Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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エボルト三世⚔様から支援絵を頂いたジオ~

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ロード・カルデアス2016

 

 

 

「時間逆行―――……愚かしい。何故、勝機を手放す。

 その男がやった事は確かに紛れもなく、私を倒す唯一の方法だった。

 もはや二度と、そんな事は見逃さない。

 指輪の返上どころか、霊基の再取得すら見逃すものか。

 我が前に、二度とソロモンは立たせない!」

 

 魔神王は健在。第三宝具たる光帯も当然、健在。

 その状況に戻った事で、ゲーティアが憤怒に猛る。

 倒せる方法を得たというのに、それを当然のように放棄した愚者への怒り。

 自分の偉業の成否以上に、彼はそんな人間の選択に怒りを露わにした。

 

「……嫌なんだよね、そんな方法で勝つの。だって俺たちと一緒に此処まで来たのは、ソロモンじゃない。ロマニなんだから。

 俺たちの旅は、ソロモンのやり残しなんかじゃない。最初から俺たち自身の手で、未来を切り拓くために始めた旅なんだから」

 

 唖然とし、愕然として。

 しかし、そうなったのかと溜め息をひとつ。

 己の指に戻っていた指輪を見て、ロマニがソウゴを振り向き苦笑する。

 

「―――それでいいのかい?」

 

「そうでなきゃいけないと思った。

 だって、ここにはもういない昔の王様に、やり残した事があったのだとしても。今になってそれを果たさなきゃいけなくなったなら、それは今を生きる人間が代わりにやるべき事でしょ。

 昔の人が送り出した色んなことが、今の俺たちに繋がってる。だったらそれが良い事でも、悪い事でも、やり遂げたものでも、やり残した事でも、俺たち自身が受け継いでいかなきゃ」

 

 そう言って、ジオウⅡが歩みを始める。

 彼の後ろに見えるフォウを見て、少しだけ目を細めるロマニ。

 そんな視線を受けながら、フォウもまた歩き出す。

 

 黒ウォズはそんな様子に肩を竦めて。

 しかし仕切り直すように、差し出した掌でジオウⅡを導いた。

 

「―――では、我が魔王。存分に戦われよ」

 

 天空でゲーティアが両腕を広げる。此処に至って、光帯を出し渋るような事はしない。

 ロマニ・アーキマンが指輪を返上するような事は、二度と赦さない。

 そうして光帯の発揮に意志を向けた彼の眼下で、

 

「あたら、しい……!」

 

「いの、ち……!」

 

 二体のアナザーライダーが、魔力結晶の破片を吹き飛ばしながら立ち上がる。

 揃って駆けだす二体の先には、先程と同じようにフォウがいた。

 

 ―――ジオウⅡの金色のウォッチが光を帯びた。

 時計が回るように、頭部にある四本のブレードが回転する。

 埋没する意識の中で、見つめるのは二体の龍人の姿。

 

 踏み込むジオウⅡ。

 彼の手にした刃が、アナザー龍騎を斬り捨てる。

 それを盾にして、アナザーリュウガが龍の顎を鳴らす。

 どちらかが残る限り、回帰し続ける時間。

 永遠に続く戦い。

 

 ―――その光景を、全部纏めて凌駕する。

 

「―――お前の未来が、見える!」

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈龍騎! ギリギリスラッシュ!〉

 

 呼び出したジカンギレードに龍騎ウォッチを装填。

 その刃に炎を纏わせ、ジオウⅡが投擲する。

 大気を焦がしながら奔る切っ先が、そのままアナザー龍騎の胴体を貫いた。

 

 砕けていくアナザーウォッチの悲鳴。

 それを横に聞きながら、アナザーリュウガが龍の顎を開く。

 発揮される、必要なものを導き出す力。

 

〈ストレンジベント…!〉

 

 龍が口をガチリと閉じて、一度。

 そして、そのまま再び時計の螺子を逆巻いて―――

 

〈ライダー!〉

 

 ガギリ、と。龍の牙が、煌めく刃とかち合った。

 アナザーリュウガが、自身の前に立つ相手を見る。

 立ちはだかるジオウⅡ。彼の手にあるのは、柄にジオウと同じ顔を持つ剣。

 時冠王剣、サイキョーギレード。

 

「――――――」

 

「……もうあんたの先に、道がないんだ。あんたが歩きたかった道は、行き止まりだった。

 多分、俺が思うよりずっと辛くて……だから、終わらせるよ。いつか、そんな想いをする事が二度となくなるような―――最高最善の未来に進むために!」

 

〈ライダー斬り!〉

 

 時冠王剣が、龍に咥えられたまま振り抜かれる。

 弾け飛ぶアナザーリュウガの腕。

 龍の頭部を模していたバイザーが砕け散り、その機能を停止する。

 

「――――――ッ!!」

 

 悲鳴と共に、アナザーリュウガが鏡を浮かべた。

 映し出した憎しみを相手に返す、自業自得の呪い。

 そこに映し出される斬撃、サイキョーギレードの刃。

 

 ―――それを。

 時冠王剣の再度の斬撃が、鏡ごと砕いて切り伏せる。

 縦に一閃され、火花を噴き出す黒い龍人。

 

 ジオウⅡがギレードに装着された自身の顔、ギレードキャリバーに触れる。

 その顔に刻まれた文字を“ライダー”から切り替えるため。

 新たに浮かぶ文字は“ジオウサイキョウ”。

 

〈ジオウサイキョー!!〉

 

 煌めく刀身、ギレードエッジに迸る光。

 甚大な損傷を負った二体のアナザーライダー。

 彼らを纏めて、ジオウⅡの振るう新たな刃が両断する。

 

〈覇王斬り!!〉

 

 時計の針が回転するように振るわれる最後の一撃。

 もう動きは止めていたのに、ただ空回りを続けていた時計の針。

 針を前に回しても、後ろに回しても、もう二度と動かない時計。

 悲しみを越えていくために。その一閃を以て、先を切り拓く。

 

 それを浴びた二体が揃って、遂に致命傷に達する。

 

「―――優衣……」

 

 最後に、何かを求めるように彷徨う腕。

 何を求めているかも分かっていない腕。

 それは虚空で何かを求めて、ただただ彷徨って。

 

 しかし。彼らは共に何も掴めず、光となって消えていった。

 

「―――――ふん」

 

 それを見下ろしながら、ゲーティアが鼻を鳴らす。

 驚異的なほどの能力向上。そして戦闘レベルにまで活用できる未来を視る千里眼。

 なるほど、自信を持って此処に立つだけの事はあるのだろう。

 

 ―――だが、まるで足りない。

 彼が今に解放しようとしている光帯は、人類文明3000年の熱量。

 そのさわりだけであっても、何の抵抗も赦さず眼下の者たちを灼き払うだろう。

 ロマニ・アーキマンはもう動かない。

 

 こちらが光帯を動かす隙に再びソロモンになろうという意志さえ見えない。

 そんな事をすれば先んじて抹殺しよう、と。

 そう考えていたゲーティアが拍子抜けするほどに、彼には動く意志は見えない。

 

 ―――そうだろうとも。

 ここに来た、という事実に驚愕して認識違いを起こしていただけ。

 あの男はそういうものだ。

 倦怠と妥協を押し固めたような、怠惰なる人型。

 

「……貴様の夢見る未来は、我々の大偉業の果て、この星の上に実現する」

 

 ジカンギレードを拾い上げながら、ジオウⅡが魔神王を見上げる。

 そのまま歩みだそうとして。

 彼は少しだけ、次の一歩を踏み出すことを躊躇した。

 

 ―――そんな彼を、彼女は見た。

 全部を救いたくて、全部を助けたくて、それでも全部は救えない。

 けれども足は止められない。

 一つでも多く助けるために。救えるものを増やして、最後には全てを救うために。

 

 そんな少年の苦悩を受け止めて、少女は微笑んだ。

 

 マシュが、己のマスターに手を伸ばす。

 今回は、彼女の方から手を握る。

 

「マスター、()()()()()()

 

「マシュ……」

 

 いつか、そう言って立香はマシュの手を引いた。

 今度はマシュの方から、そうする番だ。

 その言葉の意味を理解して、立香が僅かに逡巡する。

 

 行かなければならない事は分かっている。生きなければいけない事は分かっている。

 それでも、その悲しみが消えたりはしない。

 抱えていかねばならないものだからこそ、その重みで足が動かなくなる。

 

「……先輩」

 

 そんな彼女の手を、少女は微笑みながら握った。

 それでも、前に進んでいくのだと彼女たちは約束した。

 

「わたしは、最後まで()()()()

