Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
オルレアン、監獄城。
そこを本拠とする竜の魔女にとっての最終防衛ライン。
中央大階段。
その上で彼―――あるいは彼女は、目を瞑り待ちわびていた。
「…………来たね」
目を開き、大階段下まで辿り着いた敵へと視線を送る。
カルデアのマスター二人。
盾のサーヴァント、ジャンヌ・ダルク、アマデウス・モーツァルト……
そして、マリー・アントワネット。
生前に知る姿とは別物だが、しかし彼女の笑顔は記憶に鮮烈に焼き付いている。
「……あの時はちゃんと挨拶できなかったけれど。お久しぶりね、シュヴァリエ・デオン」
「ええ。このような形で再会は不本意だけれど―――貴女への敬意も忠誠も揺らぐはずがない。
王妃、マリー・アントワネット。
私がフランスを滅ぼすべく剣を執るなどという悪夢の中で、貴女がフランスを守るために立っているのは、この私にとっては代え難い希望だ」
彼女にそう言って微笑み、サーベルを構える。
心情はフランスを守る彼女たちの側にあるとはいえ、しかし剣閃に淀みはない。
シュヴァリエ・デオンの剣は、間違いなく世界を滅ぼすために振るわれる。
「
「いや、ジャンヌたちは通してもらうよ」
〈ジオウ!〉
前に立つのはマスターの一人、変身することでサーヴァントとさえ張り合う戦士。
そうくるのは分かりきっていた。
ただくすり、と小さな微笑みをこぼして彼と相対する。
「我らが身を焦がす竜の魔女に与えられた狂化。
聖女マルタは制御してみせたが―――残念ながら、私たちに出来るのはせいぜい、自分の意志でこの破壊衝動を向ける標的を絞ってみせることくらいだ。カルデアのマスター……」
「俺は常磐ソウゴ」
相手の名乗りにふっ、と更にもう一度小さく笑うデオン。
すぐさまその笑みが消え、サーベルの先端がソウゴの喉元へと向けられる。
「常磐ソウゴ。この身を灼く破滅への衝動、その身で受ける覚悟があるか?」
起動したライドウォッチをジクウドライバーに装填する。
背後に形成された時計が針を動かす中で、ソウゴはデオンを正面から見返した。
「あんたも、黒ジャンヌたちを止めたいんだよね。
だったら俺たちがあんたのことも、黒ジャンヌのことも止めてみせる。
これ以上、誰も破滅になんて向かわせない」
「よくぞ言った、ならばこの身に加減はない。
立ちはだかる狂気の白百合は、君の力で乗り越えてみせるがいい―――!」
大階段最上、そこからシュバリエ・デオンの体が跳んだ。
狙いは言わずもがな、ソウゴ以外にありえない。
その瞬間には彼が振り上げた手が、ジクウドライバーの回転を導いていた。
「変身!」
〈ライダータイム!〉
瞬時に展開されるジオウのスーツがソウゴを覆う。
殺到するデオンの刺突を腕で打ち払いながら、ジオウはその場の最前線に立つ。
手の中に出現させる字換銃剣・ジカンギレード。
ケンモードにしたそれを、デオンを目掛けて斬り上げる。
その剣を受けることなく退いて躱すと、大階段を開けるように階下の床へと着地した。
〈仮面ライダー! ジオウ!〉
遅れて戻ってきたライダーの文字が、ジオウの頭部に合体する。
インジケーションアイが一度大きく輝くと、変身シーケンスの完了を示した。
―――意図的にだろう、大階段の防衛を空けたデオンを見て、一度立香たちへ振り返る。
彼女たちは肯くと、その階段を駆け上がっていった。
デオンはただジオウだけを見ている。
ジオウだけに破壊衝動を向け、他に視線を奪われないように。
「……ところでさ。何で黒ジャンヌはこんな風に戦力をばらしたの?」
「―――私には推測することしかできないけれど、ファヴニールごと竜殺しの剣に吹き飛ばされかけたのが堪えたのだろうさ!」
言葉に発しながらの静かな足捌き。まるで踊るように優雅な体運び。
それがふとした瞬間に苛烈な攻撃に切り替わる、シュバリエ・デオンの剣。
ジカンギレードで捌き切れないサーベルの先端が、幾度かジオウのスーツ表面を擦過する。
サーベルと接触した部分から飛び散る火花。
「怖がった?
