Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ルネサンス2068

 

 

 

「お帰り。マシュ、立香ちゃん、ソウゴくん、お疲れさま!」

 

 そうして彼らは、気が付けばカルデアに帰還していた。

 展開されたコフィンから身を起こし、揃って体をほぐすように動く。

 

 目の前には、こちらへと歩み寄ってくるロマンの姿がある。

 ダ・ヴィンチちゃんの姿もそこにはある、が。

 

「あれ、そういえば所長は?」

 

「そういえば所長の声、一回も聞かなかったね」

 

 ふと気付いて、カルデア管制室をよく見回す。

 しかしそうしても、何故か所長の姿はどこにもない。

 はて、と首を傾げているソウゴに、ダ・ヴィンチちゃんがその手にある眼魂を見せた。

 

「あ、所長」

 

「君たちのレイシフト開始と同時に、勝手にこれに戻ってしまってね。

 私が再起動しようとしても起動しなかったんだよ」

 

 そう言ってカチカチと眼魂の起動スイッチを連打するダ・ヴィンチちゃん。

 ボタンは押されているのに所長は出てこない。

 最初にウォズが押したときには、ぽーんと出てきたものだったのだが。

 

「うーん……じゃあ俺が押せばいいのかな?」

 

 そう言って、ダ・ヴィンチに手を差し出すソウゴ。

 だが彼女はひらひらと手を振ってオルガマリー眼魂を渡すことを拒否してくる。

 

「それは後にしよう。悪いけど、先に君たちには私の工房まで来てほしい」

 

「……レオナルド?

 それは彼女たちに一度休んでもらってからじゃ駄目なことなのかい?」

 

 今まさに死闘から帰還したばかりの、新米マスターたちだ。

 けして無理はさせるべきではないとロマニは言う。

 だが彼女には珍しく真剣な表情で、ソウゴたちに向かって視線を送り続けている。

 

「わかっているとも。けれど、とても重要なことなんだ。

 言っておくけどロマニ、君にも来てもらうよ?」

 

「ボクなんかは別にいいんだけれど……」

 

 ちらり、とロマニの視線が立香たちへと向いた。

 立香とソウゴが目を見合わせる。その後、二人してマシュへと視線を向かわせる。

 マシュも大丈夫だ、と言わんばかりに肯首した。

 

 ついでにソウゴがランサーにも視線をやる。

 オレにそんなどうでもいいこといちいち訊くな、とソウゴが小突かれた。

 

「私はまだ大丈夫だけど」

 

「俺も大丈夫だよ」

 

「わたしも問題ありません」

 

「ありがとう。では向かうとしよう―――なに、見てもらえれば分かるさ。

 私が君たちに何を見せたかったのかね……」

 

 フフフ、と怪しく笑いながら踵を返すダ・ヴィンチちゃん。

 歩き出す彼女の後ろで顔を見合わせてから、しょうがないのでそれに着いていく。

 ソウゴに立香にマシュが歩き出し、ロマニはこの場を離れるために残る人員に指示出しを始め、そしてランサーは管制室をうろつきだした。

 

「ねえ、行くよランサー?」

 

「オレはこっちを見せてもらうぜ。どうせそっちはロクでもない話だろうからな」

 

「えぇー……」

 

 ひらひらと手を振りながら、そのまま管制室のあちこちに目を向けるランサー。

 その視線が特にオペレーターの女性に向けられているのははたして気のせいだろうか。

 しょうがないのでランサーは放置して、彼らはダ・ヴィンチちゃんの後に続いた。

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんが工房の扉を開き、中に入っていく。

 そこは完全に照明が落とされた空間。

 何か見せたかったものがあるのではないのか、とみんな揃って首を傾げる。

 

「さあ、では御開帳といこうかな?」

 

 そんな彼らに対して、非常にうきうきしながらダ・ヴィンチちゃんが声をかける。

 ロマンは諦め顔でそれを見ていた。

 

「行くよ、ライトアップ! これこそ!」

 

 カッ、カッ、と景気のいい音を立てて順次点灯していく照明。

 一体何故一斉にではなく、一つずつ点けるなんて手間をかけるのか。

 さておき、それらのライトに照らされる中心にいたのは―――

 

「……所長?」

 

 生気のない虚ろな目をした、オルガマリー・アニムスフィアの姿。

 彼女が何やら色々な機材やらコードやらがつながっている台の上に、直立させられていた。

 それを所長と呼んだマシュに、ダ・ヴィンチちゃんからの訂正が入る。

 

