Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ノウブル・ファンタズム2004

 

 

 

「ハァ―――ハ、ァ―――……っ、勝てた……? 勝てたん、ですよね……?」

 

 足下から立ち上る先程までサーヴァントだった魔力の中。

 地面に突き立った盾を支えに立つマシュが、確かめるように小さく呟いた。

 そんな彼女の呟きを拾って返したのは、この場の誰もが初めて聞く声。

 

「ああ、サーヴァント初心者にしちゃ中々どうしてやるもんだ。

 どう援護してやったもんかと悩んでいたが、終わってみればオレの助勢なんぞ要らないレベルときた。これからの売り込みがしにくいったらありゃしねえ」

 

 全員の視線がそちらに飛ぶ。

 そこには、身長に並ぶほどの長さの杖を携えたフードの男が立っていた。

 

「サーヴァント……っ!?」

「あんたは?」

 

 所長が男からすぐさま身を遠ざけ、マシュが疲労も構わず前に出る。

 が、ソウゴは男にいつもの調子で話しかけていた。

 

「おう、見ての通りキャスターのサーヴァントだ。今この街を燃やしている聖杯戦争の参加者ってワケだな。まあ聖杯戦争の参加者と言っても、オレ以外はさっきお前たちが倒したライダーみたいな、ロクでもないモンに差し替えられちまってるんだがな」

 

 そう言って杖を軽く振り回す男。

 ファンタジーな物語に出てきそうな魔法使いのイメージそのままの杖。

 そんな造形を見て、確かにこれは凄い魔法が使えそうだなと思った。

 

『……こちらでも彼の霊基を確認した。彼は確かにキャスターのクラスで現界しているサーヴァントのようだ。先程のライダーらしきサーヴァントの崩壊した霊基と比較しても、恐らく正常と言っていいだろうと思う』

 

 聞こえてくる声に片目を瞑り、杖を肩にかけるキャスターのサーヴァント。

 その視線が空中に投影されている通信画面に向いた。

 

「何だ。どういう魔術か知らんが、こっちを覗いてる奴もいるみたいだな。

 こっちの霊基を外から確認とは仕事が早いが、普段から覗きを趣味にでもしてんのか?」

『してないよ!?』

「ロマニの趣味なんてどうでもいいわ。

 キャスター、あなたこの街の聖杯戦争の参加者と言ったわね?」

 

 通信画面を端に寄せて、所長がキャスターの前に出てくる。

 無論マシュを間に挟んでの事ではあるが。

 

「ああ、言ったぜ? まあオレが参加した聖杯戦争が今でも正しく継続してる、って扱いならの話だがな。何せ戦場となる場所が見ての通りだ。

 どういった経緯でこうなったかはオレにも分からん。だがいつの間にか街が炎に覆われ、人間はいなくなり、サーヴァントだけが取り残された」

 

 そう言って周囲の炎に沈んだ街並みに目をやるキャスター。

 この惨状が始まる前は、普通の街で通常の聖杯戦争が実施されていたという口ぶりだ。

 いや、実際そうなのだろう。

 

「そんな中真っ先に動いたのはセイバーだ。

 あいつの手でアーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、アサシンが倒された。

 かと思えば黒い泥に汚染されて、この街を徘徊してる怪物どもと何かを探して暴れ始めた。

 その何か、には聖杯戦争を決着させるためのオレの存在も含まれてるようだがな」

 

 そう言って肩を竦めるキャスターのサーヴァント。

 

『―――つまり、その汚染されたサーヴァント。ひいてはそれを従えるセイバー。

 彼らの行動目的にこの街で行なわれている聖杯戦争の決着が含まれている、という事かい?』

「………この街で行なわれた聖杯戦争のルール。

 最後の一騎に至るまで行なわれる、七騎のサーヴァントによるサバイバルだったわね」

「ああ。こうなってからも明確な行動指針があるらしいあのセイバーのお墨付き。

 そう考えれば、聖杯戦争は継続中でオレかあいつが死ぬ事で決着する。

 そういう条件があるってのは十分に考えられる」

 

 彼の言葉を聞いてから、思考するように俯いて唇を指で撫でるオルガマリー。

 数秒の沈黙を挟み、彼女が顔を上げる。

 

