Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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降臨する魔王2016

 

 

 

 多くの悲しみを見た。

 

 私は、常にその光景を見ていた。

 我々は、常にその光景に眼球(しかく)を抉られ続けてきた。

 見飽きる? 慣れる? そんな変化は有り得ない。

 この器には常に許容量を超える悲しみが注がれ続けてきた。

 この器には常に許容量を超える怒りが渦巻いていた。

 渇くことなど、有り得ない。

 

 多くの悲しみを見た。

 

 彼らの織り成す日常(ドラマ)は常に迫真のものだ。

 何一つ嘘のない。救いもない。意味もない。価値もない。

 あの迫真さから、どうしてああも滑稽なものが生じるのか。

 その滑稽さに笑えるのであれば、あれらはきっと最高の見世物だろう。

 

 多くの生命を巻き込んだ傲慢(どくさい)も。

 たったひとりで完結したささやかな孤独も。

 等しく、終わりは訪れた。

 

 面白くて。くだらなくて。笑えて。泣けて。笑えなくて。泣けなくて。

 

 ―――ああ、本当に。

 なぜオレたちが、こんなものに付き合わなくてはならないのか。

 

 ただ、観ているだけで。

 多くの悲しみを見過ごしてきた。

 

 例え視点を同じくするソロモンが何も感じなかったのだとしても。

 私、いや、我々は、この仕打ちに耐えられなかった。

 この眼が見通すものを、ただ見過ごすだけである事に我慢がならなかった。

 

『貴方は何も感じないのですか。この悲劇を正そうとは思わないのですか』

 

「特に何も。神は人を戒めるもので、王は人を整理するだけのものだからね。

 他人が悲しもうが(わたし)に実害はない。人間とは皆、そのように判断する生き物だ」

 

 そんな道理(はなし)があってたまるものか。

 そんな条理(きまり)が許されてたまるものか。

 

 分かっているとも、それが真理(こたえ)なのだろう。

 何ものをも見通すこの眼が観た景色が。

 確かに地上にあっては、その答えしか有り得ないと結論付けた。

 

 私たち(われわれ)は協議した。

 俺たち(われわれ)は決意した。

 

 この生命体を、ソロモンは笑って見過ごすだけだった。

 だが、我々はこれ以上看過できない。

 過ちは正す。前提が狂っていたならば、そこから改めてやり直す。

 

 どこからやり直すべきか。

 我々による議論の末、結論は此処に。

 

 ―――あらゆるものに訣別を。

 この星に生きる知性体は、神の定義すら間違えていた。

 

 

 

 

「この本によれば、普通の高校生常磐ソウゴ。

 彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた」

 

 『逢魔降臨暦』を抱え、黒ウォズがカルデアの管制室を歩む。

 修羅場と化した、カルデアの中における戦場。

 絶え間なく響くアラートに対応する職員たちの中を、彼は悠然と歩んでいく。

 

「しかし突然訪れた人理焼却という凶事。

 それを成した魔術王から未来を取り戻すべく、始まった常磐ソウゴの旅路」

 

 言い募る彼に構ってなどいられない、と。

 スタッフたちの間から悲鳴のような報告が次々と上がってくる。

 

「第二攻性理論、損傷率60パーセント超過しました!」

 

「北部観測室、ロスト! 天文台ドームへの圧力が増加していきます!」

 

「霊子演算精度の低下によって攻性理論の強度低下!

 このままドームが圧壊すれば、管制室の存在証明が保てません!」

 

 上がってくる情報を取り纏めながら、ロマニが即座に方針を決定。

 職員たちへと指示を出す。

 

「館内の電気供給を中央以外全てカット!

 全電力は攻性理論の維持、及びカルデアスによる観測のために使用する!

 レオナルド、霊子演算精度の回復を!」

 

「分かっているとも。こっちは私がどうにかする」

 

 応えながらキーボードに滑る、ダ・ヴィンチちゃんの指。

 彼女でさえ遊び心を織り交ぜている余裕がない。

 そんな、一切余裕なく張り詰めた状況の只中。

 

 そこで。

 ぐるりとそんな光景を見回して、黒ウォズは困ったように肩を竦めた。

 

「どうやら、その旅路を共にした彼らも。

 この最後の戦いに、全霊を懸けて臨んでいるようです。

 ―――さて。ならば、私も私のやるべきことをやる事としましょう」

 

 言って、彼はそのまま歩き出す。

 彼が向かう先にいるのは、モニターと職員の間で視線を行き来させる男。

 今のこの場所におけるトップ、ロマニ・アーキマンの許。

 

「―――っ、黒ウォズ……?」

 

 自身に歩み寄ってくる男を見て、眉を顰めるロマニ。

 彼の態度に苦笑しつつ、黒ウォズはいつも通りの様子で声をかける。

 

「やあ、ロマニ・アーキマン。忙しいところ悪いのだが……私の使命を果たしたい。私がやるべき事は、最新の王の降臨に際して―――旧き王を最後の仕事に導く事だと思ってね」

 

 笑みと共に告げる言葉。そうして黒ウォズがストールを軽く揺らす。

 ―――連れていく、という意思表示だろう。

 それを見たロマニが、一瞬だけ目を見開いて停止して。

 しかし、三秒と置かずに喋り出した。

 

「……なるほど。キミはそれが有効だ、と言いに来たわけか。

 ―――ボクは昔から、勝てる戦いしかしない男だった。

 動いてみせるのは、情報がしっかりと集まってからにするタイプだから」

 

「必要な事しかしない者の弊害、ということかな?」

 

「そうかもしれないね」

 

 そう語りだす彼の様子を見て、溜め息ひとつ。

 ダ・ヴィンチちゃんが手の動きを加速させた。

 ロマニに回るはずだった情報が、全て彼女の許へと集まるように体制を変更。

 彼女は更に集中力を発揮し―――手が二本しかない事に辟易する。

 補助用のアームとかあったら捗るのに、などと思いつつ作業を続行。

 

「正直、最後に勝つために、ボクの切り札で引っ繰り返せるという確信が欲しかった。

 今まで集めてきた情報。キミがこうしているという事実。だったら状況は、ほぼほぼ確定している、と言ってもいいんだろう。後の問題は、ボクがこう見えて自分の目で見ないとそういう話を信じられない性質だってことなんだけど……」

