Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

68 / 245
 
マグニフィセントになりそう(模造品並の感想)
ロイメガより好きです。
 


僕・之・名・前1680

 

 

 

鉛色の巨体は、その大きさからは思いもよらぬ俊敏さでジオウへと迫る。

巨人に迫られたジオウが即座にブースターの向きを返した。

逆噴射で急激のブレーキをかけつつ、すぐさま横へと再加速。

 

そんな迫りくるヘラクレスを振り切り背後を取るための動きを実行し―――

 

脚力だけで強引に突撃方向を切り替えた大英雄に追いつかれる。

 

「な――――っ!?」

 

「■■■■■■■――――ッ!!」

 

彼が手にするのは岩からそのまま切り出したかのような石斧剣。

その巨大な質量が、轟く咆哮とともにジオウに向かって振るわれた。

 

咄嗟に両腕のブースターモジュールを重ねて防御する。

そのままモジュールが圧壊するのではないか、という破壊力にしかし耐え切り―――

それでも、船外まで大きく吹き飛ばされる。

 

「ぐ、ぅうう……ッ!?」

 

全身各部のスラスターユニットが姿勢制御に駆動し、何とか体勢を立て直した。

一時的に空中で静止するような状態になるジオウ。

 

それを眺めていたアナザーフォーゼが仮面の下でその姿を嘲笑う。

 

「ハッ―――!」

 

〈ランチャー…!〉

〈レーダー…!〉

 

彼が嗤いながら腕を振るえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そのすぐ近くに同時に出現する索敵用のアンテナ。

それが周囲の状況にサーチをかけ―――正面のジオウをロックオンしたと、ブザーを鳴らす。

 

「うっそ……!」

 

木で出来た船に似合わぬ、近代兵器の登場。

それについ驚きの声を漏らしたジオウに対し、無数のミサイルが射出された。

 

不規則な軌道を描きながら、それは間違いなく全てジオウを目掛けて飛来する。

彼を囲うように殺到するミサイル攻撃は、体勢を立て直した直後では躱せない。

 

一秒後。着弾したミサイルの起こす爆炎の中に、ジオウの姿が呑み込まれた。

 

海上に咲いた炎の花。

それを見上げながら、イアソンは満足気に息を吐いて―――

 

しかしその爆炎が渦を巻き、捩じられながら裂かれていく。

次の瞬間。その中から飛び出してくるのは、変形したジオウの姿。

 

「宇宙ロケットきりもみキィ―――ック!!」

 

ロケットモードに変形したジオウは、両足を揃え突き出しながら突進する。

その一撃が目指すのはアナザーフォーゼと化したイアソン。

 

だがしかし。その間に再びヘラクレスが立ちはだかる。

彼は石斧剣を放りだして、ジオウの攻撃の前に両腕を突き出す。

 

―――突撃してくる回転ロケットが、両腕を構えた大英雄と激突した。

 

「オォオオオオオ――――ッ!!!」

 

「■■■■■■■――――ッ!!!」

 

受け止めて踏み止まろうとするヘラクレスの足が、船上で後ろに押し込まれていく。

回転が生み出すエネルギーで突撃し、相手を押し込んでいくジオウのパワー。

だが、それは徐々に速度を落としていき―――やがて、完全に停止した。

 

ヘラクレスの手がジオウの足を掴み取って、完全に回転までも止めていた。

 

「ぐっ……!」

 

「■■■■■―――ッ!!」

 

片足を掴んだままに、ジオウの体を大きく振り上げてみせるヘラクレス。

そして振り上げた時の倍の速度でもって、彼の体を甲板に叩き付けた。

 

甲板に激突させられたジオウの背中で弾ける爆音。

ジオウのアーマー、そして船体。どちらもがメキメキと悲鳴をあげる。

 

「ぐぅうう……っ!」

 

「ははは、おいおいヘラクレス。船は壊してくれるなよ?」

 

〈シールドォ…!〉

 

それを笑いながら見ていたイアソンが彼の足元。

つまりこの船の甲板上に、盾を一枚出現させた。スペースシャトルを彷彿とさせる形状の盾。

ヘラクレスが再びジオウを振り上げ、シールドに向かって叩き付ける。

 

―――叩き付ける、叩き付ける、叩き付ける。

 

「が、ぁ……っ!」

 

振り回されている状態で、連続で襲いかかってくる衝撃。

彼の拘束から抜け出すためブースターを全力で噴かす。

だがヘラクレスは力尽くでその勢いを押さえ込み、何度でもその動作を繰り返した。

 

