Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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彼女は“なに”を望んでいるのか0060

 

 

 

「………それで、このサーヴァントはなに?」

 

顔を引き攣らせながらそれを見ている所長。

周囲の反応、先に読んだ報告書の内容。

全てが今まさに召喚された彼女が、第一特異点の首謀者一味だと示しているのだから。

 

そんな表情を向けられた黒ジャンヌが、ピクリと眉根を寄せる。

 

「あら。貴女こそなに……?

 ―――え、ホントになにアンタ? 人形? 人間……? え?」

 

煽ってやろうとしたのだろうか。

皮肉げな視線をオルガマリーに向けたかと思えば、しかし本気で困惑し始める。

けれどそんな彼女の素の反応こそ効果抜群だ。

ひくり、と目の端を吊り上げだす所長。

 

「所長は黒ジャンヌのマスターだよ。はいこれ」

 

そんな所長にソウゴから手渡される、本の概念礼装。

自身に向けられる本を嫌そうに見るオルガマリー。

限りある物資。聖晶石を使用して召喚したものだ、使わないなんて選択肢はない。

だがこれが私のサーヴァントか、と黒ジャンヌへと視線を送る。

 

「はぁ? それがマスター? ……適正もないのに?」

 

あるいは元ルーラーとしての視点からか。

すぐに所長の問題点を看破して、にやりと嗤いながらそう言う黒ジャンヌ。

その物言いにオルガマリーの頭に血が上る。

しかしそんな物言いに、白い方が表情を引き締めて黒い方に話しかけた。

 

「駄目ですよ、黒ジャンヌ。

 マスターとサーヴァントとは互いを尊重しあう関係なのです。

 そのような言葉をマスターに向けることはよくありません」

 

「うっさいわよアンタ! っていうか黒ジャンヌとか呼ぶな!」

 

皮肉げな物言いはどこへやら、一気に沸騰して白い方に吼える黒い方。

 

そんな光景を眺めていたダ・ヴィンチちゃんが、機器の吐き出すデータを見る。

そこには何の異常もない。

英霊の座に存在しないはずの、ジル・ド・レェが生み出した存在を召喚しておいてだ。

 

まあ、可能性としては拾えないことはないだろうけど。

生み出され、外へと触れた時点で可能性だけなら発生している。

正直、まだ英霊として成立させるためには材料が足りないとは思うが。

人理焼却で浮いているこの場所が特異点同然、という事情もある。

ただ……

 

と、ダ・ヴィンチちゃんの視線がソウゴに向く。

彼は呼べることに何ら疑いを持っていなかった。

黒ジャンヌが正規の英霊ではない、という意識がなかっただけかもしれない。

 

だが彼ならば、黒ジャンヌに英霊として不足している欠落を補完できる?

だからこの召喚を成立させることができた?

 

そこまで考えて、小さく笑って思考を打ち切る。

 

「まあどっちにしろ召喚してしまったことには変わりない。

 所長はこれから命を預ける相棒を得たんだ、きっちり話をつけておきたまえ。

 立香ちゃんとソウゴくんは、ロマニと一緒にメディカルチェックの時間だ。

 他のスタッフの頑張りで、そろそろ第二特異点の絞り込み作業も終わるだろう。

 この新たに加わった新生カルデアチームでの特異点初攻略と行こうじゃないか」

 

ダ・ヴィンチちゃんのそんな宣言。

それによりがやがやと騒がしくなった室内から、しかし少しすれば人がいなくなった。

皆はメディカルルームか管制室に向かい、残されたのはオルガマリーと黒ジャンヌだけだ。

 

「……はぁ、まあ別にいいですけど。せいぜい頑張ってくださいな、マスター?」

 

呆れるように、失望するように、彼女は頭を傾けながらそう言う。

本当に本気で期待していない、と言わんばかりで腹が立つ。

ああ、くそ。なんて気持ちは昔からだ。

自分に向けられるそんな態度に、自分がとても慣れ切っていたことを今更思い出す。

 

