牛だろうが暴れマンモスだろうが、ぐっすりと夢のなかだ」

 

 冗談のようなことを口にしながら、彼はただただ音を奏で続ける。

 その音にとらわれて、休息のために意識を落としていく皆を見つめながら。

 

 

 

 

 夜明けまでの休息を終え、カルデアチームは始動していた。

 

「硝子の馬車、でいいのかしら?」

 

「おう、どっちにしろマスターたちは何が出てこようとオルレアンまで突っ走れ。

 露払いはオレとそこの竜殺しでやる。サーヴァントが途中で襲ってきたら、そこはまあ臨機応変だ。基本的には嬢ちゃんが言ってた奴でいいと思うがな」

 

 マリーが自分の騎馬に引き摺らせる硝子の馬車を構成する。

 フランス王家の紋章が刻印された華美な馬車が作られ、馬と結ばれた。

 そのキラキラ輝く王権の象徴を見たエリザベートが、ぐぬぬと顔を強張らせる。

 

「なによこの送迎馬車は。これ、あのマリーとかいう子が乗るわけ?

 硝子の馬に牽かれた硝子の馬車から、優雅にレッドカーペットへと舞い降りる硝子の王妃?

 なにそれ超アイドル。嘘でしょ、あの子のアイドル力高すぎ……!」

 

「何で王妃に勝てると思ったんですかね、お馬鹿なエリザベートは。

 あなた、イロモノ枠でしょう?」

 

「アンタに言われる筋合いはないけど!?

 アンタだってイロモノもイロモノ、一発芸枠じゃない!」

 

「まあおかしい。わたくしは良妻枠、料理やお掃除で身を立てることができますので」

 

「嘘吐きなさいこの火トカゲ!」

 

「わたくし嘘は吐きませんー」

 

 やいのやいのと、何かまた喧嘩を始める二人。

 

「清姫、エリザベート、早く乗って」

 

「はいマスター!」

 

 ただ立香の声がしたかと思えば、清姫の方がすぐに馬車へと搭乗する。

 いきなり相手が消えたエリザベートが馬車と清姫、両方にぐぬぬと唸りを上げた。

 そんなエリザベートを見ながら、マリーが困ったように言う。

 

「ごめんなさい、レッドカーペットは用意していないわ。

 あとわたしは馬車を牽く子に乗るから、馬車の方には乗らないのだけれど」

 

「………アンタが御者? それはそれでどうかと思うけど……まあいいわ。レッドカーペットが無いならしょうがない、ワイバーンの血で地面を赤くすればいいかしら?」

 

「そういうところがカーミラと同じなんですよ、あなた」

 

 馬車から顔を出した清姫がまたも彼女を挑発する。

 その挑発に応え、エリザベートの尻尾がぴーんと張った。

 

 多分だが、カーミラもそういうところを一緒にされたくはないだろう。

 

「降りて喧嘩するか乗って大人しくするか、どっちかにしとけ。

 これ以上遊んでる気はねえぞ」

 

 エリザベートの頭を掴み、馬車の中に放り込むランサー。

 それをゲオルギウスが受け止めて、清姫と正反対の位置に置いた。

 

「聞けば聖杯の魔力をファヴニールに注いでいる可能性が高い、とのこと。

 だとすれば、あまり時間を与えない方がいい。

 聖杯による再現体となれば、オリジナルほどの脅威になることは恐らくありませんが……」

 

「その、申し訳ありません。ジークフリートさんも仰っていましたが……

 聖杯ほどの魔力を運用しても、ファヴニールは本来の力を発揮できない存在なのですか?」

 

 マシュがゲオルギウスの言葉に首を傾げ、問いかける。

 しかしその言葉に答えを返したのは、ジークフリートだった。

 

「ファヴニールという竜の性質の問題だ。

 ファヴニールとは生まれ落ちた黄金を守るもの、あるいは黄金によって発生する現象。

 あれは、大前提として()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではない」

 

「……黒ジャンヌの聖杯で召喚されている時点で、間違えている存在だと?」

 

