Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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魔法開演1431

 

 

 

「オォオオオオオッ――――!!」

 

 大地を駆ける長身。

 目前に山の如く聳え立つ巨竜を目掛け、竜殺しの英雄が疾走する。

 それを眼下に捉えた巨竜が、大気が爆発するかのような咆哮を放ち、怒りを露わにした。

 

「グォオオオオオオオッ――――!!!」

 

 ビリビリと肌を震わせる大咆哮。

 それを前にして、ジークフリートは止まるどころかより加速する。

 

 迫りくる仇敵に向け、ファヴニールが躍動する。

 大きく振り上げられる城塞の柱よりも太い竜の腕。

 狙いは当然のように竜殺し。その腕が、力任せに地面に叩きつけられる。

 

 砕け散る大地、空を舞う岩石。

 されどジークフリートは回避行動を確実に達成していた。

 天地が逆さまにひっくり返されたかのような状況の空中に投げ出され、しかしジークフリートは、宙に巻き上げられた岩塊を足場に、空を駆け上がった。

 

 刀身に走る真エーテルの閃光。

 竜殺し、その代名詞である宝具に大きな力が集約されていく。

 対峙するファヴニールの表情が大きく歪み、そのまま口から火炎の飛礫を吐き出した。

 

 速度と攻撃範囲を優先したまるでファヴニールには似合わない炎の使い道。

 それが空を舞うジークフリートに正面から激突し、彼の体を大きく弾き飛ばした。

 そのまま地面に着地し、顔を顰める。

 

「ご無事ですか?」

 

「ああ。この程度なら問題ない」

 

 それこそファヴニールの呪血を浴びて得た彼の鎧は、今の炎程度では突破されない。

 無敵の剣を誇るゲオルギウスには最大防御力は譲るだろうが、ジークフリートの肉体は背中の一点を除いて鉄壁そのものだ。

 

 着地した体勢を立て直し、再びバルムンクを構えなおす。

 ファヴニールは呼吸を荒げ、火炎混じりの吐息を吐き散らかしている。

 大威力の一撃は、互いに戦闘開始より放ててはいない。

 小さな攻撃を確実に当て、相手に傷を積み重ね続ける命の削り合い。

 その戦いは、完全にジークフリートとゲオルギウスが流れを握っていた。

 

 最強の魔剣。無敵の剣。

 ファヴニールを屠るに足る攻撃力と、ファヴニールの全力を凌ぎ切る防御力。

 仕切りなおすための翼は既にもがれている。

 その状況を前に、既に竜は自意識を喪失しかけていた。

 

 元より()()()()()()()()()()、という行為と無縁―――

 むしろそれは、悪竜ファヴニールの存在意義とは真逆の状況だ。

そんな環境で竜としての性能が十全に発揮できるはずもなかった。

 

 オリジナルの悪竜現象(ファヴニール)ですら打倒し得るだろう二大竜殺し。

 それを前にこの状況は、こうなっていること自体が既に竜にとっては致命的な失態であった。

 だがしかし、それでもファヴニールは目の前の敵と戦う。

 聖杯による召喚、その縛りが発揮されている限りはそれしかない。

 

「グゥウウウ………!」

 

 威嚇にすらならない唸り声。

 咽喉を震わせ、奥から炎を絞りだし次の攻撃に向けて備える。

 その攻撃に備えるファヴニールの前に飛び出してきたのは、ジークフリートではなくゲオルギウスであった。

 

 その役目の割り振りに、真っ先にジークフリートによる宝具を警戒。

 意識を半分そちらに割きながら、自分の足元まで迫りくる赤銅の騎士も迎撃する。

 腕を大きく振り上げる、竜の腕という巨大質量での圧砕の構え。

 

 振り上げた時の倍の速度でもって、腕を地面に叩き付ける。

 頭上からきたる鉄槌を前に、聖ゲオルギウスは僅かに笑みを深くする。

 圧倒的な暴威、それをアスカロンをもって正面から切り拓くために。

 

「ファヴニールよ、とくと見よ。

 この身こそ、今この場で貴様に相対するもう一人の“竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)”! “力屠る祝福の剣(アスカロン)”、その剣の真実は護ることだけに非ず!