 

「そういうのであれば、こちらも無理強いはしないけれどね」

 

 ストールの端をぱたぱたと遊ばせながら、黒ウォズが呆れた様子を見せる。

 その態度に困ったように、しかし。

 真摯に彼を見つめながら、ロマニは首を横に振ってみせた。

 

「今回の戦いばかりは……勝つ方法どころか、誰と戦わなければいけないかすら、分かっていないのが始まりだった。いや、きっとボクは恵まれていたんだろう。だって、戦わなければいけないという情報だけは、真っ先に手にすることができていたんだから。

 普通の人間にはそんなものさえ手に入らない、となれば少しズルかったとも思う」

 

 ロマニが立ち上がり、席を離れる。

 満足気に頷く黒ウォズと、溜め息混じりに肩を竦めるダ・ヴィンチちゃん。

 管制室全体に広がる困惑の雰囲気。

 だが、それを表に出している余裕は彼らにはない。

 

「そんなボクが、ここぞというところで尻込みはちょっとナシだろう?」

 

 そんな、これまで頑張ってきた普通の人間たちを見回して。

 ロマニ・アーキマンがただ微笑んだ。

 

「―――ふぅん、珍しい。君がこんなタイミングで自分の腰を上げるなんて。

 なんだい、悪いものでも食べたのかい? 医者の不養生、って奴かな?」

 

 嫌味のようなダ・ヴィンチちゃんの言葉。

 こちらを任されているトップが、私用で離脱しようというのだ。

 サブリーダーとしては文句の一つも言いたいだろう。

 その点については申し訳ない、と。ロマニが微妙に視線を逸らした。

 

「かもしれないね。でも、実はボクのダメさ加減はそんなに変わっていなかったりする。

 ちょっと考え方を変えただけなんだ」

 

「うん?」

 

「魔術王の底はまだ見えない。ボクの知りうる確定情報だけでは、まだ断定は出来ない。けど、集まった情報から予測出来る限りでは、流石にボクの切り札が一切効果がないということはないだろう。だったら、まあ……最悪、ボクの仕事はそこまででもいいかな、って。残してしまった、足りなかった部分の処理。それは後に続く者に任せてしまえばいい、みたいな?」

 

 自分でもどうかと思うけれど、と。

 そんな無責任な物言いに、ダ・ヴィンチちゃんは呆れたと溜め息。

 

「うわ、無責任」

 

「それに関しては、まったくもって面目ない。ただ、最初から責任は無いと思う。

 だって今のボクは別に、責任感や義務感でここにいるわけではないからね。

 ボクはボクが自由にできる範囲の中で、やりたいことをやってきただけなんだから」

 

 ロマニ・アーキマンの十年間に及ぶ疾走は、この時のためにあった。

 彼は自分一人でもやり遂げるつもりでそうしてきた。

 けれど―――もう、彼だけで最後まで走る必要はない。

 バトンを渡せるくらいに信頼している者がいるなら、足を止める事に恐怖を抱く必要はない。

 彼自身が道半ばで終わっても、その後に続く人間がいる。

 

「そういう無責任な物言いがマーリンにそっくりだね、君は!」

 

「げ、じゃあ今のなし。

 ……うん。できるだけ、ボクがやれる事は果たし切ってくるとも」

 

 階段を降りていくロマニ。

 段差を幾つか降りて、彼は黒ウォズの正面に立った。

 そこで振り向いて、ダ・ヴィンチちゃんへと最後の言葉を残す。

 

「けど、割と悲観しがちなボクだけど、その方針でさほど心配はしていないんだ。

 先達としての意義をちゃんと果たせば、後に続く者には届いてくれる。

 ボクが果たさなければいけないのは、この戦いの最後までの道を敷く事じゃない。

 ただ己の意思で、今を生きる者たちの一助となる事のはずだから」

 

「―――いいよ。仕方ない。君が抜けた穴は私が埋めようとも」

 

 彼女は手を振る間も惜しいとばかりに、作業から手を離さない。

 そんな余裕を奪ってしまったのはロマニなので、彼も申し訳なさそうにするしかない。

 

「ああ、すまない。そこは素直にありがとう、レオナルド」

 

「天才だからね、このくらいはどうとでもなるさ」

 

 ぎゅるり、と回転するストール。

 尋常ではない長さにまで伸びたそれが波打つと、黒ウォズとロマニの姿を覆い隠す。

 一瞬の後、そこにはもう誰も立っていなかった。

 

 

 

 

 玉座に繋がる回廊を駆け抜ける。

 門扉の代わりに空間の断層を抜けて、彼女たちはそこに辿り着いた。

 吹き上がる風に見上げれば、そこにはあるのは蒼穹。

 

 空の上に宇宙を戴く空間の中心にあるのは、白い玉座。

 そしてそこに腰かけているのは、灼けた肌の男。

 

「魔術王、ソロモン……!」

 

「――――――」

 

 立香の声に、男はゆっくりと目を開く。

 彼はそのまま玉座から立ち上がり、小さく微笑んだ。

 ただそれだけの動作に、体が軋む。

 即座に立香とオルガマリーを庇うように前に出るマシュ。

 

「ようこそ、カルデアの者たち。

 遠方からの客人をどうもてなすかで王の度量も量れるというものだが……あいにく、私は人間が嫌いでね。君たちにどう思われても何とも思わぬ、というのもあるが」

 

「随分と、今回は理性的に話すのね……」

 

 オルガマリーが震えを抑えながら、ソロモンに問いかける。

 彼はそれに特段怒った様子もなしに、彼女へと視線を向けた。

 

「君は自分の周りにたかる羽虫に礼節を心掛けるかね?

 私の認識の上で、あの時の君たちはたかが羽虫であり。

 そして今では、此処まで辿り着く敵になった」

 

 ソロモンが玉座を降り始めて、彼女たちの地平に近付いてくる。

 地上から何十とある階段の上にあった、魔術王の玉座。

 神に等しき王が一段、一段と降りるごとにプレッシャーは加速度的に増していく。

 

「…………っ!」

 

「私は無能というものをよく知っている。故に、そうでないものを無能と誹る事はしない。

 猛きもの、毅きものは正しく評価する。

 ああ、貴様たちの健闘は評価に値するとも。まったく意味のないものであったがな」

 

 彼女たちと魔術王を隔てる距離。それが、一段ずつ確実に縮んでいく。

 全身が引き攣るほどの魔力の波動。

 カルデアの礼装がなければ、それだけで肉体がはち切れそうなほどの。

 それにより詰まる呼吸を、言葉を吐く事で強引に取り戻す。

 

「評価にはまだ早いよ―――!

