Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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守護者の守りは“どこまで”届くのか-0480

 

 

 

「――――ブーディカに関する話?」

 

「はい。皇帝陛下に知っておいて頂きたいのです」

 

オルガマリー。果たして彼女は、オルタの言葉をある程度噛み砕いて、それが現状最も真相に近いものだろうとネロへと伝えることに決めた。

最悪、彼女が変調してもこの場でならオルガマリーが治療を行える。

魔術師としてのスキルも持つクー・フーリンがいれば、十分対応は可能なはずだ。

ローマ軍は一時的に完全に機能を停止し、連合への侵攻は大きく遅れるだろうが仕方ない。

 

「よい」

 

「え?」

 

そう思っていたオルガマリーの言葉は、ただ一言で伝えることさえ拒否された。

ネロが色の無い表情のまま、オルガマリーを見つめ返す。

 

「よいのだ」

 

もう一度、自分に聞かせるように繰り返すネロ。

そうしてから、彼女は椅子から立ち上がりカルデアの面々を見渡した。

 

「ブーディカの救出に向かう。余の軍の幹部である奴を攫ったのだ。

 連合ローマは、より一層苛烈に攻めたててやらねばなるまい。

 すぐに軍を再編して、連合首都へと向けての進軍を開始する」

 

そう言い終えると、彼女はこの部屋から退室していった。

自ら指示して軍を動かすつもりなのだろう。

 

マシュの隣にいる立香の背中に、ぴたりと張り付いている清姫。

そちらにオルタが歩み寄る。

 

「アンタはどう思うのよ」

 

「どう、と言われましても。

 わたくしには、あの皇帝ネロが壊れる寸前としか分かりません」

 

「………まあ、そうよね」

 

清姫とブーディカを意識的に関わらせないようにしたのはオルタの方だ。

彼女は人が語るブーディカの情報しか持っていない。

その状況で、答えなど見える筈がない。

 

「ですが、彼女も分かっているのでは? ブーディカのことを。

 多分、復讐者として勝手に共感している貴女よりもずっと」

 

「そう、なのかもね。だとしたら……」

 

それでも、清姫はネロのことは分かる。

その彼女があのような方針を示したのは、逃避ではない。

壊れる寸前まで追い詰められているとはつまり、まだ壊れていないということだ。

いつか壊れてしまうその時まで、彼女は自身の皇帝としての道を歩み続ける。

なら、彼女は今でさえブーディカから目を逸らしているわけではない。

 

それを聞いていた立香が、マシュを撫でながら彼女と目を合わせる。

 

「私たちも行かなきゃ、どんな答えであったとしても。

 マシュ。ブーディカに伝えに行こう、いつだって貴女を信じているって」

 

そう声をかけられ、マシュは一度俯いた。

数秒の沈黙。

その後顔を上げたマシュの瞳は、一片の揺らぎも無い真っ直ぐな眼差しだった。

 

「―――――はい」

 

 

 

 

「正統ローマ軍において、サーヴァントに抗しえる存在は三人。

 まずは、我が軍の皇帝陛下の影響を受けたネロ帝。

 そして、こちらが各地方に向かわせていた小隊を遊撃する任についていた連中。

 アサシンのサーヴァント、荊軻。バーサーカーのサーヴァント、呂布。

 こちらに攻め込んでくるとなれば、奴らも組み込んだ全軍でくるだろう」

 

「まあ、問題は呂布だろうね。つくづくスパルタクスは落とせて良かった。

 流石はガイウス・ユリウス・カエサル、だね」

 

嬉しそうに笑う少年王。

だが軍略ならいざ知らず、サーヴァント戦での戦果を讃えて喜ぶだろうか。

カエサルがそんな事を言われた時の表情を想像して、軍師は微妙そうな顔をした。

 

「………まあ、そんな褒め方をされたら彼の御仁は嫌そうな顔をするだろうが」

 

「そうかな?」

 

首都ローマではネロが軍を編成して進軍を開始した。

兵士による散発的な攻撃を仕掛けたところで、何の意味もないことはカエサルが証明した。

ジオウの拘束能力が余りにも高いからだ。

下手に仕掛けさせたところで、完勝されて向こうの士気を上げるだけになる。

 

捕虜を大量に抱えさせ、兵糧攻めという手もあるにはあるが……

まあ、首都を背に進軍して、連絡が取れている以上あまり意味はないだろう。

正統ローマ軍と首都ローマの連絡を絶つには、それこそ少年王が単騎駆けでもする必要がある。

 

