Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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運命を運ぶ船2016

 

 

 

 

「あーあーやだやだ、耳が良いのも考え物だ。

 もうとっくに僕とは関係ない奴の恨み節がここまで届いてくる」

 

 魔神の叫びに顔を顰めつつ、アマデウス・モーツァルトが演奏する。

 彼の指揮に従う楽団が、そんな感情を音へと乗せて奏で上げた。

 

 その音の流れを引き裂いて、魔神は全て再生産。

 サーヴァントたちによる初撃などなかったかのように、無傷で再編成された。

 

「溶鉱炉、解放―――生命の尊厳は始まりより踏み躙られていた、最初から歪んでいた。貴様たちを製造するための金型こそ歪であった。矯正するには、元より鋳直すより他にはない。

 ゼパル。ボディス。バティン。サレオス。プルソン。モラクス。イポス。アイム。我が身、ナベリウス。使命をくべよ、その熱量をもって英霊どもを駆逐せよ。

 今度こそ、正しいものへと至るために―――!」

 

「ハッ―――! ちょっとくらい踏み躙られてたから何だってのよ。

 本当にイカれた奴ってのは、そんなの平気で気にもしないのよ! 忌々しいことにね!」

 

 聳え立つ魔神九柱。そこに迸る、漆黒の炎。

 噴き上がる炎。突き出す槍。放たれる剣。

 憎悪の津波は一息に魔神へと流れ込み、当然のようにあっさりと克服された。

 それでも、そんなこと気にも留めず、彼女は炎を加速させる。

 

「フン、貴様と我らでは燃料が違う。純度も、質量も、何もかも。

 そんな炎が我らに届くなどと―――」

 

 そこに青く燃える炎の息吹が重なる。

 次いで、音波とともに襲来する暴風が来たる。

 重なったものが混ざりあい、劫火となって立ち昇った。

 焼けていく魔神の体。再誕する悪魔の塔。

 

「ええ、まったく。わたくしが燃やす炎の動力は、マスターへの愛。

 純度100%にして、重量にして釣鐘の108倍。あなたたち程度の熱量では、とてもとても」

 

 清姫の言葉に、一緒にするなと眉を顰めるオルタ。

 しかし竜の力を高めてぶつけるには、並んでなくてはならない。

 

「――――愛、そんな知性(もの)が何になるという!」

 

 魔神側へ押し返されていた熱量。

 それが、ゼパルの一喝とともに今度は彼女たちへと押し返された。

 迫りくる熱を前に、竜の少女が翼を広げる。

 

「頭のおかしいこいつや、アンタが何言ってるのかよく分からないけど―――

 一個だけ、アタシにも言えることがあるわ!」

 

 展開されているチェイテ城(スピーカー)

 目の前に突き刺した槍に足をかけ、彼女は息を吸うと共に大きく仰け反った。

 放たれるのは、エリザベートによるソニックブレス。

 

 それが炎を後押しして、光と炎の相殺を後押しした。

 

 喉をクールダウンさせるように、一息。

 そうしながら彼女は腰に手を当てて、今にも良い事を言うぞという顔で胸を張ってみせる。

 そんな状況に対して。

 まあろくでもない発言だろうな、などと思いつつ、清姫は炎を噴き続けた。

 

「届くか、届かないか、じゃないの!

 届けたいと思ったなら、その想いを燃料にして、月までだろうと一直線にぶっ飛ばす!

 それがアイドル! それがアーティスト! それがアタシ!

 純度500%! 質量(たいじゅう)はヒミツ☆ 地獄の釜で茹でられてるかの如く、熱に浮かされ焦がされて、呻きながら水を求めて跳梁跋扈するオーディエンスたちに、ビビッと脳へと染み渡る歌を届けるスーパーアイドル! その名もエリザベート=バ」

 

 アイアンメイデンが空を舞う。

 残念なことにその鉄の塊が、魔神の体に当たって跳ね返った。

 そしてなんと偶然にも、それはエリザベートの近くへと着弾してしまう。

 どかーん、と一発。

 砲弾の如きそれの衝撃に、エリザは見事に転がった。

 

「ちょっとぉ!?」

 

「あら、ごめんなさい。あまりにうるさくて蠅が飛んでるのかと思ったの」

 

 転がったエリザが即座に抗議する。

 が、それを無視して起き上がり、再び地を滑っていくアイアンメイデン。

 

 吸血鬼カーミラは、もう一人の己に深々と溜め息を落としながら攻撃を続行する。

 振るわれる爪が弾かれて、血色の刃が奔り抜けた。

 

「やれやれ、自分であるのは確かだろうに。そうまで否定するものかね」

 

 呆れるように、槍を手にした黒衣がその裾を翻した。

 彼の所作に合わせ、あらゆる場所から発生する無数の杭。

 剣山の如く大地を穿ち、突き出すもの。

 それらが全て、一気呵成に魔神へと差し向けられた。

 

「あら、よく言えたもの。あなただって、もう一人の自分など大嫌いなのでしょうに」

 

「余のそれと、少女としての貴様の本心とは話が違おう。何より余が最も嫌うのは、そこに至る順番を違えられる事だ。

 余は護るべきものの為に人を杭で穿ち、その血を大地に吸わせた。けして、余が啜るために人に血を流させ、結果的に国が護られたなどという喜劇があったわけではないのだから」

 

 熱に焼け落ちる杭の山。

 砕かれる度に更なる杭を発生させつつ、ヴラド三世が鼻を鳴らす。

 

「畏るべき為政者としてへの感情であれば、恐れであれ怒りであれ、それがどういったものでも余から言うべきことはない。だが、恐るべき怪物に向けられたものであれば―――無論、余とて怒り狂おうとも。向けるべき相手を違えている、とな」

 

 魔神を串刺す、血を啜る杭。

 それらが眼を開き熱量を撒き散らす怪物を相手に、蒸発させられる。

 疾走する鉄の処女が何とかそれからの盾になり、弾き飛ばされ転がった。

 

「―――では、黙っていなさいな。

 他人事に怒っているあなたに、私事で怒る私の気持ちは理解できないでしょうに」

 

 ガラガラと音を立てて、黒煙を上げながら転がっていく鉄の塊。

 止め切れなかった熱量が、二人の吸血鬼の前に雪崩れ込む。

 それを、

 

「……ったくもう、辛気臭いったらない。

 そういう自分のどこかが大嫌い、っていう僻みや嫉み。よくないわ」

 

 ―――彼方より飛来した流星が打ち砕く。

 

