Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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オルタレイション1431

 

 

 

「ジル・ド・レェ元帥―――!

 オルレアン……! 竜の魔女の居城が……!?」

 

「見えている。……状況は分からんが、とにかく今しかあるまい」

 

 オルレアンに差し向けられたフランス軍。

 彼らは目前で城塞の上部が吹き飛ぶのを見た。

 

 フランス中を襲った巨大なドラゴン、そしてそれを取り巻くワイバーン。

 フランス国軍が現地に到着するより先に開戦していたものたちにより、オルレアンを取り巻いていた多くの軍勢が光の刃の中に消えさった。

 ここが死地であると確信していた者たちにさえ、その光景は国土奪還の希望を見せた。

 

 ドラゴン、ワイバーン、地獄より舞い戻った竜の魔女。

 そんな御伽話の世界と化したフランスの中に、遂に逆転を齎す英雄が現れた。

 詳しいことも、仮に勝利したとしてもその未来も、まるでどうなるか分からない。

 けれど、この悪夢のような世界を変えてくれる希望がここにある。

 

 この状況を。この士気は止められない、とジル・ド・レェは知っている。

 戦っている英雄たちが何者か分からない。

 ただ、その中にジャンヌ・ダルクがいるだろうことは知っている。

 

「私は……」

 

「元帥?」

 

「いや……今こそ我らが故国を取り戻す時が来た!

 空を飛ぶトカゲどもに、全砲弾を撃って撃って撃ちまくれ!!

 全軍をもって砲兵隊を援護せよ! ここがフランスを守れるか否かの瀬戸際だ!

 恐れるな! 嘆くな! 退くな! 人間であるならば、ここでその命を捨てろ!

 全軍、進めぇえ―――――!!!」

 

 鬨の声が戦場に轟いた。フランスの持つ残存戦力の一斉投入。

 指揮官ジル・ド・レェ元帥の声に従い、全ての兵士がオルレアンへと雪崩れ込んだ。

 

 

 

 

「フランス軍!?」

 

 再び上空での決戦に持ち込んでいたジオウが、その集団の流入に驚愕の声を上げた。

 確かにワイバーンは竜殺しとファヴニールの決戦の余波で残り少ないが、だからといって普通の人間に犠牲もなく倒しきれるような相手じゃない。

 だが、ジオウがアナザーウィザードを放置するわけにもいかない。

 

 ドラゴンの翼の羽ばたきが、竜巻となってジオウに向かい迸る。

 それは意識を逸らしていたジオウへと直撃し、彼を地面に向かって叩き落とした。

 

「う、ぐっ……!」

 

 地面に叩き付けられて、しかしすぐに身を起こす。

 そしてすぐに再びアナザーウィザードと対峙しようとして――――

 いずこから、溢れんばかりに新しい敵軍が湧き出す事態に遭遇した。

 

 地面に広がっていくタールのような黒い汚泥。

 そこから染み出すように湧き出る、巨大なヒトデを重ねて積み上げたような化け物。

 留まることを知らぬように湧き続ける新たな存在。

 ジオウが、自身の記憶からその姿を思い出す。

 

「これ、あの城の瓦礫に埋まってた……!」

 

 その魔物たちは、まるでアナザーウィザードを守るように周囲に集まる。

 のみならず、進軍してくるフランス軍を討ち滅ぼさんとそちらにも向かっていく。

 

 続々と増え続ける敵。

 しかしアナザーウィザードはそれを意に介さない。

 自分を守ろうとしているだろうそれすらも、全て薙ぎ払いながらジオウに殺到する。

 それを地上で受け止めながら、ソウゴはその仮面の下で表情を歪めた。

 

 突撃してきたフランス兵士たちと突如現れた魔物たちが接触する。

 そんな事態に、ワイバーンとの戦いを想定していた兵士たちに動揺が広がっていく。

 数え切れないほどの怪物を前に、しかし剣を執って立ち向かう勇敢な兵士たち。

 彼らの振るう刃を受けながら、意にも介さずに怪物は溶解液を撒き散らす。

 鎧など瞬く間に溶かすようなそれを浴びて、兵士たちが絶叫を上げる。

 

 立香たちはまだ城の中だ。ついさっきまで近くにいた筈のジークフリートとゲオルギウスも、タイミング悪くこの竜を追って城内に踏み込んでしまった。

 つまり動けるのは――――

 

