Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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3-6 夢がかけた虹2017

 

 

 

「ち、止まらんか」

 

 宙に跳ねたスカサハが朱槍を回す。

 周囲に展開される、彼女が手にしているものと同じく見える朱槍の数々。

 それが彼女の一突きと同時に放たれ、暴れ狂う猪を消し飛ばした。

 

 大猪だったものが崩れ、ざばんと波打つチョコレート。

 その直後、再び猪はそのカタチを取り戻した。

 幾度となく繰り返したその流れに、スカサハが強く舌打ちした。

 

「まったく、こういった相手ばかりか」

 

 時間神殿での魔神の相手に続けてこれか、と。

 呆れながら、それでも槍と刺突を奔らせ続けるスカサハ。

 猪は簡単に消し飛ぶ。だがそれだけだ。

 チョコレートの津波は止まらない。

 

 既に戦線は水晶の国の正門手前。

 これでは時間稼ぎになりはしない、と彼女は顔を顰め―――

 

 感じた気配に、頭上を見上げた。

 

〈ファイナルフォームタイム! ガ・ガ・ガ・鎧武!〉

 

 橙色の光を帯びながら、落下してくる鎧武者。

 彼は落ちながら両腕を伸ばし、手の中にのぼり旗を現した。

 突風に靡く旗を振り上げながら、ジオウが叫ぶ。

 

「一回吹っ飛ばすよ!」

 

 その言葉に小さく肩を竦め、彼と入れ替わるように宙に跳び上がるスカサハ。

 

 地面に着弾しながら振るわれる旗。

 そこから迸る衝撃波が、地面を這っていたケイオスカカオを一息に薙ぎ払う。

 押し返される津波に巻き込まれ、魔猪も崩れながら流されていく。

 

 何故か猪がいた事に困惑しつつ、ソウゴはスカサハを見上げる。

 

「あれなに? 亡霊みたいなものじゃなかったっけ?」

 

「―――さて、どうやら正体を覗かせているようだな」

 

 ひらりとジオウの隣に着地を決め、両手に双槍を構え直す。

 そうしながら押し流されていく猪を見て、彼女は僅かに目を細めた。

 

「……海を通じて影の国に迷い込んで、その上こんな場所まで流れ着いた者。

 それでもなお聖剣の光を見上げた時、正気……狂気に暴れ出した、暴虐の魔猪。

 なるほど。では、その名は一つしかあるまい」

 

 ケイオスカカオの逆流が、更に流れ込んでくるものに押し返されてくる。

 返ってくるチョコが、再び魔猪のカタチを積み上げていく。

 立ちはだかる魔猪から感じる、狂おしいほどの執着。

 

「その邪悪さ故に猪に変えられ、そうなってなお己が邪悪さを顧みることもなく、ブリテンを食い荒らし、結果としてアーサー王に追い払われた魔猪の王。

 ―――トゥルッフ・トゥルウィス。それこそが、奴自身さえ忘却した奴の名前だろう」

 

 魔猪はスカサハの言葉に何の反応を示すこともなく、その巨躯を走らせる。

 それを見たジオウが即座に旗から衝撃波を奔らせた。

 衝撃に正面から激突して、熱に溶かされて弾け飛ぶケイオスカカオ。

 

「……名前が分かったって事は、倒せるの?」

 

「―――無理だな。奴が自分の名を自分の名として認識していない。

 お前たちは文字として記す、という方法で取り戻したと言っていたな。

 だが魔猪と化して蹂躙と略奪の権化と化した奴に、その方法は通じないだろう。

 ……ただの害獣でしかなかった奴は、文明的な手段では名前を取り戻せない」

 

 巨大な魔猪を形成しつつ、更に放たれる小型の魔猪。

 ケイオスカカオが獣となって、ソウゴとスカサハを呑み込まんと疾走する。

 それをそれぞれ二振りの旗と槍が粉砕し、海の中に還していく。

 

 侵攻を再開する黒い波に合わせて、それを押し返すための大振りの姿勢に入るジオウ。

 彼に突撃しようとする魔猪の群れを無数の槍で撃ち抜き、飛散させるスカサハ。

 進み出すケイオスカカオ。それを逆流させる旗から奔る衝撃。

 

 そうして戦場を停滞させながら、二人は揃って周囲を見る。

 正門の前はこうして抑えられる。

 だが相手の質量を全て留めて置けるわけではない。

 大きく横に広がっていくケイオスカカオは、正門を避けて周囲の山岳に向かっていく。

 流石にそちらまで邪魔をし切れない。

 

 腕を止めず旗を振るいながら、ジオウがスカサハに問いかける。

 

「……それでも。自分の名前を忘れてる事が気にならないくらい、そんな状態でもこうして動けるくらい、そいつはアーサー王に執着してるんだよね? どうしてか分かる?」

 

「……どうして、か。ただの野の獣が完璧に敗北し、住処から追い払われたら、次の居場所を探すだけだろう。もしそこから縄張りを取り戻すために逆襲するなら、それは獣の行動だ。

 だが、取り返せるものが何もない報復などという、生存のためには悪手でしかない行動は獣のそれではない。ならばそれは恐らくアレが持つ、王としての矜持なのだろう」

 

「――――そっか」

 

 迫るケイオスカカオを押し返す。

 飛散したチョコの飛沫を浴び、橙色の装甲がチョコレートに染まっていく。

 そんな状況で少しだけ笑って、ソウゴは時間を稼ぐための行動に終始した。

 

 

 

 

 機関銃のように吐き出される宝具。

 その全てを切り払いながら、黄金の剣閃がレディに迫る。

 

「ちぃ……!」

 

 手に浮かべるのは黒塗りの弓。

 そこに矢としての改造が施された、赤い剣が番えてみせる。

 弦を軋らせながら引かれ、直後に放たれる赤光の魔弾。

 それは白百合の剣士を目掛けて突き進み―――

 

「―――避け切れない、叩き折る!!」

 

「了解しました!」

 

 それは躱せない、とイリヤは直感した。

 直進していた足を止め、ルビーが供給する魔力を刀身に纏わせる。

 カレイドステッキが無限に供給する魔力。

 それを武装のみならず全身から放出し、小さき騎士王は剣を振り上げた。

 

 レディが狙った獲物を寸分の狂いなく撃ち抜く緋色の猟犬。

 その一撃の接近に対して待ち構えるイリヤ。

 彼女の対応に大きく眉を顰めたレディは、即座に対応を切り替えた。

 

 猟犬に追わせるのではなく、最接近した瞬間に折られる前に自爆させる。

 即座にそのための意識を飛ばし――――

 

 瞬間、イリヤの体が一気に退いた。

 爪先で軽く地面を蹴ると同時、尋常ではない魔力放出による加速。

 彼女は剣を振り被った体勢のまま、後ろに向かって爆進したのだ。

 

