Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ライブツアー1431

 

 

 

 陽光を照り返すそれは、さながら光の塊が大地を走ってくるかのように見えただろう。

 全てが硝子で出来た馬車。

 大地を駆けるそれは、一直線にオルレアンを目掛けて疾走する。

 

 光物だからか、純粋に肉を求めてか、あるいは正しくオルレアン防衛のためか。

 オルレアンに接近するその馬車に向けて、数え切れぬワイバーンが殺到してくる。

 雲霞の如き竜の群れを前に、ジークフリートが馬車の天蓋の上で目を眇めた。

 

「さて。こちらこそアーチャーが欲しいところだが……

 生憎、この身は剣を振るう以外に取り柄がない。

 ファヴニールに示す意味も込めて、まずは一撃見舞うとしよう――――」

 

「お手柔らかにお願いしますね。わたしの宝具の方こそ保たなくなってしまいそう」

 

 彼の言葉を遮る、マリー・アントワネットの言葉。

 魔剣解放につき合わされれば、硝子の馬車が砕け散ることになるのは想像に難くない。

 

「…………善処する」

 

 足場の馬車を確認し、ジークフリートが魔剣に魔力を集中させていく。

 力を籠めすぎないようにその天蓋を蹴り、馬車を追い抜いた前へと飛び込む。

 

 着地が、同時に魔剣を振るうための踏み込みに。

 衝撃で砕け散る大地の欠片を巻き上げながら。

 蒼色に溢れる魔力の刃を、彼は振り上げるように解き放った。

 

「“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”――――!!」

 

 最大出力には程遠い。

 だが、その余波だけでもワイバーンなど灼き尽くす黄昏の斬撃。

 その蒼い閃光が、オルレアンの上空に虹が如き曲線を描いた。

 

 ほんの数秒の光の擦過。ただの数秒が起こした変化は劇的だった。

 竜の消し炭がバタバタと地面へと落下していく光景。

 空を埋めるワイバーンの姿は一気に減じ、竜で構築されていた防衛線には大穴が開いていた。

 

 彼らをまず最初に発見し、初動で対応しようとしたワイバーンはほぼ壊滅しただろう。

 その成果を見て、剣の残光を振り払いながらジークフリートが馬車上に跳躍して帰還する。

 

「これで俺の襲来を奴は察知した。すぐに奴自身が動くだろう。

 とりあえずここで一度止まってくれ。ワイバーンもファヴニールもこの位置に引き付けたい」

 

 馬車を動かしているマリーにそう声をかけるジークフリート。

 彼女の意思で馬車が減速し、停止するとジークフリートが地に足を降ろす。

 

「ファヴニールが顔を出したら、一気に奴らの本拠地まで駆け抜けてくれ。

 ……すまない、マリー・アントワネット。

 この馬車の扉はどうやって開ければいいのだろうか」

 

「ああ、ごめんなさい。いま開けますね」

 

 どうやって開ければいいのか、とふらふらと視線を彷徨わせていたジークフリート。

 彼の目の前で、馬車の扉が自動で開いた。

 そこからソウゴが顔を出し、その手の甲に浮かぶ令呪を示してみせる。

 

「いま使えばいい?」

 

 だがジークフリートは、それに対して静かに首を横に振った。

 

「いや、奴が顔を出してから頼む。

 いま宝具に魔力を充填すれば、それを放つまでワイバーンだけで対処するかもしれん。

 奴からすれば今の俺は、一度宝具を放って魔力が減ったいい標的になれている」

 

「それって……ファヴニールは全力でジークフリートを倒しにくるってこと?」

 

 その問いに、彼は力強く肯いた。

 

 自身の命に届き得る刃、ジークフリート。

 ファヴニールはその現状と、因縁を清算するべく確実に彼を狙うだろうという。

 そしてそれは、他のメンバーがオルレアンに攻め込むためには必須の行動だ。

 あの火力と生命力で本拠地の防戦に回られれば、どうしても容易には崩せない。

 だがこちらの誘導に応じ、あちらから攻めたててくれるならば。

 相手の本拠地の防衛は、一気に手薄になってくれる。

 

「では私が壁になりましょう。

 初撃で狙うのが翼なら、正面に立っても問題ないでしょうからな。

 さて、こうなるとライダーでありながら愛馬ベイヤードを連れ込めなかったのが痛い」

 