「……そう。つまりそれが、さっき言った“売り込み”に繋がるわけね。

 あなたはセイバーを倒したい。けれど一人では勝ち目がない。

 だからこうして、わたしたちに目を付けて接触した……違って?」

「まあその通りだ。だが悪い話じゃねえと思うがな? アンタらはどういうワケか、この街の異常を調べて回る気があるようだ。

 異常の発生源に一番近しいだろうセイバーは、どうあがいても避けて通れねぇ。そんであいつの根城に攻め込もうとするなら、サーヴァントが多いに越した事はねえだろ」

 

 マシュや所長の張り詰めた緊張を前にしても、目の前のキャスターは緩い態度を崩さない。

 こちらがこの話に乗ると信用している、というのもそうだろうが―――

 一番は自分の実力への信頼だろうか。

 

「あんたはそのセイバーの根城って場所を知ってるの?」

「うん? 別に出し惜しむつもりはねえから言っておくが、山の方にある寺の下の洞窟だよ。

 霊脈を辿ってきゃ知らんでもいずれ辿り着けるだろうがな」

「教えてくれるんだ……」

 

 何の気もないかのように、彼は敵の根城の場所を吐き出した。

 困惑するこちらを後目に彼は肩を竦めている。

 

「代金として協力しろ、なんて言うつもりはないさ。あそこに閉じこもってるアーチャーとセイバーの二騎を嬢ちゃんたちだけで倒せるってならそこはそれ。とにかくこの戦いを終わらせたい今のオレとしちゃ悪くない。まあ槍を持っての召喚だったならちっとは別だったろうがな」

「槍?」

「オレの本来の得物は杖じゃなくて槍だって話さ。基本的にサーヴァントってのは本来の英霊から一部分、特定の側面を切り取って召喚されるもんだ。

 杖を持つオレはドルイドとしての側面。戦士として呼ばれれば槍を持つ。剣を持つ事も……まあ無くはねえが。ともかく、戦士で呼ばれてりゃせっかくの舞台で戦わないなんて話はない、なんつう事になってたかもしれんってこった」

 

 だが杖ではな、と軽く杖を振り回すキャスター。

 確かにその杖捌きからもどことなく槍のそれを感じさせる気がする。

 

『……サーヴァントの中でも優秀とされる三騎士。

 そのうち二人、セイバーとアーチャーが拠点にこもっているのか。

 正直、彼と協力せずにこちらの戦力だけでの攻略は不可能だと思います、所長』

 

 ロマンの声に小さく、分かっているわと返すオルガマリー。

 キャスターを自陣営に引きこむ事に対して逡巡しているのだろう。

 

「……それが合理的、いえ実際それ以外に手はないでしょう。

 その場合、あなたは誰をマスターとする気?」

「そりゃあそこの坊主だろ。消去法でそれしかないって話だ。

 アンタにマスター適性はないし、そっちの嬢ちゃんは盾の方の嬢ちゃんとの契約もまだ乗りこなせてない……いやしかし、ホントに珍しいなアンタ。魔術回路の量も質も一流。だってのにマスター適性だけ完全に無いなんて。何かやらかしてどこぞから呪いでも貰ったか?」

「うるさいわね、どうでもいいでしょうそんなコト!」

 

 吠えるオルガマリーを後目に、キャスターがソウゴを見る。

 今の会話の流れからしてソウゴをマスターとやらに、という話だろう。

 

「俺が?」

「ああ。お前さんは感覚派だろうから特には言う事もないが、まあせいぜい上手くオレを使って見せてくれ。目標はこの状況の原因、大聖杯のもとって事でいいんだな?」

「って事でいいの? 所長」

 

 キャスターに聞かれたので、それをそのまま所長にパスする。

 

「え? え、ええ……」

「だって。案内よろしく」

「了解だマスター。んじゃまぁ、行きますかね」

 

 明確な目標を得ての行軍を開始する。

 ついに手が届きそうになってきたゴール。そこに光が見えたか、と思えば。

 しかし一行。マシュと所長、そしてロマニの調子が浮上してくる様子はなかった。

 

「……何で暗いんだろ?」

「やっぱり敵が強かったし……これからもっと強い相手が二人、待ってるからじゃないかな……」

『―――そうだね。現場にいないボクまで暗くなってる場合じゃない。せめて通信だけは明るい声で話題を提供しなきゃだ。キャスター、訊いていいかな?』

 

