Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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2話同時投稿
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3-3 スイート・ホーム2017

 

 

 

「つまり俺たちとイリヤの世界は並行世界って奴なんだよね?」

 

 幾つかの情報を共有し、さらっと一言。

 それで納得できることなのかなー、とイリヤは小さく首を傾げる。

 

 ソウゴもイリヤも変身を解除し、元に戻った状態で歩く。

 目指す先はこの世界の中心にいるだろう、固有結界の主だ。

 

『……魔導元帥、キシュア・ゼルレッチの造った魔術礼装か。

 これはまた、凄い話になってきたというか』

 

「凄い人なの?」

 

 ロマニの呟くような声に反応し、ツクヨミが問いかける。

 彼の返答を待たず、ルビーが彼女の前へと飛び出してきた。

 

「凄いと言えば凄いんですがねー、自分から何か大きな問題に首を突っ込んで滅茶苦茶にする事を辞めたロートルみたいな所がありますので。

 昔はブイブイ言わせていた、かつては凄かったお爺ちゃんと思って頂ければいいかとー」

 

「……それはいいことなんじゃ?」

 

「面白くないじゃないですか!」

 

 地団太を踏むように体を揺する魔法のステッキ。

 そんな相棒の姿を見つめ、軽く頬を引き攣らせる制服姿のイリヤ。

 

『そういう話かなぁ……』

 

 ロマニが渋面を浮かべつつ、ルビーを見る。

 が、紛れもなく“魔法のステッキ”だったそれは、何も気にしていない様子。

 

 彼女たちは並行世界の魔法少女(カレイドライナー)

 “境面界”と呼ばれる世界と世界の狭間に発生した空間への侵入―――離界(ジャンプ)を行っている最中に何かに介入され、事故のようにこの世界にやってきたらしい。

 

「それで、イリヤの友達も一緒だったんだよね?」

 

「えっと、はい。わたしと、ミユと、あとクロが……

 多分、一緒にこの世界に来ていると思うんですけど」

 

 転移の瞬間、何が何だか分からないうちにこうなっていた。

 だから友人たちがどうなったかも分からない。

 そう言って俯き気味になる少女の頭上で、ステッキが変形を始めた。

 上部から突然、アンテナのようなものを伸ばしたのだ。

 

「サファイアちゃんの反応は感知してますので、美遊さんはちゃんといると思いますよー?」

 

「そういう話早く言っておいてくれないかなぁ!?」

 

「そうは言ってもタイミングがなかったでしょう?」

 

 この世界に来て、謎の現象から逃げ回って、そして今に至る。

 確かに自分の事でいっぱいいっぱいで、そちらに意識を向ける余裕もなかった。

 それは認めざるを得ないと、イリヤはぐぬぬと言いたげな表情で押し黙る。

 

「サファイアっていうのは、ルビーと同じ魔法のステッキ?」

 

「はい、私の愛する妹。愉快型魔術礼装(カレイドステッキ)、マジカルサファイアちゃんです。サファイアちゃんのマスターは美遊さんという、これまた中々の魔法少女(MS)力を持っている方なんですよー」

 

 まず魔法少女(MS)力ってなに? 魔力とは違うの?

 と思いつつ、しかし本題には関係なさそうなので曖昧に頷いておく。

 

「あとは、クロって子?」

 

「クロさんは……」

 

「クロエ・フォン・アイツベルンって言って、わたしの妹みたいなもの! です!」

 

 突然声を荒げてそう言い放つイリヤ。

 そんな様子を前にして、立香とツクヨミが顔を見合わせる。

 

 ふと思い出すのは、黒い方を妹と言い張っていた白い方。

 通信画面の先で、ロマニとマシュが揃ってソウゴに視線を向けた。

 首を傾げていたソウゴが、何となく察してイリヤへと問いかける。

 

「……もしかして黒くなったイリヤだからクロ?」

 

「リンさんの名付け理由が即バレた!?」

 

「同レベルのネーミングセンスに心当たりがあるって反応ですねー」

 

