Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

3 / 245
未来消失2017

 

 

 

「戦闘、終了しました。お怪我はありませんか、所長」

 

 戦闘は恙なく終了した。

 マシュ・キリエライトの防御力は、傍から見ているだけでも相当なものだと分かる。

 

 あの大盾と、それを支える尋常ではない力を繰り出す細腕。

 これらは普通の人間と大差ない戦闘力の骸骨どもでは、どうあがいても突破できないものだ。

 戦闘の終了を告げる彼女の声を聞いて、ハラハラしながら見ていた立香もほっと息を落とす。

 

「…………これは、いったいどういうこと?」

 

 だが所長の様子が真逆だった。

 怒りか何かを堪えているかのように、眉を吊り上げている表情。

 そんな彼女の様子に、マシュ・キリエライトは小首を傾げる。

 

「所長、どうかなさいましたか? ……あ、わたしの状況ですね。

 信じがたい事だとは思いますが、実は―――」

「サーヴァントと人体の融合、デミ・サーヴァントでしょう。

 その様子や今の戦闘を観ればそんなのすぐにわかるわ。

 わたしが訊きたいのは、どうして今になって成功したかって話よ!」

 

 マシュに対してそこまで言葉を発して、しかし彼女ははっとして言葉を止めた。

 すぐさま所長はマシュの後ろに待機していた二人の人間に目を向ける。

 

「―――いえ、それ以上にあなた! あなたよ、わたしの演説に遅刻した一般人!

 それだけじゃないわ、そっちもよ! そっちの一般人枠その2!

 話が終わってミッション始動の指令を出したにも関わらず、ぼけっと天井を見てた奴!」

「ふぁいっ!?」

「俺も?」

 

 立香にぐいぐいと詰め寄ってくる所長。

 さっきまで心が折れていたとは思えない切り返し速度。

 悲鳴を聞いて大丈夫かな、なんて心配していた一般人二人。

 彼らは魔術師が発揮する頑強さを、よーく思い知ったのであった。

 

「なんでマスターになっているの!? サーヴァントと契約できるのは一流の魔術師だけ!

 アンタみたいなずぶの素人なんかがマスターになれるハズないじゃない!

 白状なさい、アンタその子にどんな乱暴を働いて言いなりにしたの!?」

 

 立香が一流魔術師になったようなので、拍手を送る。

 拍手してた手を叩き落され、怒られた。

 立香やソウゴからすれば、そもそも魔術師というのはなんぞやという話だ。

 

 そんな相手の言い放題な物言いに対して、マシュが前に出て反論を始める。

 

「それは誤解です所長。強引に契約を結んだのは、むしろわたしの方なのです」

「なんですって?」

 

 マシュのその言葉に胡乱げな表情。

 とりあえず怒りながら罵声の洪水、という状況は回避できた。

 が、まだ言葉が足りないようである。

 

「経緯を説明します。その方がお互いの状況把握にも繋がるでしょう」

 

 そう言って彼女は火の海と化した管制室から今に至るまでの状況を語りだす。

 それを聞いている間、オルガマリーの顔はずっと渋かった。

 どころか、聞いている内にどんどんと渋さが増していく。

 

「―――以上です。わたしたちはレイシフトに巻き込まれ、ここ冬木に転移してしまいました。

 他に転移したマスター適性者はいません。所長がこちらで合流できた唯一の人間です。

 でも希望ができました。所長がいらっしゃるのなら、他に転移が成功している適性者も……」

「……いないわよ、それはここまでで確認しているわ。それに今の話を聞いて確信できた。

 認めたくないけれど、原因は明白よ。どうしてわたしとそいつらだけが、この冬木にシフトしてしまったのか……」

 

 大きく溜め息を吐く所長。

 彼女の中でもある程度この状況にも整理がついたらしい。

 落ち着けさえすれば、こういう状況でもきっちりと頭脳の回転は発揮されるようだ。

 