 そんな予想外の対応をしたイリヤの前で、レディの意志を受けた猟犬が爆散する。

 直後、後ろに吹き飛んでいた少女が逆方向にそれ以上の速度で加速した。

 神秘の爆炎を対魔力任せで強引に突き破り、レディに肉薄するイリヤ。

 

「な……っ!?」

 

 危機は超常的な精度の直感が知らせてくれる。

 カレイドステッキが無限に供給する魔力さえあれば、魔力放出は剣にも盾にも翼にもなる。

 そしてその腕が振るう聖剣を阻める剣や盾など、そうあるはずもなく―――

 

 最強を誇る剣の英霊と化したイリヤの前では、如何な原初の魔法少女といえど。

 

 魔力放出ですっ飛んでくる相手に対し、レディが弓を捨て双剣を握る。

 高速で交差した瞬間、いとも簡単に砕け散る干将・莫耶。

 衝撃で弾かれながらレディは再び双剣を投影する。

 そのままどうにか距離を取るために転移を望もうとして―――

 

 そんな暇が与えられる筈もなく、魔力放出で飛行する騎士王が追撃しにくる。

 

「はあぁあああああああ――――ッ!!」

 

「く……ッ!?」

 

 一合で再び双剣が砕け散る。

 即座に再投影、聖剣を防ぐための防御、当然のように防ぎきれず崩壊。

 

「こ、の……ッ!」

 

 双剣が消し飛んだ瞬間、今度は両手剣を投影する。

 それは今まさにイリヤが握っているものと同じもの。

 騎士王の聖剣、エクスカリバー。

 

 二振りの聖剣が正面から激突し――――

 その瞬間、イリヤが爆発的な魔力放出を行使した。立ち昇る魔力の渦。

 それによって増加した腕力で、イリヤがレディを力任せに押し切った。

 

 突き抜けていく衝撃に、レディの聖剣に罅が入る。

 そのまま更に一合刃を交わせば、砕け散るエクスカリバー。

 

 どちらも厳密には本物(オリジナル)ではない。

 だがそれでも、イリヤの手にしたそれと、レディの投影したそれは隔絶していた。

 まして上回る聖剣を振るうのが騎士王に成っているイリヤならば、差は更に広がる。

 

 柄だけ残った剣を手に、ファースト・レディが表情を悲痛に染める。

 

「こんな……! ところで!!」

 

 砕けた聖剣を放り、再び防御に優れた双剣に持ち替える。

 それは何度やろうが一合で砕かれるが、それでも関係ない。

 

 衝撃を受け続けるクロの体、彼女の両腕は既に限界を迎えている。

 それでもそんなこと、ファースト・レディには関係ない。

 どれだけ壊れても動かす事くらいはできる。

 そして投影を行う程度の魔力、レディにとっては何でもない。

 無限に等しい数だけ投影する事ができるだろう。

 

 ―――対して。

 

「イリヤさん、このままでは……!」

 

「わかってる……!」

 

 クラスカード、セイバー。真名、アーサー・ペンドラゴン。

 ブリテンの赤き竜。聖剣の担い手たる騎士王。

 その絶対的な力を奮いながら、イリヤが強く顔を顰めた。

 

 英霊の中で上位に位置する、どれほどの状況も全て強引に捻じ伏せるほどの怪物。

 どんな逆境も直感で活路を見出し、魔力放出でぶち破り、聖剣で路を切り拓く。

 そんな無双の英雄を宿しながら、彼女はそれでも攻め切れていない。

 

 レディの体はクロのもの。

 そもそも、そうじゃなかったとして斬り殺すような真似をする気は一切ない。

 では、一体どうやってレディを止めるのか。

 

 力任せに突破できているのは、魔力放出の恩恵だ。

 ルビーが行う無限の魔力供給も、セイバーの全力稼働が相手では消費が勝る。

 すぐに枯渇するような事はないが、このまま続ければいずれ先に魔力が尽きるだろう。

 

 そもそも、その前にケイオスカカオの到達というタイムアップが来るか。

 

 ―――まずはクロを取り戻す……! けど、どうやって……!?

 

 レディを一度叩き伏せれば、クロの意識を取り戻せるかと思っていた。

 けれど、セイバーの猛攻で体が限界を迎えてもレディは関係ないとばかりに動き続ける。

 これでは本当に、レディを止める前にクロが限界を越えるだろう。

 

 再度の激突。

 双剣が粉砕され、レディが大きく吹き飛ばされた。

 床を転がったその体を拘束しようとするイリヤ。

 

 が、彼女はそれを取りやめて回避する事を強制される。

 周囲に展開され、射出される無数の宝具が、イリヤに足を止めさせない。

 

 ―――好き放題に武器を出せるせいで捕まえられない!

 

 心中でそう叫びながら、回避と迎撃を織り交ぜながらレディに迫る。

 だが何度やろうが同じだ。追い詰めるまでは幾らでも可能。

 そこから先が、どうやっても詰め切れない。

 

「―――ああ、そっか」

 

 レディが逃げ回っていた足を止める。

 その状況で激突する聖剣と双剣。当然のようにレディの武装は砕け―――

 彼女は必死にそのまま踏み止まり、そこに立ち尽くした。

 

「―――――っ!」

 

 振り抜かんとしていた聖剣を、魔力放出も利用して強引に止める。

 煌めく白刃がクロの肩口に触れるかどうか、という場所で停止した。

 勢いのまま振り抜いていれば、そのまま殺めていたような状況。

 そんな状態に強く顔を顰めるイリヤ。

 

 自身に突き付けられた刃を見つめながら、レディが小さく笑う。

 

「私はいま、あなたにとっての魔女(ミラー)なのね」

 

「何を……!」

 

 レディの意志で動く、クロの腕。

 それが自身の肩に迫っているエクスカリバーに添えられた。

 困惑するイリヤに対し、レディは滔々と声をかける。

 

「美遊を助けたいのならば、私ごとクロエを殺さなきゃいけない。

 クロエを見捨てなきゃ、美遊をここから逃がすことはできない。

 ねえ、イリヤスフィール。あなたはどうしたい?」

 

「……そうやって酷い事になるって分かってるなら、何であなたは!」

 

「酷い事は嫌? じゃああなたこそ、魔法少女なんてやめなさい。

 言ったでしょう、あなたが進もうとする道の先は地獄。

 それが嫌なら、最初から魔法少女なんてやめてしまえばいいのよ」

 

 そう言いながらレディは聖剣を掴み、クロの首へとゆっくりと引き寄せようとする。

 そんな動きに対し、焦燥も露わに。

 彼女の手を斬らないようにしつつ、イリヤは自分の方へと聖剣を引き戻した。

 