 周囲の暗い雰囲気を振り切って、ロマニが空元気でもと声を張る。

 

「おう」

『キミはこの特異点の中心と思われる場所にアーチャーとセイバーが待ち受けている……そう言っただろう? そして先程討ち取ったのはライダー。残りのランサー、アサシン、バーサーカーはどうしたんだい? ボクの予想が正しければ、キミが一人でその三騎を討ち取ったんだろう?』

 

 強力な敵サーヴァントとはいえ、味方がそれ以上に強力なら恐れるに足らず。

 そうと言わんばかりにロマンがキャスターに嬉々とした声をかける。

 だがキャスターからの返答は微妙なものだった。

 

「あー……ランサーとアサシンはそうだ。確かにオレが討ち取った。だがバーサーカーは違う、奴はまだ現界してやがる。とはいえ、街外れの森に陣取って動きやしねぇがな。

 だが一度動けばセイバーでさえ手を焼くほどの難敵だ。奴が相手じゃオレが槍持ちで召喚されても勝ちを約束は出来ねぇな。ま、今は動かない奴にわざわざ関わる必要はねぇさ」

『そう、か。いやでも流石だ。一人の身でランサーとアサシンの二騎を討ち取ってる。

 比較的に他クラスに比べて戦闘力に欠けるだろうキャスタークラスでこの戦果は凄い。

 さらにマシュやマスターの力を合わせればこれは勝ったも同然じゃないかな!』

「まあ、そんなバーサーカーさえ焼き払ったからこそセイバーはあそこに君臨してるんだがな」

 

 けらけらと笑うキャスター。

 盛り上げようとして余計に深い墓穴を掘ったロマンは黙りこくる。

 

「それほどのサーヴァント、わたしたちで勝てるのでしょうか……」

 

 小さく不安を口にするマシュ。ライダーただ一騎にすら苦戦したというのに、それ以上の相手が待ち受ける場所に踏み込まねばならない。

 その極限の状況は、恐怖を煽るには十分な環境であった。

 そんな疑念を少し真面目に考えてみて出た結論。ソウゴはそれを口から出した。

 

「俺はいける気がする」

「どうして?」

 

 強がりも気負いも感じないソウゴの様子。

 それを見た立香は、彼が本気でそう思っているのだと理解した上で問いかける。

 

「なんかそんな感じしない? 俺はする」

「そんな適当な理由なんだ……」

「いや、坊主の『いける気がする』は何かの力が働いてると見るべきだろ。

 さっきの戦いを見る限りはな」

 

 呆れるような反応を返す立香。

 しかし続くキャスターの言葉に、ソウゴ自身も含めて全員が頭の上に疑問符を浮かべた。

 

「坊主は自分たちに出来る事、相手がやってくる事。戦術の組立に必要な情報が出揃ってないにも関わらず、自分の感覚だけで戦いの道筋を立てた。戦う人間の中には時たま、ああいう天性のもんを持って生まれてくる奴がいる。

 ……だとすりゃそれは信じるに値する。何故なら英霊って奴らがその名を残しているのは、そういう感覚に従って生きて死んだ連中ばかりだからさ」

『……そう聞くと死ぬケースもありえるように思うけど』

「そこはお前、当人の頑張り次第って奴だ。ここで終わってもしょうがないなんて思うような奴なら、どんな力があろうが宝の持ち腐れってもんよ」

 

 何とも言えぬとばかりに渋い表情を浮かべるロマン。

 だがそんな事知らぬとばかりにキャスターはへらりと笑う。

 

「じゃあ、俺は大丈夫。絶対にやらなきゃいけない事があるからね」

 

 そんなキャスターに続き、そう言ってソウゴは不敵に笑う。

 つられたように立香も笑い、マシュへと微笑みかけた。

 

「うん。じゃあ私も大丈夫だ、マシュが一緒なんだもん」

「―――はい。例えどのようなサーヴァントが相手でも、マスターはわたしが守ります」

 

 少女が弱気に振れていた心を取り戻す。

 何度そっちに心が倒れかけてしまっても、マスターを守るためなら何度だって立て直す。

 怖がらない覚悟は出来ないけれど、怖いけど立ちはだかる覚悟なら何とか決められる。

 