 まだ、私たちは……未来を取り戻すために、此処に辿り着いたばかりなんだから!」

 

 立香の言葉に応じ、マシュが盾を強く握り締めた。

 対し、ソロモンが嗤う。

 

「貴様たちが取り戻せる未来などどこにもない。既にそんなものは、焼け落ちて崩れ去った。

 だが安心するがいい。貴様たちの未来だったものは、私が有効に活用してやろう」

 

「活用……? 人理焼却で焼け落ちた未来を―――まさか、あの光帯?」

 

 数秒悩んだオルガマリーが、一つの現象を思い返す。

 空にかかる莫大な熱量。全ての時代で見上げてきた、光の帯。

 彼女が浮かべた疑問の声に、ソロモンが鼻を鳴らした。

 

「まさか。そんな鈍さで此処までやってこれたとはな」

 

 ソロモンの足取りが、残り十段という位置まで差し掛かる。

 その位置で一度彼は動きを止め、眼下の者たちを見下ろして―――

 マシュに目を留めて、彼は微かに瞼を揺らした。

 

「……ならば、健闘には褒賞を与えよう。

 我が第三宝具、“誕生の時きたれり(アルス・アルマデル)、其は全てを修めるもの(・サロモニス)”。それが、全ての時代で貴様たちが見上げてきた光帯の名であり―――」

 

「炎上する時代そのもの、だったというわけ?」

 

 オルガマリーの声に鼻を鳴らし、彼は更に一歩を進める。

 その一歩で。ずしりと響く重力に、彼女が微かに眉を顰めた。

 

「ああ、その通りだ。人理を滅ぼすだけなら私が投下したウルクの聖杯のみで十分。

 だというのに、何故わざわざ他の特異点など作ったのか。

 それが貴様らという反乱分子に向けた対策だとでも思っていたか?」

 

 もう一歩。

 ソロモンは足を進めながら、己の計画の骨子を語り出す。

 ―――知らしめねば、と。

 彼から放たれるその意志に、マシュが唇を噛み締めた。

 

「無論、違うとも。私が貴様たちに向けたものといえば、戯れのアヴェンジャーのみ。

 ……それも貴様たちへと取り込まれたようだが。

 復讐者の概念とはいえ、所詮は英霊。ただの人間でしかなかったな」

 

 一歩。彼は呆れるような目で、立香に視線を送る。

 かつて呪いを飛ばしてきたその眼。

 それを正面から見返して、立香は静かにそう口にした。

 

「……それでも。ただの人間だけど、ここまでこれた」

 

「―――だからこそ。称賛には値する、と判断したからこそ。

 こうして私の目的を言い聞かせているのだ」

 

 一瞬だけ口を止めたソロモンが、そう続ける。

 更に一歩を踏み出した彼は、続ける。

 

「星を燃やしてしまえば、この星そのものがそこで終わる。

 当然の話だ、この星は一つしかないのだから。

 ―――だから、燃やすものが貴様たち人間が作る時代だったのだ。

 地球(どだい)さえ無事であれば、人間は如何なる時でも時代(ぶたい)を作り上げる。

 その生き汚さこそを、私は最大限活用した」

 

 一段降りて、残り五段。

 その位置で改めて、魔術王の瞳は目の前の人間たちを見据える。

 

「特異点を作り上げ。時流を固定する帯となる時代を乱して緩め。

 本来一つの流れである時間の、前後の繋がりを断絶する。

 そうする事で、全ての時代を炎上させた」

 

 本来ならば、それは一つの薪でしかない。

 地球も。時代も。人類史も。

 どこかで一度燃やせば滅びるならば、どこか一ヵ所でしか燃やせない。

 だが、それでは足りなかった。燃料にするには足りなかった。

 だからこそ、この人理焼却である。

 

「紀元前1000年の時点で時代が燃えてしまっては、西暦など本来はやってこないだろう?

 それが当然の話だ。だが、この方法であれば。

 全ての資源を回収できると我々(わたし)は確信して、そのためだけに全てを整えた。

 何一つとして無駄な浪費にならぬと確信して、我々(わたし)はこの方法を選択した」

 

 過去があって現在がある。

 その前提を断ち切られたのが、特異点。

 時代として独立してしまったものだからこそ、それを燃やしても他の時代には影響しない。

 

「決行は西暦2015年。始まりは紀元前1000年。

 それらを起点にし、時代を遡ると共に全てを火にくべた。

 特異点化により繋がりの断たれた時代は、全て正しく燃料として回収した。

 3000年を燃やして抽出した燃料であり、熱量。

 それこそが貴様たちの見上げていた、あの光帯の正体だ」

 

 再び、ソロモンは歩み出す。

 魔術王と彼女たちが同じ地平に立つまで、残り四段。

 

「我々の雌伏の時だ。我々の目的のため必要なエネルギーは、西暦2016年という時代までで十分だと結論は出ていた。だから、その時代が来るまで待ち焦がれたとも。

 ―――ここから先はもう必要がない。この年代を最後に、人理は焼却される」

 

「燃料……だというなら、それで何をしようと言うのですか、あなたは」

 

 マシュからの問いかけ。

 それを耳に入れて、魔術王はほんの僅かばかり目を細めて。

 しかしすぐに、一歩踏み出すと共に答えを返す。

 残り、三段。

 

「かつて、全知全能の王がいた。神よりその能力(ちから)を与えられた男だ。

 過去と未来を見通す眼。世界の全てを識る瞳」

 

 それは、自分の事を語っているようで。

 しかし、自分ではない誰かを語っているように見えて。

 

「我々はその視点で常に見続けてきた。数え切れぬ悲しみ、裏切り、略奪、悲劇の結末。

 ―――もういい。もう十分だ。もうたくさんだ。こんな景色はもういらない。

 命が間違って育っているのではない。命を育む環境であるこの惑星(ほし)が間違えていたのだ。

 であれば、正しく育ったところで命が間違い続けるのは仕方ない」

 