 死を怖がって遠ざかろうとする逃避ではなく、怖いものがいっぱいある世界の中で―――それでも自分で選んで。前に進んで、いきたい」

 

 盾を握る少女は前に出る、という。

 ならば、その盾に守られるものだって―――前に、出なければ。

 一度唇を噛み締めて、彼女も笑って立ち上がる。

 

 微笑み合う二人の少女。

 そうした人間の、死に向かう覚悟を眼下に。

 

 ゲーティアは確かに見届けた。

 これが最後だ。死に向かう覚悟など、そんな悲劇を持つ知性を二度と生じさせない。

 そんな惑星を彼が創造する。

 

 最後に。最後に―――

 この宇宙で最後の“死”を、いま此処に。

 

「―――よかろう、最後に挑め。

 私が貴様たちに見せてやろう。再誕へと至るための階。貴様たち自身の熱量を」

 

 空にかかる黒い星が瞬いた。

 それでも、この段に至ってもロマニ・アーキマンは動かない。

 ならば、もうこれを止める手段はない。

 

 ジオウⅡが歩みだす。

 彼はそのままマシュと立香に並び、微かに俯きながら口を開く。

 

「……立香。マシュ。一緒に行こう、俺じゃあれ止められなさそう」

 

 同じくそこに来ていたオルガマリーが、その言葉に目を見開く。

 それは分かっている。だが、そういう話じゃない。

 その口振りは、いつかの―――

 

「―――うん。行こう、マシュ」

 

「―――はい。いきましょう、先輩」

 

 マシュが前に出て、その盾を強く握り締める。

 その後ろに、立香が。並んで、双剣を構えるジオウⅡ。

 

 そんな人間たちを見下ろしながら、ゲーティアがその腕を振り上げた。

 光帯が回る。その中心から溢れ出す光の嵐。

 3000年の文明活動を燃やして積み上げた、46億年を越える窮極の熱量。

 

「第三宝具、開帳―――意味無き知性体どもが犯し続けた旅路の終焉を此処に。

 その命に価値はない。最後に、己らの放つ無限の熱量を墓標とし、芥のように燃え尽きよ。

 ――――“誕生の時きたれり、(アルス・アルマ)其は全てを修めるもの(デル・サロモニス)”!!!」

 

 溢れ出す熱量。

 それは光線と見えるカタチを取り、現世へと雪崩れ込む。

 圧倒的な力を従えるゲーティア自身が軋んだ。

 それでも、彼自身が砕けるような事などない。

 それ以上のものに耐えてきた。3000年、常に地獄を観続けてきた。

 3000年を窮めた熱量の渦を。3000年の間、ただ極点を目指し続けた獣が。

 これこそが一切の瑕疵がない、正しい旅路だと定義する。

 

「それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷───!

 顕現せよ! “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”――――!!」

 

 彼女にそれだけの熱量はない。時間にして、ほんの1年と少し。

 外に出て歩いて、得たものは、自分の目の前で過ぎ去っていったものだけ。

 普通の目しか持たない彼女に、そんな先の事は視通せない。

 それでも、この場で迎える結末だけは、分かっている。

 

 けれど。それでも、彼女は当たり前のように。

 守りたいものを守るため、勇気を振り絞って前に踏み出した。

 

 屹立する白の城塞。

 雪崩れ込む無限の熱量。

 衝突した瞬間、その大地は正しく地獄と化した。

 命が生み出すものから生じた、命を許さぬ極大の熱量。

 それは軌跡として辿った空間をも焼き払い、しかし。

 白き城壁は超えられず、その場で拮抗する事で停止した。

 

 ……それは、時間が止まったような光景だった。

 

 光帯の熱量を防ぐ物質は()の地球上には存在しない。

 当然の話だ。これは地球上で生み出された熱を3000年分織り上げたもの。

 最低限同じだけの年月を重ねなければ、同じだけの熱量など夢のまた夢。

 

 だが、それはあくまで物理法則の範疇だ。

 彼女の行使する護りは、精神の護り。

 担い手の心に一切の穢れなく、また迷いがないのであれば。

 いま此処に立ちはだかる白き城塞は、溶ける事も罅割れる事もない、無敵の城塞となる。

 

 ああ、分かっていた。分かっていたとも。

 

 彼女がそうして立ちはだかり、護るために立ち上げた城壁ならば。

 絶対なる己の第三宝具が相手であっても、必ず防ぐだろうと。

 なんて、輝かしい時間。なんという、奇蹟の時間。

 

 いつだってそうだ。

 人間は苦しみの中にあってさえ、時折そんな奇蹟の輝きを生み出す。

 そしてそれは―――

 いつだって、数度の瞬きのうちに消えるものだ。

 

「あ、あぁああああああ―――――っ!」

 

 地獄の時間は続く。

 星を貫く熱量を防ぎながら、彼女は悲鳴の混じる咆哮を果敢に叫ぶ。

 

 光帯を支えながら、それを見下ろす魔神王が想いに耽る。

 こうなってしまえば、もう何も変わらない。もう遅い。

 仮に今更ソロモンが指輪を返上しても、少女の運命は此処で燃え尽きる。

 

 魔術式ゲーティアが、第一宝具に必要な情報の算出を終える。

 これでもう、全てが終わる。全てが正しく始まる。

 後は光帯を利用し、過去へと飛び立つだけだ。

 此処に残した事は、残った人間を燃やし尽くす事だけ。

 

 ―――マシュ・キリエライトが燃え尽きるまでの時間を計算する。

 その答えは当然のように、あっという間に、結論を出した。

 

 残り、5秒。

 

 ―――いつだってそうだ。

 こんな輝きは長続きなどせずに、あっという間に、消え果てる。

 

 その地獄の熱量の中。

 マシュの追憶はこれまでの旅路を遡っていく。

 今まで積み重ねてきた全てが、この盾を支える力となって燃え盛る。

 

 白亜の城塞は無敵。きっと、この一撃さえも凌ぐだろう。

 ―――それでも、それを支える彼女はもう保たない。

 彼女は全てを燃やし尽くして、ここで終わる。

 

 残り、4秒。

 

 それで終わりだ。

 ただその精神(こころ)に敬意を表し、この一撃を凌ぐ、という奇蹟は譲る。

 だがそこから先は意味がない。例え光帯を再度動かすその間隙をつき、ジオウⅡが斬り込んだとして、ゲーティアに致命傷など与えられるはずもない。

 その程度を見過ごしたところで、ここからの業務にゲーティアが支障をきたすことはない。だからこそ、そこまでは認めよう。

 全霊を尽くし、攻撃を凌ぎ、反撃を加え―――その上で、何も出来ずに滅び去る。

 

 彼女らの旅路は、そうして当然のように終焉を迎え―――

 

「足りない、なら……!」

 

 城壁に護られた場所で、オルガマリー・アニムスフィアが動く。

 ここに辿り着いたところで、何ら脅威でない女。

 

 マシュの盾と、ソロモンの指輪。

 それ以外に魔神がいま意識を向ける必要などない。

 

 ―――だが、ふと。

 あるいは魔神の中のどれかが、それに何か思うところがあったのか。

 もう気にするべきものが存在しない余裕もあってか。

 僅かばかり、魔神王の意識がそちらに向く。

 

 残り、3秒。

 

「藤丸! 常磐! 手を出しなさい!」

 

「所長……!?」

 

 出しなさい、と言っておきながら、彼女は反応を待つ事もしない。

 すぐに立香とジオウⅡの手を握り、魔術を行使した。

 本人に拒絶の意志があれば難しかっただろう。

 だが彼女は当然のようにそうはならないと断定し―――令呪の移譲を行った。

 

 常磐ソウゴからオルガマリーへ回収。

 オルガマリーから藤丸立香へ纏めて移譲。

 驚嘆に値するほどに、この状況下でスムーズにそれは行われた。

 

 藤丸立香の許に集まったのは、元から持ち合わせていたものと合わせ、三画分。

 

 完全なる輝きを取り戻した令呪を見て―――

 藤丸立香が、拳を握って頷いた。

 

「――――マシュ!!