 その瞬間。

 

「―――ッ、イリヤさん!」

 

『転移反応! ファースト・レディが転移を……!』

 

 ルビーとマシュ。二人の警告が同時にイリヤの耳に届く。

 が。その瞬間には目前から、ファースト・レディが消失していた。

 すぐに視線を巡らせて、再出現位置を探る。

 

 レディが出てくるのは、イリヤから最も距離が離れた場所。

 遠く離れた広間の隅に再出現する。

 

 そんな場所に現れたレディの手には、再びエクスカリバーが握られていた。

 立ち昇る黄金の魔力に渦に対し、唖然とするルビー。

 

 神造兵装、最強の幻想(ラスト・ファンタズム)、聖剣“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”。

 

 先程から当然のようにレディは投影している。

 が、本来はそんな簡単にいくはずがない。

 アーチャーのカードを宿すクロも。

 もっと言うなら、恐らく力の源であるアーチャーの英霊だって。

 いくら贋作とはいえ、あんな超常の武器をそう易々と顕現させられるはずがないのに。

 

「正気ですか!? ああもエクスカリバーをポンポンと!

 クロさんの中のアーチャーのクラスカードだけじゃ、そう簡単にいくはずありません!

 ファースト・レディ、一体どれだけ飛び抜けた魔法少女なんですか―――!」

 

 ここが彼女の固有結界(せかい)だからではあるだろう。

 だがそれにしたって、異常に過ぎる。

 

 ―――不可能を可能にする奇蹟。

 どんな無茶でも叶えてしまう奇蹟の申し子、世界に愛された善性。

 ()()()()()()()()()()()()、とでも言うかのように。

 

 そして、それでもどうにもならなかったのだと喘ぐように。

 

「―――っ! とにかく、撃たせない!」

 

 踏み込む瞬間に魔力放出を行使し、トップスピードに到達する白百合。

 どこに出現しようが、この広間の中ならばどこであろうと到達まで2秒とかからない。

 エクスカリバーのチャージをさせるだけの隙は、どこにもない。

 

 そうして距離を詰めてくるだろうイリヤを前にして。

 ファースト・レディが、目を見開いた。

 

 ―――瞬間、彼女の目前に咲き誇る七つの花弁。

 淡い光がレディの前で大きく花を咲かせ、彼女とイリヤを遮る壁となった。

 その光景を前にして、イリヤが眉を寄せる。

 クロエが使用するところを見た事もある、盾の宝具。

 

「宝具を二つ同時に解放……!?」

 

「突き破る――――!」

 

 突き出した聖剣の刃が、正面から花弁の盾に激突する。

 刹那の拮抗の末、その切っ先は確かに盾を貫いた。

 ざくりと、光の盾に刺し込まれる聖剣。

 

 ―――だが、そこどまり。

 盾は剣に貫かれただけで、砕けも散りもしない。

 

「…………ッ!」

 

 投射宝具に対する防御力の割に、剣で直接貫くのは容易に見えた。

 が、レディを捉えるにはこの七枚の花弁全てを斬り落とす必要があると理解する。

 ―――それは流石に、あまりにも時間が足りない。

 

 ぐるり、と。盾に突き刺した剣を支点にイリヤが体を回す。

 そうして盾を全力で蹴り付けると同時に、魔力放出。

 彼女が握っていた聖剣もその勢いで盾から抜けた。

 そのまま爆発的に加速したイリヤは、突っ込んできたのと同等の速度で離脱する。

 

「―――相殺するしかない! ルビー!」

 

 踵が床を削り、火花を散らす。

 そうして強引に減速しながら、イリヤは聖剣へと変わっているルビーを強く握る。

 溜め込んでいた魔力を可能な限り吐き出し、唸るルビー。

 

「この宝具を使ってしまえば、いま蓄えている魔力をほぼ全て使い切ります……!

 転身だけはどうにか保ちますが、魔力を回復するまで夢幻召喚(インストール)は……!」

 

 セイバーのカードがなければ、ここまで彼女がレディを押す事などできなかった。

 だがこの撃ち合いの後は、もうカードには頼れない。

 それどころか、魔力がほぼ空っぽの状態でレディと相対する事になる。

 

 ―――それでも今はこれしか手段がないのだ、と。

 

 立ち昇る黄金の魔力が、二柱。

 互いに向かい合いながら、それを放つ聖剣を振り上げた。

 

「“約束された(エクス)―――!」

 

勝利の剣(カリバー)”ァ―――――!!」

 

 鏡合わせに振るわれる、まったく同じ姿の剣。

 贋作であるが、十分な充填を行ったうえで振るわれる一撃。

 本物(オリジナル)に限りなく近しいが、準備が多少足りない状態で振るわれる一撃。

 それはほぼ互角の威力となって衝突し、広間を光で満たした。

 

 

 

 

 立ち昇る光の柱。聖剣の極光。

 それを再び感じて、ケイオスカカオが奮い立つ。

 呼応するように咆哮する巨大魔猪。

 

 そんな声に乗せられた憎悪を感じつつ、ジオウが旗を振り抜いた。

 怨念によって突進力を増した相手を、しかし強引に押し返す衝撃波。

 

「……なるほどね。うん、分かった。

 これなら、いける気がする」

 

 そう言って更に一際大きく旗を振るい、ケイオスカカオの波を吹き飛ばすジオウ。

 沸き立つ猪どもを膾切りにしながら、スカサハがそんな彼を見る。

 

「ほう、随分と自信ありげだな。

 私にはいよいよ限界が近くなってきたように見えるが」

 

 彼女がちらりと視線を巡らせれば、ケイオスカカオはもう山に差し掛かっている。

 あの波が登山を完了するのも、時間の問題だろう。

 だというのにソウゴはそれに小さく笑い、言い返した。

 

「大丈夫だよ、きっと。

 この世界は他の何より、誰かを助けたいって想いを積み上げてきた場所なんだから」

 

「―――まあいい。なら、もう少し付き合うとするか」

 

 双旗、双槍が同時に躍る。

 チョコ飛沫を立てながら吹き飛ばされていくケイオスカカオ。

 1秒でも長く、少女たちを向き合わせるため。

 二人の戦士は寄せ来る黒い海へと立ち向かった。

 

 

 

 

 パキィン、と。音を立てて弾け飛ぶ、セイバーのクラスカード。

 エクスカリバー同士の衝突。それを果たし、相殺し切った瞬間。

 イリヤの胸からカードが飛び出し、彼女は魔法少女のドレスに戻っていた。

 

「っ……! 離れ、ううん。離れたら宝具射出がくる……! なんとか距離を詰め―――!」

 

