Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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スラッシュストライク1431

 

 

 

 シュヴァリエ・デオンの身のこなしは、更に加速する。

 壁面も天井さえも足場であるかのように、ジオウの周囲を縦横無尽に跳ね回る。

 上下左右前後、全てが彼女の行動範囲だ。

 

 ジオウがその攻撃を防ぎきれずに被弾する回数は確実に減っている。

 だがしかし、反撃に回る機会がジオウへと与えられない。

 デオンの描く惑乱の刃は、少しずつ彼を消耗へと追い込んでいく。

 

〈ジュウ!〉

 

 ジカンギレードを変形させ、銃弾をデオンに向かって撃ち放つ。

 風に揺れる花のように足を運ぶその身には、けして当らない。

 だがその攻撃は、デオンが背後にした壁や天井を容赦なく砕いていく。

 

 足場に散乱する瓦礫、崩れていく壁や天井。

 立ち回りの邪魔になる障害物増加で、デオンにとって悪条件と化していく戦場。

 ジオウの戦術に対し、デオンの口に小さく笑みが浮かぶ。

 

「強引だね!」

 

「ごめん、こうしなくちゃ勝てそうになくてさ!」

 

 ピンボールのように弾けるデオンが直上からジオウを襲う。

 そのサーベルの一撃を前腕の籠手で受け、防御。

 対して、即座のヒットアンドアウェイ。

 デオンは止まることなく、ジオウから確実に距離をとってみせた。

 

 相手にしているとよく分かる。ジオウの鎧。

 攻撃力、防御力―――どちらも高く、真っ当な手段で凌駕できる存在は、そういないだろう。

 つけいる隙があるとするならば、未だ経験の浅さを感じさせる立ち回りだ。

 とはいえ、ここぞという時に決めにくる胆力、決断力には現時点でも優れている。

 あとはそこに運ぶまでの道筋の立て方。

 

「“百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)”――――!」

 

 ジオウの目の前で、剣閃が翻る。

 刀身の煌めきはさながら百合の花弁が散るかの如し。

 その剣を受けようとケンモードに変形したギレードを構え―――

 

 しかし、見えている剣とはまるで違う場所からの斬撃がジオウを捉えた。

 視界に映るのは激しく飛び散る火花と百合。

 それを見て、口惜しげにソウゴが言葉を漏らす。

 

「幻覚……!」

 

 ジオウの知覚能力さえ欺き通すデオンの宝具が解放される。

 その能力こそシュヴァリエ・デオンの生き様、技量の具現。

 今のジオウには外部から得られる情報がどこまで正確なのかさえ把握できない。

 目の前にいるデオンの姿さえ、本物ではないのだろう。

 

 再び襲ってきたらしい剣尖が、ジオウの胸部に炸裂した。

 弾き飛ばされるジオウが床を転がりながら思考する。

 

「目に見えなくても確かにいる。なら、とにかく闇雲に攻撃する?

 いや多分、そうされてもどうにかできるんだ。だったら……!」

 

〈ジュウ! タイムチャージ!〉

 

 ギレードリューズを押し込み、その銃口を壁に向ける。

 

「こうしてみる!」

 

〈ゼロタイム! スレスレ撃ち!〉

 

 迸る閃光。撃ち放たれた銃撃が、城の壁に大穴を開けながら突き進む。

 ジオウはすぐさま立ち上がり、そのぶち抜かれた壁に向かって走り出した。

 

 その背を眺めながら、デオンは片目を瞑る。

 

「……一直線の道を作り、そこに敢えて追い詰められる。

 確かにそれなら、全方位からの攻撃を警戒する必要はなくなる。その上、君の火力があれば追ってきた私に、避け切れない大火力を叩き付けることさえ可能だ」

 

 だが、と。デオンはサーベルを閃かせる。

 その鋭さに斬断された城の壁が、がらがらと崩れ落ちた。

 

「ここは洞窟でもなんでもない。素直に正面から追う必要はない。

 むしろこれで、私の宝具の影響を受けている君には()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ひらりとデオンが崩れた壁を乗り越える。