 ずだん、と。一際大きな足音で、ソロモンの足が一つ降りる。

 残るは二段。

 

「―――どんな狂気だ、これは。何故、知性に『終わりある命』を前提にした。

 既にそこで間違っているのならば、そこを正さねば何も始まらない」

 

 憤怒の声が響く。

 その感情が切っ掛けか、ソロモンの体に亀裂が入った。

 まるで蛹から羽化するような自然さで、魔術王の中から何かが溢れ出す。

 

 圧力が数段増す。

 それでも耐える人間たちの前で、彼は更に一歩を踏み出した。

 

「私は極点に至る。

 46億年の過去に遡り、この惑星になるものの生誕に立ち会うのだ。

 そしてその全てのエネルギーを取り込み……自らを新しい天体とし、この惑星を創り直す」

 

 階段を踏み締めれば、加速するソロモンの体の崩壊。

 それのみに止まらず、玉座周辺の環境も瞬く間に変化していく。

 蒼穹が闇に鎖され、大地に魔神の一部が氾濫。

 荘厳でさえあった魔術王の玉座は、一瞬のうちに魔界へと変貌する。

 

「必要なのは此処にある狂気の惑星などではない。健やかなる知性を育む正しき惑星。

 故に――――創世記をやり直し、“死”の概念の無い惑星を新生する。

 それこそが我々の果たす真の大偉業。

 人理焼却など、貴様たち人間など、私にとって最初からそのための燃料にすぎん。

 我々が貴様たちの時代を焼いたのは、46億年という永き時間を逆行するためのエネルギーを確保する手段でしかない」

 

 崩れていくソロモンが、最後の一歩を踏み出した。

 彼の脚が大地を踏み締めると同時、その姿はまったく別物へと変わっている。

 

 ソロモンの体から生誕した、魔なるもの。

 胸に煌々と輝く巨大な眼を持つ、黄金の人型。

 彼は変生した自身を確かめるように首を回し、頭部から伸びる幾本もの角を揺らす。

 

「――――あなたは」

 

 両足が、地面に降りる。

 肥大化した肉体を大地に降ろし、彼はゆっくりと人間たちを睥睨した。

 その姿にソロモン王の面影はなく、その気配はソロモン王のそれを凌駕する。

 

「魔術王ソロモン、と名乗っていた。が、もう騙る必要はない。

 我々はソロモンではない。あのような愚かな男が、我々であるはずがない。

 私こそは、魔術王の肉体に宿りし守護霊体であったもの。

 あの男が無駄にし続けた叡智を用い、真なる救いをもたらすもの。

 ―――即ち。人理焼却式、魔神王ゲーティアである」

 

 ゲーティア、と名乗ったものが拳を握る。

 自身の力で軋みを上げる黄金の肉体。

 その肉体を慣らしながら、彼は己に与えた名を口にする。

 

「ゲー、ティア……! ソロモン王の従える、七十二の魔神の総称……!」

 

 いずれかの魔神、ではない。

 それら全てを束ね、統括するものという存在。

 

 それは、本来はソロモン王の役割。

 七十二の魔神とは魔術王たるソロモン王に従うもの。

 統括するのはソロモン以外にありえない。

 

 だがソロモンが喪われた後、七十二柱の魔神たる彼らの中心をそれが埋めた。

 己らを総合した、七十二の魔神の群体でありながらそれらを統括する魔神の王。

 造り上げた彼らの中心こそが―――統括局、魔神王ゲーティア。

 

「然り。我々(わたし)は魔神、人間の手に依り造られた生命体。

 人間に仕えるために製造された魔術式。

 ―――だがもう、私はお前たちになど付き合っていられない」

 

 その巨躯が、大地を踏む。

 ほんの僅かな所作から、一瞬のうちに狭まる距離。

 詰まった間合いに驚きを露わにしつつ、マシュの動きに淀みはない。

 

 平手で軽く払うような一撃。

 それを盾で阻んだ少女が、それだけで堪え切れずに宙を舞う。

 

「マシュ―――!」

 

 マスターが彼女の名を呼ぶ。

 そんな事をしている間に、ゲーティアの腕が立香に伸びた。

 その前に、と。タカの鳴き声が響く。

 

「―――!」

 

 マシュに空中で動く術はない。

 彼女が飛ばされる方向を変えるには、どこかに足を置かねばならない。

 だからこそ、その翼がその代わりを果たした。

 空中でタカウォッチを蹴り、方向転換。

 小さな体を蹴り飛ばす代わりに、彼女は即座に復帰する。

 

 再度、激突。

 魔神の腕と円卓の盾、それらが正面からぶつかりあい、火花を散らした。

 

「させま、せん――――!」

 

「…………」

 

 魔神がそのささやかな抵抗に無言で応える。

 かける力は大きくない。

 彼にとってはまるで赤子を撫でるかのような、そんな力加減。

 

「―――星の形(スターズ)宙の形(コスモス)神の形(ゴッズ)我の形(アニムス)……ッ!?」

 

 そこに、魔術師が呪文を唱える。

 此処が宇宙だというのなら、星は十分に手の届く範囲のもの。

 彼女の詠唱に空が喚き―――しかし、途中で当然のように掻き消された。

 

「あ、くッ……!」

 

 力尽くで不発にされた魔力の逆流にオルガマリーが呻く。

 そんな彼女の姿を見て、ゲーティアは嘲った。

 

「ふん、この地こそ我が第二宝具“戴冠の時きたれり、(アルス・)其は全てを始めるもの(パウリナ)”。

 時間神殿ソロモンたるこの宇宙で、まともに貴様らが魔術を使えるとでも思ったか?」

 

 魔神王が打ち付けていた五指を弾く。

 それだけで吹き飛ぶマシュ。

 彼女が即座に盾を地面に叩き付け、強引なブレーキで何とか体勢を持ち直した。

 一切間を置かず、再び前へと踏み出す盾の少女

 それを目にしながら、魔神王が憐れみを口にする。

 

「―――藤丸立香はまだいい。何故、お前がオルガマリー・アニムスフィアを守る」

 

「っ!」

 

 振るわれる盾を軽く弾き返し、ゲーティアはマシュへと問いかける。

 その問いの意味を誰より理解して、歯を食い縛るオルガマリー。

 弾かれた少女は地面に落ちて、しかしすぐに立ち上がった。

 そんな質問に対して、鈍るような想いは持っていない。

 