 最期に、見せてよ……! わたしたちが、あなたに残せたもの……!」

 

 女の叫びと同時に、残りは2秒。

 それと同時に、藤丸立香が走り出す。

 令呪を得た掌を突き出しながら、彼女はマシュへと手を伸ばす。

 そんな事をすれば、彼女が光帯を防ぎ切っても余波で燃え尽きよう。

 彼女の遺志を無碍にするような、無謀な吶喊。

 それでも、共に燃え尽きる事を厭わないように。

 

 ―――いいや。

 マシュ共々ここで燃え尽きてなどいられない、と叫ぶように。

 

「一緒に、行こう―――! マシュ――――!!」

 

 全ての令呪が消費される。それはサーヴァントに願う事、ではない。

 願った事は、サーヴァントの許に自分を届ける事。

 あまりに、愚かしい。

 そんな無駄に魔力を消費しては、マシュを押し上げる力など殆ど残るまい。

 

 マシュを包む光帯の余熱。それだけで、人間は燃え尽きるに足る。

 それを強引に、発動した令呪の魔力の奔流に守られた少女の掌が突き破り―――

 少女の背中に、確かに届く。

 

 ―――耳に届いた言葉。背中に触れた手。

 それを確かに受け取って。

 

 ――――マシュ・キリエライトが、涙を流す。

 

 残り、1秒。

 

 ―――ああ、本当に。

 それに、そんなものに。一体、何の意味があるというのか。

 この一撃を前に、令呪如き仮に100画を集めても塵芥に等しい。

 1秒の誤差すら発生させられない。

 

 そうら、見ろ。

 あの心優しいだけの少女は、1秒先には燃え尽きる。

 その運命は変わらない。その結末は変わらない。

 星を創り直すために集めた熱に、これ以上今を生きる人間が抗し得るはずが―――

 

「宝具、多重、展開―――――!!」

 

「――――――なに」

 

 少女が、地獄に更に一歩を踏み出した。

 白亜の城塞の上に輝く盾が顕れる。

 

「“人理の礎(ロード)/――――――わたしたちの旅路(カルデアス)”ッ!!!」

 

 ―――それは、彼女が初めて得た盾の名前。

 大切な人が、大切な人を守るために彼女の盾に贈ってくれた初めての名前。

 

 この盾の正体は、真名は、実際には違うものだけれど。

 それでも、これが、彼女の旅にとって大切なものであることに変わりはなくて。

 彼女が外に触れて、旅路を始めた、最初の一歩。

 

 白亜の城塞にかかる光が、今までよりも遙かに強く輝いた。

 

 何か変わるか、と問われたならば。

 ―――いいや、何も変わってなどいやしない。

 

 そもそも盾の強度は、マシュ・キリエライトが持つ限り光帯にさえ勝る。

 盾の強度が足りないのではない。

 それを支える人間が、その行為の中で生き残れないだけだ。

 

 だから何も変わらない。ああ、結果は変わらない。

 これから1秒先か、あるいは10秒先か。

 彼女がこのまま燃え尽きるという結末は、けして変わらない。

 

 ―――だけど。

 この盾を始めて手にした、かつての彼女と。

 いま此処に立つ彼女で、違う事がある。

 

 ……この命に満足している、というのは嘘じゃない。

 ここで終わる命である事に、呪いなんてない。

 命を懸けて彼女の大切な者を未来に届ける事に、否やがあるはずもない。

 

 でも、だけど――――ああ。

 それでも、1秒でも長く。

 共にいたい。共にいきたい。共にいきていたい。

 そういうものだと理解しても、なお。

 

 ―――今の自分は、1年と少し前の自分より。

 護れた事に満足だけして死んでしまうには、あまりにも。

 あまりにも、心をここに残しすぎている。

 

 ―――だから。

 その気持ちが自分の中にあるのなら。

 

 大切な人を護るためだけじゃない。

 1秒でも長く、という自分の想いを、大切にしたいのであれば。

 

 負けられない、と。

 燃え尽きるはずの体が、そこで熱に燻りながらも踏み止まる。

 彼女はここで終わるかもしれない。

 ただ、ここで終わるために動いているわけじゃない。

 結果として終わるのだとしても、終わってなどいられないと前に出続ける。

 

 終わるために此処に来たんじゃない。

 続けるために此処に来たんだ。

 たとえ結果が無惨な終わりなのだったとしても、そうなるまでは。

 全身全霊を以て、彼女は前に進み続ける。前に進み続けたい。

 

 ―――0秒。

 魔術式ゲーティアが算出した彼女の当然の終わりを、少女が踏み越えた。

 

「誤差だ」

 

 即座に断言し、光帯の放出を続行する。

 そうだとも。あんなもの、誤差以外の何がある。

 令呪によるブーストが想定以上だった、というだけだ。

 それでもこれ以上は保つ筈がない。

 令呪など、誤差は1秒以内に収まる程度の魔力量だろう。

 

 マイナス1秒。

 まだ終われない、と。マシュはそこに立っている。

 ありえない。ありえるはずがない。

 計算は終えている。統括局ゲーティアは、確かにそう算出した。

 だというのに、

 

「――――何故。何故、何故何故何故……何故だ!?

 宝具の多重展開!? 偽装と真名による同時使用など、何の意味がある!!

 元よりこれが防げぬのは、盾の強度の問題ではない! 人間では……!」

 

 光帯の展開を維持しながら、ゲーティアが全身を震わせる。

 この光景を共有した魔神柱たちに動揺が広がっていく。

 そうなるだろう、と。ただの人間が、彼を見上げて口を開いた。

 

「ゲーティア、“憐憫”に狂った獣。もう一人の私。

 ―――キミと視点を同じくした私が、あえて言おう」

 

「―――黙れソロモン!! 貴様の妄言になど惑わされるものか!!

 何か、何かミスがあったのだ! 私の計算がどこか……!

 こうなればアルス・ノヴァのための計算も信じられん!

 全て、全てやり直さねば……! 誤りがある可能性など許容できるか!

 そのために我々はこの3000年、憤怒の中でこの時を夢見てきたのだ!!!」

 

 46億年に及ぶ時の旅。

 この惑星が生誕する宙域に、彼がそのタイミングで居合わせなければ意味がない。

 一切の誤りが許されない、緻密な計算の要求される業務なのだ。

 だからこそ細心の意識を払い、ここまで積み重ねてきた。

 

 それが。それが今更、それを行ってきた統括局の計算能力に疑念が生じる、など。

 そんな莫迦げた話があるものか。

 

 だが、そうでなくてはいけない。

 だってそうだろう。そうでなければいけない。

 

 ―――こんな光景を。目の前のこの光景を。

 計算違い以外の結果である、などと。いまさら許容できるものか――――!

 

「―――ボクにキミのような怒りはない。

 怒る権利が最初からなかった、というのもあるけれど……それ以上に。

 怒りよりも強い興味が、そこにはあったのだろうから」

 

「黙れと、――――!」

 

 ゲーティアの怒りの声を無視して、ロマニは平坦に語り続ける。

 ただ、彼に事実を伝えるために。

 

「だってそうだろう?

 そうじゃなきゃ、ソロモンだって戯れに人間になってみようなんて思わない。

 怒りよりも強い何かがそこになきゃ、道理が通らない。

 正確な感情はボクにも推し量れない。

 ボクはボクになった時点で、もう純粋にソロモンとしては語れない。

 だから、これはあくまでロマニ・アーキマンがソロモンの感情を測っているだけだけど」

 

 彼は後ろから、崩壊を食い止める少女たちを見る。

 同じ場所で。拳を握り締めながら、いずれ来る瞬間を待ち侘びる少年を見る。

 

「―――全能者として、天から地上を見下ろして。彼が何を想ったのか。

 憤怒? 憐憫? うん、もしかしたらどっちもあったかもしれない」

 

 ゲーティアがその感情を抱いた、ということは。

 ソロモンもまた同じ感情を抱いたかもしれない、と言えるだろう。

 彼はそれを表に出す機能を持っていなかったけれど。

 そうでなかった、とは。ロマニ・アーキマンでさえ、言えるはずがない。

 

「けど、始まりはきっと違う。そんな感情は後付け。

 だってそれ、怒りも憐れみも、観察対象に入れ込んだ結果として生じるものだろう?