 足場には瓦礫が散乱しているというのに、その足取りには音すら生じない。

 監獄城の間取りを思い起こしながら、ジオウが進んでいったはずの方向へ走り続ける。

 

 ―――辿り着いたのは、拷問施設のような入り組んだ部屋。

 といってもこの城はどこも悪趣味な施設ばかりで、元からそんな部屋しかないが。

 

 その場で、居た、と。

 デオンがその部屋の奥で立っているジオウの姿を発見し、目を細める。

 どうやら彼は、指折り何かを数えているようだ。

 

 狭く、壁と多くの器具で入り組んだ部屋。

 この場で二人乱戦をするとなれば、先程まで以上にジオウを攪乱できるだろう。

 デオンの動きと宝具の合わせ技ならば、この部屋は脱出不能の彼を閉じ込める牢獄に―――

 

 ふと、そんなこと相手も分かってるはずだ、と思い至る。

 だというのに彼は何故か呑気に何かを数えて―――

 

「うん。そろそろ追ってきてるよね?」

 

「ッ――――!」

 

「やっぱり」

 

 息を呑む音を、ジオウの強化聴覚が拾った。

 だが、すぐに冷静さを取り戻す。いるだろう、ということが分かっても意味はない。

 すぐさま体を翻し、声を漏らした場所から離れる。

 

 これで条件はリセットされた。

 彼は壁を背にしているが、まともになった状況はそこだけだ。

 あとはじっくりとこちらの方が削って――――

 

「この狭い部屋の中なら逃げられない。あとは魔法みたいな幻影に、魔法で対抗する!」

 

〈ウィザード!〉

 

 ジオウが腕のホルダーから、新たなウォッチをその手に取る。

 ウェイクベゼルを可動しウィザードの顔を完成させ、スターターを押し込み起動。

 そのウィザードウォッチを、ジカンギレードに装填する。

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

「はぁああああッ――――!」

 

 そうして、ジオウはその剣を()()()()()()()()()()()()

 

「な……にっ……!?」

 

 瞬間、床が砕けその下の地面が隆起してきた。

 床を割り、壁を砕き、天井までをもぶち抜いて。

 この小部屋に逃れ得るスペースはどこにも存在していない。

 たとえデオンの身のこなしであっても、身を寄せる逃げ場が無ければ逃れられない。

 

「大地で囲まれた……? だが、ッ!?」

 

 デオンはそれでもなお。

 その空間の中で幻影の立ち回りを演じようと、立ち上がった壁を蹴る。

 ―――その足がつるりと、勢いを殺すように滑った。

 

 唖然としながら今まで土であった壁を見る。

 そこにあったのは、一瞬で周囲一帯が一気に凍り付いている光景。

 デオンの踏み込みは、氷の壁の上で滑っていた。

 

「氷で覆われている―――!? それに……!」

 

 体が動く。動かそうとしているわけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 氷の地面に着地したデオンは、そのまま突風に導かれて強制的に氷上を滑らされる。

 

「風に攫われる―――か……!」

 

 風が目指す一点とは、言うまでもない。

 そちらに視線を送れば、構えた剣に炎を滾らせて待ち構える勇者の姿があった。

 火竜の息吹にも似た爆炎の剣を手に、ジオウが()()()()()()()()()()()()()()を睨む。

 

「俺は世界を救う。だって俺が王様になりたいのは――――!」

 

「―――――」

 

 炎の剣を構えた勇者を見据えるデオン。

 その意志に従い、宝具による魔力効果が解除される。

 

 ジオウの視界から白百合の乱舞が消え、正しくデオンの姿が映りだす。

 ソウゴの目に、正面に立ち誇る白百合の騎士の姿が現れた。

 インジケーションアイの放つ光。それを強い眼光をもって見返すシュヴァリエ・デオン。

 

「――――来い、常磐ソウゴ!」

 

「――――俺が、世界の希望だ……!」

 