 そう言ってゲオルギウスが下車する。

 その言葉に、立香がきょとんと馬車上から彼の姿を見下ろした。

 

「え? ライダーなのに乗り物持ってこれなかったの?」

 

 それに苦笑してゲオルギウスは、推測した原因を述べる。

 

「ええ。恐らく黒いジャンヌへのカウンターとして発生した召喚の限界でしょう。

 彼女のルール違反に対して、それを諫める要員を召喚はしたが、私を呼ぶ頃にはライダークラス特有の複数の宝具所持を再現できるほどには、容量が残っていなかった。

 と言ったところでしょうか。まあ、大した問題でありません」

 

「そうかな……?」

 

 ははは、とクラスを象徴するハズの宝具を持ち込めなかった聖人は笑う。

 その大人物を前に、ジークフリートも彼と肩を並べられることを喜ぶように笑みを浮かべた。

 

「助かる、聖ゲオルギウス。

 貴方がいなければ、宝具と息吹で撃ち合うしか手段がなかっただろう。

 だとすれば、こうも簡単な立ち回りとはいかなかった」

 

 笑い合う二人の騎士。

 ところで、と。そんな中でマリーが確認の声を上げた。

 

「ところでオルレアンの代わりに聳えるあのお城。

 あそこに黒いジャンヌがいる、ということでいいのかしら?

 乗り込んだら誰もいなかった、なんてことはあったりしない?」

 

 オルレアンの中心に聳える城。本来あのようなものは存在しない。

 本来のオルレアンは既に竜に焼き滅ぼされ、存在するはずのない竜の城が存在している。

 そこが黒ジャンヌの本拠地であることには疑いはない。

 だが、今彼女があそこに控えているかどうかは、わからないのだ。

 

「……います」

 

 だが、マリーの疑問にはジャンヌが確信をもって返答した。

 

「私にはルーラーの知覚能力はありません。ですが、彼女のことならばわかる。

 ここまで近づけば、あそこに彼女がいるだろう、ということは感じられます」

 

「……そう。ならもう何も迷うことはないわね!」

 

「丁度奴も来た。ならば、憂いなく走り出してくれ」

 

 そう言って空を見上げるジークフリート。

 竜の城から飛び立ったファヴニールの目は、確実に彼を見ていた。

 その大口を開き、そこに火炎を漲らせるファヴニール。

 翼を駆使し、その巨体が向かう方向は上空だ。

 

 上空ならばジークフリートのバルムンクさえも初動を見れば回避できる。

 仮に当てられたとしても、直撃でなければどうやっても致命傷には届かない。

 それだけの魔力と生命力が溢れるのがファヴニールだ。

 

「マスター!」

 

「ジークフリート、()()()()()()()!」

 

 ソウゴの手の甲が光り、その令呪の魔力が解放され、ジークフリートへ流れ込む。

 それと同時にマリーの意志に従い、馬車が一気に走り出した。

 

 一瞬で魔剣に魔力をチャージしたジークフリートに、ファヴニールの目が見開かれる。

 その脅威を前に、ファヴニールは他のものに目を向けることはできない。

 たとえ自分の眼下に、自身のマスターの住処に駆け込む敵の馬車の姿があってもだ。

 

「“幻想大剣(バル)―――――!!」

 

 魔剣が天高く掲げられ、竜殺しの眼光は天空に在る悪竜を捉える。

 立ち上る蒼の魔力。その光景に、ファヴニールの意志が揺らぐ。

 このまま溜めた自身の火炎で薙ぎ払うか、回避行動に移るべきか―――

 

 彼の逡巡は一瞬だった。

 聖杯に補強された悪竜の息吹はあの魔剣には勝てぬまでも、先の戦いのように一蹴される程度の威力ではない。

 仮に撃ち合いになったとして。そのまま競り負けたとして。

 減衰した魔剣の一撃などでは、ファヴニールには掠り傷程度しかつけられまい。

 

 ならばそのまま押し切るまでだ。

 今は突然、彼が魔力を充足させて魔剣を解放しようとしている。

 だが竜殺しの残す自前の魔力では、全力での魔剣の解放などそう行えるものではない。

 撃ち合いなどという展開に発展すれば、何度であろうとブレスを放つことのできるファヴニールがじきに勝利することに疑いはないのだから。

 

「グオァアアアアアッ―――――!!!」

 

 本能の決定に従い、天空に羽ばたく竜が息吹を放つ。

 眼下から立ち上る魔剣の光を目掛け、夥しいほどの熱量が殺到した。

 その炎を差し向けられた地上のジークフリートが、小さく笑う。

 

「では無敵なりし我が剣をここに! 竜の息吹でこの身を屠ること能わず!

