Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
一行の目的はどこに行けばいいか、それも含めての情報収集だ。
当てがあるわけではない、長期戦になるだろう。
それを考えてか、所長は歩きながらもこちらに視線をくれて話を始めた。
「ところで。キミたち、サーヴァントがどういったモノなのか、知識はあるんでしょうね?」
問われ、先程ロマンから聞いた表現を思い出す。
「……最強の兵器?」
「……まあ、その通りではあるけれど。どうせよく分かってないんでしょうね。
聞かなくても分かってしまうわ。そのトボけた顔を見てると」
そう言われ、ソウゴは睨まれる。
トボけてるつもりはないんだけどなぁ、と首を傾げておく。
「……はあ、サーヴァントというのは魔術世界における最上級の使い魔と思いなさい。
人類史に残った様々な英雄、偉業、概念。そういったものを霊体として召喚したものなのよ。
それが実在した英雄であったとしても、実在しなかった英雄であったとしても、彼等が『地球上で発生した情報』である事は変わらないでしょう? つまり人類がこの星の上で活動した結果、星の記録に銘記された超常の存在というワケ」
まず下級の使い魔のことも分からないので、最上級と言われてどのくらい凄いのか分からない。
とりあえずとても凄い、ということを理解しておく。
「英霊とはつまり地球に記録された過去の遺産。
英霊召喚とはこの星に記録された情報を人類の利益となるカタチに変換し、運用すること。
彼らはこの星という場所で共有される、人類史における財産なの。
現代の人間が未来のために役立てるのは当然の権利でしょう?」
ふん、とそれを当然のように胸を張る所長。
「分かるかしら、藤丸立香。
あなたが契約した存在はそういう、人間以上の存在であるけれど人間に仕える道具なの。
だからその呼称をサーヴァントというのよ」
「所長。所長の考えは極端ではないか、とわたしの中の英霊の残滓が抗議している気がします」
マシュからの抗議に鼻を鳴らしてそっぽを向くオルガマリー。
そのまま彼女は足早に先行していってしまう。
唯一の戦力であるマシュは慌て、先行する所長とマスターの中間を位置取る事で対応した。
マシュはデミ・サーヴァントと言うらしい別物らしい。
本家のサーヴァントというのがまだ、あれだけの話ではどういうものかはわからない。
だが所長の意識ではそれをキッチリと人類に準備された備品として扱え、との事だった。
どうすればいいのか、と二人で顔を見合わせる。
すると、二人のもとに音声通信がつながってロマンの声が届いた。
『―――彼女がいちいち和を乱すような行動をとってすまない。ボクの口からでなんだけど、言い訳と擁護をさせてくれ。
所長……オルガマリーも複雑な立場でね。もともとマリーはキミたち同様、マスター候補のひとり、という立ち位置だったんだよ』
通信の声でもオルガマリーに届かないように、との配慮か。
彼は随分潜めた声で彼女の来歴を語る。
『だが三年前に前所長……つまり彼女のお父さんが亡くなって、まだ学生だったのにカルデアを引き継ぐ事になった。そこから毎日が緊張の連続だったろう。
時計塔の
時計塔のロード、という存在を出されて揃って首を傾げる。
それを察したのか説明しようとして、どう言ったものか、と。
少し悩む様子を挟んでから、ロマンは適当な例えでそこを流した。
『
マリーには才覚はあった。だが才覚だけで押し通れるほど、軽い立場ではなかった。彼女は本来父親から継ぐはずの経験も、言葉も、なにもかにもが足りない状態だったんだ。その状況ではカルデアの維持だけで精一杯。いや、通常ならそれだけで十分な成果だと言える。
だがそんな時に、カルデアスに異常が発見された。今まで百年先まで保証されていた未来が突然視えなくなったんだ。いわんや協会やスポンサーからの非難の声は積みあがって山の如し、だ。
何よりも一刻も早い事態の収束を。それが彼女に課せられたオーダーになった』
巨大な家名に圧し掛かる責任、と言われるのは簡単だ。
だがそれがどのようなものなのか。二人には想像もつかない責任感だった。
挙句には問題が発生して飛んでくる声が槍衾。
真っ当な感覚ならば、耐え切れるものではない。それくらいは分かると思う。
だが、彼女はその声に正しく応えようとしたのだろう。
少なくとも逃げるようなことはせず、全身全霊で事態解決に立ち向かった事は想像に難くない。