〈ウィザード! ギリギリスラッシュ!!〉

 

 氷上でなおその剣舞に陰りなく。

 床を爆砕するほどの踏込みで突撃するジオウを、シュヴァリエ・デオンが迎え撃つ。

 希望の炎を纏う剣が、あらゆる威力を受け流す細剣に衝突する。

 

「ッ……!!」

 

「オォオオオオッ――――!!」

 

 ―――衝突は、一瞬だった。

 剣同士のぶつかり合いはすぐに結果が出て、二人の姿が交差する。

 

 デオンの手がだらりと下がり、その手に握っていた砕け散ったサーベルを取り落とす。

 炎の剣はそれだけに留まらず、デオンの霊核をも打ち砕いていた。

 ―――自身が下した相手の姿を見るために、ジオウが振り返る。

 

 彼に背を向けたままデオンの口元が帽子の下で小さく笑った。

 崩れ落ちそうな足でしかし立ち誇りながら、帽子を被りなおす。

 

 致命傷だ。この身が消え失せるまでそう時間はない。

 だが敗者の責務として、彼の戦いに出来得る限り賞賛を送る。

 

「―――見事。邪悪なる我が身を打倒せし勇者よ。

 その覚悟。その力。私は信じよう……それは、世界を救うに足るものである、と」

 

「……うん。ごめん、俺には止めることしかできないから」

 

「気にしなくていいさ」

 

 ソウゴの言葉に笑みで返していたデオンが、自分で言った言葉に違うな、と首を振る。

 

「……いや、こちらが救われたんだ。だからこそ、謝罪するのはこちらだ。

 すまない、そしてありがとう。

 ―――ただ王妃にこのような無様を見せてしまったのは、少し心残り、だったな……」

 

 サラサラと金色の魔力が砂のように崩れていくデオン。

 最期に少しだけ哀しそうな顔をするデオンを見送り、ソウゴは緊張を解いた。

 

 その瞬間、バキリとなんかすごい致命的な音が聞こえた。

 

「え?」

 

 音の方。それは恐らく天井だ。なので自然と天井を見上げる。

 バキバキバキィ、と。凄い完全にいった、と確信出来るやばい音。

 うぇえ、と思わず声に出る。

 

 土の上に氷を張ったスケートリンクと化したフィールドを見回す。

 デオンを逃がさないように、と完全に出口がない空間だ。

 

「えぇ……うっそぉ……」

 

 上を見る。周りを見る。上を見る。

 次の瞬間には、天井が完全に崩れて岩雪崩が巻き起こった。

 とにかく端っこの方へと逃げて、生き埋めを回避しようと足掻くしかなかった。

 

 

 

 

「うぐぅう……!」

 

 瓦礫を掻き分けながら、何とか地上に顔を出す。

 というか、瓦礫どころかなんか凄い溶解液とか気持ち悪い、タコ? イカ?みたいなのも落ちてきた。しかも上からは立香達の声がしてたとジオウの聴覚が捉えている。

 崩したのあいつら? とぐぬぬと体を震わす。

 

 実際は上と下、両側から好き放題に破壊活動をされた結果だが。

 むしろどちらかといえば、下の方がやりたい放題したせいで崩れたといってもいい。

 

「とにかく、立香たちがいたってことはあの天井の穴に行けば近道なんだよね」

 

 足元に埋もれている変なのを避けつつ、そちらを目指して駆け上がる。

 大穴の空いた天井から飛び上がり、上層階へとショートカット。

 その近くに見える開かれた扉へと走り込み―――

 

「おお……! 痛ましきジャンヌ・ダルク……今こそ私が救い出しましょう!!

