Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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interlude
3-1 もう一度戦いへ2017


 

 

 

 ―――ぬいぐるみをひとつ抱え、無人の街を歩いて回る。

 

 お菓子の住民がざわざわ騒ぐ。

 賞味期限が切れるまでは夢の街。賞味期限が切れた後はゴミの街。

 いったいいつまで夢の街? いったいいつからゴミの街?

 

 物語の世界は夢の世界。

 何でも叶う空想の世界。

 何にもない空虚な世界。

 

 けれど、表紙さえも開かれず、頁を捲ってもらえない本は?

 部屋の隅に埃と一緒に積み上げられるだけのそれは、本当に夢の世界?

 それともカビの生えたお菓子の家とおんなじ、ゴミの世界?

 

 忘れてしまいましょう。

 だって、辛い記憶なんて抱えていたってしょうがない。

 寂しい寂しいあたし(ありす)の思い出は、名無しの森に捨ててしまいましょう。

 

 あなたはだあれ? あたしはだあれ?

 

 ―――ああ。

 この名無しの森は、一体だれがあたしに望んだものだっけ。

 

 

 

 

「――――まるで煮立てすぎた鍋だな……」

 

 そう言って彼女は眉を顰める。

 彼女が見つめるのは、自分の世界が浮かぶ海の底。

 人理焼却が終わり、またも不死に腐していくかと思えばこれだ。

 

 人理焼却で焼かれ続けた結果、影の国の底に穴が開いた。

 まあ悪霊どもも一緒に燃えていたのだ。

 そこから悪霊が流出する事を気にする必要もないはずだが。

 帰還すると同時にすぐに結界で塞いだから、問題はない―――

 

「はず、だが。何か通ったような残り香―――獣……いや、人……?」

 

 獣、と言ってもビーストなど、そういう話ではない。

 野獣と化した人間、のような。

 そんな馬鹿な話もない。今までこの世界は人理焼却で焼かれていたのだ。

 

 あれが燃やしていたのは、人類の文明活動。

 だから現世に比べ、燃やすものが無い影の国は火力が低かった―――

 などと解釈する事は不可能ではないかもしれない。

 が、それにしたって人間に類するものが燃え残るとは思えない。

 

「―――……どこへ繋がった?」

 

 彼女の手に朱槍が浮かび、その穂先がルーンを描く。

 その穴の先が、どこへと繋がったのか。

 それを探知するための術が発動し―――

 

「特異点? ―――いや、どうも何かが違うな。

 現世からの隔離自体を目的とした固有結界、か……?」

 

 固有結界(リアリティマーブル)とは現世を術者の心象に塗り替える大魔術。

 自分の心を表に現すものだ。

 だというのに、この先にある固有結界はそれとは方向性が異なるように見える。

 現世を侵食するのではなく、現世から離れた位置に場所を作る事を目的としたような。

 

 現世との繋がりを拒否しているから、燃え尽きる事もなかったのか。

 だが、現世とはずれた影の国とだからこそ、繋がってしまったのか。

 

「…………せっかくの機会だ。ちと追ってみるか」

 

 自分で言っておいて、珍しいと小さく笑う。

 人理焼却のせいで外に触れ、生命活動の仕方でも思い出したか。

 まあ何でもいい。

 生きている内に全ての行動に理由を求めずともいいだろう。

 

 現世とは隔離された空間だからこそ、今の彼女でも追えると言うもの。

 どうせ影の国にこもるしかやる事はないのだ。

 だったら何が待っているか知らないが、追ってみるのも一興だろうさ。

 

 朱槍を回して手の中から消して、女―――

 スカサハは次元に開いた孔に向かって、ゆったりと歩みだした。

 

 

 

 

「いやぁ、こんなに解放された気分でコタツと向き合うのはボクの人生史上初めてだなぁ……

 コタツで丸くなりながらみかんを食べつつ、マギ☆マリ鑑賞。

 ボクの人生の中でこれほどの安らぎが他にあっただろうか……」

 