 立ちはだかるあらゆる苦難を跳ね除け、信仰の道を貫き通すための剣である!」

 

 アスカロンが光の刃を形成し、頭上から落ちてくるファヴニールの腕に斬り込む。

 竜を討ちし英雄にこそ与えられる“竜殺し”の称号。

 その威光を載せた剣は、竜であろうと―――否。

 竜であるからこそ、堅牢な鱗に守られた強靭な筋肉さえも斬断する。

 

 光の刃に切断され吹き飛ばされる、ファヴニールの手首から先。

 噴き出す血流と悲鳴じみた咆哮。

 予想外の痛撃に、ファヴニールは首を左右へと大きく揺らす。

 

 ―――それは今この場で、一番犯してはいけない失敗だ。

 

「相手が聖ゲオルギウスとはいえ、お前との決着をつける役目を譲る気はない。

 これでお前を――――終わらせる」

 

 今こそがその時だ、と言わんばかりに解放される魔力。

 魔剣の宝玉が真エーテルを解き放ち、蒼色の威風が周囲に暴れ狂う。

 天に切っ先を掲げて告げるのは、竜を討つ魔剣の銘。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)―――――!!!」

 

 体を震わせていたファヴニールが正気を取り戻す前に、その黄昏の剣気は放たれた。

 逃れようとする暇もなく、巨竜の体がその波濤に呑み込まれていく。

 他の生命とは一線を画す竜種の中においても、なお上位。

 そのファヴニールが誇る鱗を焼失させながら蒼色の閃光は天へと昇る。

 

 ―――ファヴニールに撃ち放っている魔力の放出を終える。

 天への階と見紛う蒼い光はゆっくりと薄くなっていき、やがて完全に消え失せた。

 ジークフリートはバルムンクの刀身がバチバチと魔力が弾ける音を聞きながら、油断なくファヴニールの状況を確かめる。

 

 バルムンクの光が消えた先にいたのは、竜のカタチをした赤黒い塊。

 それは全身が焼け、もはや見る影もないほどになった竜種の残骸だった。

 

「終わった、か」

 

「……そのようだ。では、我らも城の中へ……」

 

 二人の竜殺しが緊張を解く。

 その瞬間、ただの焦げた肉塊でしかなかったはずのファヴニールが、再始動していた。

 可動するはずないと見ていた顎が大きく開き、その奥から爆炎を溢れさせる前兆が熾る。

 

「なっ……!?」

 

「まさか――――!?」

 

 驚きながらも、その攻撃を防ぐためにゲオルギウスは動いていた。

 前に出て、アスカロンの守護を全開にすべく構え――――

 

「グォオオオオオオオオ―――――!!!」

 

 その炎が迸る瞬間、ファヴニールの前方に巨大な魔法陣が現れていた。

 竜の息吹は彼らには届かない。突如現れた魔法陣の中に、全て消えていく。

 

「なに……!?」

 

 次の瞬間、耳を劈く弩級の轟音。

 彼らが視界の端に入れていた監獄城の上部が、爆炎とともに吹き飛んだ。

 マスターたちが踏み込んだ敵の本拠地が、一瞬にして炎に包まれていた。

 

 雨霰と落下してくる先程まで城だった石ころ。

 辺り一面に石が降る空間の中で、二人が言葉を交わす。

 

「竜の魔女の仕業……!? ジークフリート……?」

 

「……マスター、ソウゴは無事だ。それ以外は分からないが……」

 

 様子を窺えば、ファヴニールは今度こそその活動を停止していた。

 心配している暇があれば、こんなところより早く城の中へと追うべきだろう。

 ジークフリートはファヴニールの死骸に背を向けようとして―――ふと、止まった。

 

 あれは聖杯で呼びだした召喚体。

 死骸となったなら、魔力に還元されて消え失せるはずだろう。

 だというのに何故。あのファヴニールは剥製じみた状況で保っているのか……

 

 そうしてファヴニールに視線を送り、気付いた。

 黒く焦げたファヴニールの体が罅割れていくことに。

 理解する。あれは死しただけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ゲオルギウス!」

 

「……なんですと?」

 

 ジークフリートの声で振り向いたゲオルギウスが唖然とする。

 

 バキバキと外皮が砕け落ちていくのが止まらない。

 その中から、黄金の翼が現出する。

 ファヴニールという現世への門を打ち破り、黄金の竜がこの世界へと召喚された。

 