 ――――“力屠る祝福の剣(アスカロン)”!!」

 

 彼の目の前に立ちはだかった聖人が、その剣を抜き放つ。

 光を纏う剣が炎の渦へと差し向けられた。

 その剣こそが結界であるかの如く、ファヴニールの炎が彼の前で分かたれていく。

 

 ゲオルギウスが背後に庇うジークフリートにも当然息吹は届かない。

 彼はまだ、その魔力を解放せずに魔剣の中に蓄えている。

 

 炎を放ちながら、ファヴニールが身を震わせた。

 その息吹をもって魔剣を解放させ、相殺するつもりであったというのに。

 立ちはだかる守護聖人を前に、ジークフリートへと届く前に炎は防がれている。

 そして、一度の息吹を放ち続けるには限度がある。

 ファヴニールの意志とは別に、やがて地獄の如き炎の息吹はその勢いを弱め――――

 

天魔失墜(ムンク)”――――――!!!」

 

 その残り火を吹き散らすように、蒼い黄昏が地上から天空へと駆け上がる。

 光の斬撃は狙い澄ました通り、ファヴニールの片翼へと正しく直撃した。

 翼膜に大穴を開けて過ぎ去っていく黄昏の刃。

 

 余波だけでも更に全身を灼かれながら、ファヴニールは咆哮する。

 それは怒りでもあり、同時に悲鳴でもある。

 翼を失った巨竜が、天空から地上へ向けて墜ちていくのだ。

 残った片翼ではその巨体は支えきれない。

 

 低空にいたワイバーンたちを押し潰しながら、その巨体が墜落した。

 巻き上げられる砂塵に姿を隠されるファヴニール。

 

「無敵の剣を持つ守護聖人、聖ゲオルギウス。聞きしに勝る防御力だ」

 

「こちらこそ。ファヴニールを討ち取りしジークフリートの剣、しかと見せて戴いた」

 

「そうと言われると面映ゆいが……」

 

 目前に立つ砂煙を見据えながら、二人の竜殺しは視線も合わせず語り合う。

 

 その直後。

 砂塵を咆哮で吹き飛ばし、その中から全身に火傷と裂傷を負った悪竜が姿を現した。

 翼こそ片方を失ったが、しかしその生命力には底が見えていない。

 

「ならば今ここで、まさにファヴニールを討ち取る様を見せられるように努力しよう」

 

 バルムンクを正眼に構えなおし、そう言ってジークフリートは微笑んだ。

 

 

 

 

「もうすぐ城内に入ります――――馬車はこのまま入れるかしら?」

 

「流石に無理じゃないかな? 城に入ったら走るしかないね、これは」

 

 背後からはファヴニール墜落の爆音が轟いてくるような戦場。

 その中にあってなお輝く馬車が、遂に目的地たるオルレアンに構えられた黒ジャンヌの居城へと辿り着いた。

 城門を目指して走り続けながら、マリーが乗客たちに声をかける。

 

「では城門にこのまま突撃します!

 荒っぽい入城になってしまいますので、皆さん注意してくださいね!」

 

「マシュ、私が吹き飛ばされたらお願いね」

 

 もはやこれまで、と立香がマシュに声をかける。

 マリーには止まる気配が見られない。これはもう全力の突撃以外にありえない姿勢だ。

 自身のマスターの体を支えながら、マシュは震える声で了解の意を示した。

 

「は、はい……」

 

「いえいえマスター、そういうことならばわたくしにお任せくださいな。

 わたくしの体にぎゅーっと! ぎゅーっと!」

 

 そこに割り込もうとする清姫の体。蛇のようにするりするりと立香の周りへと接近。

 しかし、それを止めるべくジャンヌが彼女の肩に手にかけたところで―――

 

 どでかい破砕音。弾け飛ぶ扉の残骸、崩れ始める入口。

 硝子の馬車は粉々に、硝子吹雪となって舞い散った。

 

 ダイナミックな入城でもって、敵の拠点に突入した全員が空を舞う。

 マシュは立香を抱えて着地。ジャンヌが空中でソウゴとマリーを捕まえ、着地。

 清姫も見た目に反して綺麗に着地している。

 投げ出されたアマデウスはエリザベートの槍に引掛けられ、床に叩き付けられるのを免れた。

 