 続けて、彼女が手にした杖に光が灯れば。

 魔神の表面が破裂して、肉体だったものをぶちまける。

 

 熱波をぶち抜き、そのまま魔神へと突き刺さった流星こそタラスク。

 海神リヴァイアサンの仔が、甲羅から頭に手足と突き出した。

 咆哮する竜が、魔神を相手に挑みかかる。

 

 そんな舎弟の様子を見つつ、聖女マルタが息を吐く。

 

「見なさい。私たちを従えた黒いのだって、そんな事覚えちゃいないとばかりにこっち側じゃない。ああいう図太さは見習っていくべきよ」

 

 マルタがそう言って、ジャンヌ・オルタを杖で示す。

 引き合いに出された竜の魔女がそちらをギロリと睨み返した。

 が、その程度のガン飛ばしなど何のその。

 

「そう簡単に折り合いがつけば苦労はしないのでしょうけど。

 そもそもあなたたちと違って、私はアレに普段と違う悪行をさせられたわけではないもの。

 アレに関しては最初から、さほど気にしてなんかいないわ」

 

「折り合いがつかなかろうが、そこに気合でサバ折り決めて、きっちり小さく折り畳んでから、しっかり収まりつけてやりゃいいでしょって話。竜だろうがなんだろうが、どう生まれようと、どう育とうと、結局のところはそこで見せた根性次第よ!

 んん―――それができても、できずとも構いません。ですが、そうであろうとしたという歩みは、確かに見守られているものなのです」

 

 咳払いをして口調を整えつつ、そう言い放つマルタ。

 

 タラスクを弾き、魔神が震える。放たれる光芒。

 直後に訪れる光の津波を、一振りの剣が切り裂いた。

 

 奮い立つ白馬に跨った旅の守護聖人。

 鉄壁たる彼の振るうアスカロンが、寄せ来る熱波を切り拓く。

 

「罪あるものとして定められたものに、罰が必ずしも訪れるというわけではなく。

 罰は罪に与えられるものではなく、罪を犯したものに科せられるもの。

 科せられた罰を終えた時、果たして罪が清算されるのか―――と、いうと」

 

 ゲオルギウスの愛馬、ベイヤードが嘶きが光を割る。

 そうしながら視線を彼女たちに向けての苦笑。

 

「残念ながら、そんな都合のいい話はない。

 罪は背負うもの。その荷物を背負ったのは、当人の心。

 罰は受けるもの。その選択に甘んじたのも、当人の心。

 どちらも己の心に科されるのみなのだから、勝手に相殺などするはずもない」

 

 罪を背負うと決め、罰を受けると決めた。

 その心にとって、罪も罰も消えることはないものだと彼は語る。

 そうしながら、彼は愛馬の上で愛剣を強く握り締めた。

 

 復帰したタラスクが高速で回転を始める。

 そのまま魔神へと向け加速して激突。

 竜と焼却式が正面からぶつかり合い、爆炎を上げた。

 

「背負うことを選んだ時点で、自分がもういいと割り切って投げ出す以外に、罪から解放される手段などないのでしょう」

 

「だが、それでも。人には最後に罪も罰も、置いていくべき時がやってくる。

 最期くらいは、荷物を下ろして安らかに眠るべきだろうから」

 

 断罪の刃が落ちる。

 処刑台にかけられるはずもない、魔神の巨体。

 そこにしかし、巨大なギロチンが降り注ぐ。

 腐肉の柱を断ち切って、その刃が大地へそのまま突き立った。

 

 即座に再生産される魔神。

 そんな怪物たちを前に、大剣を引っ提げてサンソンが立ち向かう。

 

「だって。最期くらいは、その労力に敬意を払いたいだろう?

 ……だから、刃は鈍らせないとも。

 最後の最後。その人が運んできたものを丁重に下ろすための、大切な役目だ」

 

「―――そうね。

 奇跡みたいな奇跡のなかで、その役目を果たし続けてくれた貴方に改めて感謝を。

 一人一人、みんなが違う荷物を抱えている中で、全ての荷物を尊んで、どれ一つとして粗末にすることのないように、大切に扱い続けてくれた貴方に」

 

 硝子の馬が駆け、その周りに展開される硝子の結晶。

 熱波に砕け、しかしそれらは積み重なり、ただの結晶ではない姿を顕した。

 

 ―――立ち誇るのは水晶の城。

 破滅の光を跳ね除けて、かつてそこにあった権威の象徴が光臨する。

 マリー・アントワネットが愛した人の営み。

 それを守るためにそこにあり続け、そうして最後には失せたもの。

 消えて無くなって、それでも遺ったものがあると信じる想い。

 

 焼却式を、水晶の城が跳ね除ける。

 圧倒的な破壊を前に、しかしその城は崩れない。

 

「ははは。その辺りでやめとくといいよ、マリア。

 気に病んでるらしいし、お礼ばっかりじゃそいつだって困るだろう。

 いっそ罵倒してやったらどうだい、実は喜ぶんじゃないか?」

 

「……お前と一緒にするな、アマデウス。それはお前の趣味だろう」

 

 演奏は続く。ギロチンは落ちる。

 サーヴァントとして最大限活動を続けながら、彼らは目も合わせずに罵倒しあう。

 そんな彼らに呆れたような視線を向けて。

 

「―――ふん、最期ね。

 お生憎様。私は、私の最期も罪も罰も、誰の手も目も届かない牢獄に置いてきたのよ」

 

「だろうな。貴様が救われるわけではないし、救われてよくなるわけでもない。

 だが、まあ……いつの日か、お前が荷物に潰されながら狭い世界で這い摺り回った跡を、意味あるものにしてくれる誰かがいるかもしれない。誰の目にもつかない場所でも、確かにその事実さえ残っていれば、誰かが見つける事もある。その程度の話だからこそ、そこに希望を見出すのは勝手だというだけだろう」

 

 別にそれらはお前を救う言葉ではない、と。

 シュヴァリエ・デオンは軽く切って捨て、ついでに城に迫る破壊の余波も斬り捨てる。

 

 カーミラが鼻を鳴らす。焦げたアイアンメイデンを引き戻す。

 そうして、小さな声で素直に心情を言葉にした。

 

「……そんなに夢見がちにはなれないわね。アレじゃあるまいし」

 

 肩を竦めるデオン。

 そのまま流れるようにサーベルが動き、魔神の攻撃を切り伏せる。

 だが防戦だけでは話にならない。

 ふと、思い立ったように静かにしている視線をエリザへと向けて―――

 

「ええ、この場でちょちょいと集めたイカした即席メンバーを紹介するわ!」

 

「そうね! せっかくだもの、わたしだって歌い出したい気持ちでいっぱいよ!」

 

「クリスティーヌ おお クリスティーヌ―――

 怪物に見初められた歌姫 その小鳥の囀りのような 美しい歌声―――

 我がクリスティーヌならずとも 君ではなくとも―――

 私も唄おう 此処で唄おう 君に届けと―――

 おお クリスティーヌ クリスティーヌ―――!」

 

「あ、なんだこいつ。もしかして僕にシンパシー感じてるのか?