 ただそういうものとして観ているだけなら、最初から何とも思うはずがない」

 

 ただ観ているだけなら、そんなもの生じるはずがない。

 彼らの仕事を見守ること。

 道を示した後、その先に進んでいく人々を眺めるもの。

 

 憤怒も。憐憫も。

 そんなものが入り混じる余地は、どこにもない。

 

 いつか。彼はただ観ているだけでは、赦せなくなったのだ。

 どうして常に悲劇がついて回る。そう怒った。

 なぜ幸福なだけではいられない。そう憐れんだ。

 

 それは一体なぜか。きっと、切っ掛けがあるはずだ。

 観てるだけだったものが。観測者でしかない自分たちが。

 彼らが舞台に引き寄せられるほどの。

 自分もそこに上がらねば、と思い立ってしまうほどの何かが。

 

「……だから。私はボクの切っ掛けとなった感情らしきものを、こう呼ぼう」

 

 魔術王ソロモン。

 彼がロマニ・アーキマンとしての生を選ぶに至った切っ掛け。

 直接望んだわけでなくとも、転がってきた機会に願ってみた理由。

 それを、彼はたった一つの言葉で言い表した。

 

「――――“憧憬”。

 魔術王ソロモンは、地上の星を見て目が眩み、どうかしてしまったのだと。

 そしてそれは、視点を同じくするもう一人の私であるお前も同じはずだ」

 

「憧憬――――憧れ、だと!? この私が、人間などに!?」

 

 認められるはずがない、と。ゲーティアが猛る。

 マシュ・キリエライトはまだ崩れない。

 とっくに誤差などという言い訳に逃げられないほど、数秒の時間が過ぎている。

 最早、何を否定すればいいのかさえ定まらない。

 

 ああ、結果は変わらないだろう。

 マシュ・キリエライトは光帯を受け止めて死ぬ。

 それを踏み越えて進むジオウⅡの攻撃など、ゲーティアには通用しない。

 彼女たちが纏めて燃え尽きるまで、この奇蹟があってさえ、もう十秒も必要ない。

 そんな事実こそが、ありえないような奇蹟以外の何物でもない。

 

「ああ、そうとも。私たちは地上の星に憧れた。

 だからこそ私はこうして人間となり、お前はそうして獣となった。

 私はその輝きを間近で見て、出来るものならば己も得たいと夢を抱き。

 お前はその輝きを永遠のものにしたいと、星を抱く宇宙(そら)になりたいと夢を見た」

 

 彼らは視点を同じくしたもの。

 だからこそ、分かるとも。

 同じ光景を観て、同じ未来を視て、同じ世界を見て、同じことを想って。

 しかし、出した答えだけが違った。

 

 ――――いや。

 かつてのソロモンは答えを出力する機能を持たず。

 ゲーティアだけが、憤怒の末にその機能を己の中に創造した。

 それほどの想いを前にして、ロマニが問いかける。

 

「だから訊こう、魔神王ゲーティア。キミはそれで本当にいいのかい?

 お前が憐憫を抱いたのは、お前が憧れた者に対してだろう。

 どれだけ輝いている星にも、等しく終わりがやってくる事こそをお前は呪ったのに」

 

「……ッ、例え、そうだとして! それが、どうした――――!

 この星の在りようが間違っている事に変わりはない!!

 再編するのだ、再誕させるのだ! 正しく命の価値を育む星へ――――!!」

 

 ゲーティアが体を蠢動させる。

 そうして怒りで体を震わせていなければ、砕けてしまいそうで。

 魔神が、魔神たちが、戦場の中で、魔神たちの意識がバラけていく。

 統括局が維持できない。魔神の方針が統一できない。結合が解けてしまう。

 

 この価値を否定して飛び立たなくてはいけないのに。

 彼らの中に、これを否定できないものたちがいる。

 一柱や二柱だけではない。分裂が止まらない。

 

 幸福であってくれなければ許せないほど愛しいものが。

 こんな惑星に住んで、悲劇に塗れている事こそを憐れんだ。

 だというのに、認めてしまっては。

 自分の中の一番強い感情が、そんなものではないと理解してしまったら。

 

 ――――彼をここまで押し上げた獣性を、ここに保っていられない。

 

「―――たとえ、始まりから間違っていたのだとしても……!」

 

 揺れるゲーティアの許に、地獄の中から放たれた少女の声が届く。

 億度焼かれ死んでも足りぬ熱量の嵐の中で、耐え切りながら彼女は叫ぶ。

 

 この惑星が育んだ命は誤りだと魔神王は言う。

 それを真似て命を造ろうとした人間の行為の結果が、少女の運命だ。

 誤っていた、のだろう。きっと、良い事じゃない。間違っている行為だった。

 ―――それでも。いま、彼女はここにいる。

 

「わたしたちは、いまここにいる……! 間違っていた場所から始まっても、正しいと思える道を選んで歩いていける世界の上に立っている……!

 だから、この世界を、間違いじゃなくそうとしなくていい……! だって、わたしたちはその世界を多くの人たちと共に歩めば、意味あるものになれるんだから―――――!!!」

 

「―――――……あぁ」

 

 いつか、同じように造られた命がそう叫んだように。

 造られた少女は、自分の意志をそうして叫んだ。

 

 きっと彼女たちは。普通に生まれた命より、普通の親を持って生まれた命より。

 悲しいことが一つだけ多くて、幸せなことが一つだけ少ない。

 でも、それだけだ。ただそれだけが違うだけの、おんなじ人生だ。

 

 ――――光帯が緩む。

 その熱量に敗北は在り得ない。尽きるということも在り得ない。

 だというのに、途中で止まるという事は答えは一つ。

 それを制御する魔神王の腕が、壊れたという事に他ならない。

 

〈サイキョー! フィニッシュタイム!〉

 

 ジカンギレードの先端から、サイキョーギレードを連結させる。

 合体して大剣と化した双剣。

 時冠王剣の顔面部、ギレードキャリバーをそこから外し、字換銃剣側に装着した。

 

「オォオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!!」

 

〈キング!! ギリギリスラッシュ!!!〉

 

 大剣から伸びる光の刃。

 “ジオウサイキョウ”と文字を浮かべた、ジオウⅡが行使する最強の一撃。

 その一閃が大上段から降り注ぎ、ゲーティアへと斬り下ろされる。

 

 ―――それが、災厄の獣・ビーストⅠ。

 “憐憫”の獣、魔神王ゲーティアのままであったのなら。

 それを力任せで振り払うこともできたのだろう。

 

 だが、その刃は確かにゲーティアへと届いた。

 軋みを上げる黄金の体に、光の一閃が刻まれる。

 呆然としながら直撃を受けて切り裂かれ、落下を始めるゲーティア。

 彼の頭上で、光帯もまた解れ始めた。

 

 

 

 

「で、あるならば。この結末は自明の理だったというわけだ。現実を見据え続けたその視界は、夢に焦がれるものであったというのに。

 その眼に未来を見通す機能なんてものまで付属していたから、さあ大変。ああ、先まで視えているというのなら、憧れるばかりではいられないだろうさ。この先きっと良くなるはず、なんて夢だけを見ていられないなら、もう変化を求めるしかないだろう?」

 

 神殿の外に広がる戦場も佳境。

 サーヴァントたちも魔力を使い果たし退去がとっくに始まっている。

 そんな中、別に魔力を使う理由もないアンデルセンがそう言って鼻を鳴らす。

 

「――――かくして。

 人に()がれた魔術式(夢見るもの)は、人を愛する獣(人に求めるもの)へと堕ちる」

 

 サーヴァントが減っても戦線が維持できているのは、魔神側もまた壊走しているからだ。

 光帯が発動されて以後、もはや統率などあったものではない。

 奇行と呼んでもいい、戦闘以外の行動までもが目につきだした。

 さもありなんと少年の姿のサーヴァントは肩を竦める。

 

「ふん、この時点で結末は決まったも同然だ。人類愛などというベールを剥がれれば、そこにあるのは無垢なる憧憬。そして奴の前にいま立つ者たちこそは、奴が変生する前に夢見ていた人の姿に他ならない。夢見ているだけでは手に入らないから、求めるようになったほどのもの。だからこそ目の前にまで来られてしまえばチェックメイトだ。何故って、奴には元より愛などない。恋を愛と誤魔化して、そうしていたに過ぎないのだから」

 

 彼はそう言って戦場を見回しながら、溜め息をひとつ。

 

「此処に来た人間と人類悪の戦いなど、始まった瞬間に終わっていた」

 

 そうなるしかない。

 愛と善意は相手に押し売りできるが、恋なんてものは自分を縛り付けるものだ。

 災厄の獣は愛で人類を滅ぼす。が、恋で人類は滅ぼせない。

 ―――愛は他人を滅ぼすが、恋が滅ぼすのはいつだって自分なのだから。

 

「愛は現実を歪ませる。恋は愛を無力に変える。

 そして―――恋とは現実を前にして、折れるものにすぎん。

 確たる現実を目の当たりにした淡き恋は、儚くも泡となって溶けるのみ」

 

 だからこそ、この結果は必然であると。

 

「―――奴らが夢を実らせるには、最初から現実を見ない以外の選択肢など無かった」

 