「でも今一番カルデアで偉いのロマニなのに、そんなに気抜いてていいの?」

 

 空いている部屋にどこからかコタツを持ち込んだロマニ。

 彼はそこに半身を突っ込みながら、テーブルに突っ伏していた。

 その状態で器用にみかんを食べつつ、彼はPCの画面を見つめている。

 

 みかんを食べながらソウゴはそう言うが、彼は気にした様子もない。

 

「まあ確かに所長は魔術協会に呼び戻されてるけどね。

 レオナルドが同行しているし、大丈夫だろう」

 

「魔術協会かぁ、大英博物館のとこにあった壊れた入口のとこしか見たことないんだよね。

 中がどうなってるか見てみたかったかも」

 

 同じくみかんを食べつつ、立香がそう言ってロンドンの事を思い出す。

 あそこではエドモンが忠告しにきてくれたり。

 その後にソロモン―――ゲーティアと初めて出会ったり、色々な事があった。

 

 あの旅路。

 未来を取り戻す戦いを終えて、もう一か月近くになる。

 外の世界の混乱は一か月では収束する様子を見せず、まだまだ混乱の最中にあるという。

 

 そのせいで立香やソウゴも実家に帰れないような状況だ。

 魔術協会の鑑査が終わらない限り、関係者は基本的にカルデアを離れられないらしい。

 

「それはあまりおすすめはできないかもだ。

 まあキミたちの場合は、魔術協会に保管されてるような遺物以上のものを、色々と見てきてしまったけれどね。その辺りは必要以上に関わることはないさ」

 

 そう言いながら顔を起こし、彼もまたみかんに手を付けようとして―――

 

 擦過音を立てながら、部屋の扉がスライドする。

 その向こうにいるのは、どうにも慌てた様子のマシュだった。

 彼女の頭の上には、ぴたりとくっついたフォウの姿もある。

 

「先輩、ソウゴさん、ドクター、緊急事態です、管制室にまでお願いします!」

 

「フォウフォーウ」

 

 きょとんとして、顔を見合わせる立香とソウゴ。

 事態はよく分からないが、また何か問題が起きたのは間違いない。

 手に取っていたみかんを手放して、ロマニ・アーキマンは立ち上がった。

 

 

 

 

「みんな、お疲れ様。状況は?」

 

「―――ええと。特異点を発見した、と思われるんですが……」

 

 はっきりとしない物言いで、当直の職員が言葉を濁す。

 それに首を傾げながら、定位置へと向かうロマニ。

 ついてきた三人が、既にここにいたツクヨミの傍に寄っていく。

 

「どうしたの、これ?」

 

「なんだか、新しく見つかった特異点なんだけど……

 反応がいつもとかなり違うらしいわ」

 

「それってあの泡みたいな奴、って話じゃなくて?」

 

 人理焼却によって乱れた時空。

 それが修復される余波で、数多くの微小特異点が出現したと思ったら消えていく。

 この頃はそのような事案が幾つか確認されていた。

 いつだったか、ロード・エルメロイ二世から解説された覚えがある状況。

 

 だからこそ今回もそれではないのか、と首を傾げるソウゴ。

 

「それが、今回の特異点はかなりの精度で確立しているようでして」

 

「じゃあ普通に特異点なの?」

 

 マシュの答えに、立香もまた首を傾げた。

 放っておけば泡沫の如く消えるのが微小特異点。

 であるならば、確立してしまったそれは通常の―――否。

 彼らが戦い抜いた七つの特異点に匹敵する、異常な特異点ということだ。

 

「……いや、通常の特異点とは違うようだ。

 そう、だな。感覚として近いのは、エジソンの独立アメリカ、獅子王の聖都……

 時代から完全に独立してしまったもの、だと思うんだけど」

 

 作業を始めながら、ロマニが眉を顰めた。

 