 悪辣なる神から! 醜悪なる世界から! そして今こそ完遂するのです、復讐を!!!」

 

 嚇怒、悲哀、憐憫―――あらゆる感情がない交ぜになった咆哮。

 それと同時に全てが完全に静止する場面に立ち会った。

 

 広間にジオウが踏み込んだ瞬間、ソウゴの体も一切動かなくなる。

 

「な、に……これ……!?」

 

 その場にいる誰もが困惑する。

 時間が止まっているわけじゃないだろう。意識はある。

 発声できる程度に口を動かすくらいはできる。

 だというのに、それ以上には体がまるで動かない。

 

『なに……!? 何だい……!? どうしたんだい、みんな!』

 

「ド、クター……! なに、これ……! 体、動か、ない……!」

 

 立香が小さな声で問いかける。

 普通に考えれば、どのような手段か分からなくてもそれは敵の攻撃だ。

 だというのに、目の前ではジル・ド・レェさえも同じように静止している。

 

『時間干渉……!? 固有時制御……!? そんな馬鹿な、自身の体に作用させるだけならまだしも複数人相手、しかもサーヴァントまでをも静止させるなんて……!

 そんなこと、仮にできるとしたら神霊クラスじゃないか……!

 ―――サーヴァントはまだしも、立香ちゃんはすぐに効果範囲から出さなきゃ! 生命活動まで強制的に停止してしまうぞ………!』

 

「っ!?」

 

 サーヴァントたちの顔色が変わる。

 どうやっても動けない現状で、すぐにマスターを救出しなければいけない。

 だが、どうすればいいのか――――

 

「そんな必要はない。もともと、貴様たちに用もない」

 

 そんなあらゆるものが静止する空間の中。

 一人だけ、そこが日常の最中であるかのように歩む人間がいた。

 

「俺の目的は、ただ一つ」

 

 誰も首までを動かすことはできない。

 ゆえにその男に対して顔を向けることはできない。

 だが、彼の歩みが悠然としているというのは、その靴音から明白だ。

 

 ―――そして彼が、誰がいる場所に向かっているのかも。

 

「な、に……アンタ……!?」

 

「黒いジャンヌ・ダルク。

 ―――狂人、ジル・ド・レェが聖杯に妄想した“復讐を望むジャンヌ・ダルク”

 どうだ? 本物を目の前にした感想は? 自分とは物が違う、と感じるものか?」

 

「―――――な、に、を……」

 

 この静止した時の中では、目を逸らすことも逃げることもできない。

 白いジャンヌ・ダルクが。ジル・ド・レェが。彼の物言いに声を上げようとして―――

 黒いジャンヌ以外を止める時間の静止が、一段階上昇した。

 今、男に詰問されているジャンヌ以外は喋ることさえできなくなる。

 

「思い至らないか。思い至るな、と厳命されているのか。

 だが内心、理解しているだろう。お前はジャンヌ・ダルクなどではないと」

 

「わた、しは……!」

 

「全てが偽物だ。名も、体も、想いも記憶も感情も。

 つまりお前は―――最初から復讐者ではない。

 何故ならば、お前には最初から復讐する理由などどこにもないのだから。

 お前は、ジル・ド・レェという男が望んだ復讐。その代行者にすぎん」

 

 男は懐から何かを取り出し、手の中で遊ばせる。

 かたかたと小さく震える黒いジャンヌを前に、楽しむように問いかけながら。

 

「ちが……わた、し……は……?」

 

 思い起こす。自分の憎悪の根源。

 地獄の苦しみを想起して、その心の内の復讐の炎に薪をくべる。

 

 そこで、自分が何を燃やしているのかが分からなくなった。

 

「ほう、違ったか? 俺が知らん貴様があったか。では、お前はなんだ?」

 

「ぁっ……! わた、しは……竜の魔女、私を焼いた、この、国に……!」

 

「くっ―――! とんだ冤罪だな、フランスも。

 お前のような誰一人知らん女に、私を焼いた罪を償えと焼かれてしまったか。

 それともこの国ではそんな八つ当たりを復讐と呼ぶのだったか?」

 

 彼女の言葉に、おかしそうに笑う男。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、彼は本当におかしそうに笑う。

 

 では自分の記憶は、なんだというのだ。

 あの地獄の責め苦で覚えた感情はなんだというのだ。

 平和を享受するこの国を見て沸き立ったあの怒りは、なんだというのだ。

 