〈ウィザードォ…! ドラゴラァイズ…!〉

 

 自身の発生源であるファヴニールから飛び立ち、悠然と飛行を開始する。

 その竜の赤く輝く瞳が、空から二人の竜殺しの姿を睥睨した。

 

「黄金の竜、ときたか――――」

 

悪竜現象(ファヴニール)……いえ、完全に別物のようだ」

 

 眼下で言葉を交わす二人。

 それが自身が打ち砕くべき敵であると認識した、と叫ぶように。

 突如現れた黄金の竜――――アナザーウィザードラゴンは咆哮とともに殺到する。

 

 

 

 

〈サンダァー…!〉

 

 アナザーウィザードが翳す掌から、緑色の魔法陣が展開。雷撃が迸る。

 それは竜の如き形状を取って、周囲を飛び回るように飛行した。

 まるでその雷に意志が宿っているかのように、咆哮の真似事までして躍る竜。

 雷の速度でもって、それは一気に広範囲を動き回る。

 

「マスター、下がって!」

 

 マシュがその雷の竜を目掛けて、激突しにいく。

 本当に意志があるというのなら、その頭を潰せばこの攻撃は打ち砕けるはずだ。

 幾度となく口らしき部分を動かしている雷竜に、俊足でシールドが叩きつけられた。

 激突した瞬間、周囲に拡散していく雷撃の雨。

 それがすべてではないにしろ、マシュの体に突き刺さっていく。

 

「っ……!」

 

 痺れる身を叱咤し、顔を敵へと向ける。

 そちらでは、ジオウが最前線で相手に攻撃を加えていた。

 

 ジカンギレードが閃き、アナザーウィザードの肩に奔った。

 躱しきれなかった剣尖が擦過し、火花をあげる。

 そのまま踏み切り、空を舞うジオウの回転蹴りが相手の胸に叩きこまれた。

 吹き飛ばされるアナザーウィザード。

 

「こいつを本当に倒すには、これってことだよね!」

 

 地面に転がる相手を見ながら、ウィザードウォッチをホルダーから外す。

 ジクウドライバーに設けられた、もう一つのウォッチスロット。

 D'3スロットこそが、これをセッティングするべき位置。

 

 そのプロセスを踏もうとして、直後に頭上に黄色い魔法陣が出現した。

 

〈グラビティ…!〉

 

「がっ……!?」

 

 ジオウの周囲に展開される超重力。

 一気に体が下に持っていかれて、地面に張り付けにされる。

 更にもう一つ現れる、今度は青い魔法陣。

 

「ぐぅっ……!」

 

〈ブリザードォ…!〉

 

 その瞬間、ジオウの周囲が氷山が如き状態に様変わりした。

 地面にうつ伏せのまま凍り付くジオウ。

 

「ソウゴ!」

 

『一小節の詠唱。しかもその詠唱は腰のベルトらしき部分の仕業だから、実質無詠唱。

 それでこの規模、かつ多様性の魔術とはね……ふむ?』

 

「マリー! マスターをお願いします!」

 

 凍結したソウゴを目掛け、ジャンヌ・ダルクが疾走する。

 その前に即座に割り込むアナザーウィザード。

 はためく白い旗を疾走の速度のまま、半回転させる遠心力も載せて叩きこむ。

 

 それを彼女は()()()()()()()()()()

 そして至近距離で顔を突き合せたことで、ジャンヌが相手の目的を理解する。

 

「黒ジャンヌの宝具……! 彼女の意志の最大の狙いは、私ということですね……!」

 

「ハァアアア……!」

 

 相手の膂力で振るわれる黒い旗に、ジャンヌの方が弾き返される。

 アナザーウィザードの周囲に黒い炎の剣が浮かび上がった。

 呪詛の炎剣。それが、彼女の旗が揮うと同時にジャンヌを目掛けて殺到する。

 

「この程度……!」

 

 白い旗が、飛来する黒い剣を迎撃する。

 炎でありながら甲高い金属音を響かせて弾かれていく炎剣。

 その後に続いてくるだろう追撃に備え、再び旗を構えなおしたジャンヌの前で―――

 

〈テレポートォ…!〉

 

 怪人の姿が掻き消えた。

 息を詰まらせる彼女の背後から、マスターの声が届く。

 

「ジャンヌ、後ろ!」

 

 その言葉に応え、背後を振り返る。いつの間にか出現している魔法陣。

 中から現れ出でるのは、アナザーウィザードの姿。

 対応は間に合わない。旗を回すより、怪人が手にした黒い炎の剣の方が速い。

 

「けれど残念。僕の奏でる音の方が速い。

 黒ジャンヌの精神性が主体で、白ジャンヌを優先する程度には理性はあるんだろ?