本当に最近、おかしなことばかりで忘れていた。

藤丸立香。常磐ソウゴ。

おかしな連中に出会ってから、ちょっとした日常みたいな会話をするようになった。

まるで父の死が切っ掛けで取り上げられた学生時代みたいなやり取り。

 

でも、自分の魔術師として、アニムスフィアとしての生活はこっちの方が長かった。

誰にも期待されない。誰にも認められない。誰にも見てもらえない。

その中にあったただ一つの希望、レフさえも自分を裏切っていた。

オルガマリー・アニムスフィアという人間は――――

 

「ちょっと、何とか言いなさいよ」

 

むすっとした顔で声をかけられる。

報告書で読んだ彼女の呼称は、黒ジャンヌ。

黒いジャンヌだからという頭が痛くなるような理由で、常磐ソウゴがつけたものだ。

 

自分と彼女がマスターとサーヴァントだというのなら……

 

「名前」

 

「は?」

 

「貴女、名前は。まだクラスがアヴェンジャーだ、としか聞いてないのだけれど」

 

黒ジャンヌが黙り込む。

彼女に真名があるとするならば、ジャンヌ・ダルクより他にない。

けれど、彼女はジャンヌ・ダルクではない。違うのだ。

 

「……ないわ。私はジャンヌ・ダルクじゃないもの。名前なんて初めから持っていない」

 

吐き捨てる彼女。―――少しだけ彼女の気持ちが分かる。

自分は別に誰かの偽物ではないが、偉大なる家名の重さを知っている。

家名に比して能力が下回る人間は、偽物同然に扱われることを知っている。

―――まあ、本当にちょっとだけだが。

 

「……そう。じゃあジャンヌ・ダルク・オルタナティブ(とは違うもの)

 ジャンヌ・オルタとでも呼びましょうか」

 

「―――――」

 

彼女が、その言葉に目を見開いた。

突然のその態度、オルガマリーの声に少し弱気が混ざって小さくなる。

いや、弱気なんて入ってない。サーヴァントに弱気になる必要ないし。

嘘じゃないし。

 

「……なによ。それとも黒ジャンヌのままの方がいいの?」

 

「……いえ、別に。そうね、それでいいわ。始まりは否定できないんだもの―――

 違うものになりたいなら、まずそこからが丁度いいのかもね。

 名乗るだけでアイツとは違う、って宣言になるのは悪くないもの」

 

そう言って、召喚室から出ていこうとするジャンヌ・オルタ。

そんな彼女が扉の前で足を止めて、所長へと振り返る。

 

「そういえばアンタの名前、こっちこそ聞いてないじゃない。

 マスターのことすら知らないなんて、サーヴァントとして話にならないでしょう。

 ――――私、当面の目標としてまずあの白いのより完璧なサーヴァントになることにしたから。

 貴女にも完璧なサーヴァントの完璧なマスターとして、きっちり役目は果たして頂きます。

 ………ちょっと、早く名乗りなさいよ」

 

「え? ええ……オルガマリー・アニムスフィアよ。

 貴女、急にどうかしたの。アヴェンジャー」

 

その名前を聞くや否や、彼女はフン、と鼻を鳴らして退室した。

とりあえず試運転のつもりで、偽臣の書に自身の感覚を接続。

彼女の状態を探ってみる。

 

―――位置は管制室に向かって……あ、変な方向にずれた。

 

当たり前だ。五分前に召喚されたばかりの彼女に、この施設の道など分からない。

行き止まりに差し掛かったジャンヌ・オルタが方向転換。

何か同じ位置をうろうろし始めた。

 

恐らく他のサーヴァントの魔力反応を追って進行方向を定めているのだろう。

ただ、建物の中で魔力反応に向かって一直線、なんて出来る筈もない。

カルデアは入り組んだ施設だからなおさらだ。

 