「呂布もそうだが、後はカルデア組織のサーヴァントだ。

 ランサー、クー・フーリン。ルーラー、ジャンヌ・ダルク。バーサーカー、清姫。

 アヴェンジャー、黒いジャンヌ・ダルク。そしてシールダー、デミ・サーヴァント。

 呂布とクー・フーリンの共闘が叶うなら、止める手段は限られるぞ」

 

「大人の僕ならやりようもあるだろうけど、今の僕では流石にどうにもならないね」

 

参ったね、なんてまるで参ってなさそうに呟く少年。

そんな彼らの後ろから、一人の男が歩み寄ってくる。

 

「ブーディカ殿は少し落ち着かれた様子。

 敗死した王として、少々共感を頂けたのかもしれませんな」

 

冗談めかしてそんな事を言いながらやってくる、筋肉を鎧とする男。

赤いマントを風に靡かせ、赤い鬣のついた金色の兜で顔を覆う新たなサーヴァント。

彼に向き直り、少年王は言う。

 

「はは。貴方ほどの王に畏まられては、女王もむしろ落ち着けないんじゃないかい?」

 

敗死、などと彼が語っても彼女だって困惑するだけだろう。

結果が死であったとしても、彼の戦場が敗北などと思うものはいないだろう。

少年王にはそう言われ、むむむ、と兜の下の顔を歪める男。

 

「私では貴方ほどの弁舌はどうにも。

 見ての通り私は理系ですので、やはり言葉よりは筋肉で伝える方が得意なところ」

 

「理系……?」

 

困惑する軍師。

彼の頭の上から爪先まで見渡す視線を送る。

そんな軍師に対し、男は諭すような優しげな声で教授する。

 

「健全なる筋肉は、確かな計算に裏打ちされているものですよ。軍師殿」

 

そうかもしれんが、と。軍師は半裸のサーヴァントを見やる。

彼は理系ではなく体育会系と呼ぶべき人間ではないのだろうか。

頭を一度振って、そんな余分な話を追い出す。

 

「それで、ネロ殿以外の足止めとなると私が引き受ける以外ありますまい。

 元よりこちらの戦力は私たち三人しかいないのですし」

 

筋肉を震わせながら迷いなくそう断言する男。

圧倒的戦力差ながら、しかしそこに何ら憂いの感情はなかった。

 

「我らの屍を踏み越えてもらうための戦い。

 侵略者を塞き止めるための壁でなく、勇者に越えてもらうべき壁として立つ。

 であるのならば、私は恐怖も迷いも抱かずただ戦場へと向かいましょう。

 無論、壁としてきっちりと死力は尽くしますが」

 

そう言った彼が、その手の中に槍と盾を出現させる。

静かに燃える炎と化した彼に、しかし少年はかぶりを振った。

 

「うーん。最終的にブーディカに辿り着いてもらう都合もある。

 仮面ライダーに変身する方のマスターも、こっちで僕が受け持つよ。

 それにしたって相手にしてもらうにはちょっと戦力が難しいところだけど……

 まあ、大丈夫だろう。ね、我が軍師」

 

「――――さて、少々難しい話だ。まずは分断から始めなくてならない。

 ネロ帝とカルデアのマスターだけを引き離すために、か。

 綺麗に分けたいならば、君が舌戦でも仕掛けた方が早いのではないか?」

 

それならそれで、と肯く少年王。

同意を得られた彼は小さく笑い、使い魔で集めてある情報を脳内で精査する。

 

「では――――王を問う聖杯問答といくか」

 

自分で口にするその言葉を楽しむように。呆れるように。

軍師は王の戦場を整えるための道筋を敷き詰めていく。

 

 

 

 

「ん―――前方に敵軍の布陣、完全防備だな。

 まあ連合首都は目の鼻の先、当たり前の話なんだが。

 散歩気分で歩けていた、今までがおかしかっただけって話だ」

 

霊体化を解除しながら、白装束の女性が傍に現れる。

アサシンのサーヴァント、荊軻。

皇帝ネロについた、正統ローマ側の協力者だ。

 

その話を聞いたネロが、表情を硬くする。

 

「サーヴァントはいた?」

 

「いや、見当たらなかったな。踏み込んだらいるのかもしれないけど。

 試してみる? 皇帝がいたら暗殺してこようか?」

 

立香からの問いに答え、手の中に匕首を出現させる荊軻。

この状況でサーヴァントが配置されていない、ということはないと思うのだが。

 