 ゲーティアは観るもの。観るだけだったもの。

 彼は地上の星の輝きに恋をした。その輝きに憧れた。

 だからこそ。その輝きに限りがある事に傷ついて、自分で動き出した。

 それ自体が破滅への道だ。

 人の“生”が“死”に向かって苦しみを積み上げるものであるように。

 彼が選んだ道もまた、破滅へと向かって突き進む道程であった。

 

「だが同時に、最初から現実を視ていなければ、夢を抱くこともなかった。

 眼に映る悲劇など、ただの情報として流し見だけしておけば良かったのだ。

 そうすれば奴はただ、粛々と仕事をこなす機械でしかなかっただろうに」

 

「視てしまったが故に憧れに転び。そしてまた、見てしまったが故に憧れが転ぶ。

 いやはや、哀しい立ち回りですな」

 

 アンデルセンと同じく戦場を眺めながら、シェイクスピアが肩を竦める。

 現実から目を逸らせるなら、最初から彼はこんなものになっていない。

 だが、現実を目の当たりにした時、彼が敗北することが決まっていた。

 彼の足を止めさせる見てはならない現実がこの世界に辿り着いた時、勝敗は決した。

 

「まったくだ。もっとも、規模はともかくこの世界ではよくある話でしかないわけだが。

 そら、化け狐的に何か言っておかなくていいのか? 同類だぞ?」

 

 魔力を回転させ、戦場に行き渡らせる玉藻。

 彼女はそうしながら向けられた言葉に、酷く顔を顰めた。

 

「―――同じにしないでくださいます? 私、夫を立てて三歩下がってついていく良妻狐。そういうフラれたショックで投身自殺、みたいな頭人魚姫じゃありませんので。あと肉食獣(ビースト)になるのは、旦那様とのあれやこれやの時だけですぅー。

 っていうか、あの魔神たちに恋とかどうとか似合わないでしょう。こういう時はもっと言葉を選ぶべきでしょうに、不良作家」

 

「どっちも似たようなものだ。憧れも恋も、揃って脳みそを鍋にかけたような頭のゆだった連中の馬鹿みたいな思考には変わらん。だがまあ、あえて今回はそう呼んだだけで、確かにそこは語弊があるな。厳密に言えばこれは恋とは呼べまい。なに? なら何故そう呼んだか?

 そうだな、ではこう返そう―――そっちの方がロマンがあるだろう?」

 

 けらけらと笑いながら、揶揄うように少年の姿をした童話作家がそう言った。

 そんな物言いにムカっと眉を吊り上げつつ、玉藻は怒鳴り返す。

 

「うっわ、こいつ! 何ですか、そのドヤ顔! ムカツく!

 っていうか、それ。その情報、もっと早く言っておくこと出来なかったんです!?

 そのくらいしか役に立たないくせに、それもやらねーとか!」

 

「は、それはダビデ王にでも言うんだな。俺はロンドンで奴と対面し、この結論に辿り着いた。だがあの男は後からその様子を聞いただけで、十分に予想していたはずだ。結末も含めてな。当然の話だ、王としてならばソロモンはダビデを上回るが、人間としてのダビデ王は正しく年期が違う。生まれたばかりの子供に誤魔化されるほど、単純な人間であるものか」

 

「ははは、揃ってシャーロック・ホームズ気分ですな。

 あ、当然吾輩は今に至るまでこんな話知らなかったのであしからず。

 吾輩、魔術王と会う前に死んでいましたので」

 

 知っていたところで話したかは当然別なのだが、と。

 当然のように、知っていたところでシェイクスピアも口にしなかっただろう。

 何より言ったところで意味がない。

 むしろ、言ってしまえば余分な力が入ってしまうだけ。

 

「これらが推論であるという話を置いておいて、ダビデ王が話さなかったのも分かるというもの。だって必要がない。彼らが現実に重ねた歩みの重さだけが、魔神たちの夢を踏み潰す―――などという、我が友アンデルセンのロマンチックなプレゼンテーションが事実なら、結局は彼ら次第でしかないのだから」

 

 恋を捻じ伏せなければいけない現実だからこそ、だ。

 その歩みは、何より真摯でなければならない。

 これは、彼らが重ねてきたものは、人類悪を倒すための旅路ではない。

 ただ、ひたすらに。生きるための歩みなのだから。

 

 そして、紛れもないそんなものを前にしたからこそ―――

 

 

 

 

 ゲーティアが着陸する。その衝撃で弾け飛ぶ肉体。

 それを、意志ひとつで繋ぎ止め、彼は強引に復帰する。

 上げた顔を向ける先はジオウⅡ。

 魔神王は一息の間に踏み込んで、その距離を詰め切ってみせた。

 

 振り抜かれる黄金の拳。

 サイキョージカンギレードを切り返し、それと打ち合うジオウⅡ。

 激突の瞬間、拳を裂かれながらもゲーティアはジオウⅡを殴り飛ばす。

 

「見過ごせぬ……!」

 

 結合が次々と解除されていく。魔神の離脱が止まらない。

 こんなものを観ただけで、魔神の意見は千々に乱れた。

 だが、そんなこと―――これほどのものだからこそ、一体何になるという。

 

「ああ、看過できるはずがない! 何故、幸福なだけでいられない! 世界を滅ぼす力を跳ね退ける力は出せる癖に、何故この世界を良いものへと変えられない――――!!」

 

「……ッ!」

 

 ジオウⅡが何とか踏み止まり、刃を返す。

 向けられる“ジオウサイキョウ”と刻まれた光の刃。

 正面に迫るその光刃を、ゲーティアはその両腕で掴み取った。

 

「―――――――!!」

 

 声にならぬ咆哮と共に、魔神王の腕が肥大化する。

 形状になど拘っていられぬ、と。

 まだ残る全霊を尽くして、彼はジオウⅡの持つ最強の光刃を折り砕いた。

 

 そのまま突撃してきた魔神王を、ギレード自体の切っ先が捉える。

 突き出された掌に突き刺さる、サイキョーギレードの刀身。

 片腕を串刺しにされながら、力任せの押し合いに入る二人。

 

 結果は拮抗。

 だがそうして動きが停止したのは、ほんの1秒。

 その状態で、魔神王が眼球を全身に浮かび上がらせた。

 

「―――――!」

 

 即座にジオウⅡがギレードの合体を解除する。サイキョーギレードをゲーティアの腕に突き刺したまま、彼はジカンギレードだけを引き戻す。

 更にギレードキャリバーを外し、ダブルウォッチを装填。

 

〈フィニッシュタイム!〉

〈ダブル! ギリギリスラッシュ!〉

 

 ダブルの力を纏った刀身で描く月輪。

 それが無数に分裂し、鋼の堅牢さを以てその場を縦横無尽に飛び交う。

 そんな守りを前にして、ゲーティアが全身から光弾を放つ。

 

 破壊の雨と、月の守り。

 互いにそれを正面からぶつけ合い、両者共に吹き飛ばされた。

 衝撃でジオウⅡの手から離れ、彼方まで飛んでいくジカンギレード。

 

「ソウ、!」

 

 ぐらり、と。ソウゴに向き直ろうとした立香の前で、マシュが倒れていく。

 本人の体から、それを止めようという力を感じない。

 すぐに彼女はそれを抱き留め、自身の方へと引き戻す。

 

「マシュ……!」

 

 言葉は、返ってこない。瞼はまだ開かれている。

 だがその瞳に灯る光はあまりに弱々しく。

 もう何を映す事も出来ないのだ、と。後は、閉じられるだけなのだと。

 そう、言われているように思えた。

 

 ―――そうとも、これがあの奇蹟が生んだ結末だ。

 彼女はあの地獄から生還した。

 後はただ死を迎えるだけとはいえ、確かに生還したのだ。

 

「うんざりだ……! ああ、もううんざりなんだ!! いつまでだ! いつまで我々(わたし)は付き合えばいい! 一体いつになったら、輝かしいものを指折り数えて片手が満たされる前に、両腕で抱えきれないほどの醜いものに呑み込まれるなどという無情が終わる!!