「メカ所長だ!」

 

「メカ……ですか?」

 

「そうとも。メカと言いつつ、機械的な部品なんか使ってないけどそこはそれ。

 折角だからお洒落な名前をつけてあげようと思ってね!」

 

「お洒落……」

 

 それの姿が見えた途端に唖然としていたロマニが、震える声で彼女に訊く。

 

「その、レオナルド。これは一体……」

 

「ああ。マナプリズムと私のへそくりでちょちょいとね。

 頭部にオルガマリー眼魂を収納することで、彼女の実体として機能することができるボディだ。元々こういったものを構想はしてたけど、実験作には丁度良かったよ。もちろんカルデア戦闘服のように、レイシフトには完全対応。多少の攻撃ならばビクともしない防御力も備えている。

 特に眼魂を入れる頭は中々硬いよ? 所長の頑固さを表現してみました、なんてね」

 

 何のこともないようにダ・ヴィンチちゃんはメカ所長に歩み寄った。

 そうして右腕に装備されている籠手、万能宝具で所長の頭をゴンゴンと叩いて見せる。

 おおよそ、人の頭蓋骨がたてる音ではなかった。

 

 それを見ていたロマニが納得するように、呆れるように溜息一つ。

 

「……ああ、つまり今後は所長もレイシフトしてもらうという前提の装備なわけか。

 確かに霊体のままサーヴァントの目の前に立つ、なんて自殺行為もいいところだ。

 そう考えれば必要経費というべきなんだろうけど……」

 

「え? 所長も来るの?」

 

「そう。オルガマリー眼魂は恐らく、常磐ソウゴくんと同じ空間にいなければ起動しないということが分かってしまった。

 なら特異点攻略中は放っとけばいいか、というとそれもどうかと思うわけだ」

 

 手にした眼魂を適当に振り回す。

 責任者である彼女が何もしない、というのは何より彼女本人が許せないだろう。

 だからと言って、眼魂から展開される霊体だけでのレイシフトではあまりにも隙だらけだ。

 彼女の場合は霊体だけになったからこそ、レイシフトが可能になったわけではあるが。

 そのためのボディが、このメカ所長だという。

 

「だからこそ、彼女は君たちと同行させたい。彼女は背負い込むタチだから、そんなことを気にしてる暇がないだろう現場の方が相性も良さそうだしね」

 

「いいんじゃないかな。今回、なんか参謀的な人が必要だったなって思ってたし」

 

「大体ランサーに任せてた気がするよね」

 

 だよね、とソウゴと立香二人で納得する。

 今回は人員の少なさが災いして、ランサーに大分負担がかかっていた。

 現地の協力者を得てなんとかマシになってはいたが。

 次の特異点に向かう前には、その点を解決したいと思っていたので是非もない。

 

 ランサーに楽をさせる手段といえばもう一つ。

 

「そういえば、特異点を修復して新しいサーヴァントって呼べるの?」

 

「今、フランスの特異点から回収したリソースを聖晶石化している最中だよ。

 君たちの令呪補填を考えるとそうだね……召喚に使えるのは2人分、といったところかな」

 

 そんなものなのか、と腕を組んで唸るソウゴ。

 

「うーん。じゃあ俺と立香で一人一回ずつ召喚するの?」

 

「いや。ここは申し訳ないが、立香ちゃんに一人召喚してもらって……

 残りは、これに使わせたいと思う」

 

 そう言って、ダ・ヴィンチちゃんは机に置いてあった一冊の本をとった。

 赤い装丁の立派な本ではあるが、ただの本のように見える。

 はて、と首を傾げるソウゴたち。そんな彼らを差し置いて、ロマニがとても渋い顔をした。

 

「……それは概念礼装かい?」

 

「そ。冬木のマナプリズムから引き出した情報から形成した概念礼装。

 名前は偽臣の書、冬木の聖杯戦争に縁深い礼装だったようだね。

 本来は令呪一角分を消費して作り、他人にマスター権を譲渡するためのものだったようだ」

 

 ロマニがその説明を聞き、顎に手を添えながら目を細めた。

 

「つまり、その書を通してサーヴァントを召喚。

 その書の所有者をマスター適正がなく召喚を行えない所長に譲渡する、というわけか」

 

「オルガマリー所長は適正の段階でシステム・フェイトに弾かれる。

 レイシフト適正は克服できたが、それでもやっぱりマスター適正はないからね。

 だからそれを誤魔化すために、これを経由して彼女のサーヴァントを確保する。

 というわけで、はいこれ」

 