「どっちにしろ、今まで通りにやればいいよね」

 

〈ジオウ!〉

〈ウィザード!〉

 

悩んでいる軍の頭を気にもせず、ソウゴが二つのウォッチを起動した。

そのまま装着したジクウドライバーへと装填。

変身動作を行う。

 

「変身!」

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! プリーズ! ウィザード!〉

 

ソウゴの肉体がジオウの装甲に包み込まれる。

その頭上に赤い魔方陣が展開し、それがジオウを更に覆うウィザードの鎧と化す。

宝石の魔術師となったジオウは、その周囲に緑に色付く風を纏った。

 

「……待ちなさい、常磐ソウゴ。ランサーは連れて行きなさい。

 ここはもう相手の本拠地と言っていい。何が待っているかは分からないわよ」

 

オルガマリーの視線が、ジオウとランサーに向く。

今までは一般兵士がいればソウゴが飛び、相手を拘束するだけだった。

一般兵の持つ槍や矢が当ったところで、何の影響もないからこそそれでよかった。

 

だが、言うまでもなくサーヴァント相手ではそうはいかない。

ジオウの性能でまったく対処が出来ない、という相手は考えにくい。

とはいえ、ジオウを攻略できる相手が出てくる可能性は否めない。

 

言われたソウゴが、ランサーへと視線を送る。

彼は小さく肩を竦めて、それを了承した。

ランサーに飛行能力はないが、彼は疾走と跳躍で十分にジオウと並走できる。

 

「皇帝陛下。これまで通り、彼に任せてもよろしいでしょうか」

 

オルガマリーはネロに問う。

彼女は小さく肯くと、ソウゴに顔を向けて言葉を送る。

 

「うむ。ソウゴよ。すまぬが、頼む」

 

ジオウは大きく一度肯いて、その身を空に舞い上げた。

 

ジオウのすぐ下につくように、自身も移動を開始するランサー。

軍同士が間合いを取り合うような状況下。

しかしそれを嘲笑うかのように、ジオウの性能は空から彼らを襲撃した。

 

渦巻く竜巻。大地から生える鎖。

それらが連合兵士たちを襲い始め、その体を拘束していく。

突然の事態に、集合していた軍団は一気に瓦解した。

一斉に散り散りに逃げ始める兵士たち。

 

「あん?」

 

地上でそれを追うランサーが困惑する。

今までの連合ローマ兵士は、士気が異常なまでに高かった。

ネロ以上の皇帝である存在に仕えている、という矜持があったのだろう。

 

だというのに、よりにもよって首都防衛軍があっさりと崩れた。

あまりにも不自然な流れ。それに彼が顔を顰めると同時―――

 

「こうしておけば、あの仮面ライダーというのが不用意に突出してくれるからな」

 

遠く、男の声がする。

その声の出所へと視線を飛ばせば、防衛軍の最奥にその男の姿はあった。

黒スーツに眼鏡、おおよそこの時代の人間とは思えぬ装い。

―――サーヴァントだ。

 

「マスター!!」

 

「流石に遅い。既に私の陣の中だ。そら、()()()()()

 

空を飛んでいたジオウの周囲から、風が消える。

え、とソウゴが困惑している内に落下し始めるジオウの体。

ジオウが起こしている風が、まるでコントロールを奪われたように違う方向へと吹く。

 

「え、あれ?」

 

自分の風を失い、落下を始めるジオウ。

それとは逆に軍師は、彼の風の方向を変えて一人の少年を空へと送る。

 

緑の風に送られて、ジオウの上を取る赤い髪の少年。

上を取られたことを理解したジオウが、彼の姿を仰ぎ見る。

 

「さあ、ここから始めようか。――――“始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)”!!」

 

彼の手が虚空から手綱を握る。

それと同時に、漆黒の巨大馬が空中に降臨した。

空中にいながら、その馬の背に器用に乗ってみせる少年。

少年と馬の覇気の満ちた視線が、眼下のジオウを姿を見据える。

 

「やば―――!」

 

馬が嘶き、それと同時に少年が吼える。

人馬がともに青白い雷光に包まれて、一気にジオウ目掛けて落下を始めた。

 

それを防ぐため、ジオウが眼前に展開する魔方陣。

そこから現れる巨大な土壁。

 

「AAAALaLaLaLaLaie―――――!!!」

 

目の前の壁に怯むことなどあろうはずもない。

人馬一体の覇王は速度を上げながら、その壁を粉砕してジオウへと激突した。

 