弾け飛ぶスーツ表面からの火花。
その見た目は派手でも、ダメージ自体はそうでもない。
元より剣技という点でソウゴは相手に追い縋れていると思っていない。
多少のダメージは覚悟の上で、攻略の糸口を探すべきなのだ。
そんな中で、デオンの言葉に違和感を覚える。
「ファヴニールに騎乗しての決戦を挑めば、どうしたってジークフリートがついて回る。
あの竜殺しは明確にファヴニールの弱点だ。その上、彼女は彼の宝具を味わったんだろう?
だからこそ、ファヴニールの勝利を信じられぬほど弱気になった。
ファヴニールという戦力を過信していたからこそ、あの竜に全ての戦略物資を注ぎ込んだのにね。だったらどうするか」
純粋な踏み込みの速度だけならば、ジオウとてデオンに負けるわけではない。
床を踏み砕く勢いをもって、一歩で踏み切ると同時に一閃。
ジカンギレードによる横一閃を、しかしデオンはギレードの腹にサーベルを宛がい、サーベルの刀身に沿わせるようにして易々と受け流した。
これが巧いってことか、と。
ソウゴは感服しながら、しかし強引にでも攻め続ける。
「だから、
「勝てるというならそれが最上だろう。だからここに至るまで君たちが脱落させたサーヴァントの魔力は、全てファヴニールに与えられた。
そのファヴニールが相手に手傷を与えることだって、大いに期待しているだろう。
そしてその戦いの後、ファヴニールが墜とされれば注がれていた魔力もほぼ聖杯に還り、今度はその魔力でサーヴァント召喚が行える、という寸法さ」
「ファヴニールを倒したと思ったら、次はファヴニールだった魔力の分のサーヴァントと戦わなくちゃいけなくなるってことか」
その間にもジカンギレードがジュウへと変形している。
連続する発砲音。
白百合を思わせるマントを翻しながら、デオンはそれを足捌きのみで回避してみせた。
花弁がふわりと舞うように、距離を詰め切ってくる白百合の騎士。
「つまり、まだ入ってこられたら困る状況だったってことだよね」
「そのためのカーミラで、そのための私さ。
私たちが時間稼ぎをしているうちに外の戦いで決着がつけば、君たちは新たに召喚したサーヴァントたちを一気に相手にすることになる」
だが、どちらのサーヴァントもそれを無視した。
自分の衝動を向けるべき特定の相手に執着することで、狂化の縛りを僅かながら緩和した。
もっとも、カーミラの感情はデオンのように意図的なものではないだろうが。
撓るように振るわれるサーベルがジオウの表面を打ち、火花を撒く。
一撃を当てたかと思えば、すぐさま距離を離してしまうデオン。
「バーサーク・アーチャーは脱落し、聖杯にその分の余裕はあるだろう。
だが、サーヴァント一体が脱落したからサーヴァント一体分の魔力が浮く、なんて話はない。そのサイクルの中で運用すれば、どうしたって魔力のロスは発生する。今の聖杯には、まだサーヴァント一体分の余裕すらないだろう。
だから、そのロスすら気にする必要もないほどの大きな魂であるファヴニールには、早く退場して欲しいと思っているだろうね、彼女は。
―――聖女が彼女の元に辿り着くだろう今になっては、もう遅いだろうが」
「―――つまり、もう倒しちゃいけないって状況は終わってるんだよね?」
ジオウの体が跳ねる。跳躍しての大上段からの唐竹割り。
即座に反応したデオンが半歩引き下がる。
その位置の踏み込みでは、これだけで剣は届かなくなる。
ジオウの着地と同時、ガキン、とジカンギレードの刀身が床に大きく斬りこんだ。
返すデオンの踏み込み。
ジカンギレードを上から踏み付け、引き抜くことを妨害しつつの刺突撃。
サーベルの切っ先が狙うのは頭部以外にない。
風を切り裂き、突き出されるサーベルの刃。
その刃が目標を貫く前に、ジオウの顔面の方からデオンの方へと接近してきた。
「ッ……!?」
〈フィニッシュタイム!〉