「消去法……いえ、共通項ね。わたしもあなたもそいつらも、コフィンの中に入っていなかった。

 生身のままのレイシフトは、成功率は激減するけどゼロにはならない。

 一方、コフィンにはブレーカーがあるの。シフトの成功率が95%を下回ると、自動で電源が落ちるようになっている」

 

 額に指を置きながら、彼女はそう語る。

 立香やソウゴにはコフィン、というものが何なのかは分からない。

 けれど本来重要なものなのだ、ということは彼女の口振りから察せられた。

 

「事故のせいで安全な動作環境が確保できない以上、コフィンは安全装置を起動したでしょう。

 あの事故発生があった以上、どうあっても成功率は大きく割り込んだはずだもの。

 それを理由に全てのコフィンはブレーカーが落ちて、完全に停止したはず。

 だからそもそも彼等はレイシフトそのものを行えていない。

 ―――ここにいるのは、わたしたちだけよ」

「なるほど……さすがです所長」

 

 説明を理解できたのはマシュだけだ。

 しっかりと内容を把握して、彼女はちゃんと納得できたらしい。

 

 飛び交った専門用語はまるで理解していないが、とりあえず便乗して手を叩く。

 

「おー、さすがは所長。エラい人」

「落ち着けば頼りになる人なんですね」

「それどういう意味!? 普段は落ち着いていないって言いたいワケ!?」

 

 二人の気の抜けた発言に対し、がなり立てる所長。

 その言葉にソウゴは困ったように首を傾げた。

 

「普段の所長さん知らないからそこは知らないけど……」

 

 とぼけた態度を前に、軽く指を額に当ててクールダウンを始める所長。

 自分が自然体で接すると煽ってしまうタイプなんだな、と二人は少し反省した。

 注意したところで、やっぱりいつの間にか煽ることになってしまいそうだ。

 

「……フン、まあいいでしょう。状況は理解しました。

 藤丸立香。緊急事態という事で、あなたとキリエライトとの契約を認めます。

 ただし当然、ここからはわたしの指示に従ってもらいます。

 あと常磐ソウゴ。特にあなたは黙ってわたしの指示に従うように」

 

 よほどソウゴに対して何かを腹に据えかねているのか。

 ギヌロ、とでも音を立てそうな鋭い視線が飛んでくる。

 

「マスターでもない。魔術師でもない。あなたにできる事は何もないだろうけど……

 けっして、邪魔だけはしないように!」

 

「はぁ……はい!」

 

 気の抜けた返事を上げようとして、更に鋭い眼光が飛んできた。

 怒られそうだったので、敬礼してもう一回返事する。

 怒らせておいてなんだが、怒ってばかりで大変そうな人だぁと思った。

 

「……まずはベースキャンプの作成ね。

 いい? こういう時は霊脈のターミナル、魔力が収束する場所を探すのよ。

 そこならカルデアと連絡が取れるから。それで、この街の場合は……」

「このポイントです、所長。レイポイントは所長の足下だと報告します」

 

 周囲を見回そうとした彼女の足元を見つめ、そう告げるマシュ。

 

「うぇ!?」

 

 言われて、彼女はまるでそこに爆弾でもあるかのように飛び退いた。

 立香とソウゴは二人揃って、その心底驚いたというような彼女の顔をじぃと眺めている。

 すると彼女は取り繕うように、大仰に咳払いをしてから姿勢を正す。

 その頬は周囲の炎の照り返しだけではなく、間違いなく羞恥で赤い。

 

「あ……んん! ええ、そうね、そうみたい。

 わかってる、わかってたわよ、そんなコトは!」

 

 分かってなさそうだったよね、と。

 ソウゴが顔に出す前に、ここはスルーしてあげるの、と立香に窘められてしまった。

 やっぱり接するのが大変そうな人だと思った。

 

「マシュ。あなたの盾を地面に置きなさい。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから」

「……だ、そうです。構いませんか、先輩」

 

 自分からの指令だというのに、デミ・サーヴァントはマスターに決定権を投げる。

 そのことにむっと表情を引き攣らせるオルガマリー。

 