 どうやってレディを止めるか。

 それを思考しようとしたイリヤの前に、双剣が回転しながら飛んでくる。

 回避を選択しようとして、しかし。

 

 飛来する夫婦剣が、二組。

 四つの刃が彼女を囲うように配置されている事を理解した。

 

「――――――!」

 

 どうすれば避けられるか。その答えを出そうとした思考が凍る。

 違うのだ。この剣だけに意識を割いてはいられない。

 この二組の剣をどうにかしても、恐らく直後にレディ自身が転移してくる。

 

 セイバーでいられたなら、力尽くで直進すればよかった。

 前に配置された剣を砕いて、そのまま突き進めばよかっただけだろう。

 だが、もうそんなパワープレイは許されない。

 

 聖剣解放の直後で、夢幻召喚(インストール)どころか限定展開(インクルード)さえ不可能。

 イリヤの残存魔力では、砲撃したところで双剣を弾き返す事すらできない。

 

「―――ッ、」

 

「伏せて!!」

 

 そうして動きの止まったイリヤに、ツクヨミの声が届く。

 咄嗟にしゃがんだ彼女の頭上を通り抜ける赤い弾丸。

 それが回転しながら飛来してくる一振りの干将に直撃し、動きを停止させた。

 完全に計算された囲いのための一刀が動きを止め、崩れ去る包囲。

 

 すぐさまイリヤが動き出しそちらから脱出を試みる。

 それを察知したのか、彼女が向かう方向に転移で出現するレディ。

 

「逃がしは―――!」

 

「はぁああああッ!」

 

 そうして、レディが転移によって出現した瞬間。

 既に疾走していたツクヨミが、そのままスライディングの姿勢になってレディを強襲。

 足を刈り取るために放たれたその一撃。

 

 下から迫りくるそれに僅かに驚きつつ、しかし彼女は跳ぶことでそれを回避した。

 跳んだレディに下を潜るように通り抜けていくツクヨミ。

 そんな彼女がスライディングしながら上へと手を伸ばし、ファイズフォンXの引金を引く。

 

「ちっ……!」

 

 眼下から撃ち上げられる赤い弾丸。

 その弾幕を空中で迎撃しつつ、彼女は最後の一撃のために鶴が翼を広げるが如く、刀身を肥大化させてた双剣で軽く弾いてみせた。そのまますぐ反撃に転じようと、オーバーエッジ状態に強化された莫耶を投擲する姿勢に入り―――

 

斬撃(シュナイデン)――――!!」

 

 イリヤがこちらに飛来しつつ放った、薄く延ばして圧縮された魔力の刃に邪魔される。

 投げようとしていた莫耶で、斬撃を切り払う。

 その隙にツクヨミを捕まえつつ、離脱しようと加速するイリヤ。

 

「―――しない!!」

 

 即座に投影した宝具の群れを背後に浮かべ、離脱しようとする二人に差し向ける。

 ツクヨミが引っ張られながら放つ弾丸程度では迎撃にはならない。

 それでもルビーの誘導に従いつつ、飛行で強引に宝具の弾幕を回避してみせるイリヤ。

 

 そんな光景に目を眇め、即座に方針を変更。

 射出した宝具がイリヤに接近した時点で、自爆させるように変える。

 

「――――ッ、全魔力を物理保護に! イリヤさん、ツクヨミさんを抱えて――――!」

 

 そうなれば当然、回避し切れるはずもなく彼女たちは爆風に呑まれることになる。

 ルビーの悲鳴染みた指示も、当然のように爆音に塗り潰された。

 

 直撃に比べれば大したダメージでもなかろうが。

 それでも神秘の自壊による爆発には、ルビーの防御だけでは防げないほどの威力がある。

 ツクヨミを抱えたイリヤが床へと落ちて、転がりながら黒煙を立ち昇らせた。

 

 レディがふと足を止め、その場でゆっくりと上を見上げる。

 イリヤが太腿に巻いていたカードホルダー。

 そのベルトが爆発で千切れて、宙に舞っていた。

 落ちてくるそれへと手を伸ばし、確かに受け止めるファースト・レディ。

 

「……諦めなさい。もう、あなたが進むべき道はない」

 

 イリヤたちの勝機は一切合切喪失した、と。

 もう諦めろ、と。いい加減に諦めろ、と。お願いだから諦めて、と。

 そうして、レディはカードを握り締めながらイリヤたちに向かって歩き出す。

 ―――そんな、彼女の声を聞いて。

 

「ああ―――そう、なんだ」

 

 蚊の鳴くような小さな声で。しかし確かに。

 イリヤは何かに納得したように、口を開いた。

 そのまま拳を握り、ルビーを掴み、少女は必死に立ち上がろうと力を尽くす。

 

 そんな相手の様子に、何故かレディが足を止める。

 

「あなたは、もう……ここでこうしている事を、諦めたいんだ」

 

 イリヤスフィールが顔を上げ、確かにファースト・レディと目を合わせた。

 四肢を床について、痛みに震えながら、それでも。

 言わなきゃいけない言葉が見つかった、と。

 

 彼女はそこで振り返り、ツクヨミの方を見た。

 ルビーに直接守られている彼女より、ずっとダメージがあったはずだ。

 だがツクヨミは這いつくばりながらも、イリヤを強く見返して首を横に振る。

 カルデアの礼装とルビーの結界を合わせて、どうにか生き延びた。

 

 ―――だから、あなたはあなたが言いたい言葉のために行きなさい、と。

 そう背中を押してくれた彼女に強く頷いて、イリヤは立ち上がる。

 

「でも、守るべき魔法少女が生まれ続ける限り、あなたはそんな魔法少女たちを守るために、戦い続けなきゃいけない。辛い想いをする魔法少女になんて、もう誰もならないような世界になってくれないと……あなたも、安心して諦められないんだよね」

 

「―――そうかもしれないわね。だから、あなたももう諦めなさい。

 魔法少女が生まれる限り、私はこの世界を守っていかなくちゃいけない。

 そのために必要な犠牲を強いながら、私は今まで通りに使命を果たす」

 

 ……そんな悲しいものは、もう二度と生まれなければいい。

 魔法少女は誰にも必要とされていないのだから。

 望まれているのは奇蹟だけ。魔法少女の必要性は、奇蹟に対する必要性だ。

 そんなもの、少女たちが背負う必要がどこにあるという。

 

 奇蹟のために必要とされ、奇蹟以外の価値を剥奪された少女たち。

 そんなものたちの逃げ場所は、魔法少女がいなくなればいらなくなる。

 

「強いよ……あなたは、すっごく強い……あなたはずっと、ずっと、心が壊れそうになりながら、それでも自分だけは諦めちゃいけないって、そうやって戦い続けてきた。

 わたしは、あなたのようにはなれない……!」

 