「ただ確かに、微妙に違う。通常の特異点とは言い切れない何かが……

 年代はごく最近……2017年に入ってから? 人理焼却の余波、と考えるのが自然だけど……とにかく、まずは所長たちに連絡だね。ボクたちの権限では現状レイシフトは行えない。そもそもサーヴァントを召喚するためのリソースすら残っていない。レオナルドのへそくりがある可能性はあるかも、だが。流石の彼も多分、時間神殿で全て吐き出しているだろう」

 

 そう言いながらロマニが職員に視線を向ける。

 ロンドンまで行っている二人に連絡をとるためだ。

 こんな事もあろうかと、という状況で使うための連絡手段は幾つかある。

 それを利用しての情報共有こそが、最も優先するべき事柄だろう。

 

「レイシフトできないんだ?」

 

「本来、レイシフトは魔術協会と国連が綿密な議論を重ねた上で実行を許可されるかどうか、っていう一大行事だからね。

 だからこそ、今も協会で所長たちが喧々囂々する羽目になっているんだけど」

 

 それを踏み倒したのは、人理焼却という状況あってのことだ。

 時代が戻ってきた以上は、たとえ特異点を目の前にしても軽々に動く事はできない。

 そんな話を聞いて首を傾げ、ふと思い立ったソウゴが声を上げる。

 

「黒ウォズー? ねえ、黒ウォズー!」

 

「なに、いきなり?」

 

 いきなりその場で黒ウォズを呼び始めるソウゴ。

 珍妙なものを見た、と。その光景にツクヨミが眉を顰めた。

 

「いや、レイシフトできないなら黒ウォズに連れて行ってもらえばいいかなって」

 

「なるほど!」

 

「なるほどじゃないけど」

 

 ぽん、と拳で掌を叩く立香。

 そんな二人を胡乱げな目で見据えて、ツクヨミは大きな溜め息をひとつ。

 

 だがソウゴが幾ら呼び掛けても、黒ウォズは姿を見せない。

 まるまる一分ほどそうしていた彼が、仕方なさげに肩を竦め―――

 ドライバーを取り出した。

 

「仕方ないなぁ」

 

〈ジオウ!〉〈龍騎!〉

 

 やれやれ、と。ドライバーを装着したソウゴがウォッチを二つ起動する。

 時間神殿の道中、手に入れた龍騎ウォッチ。

 まだこれはアーマーとして使用したことはないので、使えば黒ウォズが生えてくるはずだ。

 

 そんな彼の思考を見て取って、揃って何とも言えない顔を浮かべるツクヨミたち。

 

「―――仕方なくはないよ、我が魔王。

 そういう呼び方はやめてくれ、と何回も言っていると思うけれどね」

 

 ソウゴが変身シーケンスに入る前に、届く声。

 いつも通り、いつの間にか彼はソウゴの背後に出現していた。

 今更誰もそんな登場に驚いたりはしない。

 

 とりあえず目的は果たしたので、ウォッチをしまうソウゴ。

 

「じゃあ呼んだらすぐ来てくれればいいじゃん?」

 

「呼び出すつもりなら少しくらいは余裕をもって、待っていてくれてもいいだろう?」

 

 こっちにも用事というのがあるのさ。

 そう言って肩を竦める黒ウォズ。

 まあそれももっともな話だ、と。ソウゴは腕を組んで、首を傾げてみせる。

 

「それもそっか。これからはどのくらい待てばいい?」

 

「さて、私も遊んでいるわけではないからね。常にすぐに応えるのは難しい。

 気長に待ってもらえると助かるんだが」

 

「んー、じゃあお互いに善処するってことで」

 

 そう言って笑うソウゴに対し、黒ウォズはまた肩を竦める。

 そんな二人に視線を送って苦笑するロマニ。

 

「まあどっちにしろ、急を要する事態ではないかな。

 まずは所長たちに連絡がつくのを待ちつつ、経過観察に徹しよう」

 

「そんな感じでいいの?」

 

 首を傾げる立香に、ロマニはさほど焦りもせずに返す。

 