「うん。マシュ、お願い」

「……了解しました。それでは始めます」

 

 マシュが地面に大盾を設置する。

 と、青い光がそこから立ち上り、周囲を包み込むように膨れ上がった。

 青い光の柱の中に呑まれた立香とソウゴは感嘆の声を上げる

 

「おお……」

「これは……カルデアにあった召喚実験場と同じ……」

 

 マシュが何かを思い出すように小さく呟く中。

 ザザ、ザザ、と徐々にノイズのようなものが生じ始める。

 

 それが次第に取り除かれていき、クリアになっていく音源。

 その中には、つい最近聞いたばかりの声があった。

 

『シーキュー、シーキュー。もしもーし! よし、通信が戻ったぞ!

 ふたりともご苦労さま、空間固定に成功した!

 これで通信もできるようになったし、補給物資だって―――』

「はあ!? なんであなたが仕切っているのロマニ!?

 レフは? レフはどこなのよ? とにかくすぐレフを出しなさい!」

『うひゃあぁあ!?』

 

 聞こえてきた声はドクター・ロマンのもの。

 それが聞こえた途端、やっと落ち着いていた所長がまた冷静さを失った。

 現れた通信画面越しでなければ、今にも掴みかかっていそうな勢いだ。

 

 眼前に躍り出た所長の勢いに、ロマンも引っ繰り返りかねないほどのけ反った。

 

『しょ、所長、生きていらしていたんですか!? あの爆発の中で!? しかも無傷!?

 どんだけビックリ生命体!?』

「どういう意味ですかっ! いいからレフはどこ!?

 医療セクションのトップがなぜその席にいるのと聞いているのよ!?」

 

 ドクター・ロマン、偉い人だったんだ……と立香が驚く。

 彼女によると、あの爆発した集会をサボって引きこもっていたらしい。

 その結果助かったんだから良かったのかも、とポジティブに考えておく。

 

『……なぜ、と言われるとボクも困る。自分でもこんな役目は向いていないと自覚してるし。

 でも他に人材がいないんですよ、オルガマリー。

 現在、生き残ったカルデアの正規スタッフは、ボクを入れて二十人に満たない』

「………は?」

 

 彼から返されたその言葉に、オルガマリーがぽかんと口をあけた。

 理解を拒否した脳の動作が一時フリーズ。

 そんな彼女の反応も理解できるのか、ロマンは彼女の様子を知りながら続ける。

 

『ボクが作戦指揮を任されているのは、ボクより上の階級の生存者がいないためです。

 事故当時、レフ教授は管制室でレイシフトの指揮をとっていた。

 あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的だ』

 

 その現実にフリーズしていた頭脳が再起動。

 と、同時に一気に血が上って熱を帯びる。

 

「そんな―――レフ、が……?

 いえ、それより待って、待ちなさい、待ってよね、生き残ったのが二十人に満たない?

 じゃあマスター適性者は? コフィンはどうなったの!?」

 

 頼りにしていた相手がいないと聞いて沸騰していた頭が、今度は一気に冷却される。

 “()()()()()()”が危ない。

 ならばそれを回避するために、彼女は是が非でも自分の性能を完全に発揮しなければならない。

 

『……46人、全員が危篤状態です。

 医療器具も足りません。何名かは助ける事ができても、全員は―――』

「ふざけないで! すぐに凍結保存に移行しなさい!

 蘇生方法を考慮するのは後回し、死なせないことを最優先して動きなさいよ!」

『―――ああ! そうか、コフィンにはその機能がありました! 至急手配します!』

 

 通信画面からロマンの姿が遠くなる。

 いま話に出ていたコフィンの凍結保存、というのを実行するためだろう。

 

 今の状況に頭を抱えた彼女は、ふらふらしながらその映像を睨む。

 そんなオルガマリーの背中を見ていたマシュ。

 彼女は不思議そうに、しかし感心したように声を上げる。

 

「……驚きました。凍結保存を本人の許諾なく行う事は犯罪行為です。

 なのに即座に英断するとは。所長としての責任を負う事より、人命を優先したのですね」

「バカなこと言わないで! 死んでさえいなければ後でいくらでも弁明できるからに決まってるでしょう!?