 震える手でルビーを握り直し、少女は必死に体を持ち上げた。

 体力も魔力もとっくに枯渇して、全身には常に鈍痛が響いている。

 立つ事も苦しい中で、しかしそれでも彼女は立ち上がり―――

 

「わたしはあなたみたいずっと強くなんていられないから……! 弱いからこそ―――!」

 

 思い切りルビーを振り上げ、それをレディの方へと向けた。

 

「こんなところで、諦められない――――!」

 

「―――――」

 

 レディが僅かに顔を顰めながら宝具を背後に浮かべ、射出する。

 飛来するそれに対し、斬撃を飛ばして立ち向かうイリヤ。

 その程度では何とか逸らすのが精いっぱい。

 打ち砕かれた魔力が破裂した衝撃で、イリヤが背中から床に叩き付けられた。

 

「あ、ぐ……! っ、今日、ぶつかった壁を乗り越えようと10回挑戦して、全部ダメだったからって、それで諦めてしまったら……!

 これからのわたしは、もうどんな事にも挑戦できなくなる―――!」

 

 這い蹲った体に力をこめ、少女が必死に立ち上がった。

 魔力はカレイドステッキが徐々に回復させている。

 だが、体力は戻ってこない。それでも、倒れてなんていられない。

 

「いまここでそうしてしまったら、次に壁にぶつかった時のわたしはきっと、今日よりもっと早く諦めてしまう……! 10回、8回、5回、3回―――その内、どんどんわたしの中で『もう一度だけ立ち上がろう』って、そう思える数が減っていく……! そうやっていつか、立ち向かう前に逃げ出す自分になってしまう!」

 

 立ち上がる少女に差し向けられる、宝具の刃。

 それを物理障壁を複数枚重ね、なんとか押し留めつつ。

 しかし多量の宝具など止め切れるはずもなく、防御だけでなく回避も要求された。

 よろけながら、転びながら、レディが飛ばしてくる攻撃を凌ぐイリヤ。

 

 そんな彼女がそれでも、曇りなき瞳でレディを見据えた。

 

「―――そんな自分には、もう二度となりたくないから!!」

 

 分かっている。

 誰だってそんなものになりたくて、魔法少女になったわけじゃない。

 でも、もういいだろう。そもそもが間違っていた。

 分別のつけられない子供に、奇蹟を代行させるシステムが間違っていたのだ。

 

「わたしはもう、絶対に何も諦めない――――!!」

 

 ―――瞬間、光が爆ぜる。

 その魔力光に反応してレディが振り返れば、そこにあったのは一つのステッキ。一部が切れた“服喪面紗(ヴォワラ・ドゥイユ)”をタカウォッチとコダマに解かせた、カレイドサファイアがそこに解放されていた。

 

 即座に、舌打ちしつつそちらに向けて宝具を投射するレディ。

 だがそれに合わせて立香が、飛び跳ねるコダマを掴み上げて投球。

 投げられた瞬間に彼は変形を解除し丸まり、エネルギーボールとして巨大化する。

 

〈コダマビックバン!〉

 

 宝具によって弾け飛ぶ大玉スイカ。弾け飛ぶ果汁と果肉。

 視界を真っ赤に染め上げるそれに、一瞬だけレディが怯む。

 その隙に相手の視界を潜り抜け、イリヤへ向けサファイアが飛翔した。

 

「イリヤ様、姉さん――――!」

 

 飛び込んでくるマジカルサファイア。

 

 ―――仕方なさげに溜め息をひとつ。

 マジカルルビーがイリヤの手から飛び立って、彼女の周囲を回り始める。

 

「―――ギリギリを見極めて力をセーブしてください。

 そうじゃないと、すぐにイリヤさんの方が壊れてしまいますよー!」

 

 空中で交錯する二つのカレイドステッキ。

 五芒星のルビー、六芒星のサファイア。

 二つのステッキが混ざり合い、強引に一つのものとして纏められる。

 

 相棒の言葉に頷くことなく、イリヤはそのステッキを強く掴み取った。

 

「―――何度倒れたって、何度だって立ち上がる!

 わたしは……わたしがわたしであることを、諦めたくないんだから!!」

 

 ぶわり、と溢れる魔力と共に変わっていく少女の姿。

 マジカルルビーの契約者、カレイドルビー。

 マジカルサファイアの契約者、カレイドサファイア。

 

 二人分の衣装が織り上げられて、ピンクとバイオレットを併せた大輪の花が咲く。

 

 手にするのは二つを一つに束ねた魔法のステッキ。

 カレイドの姉妹からの魔力供給量が激増し、少女は僅かに顔を顰め―――

 溢れんばかりの魔力を、虹色に煌めく光の翼として放出した。

 

 そんな光景に。

 目を見開いて動揺していたレディに対し、イリヤが言い募る。

 

「レディ、あなただってそうだったはず……!

 本当に何より諦めたくなかったのは、魔法少女のためとかそんな事じゃなくて―――!

 自分が、自分であることでしょう!?」

 

 自分を真っ直ぐ見据えた相手の言葉に、レディが眉を吊り上げた。

 

「あなたはいま、あなたがなりたかった魔法少女でいられてるの!?

 “やるべきこと”のために“やりたいこと”を真っ先に諦めたのは、本当にあなたの願い!?」

 

 ―――もう、彼女がやりたかった事などこの世界には残っていない。

 共に夢を語った親友は、とっくに昔に彼女自身の手で断罪した。

 自分がやりたかった事など覚えていない。

 そんなもの、自分の名前と一緒に忘却の彼方へと投棄してしまった。

 

 彼女を動かすのは全て、原初の魔法少女としての使命感だ。

 始めてしまったからには、彼女だけは諦めてはいけない。

 その責任だけは、果たし切らないと。

 

「……なにを、知った風な―――!」

 

 無数の宝具を射出すれば、彼女が今までとは比較にならない障壁を張る。

 宝具の投射を正面から防ぐ、宝具に匹敵する守り。

 そんなものを出したイリヤに対して、レディは大きく目を見開いた。

 

 防ぎ切った後、息を荒くしながら障壁を消すイリヤ。

 そうして再び正面から視線を交差させ、彼女はレディに宣言する。

 

「―――誰かに示された“やるべきこと”より、自分で望んだ“やりたいこと”を考えて、そうして……両方纏めて、全部叶えてしまうのが、魔法少女でしょ!