 多分ソウゴだったら白イリヤと黒イリヤにするだろうからちょっと違うな、という顔を浮かべるカルデアの面々。だが方向性は確かに被っているので、否定はしない。

 

「それはさておき。通信の状況は悪いみたいで応答はありませんけど、サファイアちゃんの位置はちょうど私たちの目的地と被ってますねー」

 

「目的地、って。この固有結界の術者、の人? ミユはその人に保護、してもらってるのかな」

 

 そんな会話をしながら歩いていた彼女たちが、歩いて向かう先を見上げた。

 広がっているのは、水晶で出来たエリア。

 水晶でできた山々に囲まれた、明らかに別エリアと考えるべき異界。

 そしてその中心に屹立するのは、水晶の城。

 

 草原と水晶の土地は巨大な門で遮られ、背の高い城以外がどうなっているかは分からない。

 だが水晶の山々の中には、幾らか鋼の刃が混じっている。

 状況から見て、あそこが術者の根城ということになるだろう。

 

 通信は取れないが、サファイアからもルビーたちがそちらに向かっている事は感知できているはずだ。だから動かずに待っている、と考える事もできる。

 ―――当然、動けない状況であると考える事だってできるが。それをあえて口にすることはせず、目的地を眺めながらルビーは別件について話し出す。

 

「ええ、そういった可能性もあります。そして、あの剣の壁の事なんですけど。アレ、多分アーチャーのクラスカードを利用してるんだと思うんですよ」

 

 ―――クラスカード。

 彼女たちから聞いた話に出てきた、カード型の魔術礼装だ。

 クラスごとに分かれている、内包されたサーヴァントの力を引き出せる特級の代物。

 イリヤたちカレイドライナーは一時、それを回収するために戦っていたらしい。

 

「まだまだクラスカードの事については、私たちにも分からない事が多いですしねー。クロさんが使っているアーチャーの能力も、固有結界からの派生、という可能性は十分あるかと」

 

 あえて口調を軽くしているのだろうルビーにそれを聞かされて、イリヤが眉を顰めた。

 

「それって……じゃあこれは、クロも協力してるって事?

 ミユもクロも、その人のとこにいる?」

 

 クラスカード・アーチャー。

 その一枚に限り、彼女たちが自由に出来る状態にはないものだ。

 それはいま話に上がったクロエ―――特殊な事情で発生した、もう一人のイリヤの核として使用されている。だからこそ、他人には利用できないはず。

 

 つまり、アーチャーのカードを使われているということは。

 クロエが積極的に協力しているか、あるいは―――

 

「それは分かりません。が、ただ普通に協力するだけであんな風にこの世界に機構に組み込まれはしないでしょう。普通ではない状況なのは間違いないかと」

 

 顔を強張らせたイリヤの前で、ルビーは体を軽く横に振った。

 

「ちょ、それってクロが何かされてるってこと!? そんな、それって……!」

 

「落ち着いてください、イリヤさん。今のところこの世界は侵略されてる側で、別に悪い奴の世界とかそんな話じゃないんですから。固有結界は術者の心象。つまり本人の心の裡をダイレクトに反映するものです。悪意は感じないので恐らく大丈夫かと」

 

 声を荒げていきり立とうとする少女を宥め、ルビーはどうどうと羽飾りで頭を撫でる。

 それを軽く払いつつ、周囲を見回したイリヤは小さく息を吐いた。

 

「そ、そっか……! この世界は別の世界に侵略されてるだけで、普通に綺麗なだけの世界だし……悪い魔術師の人の世界、ってわけじゃないんだもんね」

 

 真っ先に干渉してきたのが異常な現象だったが、この世界自体からは悪意を感じない。ここが固有結界という術者の心象の具現だからこそ、それが安心できる要素になると。

 ルビーはそう語って、イリヤを落ち着かせた。

 

『確かにこの固有結界の雰囲気自体が安心材料ではあるね。

 性質上、どうしたって嘘がつけない部分だから』

 