彼の左腕は既にベルトにあり、その操作を完了している。
ライドウォッチの必殺技待機状態への移行。そしてジクウドライバーの回転。
そして右腕もまた既に剣の柄にはかけられていない。
拳に集約されていくライドウォッチのエネルギー。
遅い、と理解しつつもデオンはすぐさま退避のための行動に移り―――
〈タイムブレーク!!〉
バックステップで離れようとする胴体に、ジオウの右拳が叩き込まれた。
弾き飛ばされるデオン。その体が悪趣味な調度品を巻き込みながら吹き飛ばされる。
それが、監獄城の壁へと衝突して停止した。
「ぐっ……!」
ダメージはあの体勢から出来る限り逃がした。直撃だけは避けた。
だが今ので決着していてもおかしくないほどの威力。
その事実に驚嘆して抱く、これほどまでとは、という思考。
いや、竜種を正面から止めていた、と考えるのなら当然の膂力だ。
甘く見ていた自分を小さく笑うデオン。
ジオウは握っていた拳を開き、床に突き刺さったギレードを引き抜く。
「なら俺は、あんたを倒してでも止める。それで―――世界を救う」
「―――望むところだとも」
肉体に入ったダメージを、狂化のおかげで無視できる。
例えその結果が霊基の崩壊につながるとしても、何も惜しむことはない。
崩壊するならば崩壊してしまえ、という気持ちは飲み干して立ち上がり、構えるサーベル。
今になってここで終わるわけにはいかない、と心を奮わせる。
この身は悪逆の徒としてフランスを焼くためだけの存在だったのではない。
これから戦いに身を投じる勇者の礎になるためだったのだ、と。
魂を奮い立たせ、彼の前に立ち塞がる。
「我が身、我が剣を討ち滅ぼし世界を救え少年。
キミにならば成し得ると、この私を討ち取って証明してみせるがいい―――!」
竜の魔女へと繋がる最後の回廊。
そこにはギチギチと声ならざる声を上げる、巨大なヒトデのような怪生物が立ちはだかる。
溶解液を撒き散らしながら暴れる怪生物。
それを旗の穂先で薙ぎ払いながら、ジャンヌ・ダルクは止まらずに走り続ける。
「……ッ、大丈夫ですかマスター!」
「な、なんとか……!」
廊下に敷き詰められたそれらを盾で殴り飛ばしながらのマシュの声。
マリーの歌声とそれを補強するアマデウスの演奏により、恩恵を得ているマシュとジャンヌ。
この程度の相手ならば幾らでも相手に出来るが―――
「これ、この狭い通路で液体攻撃となると回避のしようがないね……!」
すでに壁や床は散乱した溶解液で穴だらけになり、酷い悪臭を周囲に振り撒いている。
マシュが立香の周囲を守り、ジャンヌが切り込み薙ぎ払う。
そうして何とかしているが、だが足は遅々として進まなくなってしまう。
早急に黒ジャンヌのいる場所まで乗り込みたいのに―――
「こうなったら、マシュの宝具でいくよ!」
「わ、わたしの宝具で、ですか……!?
すみません、マスター。流石にこの状況を宝具を展開しても、どうにも……!」
盾でまた一匹殴り飛ばしたマシュが困惑する。
そんな彼女に向かって、立香は自信ありげに肯いた。
「ジャンヌ! いったん戻って!」
「了解です!」
旗を一回転させて怪生物を薙ぎ払うジャンヌ。
そのまま床を蹴り、体を跳ね上げてこちらへと帰還する。
そうなれば自然、わらわらとこちらへ群がってくる生物たち。
「それでどうするんだいコレ?」
指揮棒を振るいながらもこちらに確認してくるアマデウス。
そんな彼に対しても立香は自信ありげに首を振る。
ただ近づいても殴り飛ばされていることが分かっているのか。
怪生物たちは一定の距離まで近づき、停止。
大量の魔物たちは、纏まって体を振るわせ始めた。
「溶解液、マシュ―――!」
「はい―――“
即座に展開される光の盾。
その瞬間、魔物たちは口から大量に液体を吐き出し、浴びせかけてくる。
ただ、マシュ・キリエライトの構える光の盾を越えることなどできるはずもない。