 だいたい46人分の命なんて、わたしに背負えるハズがないじゃない……! 死なないでよ、たのむから……! ああもう、こんな時レフがいてくれたら……!」

 

 レフ、レフ、と口の中で何度も繰り返す彼女。

 そんな有様の割りに、ちゃんと状況が見えていてそれに基づいて動いているように見える。

 何であんなにここにいない誰かに縋るのだろうか。

 

 ……彼女にとってその人は、そんなにも自分を預けるに足る人なのだろうか。

 ふと考え付いた言葉が、自然と口から零れ落ちた。

 

「……そういう人、友達っていうのかな」

「え?」

 

 言葉に出すつもりは無かったのに、小さく声に漏らしていた。

 失敗したな、と思いつつ聞いていた立香と会話する。

 

「所長の言ってるレフっていう人、誰かなって。所長の友達?」

「私は会った事あるけど……このカルデアの偉い人で、いい人そうだったよ。

 マシュとも仲良さそうに見えたけど……巻き込まれちゃったん、だよね」

 

 言われて思い出す。

 自分がカルデアにきた時話かけてくれた男性だ。確かにいい人という印象が強かった。

 ソウゴは立香の言葉にそっか、とだけ返して空を見上げる。

 そのまま指示を終えて戻ってきたドクター・ロマンによるオルガマリーへの報告に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

『―――報告は以上です。現在、カルデアはその機能の八割を失っています。

 残されたスタッフの人数では、できる事に限りがあるでしょう。

 なのでその限られた人材は、こちらの判断でチームを二つに分けて運用……レイシフトの修理及び、カルデアスとシバの現状維持に割いています。外部との通信が回復次第、補給を要請してカルデア全体の立て直し……というところですね。

 これまでの内容に、所長の方から何か確認はありますか?』

「結構よ。わたしがそちらにいても同じ方針をとったでしょう。

 ……はあ。ロマニ・アーキマン。納得はいかないけど、わたしが戻るまでカルデアを任せます。レイシフトの修理を最優先で行いなさい。

 わたしたちはこちらでこの街……特異点Fの調査を続けます」

 

 さっきまでの落ち着きのない姿勢はどこへやら、毅然とした態度で彼女はロマニに断言した。

 言われたロマニの方が驚いたように表情を崩す。

 

『うぇ!? 所長、そんな地獄の底みたいな現場、怖くないんですか!?

 とびっきりのチキンのクセに!?』

「……ほんっとうに一言多いわね、あなたは……!

 今すぐ戻りたいのは山々だけど、レイシフトの修理が終わるまでは時間がかかるでしょ?

 それに今のところ、この街に確認されているのは低級の怪物だけ。デミ・サーヴァント化したマシュがいれば安全でしょう」

 

 オルガマリーがちらりとマシュを横目に見た。

 見られたマシュの方は、少しだけ困ったように視線を泳がせる。

 

 そんな彼女の様子に、立香の手がマシュの手を取った。

 困惑しながら立香を見上げるマシュ。

 

 マスターとして、何をすればいいのか分からない。

 けれどとりあえず、彼女に寄り添うことから始めようと。

 立香はそんなことを思いながら、とにかく微笑んでみせた。

 

「……事故はもう既に起こったこと。それでもその与えられた状況の中で最善を尽くすこと。

 それこそが我らアニムスフィアの誇りです」

 

 聞いているうち、ふとその言葉が陰る。アニムスフィアの誇り、という言葉だろうか。

 それは彼女にとって―――重たい? いや違うだろう。

 多分、それを大事にする理由があるのではなくて……別の何かのために、大事にしている。

 

『アニムスフィアの誇り《それ》を大事にするから、私の大切な願いを叶えて欲しい』

 

 そういう、そういう痛切な悲鳴に聞こえた。

 