 言っとくけど、僕は怪物になったんじゃなくて、怪物になるのを止めた側だからな?

 あと、そこのトカゲがメインボーカルだなんて音楽への冒涜は断固拒否だ」

 

 突然の音楽グループ結成を目の当たりにした。

 ボーカル兼リーダー、エリザベート。

 ボーカル・マリー。ボーカル、ファントム。それ以外、アマデウス。

 圧倒的実力派新進気鋭のインチキユニット。

 

「イカれたメンバーの間違いだ! 王妃と並ぶな、お前たち!」

 

 そんなものを見たデオンが、剣を振るいながらも声を荒げる。

 彼女の言葉においおい、と。

 アマデウスは珍妙なものを見る目でデオンを見つめた。

 

「なんてことをいう奴だ、君は。マリアがイカれたメンバーに含まれるだなんて」

 

「王妃以外に言ってるに決まっているだろう!? 周りと鏡を見ろ倒錯者!」

 

 そんなやり取りを見て、くすくすと。

 白い旗を揮うジャンヌ・ダルクが微笑んだ。

 

「……ジャンヌ?」

 

「集いし英霊たち。世界を滅ぼそうとしたものと、世界を救おうとしたもの。

 戦場を共にして、私たちはしかし、こうして肩を並べて、背中を預けて戦える。

 それは、きっと――――」

 

 白い聖女の視線が、竜の魔女へと向けられる。

 その視線を鬱陶しそうに振り払い、彼女は憎悪の炎を滾らせた。

 魔神よりの反撃を、ジャンヌは踏み込みながら振るう旗の一撃で叩き伏せた。

 

()()()()()()、と願っているから。そう思います」

 

「…………」

 

 鎧を着た、騎士であった頃のジル・ド・レェが。

 彼女の言葉に、苦悩するように眉間に皺を寄せた。

 そんな彼の態度を理解して、聖女は顔を引き締める。

 

「では、ジル。マリーの言葉を借りるなら、私も貴方も終わった後に得た奇跡の再会です。

 語り尽くせぬほどに言いたいことはあるでしょうが、それはまたの機会にして。

 この度は、ただ共に。再び肩を並べて、戦いましょう」

 

「……そうですな。様々な弁明は、次の機会に回すとしましょう。

 では、ジャンヌ。我らで彼の背中を守りましょう」

 

「――――すまない。

 だが、乱戦であっても背中を気にする必要がないのは助かる。

 そして正面からならば、どれほどの敵であっても当たり負ける気はない」

 

 迸る真エーテルが、柱となって立ち昇る。

 それを放つのは、黄昏の魔剣・バルムンク。

 最強の魔剣を揮うその男の名は、ジークフリート。

 剣気を十全以上に漲らせた男が、そこで大きく一歩を踏み出した。

 

「……つくづく、奇跡だな」

 

 呟くように、剣を振り上げながら彼は言う。

 

「ジークフリート?」

 

「これは、俺のための戦いであり。前に進むソウゴたちのための戦いであり。

 そして、この場に集った多くの英雄たちが信じる戦いだ。

 故に、一切の呵責なく――――完膚無きまでに、勝利できる」

 

 魔力が増す。蒼き光の奔流が天を衝く。

 振り上げた刃と、そこから立ち昇る光。

 そうして織り上げた道を斬り拓くための一閃を、全霊を以て彼は振り下ろした。

 

「世界は灼かれ、星は永久なる眠りに落ちた。

 だが―――陽の光なき暗闇の大地を駆け抜け続けた彼らの前で。

 眠るために用意された揺籃から、飛び立った彼らの前で。

 夢の中に沈むばかりであった世界から、我が剣の輝きを以て微睡みの霧を取り払う!

 落陽に至った世界には続きがあり、今こそ旭日昇天の時を迎えた―――!

 そこへと続く道を、この一撃で示す! “幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”――――!!」

 

 魔神が滅する。続けて、再生産。直後に蒸発。

 覚醒を促す魔剣の息吹が、魔神を止め処なく崩壊させていく。

 

 その蒼き極光を全力で撃ち切り、ジークフリートが吶喊。

 彼に続き、サーヴァントたちが攻勢を開始した。

 

 

 

 

「起動せよ。起動せよ。観測所よ、起動せよ。我らの監視網を抜けたものたちを再認せよ。

 フォルネウスたる我と席を同じくする柱。グラシャ=ラボラス。ブネ。ロノウェ。ベリト。アスタロス。フォラス。アスモダイ。ガープ。我ら九柱、失態を返上せん――――!」

 

「■■■■■■■―――――――――ッ!!」

 

 魔神が放つ光波。それを正面から突き抜けて、大英雄が駆け抜けた。

 手にした戦斧は魔神を瞬く間に駆逐する。

 だがヘラクレスが喰い破った穴は、無論即座に修復される。

 

 同時に、多少のダメージを受けてもヘラクレスもまた即座に修復する。

 最高位の魔術師の支えがある。宝具たるその肉体がある。

 如何に無尽蔵である魔神とはいえ、真っ当に戦えば泥仕合にしかならぬと断言できる。

 

「まずは魔女から落とす。アレの乗る船を狙え――――!」

 

 フォルネウスが率先し、メディアの立つアルゴー船を狙った。

 その上に立つイアソンが、顔を引き攣らせて叫ぶ。

 

「無理無理無理無理無理無理無理!?」

 

「うるさい」

 

 アタランテがイアソンを蹴り飛ばし、そのまま射撃を続行。

 彼女の矢は正確に魔神の眼を潰していく。

 が、あまりにも数が多すぎる。全てを潰すには手間がかかりすぎる。

 挙句、一定以上潰せばその肉体を破棄して再誕までする。

 彼女は舌打ちしつつ、しかし手は休めない。

 

 蹴られて転がったイアソンは、甲板を転がりながら悲鳴を上げる。

 そんな彼に駆け寄って、心配そうな顔を浮かべる王女メディア。

 

「大丈夫ですか、イアソン様?」

 

「何が無理って! 何よりあんなことになったってのに当たり前みたいな顔して副官ポジション取りに来るお前が一番怖いんだよ!」

 

「?」

 

「いや、不思議そうな顔するなよ!? 分かるだろ!?