「ぐぁッ……!?」

 

ジオウの全身に奔る大神の雷。

馬蹄はウィザードアーマーを破壊せんと叩き付けられ、大量の火花を撒き散らした。

激突の勢いのまま地面に向け更に加速していくジオウたち。

 

それを止めるべく駆けるランサー。

その前に、槍と盾を構えた更なるサーヴァントが霊体化を解除し滲み出てきた。

赤いマントを翻しながら立ちはだかる、ランサーのサーヴァント。

 

「ちィッ……!」

 

走り出しの勢いを載せた、朱槍の一撃が放たれる。

サーヴァントが相手であろうと、容易に命を摘み取るだろう必死の一刺し。

それをしかし、その男は手にした盾で受け流してみせた。

 

クー・フーリンの槍を躱し、逆に彼の頭を狙い放ってみせる槍の一撃。

それを首をしならせて回避する。

回避した勢いで体を捻りながら、引き戻した槍で行う更なる追撃。

それもまた、彼の盾に確実に阻まれる。

 

「―――貴方の相手は、この私が務めましょう」

 

「―――こういう状況じゃなきゃ、素直に強い相手を喜ぶんだがな……!」

 

彼らが槍と盾を交わす背後。

ジオウたちがそのまま地面へと落下し、雷の柱が天へと立ち昇った。

 

ブケファラスに踏み付けられ、地面と挟まれているジオウの体から煙が噴き出す。

雷撃の影響で震える体を起こそうとするも、上手く体が動かない。

限度を超えた衝撃に、ウィザードアーマーが一時消失した。

 

ジオウ通常形態に戻ったソウゴが、頭だけ何とか持ち上げる。

 

「ぐっ……!」

 

「驚いた、本当に頑丈だ。ただ、逆にこれなら安心かな?」

 

「なにを……!」

 

ブケファラスが足を動かし、ジオウを跨いで前に出る。

次の瞬間、ジオウの体が馬の後ろ脚に蹴り飛ばされて、大きく空を舞っていた。

連合ローマ軍の本陣の方へと吹き飛ばされるジオウ。

 

「我が名はアレキサンダー!

 連合ローマ皇帝より遣わされた、我ら連合ローマを勝利に導くものである!

 ローマ皇帝を僭称するネロに従う戦士はこの身が打ち倒した!

 さあ! 雄々しくも美しいローマの歴史を、正しき皇帝の元へと取り戻さん!!」

 

ジオウを後ろへと吹き飛ばした少年。

アレキサンダーが、ローマ兵たちにその声を轟かせる。

今まで逃げるだけだった兵士たちが、雄叫びを挙げながら一気呵成に押し寄せる。

 

「―――彼のカエサルは、損得の問題から言っても無駄な犠牲は支払う価値なし、と言うだろう。

 けれど僕は、この兵たちの今を生きる意志を無駄な犠牲とは思わない」

 

小さく笑い、アレキサンダーは誰に言うでもなくそう呟く。

そして、敵陣の中に映える赤き薔薇の皇帝へ向けて彼は叫んだ。

 

「さあ、僭称皇帝ネロ・クラウディウス!

 貴様が真にローマの王、皇帝であると謳うなら、この僕を打ち倒してみせるがいい!

 その暁には、貴様はローマの戴く神なる皇帝の元へと導かれるであろう!!」

 

答えを聞く事なく、彼はブケファラスの馬身を翻して本陣へと走っていく。

見るまでもなく、ネロは追ってくるだろう。

いや、追わなければ彼女の身は持たない。

ローマの皇帝たらんとする彼女は、自身を皇帝に非ずと叫ぶ敵将を討ち取らねばならない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

カルデアもそれは分かるだろう。だから、止められない。

だから彼女を護るために、全員追従してくるしかない。

 

二人のランサーが槍と盾と交わす光景を横目に、彼はあっさりと本陣へと帰還する。

 

「――――余が出るぞ。ああまで言われ、余が黙っていられるか――――!

 余こそローマ帝国第五皇帝、ネロ・クラウディウス―――!

 かつての支配者、ガイウス・ユリウス・カエサルにさえ勝利した、ローマ皇帝である―――!