 そんな風にソウゴに手渡される偽臣の書とやら。

 

「なんで俺に?」

 

「この礼装はつまり、()()()()()()()()()()()()()()()ためのものだからね。

 最初に君か立香ちゃんに召喚してもらって、その上で所長に従ってほしいと頼み込む必要があるわけだ。そういうわけで君にお願いしようと思う。君の方がそういう話が得意そうだしね」

 

「そうかなぁ?」

 

 手渡された本を検めて、仕方なさげにソウゴはそれを小脇に抱えた。

 それを見たダ・ヴィンチちゃんが満足げに笑う。

 

「まあ、とりあえずそれは後回しだ。まだ聖晶石も抽出できていないし。

 そんなわけで、本題に入ろうか」

 

「あ、ついに所長復活の儀式?」

 

「いやいや。所長はまだまだ後回し」

 

「ええ……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは棒立ちしているメカ所長を素通りし、奥へ行ってしまう。

 しょうがないのでみんなで続いて後を追う。

 

 彼女はそのまま奥の椅子に座り、そこに並んでいる椅子に腰かけるように促してくる。

 なので、みんな揃ってとりあえず座る。

 

「先に色々と君たちの知る情報を教えてもらおうと思ってね。

 ウォズと名乗っていた彼はまあともかく、スウォルツと名乗っていた方のこととか」

 

「それは、所長に復帰して頂いてからではダメなんでしょうか?」

 

「所長にはまず、今回の特異点攻略を報告をすることから始めないといけないじゃないか。

 だったら私たちが報告を受けて、それを取り纏めた上で所長に報告すれば一手間減るだろう?

 だって今回の件をオルガマリーに報告したら、絶対に荒れるから時間がかかるよ?」

 

「いやまあ、そうかもしれないけれどね。

 割と真っ当な魔術師である所長は頭を抱えるだろう、ってことが多かったし」

 

 マシュの疑問に肩を竦めるダ・ヴィンチちゃんに、溜息を落とすロマニ。

 

「よし、では順序よく訊いていこう。ソウゴくん。仮面ライダーとは何かな?」

 

 机の上から眼鏡を取り出し、かけつつ言う。

 眼鏡ダ・ヴィンチちゃんと化した彼女の指先が、ソウゴをビシリと指した。

 急に訊かれてもなあ、と思いつつ浮かんだ答えを提示するソウゴ。

 

「よく分かってないけど、誰かのために戦うのがライダーなんじゃないかな?」

 

「おっと最初から暗雲。精神性の話ときたかー。

 でもまあ、そうだろうなとは思っていたけどね。複数いるのかい? 仮面ライダーって」

 

 座ったばかりだというのに立ち上がり、ホワイトボードを引っ張りだしてくる。

 そこに何やら書き始めるダ・ヴィンチちゃん。

 文字が英語なのでソウゴには読めない。ちらりと立香を見ると、すっと視線が逃げた。

 

 読めない。

 

「ソウゴさんがフランスで力を継承したという―――

 ウィザード? というのも仮面ライダー、なんでしょうか」

 

「うん。ウィザードも仮面ライダーみたいだ」

 

 フランス特異点で手に入れたウィザードウォッチを取り出す。

 絶望を希望に変え、涙を宝石に変える指輪の魔法使い。仮面ライダーウィザード。

 それがこの特異点の戦いで、ソウゴが継承した力だ。

 

 そのウォッチをソウゴの後ろに回ったダ・ヴィンチの顔が覗く。

 そこですぅ、と。一瞬だけ眇められる彼女の目。

 しかし次の瞬間にはいつものような笑みを浮かべ、ホワイトボードに向かっていく。

 

「ジオウに、ウィザードね。ふむ、名前からしてウィザードは分かり易いけれどね。

 戦闘記録を見る限りでは、火、水、風、地。四つの属性の魔術による戦闘……だけに留まる様子がない」

 

「属性自体はおかしくない。第五元素であるエーテルと架空元素を除く四元素。

 四重属性……というのは珍しいが、逆に言えばそれだけだ」

 

「まあ、触媒も無しに地形に影響を与えるほどの重力操作。

 あっさりと遠方にいたサーヴァントを付近に呼び出す空間転移。

 結構な魔術の博覧会だった気もするが、それ以上にあれだね。

 ジャンヌを相手の心の中? に送り込んだもの。それがまた一体どういうこと? みたいな。

 これ、仮に属性を与えるなら架空元素……虚数の担当じゃないかい?