「ああ。ファヴニールであることに違いはない。が、決定的に悪竜としての性質が欠けている。

 どれほど魔力を注ごうと、そこを埋めない限り完全な悪竜現象(ファヴニール)として成立しない」

 

「……とはいえ、願いを叶える聖杯は正しくラインの黄金として機能し得るでしょう。何かの間違いでそれが成立してしまえば、ラインの黄金を守るファヴニールに変貌しかねない。

 ファヴニールはなるべく、竜の魔女と引き離した場所で戦うべきでしょう」

 

 重々しく首を振るゲオルギウス。

 そんな彼の視線が、引き離した少女二人に向かう。

 彼女たちの角や尾に向けられる視線。

 

「……なによ」

 

「いえ。珍しいものだ、と思いまして。こうまで竜に縁のある英霊ばかりが揃うとは。

 この騒動の中心にあるフランスやジャンヌ・ダルクには、竜との関わりは薄いというのに」

 

「ふーん、アタシのことを裁くとかそういうこと言い出すのかと思ったけど」

 

 ぷい、と彼から視線を切るエリザベート。

 それに苦笑したゲオルギウスが、諭すように語る。

 

「貴女は自分の罪を知っている。ならばそれは私が口を挟むべきことではない。

 ですが、貴女がこれから臨む戦いに一つ。

 その戦いは貴女自身で貴女の罪を裁くわけでもなければ、罰を与えるわけでもない。

 貴女が犯した罪を、その目でただ再認するということなのです」

 

「……それが、(アタシ)の罰ってことでしょ。わかってるわよそんなこと」

 

 彼女らしからぬ低い声でそう応え、エリザベートは今度こそ黙り込む。

 それと同時に硝子の馬車は、馬車とは思えぬ速度で移動を開始した。

 

 

 

 

 ジークフリートは馬車の上に乗り、マリーは馬車を牽く馬に騎乗。

 そしてランサーは馬車の横を自身の足で追走していく構成。

 目指すオルレアンまでこのまま一直線に駆け抜ける算段だ。

 

「まあ、大人しく通してくれるとも思えんがね」

 

 結局どこからどこまでルーラーの感知範囲なのか分からなかったが、オルレアンにこれだけ接近して察知されていないはずもない。襲撃はいつあってもおかしくはない。

 ワイバーンの姿がひしめくオルレアンを遠景に見ながら、彼は小さく笑う。

 

「クー・フーリン」

 

「おうさ」

 

 馬車上で高い視点を確保しているジークフリートの声。

 応えて走るはクー・フーリン。

 即座に馬車を追い抜いて、そちらから向かってくる影の前に立ちはだかる。

 

 ―――俊足をもって現れる影は、緑の狩人。

 その姿を視認した瞬間、ジークフリートの表情が陰る。

 

「バーサーク・アーチャーだ!」

 

「見りゃ分かる。ライダー、止まるんじゃねえぞ! もう一騎いるからな!」

 

 閃光の如く無数の矢が飛来する。

 疾走しながら朱槍を回転させ、それらを一撃残らず弾き落とす青いランサー。

 そうしつつ、彼は弓兵の後方に控える黒いランサーの姿へ視線を送った。

 

 そこに控える影、ランサーとはつまり。

 ワラキア公・ヴラド三世。

 広範囲を串刺す宝具を有するランサー、ということだ。

 

 ―――小さく舌打ちして、上の剣士に声を張り上げる。

 

「セイバー!」

 

「ああ!」

 

 ジークフリートの姿が、馬車上で屈められる。

 爆発するような踏込の前兆。

 

 マリーの表情に小さく焦りが浮かぶ。

 だって彼女の馬車は、ジークフリートの踏み込みなんていう暴力に耐えられない。

 

 が、その竜殺しの攻撃の前兆にアーチャーは反応した。

 空中で彼の背中を撃ち落とすべく、即座に構えられる彼女の弓。

 理性が狂化に完全に駆逐された彼女は、竜の魔女が下した指令を最優先で遵守する。

 たとえそれが、自身の消滅と引き換えの行動であろうとも迷わずに。

 そして竜の魔女が下す指令とは、ファヴニールの弱点となるジークフリートの排除以外にありえない。

 