 なら、音楽を嗜む知性があってもおかしくない。

 そういう奴なら、僕の音だって立派な武器だ。感動させて泣かせる、って意味でね」

 

 既に楽団は演奏を開始している。

 アマデウスの指揮は危うげなく彼らの演奏を導いて、それを黒ジャンヌまで届けている。

 

「演目は――――“死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)”。

 魔に魅入られたというのなら、それこそこの曲を聴いていけ」

 

 アマデウス楽団に乱れなし。

 彼の音感に導かれる無名の楽団員たちは、彼の望む音を確かに奏で続ける。

 そして、その音が彼女に届き耳に入る以上、彼女という存在の性能はがた落ちする。

 

 完全な不意打ちであったジャンヌへの攻撃が、そこから回避されてしまうほどに。

 前方に身を投げ出して剣を回避したジャンヌが、アマデウスに礼を投げる。

 

「助かりました、アマデウス・モーツァルト!」

 

「ははは、僕は君の宝具にもっと助けられてるからね」

 

「ですがほぼノーモーションでの空間転移……!

 マスターではなく、私が狙われている現状は幸いとしか……!」

 

 歯噛みしながらアナザーウィザードへと視線を送る。

 あの攻撃をマスターに対し繰り出されていたら―――

 カルデアの装備は優秀だが、あれほどの威力の直撃に耐え切れるとは言えない。

 場合によっては、それだけで決着がついていた可能性すらありえるだろう。

 

 立香もまたそのジャンヌの考えに賛同する。

 

「……だよね。だから多分、黒ジャンヌは白ジャンヌを狙ってるってこと。

 それ以外きっと眼中に入らないくらいに、だと思う。

 なのに、黒ジャンヌはソウゴにだけは大規模な魔術を連続で使ってまで攻撃した―――」

 

「つまり、彼が彼女を止める鍵。なのよね」

 

「多分だけど―――致命的な弱点!」

 

 余波ですら破壊力を伴う戦いの中、立香はマリーが展開する硝子の花に守られている。

 氷の中に閉じ込められたジオウ。

 そちらに顔を向けて、雷撃の痺れから復帰したばかりのマシュに声をかける。

 

「マシュ、ソウゴをお願い!」

 

「了解しました!」

 

 マシュが氷結した空間に向かって走り出す。

 その瞬間、ジャンヌと競り合っていた筈のアナザーウィザードが即応する。

 

〈バインドォ…!〉

 

「ッ―――鎖っ!?」

 

 ジャンヌの周囲に魔法陣が出現。

 その中から、幾条もの鎖が彼女を目掛けて飛び出した。

 躱すために退いたジャンヌを追うこともせず、アナザーウィザードはマシュへ向け跳んだ。

 

「っ、ですがこちらの方が……!」

 

 それでも、アナザーウィザードの位置ではマシュを止めることはできない。

 彼女に先にジオウの元に辿り着かれ、氷を砕かれてしまうだろう。

 だがアナザーウィザードはまるで、マシュを静止させようとしているかのように、手を伸ばしながら駆けていた。

 

 瞬間移動しない? 使えない? 使わない?

 ―――他にマシュを止められる方法がある?