 普通は共存しないものなんだけどねぇ、他の属性とは」

 

 ホワイトボードに色々書いていくダ・ヴィンチちゃん。

 きゅっ、きゅっ、と小気味良いペンの音をたてながら書き続けている。

 

「それはそれとして、他にはどんな仮面ライダーがいるんだい?」

 

「さあ……俺は知らないけど」

 

 書いていた手を止め、ダ・ヴィンチちゃんが振り向いた。

 ペンをくるくると手の中で回しながら、首を傾げる。

 

「知らないのかい? それは残念だが……どのくらいいるかは分かる?」

 

「多分20人くらいじゃないかな、何となく」

 

「ほうほう、20人くらいね。まあ、君の何となくなら信じても問題ないかな?

 そのうちの一人が君、仮面ライダージオウってことなのかな?」

 

「多分ね」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが、ホワイトボードにジオウの似顔絵をさらさらと書きこんだ。

 その近くにはウィザード……ジオウ・ウィザードアーマーの似顔絵。

 更に残り18個分の顔っぽい丸をホワイトボードに並べていく。

 

「仮面ライダーは20人。それぞれとても強い力を持っている。

 だが、彼らの存在はレフ・ライノールたちの企てた人理焼却により人類史とともに消え去った。

 ……仮面ライダージオウであるソウゴくん以外の全員ね」

 

「あれほどの能力を持つ者が20人前後も誰にも知られず、というのは難しい気もするけれど」

 

「ロマニは駄目だなぁ。そういうところは柔軟に考えたまえよ。

 ロマンなんて名乗る癖にロマンが足りてないよ」

 

「……ロマンって足りる足りないの問題かい?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが繰り出す頭へのチョップ。

 それをあえて受けながら、ロマニは嫌そうに反応した。

 はあやれやれ、と言わんばかりに溜息を吐くダ・ヴィンチちゃん。

 

「じゃあもう、()()()()()()()()()()()()2()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 みたいに考えておけばいいだろう?」

 

「む。そう言われると……可能、なのかなぁ?」

 

「とにかく。ソウゴくんにはその歴史の狭間に失われた仮面ライダーの力を、特異点を経由して回収する能力がある。今回フランスで仮面ライダーウィザードの力を得たのはそういうことだ」

 

 悩み込み始めたロマンを放って、ダ・ヴィンチちゃんは再びホワイトボードに書き込みを始めた。今度描かれているのは、しかめっ面をした男の顔。

 

「そこで現れたのがこの男、スウォルツ。

 特異点である1431年フランスに出現した彼には、レイシフトと同等。もしくはそれ以上の時間干渉能力があると思われる。

 フランスでは範囲内の特定の相手にのみ、時間を停止させるかのような現象を発生させた」

 

「……彼の停止能力を受けていた時は、意識だけは確りとありました。

 ですがあの一切動けない感覚は……まるで時間が止まってしまったようだ、としか……」

 

「あの時の立香ちゃんやマシュのバイタルを確認する限り、生体活動は完全に停止している。数字を見る限り、あの時間は全員心臓も動いていないし息もしていない。実際にそんな状態だったよ」

 

 観測していたバイタルは間違いなく停止していた、と語るロマニ。

 ふぅむ、と額に手を指を当てて悩むダ・ヴィンチちゃん。

 ロマニはそんな彼女を見て、指を組みながら口を開く。

 

「時計塔によって封印指定された魔術師に、固有時制御という魔術があるらしい。

 それは自身の肉体の時間経過を加速させることで、強制的に自分の動きを加速させる術式だ。

 理屈上はこの魔術も、自身の時間の進行を停止することができるだろう。

 大規模な儀式を展開する、という前提ならば他人の時間停止もできるかもしれない」

 

「つまり、あの人はその魔術を?」

 

「残念ながら違うだろうね。魔術はそんなに便利なものじゃない。

 肉体の時間は完全に停止させるけれど、思考はそのまま。

 場合によって普通に喋ることも出来る、だなんてそれは幾らなんでも時間を好き放題しすぎさ。

 ―――まあ、そんな無茶を押し通せるとしたら可能性は一つ。第五魔法くらいじゃないかな」

 

「第五魔法?」

 

「そう。魔術師ではない君たちにはその感覚が分からないだろうけど、魔法と魔術は別物だ。

 簡単に言うと現代の科学で代用可能なものを魔術、それ以外は魔法と呼ばれる。

 つまりそんなこと不可能だろ、っていう奇跡は魔法なわけだね」

 