「助けてあげたお礼にアタシに新曲のプレゼント、待ってるからね?」

 

「……絶対に嫌だね。あの声にあの調子で歌われるメロディーなんて書けるもんかよ」

 

 ぐってりしているアマデウス。

 そのへたった荷物を、エリザベートは槍を振ってマスター組の方へ投げつける。

 エリザベートが曲の提供を断られて怒ったわけではない。

 

 扉をぶち破って入った先には、一人のサーヴァントが待機していたからだ。

 その女性は扉を破壊して入ってきた敵軍を見ると、何とも言えない様子で口元を歪める。

 

 バーサーク・アサシン、カーミラ。

 完結したエリザベート=バートリーである女性はそうして、仮面に隠した顔を笑わせた。

 

「やりたい放題ね……せっかく私もこの城の装飾に協力したというのに。

 この監獄城をなんだと思っているのかしら」

 

「監獄城?」

 

 その名を聞いて周囲を見回すと、そこは余りに凄惨な彩りの施設だった。

 血、血、血、血――――痛ましい拷問の後ばかりが残る光景。

 聞かずとも分かる。この場所でどれだけ悍ましい行為が行われていたかなんて。

 そんなこちらの態度を見たカーミラが、まるで補足するように言葉をよこす。

 

「あら。こういった演出は嫌い? でも安心なさいな。

 放し飼いにしたワイバーンのおかげで、()()()()なんてほとんど落ちていないわよ」

 

「……誰もそんなこと気にしてない、ってーの」

 

 エリザベートが槍を手にしながら、前に出る。

 

「あらそう。そういうのならいいけれど。

 まあ……元はと言えば城もワイバーンも、用意したのはジャンヌ・ダルクなのだもの。

 文句があるとしたら、そちらへどうぞ。

 ここから真っ直ぐ進んで、中央の大階段を駆け上がればすぐに辿り着けるわよ」

 

 そう言って背後の通路を指差すカーミラ。

 それを見たエリザベートが顔を引き攣らせる。

 

「へぇ、アンタは何もしないってわけ?」

 

「あら、アナタは通さないわよ? どうせ、そっちだって私と殺し合う気でしょう?

 私だってそのつもりよ。アナタみたいな私、放置しておけるわけないじゃない」

 

「――――へぇ、話が早くて助かるわ。子ジカ、子イヌ。さっさと行きなさい。

 こいつはアタシがケリをつけさせてもらうから」

 

 今にも一騎打ちを開始せんと、二人の拷問趣味が向かい合う。

 そんな彼女たちの様子を見ていた清姫が小さく呟いた声が、静かな城内に響く。

 

「そんなことするよりアレ一人を全員で寄って集って始末してから全員で先に行くべきでは?

 ファヴニールも振り切ったことですし、戦力を分散する必要ないのでは?」

 

「…………」

 

 清姫の言葉に絶句するエリザベート。

 彼女の視線が清姫に向き、カーミラに向き、そしてソウゴと立香に向いた。

 今そういう流れじゃなかったわよね、と言いたげな表情だ。

 ふぅ、と溜め息を落とすカーミラ。そこには明確に諦めがあった。

 

「……しょうがないわね。では全員相手にしましょうか」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! アタシ! アンタの相手アタシだから!?」

 

 やれやれと言わんばかりのカーミラ。

 彼女の様子に有利になった筈のエリザベートの方こそ慌てだす始末。

 そんな状況に、音が割れているもののカルデアからの通信が届く。

 

『――――――い、聞こえるかい、立香ちゃん、ソウゴくん――――!』

 

「ドクター?」

 

『良かった、通じた……! 急いで黒ジャンヌを目指してくれ―――!

 黒ジャンヌがいると思われる位置でサーヴァント召喚陣の発動を確認した……!』

 

「だとしたらなおさら、彼女を早急に始末してから……」

 

『それこそタイムオーバーだ!

 聖杯により召喚されたサーヴァントは、退去するとその魔力が聖杯に還元される!

 今までに還元されたリソースはファヴニールに割いていたようだけど、ファヴニールは既に戦場に出てしまった! これからは敵サーヴァントを撃破するたび、聖杯のリソースが浮いて新たなサーヴァントを再召喚するだけの余裕が発生する!