「まあ解決してしまいたい気持ちは分かるけれどね。

 今の状況では色々とまずいと思う。それこそレイシフトではなく黒ウォズによる転移なら、記録にも残らず実行できるかもだけど。とりあえずは待機しよう」

 

 情報を集めながらも、選択するのは動かない事。

 緊急事態ではないのなら、もう少し状況を把握してからの行動でいい。

 彼はそう判断して、特異点の外から集められるだけ情報を手に入れる事を優先した。

 

 

 

 

『――――危険度は低い、という判断ね』

 

「ええ。今のところは」

 

 ロンドンとカルデアを繋ぐ、ダ・ヴィンチちゃんお手製の通信機。

 魔術関係なしの電子機器だ。

 協会もこの通信をどうこうする事はできないだろう。

 カルデア側でそれを受け取るのは、コダマスイカ。

 彼が頭部から映し出すスクリーンを通じ、ロンドンにいる二人の顔が見える。

 

 そんな中でオルガマリーが眉間を揉みながら、溜め息を噛み殺した。

 

『……まあ、なら現状では放置ね。警戒レベルを1段階上げて、常時監視状態に。時間経過で消えるならそれでよし。ただこのまま存続するようなら……それこそ、協会からの出向人員に特異点修正をやらせてもいいわね』

 

 おや、と。彼女の言葉にロマニが目を瞬かせた。

 

「こっちに出向してくる協会からの人員は決定してるんですか?」

 

『まだまだかかるわよ。協会の動きは今回提出した資料の精査から始まるんだもの。

 言うまでもなく、この1年以上の文明停止の状況把握も終わってないだろうし』

 

『ただそうして危険度が低い特異点を協会側の誰かに経験させて、こんなもの大した事ない、と向こうに思わせられればこっちの話も通しやすいからね。オルガマリーが窮地に際し覚醒して、スーパーオルガマリーになった、って話よりはまだ分かり易いだろう?』

 

『はっ倒すわよ』

 

 からからと笑うダ・ヴィンチちゃんに、眉を顰めるオルガマリー。

 それは自分たちの旅は簡単なものでした、と吹聴して回るようなものだ。

 そんな行為に対し思うところはそれなりにある。が、背に腹は代えられない。

 オルガマリーの頭を飛び越して、他のマスターも使()()()人材かもしれない、と思われるわけにはいかないのだ。

 

「スーパーオルガマリーって、なんか凄い光ったりしてそう」

 

「金色? 虹色かな?」

 

「所長でしたら銀色などが似合うのではないでしょうか?」

 

 スーパーな所長を思い浮かべてみて、腕を組む三人。

 それぞれ思い描く、クリスマスツリーみたいな派手さの所長の姿。

 そんな会話を交わす連中に目を細め、ツクヨミが呆れた声を出す。

 

「あなたたち……怒られるわよ?」

 

『もう遅いわよ』

 

 そう言って眉間を押さえるオルガマリー。

 そうして息を整えて。次の瞬間に怒鳴りつけようとした彼女が、

 

 突然響き渡るサイレンの音に、口を噤んだ。

 もはや聞き慣れた、カルデアが放つ緊急事態警報。

 それを聞いて即座に、オルガマリーが表情を引き締める。

 

 すぐさま職員の方に視線を投げるロマニ。

 

「状況は!?」

 

「と、特異点内で何らかの異常事態が発生したと……!

 すみません、外からでは詳細は―――!」

 

 騒がしくなる管制室。

 可能な限り情報を集めようとしているが、限界があるのは分かり切っている。

 その様子を画面の向こう側で見ていた所長が目を細めた。

 

『……ダ・ヴィンチ、リソースはあるの?』

 

『残念だがないね。最終決戦で全部使い切っている』

 

 まあ流石にそうだろう、と。

 彼女は目を細めて天上を見上げた。

 

『サーヴァントは呼べない、か。今までのように、味方になってくれるはぐれサーヴァントがいるなら、それでもどうにかなるかもしれないけれど。

 ……そもそも異例の特異点。原因が何かも分からない、特異点の中にサーヴァントが召喚されているかさえも分からない』

 