 それを叶えられるのが、いや。叶えてくれたのがレフなのかな、と。

 ソウゴはさっきの悲鳴の事を想う。

 

「これより藤丸立香。マシュ・キリエライト。常磐ソウゴ。

 三名のマスター候補及びデミ・サーヴァントを探索員として特異点Fの調査を開始します。

 ……とはいえ、現場のスタッフは最低限の知識もないだろう未熟な状態。ミッションはこの異常事態の原因、その発見にとどめます。

 解析・排除はカルデア復興後、第二陣を送り込んでからの話になるでしょう。

 ―――キミもそれでいいわね?」

 

 通信先のロマンと話していたと思ったら、急に振り返る所長。

 マシュが咄嗟に立香の手を離してしまう。あ、と申し訳なさそうに彼女を見るマシュ。

 

 完全に聞きに回っていた立香は、突然話を振られて適当に頷いていた。

 

「え、はい。じゃあそれでお願いします」

 

 それを見てオルガマリーの目は吊り上がるし、ロマンは苦笑している。

 しかしすぐに苦笑を打ち切って、すぐさま声に真面目さを取り戻すロマン。

 

『了解です。健闘を祈ります、所長。

 これからは短時間ですが通信も可能ですよ。緊急事態になったら遠慮なく連絡を』

「………ふん。SOSを送ったところで、誰も助けてくれないクセに」

 

 小さく何かを呟いた彼女の顔。

 声は聞こえなかったそれが、何となくソウゴの意識に引っ掛かった。

 

『所長?』

「なんでもありません。通信を切ります。そちらはそちらの仕事をこなしなさい」

 

 そう言って通信画面を消すオルガマリー。

そこで一つ溜め息を吐いた彼女が、改めてこちらに向き直る。

 

「所長、よろしいのですか? ここで救助を待つ、という案もありますが」

「……そういう訳にはいかないのよ。

 カルデアに戻った後、次のチーム選抜にどれほどの時間がかかるか。人材集めも、資金繰りも、とても一ヶ月じゃきかないわ。その間に協会からどれほどの抗議があるか、考えるだけで腹立たしい……!」

 

 歯を食い縛りながら、虚空を睨みつける所長。

 相当の焦りと苛立ちがあるのか、怒りながらも彼女の顔色は良くはない

 

「最悪、今回の不始末の理由にカルデアを連中に取り上げられることになるでしょう。

 そんな事になったらわたしは破滅よ。手ぶらでは絶対に帰れない。

 わたしには、連中を黙らせるだけの成果がどうしても必要なのよ……!

 ……悪いけど付きあってもらうわよ、三人とも」

 

 悪いって思ってくれるんだ、やっぱいい人だね。と立香に耳打ちする。

 確かに、何だかんだいい人っぽい感じがにじみ出てるよね、と同意される。

 目の前で行われる密談に眉を吊り上げた所長が、指令を出す。

 

「とにかくこの街を探索するわ。この狂った歴史の原因がどこかにあるはずなんだから」

 

 一般人ズは所長に服従なので、「はーい」と元気よく返事をする。

 その返事を受けて何故かまた吊り上る所長の眉。

 とりあえず来た方向以外のどちらに進むか協議をしようとして、

 

「―――ストップ。

 都市探索を始める前に、わたしに言うべき事があるでしょう? そこの一般人ふたり」

「え? っと、いえ。特に何も?」

「うーん、俺も?」

 

 二人揃って首を横に傾げる一般人。

 それを見たオルガマリーの眉が、本日最高の高度にまで上った。

 

「……本気で覚えが悪いようね。思い出しなさい。管制室での事よ!」

「あ。あれですよ先輩。管制室でレムレムしていた時の事です、きっと。

 集中すれば思い出せます。あれは、ほら―――」

 

 うーん、と唸りながら回想シーンに入る立香。

 だが、どれだけ悩めどソウゴは入る回想シーンがまるで浮かばなかった。

 自分はあの時、何を考えていたんだろうかと。

 夢を見たかのように記憶から消え失せた光景を考えていると、何か頭が痛くなるような。

 

「思い出しましたか、先輩?」

「……なんとなく」

 

 首を傾げながらなんとなーく思い出した様子の立香。

 表情を見る限りはだいぶ怪しいところである。

 

「思い出したって……やっぱりまともに聞いてなかったのね、あなた!