 というかこっちも驚いている! 聖杯ありきとはいえ、こんなにスムーズに再召喚のための陣を構築できるなんて、恐らく聖杯と相性の良いルーラーでなければ不可能な仕業だ!』

 

「むぅ……」

 

 自分の意見が通らない状況だと知ったか、清姫がむくれる。

 代わりにエリザベートがその尻尾を立てて敢然と立ちあがった。

 

「さあ、子ジカ! 子イヌ! こいつの事はアタシに任せて先に行きなさい!

 アタシに! 任せて! 先に! 行きなさい!

 あとよくやったわ、ナイスタイミングよ通信男! アタシのファンクラブに入れてあげる!」

 

『え、いや僕にはマギ☆マリがいるし……』

 

「アタシのために捨てなさい!」

 

 ソウゴと立香が目を合わせる。

 どちらにせよ、最優先されるべき戦場が白と黒のジャンヌの決戦である。

 だとすれば、ここはエリザベートに任せて先に行くべきだろう。

 立香の視線が清姫に飛ぶ。むむむ、と顔を顰めさせている彼女へ声をかけた。

 

「清姫はここで手伝ってあげて!」

 

「……マスターがそういうのでしたら」

 

 カーミラを避け、エリザベートと清姫だけを残して駆け抜けていく。

 それを見送ったカーミラが、手を振るうと地面から浮かび上がるように鉄の処女が現れた。

 そんな彼女を前にしたエリザベートが槍を掲げて声高に叫ぶ。

 

「ふふふ、遂に決着をつける時がきたわね、カーミラ!」

 

「……決着なんて、とうの昔についてるでしょうに。

 ここにいる私こそ、(アタシ)の結末である。それ以外の答えなんてどこにもないわ」

 

 仮面の奥でカーミラが嗤う。

 血が滴るように爪先に赤い光が奔る。

 彼女が腕を振るうと、それが刃となって辺りを切り刻んでいく。

 

 不規則に暴れる血色の刃。

 それを手にしたチェイテ城の具現、自身の槍で切り払うとエリザベートは静かに語る。

 

「違うのよ、(アタシ)。アタシは確かにアナタになる。変えられない、変わらない。

 けどね、(アタシ)は知っているのだもの。教えられてしまったのだもの。

 エリザベート=バートリーの及んだ行為は許されざる罪である、と」

 

 エリザベートの背に竜の翼が広がる。

 竜の尾を振るいながら浮き上がった彼女が風を巻き起こす。

 

貴女(アタシ)という結末はどうあっても変わらない。どうあっても変えちゃいけない。

 けど、(アタシ)貴女(アタシ)に抱く気持ちはいくらだって変わるのよ!

 (アタシ)は間違えていた。間違えていたから貴女(アタシ)になった! アタシはもう何も知らなかっただけの吸血鬼じゃない!」

 

「ただの逃避よ、見苦しい」

 

 自身の前にアイアンメイデンを呼び、その風からの盾とする。

 エリザベート=バートリーは音波を歌う竜種。

 射程という意味では竜という名に負けぬ相当の怪物だ。

 だが相対する彼女は、自身のことだからこそよく知っている。

 

「ええ、今のアタシは見苦しいでしょうとも。分かっていて、それでも言うわ!

 変えられないと分かっていることは、変えたいと願うことを阻まない!

 罪が消えないと知っていることは、償いのための行為を否定しない!

 今の(アタシ)の見苦しさは、エリザベート=バートリーの人生よりは輝いていると信じてる!」

 

 彼女が地に立てた槍を中心に、音響兵器に魔改築されたチェイテ城の一部が顕現する。

 

「エリザベート=バートリーの罪は消えない、それで結構!

 他の誰かの算盤で、償いの行為を重ねた罪と比べて清算してもらう気もさらさらない!

 アタシはアタシで自分を罰する! だから歌うわ!!!」

 

 腹の底から震わせるようなドラムの音が、チェイテスピーカーから吐き出される。

 イントロを流し始めた自分の元居城を見つめ、カーミラが本気で困惑の声を吐き出した。

 

「――――何でそこに辿り着くのか本気で分からないのよ、ホント……」

 

「これがアタシの、チャリティーライブよ!!!」

 

 今ここに――――

 新生スーパーアイドル・エリザベート=バートリー☆

 特異点ライブツアーinオルレアン監獄城

 

 的な何かが開幕したのかもしれないし、しなかったのかもしれない。

 

 

 


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