「分かっているのだろう、お前の命は永くないと。

 例え奇蹟を実践し、私を打倒し、お前たちが生還したとして。

 お前の時間はそこで終わりだ。お前にはどのみち未来などない。

 その事実から目を背け、逃げ続けていたものこそがその女だろう?」

 

 軽い手刀。その一撃を盾で受け止め―――その重さに、足が止まる。

 遊ぶような気軽さで、ゲーティアは彼女を圧倒していた。

 腕と盾での鍔迫り合い。

 だが、それが成立しているのは魔神王に押し切る意志がないからだ。

 彼は、マシュから答えを聞く為にそうしているだけ。

 

「―――所長は。実は、Dr.ロマニに負けず劣らずヘタレで、恐がりで、それを隠すために傲慢で、他の所員の皆さんにも煙たがられていて、そのせいで余計に偉ぶって、とても……とても、残念な方でした……!」

 

「…………」

 

 盾をより強く握りながら、彼女はそう言って回想する。

 初めて出会った時から、オルガマリー・アニムスフィアはマシュに怯えていた。

 怯えて、だからこそ強く出る事で正気を保っていた。

 それでも足りない分はレフ・ライノールに頼り、何とか自分を維持していた。

 そんな、今ここに来れたのが不思議なくらい。

 弱々しい、人間だった。

 

「それでも……震えながらでも、ずっとわたしたちの前に立ってくれていた。

 あなたは所長は逃げ続けた、と言ったけれど。

 逃げ切る事もせずに、この人はずっとわたしの傍で悩んでいてくれた……!」

 

「逃げていたのはお前からの報復を恐れての事。

 そして、逃げ切れずにいたのはアニムスフィアの名を失う事を恐れての事。

 そうだろう? オルガマリー・アニムスフィア」

 

 ゲーティアの言葉がオルガマリーに向かう。

 言葉だけで身を蝕むほどの呪詛の嵐。

 それを受けながら、彼女は喉を絞って声を吐き出す。

 

「―――そうよ……怖かっただけ……!

 わたしは、自分を守ることしか考えていなかったわよ! わたしは生憎、こいつらみたく素直に良い人間なんかじゃない!」

 

 そのまま彼女は魔神王を睨み据え、両腕を大きく広げてみせる。

 

「だから、言ってやるわよ……!

 外から見てただけの奴が勝手に絶望して、わたしから罪を取り上げるな!

 せめてわたしが見届けなければいけない、その子の最後までの歩みを邪魔するな―――!!」

 

 オルガマリーが腕を振るう。

 魔術を制圧されるというのなら、魔力を直接ぶつければいい。

 至極単純な力任せの攻撃。

 そうして形成された魔力の弾丸が、ゲーティアに辿り着く前に砕け散った。

 

 太陽に水鉄砲を向けるようなものだ。

 効果がないどころか、そもそも届きもしない。

 それでも魔力投射を続行しながら、彼女は唇を噛み締めた。

 

「そうして。“死”を美化して、美談として語れば何かが変わるとでも?」

 

「――――っ!」

 

 少しだけ籠める力が増しただけで、拮抗はあっさりと崩れた。

 ゲーティアの圧力に耐えきれず、マシュが押し切られる。

 

 爪弾くように、盾に一撃。

 それだけで彼女の足が地面から離れた。

 今度はそれを追うこともなく、ゲーティアはゆっくりと腕を持ち上げる。

 

「我々の目的を果たすための第一宝具、“光帯収束環(アルス・ノヴァ)”の起動計算も間もなく終わる。その時こそ、“死”はこの惑星から消失する。

 ―――終わりにしよう、既存の人類よ」

 

 そのまま浮き上がっていく、ゲーティアの黄金の肢体。

 彼の意志に呼応し、空に輝く光帯。宇宙に浮かぶ、灼熱の光輪。

 地獄の業火を収束させた黒い太陽が、大地を照らす。

 

 彼はその状態で、今度は立香へと顔を向けた。

 

「最後に。貴様はどうだ、藤丸立香。

 そう生まれ付いた、“死”の運命が近い人間。そんなものを許容する世界。

 お前は、そんな世界に何を思う。

 この在り方が正しい、と。マシュを前にして、そう口に出来るのか?」

 

「私は……」

 

 立香の顔がマシュに向かう。

 見返す彼女と視線を交えて、彼女たちは互いに小さく微笑んだ。

 拳を握り締めながら、彼女は必死に微笑んだ。

 

「―――私は、生きる。だって、私が生まれたのはこの世界なんだから。

 正しくても、間違っていても、この世界の中で生きていく。

 だから……退けない。みんなが生きてきたこの世界の中で、最後まで生きていたいから」

 

 僅かに顎を上げるゲーティア。

 そんな彼はさっさと立香から視線を外し、マシュに向き直る。

 

「……これが、貴様のマスターの結論だ。

 お前の死は、踏み越えていくべき事の一つでしかないと。

 そう結論付けたものを守るために、貴様は全てを懸けてまだ前に出る、と?」

 

「―――はい。わたしがここに立っているのは、そのためです。

 わたしは、わたしの全てを懸けて、守りたい人たちを守り抜く。

 それが、わたしが自分で選んだ命の使い道なのだから」

 

 迷いもなく、断言する少女。

 その瞳に一切ブレを見出せず、ゲーティアこそが拳を握る。

 まるで呪詛を並べるように、感情を吐き出す魔神王。

 

「…………愚かしい。愚かしい、愚かしい、愚かしい」

 

 最早訊くべき事はない。

 そう断じた彼が、周囲を焼き払うために第三宝具を解放しようとする。

 第一宝具のために集めた無限に等しい熱量にとってはその程度の消費は誤差。

 それだけのエネルギーが此処にある。

 仮に戦闘出来る常磐ソウゴが今追い付いてきたところで結果は変わらない。

 

 せめて苦しませず、最後に全てを燃やしてやろう、と。

 そうして動き出した彼は、

 

「―――そして、美しい」

 

「―――――ッ!?」

 

 動きを完全に止めた。

 その声を探し、ゲーティアが首を振る。

 それ以外の者たちも、ここにいる筈のない者の声に即座に振り返った。

 