 オレ完全にお前たちに騙されて行動してたじゃないか!

 どうしたらそこでそんな顔をしてられるんだチクショウ!」

 

 こてん、と首を傾げるメディア。

 そんな少女の態度に、よりいっそう顔を引き攣らせるイアソン。

 彼はそのまま甲板に蹲り、拳で叩く。

 

「―――それはお互い様でしょうに」

 

 そうしている彼の背後から、呆れたような声。

 (あたま)が理解を拒んで、イアソンの顔がぽかんと呆けた。

 が、徐々に情報が染み渡ってきて―――

 

「? ……!?、!?!?!? ちょ、ちょっと待て。いま、オレの後ろから声したよな?

 いや、しなかった。しなかったはずだ。オレの幻聴、そうだ間違いない。

 疲れてるのかな。ヘクトール、ここの指揮はお前に任せた。私は船長室で休む」

 

「おーい、船長? そりゃないって」

 

 ぼやきながらも、ヘクトールの槍に隙は一つもなく。

 押し寄せる魔神の攻撃を迎撃してみせる。

 王女メディアによる魔術の支援まであるのだ。彼が攻撃を通すなど在り得ない。

 

 そんなことより―――

 

「馬鹿ね、逃がすわけないでしょう」

 

 如何にも魔女然とした格好の青い髪の女性が、ぱちんと指を一打ち。

 その瞬間にイアソンは首から下の動きを封じられた。

 唯一可動範囲が残された首が、油の切れた歯車のようにギギギと背後を向いた。

 そうして目の前にいる女性を見て、イアソンが恐怖で顔を崩し切る。

 

「ギャアアアアアアア―――――ッ!? ダブルメディア―――――ッ!?

 待て、待て待て待て、何故そうなる。お前いなかっただろ!?

 別の場所から来たのか!? オレか!? オレを刺し殺すためにか!?」

 

「はい! この宙域はサーヴァントの降霊が通常より容易そうだったので、私がアルゴー船に介入して、未来の私を召喚してみました! その……イアソン様のためになれば、と思って」

 

 そう言って頬を染める王女メディア。

 それを見て、イアソンと魔女メディアが同時に嫌なものを見たと顔を顰める。

 

 “天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)”。

 

 数多の英雄を先導した男、イアソンの持つ宝具。

 星に召し上げられたアルゴー船のかつての姿。

 彼が英雄たちに先立つもので在る限り、アルゴノーツは彼の声に応える。

 

 その性質を利用して、やってみたと。

 恋する少女が恥ずかしげに、イアソンをちらちらと伺う。

 褒めて欲しい、という気持ちを感じる。感じるが―――

 

「オレの宝具勝手に利用して!? くそ、見ろメディア! これがお前だ!

 オレが悪くないとはこの際言わないが、お前にだって問題は絶対あっただろ!

 オレ、お前、神々その他諸々! この魔のトライアングルが原因だ!

 何かひとつに責任を押し付けるのは止めろ! オレたち全員の問題だったんだ!

 だから情状酌量の余地があってもいいと思う! 許せ!」

 

「うるさいわね……蹴り飛ばしてちょうだい」

 

「まあいいが」

 

 射撃のついでに、と。アタランテに蹴り飛ばされるイアソン。

 本来なら怒りたいところだが、彼は今回に限っては全面的に許した。

 蹴っ飛ばされたおかげでメディア(×2)との距離が開くからだ。

 甲板を転がるイアソン。

 

 が、彼の回転は途中で止まる。

 別の誰かにぶつかって止まったのだ。

 

「だれ、……! あん、お前らどうしてここに……?

 この前は来なかったくせに」

 

 自分がぶつかった相手を見上げ、そう言い放つイアソン。

 その言葉を向けられた男が、憤懣遣る方無いとばかりに表情を怒りに染めた。

 

「―――何故、だと?」

 

 男がしゃがみ、転がっていたイアソンの襟首を掴み。

 思い切り引き起こして、顔を突き合わせ。

 全力で、彼に怒りを叫んだ。

 

「貴様、言うに事欠いて! 星を! 地上に引きずり落とす戦いに!!

 俺と! ポルクスを!!! 我ら双子星を呼びつけていたと白状したわけだ!!

 貴様でなければこの時点で首を落としている! 猛省しろ!!」

 

 黄金の髪の兄妹。

 双子の星の兄、カストロが怒りのままにそう吐き捨て、イアソンを投げる。

 ぐえ、と小さく呻きつつ再び転がる彼。

 

「あー……ああ、あー、なるほど。だから来なかったのかお前ら」

 

 そういえば星座を全部蹴り落としてやれ、みたいな話もした気がする。

 だとしたら、それはなるほど。

 双子星のディオスクロイが来るはずもない。

 

「それ以前の問題です」

 

 呆れたように溜め息ひとつ。

 妹のポルクスが転がっていくイアソンを見下ろす。

 

「ですが、兄様。イアソンのやることですから……」

 

「分かっている! だから見逃している!

 神たる我らと違い、人は誤ることがあるものだとな!」

 

 苛立ちながらもカストロは彼から視線を剥がし、腕を胸の前で組んだ。

 彼の目に映るのは、魔神と英雄の決戦場。

 

 ヘラクレスが腐肉の柱を薙ぎ払い。

 反撃に浴びせられる熱波を突き破り。

 そうして先程放った以上の剛撃で以て、一撃で魔神どもを粉砕する。

 

 絶対無比、猛き大英雄の圧倒的な暴威。

 それを前にして、カストロが微かに口元を緩めた。

 

「―――貴様の語る夢に虚勢は混じるが、貴様の語る友に虚栄は混じらぬ。

 何よりも眩き栄光(ヘラクレス)の輝きを知る貴様は、他にどんな光を前にしても目は眩むまい、と。

 ……そう思っていたら、この始末!」

 

「オレの夢とヘラクレスは別腹なんだよ、悪いか!」

 

「悪いに決まってるでしょう。馬鹿だと思ってはいたけどここまでとは」

 

 時を経た方のメディアが、その手に杖を出現させた。

 その先端に引っかけて、イアソンのことを持ち上げる。

 

「我らは導きの星。我らが乗った船が向けた舳先の行先は、人を導くものであったと。

 そして先導した貴様もまた、導きの人であったと認めている。

 だからこそ、今回ばかりは目を瞑ってやっているのだ。改めて猛省しろ!」

 

「そういうわけです。兄様も流石に今回のは少し怒った、と。

 ですが、致し方ないとも思っています。

 人理は焼け落ち、未来は暗闇に鎖された。ならば、人間なら道を誤ることもあるでしょう」

 

 ポルクスがその手に剣を顕して、前に歩みだす。

 それに合わせて、カストロが光輪を浮かべて彼女に背を預ける。

 背中合わせの双子星。

 双つの神が甲板に立ち、武器を天を衝くように大きく掲げ、交差させた。

 

「故に、此度は我らが光臨した!