 分かり易いといえば分かり易いまとめ、だったが。

 ソウゴと立香は揃って首を傾げる。

 

「……じゃあレイシフトも魔法なんじゃないの? タイムマシーンでしょ?」

 

「確かにそう思うのも無理はないけれどね。残念ながら違う。

 カルデアによるレイシフト実証は魔法の手前ではあるが、色々と制約も多い。

 さっきレオナルドが言っていた直接ではなく、霊子のみでの移動だっていうこともそうだし。

 何より大前提として現代科学と魔術の融合、という形態でもある。

 憶えているかな? ボクが前に話した、歴史は簡単に変えられない、という話」

 

 そう言って指を立てるロマニ。

 ファーストオーダーを完了し、グランドオーダーを発令したあの時。

 彼は確かに特異点を解説するときにそう言った。

 

「―――人理定礎。量子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)

 呼び方は様々だけれど、歴史には変えられない確定事項が存在する。

 だから誤解を恐れずに言うならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 現象として驚くべきことではあるが、そもそもそんな奇跡には価値がないんだ。

 だって時間移動して得られる成果は、精度の高い歴史公証だけなんだから。

 だから時間に干渉する第五魔法の中でも、現象として発生する時間移動は副産物でしかない」

 

 ロマニの説明を聞いていた立香が、首を傾げて彼に問う。

 

「でも、今回は歴史が変わって人理焼却に繋がってるよね?」

 

「そうだね。それぞれ大きな人理定礎が確定する時代に、霊的リソースである聖杯を投下。その魔力が起こす現象で、時代を完全に崩壊させる。

 けれど、逆に言うとそれしかできなかったともいえる。人理定礎がある限り歴史は変わらない。人理定礎を破壊するためには世界ごと滅ぼすしかない。

 だから―――……第五魔法?」

 

 途中まで言いかけたロマニが、ふと何かに気づいたかのように言葉を止めた。

 彼は片手で口を塞ぐようにして、目を薄く閉じて思考に入っていく。

 それを見たダ・ヴィンチちゃんが、ペンで彼の頭を小突いた。

 

「はいはい、喋ってる途中で思考に入らない。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけの話なんだよ、これは。

 そしてスウォルツという男が本当に生身で時間を渡航し、現在を流れる時間を自在に操作できるというならば、それは魔法同然の所業というしかない。

 ソウゴくんが言っていたアナザーウィザードの時間操作能力も、本当だとすればそれも魔法同然だ。本当に魔法かどうかは、実際見てみなきゃ分からないけれどね」

 

「うーん」

 

「まあ、彼らの力が魔法かどうかは置いておこう。フランスに現れたスウォルツは、ソウゴくんの手に入れた仮面ライダーウィザードの力。

 それと同質の力であるアナザーウィザードを作り、聖杯を手に入れようとした―――ということでいいのかな? その割には引き際が早すぎる気がするが……何しろ結果的に聖杯は私たちの手に。アナザーウィザードも撃破されてしまっている」

 

 彼の時間干渉能力に何らかの制限があるのか。

 あるいはアナザーウィザードの勝利を期待しているわけではなかったのか。

 ダ・ヴィンチちゃんはソウゴに目をやる。

 

 だが、彼もまたさっぱり分からん、という顔していた。

 

「……彼の発言の中に、2018年の到来を期待するものがありました。つまり、彼の敵は基本的にわたしたちと同じ。人理焼却の実行者。彼にとってわたしたちは味方をするものではないが、あくまでも現時点では積極的に敵対する気もないという可能性はどうでしょうか?

 彼はアナザーウィザードを作成した。その時点でアナザーウィザードが勝利するにしろ、敗北するにしろ、自分かわたしたちが聖杯を回収するという目的を果たしていた」

 

「彼が敵対しているのは人理焼却の首謀者のみであり、こちらには大して注目していない?

 まあ、絶対にないとは言えないけれど。

 ―――それにしては、仮面ライダー……ソウゴくんとの繋がりがありすぎるね」

 

 そこまで聞いていた立香が、当時の状況を思い出すように天井を見上げた。

 そうして思い起こす彼の発言の中、一つ。

 

「あの人……ソウゴに今の貴様には用はない、って言ってたよね。

 オーマジオウ? っていう未来には用がありそうなことも」

 

「オーマジオウ? ジオウと名につくからには、ソウゴくんのことかな?