 ロマニが周囲をスキャンしつつ、同意するように呟く。

 悪党、外道であればこんな心象風景は創れない。

 この世界自体が、この世界の管理者の精神性を保証してくれている。

 

 ただ同じく作業をしながらその世界を見渡していたマシュが、ふと呟いた。

 

『……悪意はまったく感じない世界だと思います。けれど、何故でしょうか。

 わたしにはその世界が、その、哀しい世界だと感じてしまいます……』

 

「広大で、自然もいっぱいで、あの水晶地帯みたく綺麗な場所もあって。

 ―――けど。この世界には他に誰もいないから、かな」

 

 マシュの言葉に同調して、立香が周囲を見回す。

 結構な距離を歩いたと思うが、自分たち以外の命を感じることはなかった。

 少なくとも侵略を行っている別の勢力はある筈なのだが。

 

「とにかく、行ってみれば―――」

 

 止まっていても仕方ない。ああも分かり易い水晶の城という目印はあるのだ。

 ならばとりあえず行ってみるしかない。

 そう言って前に進もうとしたソウゴがそこで足を止め、空を見上げた。

 

 それが戦闘態勢への移行だと理解して、すぐさま他の面々も身構える。

 不思議そうにしていたイリヤもそれを理解したのか、表情を引き締めた。

 

 が、ソウゴはドライバーとウォッチを取り出そうとした手を止めた。

 そのまま首を傾げだした彼に、ツクヨミが問う。

 

「敵?」

 

「うーん……多分、違うかな」

 

 その直後、彼方から跳ねてくる何かを全員が見た。

 彼らが目の前にしている水晶に囲われた土地。

 それを囲う水晶の山を迂回するように移動していた影が、そこへと現れる。

 

 空中に躍る彼女はこちらより先に存在に気付いていたらしい。

 こちらの存在にさほど驚きもせずに、その場に颯爽と着地した。

 

「なんだ、お前たちも来ていたのか」

 

 どこか呆れた様子でそう言いつつ、彼女は息を吐く。

 腰まで伸びた髪を軽く払いながら胡乱げな表情を見せる女性。

 何かよく分からないが、いきなり現れた知己に立香が手を叩いた。

 

「スカサハだ。久しぶりだね」

 

「私はお前たちが神殿に向かって走っていくところを遠方から眺める程度はしたが。

 まあ、顔を合わせるのは―――いや、それにしたって久しくはないな」

 

 時間神殿、ソロモンの居城に一直線だった彼女たちとは顔を合わせなかった。

 だから久しぶりでも違いないか、と口にしようとしつつ。

 しかしやはり1年かそこらで久しいはないだろう、と肩を竦めるスカサハ。

 

「俺たちは人理焼却の余波かもしれない、ってここに来たんだけど。スカサハは?」

 

「……余波、か。まあこの件は恐らく、それが原因のひとつでもあろうが」

 

 ソウゴの言葉にそうぼやき、何とも言えない表情を見せるスカサハ。

 その態度に揃って首を傾げて、

 

「あの、えっと、そちらのお姉さんは……皆さんのお知り合いでしょうか?」

 

 おずおずと声を上げるイリヤに、おお、と掌を打って彼女に紹介する。

 

 彼女の真名がスカサハであること。

 人理を取り戻す戦い、アメリカの地で共闘したサーヴァントだということ。

 そうした説明を受けた少女が、感心したような声を出す。

 

「ほぇ~、凄いお姉さんなんだ」

 

「通常なら英霊召喚の対象にならなそうな方ですが、そんな事になるんですねー。よほどの異常事態だったのだと、よく分かるお話です」

 

 お姉さんと呼ばれ、感動の視線で見上げられたスカサハ。

 何とも言えない、と。

 そう言った様子で瞑目してみせるのは、呼び名が理由か、態度が理由か。

 

「……まあ、よい。お前たちはこの固有結界を消滅させるのが目的か?」

 

「ううん、ここが特異点ならそうだったんだけど。なんか状況がよく分かってないから、とりあえずあそこの城に行ってみようかなって」

 