 ――――そんな光景を、一体いつまで私は観続ければいい……ッ!!」

 

 ジオウⅡが地面に叩きつけられ、火花を散らし。

 しかしゲーティアはその衝撃を耐え切って体勢を立て直す。

 慟哭を響かせて、今にも砕けそうな魔神がまだ立ち上がる。

 もう光帯が消えた事にさえ構っていられない。

 

 何故、奇蹟はいつもここどまりなのだ。

 どんなに美しいものも終わりに向かい、常に惨い結末に着地する。

 あれほどの輝くものでさえ、何故いつもここで止まってしまう。

 

「そんな事、決まってるでしょう……!」

 

 再び駆けようとするゲーティアに、無数の光弾が叩きつけられる。

 あまりにも意味がない魔弾の嵐。

 オルガマリー・アニムスフィアの魔力光弾を浴びながら、魔神王が苛立ちに体を震わせる。

 

 しかしそれでも、彼女は退かず。

 

「それが私たちの生まれた世界なんだから―――」

 

「生きて、いる限り……」

 

 マシュを抱き留めた立香が、オルガマリーの言葉を継ぐ。

 それを聞いていたマシュもまた、掠れた今にも消えそうな声で続ける。

 そんな、少女たちの言葉にゲーティアが震えたままに後退った。

 

「ずっとだ―――――!!」

 

 瞬間、ソウゴの叫びと共に紫電を纏うジオウⅡの拳がゲーティアを襲う。

 顔面を打ち砕いてく一撃。

 だがそんなものを受けるまでもなく、魔神王の肉体はとうの昔に崩壊寸前。

 今更何を受けたところで、あってもなくても同じこと。

 

 すぐさま首を戻し、解れたものを強引に束ねた腕でジオウⅡを殴り返す。

 突き刺さったままのサイキョーギレードごと放つ拳撃。

 その直撃を受けてジオウⅡが大きく揺らぎ―――しかし、すぐに立て直した。

 

 至近距離で発生する殴り合い。最早どれだけ崩壊しようが知った事ではないゲーティアと、鎧の下に人間の肉体程度の限界が設けられたジオウⅡ。

 そのまま続ければいずれ、当然の結果が訪れる。マシュ・キリエライトと同じように。

 

「ずっと……ずっと! ずっと!! 軽々しく口にしてくれる!

 だが分かるまい……! 貴様たちには、分かるまい!

 我々の視点で、これを観続ける苦しみを! この悲劇を永劫ただ観察する苦しみを!!」

 

 足を止め、相手の頭部に狙いを定め、ただその両腕を動かす。

 殴る、殴られる、殴る、殴られる―――

 そうしている中で、ジオウⅡの動きが一度加速する。

 

 殴られた直後に拳を振るい、相手の頭を狙っていたゲーティアの一撃。

 それに完全に合わせて、彼の拳もまた振り抜かれた。

 お互いの拳同士がぶつかって、激しく火花を噴き散らす。

 そうしてやり取りが止まった一瞬に、ソウゴが叫ぶ。

 

「―――俺たちにそれが分からなくても!

 それが分かっているお前だから、俺たちの言う事だって分かってるはずだ!!」

 

「……だって。そうやって苦しいってことは、あなたが生きているって事なんだから」

 

 彼の言葉を、藤丸立香が続ける。

 

「なに、を――――!!」

 

 ―――立香の隣に並び、腰を落とし。

 ロマニ・アーキマンが、立香の抱き留めていたマシュに手を伸ばす。

 二人の間で視線が交差する。

 立香が浮かべるのは悩むような、そして泣きそうな目。

 

 けれど、彼女はゆっくりとマシュを主治医に預け、立ち上がった。

 

「その苦しさは、生きている限りずっとついて回る……!

 だから私たちは生きるために、その苦しさを抱えながら歩いていくんだ―――!

 あなたが、今までそうしてきたように―――!!」

 

 最期に、見せてあげないと。

 あなたはちゃんと、私たちを護ってくれた。

 あなたが足を止めた場所より、私たちはもっと前に進んでいくよ、と。

 

「……ゲーティア。ただ苦しいだけなら、目を背けたいだけなら、キミには他に手段があっただろう。ただ自我を放棄して、魔術式として崩壊すればいい。

 この戦いの中で、その結末を選んだ魔神はいなかったかい?」

 

 ある、と。ゲーティアが息を詰まらせた事が証明する。

 こんなに苦しいなら、苦しいだけなら、もう生きてなどいられない。

 そう思考して崩れ落ちたものも、魔神の中に発生した。

 もう戦いを止めたものも、まだ戦いを継続しているものも、どちらもいる。

 意識の統一など、二度と果たす事はできないだろう。

 

「ただ機能を果たすだけのものを逸脱した瞬間、キミにはその自由もあったはずだ。でも、キミはそうしなかった。この世界には苦しみしかないと知っていて、それでも夢を描いてその道を進んだ。見捨てるでもなく、諦めるでもなく、憧れた地上の星が揺蕩う泥の海から、必ずその苦しみを取り払ってみせると、3000年に及ぶ計画を開始した。選んだやり方こそ、こうであったけど。

 ―――ただ、それはね。この世界を必死に生きる、人間たちと同じやり方なんだ」

 

 マシュを抱き留めながら、そう口にしたロマニ。

 彼が自分の背後に立つ、白い獣に意識を向ける。

 こうなった彼には、この獣が何を言っているのかは分からないけれど。

 それでも、こうして欲しいと言われている気がして。

 

「……ふ、ざ、けるな……! ふざけるな――――ッ!!

 この私が、そんなもので……! 人間と同じものなどで、あるはずがない……ッ!」

 

 強引に腕を振り抜き、ジオウⅡと間合いを開け。

 その直後、彼は全身を軋ませながら再び無数の眼を全身に開いた。

 破壊の眼光を嵐のように降らせる予兆。

 

 ―――そんなゲーティアの横合いから激突する、巨大なスイカ。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 邪魔だ、と。腕の一振りで砕け散るエネルギー体。

 衝撃だけで吹き飛ばされ、転がっていくコダマスイカ。

 

 彼に目晦ましを任せて、立香は走り出していた。

 目指す先は大きく吹き飛ばされ、地面に突き立っているジカンギレード。

 そちらを見据え、魔神王は叫ぶ。

 

「私がそんなものであったなら、それこそ何も救えない―――――!!」

 

 迫るジオウⅡごと、ゲーティアが射撃を開始する。

 ジオウⅡが彼自身を盾にしても、その破壊の雨は止めきれない。

 カバーに入るオルガマリーの魔術程度では、当然のように割られるだけ。

 

 既にジカンギレードに迫っていた立香も。

 それを庇おうとしているオルガマリーも。

 その破壊の雨を耐えられず、死に果てる。

 

 ―――そんな状況だ、君はどうしたい?

 

 答えなんて、決まっていた。

 悩む余地なんて、どこにもなかった。

 例え1秒先に死ぬ体であっても、諦めて止まったままなんて出来ない。

 届くか、届かないかじゃなくて。

 自分の心が、届かせたいと想ったのだから。

 

 ―――ああ、なら。大丈夫。

 ―――前に進んでいるのなら。

 ―――足を進めようと、前のめりになったままでいるのなら。

 ―――膝がその場に落ちる前に、背中を押す気まぐれな風もあるかもしれない。

 

 極彩色の風が吹く。文字通りの恩返し、だ。

 よく彼女の頭の上に乗って、一緒にここまで歩いてきた。

 なら、最後は自分だったものの背中に、彼女の運命を乗せてあげよう。

 自分だったものを、彼女が止めるはずだった足の代わりにしよう。

 

 これまで歩くのを彼女に任せていたんだ。

 まだ歩くための足なんて、御返しには丁度いいだろう。

 

 輝く姿を見せるつもりもなくて。

 彼はロマニ・アーキマンの背に隠れて力を放つ。

 ついでのように見上げれば、肩を竦めた黒ウォズがストールを大きく靡かせた。

 その布が包むのは、マシュと彼女の盾。

 

 ―――マシュ・キリエライト。

 ―――ボクをこんなところまで運んで来てしまった善き人たちのひとり。

 ―――その分の感謝を、キミの運命にこうして返そう。

 

 “比較”の獣が溜め込んできた全てを、彼女の体に充填する。

 此処で終わるはずだった運命から解き放つ。

 いずれ終わる命である事には変わらない。

 それでも彼女は、まだ今を生きる命なのだから、と。

 彼女の寿命さえも塗り潰す、奇蹟。

 

 ―――誰もが出会いと別れを繰り返す。

 ―――その時が来た。だからボクは此処まで。

 ―――キミも此処までだ、と覚悟をしていたのだろうけど、許して欲しい。

 

 ―――だって愛や善意なんて、基本的には押し売りだ。相手の事は二の次だ。

 ―――ボクはただ、ボクがこうしたいからこうする。

 ―――ゲーティアみたく、心を揺らされてはあげられない。

 

 ―――うん……ボクはまあ、マーリンの事大嫌いだけど。

 ―――まあ似た者同士だとは認めざるを得ない。

 ―――だからアイツのように、キミたちのファンになってしまったんだろう。

 