 シンプルに考えるのであれば、ソウゴくんがパワーアップするとそうなるとか」

 

 ホワイトボードに描いたジオウに、オーマという文字を書き足すダ・ヴィンチちゃん。

 その様子を見ていたロマニが、先程のマシュの予想と合わせて語る。

 

「……合わせて考えるのであれば、2018年になるとソウゴくんがオーマジオウと呼ばれる仮面ライダーになることが予定されていた。

 彼が目的としているのは、そのオーマジオウというのになったソウゴくん。だからこそ、その時代に辿り着くために人理焼却を防ごうとしている、か」

 

「2018年、ね。これ、意外と正解に辿りつけてる気がしてきたぞぅ?」

 

 呟くように言ったダ・ヴィンチちゃん。

 その手のペンが、スウォルツらしき似顔絵からジオウに向けて矢印を引く。

 

「ですがそれが目的の場合、アナザーウィザードにわたしたちを襲わせた理由は何でしょう。

 もしかしたら、彼が目的とするソウゴさんが死亡してしまう可能性も……」

 

「そこはほら、王道展開ならソウゴくんを強くするため! じゃないかい?」

 

 ペンが走り、ジオウの似顔絵の周りに何か波動のようなものが描き足される。

 強くなったジオウ、という表現らしい。

 

「なる、ほど……?

 強くなったソウゴさんがオーマジオウというものになる、ということでしょうか……」

 

 それを見て僅かに首を傾けたマシュが、一応納得する。

 ダ・ヴィンチちゃんがペンにキャップをつけ、それでホワイトボードの端をとんとん叩く。

 

「うんうん、おおよそこんなところかな。

 ソウゴくんの力。仮面ライダージオウは、人理とともに焼失した仮面ライダーの力を特異点から回収できる。

 それと同種の力で特異点に悪い仮面ライダーであるアナザーライダーを出す、人理焼却側でも、カルデア側でもないスウォルツという第三勢力がいる。

 説明する上で必要な情報はこれくらいかな。ウォズと名乗っている方の彼は……まあいいや。今の所は、ソウゴくんの協力者でいいか。

 これを纏めてから所長に報告するとしよう。協力ありがとね、立香ちゃん、マシュ、ソウゴくん。とりあえず自室に戻って休んでいてくれ。

 久しぶりの暖かい寝床を堪能してくれたまえ」

 

「え、所長の復活は?」

 

 終わったなら所長復活か、と思っていただろう立香が驚く。

 その声をははは、と一笑しながらコンコンとホワイトボードを叩いて音を立てる。

 

「残念だけれど、彼女を出すのは私がこれを報告書を纏めてからにさせてほしい。

 その時になったら、改めて呼ばせてもらうよ……あ、そうだソウゴくん。

 新しいウォッチも含めて、君のデバイスをここに置いてってくれないかい?」

 

「いいけど」

 

 手元にあるウォッチとドライバーを机の上に置くソウゴ。その中のジオウライドウォッチを手に取ってみて、ダ・ヴィンチちゃんは満足そうに笑う。興味が移ったかのように、そちらにばかり注意を向ける彼女が、残りのメンバーに対してひらひらと手を振った。

 

「ありがとね。

 ―――じゃあマシュは念のため二人を迷わないように自室まで送り届けてあげなさい。

 あ、ロマニもとりあえずもういいよ。中央管制室に戻ってあげるといい」

 

「……謎が深まっただけな気もするけれど、まあ仕方ない。

 どちらにせよボクたちには特異点を攻略していくという手段しかとれないわけだしね。

 そしてキミたちはその要だ。今はとにかく休みなさい、次の戦いまでゆっくりとね」

 

 ロマニが立ち上がり、そのまま足早に管制室へと戻っていく。

 ダ・ヴィンチちゃんに呼ばれたからここにきていたが、彼はあちらでも忙しいのだろう。

 マシュもまた立ち上がり、立香とソウゴを促してきた。

 

「では先輩、ソウゴさん。念のためにお部屋までご案内します」

 

 そう言って先導してくれる彼女に、二人揃って着いていく。

 

 部屋までそう長い距離ではないが、そこで小さく立香の頭が揺れた。

 ふー、と大きな息を吐いて軽く頭を振る立香。

 

「……とりあえず、終わったんだよね。なんか一気に疲れが出てきた気がする」

 

「お疲れ様です、先輩。ソウゴさんも」

 

「俺はそうでもないような。旅してる途中でも普通に休みとれてたし。

 マシュの方こそお疲れ様なんじゃないの?」

 

「そうだね。マシュもお疲れ様」

 

 何とか立て直した立香が、マシュにそう言う。

 言われたマシュは何やら照れるように頬を染めた。

 