 ソウゴが彼方の城を指差し、そう告げる。

 彼らの様子に眉根を寄せるスカサハ。

 

「随分と気の抜けた話だ、お前たちらしいとは思うが。

 ……一応言っておくならば、この固有結界はそう遠くないうちに破綻する。放っておいても解決はするだろう。それを見届けて離脱すれば問題は起きまい」

 

「え!? じゃあその前にミユとクロを迎えに行った方がいいよね……?」

 

 イリヤの焦燥の声に、何の話だという表情を浮かべるスカサハ。

 それに対してツクヨミが前に出て、現状を説明する。

 

 この世界にレイシフトしてきて得た情報、推測も含めて全てを彼女に公開した。

 今この空間で魔術に最も精通しているのは彼女か、ルビーだろう。

 ならば協力を仰ぐためにも、それは必要だ。

 

 大人しく聞きに徹していたスカサハは、粗方聞いた時点でルビーをちらりと見た。

 

「……魔法少女。なるほど、そういうことか」

 

「なにか分かったの?」

 

 何らかの話に納得を見せた彼女の前で、ツクヨミが首を傾げる。

 

「ああ、とりあえず私も現時点で持っている情報を伝えておこう。

 どうやらこの固有結界内、元は幾つかのエリアに分かれて国があったようだ。

 そしてそのエリアごとに治める魔法少女が存在していた」

 

「魔法少女の国……?」

 

「なんで魔法少女?」

 

 立香とソウゴとツクヨミが、揃って不思議そうに首を傾げる。

 自分も魔法少女であるイリヤが、少々居心地悪そうに体を揺すった。

 

「さてな。恐らくこの結界の術者が魔法少女、という人種だからだろう」

 

 訊かれたところで答えなど持っていない、と苦い顔を浮かべるスカサハ。

 だがそうとなれば、イリヤたちは意図して呼び寄せられたのだろうか。

 魔法少女、と呼ばれる人種が複数集まっていたのが偶然、ということはけしてあるまい。

 

「詳細までは分からぬ。

 私が見れたのは、『雪華とハチミツの国』とやらだけだったしな」

 

 そう言って振り返り、自分が来た方向を見据えるスカサハ。

 名前からして雪国のように聞こえるが、雪などどこにもない。

 それを不思議に思って問いかけるツクヨミ。

 

「それで、その国はどんな状態なんですか?」

 

「―――滅びたよ。もう続けていられないと、女王が自らの意志で手放した」

 

 彼女はどこか居た堪れないような、何とも言えない表情でそう口にする。

 先程から彼女がどこか浮足立って見えるのは、それが原因なのだろうか。

 

「現存、と言っていいのか分からぬが。周辺で残っている国はただ一つ、『お菓子の国』のみだ。残っていると言ってもお前たちも見てきた通り、侵略者側としてだがな」

 

「あの名前を忘れる奴とか、チョコレートとか、それの事?」

 

 少しの間だけ瞑目して、すぐに表情を戻したスカサハが小さく頷く。

 

「なんでそんなことに……?」

 

「……さて、な。正直に言えば、ハチミツの女王から聞き出した分で、私もおおよそ理解はしている。だが生憎と、私の口から語るものではない。私のような手合いには口を出す資格がないというべきか。下手な言葉を吐けば、自分にこそ刺さると理解してしまっているからな」

 

 溜め息を落としつつ、彼女はそう言って肩を竦める。

 

「―――この世界を創った魔術師の力は強大だ。だが、それ以上に……お前たちは“隔離”こそがこの世界の性質と、そう推測したと言っていたな。

 だがそれは違う。この世界はもっと柔らかいもの―――“保護”のためのものだ」

 

「保護……」

 

 繰り返すようにイリヤが呟き、安堵の息を吐く。

 ミユとクロという彼女の友人の無事を補強する情報だからだろう。

 その反応を肯定も否定もせず、スカサハは言葉を続けた。

 

「術者はどうやら、必死に保護しようとしているのだろう。対象とされたものは、魔法少女という人種そのもの。

 だが守られる側はもういい、もう忘れたいと、そう願ってしまうようになった。忘却の森の侵食が止まらないのは、そういう事だ」

 