 オルガマリーの視線がソウゴに向かう。

 戦闘力。状況対応力。いずれにおいても、ジオウならば問題はないかもしれない。

 それでも、戦力が一人では限度があるだろう。

 ゲーティア級とはいかないまでも、特異点を発生させるほどの何かがいるのは事実なのだ。

 

「主な戦力は、ソウゴさんと、わたし―――と」

 

「……いや、マシュは不参加だ。サーヴァント・シールダーとしてはもちろん、マスターとしての参戦も認められない。だろう、レオナルド」

 

 マシュの言葉を遮って、ロマニがダ・ヴィンチちゃんに目を向ける。

 鷹揚に頷いた天才の様子に、マシュは目を瞬かせた。

 

「え?」

 

『そうだね、今の君は霊基の封印処置中。これから時間をかけて完全に封印し、普通の人間に戻るための治療中なんだ。これからサーヴァントとして戦うことも、最低限安定するまでマスターとしてサーヴァントと契約を結ぶことも認められない。どんな影響を受けるか分からないからね』

 

「いえ、ですが、それは……!」

 

『残念ながらこれは決定事項だ。

 君に取り返しのつかない影響が出る可能性は、現状では許容できない』

 

 ダ・ヴィンチちゃんからの、ぴしゃりとした取り付く島もない返答。

 人理焼却状況下ではそれしかなかっただろう。

 だが現状ではそれは解決を見て、今何が起こってるかは判明していない。

 ならば、無理に彼女を戦場に出すべきではないだろう。

 

 ギャラハッドの意志もあり、それは確かにマシュのためになった。

 だがデミ・サーヴァントなど、本来あってはならないもの。

 このままきちんと人間に戻るべきだろう。

 それ自体は理解できているマシュが、何とも言えない顔で黙りこむ。

 

 彼女の頭の上で、フォウが小さく首を傾げた。

 

『で、どうするんだいオルガマリー? 正面から? 裏技?』

 

 ダ・ヴィンチちゃんはそう言いながら、黒ウォズに視線を向ける。

 

 特異点を無視するような事はできない。選択肢は現状二つ。

 この事態を正式なレイシフトで解決するために話を押し通す。

 

 そして、そもそも協会にこれを知らせず黒ウォズに協力させて強引に解決する。

 アラートが発生したという事実は消せない。

 だが裏から解決し、経過観察していたら消失したという報告をすればまずバレない。

 

 当然の事ながら、彼女としては後者の方が楽なわけだが。

 

『―――裏技、と言いたいけれど。原因が分からないものを秘密裏に処理したくないわね。これに何か特別な原因があるならば、それをカルデアが得たという事実を押さえておかないと』

 

「そもそも私が協力すると決めつけないで欲しいんだがね」

 

 とぼけたような顔で肩を竦めつつ、そう言い放つ黒ウォズ。

 なんだかんだここに来た、ということは協力を取り付けるのは不可能ではない。

 と、思われるが。

 まあどちらにせよ、彼にどうこうしてもらおうという考えは、今回はない。

 

『と、なると。こっちで無理矢理レイシフトを可決させるしかないね。

 まあ人理焼却の余波で発生したのだろう、という事で強引に押し通せなくもない状況だ』

 

「できるの?」

 

『幸いな事に、というと語弊があるけれど。今のところこっちとしては失点が多い。

 まずは中核メンバーだったレフがゲーティア……魔術王の手の者であったこと。そして凍結中のマスター候補たち。その他もろもろ。だからこそ焦っているこちらとしては、少しでも穴埋めのための点数を稼いでおきたい、という必死さを見せれば、相手はやる必要のない行為をこちらが必死に必要な作業をこなしているとアピールしているように見えるわけだね』

 

 人理焼却はオルガマリーが中心。残るマスターはその補佐でしかなかった、と彼女たちは主張している。だというのに今回は、オルガマリー不在でレイシフトによる特異点修正は可能、と主張しなくてはならない。