ついでに道を訊くためのスタッフなんかいるはずもない。

だってほとんどのスタッフは管制室に詰めているし。

順番で休息をとっている一部の職員は、大抵すぐに自室に直行して泥のように眠る。

この状況でフラフラしているスタッフなんているわけないのだ。

 

「……迷子案内が私の完璧なマスターとしての初仕事なわけ?」

 

呆れたように溜息を吐いて、彼女は迷子のサーヴァントに向けて歩き出した。

 

 

 

 

「さて、第二特異点が無事に特定された。

 今回の特異点は一世紀のヨーロッパ、古代ローマ帝国だ。

 イタリア半島から始まり、地中海を制した大帝国ということだね」

 

「2000年近く前かぁ」

 

管制室に人員を集合させ、決行前の最終ミーティングを実施する。

画面に投影される特異点の情報を眺めながら、感心するような声が漏れる。

フランスだってそうと言えばそうだが、何もかも分からない時代だ。

現地でどのように動くかは、とても難しい。

 

ふと気づいたソウゴが、ランサーに小声で話しかける。

 

「そういえばさ。これ多分ランサーの仕事減るどころか増えてるよね」

 

「………だろうな」

 

とても嫌そうに彼はソウゴを見返す。

 

ジャンヌはともかく、黒ジャンヌと清姫は多分心労増加要素だから。

ランサーの助けになれるサーヴァントと現地で出会えればいいな、と。

このたび、ソウゴは天に祈ることにした。

どうかランサーの助けになれる人と出会えますように。

 

「転移地点は首都ローマを予定している。地理的には前回の近似だと思ってくれて構わない」

 

「聖杯があるだろう場所。歴史にどのような改変が起こっているか。

 それは残念ながら観測できなかった。

 悪いけど、それも君たち自身に確かめてもらうことになるだろう」

 

現時点で集積している情報を整理しつつ、ダ・ヴィンチちゃんが地図を出現させる。

その周辺に原因があるはずだ、というところまで観測されている範囲。

だがそれ以上は現地に赴き確認せねば答えは出ない。

 

「問題ありません。先輩とわたしたちで原因を突き止めてみせます」

 

マシュがそう言い、隣にいる立香を見る。

彼女はその言葉に大きく肯いた。

 

「―――うん、その意気だ。実に頼もしい。

 作戦の要旨は前回までと同じ特異点の調査及び修正。そして聖杯の回収だ。

 恐らくこの二つは連動した目的になるだろうけれど」

 

「更に、今回も確定じゃないがスウォルツ勢力の介入がありえる。

 その辺りはソウゴくんの判断に委ねるしかないだろうけれど、十分に注意するように」

 

そこまで言った二人の視線が、出撃メンバー中央にいる所長に向く。

これからレイシフト実証だ、という事実のせいだろうか。その動きは堅い。

そんな彼女が一度小さく深呼吸して、周囲を見渡す。

 

「……私が前線に参加するからには、失敗なんて許されません。

 藤丸立香、常磐ソウゴ。両名はしっかりと私の言う事を聞きなさい。

 更に行動を起こす前には必ず私の判断を仰ぐように。

 マシュ・キリエライト含む、両名のサーヴァントも指揮権の頂点は私と理解するように。

 けっして、勝手な行動は許しませんのでそのつもりで」

 

「はーい」

 

「フォーウ」

 

全員を睨みつけるようなオルガマリーの宣誓。

それに元気よく返事する二人のマスター。そしてフォウ。

そのやり取りを見て、ランサーが肩を竦めた。

 

「総司令官の下にいる指揮官がこれじゃ、部隊指揮じゃなく引率の保護者だな」

 

「とても微笑ましいと思います。

 けして楽な道のりではないからこそ、このような空気が大切なのでしょう」

 