 我らは光! 嵐の後に天から差し込む祝福である!!」

 

「故に、此処から先は我らが示しましょう!

 我らは星! 空にて輝く旅人が見上げるべき道標!!」

 

 光が奔る。星が瞬くような速度で、双神が宇宙を滑る。

 二人であればヘラクレスにさえ後れは取る筈なし、と。

 

「貴様は後に続くものを先導せよ、イアソン!

 そのための道は、我らが照らし出してやろう!!」

 

 魔神へと斬り込んでいく二つの星。

 再誕と同時に千切れ飛んでいく魔神たち。

 そんな光景を、メディアにぶら下げられながらイアソンは見た。

 彼はそこで小さく笑い、軽く体を揺する。

 

 怪訝そうな顔をするメディアの前で、イアソンが着地。

 そうした彼は不敵な笑みを浮かべ―――

 

「……ふっ、言ってくれるじゃないか。カストロ、ポルクス。

 そうだな……ああ、そうだ。オレの船はあらゆるものを先導する船。

 そしてお前たちは、誇り高きアルゴー船の行先を照らす光……」

 

 そのまま振り返って、船室に引き返した。

 

「まあ、あいつらもオレの船の力で出てきたんだろうし?

 じゃあ万が一にもオレが退場して戦力を減らさないよう、安全なところで待ってるのがオレの一番の仕事なわけだよ。おい、ヘクトール。ここからはお前に任せた。まあ適当にやってていいぞ、ヘラクレスは最強だし、あの二人はヘラクレスほどじゃないが、かなりやるからな」

 

 最初っから任されっぱなしですけどねぇ、と。

 黄金の槍の穂先が破裂する光を引き裂く。

 

 そうして彼はメディアの視線から逃れるようにさっさと船室へ向かい、

 

「いや、死にかける程度なら問題ない。お前の船のおかげでな」

 

 ふらりと現れる、フードとマスクで顔を覆った男。

 彼が随分と長い袖に隠された腕で、イアソンの肩を掴んでいた。

 笑っていたイアソンの顔は、既に流れを察して引き攣っている。

 

「………………その、なんだ。それは、どういうことかな?

 いや、それにしてもあれだ。来てくれて嬉しいよアスクレピオス」

 

「ああ、僕もこんな場に居合わせる事ができて嬉しい」

 

 蛇遣い座に召し上げられたアポロンの息子。

 医神と称されるほどの男が、さほど感情も載せずにそう言って。

 ぐい、と。イアソンの体を引き戻す。

 

「だがヘラクレスは放っておいても傷が治るおかげで参考にならないからな。お前がいてくれて助かった。心配する必要はない。僕とメディアがいれば、首だけになった程度の半死人ならどうとでもなる。だから―――アタランテ、蹴り込んできていいぞ」

 

「ああ、そうしよう。大好きなヘラクレスと一緒に最前線だ、喜べ」

 

「お前ら、船長に対して敬意が足りないんじゃないか!?

 ってかアタランテ! お前もうあっちの船行けよ!

 あっちにお前の信仰する女神も来てるだろ! さてはそっち行きたくないからこっちに……」

 

 イアソンが蹴られて吹き飛ぶ。

 自分の船から落ちていく船長の姿を、特に何ともない様子で見送る船員たち。

 

「……ああ、そういえばアルテミスおばさんの神威も感じるな。

 アタランテ、後で魔力をもらってきてくれ。薬に使う」

 

「断固拒否する」

 

 今までよりも苛烈に、アタランテによる弾幕が張られる。

 そんな二人を見て溜め息をひとつ。

 

「やれやれね。ま、呼ばれたからには最後まで付き合うけれど。

 ―――せっかくどれだけ殺しても死なない的があるんだもの。

 ストレス解消くらいにはなってくれるでしょう?」

 

 音が縮む。本来音として世界に紡がれる詠唱が、圧縮されて吐き出される。

 同時、メディアによる火力支援が開始された。

 展開される無数の魔法陣。

 浮かび上がった極彩色のそれの中、膨大な魔力が収束していく。

 

 その破壊の前兆を知り。

 しかしヘラクレスとディオスクロイが魔神を殺戮する手は止まらない。

 僅かに眉を吊り上げつつ、メディアは砲撃を開始した。

 

 破壊するメディアがいれば、守護するメディアもいる。

 ヘラクレスを更に頑強に。ヘラクレスを更に強靭に。ヘラクレスを更に最強に。

 船長の意志に応え、彼女の魔術が大英雄を加速させた。

 

 神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・グライアー)を強引に突き破る大英雄。

 魔力光と並ぶ速度で舞い、潜り抜ける双子星。

 戦場における殺戮が加速する。魔神が粉砕される速度が極限まで昇り詰める。

 

 だが、それでも当然のように魔神に終わりはやってこない。

 その勢いを止めるべく、魔神が行動を選択する。

 狙うべきはアルゴノーツを支えるもの。

 ならば、と。アルゴーを崩壊させるために、イアソンが集中砲火を浴びた。

 

「ヘクトール! ヘクトール!! こっちだ! こっちでオレの盾になれ!!」

 

「あら、こういう時はヘラクレスを呼ばないんで?」

 

 ヘクトールが一足飛び、イアソンの元へと飛び降りる。

 着地と同時に彼を逃がしつつ、熱波をドゥリンダナで切り払う。

 そのまま疾走しながらの防衛に切り替える彼。

 

「オレだって呼びたいに決まってるだろ! だが魔神を誰よりも早く多く殺せるのがヘラクレスなんだから仕方ねえだろ! くそぉ! カストロとポルクスだけ来てアスクレピオスがいなきゃギリギリで船の上で防戦した方が良かったのに! アイツがいたらそりゃオレが囮になってメディアを船の防戦からヘラクレスの援護に回した方がいいに決まってる! 魔神の伐採速度が百倍になれば、こっちの被害は百分の一だ! そこで更にオレとアルゴーに狙いを分散させればそれぞれ二百分の一! そのくらいならオレ一人で走り回っても、死にかけたらアスクレピオスがどうにかすれば、何とかなっちゃうもんなぁ! その上、メディアは船の防御を最小限にした分だけヘラクレスを強化できるオマケつき!」