そのまま盛大に振り上げて、両腕で再び両足を掴み取り―――

全力でもって、足元のシールドにジオウの頭部を叩き付ける。

振り抜き叩き付けると同時に手放した体が、ごろごろと船上を転がっていく。

 

「ぐ、ぁ……っ」

 

連続して叩き付けられた衝撃。

そこで限界を迎えたフォーゼアーマーは光となって消え失せる。

強化アーマーを喪失したジオウが、しかし何とか立ち上がろうともがきだす。

 

「■■■■■―――――」

 

倒れているジオウに、放り出した石斧を拾い上げたヘラクレスが迫る。

 

彼まであと一歩という距離まで歩み寄り、一切の迷いなく振り上げられる石斧剣。

それが、ジオウの頭部を目掛けて全力で振り下ろされ―――

 

ギャリギャリ、と。

まるで岩石を削りだすかのような、凄まじく耳障りな異音が轟いた。

 

―――ヘラクレスの振り下ろした石斧は、ジオウに掠ることもなく甲板に突き刺さっている。

そしてその目の前には、朱槍を振り抜いた姿勢で佇むクー・フーリン。

 

「はっ―――テメェは結局またバーサーカーか。つくづくクラス運のねぇヤツだぜ」

 

「ラン、サー……!」

 

青色のランサーが、懐かし気に目を細めて鉛色のバーサーカーと対峙する。

彼もまた青髪の少女魔術師がヘクトールを逃がすためにそうしたように。

己の魔術で疑似的な足場を作り、こちらに二歩で跳んできたのだ。

 

「動けるか、マスター」

 

「なん、とか……ね!」

 

声を掛けられ何とか立ち上がって見せるジオウ。

そんな二人の様子を見て、イアソンが舌打ちした。

 

「ふん……! ヘクトール! お前も見てないで加勢しろ!

 ニ対一程度で負けるヘラクレスじゃないが、お前がどっちかを足止めしてればすぐに終わる!」

 

「はは、時間を稼げば勝ってくれる友軍がいる防戦か。そりゃ希望があっていいね。

 それで、こっちの女神様はどうします?」

 

「っ……この、もっと丁寧に扱いなさいよ!」

 

ひょい、とエウリュアレを軽く持ち上げて彼はイアソンに問いかける。

 

雑に持ち上げられた彼女が、全力で彼の顔に向かって手を張った。

そんな彼女の平手打ちをあっさりと躱して苦笑するヘクトール。

 

だいぶお転婆女神だが、そもそも大した事ができるわけではない。

イアソンの側に控えている女魔術師なら逃がすようなことはないだろう。

そう考えた彼は、仕方なしに彼女をイアソンの近くに放り投げようとし―――

 

その瞬間。彼が戦場で培ってきた勝負勘が警鐘を鳴らす。

自分の中の何らかの感覚が、明確に死の気配を嗅ぎ取っていた。

反応というより本能。

何を措いても、と。咄嗟に体が回避のために横へと跳ぶ。

 

そのせいで今まさに投げようとしていたエウリュアレがすっぽ抜け、彼女の体は床に落ちる。

 

直後に火薬の破裂音。そして、一瞬前に頭があった場所を過ぎ去っていく鉛玉。

その音源になったのは、いつの間にかヘクトールの背後にいた男。

―――黒髭、エドワード・ティーチ。

 

「ドゥフフフwwwそりゃもちろん拙者が嫁に貰いますぞwww」

 

「ひっ……!?」

 

腹は銃弾が開けた穴だらけ。

先の船の突撃で受けた裂傷は全身にあり、彼の体は血で赤黒くなっていない場所がない。

そんな死人同然の姿で、彼はニヤニヤ笑いながら転がったエウリュアレを見ていた。

 

正確にはエウリュアレの乱れたスカートの際、そこから覗く足の付け根。

あんなところやこんなところが見えるか、見えないか。その瀬戸際。

そんなシュレディンガーのエウリュアレを見ていた。

 

彼の中でこれは哲学的境地の視線であり、けしてやましい気持ちだけではなかった。

やましい気持ちは全体の九割で、残る一割は未知へと漕ぎ出す海賊的探究心の発露だったのだ。

 

「というわけで全宇宙エウリュアレ氏ペロペロ選手権!