 自分の心が望んだことを全部諦めて、それでも誰かの夢を守るためだけに進めてしまったあなたには! 自分の心を守るためにも何も諦められないわたしは、絶対に負けられない!!」

 

 光の翼が魔力を噴き、少女の体が加速する。

 叩き付けられる虹色に輝くステッキ。

 それをオーバーエッジ状態の双剣で防ぎ、その重さにレディの方が弾かれた。

 刀身が打ち砕かれた剣に、目を見開くレディ。

 

「まだこんな力が……!」

 

 レディが虚空に手を這わせれば、出現する無数の剣弾。

 それをステッキの一振りで纏めて消し飛ばし、イリヤは更に加速した。

 

「イリヤ様、もっと抑えてください! お体が……!」

 

「だって……! だって! わたしが戦うのは、魔法少女だからじゃない!」

 

 視界を埋め尽くすほどに展開される宝具の雨。

 降り注ぐ剣群を前にして、しかし彼女は魔力障壁を展開するだけ。

 半球型に展開された半透明の壁。

 まるで強度など感じないそれはしかし、そこに叩き付けられる宝具の方が崩壊していく。

 

「普通に生きてきて! おかしな事に巻き込まれて! これはそうして出会った力で! それでも! わたしは、わたしが守りたいもののために、魔法少女を続ける事を自分で選んだんだから! 魔法少女だから守るんじゃない! 守りたいから、魔法少女を続ける事を選んだ!!」

 

 魔法少女だから戦うのではなく、戦うために魔法少女になった。

 彼女の戦いは魔法少女の使命ではなく、一人の少女の願いでしかない。

 だからこそ、彼女はレディだけには負けられない。

 

 ファースト・レディは自分を捨てた。

 自分の願いなど、世界を知らなかったただの小娘の論理だと捨ててしまった。

 そうして、それでも見捨てられないと、全ての魔法少女のための存在へと変わった。

 

「これから先、ずっと辛い事が待ってるかもしれない。あなたの言う通り、地獄の中に囚われてしまうのかもしれない。それでも、まだ今のわたしは前を向いている!」

 

 イリヤを囲むように無数に並べられ、床に突き刺さる剣の檻。

 それに向けてステッキを一振り。

 一息に纏めて蒸発させながら、彼女は再び飛び立った。

 

「いつかわたしたちは、始まりの願いさえ置き去りにしてしまうのかもしれない。

 夢を翼にして空を飛べた理由も忘れて、地面に這いつくばるのかもしれない。

 顔を上げる事さえできないほど体が重くなって、俯く事しかできなくなった時―――あなたの示した救いに、縋る事しかできなくなるかもしれない」

 

 ―――爆発するように、虹色の翼が迸る。

 そこで弾けた魔力の嵐が、宙に浮いていた無数の宝剣を衝撃だけで撃墜した。

 墜落する剣の雨の中、その先に見えるレディを見据えてイリヤは叫ぶ。

 

「それでも―――いまこうして空を飛べている限り、わたしは諦めない。

 この(つばさ)が、わたしが守りたいもの全てを守れる力だって信じてる!

 だから奪わせない、わたしが守りたいものを!

 ミユかクロか、わたしが何を選ぶかなんてそんなこと決まってる―――!

 ミユも! クロも! そしてレディ、あなたの心も!

 全部! 絶対に! 取り戻す!!」

 

「…………ッ!」

 

 かつて、切り捨てないという選択肢を取れなかった少女が顔を悲痛に歪めた。

 そんな少女らしい無茶苦茶を、レディは叶えられなかった。いや、望めなかった。

 どうやって、とか。可能かどうか、とか。

 そんな事は何も考えていない、癇癪に似た少女の叫び。

 でも、いつだってそんな想いが、魔法少女が踏み出す最初の一歩であるはずで―――

 

 そんな想いを、レディは真っ先に捨てていた。

 守るべきもののため、守りたいものを切り捨てる時、そんな感情は邪魔だから。

 彼女は魔法少女であるために、魔法少女の原動力になる想いを放棄した。

 それでもここまで動き続けられたのは、ひとえに救済の望みが理由。

 

「そんなことできはしない……!

 仮に、私からその子を奪えても、その子の心を満たした絶望にあなたたちは屈する!

 所詮は時間の問題なのよ! あなたたちも! 他の魔法少女全ても!

 それが分かっているから、あなたはここに迷い込んだ! そうでしょう、美遊!」

 

 声を飛ばされた美遊がハッとして、表情に苦渋を浮かべた。

 否定しなければいけないのに、否定できない。

 そんな友人の感情を目にして―――しかし、イリヤスフィールは強く頷いた。

 

「だったら、わたしが助けに行く」

 

「え?」

 

 困惑の声は、言葉を向けられた美遊のものではなく。

 イリヤと対峙した、レディが発したものだった。

 唖然としている彼女の前で、イリヤは言葉を続ける。

 

「わたしたち魔法少女は、望む限りどこへだって行ける。どんな事だって出来る。

 助けて欲しいっていう声が届いたら、どこへだって助けに行く。

 絶望に屈した人を抱えて引っ張り上げるために、わたしの翼は羽ばたける!」

 

「――――あ」

 

 レディが一歩後退る。駄目だ、そこから先を聞いてはいけないと。

 そうして心が悲鳴を上げるが、彼女にもう逃げ場所なんてない。

 この世界こそが、彼女たちにとって最後の一線なのだから。

 

「―――レディ、あなただってきっとそうだったはず。

 あなたが本当に欲しかったのは、傷ついた魔法少女を匿うための城なんかじゃない。

 傷ついて泣いている子たちを助けに行ける、翼だったんでしょう?」

 

 瞬間、彼女たちの立つ城が一気に罅割れた。

 

「ち、が、―――違う! 違う、違う違う違う……! だめ、そんな……! 違う違う違う! だってそうじゃない! 私が本当にそんな風に誰かを助けたいなんて思っていたのなら……! 逃げ込むためだけの世界じゃなくて、自分の手で誰かを助けたいなんて思っていたのなら―――! 

 それならあの時、ミラーを見捨てるような事、しなかった筈じゃない―――!!」

 

 罅割れた城の亀裂を埋めるように、周囲から鋼が突き出してくる。

 水晶と刃のバランスが反転し、魔法少女の城が剣群に塗り替えられていく。

 バリバリと剥がれていく城壁。

 それを抑え込むように両腕で自分を抱えながら、彼女が声を震わせた。

 

「やめて、やめてよ……! もう取り返しなんてつかないのに―――!」

 

「そうだよ。取り返しなんて……つかない! だから誤魔化さないで! あなたが本当は、友達を犠牲にしたくなかったって想いから目を逸らさないで!

 わたしはいま―――あなたと同じ想いを抱えて、此処にいる!!」

 

 限界なんてとっくに超えて、軋みを上げる体。

 それでも止まってなんてあげられない、と。彼女は手にしたステッキを大きく振り上げた。

 

「だからわたしたちは失いたくないものを取りこぼさないように、全身全霊で立ち向かう!