 常磐ソウゴ、そっちは!?」

「全然覚えてないです」

 

 正直に白状すると、所長は口元をひくつかせた。

 

「――――ああもう、ちょっとそこに座りなさいッ! 事態も使命も知らずに特異点に来るなんて酷い話よ! 仕方ないからもう一度、いちから説明してあげます!」

 

 すごい怒っているので、大人しく座る事にする。

 いい感じに崩れた瓦礫を見繕い座り込む。

 そして、準備できました、という顔でオルガマリーを見上げた。

 何とも言えない顔だった彼女は、一度咳払いすると説明を始める。

 

「いい? わたしたちカルデアは今日というこの日、人類史において偉大な功績を残したの。

 学問の成立。宗教という発明。航海技術の獲得。情報伝達技術への着目。宇宙開発への着手。

 そんな数多くある、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それらに匹敵―――いえ、そのすべての偉業を上回る大偉業。

 これは文明を発展させてきた当事者の一歩としてではなく、人類の歴史という名のスクロールに外から介入することを可能とした、神の領域に届く一手……」

 

 既に理解が怪しい。

 だがなんとなく凄まじく凄まじいことをしたんだな、ということは伝わってくる。

 

「それは不安定な人類の歴史を安定させ、確固たる未来に確定させるため。

 ―――人の理。即ち“人理”を継続させ、保障する。

 それがわたしたちカルデアの、ひいてはあなたたちの唯一にして絶対の目的だったの」

「そのためのこのタイムマシーン?」

 

 つい挟んだ言葉に、ピクリ、と所長の眉が吊り上る。

 黙って聞きます、ごめんなさい。

 立香と一緒にお口チャックの構えに移る。

 

「―――カルデアはこれまで多くの成果を出してきた。

 過去を観測する電脳魔、ラプラスの開発。地球環境モデル、カルデアスの投影。

 近未来観測レンズ、シバの完成。英霊召喚システム、フェイトの構築。

 そして霊子演算機、トリスメギストスの起動」

 

 次々と飛び出してくる名前。それは恐らく、何かの設備の名前なのだろう。

 何をするための設備の名前なのかはさっぱりだが。

 

「これらの技術をもとに、百年先までの人類史を観測し続ける。

 未来予測ではなく、未来観測。まるで天体を観るように、カルデアは未来を見守ってきたの。

 その内容がどのようなものであれ、人類史は百年先まで継続している。

 この事実を、未来を観ることで保証し続けてきたわけね」

「百年も先?」

 

 つい10秒前にしたチャックが勝手に開いてしまった。

 だが、今度のオルガマリーはその疑問の声に答えてくれた。

 

「ええ。観測した問題の大きさによっては一月後、一年後では対処の猶予がないでしょう?

 そんな事態を避けるため、わたしたちは百年先の未来を観ていた。

 百年先を観察し続け、百年後の未来が来る前に問題を把握し、事前に完全に対処する。

 観測領域が遠い未来なのは、そのための措置よ」

 

 時間に大きな余裕を持たせた結果の設定、という事らしい。

 他にもいろいろつまりどういうこと?

 なんて問いかけたい気持ちを押し込めて、今度こそ大人しく聞きに徹する。

 

「けれど―――その猶予期間があったにも関わらず、半年前から未来の観測が困難になった。

 今まで観測の寄る辺になっていた、カルデアス上の人類による文明の灯り。その大部分が不可視状態になってしまったためよ。

 観測の結果、地球に人類の明かりが確認できたのは2016年まで―――つまり人類は2016年をもって絶滅することが観測……いえ、証明されてしまったのよ」

 