 ―――私がジャンヌ・ダルクじゃなかったら、私はなんであんな苦しみを味わったのだ。

 渦巻く思考に、自分の全てが塗り潰されていく。

 自分には何があるのだ、何が残っているのだ、そう考えて出てきたものは一つだけだった。

 

「いや…いや……! ジル……! 助けてよ、私を助けてよ…ジル……!」

 

「おかしなことを言うな、お前は」

 

 だが彼はそれすらもおかしそうに一笑に付す。

 

「ジル・ド・レェはジャンヌ・ダルクを見捨てた。奴の火刑を見過ごした。

 ジル・ド・レェの口にするジャンヌ・ダルクを見捨てた者には、奴自身も含まれる。

 だというのに、なぜお前はジル・ド・レェなら助けてくれる、と口にする?

 ジャンヌ・ダルクというのは、誰にも手を差し伸べられなかった女の名だ。

 ああ……ジル・ド・レェが聖女に対して抱いた、自分に()()()()()()()()()()()などという欲求の顕れか?」

 

 彼女の頭を掴み、男は彼女の顔を自分に向けさせる。

 既に得てはいけなかった情報の流入に、彼女の思考はパンク寸前だ。

 だからこそ彼は、彼女へと最後の一押しをかける。

 

「お前はどちらだと思う? ジャンヌ・ダルク。

 ジャンヌ・ダルクを救った気になりたかったジル・ド・レェがお前を作った?

 ジャンヌ・ダルクなどただの口実で、ただジル・ド・レェがこの国を滅ぼしたかった?

 自分が一度見捨てた女の、出来損ないのコピーを愛でる男の思考がお前には分かるか?」

 

「―――――ぁ」

 

「全てに裏切られ、地獄の業火に焼かれた不幸な聖女ジャンヌ・ダルク。

 喜べ、偽物。今のお前のその姿こそ、信じていたジル・ド・レェ(すべて)に裏切られた聖女の姿そのものだ。気分はどうだ? 傍から見ている分には、滑稽で笑えるぞ」

 

 彼女の体から力が抜けていく。

 彼の手が彼女の頭を離すと、停止した時間の中で彼女だけが動き出す。

 が、黒ジャンヌは足の力が抜けたようにそのまま腰を落としていた。

 

 自分の内にある筈のものを確かめれば確かめるほど、何もないことに気付かされる。

 被造物であるという自覚さえなかった人形。

 復讐心という根底すら覆された、虚無の塊みたいな存在。

 

「私は―――じゃあ、なんの、ために」

 

「お前が何であったかと言うのであれば―――

 強いて言うなら、生まれながらの道化といったところか。だが安心するがいい」

 

〈ウィザードォ…!〉

 

 男は手の中に出したもの。

 アナザーウィザードウォッチのリューズを押し込み起動する。

 地の底から轟くような声が、その名を告げる。

 起動したそれを黒ジャンヌへと突き付けながら、男は静かにただ笑う。

 

「“使われるもの”には、その程度が丁度いい」

 

「あ、あ、ああぁああああッ――――!?」

 

 起動したアナザーウィザードウォッチが、黒ジャンヌの体内に侵入していく。

 そのウォッチの内部に秘められた力が解放され、肉体が変貌を開始する。

 指輪のような造形の頭部。髑髏にルビーの仮面を被せたが如き顔面。

 襤褸のローブを纏った怪人が、今ここに再誕する。

 

 その身に充足する魔力は、ソウゴがリヨンの街で見た時より遥かに多い。

 明らかに戦闘力も向上しているだろう。

 そんな怪人の登場と同時に、静止していた時間が再び歩みを開始する。

 

「っ……動ける……!?」

 

「こ、の、匹夫めがぁああああああッ―――――!!!」

 

 それと同時。触手の塊と化しているジル・ド・レェが、怪物と化した黒ジャンヌの傍らに立つ男に、全身をもって突撃を慣行していた。

 そのサイズ。その質量。それはそれだけでも十分に人を殺す武器となる。

 だが、そんなものが迫っていることに男は反応さえ見せない。

 おおよそ一秒後。そのまま行けば、男は潰されて肉塊となることに疑いなく―――

 