『忘れたい、ですか? それは何を……?』

 

 マシュからの問いかけ。

 スカサハはそれに対し、ゆっくりと首を横に振る。

 

「私が口にすることではない。私も雪華とハチミツの国の女王から聞いただけだ。

 お前たちも同じように聞いてみればよかろう」

 

 そう言って彼女は水晶の城へと視線を向けた。

 つまりあの奥にいるだろう術者から、直接聞けばいいと言っているのだ。

 

「―――ファースト・レディ。

 真名ではないらしいが、この世界の支配者を皆はそう呼んでいたらしい。

 最初の魔法少女、という意味を込めてのファースト・レディだそうだ」

 

「ファースト、レディ……?」

 

 問い返すような声に、しかしスカサハは応答しない。

 そっちに関する話はこれまでだ、と態度で示す。

 その上で次の話に移るべく、今度は彼女の方から話題を持ち掛けてきた。

 

「……本来ならばお菓子の国から忘却が広がる事などなかっただろう。あれはお菓子の国の魔法少女として当て嵌められた存在の固有結界だが、その魔法少女は己のテリトリーを広げようとなどしていないのだから。だというのに広がっているのは、別の原因が存在するということだ」

 

 スカサハの言葉に不思議そうに首を傾げる立香。

 ロンドンで聞いた“物語”は、読者を求めて自分の影響を拡大させていた。

 いや、だが名無しの森を広げていては読者探しどころではない。

 

 ならばスカサハの言う通りなのだろうか。

 そもそもこっちの考え過ぎで、“物語”のサーヴァントは関係がないのか。

 

『えーっと、つまり。この世界の支配者……ファースト・レディと、もう一人の固有結界の持ち主と、あともう一人。問題を大きくしてる、一番危ない奴がいる?』

 

 スカサハに対するロマニの確認の言葉を聞きつつ、もうよく分からなかくなってきたなとソウゴが腕を組む。

 

 ファースト・レディは本来この世界に閉じこもっているだけで、安全。

 名前を失わせる固有結界の持ち主は、踏み込むと危険だが本来は侵略などしない。

 だがそこに、問題を大きくしたもう一人がいるという。

 

「うむ。あの戦いの後、影の国へと帰還した私はその痕跡を発見した。

 ―――人理焼却に肉体を焼かれ、逃げ込んだこの世界で自分の魂を忘却し、それでも欲望と執念だけは未だにこの世界に残して動き続けるものがいる」

 

「人理焼却の中で生き延びた、ってこと?」

 

 そんな立香の驚きの声に、スカサハは片目を瞑って思案した。

 どういったものと語るべきかと悩んで数秒。

 彼女は呆れ半分の声で、相手の情報を語り出す。

 

「いや、もはや生命ではなかろう。怨念ですらない。人理焼却の中で生命としては喪われ、怨念となるべき自我はこの地で忘却の森の中に消えた。だというのに、未だ存在する何者か」

 

「そんな奴が……」

 

 それはよほどの執念なのだろう。

 肉体も自我も消え果て、それでも存続している何らかの感情。

 ソウゴもまた、いつか見た鏡の中に焼き付いていた何者かの願いを思い浮かべた。

 

「ああ。そしてそいつは今、どうやらチョコレートの中に溶けているようなのだが」

 

「チョコレート……?」

 

 さらっと、なんか更によく分からない話に飛んでしまった。

 イリヤが何を言われたかイマイチ理解できずにそのまま繰り返す。

 横でふよふよ浮いているルビーは、おかしげな声で彼女に語り掛ける。

 

「食べなくて良かったですねぇ、イリヤさん」

 

「あんなの食べるわけないでしょ……」

 

 なにせ地面を這っていた自立稼働するチョコレートだ。

 あれを食べ物だと考える知的生命体など、きっと地球上にはいないはずだ。

 多分。

 

「そもそもなんでチョコなの?」

 