 

「にしたって自分でマラソンとはねえ」

 

 確かに、そう言われればそれが一番効率がいいのかもしれない。

 けれど、効率を一段落として安全度を上げると言う手だってあるはずだ。

 今回課せられているのは、長期戦。

 途切れることなく魔神を殺し続けるというものだ。

 無理をして途中で失敗するリスクを思えば、安全策で立ちまわるべきとさえ言える。

 

 その言葉に、ぐぅと一度押し黙って。

 しかしすぐに彼は、感情に任せて言葉を吐き出し始めた。

 

「―――仕方ねえだろ! カストロとポルクスは二人! アイツらもまあ、なかなかそこそこの連中だ。その上、ここが宇宙みたいなもんだってのが余計にアイツらにとって有利だしな! 今回に限れば、アイツら二人が相手じゃヘラクレスでも単騎じゃ戦績で負けるかもしれねえ!

 ……誰が許すかそんなこと! ヘラクレスにメディアの援護を合わせた二対二ならアイツらだろうと勝負にもならねえんだ! いつも通り、アイツがやっぱり最強だったで終わりだ! 誰より最強だったのはアイツなんだから! これが人理を取り戻すための戦いだってなら、アイツが誰より最強だって事実を、この戦いで改めて歴史にしっかりと刻んでいけ!!」

 

「―――ははは。いやぁ、なんとも。

 命懸けてるねぇ。双子星曰く、虚勢はあっても虚栄はない、ね。

 背負った栄光さえそこにあれば、なるほど。その身こそは英雄船の船長、か」

 

 イアソンのなりふり構わぬ全力疾走。

 それに苦笑しながら追走しつつ、ヘクトールが完璧な防戦をしてみせた。

 

 

 

 

「あ!! ダーリン、ダーリン! なんか私、今おばさん呼ばわりされた気がする!?」

 

「余裕あんなぁお前ら!」

 

 ぎゅうと熊になったオリオンを抱きしめるアルテミス。

 

「まあここにはヘラクレスがいるし。

 なんか別のゼウスの子たち(ディオスクロイ)まで降りてきたし。

 私たち、何もしなくてもどうにかなりそうじゃない?

 こっちの船やる気あんま感じないしー」

 

 そう言ってアルテミスが視線を向けるのは、こちらの船の船長。

 顎に蓄えた黒い髭を梳く偉丈夫。

 エドワード・ティーチはそんな視線を向けられながらも、さほど反応は示さなかった。

 

「うーん。まあ、神話の英雄がどっかんどっかんしてるし、拙者たちはなあなあでいいのでは?

 下手に突っ込んだら巻き込まれて沈みそうだし」

 

 気の入っていない黒髭の発言。

 そんな彼を後ろから眺めながら、メアリー・リードが呟く。

 

「やる気ないね、あいつ。一瞬だけ死ぬほど喜んでたのに」

 

 そういって彼女が見るのは、同じく呆れ顔のキャプテン・ドレイク。

 彼女の呟く声を隣にいたアン・ボニーが拾い、肩を竦めた。

 

「キャプテン・ドレイクと船を並べたかったんでしょうねえ」

 

「ああ、彼女がこの船に乗るって分かって死ぬほど喜んだけど、でもやっぱり一緒に同じ船に乗るより、船を並べて戦いたかったってこと? めんどくさ」

 

「めんどくさいのはいけないね。女性も男性も、いろいろとさっぱりしてる方がいい。

 一夜の思い出(あやまち)は引きずらないからこそだ。

 そうだろう、アビ―――うん、ギリギリ。そうだろう、アビシャグ?」

 

 内緒話を勝手に拾ってアンへと声をかけるダビデ。

 一体何がギリギリだというのか、と。

 彼女は呆れた風に目を細め、しっしっ、と彼を追い払おうとする。

 

「いちいち否定はしませんけど、こちらとしてはあなたは範囲外ですわ」

 

「それは残念。しかし困った、船長である黒髭くんの協力が得られないと、参戦が難しい。

 ヘラクレスとカストロ、ポルクス。それにメディアの爆撃……中途半端な歩兵が紛れ込める戦場じゃなくなってしまったせいだ。割り込めるとしたら……」

 

 そう言って彼が視線を向けるのは、アステリオス。

 彼はエウリュアレとエイリークの間に立つように待機している。

 

「……アステリオスは頑丈だけど。ヘラクレスやディオスクロイみたいにはいかないでしょ。

 どんな攻撃をされても効かない上に、万が一効いても蘇生するヘラクレス。ここが宇宙であるために人の世から離れ、どんな攻撃をも振り切れる最も速き星の光に近い状態のディオスクロイ。

 彼らだから、あんな離れ業が出来るのよ」

 

 魔神より強靭なるヘラクレス。魔神より疾きディオスクロイ。

 彼らは魔神の攻撃も、更にアルゴー船から行われるメディアの攻撃も物ともせずに戦う。

 

 その光景に臨みながら、アステリオスが遠慮がちにエウリュアレに声をかけた。

 

「えうりゅあれが、そうしてほしいなら。うん、がんばる」

 

「馬鹿ね、アンタじゃ無理だって言ってるの。

 大人しくアンタはアンタができることをしなさい」

 

 いきり立とうとするアステリオスを宥めるエウリュアレ。

 如何に天性の魔たる彼とは言え、あの戦場は流石に厳しいだろう。

 

「姉弟……いえ、どちらかというと親子ですわねぇ」

 

「そういえば、そっちはここの大ボスの父親なんだっけ?」

 

 話を振られたダビデが肩を竦める。

 

「ま、そうと言えなくもないかもね」

 

 実際のところは知らないし、知ろうとも思わなかった。

 だから、目を合わせる気もなかったのだけれど。

 結局何となくこの結末を察した時、少しだけ方針を改めた。

 

 まあ。何よりこれは、今を生きている人間の話というだけだ。

 彼はサーヴァント。

 彼方からふらりと立ち寄っただけの力を貸すだけの商売人。

 だからあくまで、肩に手を添えるだけ。

 

「ったくさぁ! 何拗ねてんのか知らないけど、いい加減船を前に出しな!」

 

 別に物思いに耽る、というほどでもないダビデの耳に届くドレイクの声。

 彼女が呆れと怒りを滲ませながら、黒髭に怒鳴っていた。

 