 この戦場においても、それを示さねばならぬのだ――――!!」

 

「待っ、待ちなさい――――!」

 

誰の返答も待つことなく、彼女は疾走を始める。

オルガマリーの静止の声など耳に入っているかさえ怪しい。

神なるローマの加護が彼女に与えた力は、既にサーヴァントに匹敵する域だ。

 

他のサーヴァントたちは先駆けて走り出した彼女に追いつけない。

だが、それでも彼女たちはマスター含め、ネロへと着いて前に出る。

荊軻も呂布も、それを追い掛けて――――

 

ネロが、二人のランサーの死闘の横を通り抜ける。

その瞬間、本陣に帰還したアレキサンダーの横に立つ軍師が口を開いた。

 

「今だ」

 

連合のランサーが盾で魔槍を大きく弾き、その手の槍を大きく掲げた。

クー・フーリンが僅かに目を細め――――

 

「これがぁ―――! スパルタだぁあああッ―――――!!

 “炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)”ァアアアアッ――――――!!!」

 

その宝具の発動、そしてその身に感じる寒気から即座に大きく後ろに跳んだ。

同時に今にも後ろから来ているカルデア所属の全員に、鬼気迫る表情で叫んでみせた。

 

「テメェら全員下がりやがれェ―――――!!」

 

そんな彼に、再び本陣で軍師が呟いた。

 

「言った筈だ。遅い、既に私の陣の中だ……とな。

 大軍師の誇る究極の一。努々、破れるなどと思わぬ事だ。“石兵八陣(かえらずのじん)”」

 

カルデアの面々が踏み込んだ場所を囲むように、巨大な石柱が落ちてくる。

息を呑む全員の目の前で、その場所が脱出不能の異界と化す。

平野で石柱を使い囲んだだけで、まるで別次元の異界と変えてしまう結界魔術。

 

その光景に、オルガマリーが唖然とする。

 

「なにこれ、結界……! な―――!?」

 

そして更に、その結界の中に相手のサーヴァント、ランサーがいる。

それだけではない。ランサーの周囲には、彼が率いる仲間がいた。

一人、二人ではない。

彼女たちの目の前には、三百人の英霊が存在していた。

 

「なによ、それ――――!?」

 

思考の停止したオルガマリーの襟首を掴み、ランサーが後ろに放り投げる。

背後にいたジャンヌが、彼女の事を受け止めた。

茫然とする彼女たちにランサーの怒号じみた指示が飛んだ。

 

「ルーラー! こいつと嬢ちゃんの二人を宝具で守って出てくるな!

 嬢ちゃんは令呪全部使いきってでもルーラーの宝具を解除させるんじゃねぇッ!!

 俺と呂布以外の全員はルーラーの宝具の近くで遊撃だ、前に出るな!!」

 

「■■■■■―――――!!!」

 

呂布が雄叫びを挙げながら吶喊する。

方天画戟“軍神五兵(ゴッドフォース)”を手に、群がる三百人の兵士を相手に無双すべく迫撃し―――

兵士三人。それだけの盾を前に、彼の進撃は止められた。

逆に群がってくるスパルタの兵士たちに、押し返されていく呂布の姿。

 

「っ、何よあの兵士たち……!

 ちゃんとしたサーヴァントでもないはずでしょ―――!?」

 

オルタがその光景に受けた衝撃をそのまま口にする。

制御不能なれど、その戦闘力は頭一つ抜けているバーサーカー。

飛将軍呂布が、宝具の効果で召喚されただろう一兵士たちを相手取り苦戦する。

そんな結果がありえるのか?

 

彼女たちに指示を飛ばした後即座に兵士たちへと立ち向かったランサー。

彼もまた、兵士たちを複数相手すれば逆に押し返される。

 

そんな光景に慄いていた彼女たちの中、真っ先に。

立香が、膝を落とした。

 

「あ、れ……?」

 

「先輩!?」

 

「マスター!」

 

彼女に駆け寄るマシュと、即座に纏わりつく清姫。

ジャンヌはその状況を見て、この空間の呪詛が立香を蝕んでいると察した。

白い旗が躍り、その石突を地面に叩き付ける。

 

「マシュ、清姫さん、二人とも離れて! オルガマリーさんはこちらへ!