 未来の人間が絶滅していると聞いて、立香と顔を合わせる。

 隕石でも落ちてきて地球が滅びてしまったのだろうか。

 いつぞや立香が言った映画みたい、という言葉に心の中でソウゴも同意した。

 

「言うまでもなく、こんな未来はあり得ない。あってはならないものだし、物理的に不可能。

 地球が滅びるほどの隕石が落ちるなら、他の機関で察知されていないはずもない。

 経済の崩壊から始まった滅亡なら、その過程は観測できていなければならない。

 地殻変動による全滅ならば、文明のみならず惑星の環境ごと変動していなければならない。

 ―――ある日突然、人類史だけが途絶えるなんてどうやっても説明がつかない」

 

 そう言われればなるほど、と言えるような。言えないような?

 よく分かっていないので、うーんと悩む様子で彼女の言葉を聴き続ける。

 

「だからわたしたちはこの半年間、この異常現象―――未来消失を原因究明したわ。

 現在に理由がないのなら、その原因はおそらく過去にある。

 わたしたちはラプラスとトリスメギストスを用い、過去2000年まで情報を洗い出した」

 

 話を聞いていると、全てが映画染みた話と思えてくるような気がする。

 だが目の前で語る彼女の言葉に、遊びは一切ない。

 彼女自身にもただ厳然たる事実のみを語っているだけ、としか言いようがないだろう。

 

「今まで本来の歴史にはなかったはずのもの、今までの地球には存在しなかったはずの異物を発見するという試み。

 その結果、観測された異変がここ―――空間特異点F。西暦2004年、日本の冬木市。

 ここに本来の2015年までの歴史には存在しなかった、“観測できない領域”がある。

 カルデアはこれを人類絶滅の原因と仮定して霊子転移(レイシフト)実験を国連に提案、承認されたわ。

 霊子転移(レイシフト)とは人間を霊子化させて過去に送り込み、事象に介入する行為よ。

 つまり、言ってしまえば過去への時間旅行になるわけ」

 

 レイシフト、というのはつまりタイムスリップの事だったわけだ。

 つまり、タイムスリップ能力を持つ悪いヤツが過去で人間を滅ぼそうとしている。

 だからタイムマシンを使ってそいつらを止める。ソウゴはそう理解した。

 

「なのだけど、ただ、これは誰にでも可能な事ではないわ。

 優れた魔術回路を持ち、マスター適性のある人間にしかできない事……だって! 説明して! あんたをせめて最低限訓練してこいって追い出したでしょ!

 あんたはクラインコフィンの個人登録しろって指示してもぼけっと突っ立っていたし!」

 

 長かった……という感想を何とか飲み下す。

 立香がばっちり思い出しました、と言い出した。

 正直怪しいと思う。だってソウゴは何も覚えて無いもの。

 

「……いけしゃあしゃあと。大人しそうに見えて図太いのね、あなた。

 とにかく! 大事な作戦前にどれほど迷惑をかけたのか、ちゃんと思い出してくれた!?」

「大丈夫です!」

「やっぱ思い出せないかなー」

 

 ソウゴの態度を見て、オルガマリーが身を震わせながら地団駄を踏んだ。

 

「~っ! と・に・か・くっ! あなたたちマスター候補の役割、その責任と義務はわかったわね!? マスター藤丸立香! 改めてわたしの護衛を任せます。全力で役目を果たすように!」

「イエッサー、了解です偉大なるマリー所長!」

 

 立香が突然敬礼してみせた。

 それを見て困惑するような、しかし喜ぶような様子を見せる所長。

 

「な、なによそれ、気持ち悪いわね。お、おだてようったってそうはいかないんだからっ!」

 

 今のって誉め言葉なんだろうか。

 そう思ったが、少し嬉しそうな所長を見て黙っておく事にした。

 色々誉め言葉、考えて言ってあげようと思う。

 

「……仲が良くて結構です。では、新手が来る前に移動しましょう」

「フー、フォウフォウ」

 

 マシュが取り纏め、フォウが呆れるように首を横に振る。

 その言葉に従って一行は全員そろって歩き始めるのだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。