「………」

『所長も何か言わなくていいんですか? そういう空気だと思いますよ』

「うるさいわよ、ロマニ」

 

 からかうような部下の言葉。

 それに対して、オルガマリーは拗ねるようにぷい、と顔を背けた。

 

 そんな事を言い合いながら、一行は目的地たるこの地に根付く大聖杯へと向かうことになった。

 

 

 

 

「大聖杯はこの奥だ。ちぃとばかり入り組んでいるんで、はぐれないようにな」

 

 そう言って洞窟の中に踏み込んでいくキャスター。

 それを追いながら周囲を見渡すが、正しく洞窟としか言いようのない場所だ。

 

「天然の洞窟……のように見えますが、これも元から冬木の街にあったものですか?」

「でしょうね。これは半分天然、半分人工よ。魔術師が長い年月をかけて拡げた地下工房です」

 

 感嘆、というほどではないが称賛の意は混じっているだろう。

 土地と合一したこの規模の工房を設ける事に対して、オルガマリーは感心していた。

 だが観察はほどほどに、彼女たちは前に進みだす。

 

「ところでキャスター。あなた、セイバーのサーヴァントの真名は知っているの?

 セイバーの戦闘力ばかりを聞いて訊き逃していたけれど……」

「ああ、知ってる。ヤツの宝具を見りゃ誰だってその正体に気づく。

 他のサーヴァントがあっさりと倒されてるのもヤツの宝具が強力無比だったからってワケだ」

「強力な宝具、とは一体どのような?」

 

 マシュからのその問いかけにキャスターが口を開き―――

 しかしその銘を告げる前に、別の誰かの声がその宝具の銘を口にしていた。

 

「―――“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”。

 騎士の王と誉れ高き、アーサー王の持つ最強の聖剣だよ」

 

 暗がりの中から、言葉にした銘を誇るような声がした。

 黒く染まりながらも、しかし先のライダーのサーヴァントとは明確に違う。

 あのライダーは言葉を口にしても、会話を行う程の理性はなかった。

 

 にも関わらず、今の目の前にいる敵にはそれがある。

 

「アーチャーのサーヴァント……!」

 

 黒いボディアーマーを身に着けた白髪の男。

 アーチャーのクラスに割り振られた、三騎士のサーヴァントの一人。

 彼は影を纏いながら無手でカルデアの面々の前に立ちはだかった。

 

「おう、王様の取り巻きごくろーさん。見ての通り殴り込みにきてやったぜ。

 狙撃もしないで門番やってる弓兵に、ちょうどいいんで引導渡してやろうじゃねえか」

「耳が痛いな、キャスターのサーヴァント。もし離席が許されるなら、槍も持たぬ牙を抜かれた犬コロなぞすぐに射抜いてみせるのだが……残念なことにクライアントからは、迷い込んだ野良犬は追い返す程度で止めておけ、と言われてしまっていてね」

「――――ハ、よくぞ言った信奉者」

 

 飄々とした態度を貫いていたキャスターの空気が変わる。

 怪物はおろか、ライダーのそれとさえ一線を隔す殺気の乱舞。

 それを叩き付けられているアーチャーは、肩を竦める程度の反応で済ませていた。

 

 今までとは明らかに違う。

 ここで初めて、正しくサーヴァントという存在の脅威が示されている。

 

「英霊なんぞになっておきながら、分が悪いからと駒を進めず昔に思いでも馳せてたってか。

 どんなロクでもねぇ結果が待ってるのか知らんが、それはオレたちのやる事じゃねぇだろ」

「―――その口ぶり、事のあらましは理解していると見える。

 その上でその結論とは、つくづくキサマとは相容れん」

「ここにきて初めての朗報だな。そいつには―――オレも同意見だ!」

 

 キャスターの杖先に文字が浮かぶルーン文字。

 瞬間、アーチャーの手に弓と矢が顕現していた。

 

「おら、嬢ちゃん。前は任せたぜ、まずは守りに集中しな!」

「は、はい―――!」

 

 ゴウ、と風を撃ち抜いて魔力の籠った矢が殺到する。

 矢を射ち放つにはそれなりの隙が、などと考えていたのが甘えだと思い知らされる連射。

 一矢ごとに盾ごと押しやられるような威力をもって、アーチャーの迎撃は開始された。

 