『だがその上、ついていない事に彼女にこの計画の要となるマスター適性がない事が判明した。
名門中の名門、時計塔を支配する十二の君主のひとつ。魔術協会・天体学科を司るアニムスフィア家の当主。よりにもよってカルデアのトップでもある家の当主がマスターになれないなんて、スキャンダルもいいとこだ。
どれだけ陰口を囁かれたか想像に難くない。その声はマリー本人の耳にも入っていただろう』
こんな何でもない、そんな事態に何ら関わりのなかった一般人。
そんな彼や彼女は持っているのに、オルガマリーには備わらなかった。いわば天性の才能。
どれだけ望んだろう。どれだけ欲したろう。
しかしどれだけ願おうと、待とうとも、けして手に入らないもの。
それが無いというだけで、最低限の前提すら満たせてないトップと揶揄されて―――それでも自分で出来る事は成そうとしてる。
『そんな状況でも彼女は所長として最善を尽くしている。この半年間、ギリギリで踏みとどまっている。実際、辛いだろうなんて事は彼女の事を知っている人間なら誰でも知っている』
そこで自分の非力を嘆くように息を吐くロマン。
『こんなんでもボクは医者だからね。メンタルケアをしてあげたいけれど、その都合さえつける事ができない有様だ。そんなワケで彼女は心身ともに張り詰めている。
キミたちに辛く当たるのは、何もキミたちが嫌いな訳じゃないんだ』
「悪い人じゃないのはわかるよね」
「俺は面白い人だと思う」
率直な感想を伝えると、ロマンは嬉しそうに笑った。
『ははは。そう言ってもらえるとボクも嬉しいよ。あ、でも所長は悪人だよ? というか、魔術師という人種に真っ当な人間がいると思わない方がいい。
ただ所長は外道だとか残忍だとか、そういうクズやゲスと呼ばれるタイプじゃないのは保証できる。根がどこまでも真面目なんだ、彼女は。だから抱えすぎてしまうんだけれどね―――』
そこまで語ったロマンの声が、そこで途切れる。
通信ごとではなくて、何かに驚いて息を呑んだような様子に聞こえた。
『……これは! 全員すぐにそこから逃げるんだ!』
突然、ロマンの言葉に焦燥が混じった。前を歩いていたオルガマリーにさえ届く大音量。
それを耳に入れて、ぎょっとした顔で振り返るオルガマリー。
「え、なんで……」
『こちらに向かって高速で移動する反応がある。
「フォーウ!」
立香の肩の上。そこに乗り合わせたフォウが、威嚇するように遠吠えした。
瞬間、炎の壁の中から黒い影が跳び上がる。
その場にいた全員がみな、姿を現した漆黒のヒトガタに視線を奪われた。
黒く染まった体は影絵のようで、しかしそれが放つ威圧感によって現実の肉を持った存在であると思い知らされる。
「な―――」
驚愕から漏れた声。
それに反応してか、影の注意がその声の主に集中する。
その対象はオルガマリー・アニムスフィア。
一向の最も前に立つ、集団の統率者。
宙に舞う影の口と思わしき部分がずるりと吊り上る。
その動作だけで全員が、そして何よりその意思を向けられたオルガマリーが完全に理解した。
あれは自分たちを狙う捕食者なのだ、と。
怪物が腕を振るうと、影を纏った銀色が走る。
それがオルガマリーに向けられた何らかの飛び道具であると理解するのは簡単だった。
けれどその速度は人間が対応するには余りにも速い。
「ひ―――!?」
息を呑む。それ以外にできる事がなかった、と言っていい。
いや、彼女の性能をもってすれば相手の攻撃が何であるか把握する事は可能であった。
向ってくる武器は短剣じみた巨大な杭。
直進すれば恐らく彼女の胴体へと突き刺さり、その体を串刺しにするだろう。
魔術師である彼女はまず間違いなくその程度では死にはしない。
生命活動はアニムスフィアの魔術刻印によって強制的に維持される。
並みの人間ならば5、6回ほど殺せるだろう衝撃と痛みを味わうだけだ。
それが10分の1秒後に訪れる恐怖。彼女はそこから逃げ出すように目を瞑り―――
塞いだ視界の暗闇の中で、金属同士が打ち合う大音響に見舞われた。
咄嗟に目を開けて前を見る。
そこにいるのは、鎧を纏った一人の少女。
盾を構えた、一騎のサーヴァントと化した存在。
「所長! ご無事ですか!?」
マシュ・キリエライトであった。
手にした盾によって銀の杭を弾き飛ばした彼女が、そこにいた。
「マシュ、大丈夫!?」
「あれが、本物のサーヴァントってやつ?」
『撤退してくれ! キミたちにサーヴァント戦はまだ早い……!』
ロマニの言葉に影が笑う。