 エントリーナンバー1! 黒髭、エウリュアレ氏をいただきます!!」

 

「きゃぁああああああ!?!?!?」

 

がばり、と彼女に覆い被さろうとする黒髭。

その彼の顔に、エウリュアレの全力のビンタが炸裂した。

 

「ありがとうございます!!!」

 

そのビンタでひっくり返る黒髭。

舌打ちしたヘクトールがすぐさま動こうとして―――

倒れて転がった黒髭の放った銃弾が、彼の足元に連続して着弾した。

 

「チッ……!」

 

「あっ……! いま―――!」

 

エウリュアレが走り出し、ジオウたちの方へと向かっていく。

 

目的が捕獲である以上、ヘラクレスも動かない。

中途半端に戦闘能力を持つしかし華奢すぎる相手。

バーサーカーの今時分、その目的のための行動に自分は向かないと理解しているから。

彼はクー・フーリンと対峙したまま、彼女の逃亡を見逃した。

 

「……チッ、何をやってるヘクトール!!」

 

「あちゃー……こりゃ大失態。やってくれるね、元船長。

 船を壊された後は、もしかしてこの船の横にへばり付いてたのかい?」

 

倒れていた黒髭が起き上がる。

彼が浮かべていた気持ち悪い表情はそこになく、ただただ凶悪な笑みを浮かべていた。

 

「ははは。ただ優先順位の問題ですぞ、ヘクトール氏。

 この海賊稼業、一回業界内で舐められたら終わりな仕事なものでして。

 だからいま俺が何よりやらなきゃなんねぇのはよぉ……

 ―――裏切った奴を血祭りにあげることだよなぁ?」

 

それこそ自分が血祭り、という有様の黒髭が立ち上がった。

立っている場所を血溜まりに変えることなど気にした様子はない。

ただただ邪悪にヘクトールの姿を見つめている。

 

「んー、まあそうかもねぇ。

 でもちょっと……正面からあんたが俺とやりあって血祭りにできると思ってるなら。

 俺もすこーし、やらなきゃいけないことができたことになるのかな?」

 

すぅ、と表情から色を消していくヘクトール。

軽く振って見せた槍が、音もなく金色の閃光を描く。

 

神話の戦いを経験してきた、投槍の名手ヘクトール。

たかが一海賊が張り合って対抗できる相手であるはずもなく―――

 

「ハハハハハハハハッ―――――!!!

 面白れぇ! どこぞのBBAみたいによぉ、俺もやってみたかったのさ!!

 格上も格上、神様の親戚を撃ち殺してみせることをよォ―――ッ!!!」

 

「俺は神様とは随分と遠縁だけどねぇ……まあ、海賊の流儀だってなら仕方ない。

 俺が勝ったら、退職金代わりにその聖杯を力尽くで貰っていくとしますかね」

 

笑い続ける黒髭。連続して銃口から吐き出される鉛玉。

彼に向かい、今まで薄く浮かべていた笑みを消したヘクトールが踏み込んだ。

 

 

 

 

黒髭の船は沈み、しかしドレイクの船は禿げ上がったが残っている。

となれば、それは命を拾ったドレイクたちの船の勝利ということになるのだろう。

そういう人種。そういう稼業。

彼女を放り投げた黒髭とて、そんなことは当たり前だと言うに違いあるまい。

 

もはやマストも倒れ、足を奪われている船上でドレイクが歯噛みした。

相手の船上では未だ戦闘が続いている。

だが船のこの状況で参戦することなど叶わず―――

まして、参戦したところでこれ以上の戦闘行為をすれば、まずこの船は沈没することだろう。

 

だから彼女はこう言うしかない。

 

「……こっから逃げるよ。あの空飛ぶ人型でこっちを押せるかい?」

 

今から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

立香に向かって振り返るドレイク。

 

彼女は通信機に向かって、今も海中にいる筈の所長の状況を確認する。

 

「所長? ドクター?」

 

『大丈夫よ、何とか飛べる―――はずよ。

 あのロケット装備は消えてしまったけれど……』

 

海中でタイムマジーンの頭部は既にジオウウォッチに変更されていた。

とはいえ飛行能力自体は健在。一応、船を押して逃げることはできるはず。

ただオルガマリーの耳には、先程からダメージ過多による無数のアラーム音が届いているが。

 

「ですが、あちらは―――」

 

ジャンヌが戦闘を続けている敵船上を見る。

先程あの船が見せた突撃。あれを実行されれば、逃げるどころの話じゃない。

どう足掻いても、あれをさせないための時間稼ぎが必要だ。

 

だが考えるまでも無いだろう。

この場に残って時間稼ぎなどすれば、間違いなく命はない。

その上で最低限必要とされるのは、少なくともヘラクレスとヘクトールを止められること。

 

『……まず彼らは今、聖杯を持つ黒髭。そしてエウリュアレを同時に狙っている。

 相手がエウリュアレを攫って何をしようとしているかは分からない。

 けど明らかに、ろくでもない何らかの計画に利用しようとしているのだろう。

 人理を守るという観点から言って、それを見逃すのはけして得策とは言えない』

 