くすくすと笑うジャンヌ。

そんなことになっているせいか、ぐぬぬと表情を悔しげに歪めるオルガマリー。

ジャンヌ・オルタはその様子を見てにやにやと笑っていた。

 

そんな中で至極真面目な表情を浮かべた清姫が、一つ。

 

「……つまり、マスターとの婚姻はあの方に認めていただければいいわけですね?」

 

「その、清姫さん。そのような権限は所長にはありません」

 

「まあ……」

 

いっそ淑やかにさえ見える所作。

静かに微笑む彼女にマシュの訂正の声は届いているのか、いないのか。

立香は清姫はくっつけさせておけば大人しくなると感じているのか、割とスルー気味で通す。

 

丁度良くオルガマリーの緊張も解れただろう。

そう見たロマニは、全員にコフィンへの搭乗を指示する。

ダ・ヴィンチちゃんの最終確認が開始され、各スタッフが一層忙しくなく動き出す。

 

着々と進められていく事前の工程。

それがやがて実施にまで辿り着き、問題なく実行に移される。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。

 レイシフト開始まで あと3、2、1……全行程 完了(クリア)

 グランドオーダー 実証を 開始 します』

 

そうして、再び彼らの旅は始まった。

第二の特異点、古代ローマ帝国へと。

 

 

 

 

赤いドレスを翻し、一人の女性が戦場に舞う。

彼女が手にする原初の火(アエストゥスエストゥス)と名付けた宝剣。隕鉄から彼女自身が熾した宝剣は炎を纏い、眼前に立ちはだかる敵に向けて振るわれる。

振るわれる度、刃は確実に相手を捉えて爆炎を撒き散らす。

だが、その敵はその攻撃に何の痛痒も覚えていない、とばかりに歩みを止めない。

 

「っ、余を害そうという輩には事欠かぬゆえ、逆に襲われる覚えがない!

 名乗るがよい、赤い鎧の者よ! 貴様は余の首をとってもよもや名乗りもあげぬ気か!

 余の兵たちを討ち取り! 連合帝国の兵をも討ち取り! 貴様の目的は一体なんだ!?」

 

既に彼女の護衛としていた少数精鋭は討ち取られた。

彼女がその兵たちを率い、刃を交わしていた()()()()()()()の兵さえも討ち取られた。

 

言うなれば、彼女の知らぬ第三勢力としか考えられぬもの。

 

彼女が赤い鎧の者、と称した存在。

頭部。まるで車のフロント部分を思わせる兜、砕けたフロントライトのようなものが明滅した。

それと同時に、くぐもったクラクションのような音を発する。

あるいはそれが彼女への返答のつもりだったのか、それは再び走り出した。

 

「くっ……!」

 

赤の女性剣士はすぐさま剣を構え、それを迎え討つべく体勢を整える。

だがそれを嘲笑うかのように、赤い鎧は自身の胴体の赤い装甲が剥がれ落ちている部分を埋めるかのように、何かリングのようなものを出現させる。

太陽を思わせる造形と色の車輪。

何かを出した、と分かりはしてもそれが何なのか、彼女には判断する術がない。

 

〈マックスフレアァ…!〉

 

「なんとっ……!?」

 

次の瞬間。車輪は相手の胴体から離れ、炎上しながら彼女に突撃してきた。

咄嗟に愛剣を前に翳し、それを受け止める。

襲ってきたのは、おおよそ人が受け止められるとは思えぬ暴力的な衝撃。

呼吸すら忘れるその威力に、彼女の体はいとも簡単に宙へと舞った。

 

弾き飛ばされて、無様に地面を転がる彼女の姿。

それを見た赤鎧の怪人が、小さな声でとても楽しそうに嗤う。

 

「う、ぐっ……!」

 

彼女は必死に身を起こしながら、歩いてゆっくりと迫ってくる相手を見る。

炎に燃え彼女に一撃を与えた物体は既に消えていた。

だが、再び重低音じみた声が轟く。

 