 故に、ファヴニールの血を浴び、全身を鎧と化した彼の唯一の弱点。

 彼の背中への射線が取れるという絶好の機会に容易につられた。

 ランサーから距離を放しつつの射線の確保。

 

 ―――その筈が、飛び退いた彼女の速度に追い縋る、ランサーの追撃。

 バーサーク・アーチャーの理性の残っていない瞳にすら驚愕が浮かぶ。

 

「遅ぇッ―――!」

 

 横薙ぎに振るわれる真紅の魔槍。

 それがジークフリートに照準を定めていた彼女の胴を打ち、大きく吹き飛ばした。

 呻きを上げながら、空中に投げ出される痩身。

 

 だがそれでもなお彼女の狙いはジークフリート。

 バーサーク・ランサーを狙うはずの彼を撃ち抜くべく、空中にありながら矢を番え―――

 

 ぞぶり、と。彼女の胸を飛来した魔剣が貫いた。

 ジークフリートは馬車の上から踏み出してなどおらず、今もそこに立っている。

 ただその手にあった筈の剣のみが、彼女の霊核に突き刺さっていた。

 

「くぁっ……!」

 

 戦う理由もない狂兵に。霊核を砕かれてなお退去を耐えるほどの熱量があるはずもない。

 彼女の体は瞬く間にほどけ、黄金の魔力に還っていく。

 彼女に突き刺さっていた魔剣が、崩れる体から抜け落ちる。

 瞬時にそれを掴みとったランサーが、すぐさまセイバーへと投擲する。

 

 回転しながら飛び込んでくる愛剣を掴みとり、ジークフリートはクー・フーリンに向かって一度肯いた。こちらは任せろ、ということだろう。

 そのまま加速して馬車は竜の都と化したオルレアンに向かっていく。

 

 残されたのは、二人のランサーだけだ。

 

「ふむ。バーサーク・アーチャーをこうも易々と。

 いや、特級のセイバーとランサーが相手だ。こうもなろうと言うものか」

 

「そんで? ただ見てたお前は、これからどうする気なわけよ」

 

 手にした槍で己の肩を叩きつつ、片目を瞑って笑うクー・フーリン。

 バーサーク・ランサー、ヴラド三世は槍を引き出しながら笑い返した。

 

「奴らは通さざるを得まい。余の宝具であれば確かに硝子の馬車の動きは止められよう。

 だが、その結果他のサーヴァント全てを相手になどできるものか。時間稼ぎにもなるまい。

 余の役割は元より、貴公をこの場で仕留めることだ」

 

「その割にはアーチャーなんぞ引っ張り出してきやがったみたいだがな」

 

 ランサー、クー・フーリンが朱槍を構えて姿勢を低く落とす。

 

「さてな。竜の魔女の言う用兵では、アーチャーと余の宝具で貴様らを天地から矢と杭による挟み撃ちにしたかったようだが……マスターに反抗的だったゆえ、狂化を深く進行させられたアーチャーは自身の宝具の銘すら忘れる始末。しかしそれこそが道理というものだ。

 本来、英雄に狂化なぞを施せばそうなるもの、という教訓だろう」

 

「違いねえ」

 

「狂気とは与えられるものではない。そうであるものには、自然と備わってしまうものだ。

 故に―――この身にただの一度も狂気を抱くことなく、しかし狂気の存在であると謳われ、吸血鬼という汚名に臥した余が示そう」

 

 ギシリ、と空気が悲鳴を上げる。

 彼の体が内側からざわめいて、まるで破裂するように闇が膨張した。

 ヴラド公の体を中心に奔る血色の閃光から、次々と杭が弾け飛ぶ。

 それは止まることを知らずに周囲一帯まで伝播し、辺りの景色を血色の杭で埋め尽くす。

 

「“血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)”―――――!!」

 

 そうして迸る血の制裁を皮切りとし、ランサー同士の死闘は開始された。

 

 

 


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