「―――その盾はそういう事か。なるほど、やってくれるな花の魔術師。

 であれば、なおさら……通すワケにはいかないという話だ!」

 

 射撃が無くなる。

 盾をもって防いでいたマシュが困惑するほど、苛烈な迎撃はあっさりと終了した。

 

「え?」

「前に出てくるぞ! 剣持ってな!」

 

 既に相手の手に弓も矢もなく無手のまま駆け出していた。

 キャスターが浮かべた宙の文字が輝き、炎となって迸る。

 そのまま突っ込んでくればアーチャーの耐魔力では防ぎ切れないだろう魔力の奔流。

 それを彼は―――手にした白黒の双剣でもって斬り払う。

 

 武装を変えたアーチャーの前に、マシュが盾を構えて立ちはだかる。

 サーヴァントの戦闘センスについていけると思い上がる事などできない。

 どうすればマスターを守れるか、それだけ考えて何とか心を奮わせ立ち向かう。

 

「迎撃します―――!」

 

 巨大な盾、というのはそれだけで障害だ。

 それもけして壊せない強度となれば、対処する側の行動範囲は広くない。

 そんな相手に張り付くようなディフェンスをされればなおさらだ。

 攻撃出来ないのはマシュもまた同じだが、こちらにはその分を補えるキャスターがいる。

 

 マシュが防ぎ、キャスターが攻める。

 その基本さえ遵守すれば、確実にこの相手を攻略する事が―――

 

「そら、後ろだ」

「え?」

 

 アーチャーの注意を逸らす口車、ではない。

 耳に届くのは投擲された双剣が回転し、風を切り舞う音。

 自然と視線をそちらに引かれれば、自分の後ろからその凶器が迫ってくるのが視認できた。

 

「あ、」

「前だけ見とけ、嬢ちゃん!」

「口が遅いぞ、クランの猛犬」

 

 飛来する双剣はマシュが注意を向けるまでもなくキャスターが危うげなく撃墜した。

 が、迫る凶器の感覚がマシュの構えを強張らせる事は止められない。

 既に新しい双剣を手にしているアーチャーが、盾に横から叩き付ける。

 受け流す事も、踏ん張る事も出来ずに吹き飛ぶマシュ。

 

 壁を排除したアーチャーはそのまま前へと出ようとして。しかし、迫る赤光の弾丸を切り払うために足を止めた。舌打ちしつつ彼が振るった白い刃が弾丸を切り裂き、霧散させる。

 その行動を強制されたアーチャーが射手―――常磐ソウゴを睨む。ソウゴの手に再び握られているのはファイズフォンX。その銃口がアーチャーに向けて構えられていた。

 

「チィ―――!」

「よくやったマスター! 燃えとけ、アーチャー!」

 

 先ほどを超える炎熱がアーチャーに殺到する。

 だが、その影に沈んだ顔に浮かぶ皮肉げな笑みは変えぬままに剣を捨てて。

 炎の波に向け差し向けた手の先から、桜色の花弁に似た盾を展開した。

 

 次の瞬間に届くはずの炎は、その盾で完全に塞き止められた。

 弾かれた熱で周囲の地面や岩壁は赤熱しているというのに、彼の立つ場所には何の影響もない。

 ソウゴが追加で撃ち放つ弾丸もその壁に接触するとあっさりと消滅している。

 

「あれ……盾?」

「クソっ、だからアイツ相手はめんどくせえ!」

 

 苛立たしげにぼやくキャスター。

 後ろで経過を見ていたオルガマリーが、その光景に頭を抱える。

 

「……どういうことよ、サーヴァントの宝具はその英霊を象徴するものをクラスに適応した形で現界させるものの筈。だっていうのに、あのサーヴァントが使う剣も盾も間違いなく宝具……!