あんな亡霊染みた存在でありながら、こちらの言う事には理解を示している。
「逃ガシマセン……」
こちらの状況を嘲笑うように、ゆっくりと姿勢を低くしていく影。
その体勢から先ほどの跳躍で見せた瞬発力が発揮されると言うのなら、こちらに逃げる方法は存在しない。今この状況で言える事はただ一つ。
ここから彼女たちが生き残るためには―――マシュ・キリエライトがサーヴァントとして戦わなければならない、と言う事だ。
ただの動く屍とは一線を画す超常存在、サーヴァント。
そんな怪物を前に、恐怖を噛み殺してマシュが背中に守る立香に声を張り上げた。
「―――マスター、指示を。マシュ・キリエライト、戦闘を開始します!」
その声と同時に影が大地を蹴り、駆け出した。
黒い弾丸と化して向ってくるそれの軌道上に盾を構え―――
―――衝突。その瞬間、弾き返すように盾を思い切り押し返した。
何の抵抗もなく押し込めてしまう盾に、少女は思わず蹈鞴を踏む。
「え?」
「マシュ! 上!」
何度となく骸骨の群れを弾き返してきたルーチン。
サーヴァントの膂力によって鉄壁と化してきた無傷の盾。
しかしその盾を相手にしてあの影は弾かれるどころか、足場代わりに駆け上がってみせていた。
あっさりと、マシュの上に現れる影の狩人。
呆然としてそれを見上げるままのマシュ。
獲物の無防備な姿を見下ろしながら、影に覆われた狩人は蛇を思わせる嘲笑を浮かべた。
「あ」
頭上から迫る敵が鈍く輝く銀色の凶器を構え直す。
直後にバシュン、と。光がその体を撃ち抜いていた。
戦闘となればソウゴに出来る事はない。
マシュが戦闘を行い、立香がその背を支える。
ソウゴが前に出て戦おうとしたところで、マシュのような大立ち回りができるわけではない。
同じ場に居合わせているにも関わらず、できる事がないのだ。
「俺にできる事……」
骸骨だけが相手なら任せていても大丈夫だったかもしれない。
だが、ロマンとオルガマリーの態度。
そしてあの影が見せた戦闘能力を見て、自分だけ遊んでいるわけにはいかない気がした。
「何か、あるはず。何か……!」
自分にできる何かがなければ、あの影に蹂躙されるのだ、という確信が浮かぶ。
だから、何かなければいけないのだ。
そう考えているとポケットの中から、聞き覚えのない携帯の着信音のような音がした。
「携帯……? なんで」
慌てて取り出す。
と、持っていた筈の自分の携帯とは違う丸い何かが出てきた。
「ええ……どうするの、これ」
適当に触ってみると、その丸いのは中をくり抜くように展開された。
中から出てきた部分には数字の入ったダイヤルキーがある。どうやら一応これも携帯らしい。
鳴り続けるそれの通話ボタンを慌てて押す。
「もしもし! 今取込中!」
『やあ、我が魔王。分かっているとも。サーヴァント、という相手と戦闘しているのだろう?』
「ウォズ? 今忙しいから後にするか、こっちに合流してからにしてくれない?」
溜め息交じりにそのまま切ろうとする。
と、その反応にウォズは少し慌てた様子で本題に入った。
『おっと、待ちたまえ我が魔王。今、君が手にしている携帯電話。ファイズフォン
サーヴァント相手に決定打にはならないだろうが、援護攻撃くらいにはなるんじゃないかな?』
「それ早く言ってよ。どうすればいい?」
そうしてウォズの口から語られる情報。
その説明を聞くだけ聞いて、彼はウォズの長い話が始まる前にさっさと切ったのだった。
マシュの上を取った怪物が、赤い光に撃ち抜かれて弾き飛ばされた。
咄嗟に全員がその光が放たれた場所を見やる。
〈シングルモード〉
「これなら、いける気がする!」
「ソウゴ!?」
吹き飛んだサーヴァントに向け、立て続けに発砲。
だが、すぐさま体勢を立て直していた影には当たらない。
それでも回避行動を重ねさせただけ、マシュには余裕を取り戻す時間が与えられる。
「マシュ、いけそう!?」
「……っ! はい! マシュ・キリエライトまだいけます!」
そう言って駆け出すマシュ。
ソウゴはとりあえず連射するのを止めて隙を窺う。
敵サーヴァントが銃撃が止んだと見て、ソウゴに杭を投擲する。
オルガマリーにも向けられたそれは鎖に繋がれていて、何度でも引き戻せる杭だ。
一度突き刺されば、相手を手中に引きずり込む事が出来るだろう。
だが、そんな事はマシュ・キリエライトが許さない。
即座に間に割り込んだ彼女が、盾でもって杭を弾く。
そして、
〈バーストモード〉
「ッガァ……!?」
ファイズフォンの銃口が三度連続して瞬いた。