「―――――ランサーッ!!」

 

「おうさ」

 

 オルレアンから最も遠く離れ、戦っていたサーヴァント。

 神速の槍兵、クー・フーリンが今もって到着する。

 同時に、ジオウの装甲の下。ソウゴの手の甲に宿る令呪の二画目が消失していく。

 自らの脚力を全開に発揮し、ランサーは上空へと大きく跳ねた。

 

「“突き穿つ(ゲイ)――――!」

 

 空に跳ね、眼下の怪物の集団を見下ろす。

 無数に増え、今なお増殖を続ける敵を視界に入れて、彼は投げ槍の姿勢をとった。

 反り返る体。大きく引き絞られる腕。

 

死翔の槍(ボルク)”―――――!!」

 

 ―――それが解放された瞬間、朱い流星群が地上へと降り注ぐ。

 彼の手から離れた槍は無数の鏃に分裂し、地上に広がる怪物だけを貫き葬っていく。

 

 目の前に死の雨が降り注ぎ、敵と見ていた相手が弾け飛ぶ。

 その様を見ていたフランス軍が、唖然として空を見上げた。

 彼らの前に着地したランサーの手の中に、分裂していた槍が舞い戻る。

 

「逃げるならさっさとしな。まだまだ湧いて出てくるぜ」

 

 掴み取った槍をくるりと回し、再び槍を構え直す。

 魔槍の一投をもって多数を失って、勢いを欠いたながらも未だ発生し続ける怪物。

 そんな敵に対して呆れ混じりの視線を向けるランサー。

 

「―――負傷者は後ろへ運べ! 砲兵隊は前に出て、奴らを撃て!

 竜と違い動きは遅い! 一発も外すなよ!!」

 

 ランサーの後ろで指揮官が指令を下す。

 その命令に従い、再編されていくフランス軍。

 

 様子を横目で見ていたランサーが、小さく肩を竦める。

 そして既に群れと呼べるまで再発生した怪物の中に切り込んでいった。

 

 

 

 

「この、このっ……!」

 

「ふッ―――!」

 

 地獄の業火に包まれた夢想の空間の中、二人のジャンヌが旗を突き合せる。

 黒ジャンヌの振るう旗の動きは、まるで振り方を忘れてしまったような乱雑さ。

 そんなものに抑えられるものか、と。

 黒い旗を盛大に弾き切り返す白い旗が、黒ジャンヌの胴を捉えた。

 

 強打された鎧から響き渡る、鼓膜を揺らす金属音。

 胴体をしたたかに打ち据えられて、よろめきながら後退する黒ジャンヌ。

 

「っ……! ああ、もう、全てが嫌になる……!

 何故こうも届かない……! 私じゃ勝ち目なんて無いってワケ!?」

 

 苛立ちを抑えきれずに唇を噛み締めて。

 腰から剣を引き抜き、竜の魔女は空中に黒炎の剣を展開する。

 彼女は即座にそれを白ジャンヌに向けて射出した。

 

 白ジャンヌがそれを見るや、旗を半ばで掴み風車のように回転させる。

 炎の剣は回転する旗に正面からぶつかって。

 

 ―――そして力任せに弾き返された。

 消えていく炎の剣。黒炎の残照を睨みながら、歯軋りする黒ジャンヌ。

 

「口ではなんて言ったって心で負けてる? じゃあどうしろって言うのよ……!

 私には、もうそれしか残ってないってだけなのに……! こうして取り上げられた後、何が残ってるって言うのよ! 私はせめて、私でいたいのよ――――!」

 

 白ジャンヌの反撃。

 疾走する聖女が振るう白い旗を、旗と剣を交差させて何とか受け止める。

 が、防御諸共に力任せに弾き飛ばされて、黒ジャンヌは宙を舞う。

 そのまま泥のような地面を転がり、彼女は無様に地に伏せた。

 

 そんな彼女を見下ろして、白ジャンヌが平坦な声をかける。

 

「立たないのですか、ジャンヌ・ダルク」

 

「……黙りなさいよ……!」

 

 剣を地面に突き刺し、それを杖替わりにして立ち上がる。

 竜の魔女が何とか持ち上げた顔が、平然としている聖女の顔を見上げた。

 

「アンタが……私をジャンヌ・ダルクと呼ぶな!」

 