「はぁ……これだから気の短いBBAは……

 拙者はあっちの連中が息切れするタイミングを待っているだけだというのに」

 

 ぶーぶーと口を尖らせながらティーチが体をくねらせる。

 気持ち悪いその動作に、ドレイクは肩を怒らせた。

 

「気が長いお優しい人間なら最初から海賊になんざなってないよ!」

 

「まあまあ船長。おっと、この船の上では船長ではなかったか。

 それはそれとして、確かに黒髭のいう事にも一理ある。

 持久戦である以上、あちらと合わせて交互に動くというのも十分有りだ。

 それでも――――今ここで、前に出たい理由があるかい?」

 

 間を取り持つように、ダビデがドレイクを一度遮った。

 どう言えばいいかなど、分かり切っている。

 

「決まってんだろうが! “荷”さ!!」

 

 だらしなく緩んでいた黒髭の顔で、眉がぴくりと吊り上がる。

 彼の反応におや、と。二人の女海賊が軽く目を瞠った。

 

「アタシの船は、この星丸ごと滅ぼそうっていう悪党をぶっ倒す、世界を救う王様なんかになろうとしてるガキンチョどもを此処まで運んできたんだ!

 今まで誰一人運んだ事のないようなそのデカい荷物を、最後まで運びきれるかどうか瀬戸際が今なのさ! アタシたちの船が此処まで運んだものを、ゴールまで運べないってならさっさとそう言いな! ちゃんと載せられる船を改めて探すさ!」

 

「……なるほど。積み荷を扱う船長として、商売人としての判断か。

 ここから先は、命を懸けたビジネスの話。なら僕からこれ以上訊くことはないね。

 あとは、黒髭が船長としてどう応えるかだ」

 

 そう言って、ダビデがさっさと身を引いた。

 改めて、フランシス・ドレイクがエドワード・ティーチへと向き直る。

 

「聞かせな、エドワード・ティーチ!!

 海賊としてより先に、海の男として! アンタの(ふね)は、どこまで届く!!」

 

「―――決まってんだろ? テメェより先までさァッ!!」

 

 当たり前だ。彼にとって、それは過去の記録。

 かつてそこまで届いたという伝説があった事に憧れた。

 

 だったら。それに憧れたものの礼儀として、だ。

 彼の航海は、彼女の航海より先にまで届かなくてはいけない。

 そうでなくては、恥ずかしくてアンタに憧れていたとすら口に出来ない。

 

 人間としては屑中の屑だから、彼はこんなところにいるのだけれど。

 自分本位で他人の事など考えないから、彼はこんなところにいるのだから。

 自分の中に抱えた憧れだけは、他の何をぶち殺してでも守り抜かなくてはいけない。

 

「あ、やっと火がつきましたわね。戦闘準備しましょうか」

 

「ま、海賊なんてそもそもろくでなしの集まりだしね。

 湿気ても火がつく分マシじゃないかな」

 

 アンがマスケット銃をその手の中に現して。

 メアリーがカトラスを引き抜く。

 戦意を発揮し始めた黒髭が、すぐさまそちらの二人に向けて微笑んだ。

 

「うふふ、心配させちゃった? ごめんなさいね、アン氏&メアリー氏。

 あなたの黒髭はもう元気いっぱい! まず手始めに―――」

 

 そうしてぐるりと体の向きを変え。

 黒髭は即座にエウリュアレの位置をロックオン。

 そうなるのが見えていたのか、メアリーがすぐさま声をかける。

 

「アステリオス、そいつ殺していいから」

 

「うん? うん……?」

 

 黒髭によるジャンプ&スライディング。

 その流れで偶然を装って、スカートの下を拝もうとしたのだ。

 別にエウリュアレのスカートの中身を目指したわけではない。

 ちょっと体を動かしたい気分になり、ジャンプしてスライディングしたくなっただけだ。

 

 そこに振り下ろされる巨大戦斧。

 頭から滑り込んでいく黒髭の目前にそれが叩きつけられ、甲板を割った。

 そのまま刃の腹に顔面から頭突きする事になるティーチ。

 

 エウリュアレの隠されし聖域を見る事なく、磨き上げられた鋼の刃に映った自分の顔にキスする事になった黒髭。彼は跳ね返されながら奇声を上げる。

 

「ひょー! メアリー氏、拙者が死んだらこの船消えちゃうんですケド?

 あ、ドジっ娘アピールですかな?

 ドゥフフフフwww拙者にそんなアピールしなくても、ちゃーんと魅力は伝わって」

 

「アステリオス、あなたはこっちに残ってアイツが妙な動きをしたら間違いなく殺しなさい」

 

「う、うん」

 

 困惑しつつも、転がった黒髭をちらちらと窺うアステリオス。

 浮かべるのはよく分からない、という表情。

 が、エウリュアレが言った以上、下手な事をすればガチで殺しにくるだろう。

 

「え? エウリュアレ氏までガチトーン?

 拙者、そこまで警戒されてる? もしや、魔神より警戒されてる?

 これは、つまり……拙者は魔神を超えた男……!」

 

 そう言って戦慄く黒髭。

 そんな彼をゴミを見る目で見下ろしつつ、アンは微笑む。

 

「そうよ、メアリー。エウリュアレも。そんな事したらいけないわ」

 

「アン氏……!」

 

「ここで殺すより船首に括りつけて弾除けにしましょう?

 向こうも船長が囮をしているみたいだし。まさかドレイクを越える、と豪語する男気溢れるうちの船長が、他所の船長が出来ることができない、なんて言わないでしょうし」

 

 そう言って彼女は銃を予備のロープがかかっている場所に向けた。

 エウリュアレがそれを見て、アステリオスを軽く叩く。

 取ってこい、と言われたと判断した彼がすぐにロープに向かって走り出す。

 

 このままでは思考をエウリュアレに預けているアステリオスに、ガチで縛られかねない。

 それを明敏に感じ取った黒髭が、割とマジで拒否するために首を高速で横に振った。

 

「囮と弾除けじゃちょっと違うと思うナー、ボク!」

 

「じゃあ囮は出来るんだね。さっさとやって」

 

「OH……そういうわけだ、エイリーク氏。キミに拙者の代わりに囮係を命じる」

 

 そう言ってカトラスで戦場を指し示すメアリー。

 黒髭はそれを即座に大人しく鎮座しているエイリークへと投げる。

 そして、エイリークはそれに対して鷹揚に頷きを返した。

 

「それは構わんのだが。

 船長、あまり女性にそういったちょっかいをかけるのは褒められたものじゃないぞ」

 

 ぎょっ、と。甲板にいた全員が、突然の理知的な声に目を剥く。

 そう反応される理由が理解できるのか、エイリークは苦笑で返す。

 

「え? あ、はい。ごめんなさい。え? あれ?