 この矛盾も利用すれば、補佐しかできない連中ですら解決できる程度の問題を大袈裟に吹聴して、現状の問題を相殺するために自分たちの功績を増やそうとしている。

 相手からそう思われる事ができるだろう。

 

 そんな彼女の発言に対し、首を傾げる立香。

 

「それじゃやらせてもらえないんじゃない?」

 

『まあもちろんその可能性もあるけど、そこを通すのが私たちの仕事さ。だが難しい話じゃない。点数稼ぎのために無理を言ってレイシフトして、実際は何もなかったらどう思う? この忙しい時にそんな事をしたら、それこそ減点対象になるだろう? 自分で自分の首を絞めるような行為になってしまう。

 だからこそ。こちらを更に減点して責任を重くしたい、アニムスフィアの利権を少しでも多く奪いたい。そう考えている相手を選べば、十分に話を通せる状況だ』

 

 失点を取り返すために意地を張り、余計に失点を重ねる失態。これから彼女たちはそういう相手に付け込まれるための姿勢を見せて回る。いや、正確にはオルガマリーが、だ。

 天才サーヴァントであるダ・ヴィンチちゃんがその間抜けさを晒すわけにはいかない。サーヴァントの能力に疑いがかかれば、それ以外の部分でも付け入ろうとする輩を増やすことになる。

 だからこれから彼女たちはこれから、焦りで悪手を取り続ける間抜けなオルガマリーと、それを後ろから「駄目だなぁ、こいつ」という顔で見つめるダ・ヴィンチちゃんになる必要がある。

 

 そんな状況を理解して、立香は続けて眉を顰めた。

 

「でもそれって、それはそれで所長が困るんじゃない?」

 

『そんなもん今更よ。もうこっちの状況に逆転なんて求めてないわ。

 あとは稼働中のセラフィックスで何処まで補填できるかね。

 そっちの状況も確認しにいきたいけど、一体いつになったら時間が取れるやら―――』

 

 気にしていない、と自分への心配をばっさりと切り捨てる。

 もう彼女の中で優先順位はつけ終わっている。

 だからこそその行動に、今更ためらうような事もあるはずがなかった。

 

 ―――バヂリ、と。

 一瞬だけ意識がスパークする。

 今までも時々覚えるものだったが、今回のは一際強く―――もはや悪寒だ。

 つい顔を覆うように手を当てて、顔を顰める。

 ソウゴのその反応を見て、オルガマリーが訝しむような顔で言葉を止めた。

 

『なに? どうかした?』

 

「……うーん。よく分かんない、けど。なんだろ、今の」

 

 フラッシュバックした光景は、よく分からなかった。

 未来予知の感覚に近かった、とは感じる。

 しかし厳密には今のが何だったのかが、さっぱり分からない。

 今までそれらしい光景を視た時は、ちゃんと記憶に残っていたのだが。

 

 首を傾げるソウゴの様子に、見ていた者たちが揃って眉間に皺を寄せる。

 彼の感覚が何かを感じ取ったならば。

 この状況は、本当にゲーティアに匹敵する危機である可能性を考えなければならない。

 

 次いで視線を集めた黒ウォズは、自分も分からないとばかりに首を横に振った。

 

 確かに彼は相当な事情を知った上で動いている。

 が、時折本当に知らない事情に遭遇して、焦っている様子を見せないわけではない。

 それが演技でない保障はないが、演技をする必要がない。

 

 何故って、彼は自分が多くの事情を把握して暗躍している事を隠していない。

 知っているけど言わないよ、という態度を隠していない。

 だからいつだってそうすればいいだけなのに、時々本当に知らない事を前にして焦る。

 そう考えれば、わざわざ「知らない」と明らかな断言をした場合は本当に―――

 

『―――とにかく。レイシフトの準備を進めてちょうだい。

 その間にこっちも話を通しておくわ。協会に話が通れば、現状の国連もどうにかなる』

 