 私は私でいたい、と叫びながら彼女は自分の名前すら持たない。

 彼女はジャンヌ・ダルクとして生まれた。復讐を望むジャンヌ・ダルクとして造られた。

 けれど。そんな名前、自分で自分の名前だと思えない。

 

 ―――だってジャンヌ・ダルクは彼女の名前だ。

 あそこで、ああして、毅然と立ち誇る白い聖女の姿を指す名前だ。

 

 彼女を造ったジル・ド・レェは、ジャンヌ・ダルクの本性であれと彼女にその名をつけた。

 だったらおかしい。彼女は、彼女と違うものだ。

 何より違うものでありたいと、彼女自身が心の底から叫んでいる。

 

 目の前の本物からジャンヌ・ダルクなどと呼ばれると、苦しみだけが加速する。

 

「―――これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!

 “吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”――――!!」

 

 立ち上がると同時、旗を掲げて剣を振り翳す。

 その瞬間に白ジャンヌの足元から炎の槍が突き出して、彼女を襲う。

 迸る漆黒の炎。立ち上る火炎に巻かれて、白ジャンヌの姿が見えなくなった。

 

 ―――数秒の後、黒い炎が晴れた先。

 しかしそこには光の結界を張るジャンヌ・ダルクが健在していた。

 

「“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”――――」

 

 彼女は彼女の憎悪の炎から、悠々と生還した。

 歯を食いしばる。手にした剣の柄を強く握りしめる。視界が震える。

 

 彼女の魂の咆哮、復讐の業火は何一つ届かない。

 

「だったら、私の何があいつに届くっていうのよ――――!」

 

「そんなもの、一つしかないでしょう?」

 

 結界を解き、再び黒ジャンヌへの歩みを始める白ジャンヌ。

 彼女は黒ジャンヌを見つめ、ただ一つの答えを口にした。

 

「希望です」

 

「………希、望?」

 

「私と違うものになりたいという願い、望み。それを成したいと想う強い心。

 貴女が貴女自身のためにその胸に抱いた希望(ユメ)

 自分には憎悪と嘘しかない、と断言した貴女が初めて抱いた光―――」

 

 ばさり、と白ジャンヌは大きく旗を広げて、黒ジャンヌを睨みつけた。

 

「貴女が私と戦うのは、私が憎いからですか? 私への復讐を望んでいるのですか?

 違うでしょう? 貴女が復讐、恩讐を語りながら私と戦うのは絶望に負けたからではない。

 貴女の希望が、私を越えた先にあると信じているからでしょう――――!」

 

 白ジャンヌが踏み込む。

 放たれる旗のスイングを受け損なって、黒ジャンヌはまたも弾き飛ばされる。

 

「だったらそこに辿り着くために立ちなさい―――!

 どんな結末であっても、貴女が貴女として生きたと胸を張れるように―――!」

 

「……っ! ごちゃごちゃと、人の意志を勝手に騙るなッ……!」

 

 黒ジャンヌが立ち直り、白ジャンヌへと斬りかかった。

 だが旗で防がれる。ならばと、こちらも旗を振りぬく。切り返す旗が再びそれを防ぐ。

 旗で旗を押さえ込んでいる間に、彼女の喉を狙って剣を突き出す。

 

 武器でやりあっていたと思ったのに、蹴りが飛んできた。

 剣が届く前に腹を蹴り飛ばされ、後退する黒ジャンヌ。

 必死に顔を上げ、相手を睨む。何となく思っていたが、この女は()()()()()

 

「っ、大体アンタ頭おかしいのよ!

 守るために命を懸けた連中に裏切られて、磔にされて燃やされた?

 馬鹿じゃないの!? それならそいつら恨むのが道理ってもんでしょ!」

 

「む、そういう物言いはよくないです。私は―――」

 

「うるさい! 同じような目にあった気がしてる私が言うんだから間違いないのよ!