 アーチャーである以上は弓か矢も宝具のはずで、あいついくつ宝具を持ってるのよ―――!」

「不勉強だな、カルデアの魔術師。アーチャーであるからと言って、弓や矢を必ずしも宝具とするわけではない」

 

 腕を横に払い、花弁の盾を消したアーチャー。

 彼が再び弓を手元に現しながら、からかうようにそう言った。言われた所長は明らかに顔を顰めながらしかし、流石に敵サーヴァントに怒鳴り返す気は起きなかったようだ。

 

「弓兵とて必要とあれば剣も執るし盾も執る。銃や戦闘機だって扱う事もあるだろうさ」

 

 突然話に上がった近代兵装。

 所長からそんなサーヴァント居るものか、と怒鳴り返したいという空気が伝わってくる。

 

「だがまあ、せっかくの要望だ。こちらも宝具の矢をもって応えてやるのが、敵サーヴァントに勇敢にも意見した魔術師への礼儀というものか」

「え」

 

 そう言って、アーチャーは手元にねじくれた剣を出現させる。

 それを見たキャスターの顔が明らかに歪む。必殺の一撃を構えた、ということにではない。

 彼は現れた剣そのものに表情を変えていた。

 

「テメェ……」

「今更だな、キャスター。生憎、私は生前からこういう存在でね」

 

 その剣を弓に番える動作をすると同時、剣は光の矢と化した。

 宝具起動状態に入ったそれから氾濫する魔力は今までの比ではない。

 明らかに今まで見たことがないような威力の一撃がくる。

 

「所長のせいで凄い攻撃がくる!」

「わたっ!? わ、わたしのせいじゃないでしょ!?

 どうにかしなさいよ、あなたたちマスターでしょ!?」

 

 取り乱して声を張り上げる所長。

 そんな上役からの焦燥の言葉を受け止めて。

 疾走しながら呼吸を整えつつ、マシュが声を張り上げた。

 

「――――わたしの後ろに! 防ぎます!」

「マシュ、大丈夫!?」

「はい……やれます!」

 

 復帰してきたマシュが、再び皆の前に立ちはだかる。

 そんな彼女の後姿にオルガマリーからの指示が飛ぶ。

 

「マシュ、宝具を解放しなさい! 相手の宝具に対抗できるのは宝具だけ!

 あの攻撃を防ぐには、あなたも宝具を使うしかないわ!」

「―――――」

 

 宝具。英霊、英雄の象徴たる無二の武装。

 その真価はその武具と共に生涯を駆け抜けた英雄が真名を唱える事で発揮される。

 

 マシュ・キリエライトの―――

 彼女が宿した英霊の有する宝具は、今もこうして構えている大盾に他ならない。

 

 ――――だが。

 

「……わかりません」

「えっ?」

「わたしにはわたしに憑依してくれたサーヴァントの真名も、彼が託してくれたこの宝具の真名も、分からないんです……!」

 

 弱々しく、しかしいつか所長にも言わねばならないと思っていた事を吐き出す。

 それがこんな最悪の状況での告白になろうとは。

 愕然とした面持ちでその告白を受け取って、オルガマリーの体が揺れる。

 

「そ、んな……」

「ですが、例え宝具の解放が出来ないとしても必ずあの攻撃は……!」

「―――戯け、そんな心持ちで挑んで覆せる戦力差か。せめて最初から護り抜くか討ち果たすかくらいは決めてこいという話だ。どちらにせよもう遅い。

 I am the born of my sword(我が骨子は捻じれ狂う).―――――“偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”!!」

 

 瞬間、周囲の音が全て死んだ。

 辺り一帯の空間が螺旋くれたかのように歪み、光の一矢は標的目掛けて突き進む。

 

 呼吸を整える暇もなく、矢は盾へと着弾した。

 マシュの腕にかかる、今までには有り得なかった過重。

 全力で支えているつもりなのに、どんどん圧されて後ろに持って行かれる。

 

 止めなきゃ、止めなきゃ、これがマスターに届いてしまう。

 そう思って精一杯の力を振り絞っているのに、まるで止まらない。

 

 いや。この一撃に受け止めたものごと捩じ切る破壊力があると考えれば、この盾はむしろ驚異的なほど受け止めてくれている事には違いない。

 

 だがそれでは足りないのだ。

 歯を食いしばって耐える、耐える、耐える。

 

 その時、背後からキャスターの声がした。

 衝撃も少しだけ軽くなった気がする―――彼の魔術のおかげだろうか。

 

「あの魔術師が言った宝具に対抗できるのは宝具だけ、ってのはちと違う。宝具ってのはサーヴァントそのものだ。切り離して考えるもんじゃねえ。

 お前がサーヴァントとしてここに立っている以上、宝具の解放が出来ようが出来まいが、それが原因で勝てないなんて考えるほどの事じゃないってこった」

 