「ふむ、私にとってもこれは軽く聞き及んだ程度の話でしかないのだが……幾つかあった国の内、真っ先に消えたのは『大海原と竜の国』という海洋国家だったそうだ。お菓子の国にとっては隣国にあたる国だったようだな。

 そこを治める大海原の魔法少女は、広がる忘却の性質を真っ先に理解して、自分からその身を投げ込んだ。どうやら、国を治める連中の中で、もっとも直情的な魔法少女だったらしい。結果として大海原の国は崩壊し、お菓子の国から海にチョコレートが流れ込んでああなったと」

 

 お菓子の国が大海原の国を取り込んだ結果が、チョコレートの海。

 そしてチョコレートが這いずる今の世界だという。彼女たちが見たのは少量のチョコレートだったが、元々海だった場所にはチョコの海が広がっているという事なのだろうか。

 

「チョコの海かぁ」

 

 字面だけ見るとファンシーな気もするが、実際に海と化したチョコレートというのはあまり想像もしたくない地獄絵図だ。そんな立香の反応に肩を竦め、スカサハは続ける。

 

「元々影の国の海からこちらの海に紛れ込んでいたモノは、恐らくは海の中に漂っていたのだろう。だがその時チョコレートの海に呑み込まれて一体化してしまった。

 言った通り、もう肉体も自我もない。あのチョコレートの海はただそのモノが残した執念だけで動いている。あまりの執念深さに一周回って感心するほどに貪欲な略奪者だ」

 

 その話を聞いてソウゴがロマニへと問いかける。

 

「ただのチョコレートじゃなかったの?」

 

『いや、確かにただのチョコレート以上のものではなかったはずだけど……』

 

 少なくとも数値上は、特別でもなんでもないチョコレートだった。

 何度確認したところでそれは変わらない。

 そんなやり取りに溜め息ひとつ、スカサハはそうなるだろうと肯定した。

 

「ああ、そうだろうとも。異物として混じるだけの情報など残っていない。

 先に言った通り、何もかも燃え尽きた後の一念がそこにあるだけだからな。

 だからこそ、問題なのだが」

 

「―――実体が無いせいで、倒したり排除する手段がない?」

 

 先程思い返した、ロンドンで見かけた固有結界の本。

 それに対してアンデルセンが言っていた言葉を思い浮かべ、立香が問いかける。

 その通り、と。スカサハは面倒そうに首を縦に振った。

 

「うむ、アレはとっくに滅びているのだ。だからこそもう滅ぼせない。正体さえ分かればもう少しどうにか対処する手段もあるだろうが……この固有結界が超級の守護結界であることが裏目に出てしまった。本来ならば侵入できないようなものがしかし、人理焼却という異常事態に紛れて懐に入ってしまったがため排斥し切れず、こんな事態を起こしてしまったというわけだ」

 

「それって……どうにかする手段があるの?」

 

「どうもこうも、言っただろう? 放置しておけば勝手にこの固有結界ごと消滅する。

 その悪意が存続できているのは、この世界と言う宿主があるからだ。それを自分で喰い破っては、自分ごと滅ぶ事になるだけだろう。私もそれを見届けに来ただけだ」

 

「え? で、でもこの世界を創った術者の人は悪い人じゃないんですよね?」

 

 一体何を言っているのか、と。スカサハが奇妙なものを見る目をイリヤに向ける。

 見据えられた少女が竦んで、小さく震えた。

 

「元々この世界はただの被害者だったって事でいいんだよね?