「い、いえ。わたしなんてまだまだです。

 サーヴァントとして少しは先輩にお役に立てたら、と思いながらの旅路でした。

 ……そして、人間というものについて多くを知れた旅だったと思います。

 ジル・ド・レェの怒りと願い。アマデウスさんの言葉……

 その全てを今理解することは出来ていないかもしれません。

 けど、いつかきっと。先輩たちとの旅路の果てには――――」

 

 そう言って前を見上げるマシュの背中に、立香が小さく微笑んでいた。

 

 

 

 

「……ふむ。やっぱり、これはおかしいよね」

 

 ジオウライドウォッチを眺めながら、小さく呟くレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 彼女はその表面に指を這わせ、その描かれた数字“2018”を睨んだ。

 

「人理焼却の前。2018年を未来予知、あるいは予測していることはおかしくない。

 だから2018年の常磐ソウゴを知っていてもまあおかしくはないのだろう。

 けど、これはやっぱり外れてる」

 

 もう一つ、ウィザードウォッチを取り上げて、その数字“2012”の文字をなぞる。

 

「ウィザードの力は2012年に成立した力であるが故に人理焼却で消えた。

 それは理解できるからこそ、じゃあ2018年の力が今成立するはずがないという話だ。

 仮面ライダージオウは2018年の常磐ソウゴの力。

 無くなってしまった時代のサルベージと、まだ訪れていない時代の先取りじゃ話が違う。

 そんなことができるなら、最初から一足飛びにオーマジオウとやらに辿り着けるはずだ。

 では何故、2015年の彼にそれを成立させることができたのか?」

 

 ウィザードウォッチを机に置いて、今度はオルガマリーゴースト眼魂を取り上げる。

 それを手の中で遊ばせながら、再び思考しながら独白する。

 

「ウォズ。彼は言った、今が2015年だからオルガマリーはゴーストの力である眼魂になったと。

 つまり仮面ライダーゴーストと呼ばれる存在もいて、2015年は彼の時代? ということだ。

 2012のウィザード、2015のゴースト、2018のジオウ。

 うーん、間隔が狭い。3年ごとに更新? それともまだ間に仮面ライダーが入るのかな?」

 

 ジオウウォッチとオルガマリー眼魂を持ちながら、室内を歩き回ってみる。

 特別思いつくこともないが、座ってうんうん悩んでいるよりは気が晴れるものだ。

 そこでふぅ、と一息ついて、彼女はジオウライドウォッチを照明に翳してみる。

 

 このデバイスも眼魂と同じように、自分には起動できないのだろうか?

 そう思いついて、そこまで大きく考えずに彼女はウォッチのスターターを押し込んだ。

 

〈ジオウ!〉

 

「っな……!」

 

 その瞬間。ライドウォッチがその名を告げた瞬間。

 ダ・ヴィンチちゃんの周囲の光景が、一瞬の内に変わり果てていた。

 そこは自分の工房じゃない。それどころかカルデア内部ですらない。

 赤茶けた荒野だけが広がる死の大地であった。

 

 幻覚かと疑い、自身の内部に探査をかけるがそのような事実は存在しない。

 それどころか、彼女が所持しているレイシフト後の時間軸を確認するための装置が、ありえない時間を指示していた。

 

「20、68年……!?」

 

 慌てながらも冷静に周囲を見渡せば、すぐ後ろに巨大な石像が見つかる。

 

 その石像の中心にあったのは、見慣れた顔よりは少し大人びはじめた様子の少年の顔。

 少年がジクウドライバーを装備し、今にもジオウへと変身しようとしている姿。

 石像の台座には、“常磐ソウゴ初変身の像”と題名が書かれている。

 

 ソウゴの石像の後ろには巨大な19人の全身を覆うスーツに身を包んだものたちの石像。

 恐らくそれらが仮面ライダーということなのだろう。

 

「これは――――」

 

「時の迷い人よ、この時代に何を求めてきた」

 

 その石像に近づこうとした瞬間に、横からかかる声。

 すぐさまそちらに顔を向ければ―――

 

 黄金の男が、そこに立っていた。

 

 金と黒で彩られるボディ。真紅に燃える“ライダー”の文字が収まった頭部。

 時計のベルトを肩にかけたような胴体、背中から降ろす時計の針のような翼かマントか。

 

 ―――まるで違っているのに、全体的にその男はとても類似していると感じる。

 その造形。そしてその雰囲気こそ、彼女にとってよく覚えのある人間のものであった。

 

「……ソウゴくん?」

 

「――――」

 

 男は答えず、彼女の手の中にある二つの物体。

 ジオウライドウォッチと、オルガマリーゴースト眼魂に視線を送る。

 そうして数秒、呆れるように首を振って一人言葉を吐き出した。

 

「……ウォズか。いや、かつての私はそれすら分からなかったというだけか。

 レオナルド・ダ・ヴィンチに眼魂を渡せば、それは()()()()()()()()()()()()()()になる。私のウォッチを手にすれば、こうして時空さえも超えてみせるのは当然の話だ」

 

「……私のウォッチ、ね。つまりこれは、君のウォッチということでいいのかな?