 国連は当然のように、混乱の安定に注力している。

 だからこそまた1年ほど時間が跳ぶ可能性を示唆すれば、まず話は通る。

 本来なら長い長い議会の末に是非が決定されるものである。

 が、今のこの状況に限ってはすんなりと通るだろう。

 

 問題は話をそこに持って行くまで。つまり魔術協会の方だ。

 だがまあ、そちらもアニムスフィアを切り売りする気でいればどうにかなる。

 それはそれで相当な問題だが―――まあ、仕方ない。アニムスフィアが零落しても、天体科は凍結を解除したヴォーダイムが牛耳ってくれるだろう。

 

「それで、戦力は。やはりソウゴくん一人に?」

 

『……それしかないわね。フェイトを動かす動力がなければ、サーヴァントは召喚できない。

 当然令呪も補填できない。現地に協力してくれるサーヴァントがいれば……

 いえ、最初からサーヴァントなんていない平和な特異点なのが最善なんでしょうけど』

 

 ロマニからの問いかけにそう答え、しかし自分の言葉で失笑する。

 そんなに平和なら最初から特異点になどなっていないだろう。

 レアケースで存在はするだろうが、危険な特異点と平和な特異点では明らかに前者が多い。

 

「タイムマジーンは? それがあれば、私たちもかなり安全だけど……」

 

「……すみません、先輩。わたしがデミ・サーヴァントとして活動できないということは、その、現地に召喚サークルを設置できないという事なのです」

 

 申し訳なさそうにそう告げるマシュ。

 彼女をサーヴァントとして連れて行かないのであれば、円卓を使用できない。

 それはつまり今まで真っ先に行っていた召喚サークルの設置ができないという事だ。

 そうなれば、当然の事ながら。

 

「あ、そっか。物資も何も送れないんだ」

 

 あー、と。困り顔で納得してみせる立香。

 そんな彼女たちのやり取りを聞いていて、黒ウォズに向かうツクヨミの視線。

 彼はそんな視線に微笑み返し、口を開く。

 

「そもそも、人理焼却が終わっている以上タイムマジーンは普通に使えるはずだがね。

 ―――ただし、その歴史が正しく時流に繋がっているのならだが」

 

「人理焼却が解決したんだからそうなんじゃないの?

 って、そっか。今回はもう独立しちゃった感じの特異点なんだっけ」

 

 確認の意図でロマニを見れば、彼は小さく頷いた。

 黒ウォズはマジーンを運ぶつもりはないように見える。

 ―――とりあえず、それは置いておく。

 

「……これまでのように常に背水の陣というわけじゃない。

 まずは調査を行って、それから解決に移る前に一度帰還するという手段もある。

 気を抜いてもいけないが、張り詰め過ぎないでいこう」

 

 楽観視できない状態なれど、現状は滅亡に瀕しているわけでもない。

 油断はしないようにしなければならないが、余裕を持っていなければいけない。

 このレイシフトで問題が解決できなくてもいいのだ。

 ただ原因を調査して、一度帰還して、状況に合わせた準備をして再度挑戦すればいい。

 レイシフトとは本来、そのように使用する事だって想定されたものだ。

 

「マシュはレイシフトするのではなく、こちらを手伝ってくれ。

 今までは緊急事態があってもレオナルドがいたが、今回はいない。

 それにサーヴァントがいなくなって手が減ったのはこちらもだ」

 

 今まで特異点解決ごとに得たリソースで召喚していたサーヴァント。

 彼らにカルデア内の雑務を任せる事で、職員はこちらの業務に集中していた。

 補充要員が入ったわけではない以上、人数は特異点攻略を始めたばかりの頃に逆戻り。

 しかもそこから更にダ・ヴィンチちゃんが抜けた状態。悪いが、マスターもサーヴァントも実行できないマシュをレイシフトメンバーには回せない。

 

 それを当然分かっているのだろう。

 マシュが一瞬だけ辛そうに目を細めて、しかしすぐに顔を引き締めた。

 