 アンタは頭がおかしい! イカれてるわ! アンタと同じもの扱いなんて、絶対に御免よ!」

 

 旗を構え直し、むっとした顔を浮かべているジャンヌ・ダルク。

 それを目掛けて、炎の剣を出現させながら再び突撃を慣行する。

 

「アンタは私じゃない!」

 

 飛来する剣を打ち落としながら、白ジャンヌが半歩下がった。

 そこに直線に伸びる黒炎を飛ばし、横っ飛びに回避をさせる。

 その着地を狙うように、体を一回転させながら旗を叩き付けてやった。

 

 旗で受け止めた白ジャンヌが、勢いに負けて弾き飛ばされる。

 

「私は、アンタじゃない!」

 

 弾き飛ばされた白ジャンヌが、飛ばされながら旗の穂先で地面を叩いた。

 棒高跳びの要領でそのまま大きく跳び、空中で姿勢を整える。

 そのまま地面に落ちてくる勢いを載せて、白い旗が黒ジャンヌの頭上に迫る。

 

「私が何か? ――――そんなもん、()()()()()()()()()よ!!」

 

 頭上に旗を掲げ、それを防ぐ。

 旗同士で鍔迫り合いになりながら、キッと白ジャンヌの顔を睨む。

 

「私が私であることを語るために、アンタのことをいちいち引き合いに出すなんてこれ以上は真っ平ごめん―――私はアンタの一部じゃない! アンタの別物なんかじゃない!

 私は私。その証としてアンタを倒して、その旗をアンタの墓標にしてあげるわ―――!」

 

「――――」

 

 そういうと、白ジャンヌは少しだけ哀しそうに表情を変えた。

 

 何度も何度も私はお前じゃない、と否定しているのに。

 けれど、黒ジャンヌは白ジャンヌへの執着が捨てられない。

 

 いや、捨てられないんじゃない。それしかないのだ。

 だって仕方ない。それしか持ってないんだから。

 今更、外を見ようとしたってもう遅い。どうあれ、彼女は勝っても負けてもここまでだ。

 だったらせめて、最期にオリジナルを越えてやる、くらいしかユメなんて持てない。

 

 もしもっと早くに自分の正体に気づいていたら。

 そして、他のものに目を向けていたら。

 そんなもしもを想いながら、泣きながら消えるなんて惨めすぎる。

 だったらもう、目の前の聖女サマを叩き伏せて、嗤って消えるくらいしかないだろう。

 

 ―――御大層に説教をどうもありがとう。でも、私の方がよほど優れていると証明されてしまいましたね。ジャンヌ・ダルク?

 

 と。

 

「―――では、私が貴女に勝利した時には悼みましょう。

 哀しき少女が一人。己の心を探すことも許されず、そうして消えていったことを」

 

「……言ってくれるじゃない!

 ええ、ええ! それでいいわよ、ぶっ飛ばし甲斐があるじゃない!」

 

 黒ジャンヌの方から旗を弾き、一時的に距離を取る。

 全てを嘲笑うかのような笑みを強く浮かべ、最後の一撃を放つために旗を構える。

 対面で白ジャンヌもまた旗を構えた。

 

 宝具の撃ち合いでは、先のように相殺されて終わりだ。

 そんな結界など張る暇など与えず、最短距離を旗の穂先で貫く。

 白ジャンヌの方だってそうなるということはわかっているだろう。

 

 互いに旗を構え、そうして―――最後の一撃を放ち合う。

 

 

 

 

「倒そうとする必要はない! 化け物どもを砲兵隊に近づけさせるな!」

 

 味方の兵士たちに指示を飛ばしながら、ジル・ド・レェは剣を振るう。

 ただの剣では怪物に対しての有効打には程遠い。

 だが、その攻撃で何とか押し戻しつつ砲撃で倒すことが叶う相手だった。

 今もまた、視界の端で砲撃に直撃した怪物が一匹弾け飛ぶ。

 

 この怪物どもの発生している方向を青い槍使いが抑え切ってくれているところが大きいが、相手はフランス軍の戦力で戦える相手であった。

 

 更に一匹が砲撃で爆散する。戦えている、勝てている、取り戻せる。

 その意識がフランス軍の士気を際限なく高めていく。

 

 ―――そんな中で砲兵の方から悲鳴が上がった。

 

「なんだ!? どうした!」

 

「元帥! 砲兵隊の中に化け物が一匹現れ、砲に取りつき奪おうと……!」

 

「馬鹿な!? 奴らにそんな知性が――――!?」

 

 驚愕しながらも、ジル・ド・レェは即座にそちらへ走り出した。

 砲兵たちに大きな損害が出れば、そこで終わりだ。

 

 そう考えながら咄嗟に走り出し、辿り着いた彼が見た光景。

 

 ―――それはヒトガタだった。

 