〈ファンキースパイクゥ…!〉

 

胴体に再装填される、今度は緑色の車輪。

それが先程と同じように射出され、彼女を目掛けて殺到した。

 

無数の棘を放ちながら迫りくる車輪。

視界いっぱいに広がる凶器の群れを前に、彼女はもはやこれまでか、と唇を噛み締めて―――

 

〈仮面ライダー! ジオウ!〉

 

迫りくる無数のニードルと、それを放つ車輪。

それらを全て斬り払う、何者かが戦場に登場する姿を見た。

 

鉄の騎馬に跨って、手にした剣を振るう黒鉄の戦士。

振るわれる直剣の刃が、迫りくる棘を纏めて斬り払っていく。

弾き返された棘が周囲に疎らに散らばった。

 

その後ろから一直線。女性を目掛けて飛来する緑の車輪。

それもまた、ジオウの振るう剣閃によって斬り払われた。

衝撃で、緑の車輪は明後日の方向へ飛んで消えていく。

 

ライドストライカーのエンジンを一度大きく吹かす。

そうしてジカンギレードを握り直しながら、ジオウは相手を見る。

赤い、全体的に自動車を思わせるフォルムの戦士。

 

新しいアナザーライダーがそこにいた。

 

「アナザーライダー……」

 

「………」

 

ジオウの登場を見た赤いアナザーは、至極残念そうに頭を揺する。

……ジオウの存在には興味すらない、と言った様子だ。

恐らく相手の目的は、今ジオウが背に庇っている赤い女性なのだろう。

 

「大丈夫ですか!」

 

「う、うむ……そなたたちは……?」

 

立香たちが追い付いてくる。更にはそこにサーヴァントが五騎。

それを見て、予定外の闖入者の存在を理解したか。

アナザーライダーはその足を一歩退いた。

 

「……逃げる気……?」

 

「ハッ、させるかっての!」

 

ジャンヌ・オルタが腰から剣を引き抜いた。

彼女の周囲に展開される、黒炎の剣群。

その剣群は彼女の手にした剣の切っ先がアナザーライダーを向くと同時、一気に解き放たれた。

 

飛来する剣というの名の弾丸。

それを見ていたアナザーライダーの腰、ベルトらしき部分から声が響く。

 

〈ディメンションキャブゥ…!〉

 

アナザーライダーの胴体に現れる新たな黄色い車輪。

それがその怪人の目前に移動して、高速回転を開始した。

車輪の中央部分に空間の歪みが発生する。

ジャンヌ・オルタの放った剣群は、全てがその歪んだ空間の中に呑み込まれた。

 

「なっ……!」

 

呑み込んでいた炎の剣を、吸い込んだ時の勢いのままジャンヌ・オルタに撃ち返す。

同時にその前にジャンヌが立ちはだかり、殺到する剣群を全て旗で叩き落とした。

自分を庇った相手に舌打ちするジャンヌ・オルタ。

 

「気を付けて下さい、黒ジャンヌ!」

 

「黒ジャンヌじゃなくてジャンヌ・オルタ!

 いえ、アンタにジャンヌってつけられると腹立つからオルタと呼びなさい!」

 

「気を付けて下さい、オルタ!」

 

「二回も言われなくたって分かってるわよ!」

 

〈ドリームベガスゥ…!〉

 

白いのと黒いのの言い争いに耳を貸すこともなく、赤いアナザーは新たな車輪を召喚していた。

その胴体に現れたのは、スロットマシーンのリールの如き車輪。

それがやはりと言うべきか、胴体から外れて宙に浮かび――――

盛大にコインを吐き散らかし始めた。

 

「わ、なに!?」

 

「マスター! わたしの後ろに!」

 

無秩序に周囲に撒き散らされるコイン。それが一体どんな効果とも分からない。

すぐさまマシュは立香を背中に庇うよう陣取った。

周囲に飛び交うコインの雨。それは特別な攻撃力などは発揮しない。

ただ純粋に、金属の雪崩として周囲を埋め尽くすほどに積み上がっていく。

 