ロマニの言葉。彼が語ったのはエウリュアレの処遇。

置いていくなど心情的に最初から選択肢にないが、同時に戦略的にも選択肢にないと明言する。

 

だが相手の目的が明確にエウリュアレであるのだとしたら。

奪還してから逃げ出せば、下手をすれば足止めなど関係なしに追いかけてくるかもしれない。

―――ただ仮にそうだとしても、やらなければならない話だ。

 

ネロが目を細め、足を一歩踏み出す。

この場で一番高い拘束力を持つのは、彼女の宝具だろう。

船ごと劇場に取り込んでしまえば、確実にある程度時間は稼げる。

 

彼女一人ではどう足掻いてもヘラクレスとヘクトールの相手は不可能だが……

致し方ない。クー・フーリンも巻き込めば、どうにかなるだろう。

ソウゴのサーヴァント二騎がまるまる脱落することになるが、それならまだ挽回は―――

 

「ぼくが、いく……! えうりゅあれを、たすけに……!」

 

だが、ネロが声を上げる前にアステリオスが声を上げていた。

 

「……あんた」

 

声を上げた彼を見るドレイク。

彼女が何かを問いかける前に、彼は必死に自分の中の想いを言葉にしようとしていた。

 

「ぼくは、かいぶつだった……! いままでずっと、かいぶつだった……!

 ちちうえにいわれたとおりに、ただこどもをころしてた……!」

 

怪物、ミノタウロスとして彼は語る。

迷宮に入ってきたものを生贄に、彼は怪物として成長した。

だが、そんな成長を望んでいたわけではない。

 

「ぼくはいままで、ミノタウロスだった! ひとをころすだけのかいぶつだった!

 でも、もどらなくちゃ! アステリオスに……! にんげんに……!」

 

怪物としての名、ミノタウロス。

忌むべき、しかし確かに彼に与えられた名前。

否。忌むべき彼の所業こそが、ミノタウロスという名を怪物の名前にしたのだ。

 

ミノタウロスの名と、彼は切っても切り離せない。切り離していいものでもない。

ただ彼にはもう一つ。誇り高き、怪物にそぐわないほど美しい名前があった。

――――雷光(アステリオス)

 

怪物と化した彼の名がミノタウロスなら、人で踏み止まっている彼はアステリオス。

どれだけ偽っても、彼はもうミノタウロスであることは変わらない。

彼が怪物として奪った命は、返らない。

けれど―――

 

「みんながぼくのなまえをよんでくれたから……ぼくにおもいださせてくれたから……!

 みにくいかいぶつだけど、なにもゆるされないけど……!

 ぼくは、アステリオスでいたいから―――!!」

 

彼が叫んだ言葉を聞いて、ドレイクが小さく笑う。

そうして、叫ぶ。

 

「だとよ、聞いてたかい!?」

 

甲板に倒れている、彼女の部下の海賊たち。

彼らがアステリオスの言葉を聞いて、同じように笑い出した。

 

「ははは、人を助けに行きたいって言ってる奴が怪物だってよ」

 

「俺たち海賊よか人間できてる怪物だぜ。

 俺たちゃあれだ。怪物じゃないが、俗物だからな」

 

「そりゃいい。怪物乗せた俗物たちの船、合わせて海賊船だな」

 

上手い事言ってやったぜ、という顔をしたアホをドレイクが蹴飛ばす。

 

「あんたたちがさんざこき使った新米が男見せたいって言ってんだ!

 さっさと立ってどっか掴まってな、アホども!!

 逃げる前にいっぺん、アイツらの船にぶちかましに行くよ―――!!!」

 

ふらふらと立ち上がっていく海賊たち。

これからの行う吶喊に向けて、死ぬ気で耐えに行くのだ。

そんな彼らを見送って、立香はアステリオスを見る。

 

「アステリオス……」

 

彼はエイリークとの戦いで傷ついた体に力を漲らせながら、小さく笑う。

 

「えうりゅあれを、よろしくね。ぼくは、ぜんぶえうりゅあれのおかげで……

 ぼくは、ぼくに……アステリオスに、すこしもどれて……

 こんなに…………うれしいとおもえたんだから―――――」

 

そう続けた彼の笑顔を見て、立香が僅かに目を伏せて―――

通信機に呼びかけた。

 

「所長、お願いします!」

 

『………分かった、行くわよ……! 掴まってなさい!』

 

次の瞬間、浮上してきたタイムマジーンが船の後ろに取り付いた。

全力で飛行を開始して船を押し込んでいく先は、目の前にあるアルゴー船。

 

 