しかし、その前に怪人が腕を横に挙げていた。

 

〈コネクトォ…!〉

 

 展開される巨大な魔法陣。歪む空間。迫りくるジルと触手の塊の目前の光景が一気に変わる。

 城の中に円形の空間の歪みが出現し、それが城外の様子を映し出していた。

 城外。つまり―――悪竜と竜殺しの決戦地帯。

 その繋がった歪曲空間の先では、ファヴニールがブレスを解き放つまさにその瞬間だった。

 

「―――マスター!」

 

 ジャンヌが叫ぶ。マシュが立香の前に立つ。

 扉の前にいたジオウが即座に駆け込み、マリーとアマデウスも立香の側へと投げ込んだ。

 一番前に立つジャンヌがそれを見て、即座に旗を掲げたてる。

 

「――――“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”!!」

 

 展開される光の結界。ジャンヌ・ダルクの起こす、神の御業の再現。

 その光の守りがこちらを包んだ、次の瞬間。

 この監獄城は、内側から竜の炎の氾濫によって爆砕された。

 

 

 

 

 触碗の塊が爆発によってバラバラになり、城外へと弾き飛ばされていく。

 至る所が炎に舐められ焼け落ちた監獄城。

 天蓋すらも吹き飛び、今この城は玉座から青空が見渡せるほどに開けてしまった。

 

 男はその竜の炎が生み出した地獄を、いつの間にか玉座に腰かけながら眺めている。

 例外なく破壊を尽くしたはずの炎だというのに、彼の周囲には破壊の痕跡は見当たらない。

 

「タイム、ジャッカー……!」

 

 ジャンヌの光の結界から出たジオウが呟いた言葉。

 それに反応して、彼はジオウへと視線を送った。

 玉座から悠々と立ち上がり、その目をいっそ楽しげに輝かせる男。

 

「なるほど。ウォズから聞いたか、常磐ソウゴ。

 だが残念ながらそれは間違いだ。まだ俺は、タイムジャッカーという組織を立ち上げてはいない。なぜならそれは、2()0()1()8()()()()()()()()()()()()()()()

 俺の名はスウォルツ、呼びたければそう呼ぶがいい」

 

「アンタの目的はなんだ……!」

 

「ふむ……」

 

 燃え盛る城内で、スウォルツは顎に手を添えて考え込む。

 

「そうだな。今の目的は―――言うなれば、便乗か。人理焼却、だったか。

 あれを利用し、俺は俺の目的を果たすべく動いている、といったところだ」

 

 スウォルツがその顔をアナザーウィザードへと向ける。

 その怪人はまるで力を引き出すかのように、身を震わすような唸り声を上げ続けていた。

 すると、アナザーウィザードの胸に金色の輝きが灯る。

 

「あれは……!」

 

『強い魔力反応……! あれがこの特異点を形成している聖杯だ!』

 

「黒ジャンヌが、聖杯だった……?」

 

 アナザーウィザードの胸の中心に発生した金色の魔力。

 それがじわじわとアナザーウィザードの全身にまで広がっていく。

 溢れだすほどの魔力の渦が、怪人の姿を徐々に金色に染め上げていく。

 

「金色の、魔法使い……!」

 

 ルビーの赤い輝きを塗り潰すほどの黄金。

 アナザーウィザードが聖杯を取り込みつつある。

 それが達成されれば、先にウォズが語った能力をこの怪人は発揮しはじめるだろう。

 

「聖杯。これを使い、ジル・ド・レェはもう一人のジャンヌ・ダルクを生み出した。

 自分の“理想のジャンヌ・ダルク”を生み出していたわけだ。

 自分の考えに賛同し、自分の力を頼みにし、自分と言う男を侍らせる―――

 そんなジル・ド・レェにとって都合のいいジャンヌ・ダルクこそがこの女だ」

 