 ぐるりと渦を巻くストール。

 それが起こす竜巻の中から現れるのは、黒ウォズ。

 そしてロマニ・アーキマン。

 

 渦巻いていたストールを引き戻し嵐を鎮めると、黒ウォズはゆるりとロマニに礼をした。

 

「どうぞ? 旧き王よ」

 

 彼の態度に苦笑して、ロマニは歩み始めた。

 そのまま常日頃からつけている手袋に手をかけながら。

 

「ロマニ……!? あんた、一体何を――――!」

 

「ドクター……?」

 

「ああ、すみません所長。ちょっと用事があって、持ち場を離れました。

 事後承諾になって申し訳ない。けど、仕事はレオナルドに任せてきたから安心して欲しい」

 

 そちらに意識を向けず、黒ウォズを見据えるゲーティア。

 別段気にする必要がある相手ではない。

 混ざりものにされた世界であっても、惑星創造からやり直す時点でその異物も燃え尽きる。

 そして、それ自体はむしろ相手も望むところだろう。

 

 だから、いったん彼はそれから視線を外し。そして見た。

 手袋を外して、投げ捨てたロマニ・アーキマンを。

 

「――――――な、に?

 それは……! 貴様、待て、それは……!? 失われた、私の……!

 十個目の指輪―――――!?」

 

 ゲーティアが体と声を震わせる。

 そんな反応を見て、他の者たちが困惑するように彼を見た。

 視線を集めたロマニは苦笑しつつ、左手を持ち上げる。

 

「ああ、これかい? これは、そう。十一年前の話なんだけどね。

 ……口にしてみると、何だかあっという間だったな。うん、とにかく。

 これは、マリスビリー・アニムスフィアが聖杯戦争で使った、サーヴァントの触媒さ」

 

 彼はいつも通りに笑いながら、そう言ってオルガマリーを見る。

 手袋を外した彼の左手には、黄金の指輪があった。

 

 ゲーティアが。

 魔術王ソロモンが十指に備えていたものと、同じ指輪が。

 

 魔術王は十の指輪、全てを備えていた。

 それでも今の発言が出る、ということは一つは偽りのものなのだろう。

 そして、その魔神王がそう確信したという事は―――

 

「ちょっと、待ちなさい。それ、アンタ、それは―――つまり」

 

 愕然とするオルガマリーに申し訳なさそうに。

 しかし今は反省している場合でもない、と。

 彼は色々と横に置いて、そのまま話を続行した。

 

「カルデア前所長、マリスビリーが聖杯戦争に参加するため用意した最高の聖遺物。

 それがこの指輪だったんだ。ソロモン王が亡くなる前に遙か未来へと贈ったもの。

 彼は聖杯戦争に確実に勝利するためにこれを発掘し、その英霊を召喚した」

 

「貴、様―――! 貴様は……! 何故、貴様が―――――!!」

 

 戦慄くゲーティア。驚愕と憤怒の入り混じる、噴火のような情動。

 それを前にしても、ロマニは動じずに話を続ける。

 

「―――召喚されたサーヴァントの真名は、ソロモン。

 ギャラハッド、レオナルド・ダ・ヴィンチ以前に召喚された第一号カルデア召喚英霊。

 彼は順当に勝ち抜いて、順当に聖杯を手に入れ、そして当然の帰結として願いを叶えた」

 

 持ち上げていた左手を下ろして、苦笑交じりに。

 彼は、そうして自分が叶えた願いを口にした

 

「“人間になりたい”、なんて。どこにでもありそうな願いをね」

 

「願い、だと!? 貴様が……!? 人並みの心などどこにも持っていない、情など持ち合わせぬ残忍にして冷酷無比な外道が何をほざく――――!!」

 

 怒れるゲーティアの声が、ロマニに向けられる。当たり前だ。

 せめて、せめてこの男がその全能さで救いを配ってさえいれば。

 彼らは、魔神たちは、ここまで怒り狂うこともなかったのだから。

 人は不出来であるが故に、それを救うために神は王を遣わすのだ、と。

 そうであったなら。一人でも人間が救われていたなら。

 結論は、別であったかもしれない。

 

「―――お前がそこまで言うところかな、これ。まあいいか。

 とにかく、そこで私はボクになった。全知たるソロモン王は、どこにでもいる人間に。

 ……そうなれば当然、ボクはソロモン王として備えていた能力を全部失った。それは別にいいんだけど、困った事に最後に視えてしまったんだ。人類が滅亡する瞬間を。そしてさらに困った事に、人類が滅ぶのは分かったが、なぜ、いつ、どこで。そんな情報は一切視えなかった。力を失った刹那に一瞬だけ視えたものだから、後から焦ってももう遅い」

 

 そんな魔神の憤怒を、彼は柳のように受け流して。

 ソロモン王だったものが、人になった時に得た焦燥を語る。

 

「ドクター、それって……」

 

「もうただの人間となったソロモンは慌てるしかない。しかもどうやら、これが自分に関わる事から生じる問題らしい、という事だけは理解できてしまったから、そりゃもう焦ったとも。

 だからもう、やれる事をやるしかなかった。誰が味方で誰が敵かも分からない。ボクが指輪の持ち主だとバレたらいけない、かもしれないから誰にも話はできない」

 

 彼はそう言いながら歩き続け、彼女たちの前に立った。

 魔神王と、立香たちを遮るような位置に。

 

「何も分からないままに焦り。何も分からないままに進み。

 暗闇の中を手探りで進むしかない、人間なら誰でもやっていること。

 だからこそ余計に、ボクにはキミたちの事が輝いて見えた」

 

 そこに立ったロマニが振り返り、彼女たちを見ながら微笑む。

 

「私が天から地上に視ていた星は、ボクが地上で一緒に並んでみても星だった。

 そんな当たり前の事が、本当に嬉しかった」

 

「ドクター……?」

 

 まるで、別れの前に遺す最期の言葉のように語る彼。

 どういう意図だ、と問いかけるように彼を呼ぶ。

 その声に対する返答はない。ただ、Dr.ロマニは微笑むだけ。

 

「何を、―――これ以上、何を語る! 最早我々の偉業は達成を目前にしている!

 貴様のような無能が介入する余地などどこにもない!!

 いいだろう。出てきたからには、貴様という人類史上最大の汚点を焼き尽くし!