 これ以上あなただけに苦しみと悲しみを積み重ねさせないために、今ここで止める!!」

 

 イリヤの意志に呼応して、ルビーとサファイアが限界を超えた魔力供給を開始。

 体内を巡るあらゆる器官を魔術回路として利用し、常軌を逸した魔力を迸らせる。

 場内に吹き荒れる虹色の風が剣群を押し留め、砕いていく。

 

「ずっと誰かを守るために戦ってきたあなたに、『もう大丈夫だよ、わたしたちはこれからも頑張れるから』って言ってあげられるのは―――わたしたち、魔法少女だけなんだから!!」

 

「あ……」

 

「……もう、いいんだよ。あなただけが苦しむことなんてない。

 今まであなたは、誰かを助けるだけだったでしょう?

 でもあなただって助けるために伸ばされた手を取っていい! 取ってくれればわたしが助ける!

 だって――――わたしたちは、魔法少女なんだから!!」

 

 剣群を吹き飛ばしながら、彼女はレディに向かって手を伸ばす。

 少女の掌を向けられて、レディが怯えるように立ち竦んだ。

 その途端、彼女の周囲の壁と床が一気に崩落した。

 代わりに溢れ出す、刃を重ねて造り出した壁。

 

「いや、いや……! じゃあ私に何が出来るの……!? この世界さえ奪われてしまったら、私に何が出来るっていうの―――!

 何とかしないと! だって……ずっと! もうずっと、たくさんのものを犠牲にしてきたんだもの!? 他の魔法少女も! ミラーも!! 全部犠牲にしてここまできた! だから、何かしなくちゃ! 魔法少女たちのために、私は何かしてあげなくちゃいけないのよ!!」

 

 体を震わせ、自身を突き動かす強迫観念を吐き出すレディ。

 それに合わせて、剣の荒野が更に浮き上がる。

 レディを覆い隠すように、城を呑み込みながら広がっていく剣の群れ。

 

 最早攻撃染みた剣の侵食に、美遊が血相を変えた。

 

「ここも、呑み込まれる……! 逃げて……!」

 

 そう言った美遊の言葉に首を横に振る立香。

 そのまま彼女は宙に浮くイリヤを見上げ、問いかける。

 

「魔法少女なら、大丈夫だよね?」

 

「――――はい!」

 

「……うん。大丈夫って言ってくれたから、じゃあ大丈夫!」

 

 一つ頷き、そう言って笑う。そのまま立香はすぐに、美遊を縛るリボンが繋がった罅割れた壁を一部でも割れないか挑戦し始めた。そんな様子に唖然とする美遊。

 それでも聞く気は一切ないと分かったのか、彼女はイリヤを見上げる。

 

 空に浮きながら、彼女は両手でステッキを握り締めていた。

 

「―――外の国とこの城で、世界が分割されていたのは。

 きっとレディが、自分から他の魔法少女と離れるためにした事だった。

 切り捨ててしまった友達と、救い切れない仲間と、それでも助けたいという願い。

 ごちゃ混ぜになった悲しみがこの城を創った――――だったら!」

 

 魔力で造った翼が噴き出し迸る。

 虹色に輝くステッキから光が噴き上がる。

 最強必殺の構えを取って、彼女はレディに向けて咆哮した。

 

「レディ……! わたしは、あなたの今の心……この城を、たとえぶち壊してでも!!

 貴女をこんな寂しい場所から―――力尽くにでも、引っ張り出す!!」

 

 イリヤの全身が発光する。

 通常の魔術回路のみならず、筋系、リンパ系、神経系、血管系。

 体を走る生命維持に必要なシステムを全て魔術回路として利用して。

 通常の限界など遥かに超越した力が、彼女の中で暴れ狂う。

 

 そんな魔力が、ルビーとサファイアが合体したステッキに集っていく。

 

「“多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)”ァアアアアア――――――ッ!!」

 

 もはや魔力砲、などと呼べもしない圧倒的な力。

 真っ当な宝具さえも超越した魔法少女が持つ奇蹟の煌めき。

 本当にこの城を更地にするのではないか、という極光の嵐。

 それがレディが隠された剣の檻へと激突―――

 

 する直前に。

 剣の檻の前方に、七つの花弁が咲き誇る。

 拡がっていく桜色の花に、イリヤの超絶砲撃が直撃した。

 

「盾の宝具――――!?」

 

「それでも、この一撃が防げるはずが……!」

 

 この一撃に限っては、先程のエクスカリバーさえも凌駕していると確信できる。

 ならば、彼女が投影できるどんな宝具も相手にはならない。

 ―――そう言ったサファイアの言葉に反し。

 

 イリヤの文字通り全身全霊の一撃が、そこで止まった。

 それほどの一撃を以てして、しかし。

 直撃しているというのに、七つの花弁のうち一枚すら欠けない。

 

 余波だけで周囲に広がっていく剣群は消し飛んでいく。

 それでも、正面に立ちはだかる盾だけは壊せない。

 一枚目がようやく少しだけ千切れ始めた、その程度。

 

「ぐ、う……あ、―――……ッ!?」

 

「そんな、どうして!?」

 

 反動で悲鳴を上げ、何とかそれを噛み殺すイリヤ。

 彼女の手の中でサファイアがあまりにも今までと隔絶した強度に困惑する。

 

「―――固有結界の性質から、あらかじめ予測しておくべきでした……! レディはそもそも、戦闘になど向いていない……! けれど、何かを守る事にだけは特化している魔術特性……! 向いていない戦闘用のエクスカリバーをいとも容易く何度も投影するだけの能力を、全て防御に回した場合は、どんな攻撃をも凌ぐシェルターになり得る、と!」

 

「無理よ……! 無理! どれだけ無理を重ねたところで、あなたじゃ私は倒せない!!

 私はファースト・レディ! 自分の名前を忘れ去るほど遠い過去から、ずっと……! ずっと魔法少女だった……! 呪わしい願いを積み上げ続けた私に、あなた程度が――――!!」

 

 ―――それでも、そんな泣き喚くような声を聞いて。

 イリヤスフィールは唇を噛み締めた。

 

「それ、でも……! ルビー、サファイア、もっと……限界まで!」

 

「いけません! それで勝てる可能性があるなら私たちでどうにかします!