 

 立香が思い浮かべる疑問。答えは分からない。

 けれど、直感だけでマシュに向かって叫んでいた。

 

「マシュ、防御!!」

 

「――――ッ、はい!」

 

 彼女は疑問を差し挟むことなく、即座に盾で防御姿勢に入ってくれた。

 そして次の瞬間には、再びアナザーウィザードのバックルが言葉を発していた。

 

〈ビッグゥ…!〉

 

 彼女が前方に差し出している腕が、そこだけ突如巨大化した。

 まるで張り手が如く、その手はマシュへと叩きつけられる。

 盾で防御していながらも、踏み止まり切れずに壁まで大きく吹き飛ばされてしまう。

 背中から壁面に衝突し、肺から空気を押し出される。

 

「か、ふっ……!」

 

「はぁああああ――――!」

 

 鎖を振り切ったジャンヌが、腕を巨大化させた怪人の背後から飛び掛かる。

 その瞬間、立香には怪人が強く嗤ったように見えた。

 咄嗟に隣のマリーに呼びかける。

 

「―――マリーさん、お願い!」

 

「ええ!」

 

 聞き返しているほど余裕のある状況ではない、と。

 彼女は理解して即座に硝子の馬で前に出てくれた。

 

〈スモールゥ…!〉

 

「っ……!」

 

 標的として見据えていたはずのアナザーウィザードが、視界から消えた。

 恐らくは先程のとは真逆に、体を極小化させたのだと推測する。

 振るう先を見失った旗を振るうこともできず、床に着地して――――

 

〈フォールゥ…!〉

 

「なっ……!?」

 

 その瞬間。彼女が着地した床に、ぽかりと穴が開いていた。

 空中に投げ出された中で、床下に広がる空間を見る。

 

 そこにあったのは、地獄の具現。

 黒い炎が階下を埋め尽くし、磔刑のための黒い炎の槍がずらりと整列していた。

 

 通常のサイズに戻ったアナザーウィザード。

 今までとは違いバックルではなく、自身の口から彼女の声で言葉を紡ぐ。

 正にいま、その場で展開するその宝具の銘を―――

 

「“吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)―――!」

 

 宙に投げ出されているジャンヌを目掛け、無数の黒い槍が向かってくる。

 この状況では、自身の宝具で迎え撃つこともできない。

 次の瞬間に訪れる串刺しを前に、身構えて――――

 

 横合いから急速で特攻してきたマリーの硝子の馬に、先に弾き飛ばされた。

 乗っていたマリーも、ジャンヌに飛びついてそのまま一緒に吹き飛ばされている。

 間一髪だったということを示すように、硝子の馬は槍に貫かれ果てていた。

 

「あぁっ……大丈夫ですか、ジャンヌ?」

 

「っ……ええ、ありがとうマリー。すぐに彼女がくる、下がって―――!」

 

 ジャンヌが体勢を立て直す時間を稼ぐために、マシュが凍ったジオウの救出ではなく、アナザーウィザードの抑えに回っている。

 彼女もすぐに復帰しなければ、マシュが保たない。

 それにこの状況を根本的に打破するために、あの氷山も砕かねば―――

 

 手が足りない、というその要望に応えるかのように、爆発で吹き飛んでいた入り口から、二人の増援が駆け込んできた。

 竜種の力を宿した、二人の少女が。

 

「凄い爆発あったけど無事!? 子ジカ、子イヌ!

 ……子イヌ凍ってるぅ――――!! というかあれ子イヌでいいのよね……?

 なにあれ、顔に描いてあるのってニホンゴ? クールジャパンってやつ?

 ジャパニーズ・イレズミなの? 『エリちゃん命』って背中に入れるやつよね?」

 

「ええ、良かったです。マスターがご無事の様子で、今からはわたくしが守りますとも」

 

「え……あんたもう戦えるような魔力ないでしょ……?」

 

 立香が目を見開き、その二人の到着で打開の目途を立てる。彼女の視線が、アナザーウィザードの動きを軽減するために音を奏でてるアマデウスに向かう。

 視線を向けられたアマデウスが、心底嫌そうな表情を浮かべた。

 

「音波の息吹、一番活かせるのは……!」

 

「……ああ、そうなるよね。ホント、最低のタイミングじゃないか。

 ああくそ。せめて僕の指揮に従ってくれよな……!

 ドラ娘、僕の曲に合わせて歌え! 僕が誘導するから、絶対に音を外すなよ! 絶対だぞ!」

 

「え? 歌えばいいの? 分かったわ、応援歌ね! 任せなさい!」

 

 エリザベートが背中の清姫を放り捨て、喉の調子を整え始めた。

 アマデウスの楽団が煤けた背中で曲目を変更する。

 彼女のソニックブレスを最大限活かし、この戦場を蹂躙するための軌道を与える楽曲。

 それを即興で組み上げたアマデウスの指揮棒が奔る。

 

「さあ……ここにきて、ドラゴンの力をこっちが借りようじゃないか……!