 ―――あの、エイリーク氏、いま喋りました?」

 

「喋ったぞ。こんな状況だ、(グンヒルド)が少し手伝ってくれていてな」

 

 思った以上に朗らかに話し始めるエイリーク。

 しかし彼が妻のことを口にした事で、エウリュアレが僅かに下がる。

 ロープを放り、それを庇うように動くアステリオス。

 

 そんな動きを見て苦笑して、しかし理解はできるので視線を外す。

 

「まあ(グンヒルド)が見ているから、あまり余計な口を叩くことはしないが。

 特に女性と話すのは、どうにもあれを怒らせるらしくてな。理解してくれると嬉しい」

 

「わかるー! ダーリンが他の女と話してただけでつい手が出ちゃいそうになるの!」

 

 浮遊しながら熊を抱えている女神が、深々と頷いた。

 そんな話を至近距離で聞かされた熊が、震えながら恋人を見上げる。

 

「あの……それは相手の女に? それとも、俺に?」

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!」

 

「ひえっ」

 

 虚ろな目を浮かべるアルテミスとオリオンの視線が交錯。

 悲鳴を上げて、熊のぬいぐるみが凍り付いた。

 

「はー……ま、それどころじゃありませんしな。では、囮係のほどヨロシク―――」

 

「ああ、それと……なんとも申し訳ないんだが。ヘラクレスたちがああも活躍しているのに、私が何も無しなど許せんと言っていてな……できるだけ彼女は止めるが、すまない。

 今までこの采配をしていた船長に呪いが飛ぶことも―――」

 

 痛ましげに表情を曇らせて、エイリークがそう呟く。

 すると即座に海賊、黒髭が立ち上がった。

 甲板を蹴り付け、すぐさまこれからの方針を明示。魔神を指差し叫ぶ。

 

「おう、全速前しーん!

 エイリーク氏を前面に押し立て、あの気持ち悪い烏賊みたいな連中をぶっ殺す!

 ここは今からヴァイキングの王、エイリーク様の狩場だ!!

 どっかの神様の子だかなんだか知らねえが、エイリーク様が纏めてぶっ潰してやるぜ!」

 

「あ、いま追加でグンヒルドからの通信が届いた。

 我が夫の強さはそんな風に媚びられるまでもないから不快、だそうだ。

 そういうのは、もうちょっと抑えた方がいいな。すまん」

 

「ハハハ! 脅迫と惚気を同時にするたぁやってくれるじゃねえか!

 拙者、どうやったら助かるの!?」

 

 非業の死を前に悲鳴を上げる男。

 そんな彼に並び、唯一残された拳銃を引き抜く女。

 

「海賊やってんだ! 野垂れ死ぬなんて分かり切ってただろうさ!」

 

「やだやだー! 拙者エウリュアレちゃんの膝枕の上で死にたーい!!」

 

 大砲展開、全砲門解放。

 船体から火線を撃ち上げながら、“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”が進撃する。

 乗せた者たちの霊基を支えに、無敵の船と化した海賊船が侵略する。

 魔女の降らせる爆撃の雨を突き破り、彼らは魔神の中へと突っ込んだ。

 

「仕方ねえ! オレが呪いで干されて骨と皮だけになる前に!

 最後に送り出さなきゃならねえ荷物だけは届けてやらぁな! あのドレイクが運びきれなかった大荷物だ! これを運んだら、テメェは越えたと笑いながら死んでやるぜ!!

 フランシス・ドレイクよ! テメェを超える偉業を特等席で見ていけやァッ!!」

 

「ハッ、その意気だ! エドワード・ティーチ!

 アンタのミイラはしっかり海の中に蹴り捨ててやるさ! 

 嵐なんざで彷徨い出ないように、重しと一緒に海の底にまでね!!」

 

 

 




 
 特異点3つずつ入れて2話分で終わらせようとしたら1つずつが思った以上に長い。
 そもそも人数多すぎんよー。登場人物100人近いって何だよー。

 ゼパルの怒りが愛という知性を打ち倒すと信じて!


 ふりかえり。
 四章。

 なんかすげー書きづらかった、というのを覚えている。
 これ以上難しいのはきっとない、はず。
 と思ってたらGが余裕でそれ以上に書きづらかったので問題ない。

 アナザーダブルは味方側から開始、というインパクト優先。
 ついでに空の境界コラボもぶち込む。ひゃっはー。
 ハロウィン本能寺といい、混ぜて考えるの楽しいな、とか考え始めた可能性。
 そもそもクロスオーバーなんだから混ざってるのは当たり前だが。

 アタランテは曇る。ついでにパラケルススも曇る。
 霧の街だから致し方なし。

 ナーサリーライムは面白い使い方が出来そうなのだが。
 ただそういう風に使うと、アリスとしては出番がないという。
 難しいものである。

 そのうちプリズマコーズでも書いてアリスの出番を作ろうか。
 魔法少女ビーストの国がある奴。

 プリズマコーズはぐだぐだ明治維新なりオール信長なりと合わせれば、
 「全戦国魔法大名少女大合戦」とか、
 「第六天魔法少女ノブナガ☆オールスター!全員集合、マジカルファイヤー本能寺!」とか、
 そんなで色々遊べそう。なんか面白い使い方したいものである。

 それはさておき。
 本来終盤に出てくるゴールデン、玉藻をフランとセットにして動かしてみる。
 チームも極力分断して進行する。
 そしてバラバラに出てくるはずのテスラとアルトリア・オルタも一緒に出す。

 順番に処理するより同時進行の方が楽。
 一ヵ所に集まられると一度に書く人数が増えるんだもの。
 人数が多いとどうしようもねえというのを今まさに改めて実感しているところ。
 こういう処理は、今後もずっと極力そう進めたいという意思を感じる。
 なのに五章からマスターが一人増えて労力増したんですけどー。

 アナザーダブルに選択したのは、
 ヘンリー・ジキル(ハイド)、完成体に両儀式。

 モチーフは地球(ほし)の本棚。
 そこにはこの星の全てが収まっている。
 が、検索するだけでは分からない事もある。それは、識っているけれど。
 情報だけでは理解しかできない。記録だけでは感情がついていかない。
 記憶があっても、それを識るにはまだ足りない。
 本棚も、彼女も。それを直視し、確かめる事ができるものではないのだから。

 決着は、たまたま風が吹いただけ。
 
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