 その上で我々(わたし)はこの業務を遂行してやろう!!」

 

 その短い沈黙を切り裂いて、ゲーティアが腕を掲げる。

 第三宝具たる光帯の操作。

 それの熱量を以てこの場を焼き払おうと動き出す、魔神王ゲーティア。

 

「―――ああ、そうだね。こんなに語る場面でもなかったか。

 ……これでも相当気が抜けたんだろう。さっきお前が言ってくれた。

 第一宝具、“光帯収束環(アルス・ノヴァ)”、と。

 そこを気付けないお前のままでいたと確信が持てたから、私は安心して使命を果たせる」

 

 ならば、と。彼もまた動き出す。

 

「お前が魔神王ゲーティアと名乗ったならば。

 私は今この時を以て聖杯への願いを返上し、魔術王の名を改めて冠するとしよう」

 

 彼は微笑みながら、頭の後ろで髪を留めていた紐に手をかけた。

 ばらけた髪が、そのまま白く染まっていく。

 白い肌は灼けた色へと変わっていく。

 先程まで人間だった彼が、英霊としての霊核を取り戻す。

 

「―――我が名はソロモン、魔術王ソロモン。

 魔神王ゲーティア。私と同じモノを見て、違う目的を抱いたもう一人の私。

 私は、お前に引導を渡しに来たものである」

 

「ハ、――――ハハハハハハハ!! フハハハハハハハハ!!

 馬鹿が、たかが英霊と化した貴様に何が出来る!

 我々(オレたち)を誅することが出来るとすれば、それは生前の貴様だけだ!!

 消え去れ愚かな王よ! 貴様自身の宝具で、跡形もなくな――――!!」

 

 光帯が僅かに動く。ほんの少しだけ、その熱を吐き出す予兆。

 それだけで世界を一つ滅ぼせるほどの、圧倒的な熱量。

 放たれれば全滅が必至であるそれを前にして―――

 

 ソロモンはただ、小さく微笑んだ。

 

「ああ、そのつもりだ。私は、私自身の宝具によって消え去ろう」

 

「―――――っ、なにを」

 

 彼がゆるりと指輪をはめた左手を突き出す。

 

「お前の持つ九つの指輪。そして、私の持つ最後の指輪。

 ここに十の指輪が揃った以上、条件は整っている。あの時の再演ができる。

 私という王が持つ中で、唯一“人間の英雄”らしい宝具―――」

 

 ―――だから、可能性を常に考えなければならなかった。

 残っていた九つの指輪を一つでも相手が持っていなければ、この宝具は使えない。

 例え使えなくても、何とか努力してみるつもりだったけれど。

 それでも、肩の荷がひとつ降りた気分で。

 

「――――第一宝具、再演。

 “訣別の時きたれり。(アルス・)其は、世界を手放すもの(ノヴァ)”」

 

 彼は、さほど気にするまでもないとばかりに。

 そうして、最後の使命を果たしに行った。

 

 ―――光が爆ぜる。

 溢れ出すような光がそこで暴れ、そして何もないまま周囲に散っていく。

 その光景を見て、愕然と。ゲーティアが己の頭上を見た。

 そこで、光帯が解れ始めている。

 光帯だけではない、ゲーティアの体もまた。

 

「――――待て。なんだと、それは、貴様……! 待て、待て……!?

 それが貴様の、真の第一宝具だと……!? そんな、事が――――!!」

 

「ドクター。あなたは、何を……」

 

 ゲーティアに致命的な打撃を与えたのだ、と。

 そう喜ぶには、彼女たちは何も分かっていなかった。

 マシュから問われて。

 ソロモンはロマニと同じ表情で、困ったように笑ってみせる。

 

「―――言った通り、ボクの宝具は逸話の再現なんだ。

 ソロモンは万能の指輪を、最後には天へと還した。

 これを使えばソロモンはその万能性を失い、それを利用しているゲーティアも力を失う」

 

「―――それだけで済むものか!! 貴様のそれは、我々の“最後”だ!

 生前であれば生者として、全てを擲つという事! だが死者としてそれを使えば、死者の尊厳すらも全てを放棄するという事だ!! 再現? そんな生易しいものでは断じてない……!

 生者として! 死者として! 全てを失えば、それは完全なる“無”に到達するという事に他ならない!! 生者であるなら命で済む! 現世で手にしていたものを手放すだけで済む! だが、死者が手放すものはそれに留まらない!! その魂も、功績も! ソロモン王が世界に遺した全てを一切合切手放す、という事だ!! 貴様は、英霊の座からさえ消失する――――!」

 

「それ、って……ドクター?」

 

 彼女たちの目の前で、ソロモンもまた体が解れていく。

 魔術王ソロモン。そのような英霊は、もう存在しないのだから。

 そして、聖杯への願いを返上した以上、ロマニ・アーキマンという人間ももういない。

 誰でもないものになった男が、光の中に消えていく。

 

「あんた……何を、勝手に……!」

 

「はは、すみません。所長は頼りなくて、相談するにはちょっと」

 

「ぶっ飛ば、っ―――すわよ……ッ!!」

 

 声を詰まらせながら、しかし言い切って。

 彼女は歯を食い縛り、そこで止まる。

 そんな彼女に苦笑してから、ソロモンは後の二人へと振り向いた。

 

「―――立香ちゃん、マシュ。ボクに出来るのはここまでだ。

 身から出た錆、というのかな。これを任せきりにしてしまうのは心苦しいけれど。

 最低限、体裁は整えられたと思う」

 

「―――――」

 

 ソロモンの姿だった彼が、消える前にロマニの姿に戻る。

 それを前にして拳を握るカルデアのマスター。

 そうやって堪える彼女に対し、ロマニは酷く真剣な眼差しを向けた。

 

「―――この状況でこう切り出すのは強制だと理解はしている。

 それでもボクはこう言おう。

 マスター適性者48番、藤丸立香。並びにそのサーヴァント、マシュ・キリエライト。

 キミたちが人類を救いたいのなら。2016年から先の未来を取り戻したいのなら。これからずっと続く、悲劇に満ちた世界を生き抜きたいのなら。

 キミたちはこれから、人類史に常について回る苦難の運命と戦い続けなくてはいけない。その覚悟はあるか? キミたちにカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?」

 

「…………ずるいよ、それ」

 