「―――すぐにレイシフトを始めるわけじゃない。

 悪いが、今から突貫で必要な作業を覚えてもらうよ」

 

「―――マシュ・キリエライト、了解しました。

 その、そういうわけです、先輩。どうかお気をつけて」

 

 彼女の言葉に頷いて、立香たちが顔を見合わせた。

 一度自室に戻って準備して、所長たちが許可を取ってくるのを待つ。

 その後、レイシフトして特異点の調査を行う。

 

 ―――随分と長くなった正月休みもここで終わりだ。

 また、戦う時がきた。

 

 

 




 
 このナーサリー回的なインタールードが終わったら完結表示にして、1.5部を別枠で始めるつもりジオ~。先は長いしのんびり行くジオ~。


『Fate/GRAND Zi-Order Remnant of Chronicle』

 人類史全てを用いた彼方への旅。
 魔術王を名乗ったモノの計画。
 “逆行運河/創生光年”は、失敗に終わった。

 人理焼却事件は解決した。
 立ちはだかった試練は打ち破られ、勝者は日常に凱旋した。
 彼らの紡ぐ人理に揺るぎはない。
 多くの困難を更に迎え入れながら、未来はこの先も続くだろう。

 だが。
 その未来には、致命的な見落としがあった。
 見逃してしまったからには、必ず足を取られるだろう陥穽。
 足を止めなかったが故に嵌る、地獄にさえ続かない虚空の落とし穴。

 ―――たとえ、その先が虚無であったとしても。
 それでも、足を止める事だけはしないと選んだ道なのだから。


亜種特異点I:天魔総司悪道 新宿1999
 憎悪と執着はありえざる幻影を求め、背徳を重ね続ける。
 天へと続く道は閉ざされ、彼らに逃げ場はなく。
 その悪逆の街に張り巡らされるのは、総てを司り組み上げられた完全犯罪。

亜種特異点Ⅱ:未踏破黄金郷 アガルタ2000
 夢想された黄金世界。理想と幻想で組み上げた空想都市。
 その地を支配するのは、異形の世界に咲き誇る花々。
 その地を侵略するのは、異形に歪んだ疾走する本能。

亜種特異点Ⅲ:屍山血河偲月 下総国1639
 立ちはだかるは、悪鬼羅刹に堕した七騎。
 血染めの月を嘲笑うは美しき肉食の獣。
 天元の花は覚醒に至り、その刃を以て宿業の鎖を解き放つ。

亜種特異点Ⅳ:禁忌再臨庭園 セイレム1692
 其れらは罪人。異端へと逸脱した人だったものの群れ。
 悪魔の誘いは人々を異端へ堕とした。悪魔の仕業は神によって裁かれる。
 だが人では、人の罪を救えない。なればこそ目覚めるは、その外なる神(たましい)

亜種特異点LEVEL.XX:命運裁決運営 クロノス・クロニクル2017
 幻夢コーポレーションは発売延期状態にあった2016年発売予定だったゲームソフト、『マイティアクションX』の開発中止を正式に発表した。『マイティアクションX』制作発表から5年以上の期間をかけ開発されていたが、同社は開発中止の理由を制作上の都合としており、具体的な理由や、未だに原因不明の2016年消失問題との関係は言及されていない。
 当該作品の制作スタッフ(檀黎斗副社長を含む)は全て今冬サービスを開始する予定の新基軸オンラインゲーム、『仮面ライダークロニクル』の制作に合流するとの事だ。天才ゲームクリエイターと名高い檀黎斗副社長の最新作の発売中止にファンからは悲しみの声も上がっているが、檀正宗社長の「仮面ライダークロニクルには幻夢コーポレーションの社運を賭けている。これは世界を変えるゲームになる」との発言から、そちらに期待するファンの声も強く上がっているようだ。
 『仮面ライダークロニクル』はゲームと現実の世界が連動する、これまでのゲームとはまったく新しい遊びのスタイルを開拓するという情報に、業界関係者からも注目を集めている。
 
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