 立香、君はちゃんと耳を押さえておきなさい」

 

 立香が両手で耳を押さえ込む。

 それと同時に最終調整が終わったのか、エリザベートが深呼吸ののち歌い始め―――

 

「ぼえ~~~~~~~~~ッ!!!!」

 

 戦場一帯が大気の振動という避けようのない凶器に襲われた。

 マシュとジャンヌでさえ片膝を落としそうになるほどの衝撃に見舞われ、アナザーウィザードまでもがその音響兵器に身を竦ませた。

 罅割れた壁が崩落する。崩れかけた床が落ちる。

 ―――そして。地上に張った氷の山が、砕け散る。

 

 アナザーウィザードの反応は、尋常ではないほど早かった。

 再び上級魔法を放つため、両腕をジオウがいるはずの場所に向け、魔法陣を展開している。

 

〈ブリザードォ…!〉

 

 荒れ狂う吹雪が再びジオウに差し向けられ―――

 

「いざ、“転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)”―――!

 その攻撃、マスターの命によりわたくしが止めさせていただきます!」

 

 龍の如き青い業火が吹雪の横から激突し、進行方向を逸らしていた。

 その力業の代償として、立香の手の甲から最後の令呪が消えていく。

 

 清姫の体には青い炎が取り巻いている。龍の如き火炎を放ってはいる。

 だが本人が炎の龍となるに至っていない。

 魔力はどうにか令呪で誤魔化したが、体力が絶対的に足りない。

 

 令呪の代償があったにも関わらず、清姫の戦闘はもう数秒保たないだろう。

 震える体を無理に立たせ、吹雪の進行をギリギリで食い止めている。

 

〈ウィザード!〉

 

 だが、間に合った。

 打ち崩された氷の中で立つジオウが、ウィザードウォッチをドライバーに装填する。

 ジクウドライバーのリューズを拳で叩き、ロックを解除。

 そのまま流れるように、ドライバーを回転させていた。

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

 

 清姫が限界を迎え、炎の放出が止まった。

 邪魔な対抗が消えたことにより、ブリザードの魔法は進軍を再開する。

 寒波の渦を前に、ジオウはゆっくりと吹雪の中に踏み込んでいく。

 

〈アーマータイム!〉

 

 ジオウの頭上に巨大な赤い魔法陣が浮かび上がる。

 その中から滂沱と炎が溢れ出し、吹雪を内側から食い破っていく。

 全てを凍らせる氷の渦を打ち消した後―――

 その魔法陣が、ジオウに被さるようにゆっくりと高度を落としてくる。

 

〈プリーズ!〉

 

 魔法陣から魔力が奔り、ジオウのアーマーの上に新たなアーマーを形成していく。

 竜を思わせるボディーアーマー。

 指輪。本当のウィザードの力、ウィザードリングを模した肩部。

 魔法陣はそのまま布と化し、魔法使いのローブのように背中に流れる。

 そうして、インジケーションアイとして頭部に新しく嵌め込まれる文字列。

 その文字こそが――――

 

〈ウィザード!!〉

 

 指輪の魔法使いの力を受け継ぐ鎧。

 それを纏った新たなウィザード(ジオウ)が、戦場へと降り立った。

 

 自身の弱点―――他の何より対峙してはいけないもの。

 それを目の前にしたアナザーウィザードが、一歩足を後ろに動かした。

 

 この場の人間、サーヴァントたちがその新たな姿の降臨を驚きで迎えたところで―――

 戦場に、場違いなほど明るい声が轟いた。

 

「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ウィザードアーマー!

 まずは一つ、ライダーの力を継承した瞬間である!!」

 

 彼はいつの間にか、ジオウの背後に現れていた。

 手にした本。逢魔降臨歴を広げ、天に届けと言わんばかりに声高々と言い切る口上。

 そのウォズの声を聞き、自身の体を検めるソウゴ。

 

 ―――彼はゆるりと、右腕を顔の高さまで上げる。

 見据える相手はアナザーウィザード。

 ふと思い浮かんだ言葉を口にして、魔法使いは彼女に決戦の開始を告げた―――

 

「―――さあ、マジックショーの時間だよ!」

 

 

 


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