間違いなく着弾するが、何のこともなくただ流れ落ちていき―――
「よし今! マシュ、その溶解液がついたままの盾で突撃―――!」
「え」
立香がマシュの背を押して、走り出す構えに入る。
「マ、マスター!?」
「この狭いところで逃げる場所がないのは相手も同じ! だったらこれで突撃すれば!」
「分かりましたのでマスターは下がってください……! ジャンヌさん、マスターを!」
「わ、わかりました…!」
溶解液滴る光の壁が、突如自走しはじめた。
相手から撃ち込まれた攻撃を、逆に相手を溶かすための手段として利用する。
接触すると同時に焼けてのた打ち回る怪生物たち。
それから立香を庇うようにしてるジャンヌが、その光景に眉を顰めた。
「マスター、やはりこの方法では流石に敵が一気には溶けないようです。
これでは引っかかってしまい先に進めません」
「ジャンヌ……キミ、その反応でいいのかい……?」
ぎゅうぎゅうと盾を押し込み続けるマシュ。
ごろごろ転がっている怪生物は、溶解液で溶けた床か壁に引っ掛かり動かなくっている。
だが、こんなにも宝具を展開し続けていては、魔力が黒ジャンヌまで保つまい。
「―――しょうがない。ごめん、マシュ! 一回下がって……!」
瞬間、何かが致命的に折れるような音が響く。
そのあまりにもな音にビクリ、と立香の体が反応する。
「マ、マシュ、大丈―――!」
マシュに声をかけようとしたその途端、マシュが怪生物を押し込んでいた場所から床が抜け始めていた。咄嗟に下がったマシュ以外。集められていた敵は全てそこに落ちていく。
床だけではなく壁も、溶解液で穴だらけになった場所は連鎖的に崩れていってしまう。
床の穴に雪崩れ込んでいく瓦礫の山。
「――――えっ、と。マスター、床が抜けてしまいました」
宝具を解除したマシュが、茫然と呟きつつ立香をうかがう。
通路に溢れていた化け物は、溶解液に沈んだ通路の崩壊に合わせてほぼ落ちてしまった。
後から壁も崩れ落ちて生き埋め状態だろう。
あの程度で倒せたはずもないだろうが―――
しかし、穴の開いた通路を飛び越えていけば関係ない。
「……うん。結果オーライ? よし、先に行こう!」
とにかく急げ、と。黒ジャンヌに向けての進軍を再開する。
崩落した通路をマシュに抱えてもらい飛び越えて、目指していた最後の扉に辿り着く。
力任せに扉を破ると、そこは城の中心に相応しい玉座じみた光景だった。
ただ異様なのは、その中心にいるのが黒い聖女であること。
そして彼女を中心に魔法陣を描き、何らかの魔術を行使しているであろうということ。
「………思っていたより早かったですね。
まだこちらのリソースは確保できていないというのに……」
入来者を見た黒ジャンヌは、小さい声でそう吐き捨てた。
そして苛立ちを隠さぬままに、黒ジャンヌは傍に控えたジルへと視線を向ける。
目を向けられたジル・ド・レェはすぐさま跪いてみせた。
「では、ジャンヌ・ダルクよ。
貴女はそこで新たなサーヴァントを召喚する準備を進めていて下さい。
あの我らが居城に土足で踏み込んだ不心得者どもは、私が始末を……」
「“
白のジャンヌが一歩前に出ながら、黒のジャンヌを見据えてその名を呼ぶ。
その声に、黒ジャンヌは彼女の姿を改めて見つめ返した。
「戦いの前に、最後に一つだけ貴女に訊きたいことがあるのです。ジャンヌ・ダルク」
「ここに至ってまだ問答とは、あなたという人間はどれほどまで―――」
「貴女は、
ピタリ、と。ただ一つの問いかけを前に、黒いジャンヌの表情が静止した。
凍りついたように固まった彼女の表情を見る白ジャンヌの前に、横合いからジル・ド・レェの姿が飛び込んでくる。
「おお、おお! 何ということかジャンヌ・ダルク!?
何故貴女が貴女自身と敵対するという!?
何故その身が受けた苦痛と恥辱を晴らさんと世界を焼く、己が心を阻まんとする!?