 体の各所が炭化している、生きているのが不思議な外見。

 それは化け物と同じ触手を全身から生やし、砲台の一つに取りついている。

 

 体が震える。目の焦点が定まらない。

 人間かどうか怪しい化け物であるというのに、確信が心の底から湧いてくる。

 いま、彼の目の前にいるあれは―――()()()

 

「ジャンヌ・ダルクゥ……今、この私が、お助けしましょうぞぉ……!!」

 

 化け物の半分炭化した顔が、上空で戦う戦士たちを向いた。

 竜の頭を持つ翼で空を飛ぶ金色の方と、周囲に緑色の竜巻の纏う赤色の方。

 大きく飛び出した眼球が憎々しげに見ているのは、赤色の方だった。

 

 砲は明滅している。普通では考えられない謎の光。

 あれがただの砲弾を吐き出すだけのものではなくなっているのは、一目瞭然だった。

 

「避けろぉッ!!」

 

 咄嗟に上空に向かって叫ぶ。

 その瞬間、化け物が取りついている砲口が輝いた。

 

 

 

 

「―――えっ?」

 

 声に反応して視線を向ければ、地上から迸る光。

 それはまっすぐジオウに向けて伸びてきて、その肩に直撃した。

 威力という意味ではそれほどでもなかったかもしれない。

 

 だがそれは、アナザーウィザードと対峙している中では致命的な衝撃だった。

 

 ぐらり、とバランスを崩したジオウに竜の尾が振るわれた。

 体を縦回転しながら繰り出されたそれが、頭上から疾風の速さで迫る。

 咄嗟にジカンギレードを盾として構えるジオウ。

 

「ぐっ……!?」

 

 止めきれず、弾き飛ばされるジカンギレード。剣は勢いよく吹き飛ばされ、地上のどこかへと消えていく。衝撃に耐え切ることもできず、ジオウの体もまた真下に向けて吹っ飛ばされた。

 即座にアナザーウィザードが下に落ちる敵の姿を追う。同時にその体は、両腕の爪を前に突き出しながら高速でスピンを開始する。

 

 地面に着弾し、ウィザードアーマーの背が地面に強く叩き付けられる。かはっ、と衝撃のままに肺から空気を吐き出すソウゴ。

 その直後、回転衝角と化したアナザーウィザードがジオウの胴に到達する。甲高い金属音と盛大な火花を撒き散らしながら、竜の爪がアーマーを粉砕せんと威力を発揮した。

 

「ぐ、ぅ、あああああああッ――――!?」

 

 ジオウの装甲が悲鳴を上げる。ウィザードアーマーという追加装甲によって強化されていてなお、耐え切れる限界がジリジリと迫ってくる。

 軽減しきれない衝撃に悲鳴を上げながらも、ソウゴの意識がそれを跳ね除ける魔法を探す。

 

 だが、即貫通に繋がらないと理解したアナザーウィザードが爪を離した。

 一気に衝撃が消えたことで、一瞬呆けるソウゴの意識。

 

 そこでアナザーウィザードが、両腕を横に大きく広げ、胸の竜の頭を突き出した。

 開かれる竜の顎、ラッシュスカルの大口。その中から滂沱と溢れる火炎の渦。

 

 ジオウは削岩機にかけられたばかりの体が痺れ、動けない。

 

「ッ……!」

 

「ゴァアアアアアアアッ――――!!!」

 

 岩をも溶かす業火がその場に溢れ、炎の柱となって立ち上る。

 周辺に蔓延っていた触手の怪物も巻き込んで、周囲一帯を灰燼に帰す。

 炎に呑み込まれていくジオウを見下げながら、アナザーウィザードは空へと舞い戻る。

 

 炎の柱を立ち上らせ、黒煙を上げる地獄と化した地上。

 そんな光景を悠然と見下ろしながら、竜は満足げに唸りを上げた。

 

 

 

 

「くっ……! 退けっ! 退けぇッ!」

 

 前方で炸裂する火炎の渦。

 人間など近づくだけで殺されるだろう絶望的な熱量を前に、ジルは叫んだ。

 距離は離れているのにこちらに届く熱で、鎧が凄まじい熱を持つ。

 竜が暴れるのと何ら変わりない暴力を前に、フランス軍は瓦解同然。

 