 2015年の常磐ソウゴに、2018年の仮面ライダージオウの力が使える理由。

 それは、未来の自分自身からの贈り物だから、と私は解釈していたわけだけど。

 ついでにこの時代が人理焼却されてない理由とかも教えてくれたら嬉しいんだけど。

 あ、あと何故こうも大地が荒廃しているのかも……」

 

 そう言って、ダヴィンチちゃんがジオウライドウォッチを持ち上げる。

 捲し立てられた男はしかし何も言わずに、石像に向かって歩み出した。

 無視されてむっとする天才の前で、ゆっくりと、悠然と歩みを進めた黄金の男。

 彼は頭から大きな角の突き出た、パーカーを羽織ったライダーの像の前で足を止めた。

 

「2015年の私、か……

 ―――迷い人よ、元の時代に帰るがいい。ここはお前のいるべき時代ではない」

 

 男が腕を横に突き出す。

 その動作に応じるように、ダ・ヴィンチちゃんの周囲に出現する多数の歯車。

 咄嗟に彼女はそこから逃れるために後ろに跳ぼうとして―――

 しかしそれより先に、歯車の回転が世界を割った。

 

「なにっ……!?」

 

 彼女がバックステップで下がった先は、カルデアの彼女の工房の中だった。

 慌てて周囲を見渡すと、歯車の回転が生み出した時空の歪みがゲートになっている。

 時空の歪み一枚を隔てて、2015年と2068年がつながっていたのだ。

 

 その時空操作能力にゾッとする。当然のように、彼は時空間に干渉してみせている。

 これが魔術や、一歩手前で処理できる規模か? と。

 

 時空を歪めていた歯車が止まり、時間を繋げるゲートが消えていく。

 徐々に薄れていくその空間に、ダ・ヴィンチちゃんは最後に吼えた。

 

「待て、オーマジオウ!」

 

 消えかけたゲートの中で、黄金の男がピクリと肩を揺する。

 すぐにその姿もそのゲートも消えてしまったが、確信が持てた。

 あれが、スウォルツの語るオーマジオウなのだと。

 

 時空の門が完全に消え果てるのを見届けて。

 そのまま倒れるように椅子に腰かけ、彼女は大きく溜息を落とす。

 

「……時間干渉、いや時空接続? どれだけの矛盾を踏み倒せばあれだけの無茶が効くんだ。

 2068年が残っている、というのもだが……小さな問題と見ていたつもりはなかったけれど……これは、思っていた以上に更なる大きな問題なのかもしれないね……」

 

 机にジオウウォッチとオルガマリー眼魂を置き、頭を抱えてみる。

 あれが目的だというのなら、そりゃそうだろうと断言できる。

 何をしても手に入れたい力だと言われれば、納得するしかない規模のそれだ。

 

 その事実に頭を痛める。そしてこれは、()()()()で何か気づいてそうだったロマニには話せないなぁ、と悩みこむのであった。

 

 

 

 

 そうしているダ・ヴィンチちゃんの工房の扉の外。

 壁に背を預けたウォズが、その手にある本。『逢魔降臨暦』を広げている。

 

 後ろの工房の中で起きたやり取りを把握しているのか、いないのか。

 彼は静かに笑みを浮かべながらその本へと目を通していた。

 

「―――かくして、ジオウはフランスの特異点の消去を成し遂げウィザードの力を得た。

 だが、彼の歩む覇道はまだ始まったばかり。

 次に彼らが目指すのは、西暦60年の古代ローマ帝国。

 その地でまた、我が魔王が継承するべき新たなレジェンドの力との遭遇が訪れるのであった」

 

 そこまで読み上げたウォズが本を閉じて、カルデアの奥へと歩き去っていく。

 ―――やがて行き止まりに辿り着くはずの通路。

 しかし歩いている彼の姿は、どうやってかいつの間にかカルデアから消失していた。

 

 

 


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