聖女を裏切った世界に、何故聖女が味方をする!?」
ジャンヌがジャンヌと向き合うことを邪魔するように、ジル・ド・レェは立ちはだかる。
狂乱の叫びは、彼女の瞳にはいっそ痛々しい慟哭と見えた。
―――そこでようやく納得できた。
可能性だけなら考えないでもなかった。
だが、そんなことをする必要がないと思っていた。
彼という高潔な騎士にとっての自分は、そんなことをする理由にはならないと思っていた。
「ああ、そうなのですね。ジル・ド・レェ―――貴方が、私を……」
「何を……! 何を言っているのです! そんな、そんなものが何だというのです!」
黒ジャンヌが一歩、二歩、とジャンヌから距離をとる。
彼女自身も理解できない恐怖が、何故か彼女の中で渦巻き始めていた。
白ジャンヌが黒ジャンヌに対して離された分、距離を詰める。
「っ………!?」
「ええ。私がこうなった今でも思い出す、ただの村娘であった時の思い出。
それが何なんだと問われたならば、あえてこう答えましょう。ジャンヌ・ダルク。
―――そんなもの、何でもありません」
瞳が揺れる黒い魔女を前に、白い聖女は揺るがない。
ただただ、彼女が生前も死後も信じ続けた真実だけがそこにある。
「なんでも、ない……!?」
「だってそうでしょう。私たちはサーヴァント、生き抜いたものがこの世界に残した影法師。
言ってしまえば、貴女も私も本物のジャンヌ・ダルクなどではないのですから。
だからこそ―――私も貴女も、今ここにいる私たち自身の行動と心によって測られる」
彼女の手の中で白い旗がはためく。
フランス軍を導いた、聖女が掲げ続けた旗印。
「貴女がジャンヌ・ダルクとして抱いた真実を否定できるものはいない。
私がジャンヌ・ダルクとして抱いた真実を否定できるものはいない。
ただ私は―――止めます、貴女を。この国を、世界を守るために、ジャンヌ・ダルクとして。
だって私がジャンヌ・ダルクであってもなくても、私が抱く想いも、やりたいと願ったことも、何も変わらないのだから」
鋭く尖るジャンヌの視線が、目の前に立つジル・ド・レェに突き刺さる。
思わずと言った風に、一歩だけ引き下がるジルの巨躯。
「だから退きなさい、ジル・ド・レェ。
貴方がその背に庇う彼女がジャンヌ・ダルクだと言うのなら、この戦いは必然なのです」
「おお……ぐぅうぁああああッ―――!!!
何故だ!? 何故そこまで邪魔をするのですジャンヌ!?
もう少しで憎きこの国を焼き滅ぼせると言うのにィ――――!!!」
彼の慟哭、悲鳴を受け止めて、彼女は小さく目を伏せる。
しかしすぐに顔を上げて、彼の憎悪に歪んだ瞳を見返した。
「貴方は憎んだのかもしれない。けれど私は憎まなかった。
ただそれだけなのです、ジル。私という小娘の旅路を支えてくれた、フランスの誉れ」
「そうだとも!! 貴女は憎まなかったのでしょう!!!
ですが私は憎んだ!!! この国を! 世界を!! 神を!!! ただそれだけなのだ!!!
この世界を、この国を滅ぼす理由など、それ以外に必要あるものかァ―――ッ!!!」
ジルのローブの中から蛸足のような何かが零れ落ちてくる。
彼の手にはいつの間にか、人皮で装丁された悍ましい本が握られていた。
どこに入っていたのだ、というほどあふれる触手を顕現させ、ジルの体は宙を舞う。
そんな彼が声をかけるのは背後に庇う茫然自失の竜の魔女。
「おお……! 痛ましきジャンヌ・ダルク……今度こそ私が救い出しましょう!!
悪辣なる神から! 醜悪なる世界から! そして今こそ完遂するのです、復讐を!!!」
黒いジャンヌに向けられた、嚇怒と慈愛の入り混じる彼の声。
それはけして、生前の戦場を覚えている彼女の知らない声ではない。
もっと優しかっただろう。もっと誇りに満ちていただろう。彼の声。
でも、その声は。
どんなかたちであれ、ジャンヌ・ダルクの助けであれと願う声には変わりない。
知っている人の知らない姿。
目の前の復讐鬼は自分という人間が駆け抜けた結末、その一つ。
それを正しく受け止めて、ジャンヌ・ダルクは旗を振り翳し―――
ガチリ、とその場の全てが静止した。