 とにかく叫ぶ。逃げ出せ、と。

 指揮官が吐いたその言葉を聞き、堰を切ったように逃亡を始める兵士たち。

 それを聞いた砲台に取りついていたものが叫ぶ。

 

「逃がすものかァ……ッ!! ジャンヌ・ダルクへの大恩も忘れ、彼女を見捨てたものどもがァッ! 助かりたいと思うのであれば、いま再び神へと祈るがいい! この身が犯す叛逆こそが過ちだと言うのであれば、主の裁きが我が身へ下るであろう! 聖女を害した畜生どもにさえ主の救いが齎されるというならば、私は神にさえ唾を吐こう――――!!」

 

 ―――あれは、()()だ。

 

 全身から延びる触手で逃げ出そうとする兵士に躍りかかる。

 即座にジルは剣を執り、もう一人の自分に向け駆け出していた。

 

 一息に彼我の距離を走破して、剣をそれの頭部に叩き付ける。

 返ってくる手応えは、まるで城壁に剣で殴りかかったような反動。

 外見は人のそれと同じはずなのに、傷をつけるどころかびくともしない。

 

 ぎょろり、と前へと飛び出した眼球がこちらに向く。

 

「お前か……! お前が……! 竜の魔女、を……!」

 

「―――そうとも。私が憎み、恨み、失望したこの国を焼くためにィッ!!」

 

 触手に手にしていた剣を弾き飛ばされる。

 人と同じものにしか見えない彼の手が、こちらの頭を掴みかかる。

 発揮される人間のそれとは思えぬ怪力。

 万力の如き握力に締め付けられ、ジルは口から自然と悲鳴を零す。

 

「ぐぁ……! ぁ、ああ―――ッ!?」

 

「―――ジャンヌ・ダルクに復活をして戴いた!

 この国を焼き、世界を焼き、その憎悪を晴らすための場に導いた!!」

 

「馬鹿、な……! ジャンヌ・ダルクが、そのようなことを望むはずがッ―――!」

 

「望まぬはずがあるものかァアアアッ―――!! 何故彼女があんな残酷な結末を迎えねばならない!? 何故彼女の死を受け入れられるか!? 例えこの身を地獄に堕としても、あんな結末だけは踏み躙らなければならない! 貴様にィ……! 貴様ならばァッ!

 この望みの正しさが分からぬはずがあるものかァアアアアッ――――!!」

 

 ―――ああ、わかる。わかってしまう。

 何故この()がこんな事をしたのか。本気で共感を抱いてしまう。

 心の中でそんなことは許されぬ、と確信しながらもその行動に憧れる。

 こちらの抵抗が緩んだと見たか、もう一人のジルは彼を投げ捨てて兵士を狙おうとする。

 

 人間離れした膂力。

 それに投げられたジルは、簡単に地面へと転がった。

 鎧を着ながらバカみたいに転がったせいで、それだけで体が壊れたのがわかる。

 

 でも立たなければ。

 彼に―――自分の心に、それは違うと言わなければ。

 

 立ち上がろうと手に力を入れた。そこに地面ではない何かがある。

 

 ―――剣だ。先程の金の竜が弾き飛ばした、赤の戦士の剣。

 あれだけの化け物と戦える剣ならば、と勝手に借り受ける。

 それを杖代わりに体を起こし、こちらに既に背を向けた彼へと全力で駆け出した。

 

「ぬぉおおおおおおッ――――!!」

 

 こちらの叫びに反応して、化け物と化したジル・ド・レェが振り返る。

 警戒などしていない無防備な姿。

 その腹に、突き出した剣は深々と突き刺さった。

 

「ご、あッ……!? キ、サマァッ――――!?」

 

「聖女を救えるというのなら、私など幾らでも地獄に堕ちよう……!

 だが、貴様のそれは……! 私の憎悪に聖女を巻き込んでいるだけだろう……!

 私が肚に抱えて地獄に持っていかなければならぬもので―――!

 我らが聖女を……! ジャンヌ・ダルクを汚すなァッ……!」

 

「―――――ァッ!!!」

 

 声にならぬ絶叫を上げ、発狂したジルの腕が人の身のジルの頭を掴む。

 一秒後には彼の頭が握り潰されるだろう、その刹那。

 

「もう終わりにしましょう、ジル」

 

 彼の目の前に、糸が切れたように眠る黒い聖女を抱いた救国の聖女が現れた。

 

 

 


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