 彼の手がマシュの肩に添えられる。

 そのまま彼女を軽く前に押し出すように、とんと叩く。

 

「特にお前さんはそっちより大事な事があるタイプだ。自分は宝具が使えない出来損ないって考えを捨てちまえ。そんな劣等感を抱えてる部分を綺麗さっぱり開けちまって―――代わりに、自分がサーヴァントとして一番大事にしてる事だけ考えろ」

「…………ッ!」

 

 だったらそこに入るものは決まってる。今だって後ろで彼女を信じてくれている。

 さっきよりずっと軽くなった気がする衝撃を、力任せに押し返す。

 

「ぐ、ぅううう……!」

「マシュ―――()()()()()()()()()()!」

 

 その声に、力が漲った。押し込まれていた体を自分の力で押し返す。

 縮こまっていた腕を全力で伸ばす。

 衝撃に震えていた盾を確かな構えで支え直す。

 

「あぁあああああっ!!!」

 

 吹き飛ばす。矢がこちらを貫こうと直進し続けているからどうした。

 この盾の先には絶対に通さない。

 

 渾身の力で上に振り抜いた盾は、接触していた矢をそのまま天井へと弾き飛ばした。

 尋常ならざる貫通力で岩壁を打ち砕き、そのまま過ぎ去る光の矢。

 

「―――正面から弾いてみせるか。だが」

 

 だが彼は更に、既に次の光の矢を番えていた。

 けれどそれに向き合うマシュの目には強い光がある。

 何度だって防いでみせる、と。

 

 その眼光に僅かに緩む、影の奥に潜むアーチャーの表情。

 とはいえ弓を弾く手が弛む事などある筈もない。

 だが―――そこで『だが』、などと。

 

 おまえは誰と戦っている心算だとドルイドが凄絶に笑う。

 

「そっくりそのまま返しとくぜ。

 ()()()()()()()()()()()()―――なんつってな?」

「――――ッ、キャスター!」

 

 マシュが力任せにかち上げた今の矢は、洞窟の天井を砕きながら天へと昇っていった。

 その矢の軌道。ただ吹き飛ぶ方向を軽く誘導する程度ならば、魔術師としての男には容易い。

 狙いはアーチャーの真上。この洞窟で彼の立つ場所の天井。

 

 弾かれたとはいえ空間さえ粉砕して進行する宝具の矢。

 それはキャスターの思い描いた狙い通り、強引に軌道を曲げられて突き抜けていく。

 砕いて進む場所は男の意志に過たず、アーチャーの立つ場所の直上。

 

 貫通力に長けたその一撃は確かに。

 岩の天井を容易に砕きながら、そのまま彼方へと突き抜けていった。

 そのあとに訪れる事は、最早言うまでもない。

 

 ――――崩落だ。

 

「クッ……!」

 

 轟音を立てながら頭上から迫りくる岩の群れ。

 サーヴァントであるアーチャーは瓦礫で押し潰される程度なら死ぬ事はない。

 だが同時に、何の衝撃も受けずに済むほどの余裕があるわけでもない。

 

 このタイミングでは間違いなく宝具の二射目は間に合わない。

 魔力を宝具に割いているが故、もはや離脱する方法があるとすれば霊体化くらいだが……キャスターである相手にそれは、岩に埋もれる以上に自殺行為か。

 だからと言って岩に埋もれながらキャスターの炎を防げるほど器用でもない。

 

「じゃあなアーチャー、せめてこの姿でのとっておきをくれてやるぜ。

 焼き尽くせ、木々の巨人――――!」

 

 その名とともに解放されるキャスターの宝具。

 大地にサークルが現れ、そこから噴き出すように木々が絡み合いながら進出してくる。

 蔓延る木は瞬く間に腕のようなものを形成し、同時に炎上し始めた。

 

「―――詰まれたか……!」

「“灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”―――――ッ!!」

 

 降り注ぐ岩にその身を打ち据えられながら、アーチャーが苦々しげに呟く。

 その言葉も、そして彼自身も。

 積みあがっていく岩塊諸共に、全てを焼き清める炎の巨人の腕が覆いつくして蒸発させた。

 

 

 


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