サーヴァントならば呑み込まれる程度大したことはない。

だが、飛んでくるその小さな金属塊の当たりどころが悪ければ。

ましてこれに埋められ押し潰されれば。人間など、簡単に息絶えるだろう。

 

ランサーが埋められそうになっている赤い女性を引っ張り出す。

そのままコインが飛んでくる範囲の外に出るように、大きく下がった。

 

ジオウがタイヤが埋まり出したライドストライカーを足場に、大きく跳躍する。

コインの滝を大きく飛び越えて、その車輪の上を取る。

ジカンギレードによる、大上段からの斬り下ろし。

それは、壊れたスロットのようにコインを吐き続ける、宙に浮かぶ車輪を両断した。

 

タイヤを切り捨てると、周囲で積み上げられていたコインも消えていく。

ジオウが周囲を見回す限り、その場にアナザーライダーの姿は残っていなかった。

 

「逃げた……? 何で。俺がウォッチを手に入れる前の方が戦いやすいのに」

 

小さくそう呟きながら、ドライバーを外すジオウ。

変身が解除され、ジオウの姿はソウゴへと戻っていく。

ウォッチに戻っているライドストライカーを拾い上げ、今の状況に考えを巡らせる。

 

「―――礼を言おう、見慣れぬ格好の旅人たちよ」

 

ランサーに引っ張られていった現地人の女性が、何とかといった様子で起き上がる。

 

土に塗れど金糸のような輝きを失わぬ金色の髪。

どういう衣装だ、と言いたくなるようなシースルーのスカートを含む赤いドレス。

彼女は独創的なフォルムの剣を杖代わりに立ち上がり、無理をしながらも大きく胸を張り立ち誇った。

 

「そなたらの戦い、正しく値千金の働きであった」

 

「そんなことよりもうちょっと休んだ方が……」

 

今にも倒れそうな彼女を、立香が肩を貸すように支える。

支えながらも彼女は膝を折らず、そのまま立ち続けて小さく笑った。

 

「うむ、大儀である。……なぜこのような時期にそなたらがローマを旅しているのか分からぬ。

 しかし、余の命を救ったとなれば、そなたらには特大の褒賞を約束せねばなるまい!」

 

「別にいいよ。俺たち、アイツみたいな奴らを追ってここにきたんだし」

 

「……このお馬鹿」

 

ソウゴの後ろからオルガマリーが近づき、彼の頭を小突いた。

勝手に情報を流すな、と言いたいのだろう。

とはいえ、目の前で変身した姿を見せてしまっているのでもう状況的に大差ないだろう。

 

そんな二人を前にした女性は、おかしそうに笑うとその意見を蹴り飛ばした。

 

「む? 面白おかしい格好の集団ゆえ、旅芸人の一座かと思えば……

 なるほど。確かにその顔、戦士の趣きが見て取れる。

 とはいえ、余からの褒賞を拒否できるなどと思うでないぞ!

 なにせ、余こそがローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスなのだからな!

 皇帝の命を救ったのだ、驚くほどの歓待で持て成すゆえ、覚悟しておくがいい!」

 

「え?」

 

マシュが絶句する。この時代の皇帝が目の前にいる、ということも理由の一つ。

だがそれ以上に、目の前の女性から告げられた事実に驚愕して。

ネロ帝が女性だったと知った彼女は、少しの間フリーズしたのであった。

 

「この方、どことなくエリザベートと同類感が……」

 

そして、その大笑するネロ帝を見る清姫が珍しく表情を渋くしていた。

 

 

 




 
赤い…全身鎧…トゲトゲのタイヤを飛ばしてくる攻撃…
繋がった! 脳細胞がトップギアだぜ! こいつの正体は……
アシュヴァッターマンだ―――!
 

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