 じゃあ、そのチョコレートの奴を倒せばいいって事じゃないの?」

 

 ソウゴがそう言ってくる事に片目を瞑り、呆れたように溜め息をひとつ。

 

「別にそんな事をせずとも、巻き込まれたその少女の友人を見つけて離脱すればいいだけだ。

 恐らくはファースト・レディに捕まっている。この状況に対応するために魔力を確保したい、と言ったところだろうな。傷付けたりはしないだろう」

 

「……でも、ちょっと正直よく分かってないですけど。ファースト・レディさんって、この世界を必死に守っている人……なんですよね? この世界があっても別に他の世界に迷惑をかけるわけでもなくて……その侵略者に脅かされなかったら、普通に……えっと、何かから魔法少女を保護しているだけの人で……」

 

 スカサハに対する少々の怯えを見せつつ、しかしイリヤはそう言い立てる。

 そんな少女の様子に何とも言えない表情を見せる影の国の女主人。

 どう言い返したものか、と眉を片方を上げて―――

 しかしそこで溜め息ひとつ、諦めたように肩を竦めてみせた。

 

「…………まあ、別に私がこれ以上何をいう事もないか。何かしたい、というなら自由にするがいいさ。だがなるべく早くここから離脱した方がいい、とは言っておくぞ。お前たちは世界が終わった程度では死ねぬ私とは違うのだから」

 

「そっか。じゃあとりあえず、そのファースト・レディに会いに行こうか」

 

 気にした様子もないソウゴの様子。

 それに聞いていたのか? という顔を浮かべて溜め息をもうひとつ。

 だがしかしそういう連中だったな、という意味を込めて更にひとつ。

 

「イリヤの友達の事もあるし、ファースト・レディの事も何か助けられるかもしれないしね」

 

「スカサハにも協力して欲しいんだけど。だめ?」

 

「……私としてはあまり踏み込む気にはならんな。レディとやらを助けるために、というのであればなおさら。大人しく外でチョコレートの動向を見ているさ。お菓子の魔法少女の方は一切動きがないが、ファースト・レディ次第で何かがあるかもしれんしな」

 

 もう周囲の小国は全て切り捨てられている。

 魔法少女を保護するための世界には、守るべきものは残っていない。

 いや、正確には後ひとりだけ残っている。

 魔法少女でありつつ、この世界の侵略者と化したお菓子の魔法少女が。

 

 ―――この世界はもう破綻しているのだ。

 

 チョコレートや忘却の侵略だって様子は窺うが、止める必要はない。

 ファースト・レディが敗北した時点でこの世界は崩壊する。

 同時にこの世界に守られているお菓子の魔法少女や、チョコレートに沈んだ怨念も滅びる。

 後は結末を見届けるだけなのだ。

 

「そっか。じゃあ俺たちはとりあえず、ファースト・レディに会って色々聞いてくる」

 

「あ、は、はい! 行きましょう!」

 

 サーヴァントに同行を断られて、さほど気にもせず。

 ソウゴたちは水晶のエリアに向かって歩き出した。

 そう言って進んでいく連中を半眼で見据えつつ、また溜め息。

 

「……この世界がいつまで無事でいられるかは分からん。

 徐々に切り崩されているのは確かだ、何かしたいのであればせいぜい急げ」

 

 スカサハの言葉を受けて、走り出す連中。

 彼らはレディの国の前に設けられた門を飛行して越えていく。

 本来なら守りに弾かれるだろうが、もうその力も残っていないのだろう。

 

 カルデアの面々が見えなくなるまで立ち尽くして―――

 その後、ぽつりと小さな声で呟く。

 

「―――助け、か」

 

 ファースト・レディもまた、既に通常の生命を逸脱した存在だ。

 別に顔を合わせたわけではないが、その程度はこの世界に踏み込んだ時点で分かっている。

 魔法少女という概念に踏み込んだ超常存在。

 

 魔法少女―――魔法少女だ。

 それは少女と呼ぶべきものから変わらぬまま、そんなものにまで辿り着いてしまった。

 ある意味では己より余程狂人染みている、と。ある種の敬意すら感じる。

 

 この場に来る前、出会った雪華とハチミツの魔法少女を思い出す。

 完全に彼女の知己と同じ姿であったが、完全に別の人間だったもの。

 

 その相手はこの地でファースト・レディを除いて最後まで耐えて―――

 しかし、耐え切れなくて崩れていった。

 それを看取ったのはスカサハと、面白生物に変わっていた彼女の弟子の似姿。

 

 彼女の知るその女に比べて、随分と心が綺麗な女であった。

 悪役(ヒール)でこそあったが、それでも魔法少女とやらだったのだろう。

 