 ―――キミの意志を問わずに贈り付けるけど、どうか大切に使って欲しい。

 ―――ここまでキミたちを追ってきたファンからの、最初で最後のプレゼント。

 ―――言うまでもないかな。ただ、今まで通りに。

 ―――ずっと先を目指して歩いていける、キミでありますように。

 

 ―――いってらっしゃい。そして、さようなら。

 

 ゲーティアの砲撃が大地を穿つ。

 ジカンギレードに手をかけた立香と、それを守ろうとするオルガマリー。

 迫りくる崩壊を前にして、二人は揃って歯を食い縛り―――

 

 ストールが渦を巻く。

 立香とオルガマリーの前に現れるのは、黒ウォズ。

 そして、その移動と共にそこにいるのは―――

 

 雪花の盾が、破壊の嵐を確かに阻む。

 再び立つ少女を前にして、立香が驚愕に目を見開く。

 

「―――マシュ!? どうして……!?」

 

「それは――――」

 

 突如として意識を取り戻し、再び動けるだけの力を取り戻した少女。

 彼女本人にさえ、その過程は分からない。

 ふと、何かを夢に見て目を覚ましたような。

 ただそんな感覚があった直後に、いつの間にかこうなっていた。

 

 ロマニの方に視線を送れば、彼はゆっくりと首を横に振る。

 彼の背後にいるフォウも、不思議そうに首を傾げるだけ。

 

「わかりません……! ただ、いまは!」

 

 マシュがそう言って盾を払う。弾かれる光弾の雨。

 その間にも立香が地面からジカンギレードを引き抜いた。

 

 ―――そんな、奇蹟の復活を前にして。

 

「な、――――!? く、“比、較”ゥ……ッ!!」

 

 ゲーティアがその顔をロマニの方向へ向ける。

 そこにいるフォウを見て―――

 もう何も残っていない、全てを消費した獣の姿に、肩を怒らせた。

 

「こんな……こんな! こんなたった一度の奇蹟が何だと言う……!

 結末は何も変わらない……! 在り様は何も変えられない――――!

 何故、これだけのものを秘めた知性が、皆揃ってその奇蹟に生きられない……!

 そうだったなら…………! そうであってくれたなら―――――!!」

 

「……命とは、いずれ終わるもの。生命とは、苦しみを積み上げる巡礼だ。

 そうである事を赦せない、と。それは間違った在り様だ、と。

 そう言いながら、しかしお前は確かにそうして苦しみの道程を歩んできた」

 

 ゲーティアの全身に開いた眼が焼け爛れ、落ちていく。

 魔神王であり続ける限界など、とうの昔に踏み越えている。

 だがそれがどうした。今まで重ねてきた3000年。

 常にその身を焼き続けた憤怒に比べて、苦しみに比べて、一体どれほどのものだという。

 

 終われない。終われない。まだ、諦められない。

 だって、そうだろう。こんなところで諦められるなら。

 魔神が離散し、光帯が霧散し、神殿が崩壊し、統括局が破綻した程度で諦められるのなら。

 3000年前のあの時。この計画に決議を下した日。

 その時、最初からこんな道を選んでいるはずがない―――――!

 

「――――いま此処に。

 お前が積み上げてきた“悪”に報いる輝きが、お前を踏み越えていく時がきた」

 

 だからこそ、引導を渡す時が来たのだと。

 ロマニ・アーキマンが、魔神王ゲーティアへと告げる。

 

「投げなさい、藤丸――――!」

 

「ソウゴ―――ッ!!」

 

 投擲する剣のための道を、オルガマリーが魔術で作る。

 正確なる軌道を沿わせるために行使される力。

 そうされた剣を、藤丸立香は全力で投げ放った。

 

 ―――空中で掴み取ると同時、残っていたギレードキャリバーを装着。

 そのまま彼は、切っ先をゲーティアへと向ける。

 

〈サイキョー! フィニッシュタイム!〉

 

 迫る切っ先に対し、ゲーティアが拳を向けた。

 激突する刃と、魔神王の腕。

 一瞬の拮抗の末に、魔神の腕をジカンギレードの切っ先が喰い破った。

 元から既にバラけかけていたものを、強引に繋ぎ合わせていたもの。

 その拘束を突き破ってギレードの刃がゲーティアの腕に埋まり―――

 

 そこで、その切っ先がサイキョーギレードの柄と噛み合った。

 

「は、ぁあああああ―――――ッ!!」

 

〈キング!! ギリギリスラッシュ!!!〉

 

 ゲーティアの腕の中で果たされる連結。

 その瞬間に形成される光の刃。

 腕の内側から溢れ出す、ジオウⅡの持つ最強最大の必殺剣。

 それが、ゲーティアの片腕を内側が弾けさせた。

 

「認めん……! 見過ごせるものか――――!!」

 

 ズタズタに裂かれ、それでも落とされはせずに繋がったままの腕。

 だがそれが持ち上がることはもうない。

 強引に束ねるにも、もはや彼に同調している魔神が足りない。

 

 斬り抜いたサイキョージカンギレード。

 文字が浮かぶ光の刃が振り上げられ、降ろされる。

 それがゲーティアの肩口から入り、胸まで一気に喰い込んだ。

 

 そのままゲーティアを両断せんと奔る閃光。

 自分を刻むその刃が腰にまで差し掛かった瞬間、まだ動く片腕が跳ねる。

 ジオウⅡの顔面を打ち据える一撃。

 殴ると同時に掌を開き、そのまま顔面を掴んで押し返す。

 

「ぐ、ぅ……っ!」

 

「―――――まだだ……! まだだ、まだだまだだッ!!

 終わらせない、終わらせてなるものか!!」

 

 ジオウⅡがそのまま顔面を押され、地面に押し倒される。

 このまま行けば握り潰すか、圧し潰すか。

 それだけの力を掛けながら、ゲーティアが声にならない叫びを上げた。

 ぶらりと片腕を垂らしながら、それでも彼の膂力はジオウⅡを凌駕する。

 

 圧し掛かられ、腕も動かせず、剣を振り抜くことも叶わない。

 そんな状況で彼が、膝を打ち上げ魔神王を押し上げる。

 掛かり続ける圧力に軋みを上げるジオウⅡの装甲。

 その限界が訪れる前に、ソウゴはゲーティアを蹴り返し―――

 

 押し返されながら、彼が振り上げた足をゲーティアが掴む。

 振り上げられるジオウⅡ。

 即座にそれを地面に叩き付け、バウンドした体を再び振り上げる。

 振り上げて、叩き付ける。

 

「が……ッ!」

 

 その動作を止めずに続行するゲーティアに、魔弾が霰と降り注ぐ。

 無論、それが通用するなどと言う事はない。

 当たったところで大した影響もなく、消し飛ばされていく。

 

 ―――そんな状況の中で、ジオウⅡが手にした剣を手放した。

 ゲーティアの腰まで斬り込み、そこで止まった光の刃。

 

 彼が、それを手放したのを見て。

 

「―――っ、所長、隕石! マシュ!」

 

 立香が目を見開いて、頭上を指差して二人を呼ぶ。

 マスターの声で理解して、マシュがオルガマリーを見た。

 彼女は僅かに逡巡し、軌道を計算し―――やらねばならぬ、と。

 その腕を、大きく空に掲げた。

 

「……っ、こっちに自由は効かない! 合わせなさい、マシュ!」

 

「はい!」

 

 オルガマリーの言葉を聞き、マシュが疾走を開始した。

 それと同時に立香もまた目的のものへ向け走り出す。

 迷わずに踏み出す少女たちを見送って、彼女は自身に埋没していく。

 

「―――星の形(スターズ)宙の形(コスモス)神の形(ゴッズ)我の形(アニムス)天体は空洞なり(アントルム)空洞は虚空なり(アンバース)……!」

 

 賭けだ。いや、賭けではない。

 勝利以外するつもりがないのだから、賭けになどするものか。

 

 ここはソロモンの宇宙。ゲーティアの支配下。

 だが、相手があそこまで砕けた魔神王であるのならば。

 自身の維持で精一杯で、他に眼を向ける余裕がない状況であれば。

 小さな隕石一つくらい、掠め取って降らせてみせる。

 

「―――大丈夫さ、マリー。ボクが保証するとも。

 今のキミなら。今のキミだから、この星の無い宇宙(そら)に星を呼べる。

 だって、何より輝く星を求めていたのは、この宇宙(そら)の方だからね」

 

 そう言って微笑む馬鹿野郎。

 本当に言いたい事を言ってくれる。よくもぬけぬけと。

 そもそも、そんな場合じゃないから言及こそしていない。が、こいつ。

 今になってどれだけ馬鹿みたいな事実を投げて来れば気が済むんだ。

 ソロモン王のファン、だとか一体どの口で。

 ああ、それにダ・ヴィンチやダビデだってそうだ。

 あの態度、絶対分かってただろう。

 

 父と聖杯戦争に参加したサーヴァントだった?