 スウォルツがアナザーウィザードの元まで歩み寄る。

 その怪人の姿は、既にほぼ全身に金色の光が広がっているような有様だった。

 

「実に面白い。人は復讐にさえ、幸福なユメを付随させる。

 いや。こうして逃避をする人間の弱さこそが、復讐などという行為に走らせるのか。

 どう思う? 本物のジャンヌ・ダルクよ」

 

「――――弱さは、人であれば誰もが持つもの。

 それを逃避と切って捨て、挙句に笑う貴方に理解できることではないでしょう」

 

 宝具を解除し、旗をスウォルツに向けるジャンヌ。

 その彼女の物言いに、彼はまた小さく笑う。

 

「かもしれんな。程度が低すぎて理解を越えているのは確かだ。

 さて。では俺は俺の目的を果たすとするか。

 アナザーウィザードよ。聖杯の魔力を用い、お前の使命を果たすがいい」

 

「待て――――!」

 

 踵を返すスウォルツ。

 その背に向け、駆け出そうとしたジオウの体が突然静止する。

 スウォルツがジオウに掌を向けているだけだと言うのに。

 

「また……っ!」

 

「今の貴様に用はない。せいぜい足掻くがいい、常磐ソウゴ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、な」

 

 空中で停止させたジオウを振り返ることもなく、彼の姿は唐突に消え失せた。

 その場に遺されたのは、金色の光を纏うアナザーウィザードだけ。

 スウォルツが消えると同時、解放されたジオウが声を張り上げる。

 

「あいつは時間移動の魔法が使える! 逃がしたら―――止められない!」

 

『なっ………!? 第五魔法……!? いや有り得るのか、それ……!

 聖杯の魔力なら……? いや、聖杯で特異点を発生させるのとはわけが違うぞ……!?』

 

「私たちみたいにレイシフトできる、ってこと……!?」

 

 呟きだしたロマニに、立香が問いの言葉を投げる。

 だが彼女の問いに答えを返してくれたのは、ロマンではなかった。

 

『いやいや。レイシフトはあくまで現代に存在する君たちを、カルデアから霊子に変換して送りこんでいるだけ。カルデアからの存在証明がなくなるだけでも、君たちを構成する霊子は意味を消失して霧散する。レイシフトというのは、そういう不安定さも抱えた行為なんだけど―――

 本当に本当の時間移動が可能、というならちょっとステージが違う』

 

「ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 ドクター・ロマンの声がしていた通信に、ダ・ヴィンチちゃんの声が割り込んでくる。

 彼女の声にしては跳ねるような響きが無い。

 それが現状の悪さを伝えてくるような気がして、立香は唇を噛んだ。

 

『とにかく時間がないんだろう?

 今見たすべて、とりあえず心の片隅に投げ捨てて忘れてしまいなさい。

 ダ・ヴィンチ先生の講義は後回しだ、今はまず目の前の敵だけを見るんだ』

 

『あ、ああ……そうだった。

 とにかく、あの敵は……聖杯そのものを依代に召喚・()()された偽りの英霊、竜の魔女。

 それを依代に再召喚? されたあの怪人こそが今はこの特異点の中心、聖杯の在り処だ。

 彼女を撃破し聖杯を回収すれば、この特異点が修正可能となる……ここで最終戦だ。

 全ての力を使って、あの敵を撃破してくれ―――!』

 

 鼓動のように波打つ、アナザーウィザードを取り巻く金色の光。

 それが定着するように怪人の全身を染め上げる。

 黄金の魔力を纏う怪人は、黒い怨嗟の炎を上げながら雄叫びを上げた。

 

「オオォオオオオオッ――――!!」

 

 マシュが、ジャンヌが、前に出てその守護のための武装を構える。

 マリーが、アマデウスが、出来る限りの援護をせんと音を発する。

 

 そしてこの相手を打倒できるのが自分だけと知るジオウ。

 彼が最前列へと躍り出て、向かってくるアナザーウィザードを迎え撃った。

 

 

 


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