 けれど、これはそんな賭けですらない!」

 

 もはや力の多少の増減など誤差でしかない。

 七枚展開された盾のうち一枚を抜けるかどうか、などというレベルなのだ。

 イリヤがここから少し―――いや、力が倍にまで増したところで、何も変わらない。

 

「それでも……! あそこまで行かなきゃ、レディの心に届かない――――!!」

 

 強引に魔力を引き出し、それを砲撃に押し込める。

 今すぐにでもイリヤの方が破裂してしまいそうな、馬鹿げた魔力の渦。

 そんなものを叩きつけられながら、しかし盾は揺るがない。

 七つの花弁の一枚目が、やっと半壊と言える程度の状態どまり。

 

「イリヤ……!」

 

 体を動かそうとしても、まだ礼装は力を残している。

 何もできない自分に苛立ち、歯を食い縛る美遊。

 だがこんな状況で何もできないのは皆同じだ。

 

 何とか体を起こしたツクヨミも、立香も。

 拳を握って、その激突を見上げるしかない。

 

 そんな、中で。

 

 ―――ひとりじゃ、だめ。

 ―――それじゃあ、あの子と一緒になっちゃうよ。

 ―――あなたはひとりじゃない。でしょ?

 

 ふと、何かがステッキを握るイリヤの手に触れた。

 そこには何もない。何か触れられているなんてことはない。

 なのに、何かが伝わってきていた。

 

 ―――ああ、そっか。あなたも……

 ―――名前も、心も、何もかも消えてしまっても。

 ―――あなたはそれでも、レディを心配する気持ちだけはここに……残していたんだね。

 

 イリヤがステッキを握る手が、更に強く握り締められる。

 ひとりじゃない。自分も、レディも。誰だって。

 だから、なおさらその気持ちを彼女に届けてあげないと。

 

「わたしに、あなたがこれまで感じてきた辛さは分からないけど……!」

 

 盾越しに、剣山に覆われ、隠されたレディを見る。

 レディもまた負けられないと、イリヤに全ての感覚を向けている。 

 

「……辛かったんだよね。苦しかったんだよね。

 誰も悲しまないように、って誰より強い夢を積み上げ続けて……それは、叶わなくて。

 忘れたいんだよね。世界がそんなに辛くて、苦しくて、救われないって事を」

 

「わかって……いるなら―――――ッ!!!」

 

「―――それでも!!」

 

 彼女の意志に従い、カレイドステッキが最大稼働する。

 もういつ彼女が潰れたっておかしくない。

 いや、とっくに潰れていなければおかしいくらいの負荷が常にある。

 全身を走るあらゆる回路が魔力を通し、彼女の全身が夥しいほどの光を放つ。

 

「それでも、そんな夢を信じる想いだってまだこの世界で輝ける!! 夢を信じられなくなって曲がってしまった貴女に……! 今でも夢を信じて魔法少女をやっているわたしが、わたしたちが伝えられる事はひとつだけ―――!!」

 

 彼女は真っ先に夢を諦めた。

 いずれ誰もがそうなるとして、そうなったものを匿うために戦い続けてきた。

 でも、まだそうなっていない魔法少女だっているのだ。

 そんな事にならないようにと願って、必死に足掻いている魔法少女はいるのだ。

 辛い想いを抱えながら、それでも誰かの願いのために戦い続けている者はいる。

 

 だからこそ、

 

「わたしたちは!! まだ!! 諦めてない――――――!!!」

 

 魔法少女たちは、まだ空を飛んでいられるのだと。

 そうしてあなたの辛い気持ちを助けるために戦えるのだと。

 それを全身全霊、本気で伝えるために―――

 

 イリヤの体が虹色の輝きを帯びる。

 彼女の意志に感応して、カレイドステッキが世界の壁を超越する。

 世界を越える感覚を叩きつけてくるその光に、レディが愕然とした。

 

「なに、を……!」

 

 そうして狼狽えるレディの前で、少女の姿がブレていく。

 

 ―――やがて。

 七色に別れた光と共に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当然のようにその違いは何もない。

 七人全てが紛れもなく、本物のイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 手にしているステッキは勿論、ルビーとサファイアが交わったカレイドステッキ。

 

「―――分身、いえ、別世界の自分をこの場に引き込んだ……!?」

 

「わたしたちはひとりじゃない―――!

 ひとりじゃ足りなくて勝てないなら、こうして力を合わせて勝てばいい――――!」

 

 ―――こういう意味じゃないよ……!

 

 亡霊(エコー)が追加で虚しく響く。だが、それに気付かれることもない。

 七人のイリヤは互いに顔を合わせて力強く頷き合い―――既に放っている最中の一人を除き六人全てが、“多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)”のための予備動作に入った。

 

 イリヤが命を懸けて、レディが展開した七枚の花弁の盾の内一枚を破れるかどうか。

 つまり―――七発同時に叩き込めば、七枚全てを吹き飛ばせるということだ。

 

「“少女たちの夢が掛けた(プリズマ☆スプラッシュレインボー)、――――!!」

 

 七人七色。それを全て合わせて虹色。

 ―――彼女に言葉を添えてくれた魔法少女だった人の想いも載せて。

 彼女たちは、絶対必勝のために今度こそ最後の一撃を解き放つ。

 

多元重奏虹色砲撃(クウィンテットフォイア)”ァアアアアア――――――――ッ!!!」

 

 迸る七色の極光が交わって、虹色の砲撃となって花弁の盾に再激突する。

 壮絶の炸裂音を立てながら弾けていく花弁。

 それを必死に支えながら、レディの感情が遂に決壊した。

 

 彼女の心が存在を支えていた城も、それを呑み込むように拡がっていた剣の荒野も。

 纏めて呑み込む虹色の光の中で、堪え切れなくなった涙がレディの頬に滂沱と流れていった。

 

 

 




  
・“少女たちの夢が掛けた、(プリズマ☆スプラッシュレインボー・)多元重奏虹色砲撃(クウィンテットフォイア)
 申し訳程度の水着要素。
 絶対に勝てない、と断言された事実を覆すために選んだ手段。一人で勝てないなら七人に増えて数の暴力で勝てばいいのでは? という最強の最適解。別時間の自分を六人ほど一時的に呼び寄せ、七人同時に“多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)”をぶっ放す。

 これを喰らうかレディに取り込まれるかの二択。
 レディの中でクロは死を覚悟した。

 例え相手に敵わなかろうが、夢が叶わなかろうが。
 それでも、願った夢のために進み続ける。
 その姿こそが、きっとレディも含めて誰もが最初に憧れた魔法少女の姿だったはず。

 だったら。最初に始めたあなたがかつてそうだったように、今の魔法少女として生きている自分もそうしているよ、と示すために。
 彼女は夢見る少女にだけ許される魔法の奇蹟を手繰り寄せた。

 たとえ達成できずとも、諦めずに前に進み続けることこそ何より尊い―――
 
イリヤ「そう! わたしはそれをあの夕暮れの日、跳べない高跳びに挑戦し続けるお兄ちゃんの背中から教わったんだから……!」
凛「!?」
ルヴィア「!?」
桜「……………………………」
 
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