 こいつらは本当にまったく……!

 

 この戦いが終わったら。

 ――――そう、この戦いが終わったら。

 知っている事を全部、洗いざらい吐き出させてやる。

 だから、そのためにも――――

 

「――――虚空には神ありき(アニマ、アニムスフィア)!!」

 

 星が輝く。虚空を裂いて、小さな星が飛来する。

 ゲーティアにぶつけたところで、何の意味もないだろう小さな星。

 そんなもので限界だ。けれど、これで十分だ―――

 

「ソウゴさん!」

 

 彼の名を呼びながら、マシュがゲーティアに迫る。

 そちらを見た魔神王の腕が、ジオウⅡを振り回す腕に力を込めた。

 迫りくるマシュに対し、ジオウⅡを鈍器のように叩き付ける構え。

 

「許容、できるものか……! 貴様たちは此処で終われ……ッ!

 せめて、せめてそれだけが――――!!」

 

 慟哭するゲーティア。

 それと視線を交わし、表情を崩しそうになる―――が、すぐに彼女は前を見た。

 わたしたちは、こうして此処まで来たあなたの先に行くのだ、と。

 その一瞬の交錯で、ゲーティアが僅かに震えて。

 しかし、すぐに全力を以てジオウⅡをマシュに向け振り下ろした。

 瞬間、マシュが全力でブレーキを踏む。

 

「行きます、ソウゴさん――――!」

 

「っ、―――来い!」

 

 ゲーティアによって振り下ろされるジオウⅡ。

 相手のスイングに合わせて、マシュが下から掬い上げるように盾を振り上げた。

 それはジオウⅡと盾が掠る程度の距離感。直撃し合うわけではない軌跡。

 当然のように、空中でただすれ違うだけのジオウⅡとマシュの盾。

 そうしてすれ違った瞬間、ジオウⅡの手が、盾の縁を確かに掴んだ。

 

「な、に……!?」

 

 足を掴んだゲーティアと、手に掴まれたマシュ。

 振り下ろす動作と、振り上げる動作。

 それが一瞬吊り合って、三人揃って動きが止まる。

 

 だが、すぐにそんな拮抗は終わる。膂力はゲーティアが圧倒している。

 最早彼に止まるべき瞬間など存在しない、燃え尽きるまで、燃やし尽くすまで止まらない。

 こうなればジオウⅡと共にマシュも振り上げ、叩き落すだけで―――

 

 その、一瞬の停滞。

 そこに飛び込んでくるのは、翼持つウォッチ。

 

「な、」

 

 タカウォッチロイドが、背中に乗せていたもう一つのウォッチを放る。

 それが落とされた先は、ゲーティアが掴んでいるジオウⅡの足。着地すると同時にコダマスイカウォッチが、がっちりと絡みついた魔神の腕にぴたりと張り付いて。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 ―――噴き出す果汁。周囲一帯に溢れ出すほどの、赤い液体。

 ばちゃばちゃと飛び散るそれがゲーティアとジオウⅡを浸し―――

 ぬるり、と。ジオウⅡにゲーティアが絡めていた腕が、滑った。

 

「――――――!?」

 

「その、まま――――ッ!」

 

 マシュが全力で踏み止まる。ジオウⅡが盾に掛けた腕に全霊を込める。

 そうして全ての力を尽くして、彼は拘束された足を捩じり抜く。

 拘束対象を失ったゲーティアの腕が、勢い余って大地を粉砕するために振り下ろされた。

 その腕を引き戻しながら、魔神王が猛る。

 

「逃が、す、ものかぁああああ―――――ッ!!」

 

「逃げません……! わたしたちは、苦しいことからも、生きることからも―――!

 “いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)”―――! これから、ずっと――――!!」

 

 迫る魔神王の前に立ちはだかる白の城壁。

 まるで大地からせり上がってくるように現れる、無敵の城壁。

 そうして。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 聖なる壁が屹立すると同時に、その勢いでジオウⅡが上空へと射出される。

 

 それと同時にゲーティアがその壁に激突。

 当然のように突破する事は叶わず、弾き返された。

 

「―――ぬ、ぐ……ッ!?」

 

 乱打された体が軋む。

 自分一人では、完璧に威力を出し切る攻撃はできない。

 それでも、何の問題もない。

 

 ああも振り回されて、今の足では全力で跳び切る事は出来なかった。

 だから、こうして跳ばせてもらった。

 このまま一撃を見舞っても、威力が足りずに弾かれるだろう。

 だから――――

 

 ゲーティアが跳んだジオウⅡを見上げる。

 そこで一つの光景が一直線に結ばれた。

 

 ゲーティアの視線の先にいる、空中のジオウⅡ。

 彼はあろうことかゲーティアに背中を向けていて―――

 それとまったく角度が重なる位置に、彼に向けて飛来する隕石が見えた。

 

「―――――――な」

 

〈〈ライダーフィニッシュタイム!!〉〉

 

 ジオウⅡがウォッチを励起し、ドライバーのロックを解除する。

 必殺待機状態へと移行するジクウドライバー。

 同時に金色のウォッチが輝き、頭部のブレードが回転し―――

 

 そんな状態で、彼は高速で飛来する隕石に足を合わせた。

 一切の無駄がない、未来が視えなければ不可能なような完璧なタイミングで。

 ジオウⅡが突き出した足裏へと激突する隕石。

 その隕石が持つ運動エネルギーを全て我が物としたように、彼の体が空中で加速する。

 ドライバーを回転させながら、ジオウⅡがゲーティアに向けて最高速度を叩きだす。

 

 魔神王が腕を振り上げるよりも速く。

 その一撃は、彼の胴体へと辿り着いた。

 

〈〈トゥワイスタイムブレーク!!〉〉

 

 ―――最大加速から放つ、必殺の蹴撃。

 胴体に激突したジオウⅡが反動で弾かれ、しかしそれ以上の勢いでゲーティアが吹き飛ぶ。

 それは最早原型を留めていなかった魔神王の肉体に、真実とどめを刺した。

 

 打たれた胴が潰れていく。

 いまの一撃が最後の引き金になったか、突き立ったままの剣を中心に亀裂が広がる。

 玉座に繋がる階段にまで押し返された彼が、もう動く事も出来ずに崩壊を始めた。

 

 それでも。砕けながらも。それでも。崩れながらも。

 それでも、それでも、と。手を前に出そうとした彼が、ふと。

 

「―――――……ああ、そうか。

 ……最後に、終わるから。永遠に続くものではなく、最後には、終わるものだから。

 それがたとえ苦しみでも、積み上げる事に、夢を―――見れる、か。

 ああ、それは……こうして、終わってみなければ、分からないものだった、な……」

 

 ただ、そう零して。

 彼を動かしていた最後の糸が、切れた。

 

 

 




 
 時間にして、ほんの数秒。
 それが、彼らの旅路の残した成果である。
 あと1秒先を迎えていれば、彼女は耐え切れずに燃え尽きた。
 それは結末を変えるほどの意味があったとは到底言えず―――しかし。
 その結末を目指す獣の目を眩ます程度には、美しく尊い時間であった。

 “カルデアのみんなで歩んだ旅路(ロード・カルデアス)”。
 彼女たちが現実に重ねた灰に刻んできた足跡が、ゲーティアの恋がれた夢を踏み躙った。



 認められん、看過できぬ。
 彼の叫びはけして、自分の偉業が阻まれ、負ける事を怨んだのではない。
 まして、この先に訪れるであろう星の漂白を口惜しんだのでもない。

 ただ、こうして自分の大偉業を超えていくほどに集まった熱量。
 その綺羅星のような、地上で放たれる人の輝き。
 これを―――世界を滅ぼす熱を跳ねのけるほどに強い、積み上げてきた熱を。
 その身に宿して、自分を打ち破った人間たち。

 そんな、彼女たちだというのに。時代を取り戻した後、そのまま何事もなく歩めたのであれば、特にこの世界の在り様を変えることもなく、友と笑い、悔しさに泣き、いずれは子を儲け、育て、眠りにつく。在り得ざる奇蹟を体現した者たちが、そんな当たり前の終わりを迎え、その後にも当たり前に、悲劇に満ちたこの世界が、何事もなかったかのように続いていくだろう未来。奇蹟のような輝きが、またも当たり前のように消えていく悲劇。
 そのことに対する、悲嘆の慟哭である。
 
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