 彼の言う通りに宝具を使用します!―――“我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)”!」

 

マスター二人を光の結界で守護しつつ、残るサーヴァントはその周りを守りに入る。

ただ展開してるだけでもジャンヌは魔力を多大に消費する。

だが、当然外から攻撃されれば消費は増えるし、やがて防御も限界を迎える。

 

「衰弱の呪詛……こっちが弱くさせられた、ってこと……?」

 

オルタはランサーと呂布の戦いへと目を送る。

……いや、確かに通常よりは精細を欠いているかもしれない。

だが、劇的に能力が落ちているようには―――

 

兵士たちがランサーと呂布で止めきれず、彼女たちの方へ流れてくる。

彼女は真っ先にその兵士たちを先頭で迎え撃った。

 

英霊とはいえただの一兵士でしかない召喚兵士の槍に、旗を合わせる。

―――ただの一兵士とは思えぬ力が、鍔迫り合いで伝わってきた。

 

「――――何よ、これ……!? こいつら、本当にただの召喚された兵士だっての!?」

 

次々と抜けてくる兵士たちに、カルデア・ローマのサーヴァント総出で立ち向かう。

遠くないうちに押し切られるであろう、負け戦。

 

マシュの振りぬく盾では押し返しきれず、そのまま構えた槍で進撃してくる兵士。

 

「っ……!」

 

マシュに向かうその兵士の足を、横合いから荊軻の足払いが阻む。

倒れたその兵士を踏み倒しながら、背後の兵士たちは進撃を止めもしない。

 

「――――これあれだな。条件は同じだけど、前提が相手に有利な奴か」

 

呟きながら、荊軻が敵の槍を匕首で受け流す。

一人二人なら何とかなる。だが、この人数はどうあがいても無理だ。

挙句、それを覆せる可能性のある宝具は使用不能ときた。

まあ、こういうケースでは荊軻の宝具は余り意味がないけれど。

 

恐らく呂布も、クー・フーリンもだろう。

ルーラー特有の圧倒的な耐性を持つジャンヌだけが例外なのだ。

だから、相手のランサーが宝具を発動してからあの軍師の宝具だったわけだ。

 

「それは一体、どういう……っ!」

 

マシュが盾で一人兵士を殴り飛ばす。

ルーラーたちが引き籠る結界が後ろにあるおかげで、背後を取られないのがせめてもの救いだ。

 

「相手のランサーと兵士も結界の効果受けてるよ、これ」

 

「………え?」

 

弱体化と衰弱を発生させる結界。

その中にいて、影響を受けていて、この兵士たちはこの能力を誇るというのか。

 

それを眺めながら、軍師―――諸葛孔明が片目を瞑る。

 

「無論。我が陣地に踏み込んだからには、味方である彼らも影響を受ける。だが」

 

「オォオオオオオオオッ―――――!!!」

 

三百人の兵士を展開する宝具の使い手。

ランサーが雄叫びを挙げながら、クー・フーリンの元に正面から迫る。

 

青きランサーは小さく舌打ち。

右から迫る兵士の足を槍で払い、それを踏み越えてくる兵士が突き出す槍を横から掴む。

そのまま槍を離さぬ兵士ごと槍を振り回し、その兵士を鈍器代わりに周囲を払う。

 

一度回したらそのまま投げ捨てて、迫りくるランサーへと注視した。

突撃してきた彼の槍を、魔槍をもって打ち払う。

槍を払われても彼の突撃は止まらず、その兜が頭突きとなって繰り出された。

頭突きまでは対応しきれず、受けて蹈鞴を踏むクー・フーリン。

 

「スパルタ王、レオニダスⅠ世―――

 10万のペルシャ軍に僅か300の軍で三日戦い、ギリシャを救った守護の英雄。

 つまり。()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 相手に絶望的な状況を強い、逃げ道を塞ぐ我が陣形では、()()()()()()()()()()()

 それどころか、その逆境を克服してより強くなってみせるのがスパルタだ。

 相手を止めるための陣容に、止められない英雄と一緒に誘い込む。

 この罠の原理なぞ、ただそれだけだ」

 

孔明が結界より視線を外し、ジオウとネロを見る。

ブケファラスに騎乗したアレキサンダーの後ろから、彼はネロを見据えた。

 

「なるほど。死に際まで戦い抜いたクー・フーリンはいずれ克服するだろう。

 なるほど。自身が生き延びるため如何なる陣をも食い破って逃げ延びた乱世の梟雄、呂布にはいずれ突破されるかもしれないな。

 だが、それ以外の連中が長々と耐えられるなどと夢にも思うな。

 レオニダス王は守護の英雄であるが、その苛烈さに疑いようなどないのだから」

 

その現実を超克したいというのなら、ネロとジオウの求める答えは一つしかない。

馬上の征服王は剣を抜き、微笑みを絶やして凄絶な笑みを浮かべた。

 

「さて。僕の軍師が状況を整えてくれたんだ、僕もきっちりやらないとね?」

 

 

 




やわらかディフェンドくん。
 

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