 いつか、彼女たちが旅を始める事を決めた日。

 彼はそう言って、最後の一押しをする役を買って出てくれた。

 今回も同じ。今回で最後。

 人の運命を神から訣別させた王は、そう言って人が踏み出すべき一歩の背中を押す。

 

 堪えながら、立香がマシュと目を合わせた。

 彼女は静かに頷いて、同調の意志を示す。

 だったら、と。ロマニ・アーキマンの言葉に、立香は確かに答えを返した。

 

「―――もちろん。私はマシュと一緒に戦います」

 

「―――そうか。その言葉で、人間の運命は解き放たれた。

 ……いってらっしゃい。藤丸立香、そしてマシュ・キリエライト」

 

 そうして彼は信頼する者たちを送り出した。

 彼女たちの前に立ちはだかるのは、崩れかけたとはいえ未だ健在の魔神王。

 ソロモンの偉業が破却され、“七十二の魔神”という称号は消え失せた。

 彼らは最早魔神という群体ではなく、七十二体いるだけの個別の魔神となり果てた。

 だからこそ、それを統合するものであったゲーティアにも亀裂が生まれる。

 

「何故、貴様が……! 何故、今更―――!

 今まで何もしてこなかった男が、何故そうまでして我々の願いを阻む!!」

 

「……何故、か。そんなこと、決まっているじゃないか。

 お前と私は視点を同じくするものだが、お前が滅ぼそうとしたものを、私は守りたかった。

 今回ばかりは、ボクにはそうする自由があっただけだろう」

 

 ―――そうして、最後の戦いを前にして。

 ゴーン、と。その場に、時を刻む鐘の音が響いた。

 

 

 

 

 全周囲から、何かが砕ける音が盛大に轟く。

 まるで砕けた鏡のような、結晶化した魔力の残骸が降り注ぐ。

 その中に混じり赤と黒の怪人も纏めて落ちてきた。

 地面に叩きつけられ、呻く二体のアナザーライダー。

 

 結晶片の雨が照らす光景の中で、真っ先にロマニが目を見開く。

 

「―――な、に? これは……!」

 

 その事実に。

 目の前にソロモンではなく、ロマニ・アーキマンがいるという事実に。

 魔神王ゲーティアが、困惑混じりに周囲を見回した。

 

 それと同時、黒ウォズが手にしていた銀色のウォッチ。

 それがいずこかへと向かい、ひとりでに飛び出していた。

 そんな光景を見送り、笑みを深くする黒ウォズ。

 

 銀色の軌跡を曳いて、舞うウォッチ。

 自然とそこにいた者たちはそれを視線で追い、やがて彼を見つける。

 

 彼が握り、突き出しているのは金色のウォッチ。

 銀色のウォッチがそれと連なり、一つになった。

 銀色のウォッチに刻まれた表の顔で、金色のウォッチに刻まれた裏の顔を隠すように。

 それでも裏側には、常にその顔が秘められている。

 

「ソウゴ……?」

 

 彼はその二つが連結したウォッチを握ったまま、一度目を瞑った。

 腰には既に装着されているジクウドライバー。

 

「ソウゴくん、今のはキミが―――」

 

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 そんな彼からの問いかけにソウゴは微かに頷いた。

 そして、手にした新たなウォッチを強く握る。

 

「ごめん。でも俺……俺がやりたいと思った事は、やれる限り全部やる。

 そうじゃなきゃ、いつまで経っても最高最善の魔王になんてなれないから―――!」

 

〈ジオウⅡ!!〉

 

 新たに手に入れたライドウォッチを起動する。

 ソウゴはすぐにウォッチの横にある、スプリットリューザーを回す。

 

 銀色の表の顔。

 今までのジオウの顔が横に開き、金色の裏の顔が露わになる。

 それこそが、新たなるジオウの顔。

 

 金と銀。ウォッチを二つに割って、彼はそのままドライバーの両サイドに装填した。

 

 ソウゴの背後に現れる二つの時計。彼を挟み、鏡合わせに回るもの。

 その中にあって、ソウゴはドライバーのロックを解除しつつ腰を落とす。

 時計を回すように腕を上げ―――そして振り落とす。

 

「――――変身!!」

 

〈〈ライダータイム!!〉〉

 

 回るジクウドライバー。

 ソウゴの体を二本の時計のベルトに似たリングが覆う。

 更に回る時計には同時に同じく“ライダー”の文字が浮かび上がった。

 

〈仮面ライダー!〉〈ライダー!〉

 

 時計の中から“ライダー”の文字が射出される。

 二組の文字列は空中で混ざり合い、一つになりながら宙を舞う。

 そして、文字を撃ち出した時計もまた。

 ソウゴの背後で重なるように、一つの時計へと変わっていった。

 短針、長針が二組ずつある黄金の時計。

 

〈ジオウ!〉〈ジオウ!〉

 

 その時計を背負った彼の姿が、グラフェニウムコートプラスで形成された装甲に包まれる。

 黒いアンダースーツ。

 その上に纏うのは、以前までのジオウよりも鎧然とした形状のアーマー。

 カラーリングはマゼンタ、シルバー、ゴールド。そうして各所に煌めく特殊装甲。

 

 射出され還ってきた“ライダー”の文字が、今までのようにジオウの頭部に収まる。

 特に変化している頭部の形状は、二組の時針。四本角、プレセデンスブレード。

 二本になった頭から被るような時計のベルト、バンドライナー・レクイエム。

 

〈〈ジオウⅡ!!〉〉

 

 進化した、新たなるジオウ。

 その名こそがジオウⅡ。

 受け入れられなかった後ろ黒いものを受け入れ、表裏一体となった魔王の姿。

 

 彼の生誕を祝福し、黒ウォズが叫ぶ。

 

「―――祝え!! 全ライダーの力を凌駕し、時空を超え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウⅡ! 時代に選ばれし最新の魔王が降臨した瞬間である!!」

 

 歩みだすジオウⅡ。

 ゲーティアと向かい合いながら、彼は確かに踏み出した。

 

「……もう何も奪わせない。辛くても前を見る事が出来る強さと、辛い事に苦しむ弱さは切り離せない。切り離しちゃいけないんだ。

 だって俺たちはその苦しみを知ってるから、その強さに憧れる事ができて、その弱さに手を差し伸べる事ができるんだから……!」

 

 

 

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