マシュの肩越しに走る赤光が、敵の額に着弾する。
大きくのけぞる上半身。鎖が撓み、地面へと落ちる銀色の凶器。
それは誰がどう見ても―――勝利への活路であった。
「マシュ!」
「はい!」
一気呵成。今ばかりは全ての恐怖を打ちのめし、敵性体までの距離を一息に走破する。
巨大な盾を横に構え、それで目の前の障壁を粉砕するべく加速を増す。
「やぁあああ!!」
今ある最大破壊力の鈍器を振りぬく。
周囲の炎を吹き飛ばしながら繰り出された必殺の一撃が―――
仰け反った上半身。誰にも見えないその顔が、ニタリと笑みで大きく崩れた。
仰け反るばかりか更に体が反り、彼女の手のひらが地面に触れる。
そちらで体を支える事で、サーヴァントの下半身は尋常ならざる速度で跳ね上げられた。
「な、」
横合いから振りぬかれる鈍器を、下からすくい上げる脚。
完全にタイミングの合致した、必殺の一撃を致命の隙に逆転する妙技。
引き延ばされた意識の中で、マシュは選択を迫られる。
もはや盾をかち上げられ、そのまま吹き飛ばされる事は避けられない。
自分の身も一緒に上に飛ばされるか、それとも盾を放して我が身だけは留まるか。
盾無しに目の前の存在に対抗する方法は自分にはない。
しかし自分が今盾と一緒に飛ばされてしまえば、目の前の敵は自分の後ろにいるマスターたちを襲うだろう。
選択の余地はない。
だが、何度振り払ったつもりでも、戦っている最中に何度も恐怖がぶり返してくる。
盾を手放してなおこの怪人を相手に矢面に立たなければならない、となればなおさらだ。
覚悟を持って、盾を、我が身に宿した英霊の宝具を手放さなければならない。
その上で守らなければならないものの盾とならなければならない。
歯を食いしばる。手放せ、手放せ、先輩たちを守るために。
彼女はそう自分に言い聞かせて、そして―――
「―――
背中を押す、
さっきまでの葛藤が嘘のように、必死に選ぶまいとしていた選択に乗っていた。
相手の蹴りに合わせて、同時に全力での跳躍。
急激に上に持っていかれる体。空から地上を見落ろす視点。
彼女の体は敵サーヴァントがマスターを狙えば対処できない空へと舞いあげられてしまった。
が、不思議と大丈夫だと感じてしまっている。
彼女が咄嗟に従ったマスターの声には、勝利への確信と自分への信頼が感じられたから。
唯一自身に対抗できるサーヴァントは空に浮いた。
空を翔ける能力を持たない以上、実質的に数秒間は完全に無力化したと言っていい。
獲物たちはその数秒をあの銃撃で稼げると思いあがったか。
未知数の武器故に本能が警戒していたが、直撃してもダメージは大した事はなかった。
たかがあの程度の威力で数発であれば、耐えながら突き抜けて少年を容易に殺せる。
その後はマスターの少女、最後に最初に狙った魔術師。
近づいてくる聖杯の降誕に胸を躍らせながら、狩りに幕を下ろすべく最後の攻勢へと移る。
蹴り上げた足が地につけた。その足を屈め、突撃のための動作に入る。
最初の突撃で狙うのは銃を持つ少年。
そちらに向かって特攻するべく腰を落とした瞬間に、銃口はこちらを向いていた。
無駄だという嗤い顔で、これから恐怖に歪んでいくだろう獲物の顔を見る。
「だよね。やっぱり、これならいける気がしてたんだ」
〈エクシードチャージ〉
相手の暴力が自分に向いた事に恐怖どころか、読み通りだったと笑う少年。
その手元では軽快ささえ感じる銃のチャージ音。
こちらが狩人である、という自負があるのなら、相手の無能を嗤うべき場面のはず。
先程までの銃撃であれば、直撃したところで大した影響はないのだから。
だが、本能がここにきて最大限の警鐘を鳴らしていた。
避けるべきか、突撃すべきか、一瞬の迷い。
その瞬間にも、彼の手にある銃が赤い粒子の弾丸を撃ち放っていた。
「―――ギ、ァ!?」
直撃。先程までとは比べ物にならないエネルギーの弾丸が、彼女の体に着弾した。
途端に広がる赤いフィールド。
それは体の自由を奪う拘束結界。怪力無双の彼女の力でさえ、びくともしない処刑台。
彼女は血のように赤い世界の中に、身動ぎさえ出来ない状態で封印された。
「ア……アァッ!?」
そして、そんな彼女に最後の一撃を見舞うべく。
舞い上がり、落下してくる勢いを全て武装たる盾に乗せてきた流星が、空より来たる。
「や、あぁあああああッ!!!」
「―――――ッ!?」
逃げる方法はない。拘束は完全。
衝撃を逃がす手段さえないままに、影のサーヴァントは盾持つ星の墜落に粉砕された。