 彼女は最後の最後まで、ファースト・レディに入れ込んでいた。

 恐らくは、強い仲間意識を持っていたのだろうと思う。

 ただそれでも忘却の森の侵略に耐え切れず、自壊してしまった。

 

 当たり前だ。そういう人種でなければ、最初からこんなところにいない。

 ここは“逃げ場所”だ。

 それを創ったレディを除き、心が世界に負けてしまったものしかいない。

 

 雪華とハチミツの国が滅びる前。

 スカサハの目の前で、一人の魔法少女と一人のマスコットは言葉を交わしていた。

 

『お前が最後の最後で残していくのが仲間の心配たぁ、年貢の納め時だな。悪役が真っ当な面を見せる時は、死ぬ前振りってのがオレたちの相場(おやくそく)だろうに。

 悪から正義に華麗に転身なんて死んでもやりたくねえテメェじゃ死ぬしかねえ。死んでも心配したい、ってならまあ怨念(エコー)でも叫んでおけ』

 

『……ええ、まったくその通り。でもね。悪役の女が悪役のまま、愛した(ライバル)の腕の中で朽ち果てるのも……よくある物語でしょう? だから、特に言う事はないわよ』

 

『そうかい。ま、テメェが満足してるならそれでいいさ。

 少女っていうにはちと長すぎる魔法少女時代だったな、女王様』

 

『――――ほんと、そうね。だからこそ、ちょっと残念。なにせあの子は、私よりずっと長く魔法少女なんだもの。レディからこの国、ちゃんと奪い取りたかったのに……』

 

 最後に笑いながらそう言い残し、ハチミツの魔法少女は名前を失って消えた。

 彼女と繋がっていたマスコットも、同じように。それなりに満足気に。

 

 ―――別に彼女たちはスカサハと何の関係もない。

 ただ見知った顔とよく似た顔の持ち主だった、と。ただそれだけ。

 

 別に名を奪う結界に恨み節もない。

 そもそも彼女たち―――この世界の魔法少女たちは全て、望んで名前を捨てたのだ。

 それはハチミツの魔法少女とて例外ではない。

 彼女たちは自分の存在に耐え切れず、揃って名前を投げ出した。

 

 分からないでもない、とスカサハは思う。今でこそ英霊、サーヴァントとして活動して、相応に真っ当な精神性を獲得している。

 が、多少は真っ当になっているからこそ、彼女の本性は世界に負けた魔法少女たちにある種の共感さえ覚えている。

 

 彼女たちはファースト・レディに守られ続けてくれるほど、強くあれなかった。

 かつては強かったかもしれないが、今はそうではなくなっていた。

 

 不幸だったのは、それでもファースト・レディは戦えてしまった事。

 ここに至るまで強がれてしまった、彼女の強さだろうか。

 

 それを打ち負かせれば、みんなで身を寄せ合う弱者の集まりになれたのに。

 結局ハチミツの魔法少女は、レディを打ち倒す事はできなかった。

 

 この世界で、彼女は最初から最後まで独りだけ強かった。強がれてしまった。

 守るべき、守られるべき、打ち捨てられた魔法少女しかいない世界の中で、たった独りだけこの世界を守るために戦う、強い魔法少女でいる事が出来てしまった。

 

「無体な話だ」

 

 スカサハは水晶の城を見上げつつ、小さくぼやく。

 珍しいほどに感傷的なのは、ハチミツの魔法少女の姿を見たせいだろうか。

 ほんの少し前に彼女が知る方の相手と、時間神殿で顔を合わせたばかりだから。

 

 ―――レディを止めるには。

 

 まずなんにしても、彼女を“守られる側”にする必要がある。

 多くの魔法少女が折られ、心が砕け、ここに流れ着き、そして自分を捨ててしまった。

 そんな状況の中でもなお、まだ立ち続けて悪足掻きしている魔法少女。

 まだ守る側であり続けようとしている少女の心を折る必要がある。

 

 果たして、それは――――

 

 

 

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