 

 

あらゆるエラー音を無視しながら、全力でハンドレバーを押し倒すオルガマリー。

タイムマジーンの出す限界速度で、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)はアルゴー船に激突する。

揺さぶられる船上でイアソンが舌を打つ。

 

それと同時に、アステリオスがアルゴー船に向かって跳び込んでいた。

 

「ソウゴ――――!」

 

立香の声がジオウに届く。

ジカンギレードの銃撃でヘラクレスの頭部を狙っていた彼が、後ろを振り返った。

乗り移ってくるアステリオスの放つ殺気。その雰囲気にジオウが息を呑む。

 

「アステリオス、貴方――――!?」

 

エウリュアレの横を通り過ぎ、それでも加速し続けるアステリオス。

彼の背中を見送るしかない彼女は、呆然としながらその背中を目で追い続ける。

 

ヘラクレスの一撃を捌き逸らしながら、ランサーがおおよそ状況を把握した。

彼はバックステップで大きく下がり、ジオウに対して声をかける。

グズグズしていれば、それこそ無駄死にさせることになるだろう。

 

「退くぞ、坊主」

 

「―――――うん」

 

甲板の中央、ヘラクレスから離れていくジオウとランサー。

そして逆にそちらに向かっていくアステリオス。

すれ違いざまに、ジオウとアステリオスが互いに向けて言葉を発する。

 

「―――ごめん、アステリオス」

 

「ううん。ありがとう」

 

両手に持った片刃の戦斧。

それを組み合わせて、一振りの両刃斧(ラブリュス)に合体させる。

全速力で駆け抜けながら、両腕で構えた大戦斧を振り被る。

 

限界まで加速した体の、全身の筋肉を酷使して、彼はその一撃を放つ。

大気を灼くほどの勢いで放たれる、まさしく雷光(アステリオス)

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

狂化されたヘラクレスが、咄嗟に防御の姿勢を思い出すほどの一撃。

それはしかし雷光の速さをもって、相手の防御態勢よりも先んじて直撃した。

 

ヘラクレスの胸に炸裂したその一撃が、彼の半身を抉り飛ばす。

千切れ飛んだ彼の腕が空を舞い、鉛色の巨体がゆらりと倒れ―――

 

「勝った……!?」

 

「止まるな―――ッ!」

 

エウリュアレを掴み、そして足を止めようとしたジオウを掴み。

クー・フーリンが船に跳ぶ。

引っ張り込まれたジオウは空を舞いながらそれを見た。

 

半身が吹き飛んだヘラクレスの体が、まるで巻き戻されるように再生していく光景を。

 

 

 

 

一体いつまで耐える気だ、と言いたくなるくらい。

ヘクトールの槍は既に黒髭をズタズタに斬り裂いていた。

戦闘が始まる前から殆ど致命傷だったはずだ。

だというのに更に切り刻まれてなお、まだ彼は膝を落とさない。

 

彼はヘクトールに対し幾度も発砲し、接近されればフックを振るう。

だがそれは一度として掠ることすらない。ヘクトールには傷一つ与えられていなかった。

 

「………やれやれ。聖杯持ってるからとはいえ、その頑丈さはなかなかどうして……

 ほんと、厄介な話だよ。ただ耐えるだけの戦いなら俺より上かもねぇ」

 

「ドゥフフ……! 彼の兜輝くヘクトール氏にそこまで言われるとは……

 拙者もなかなか捨てたものではありませんな!」

 

とはいえ、それももう終わったも同然だ。

彼の目からは光が消える寸前で、ヘクトールはもう立ってるだけで彼は消えるだろう。

もはや力などない黒髭がふらつきながらも銃を構えて―――

 

その次の瞬間、船が大きく揺さぶられた。

 

軽く足に力を込めて耐えるヘクトールと、その勢いに吹き飛ばされる黒髭。

彼はごろごろと転がりながらアルゴー船の縁まで吹き飛び―――

 

「よお。アタシに勝った足でそのまま負けてるね」

 

この船に激突した、沈没寸前の船の船長に声をかけられた。

 

「……けっ、どうやら拙者の右腕に封じられた古代の悪魔の超パワーが目覚めて一発逆転五秒前なところを見られちまったようだな……

 こいつは人に見せられるもんじゃないんでな。さっさと尻尾巻いてどっか行っちまえ」

 

言いながら立ち上がろうとする黒髭。

そんな彼の背中に、ドレイクは声をかけ続ける。

 

「―――アタシの船はまだ一応浮いてる。アンタの船は木端微塵。

 その点ではアタシの勝ち。けど、アタシはアンタに逃がされた。その点ではアタシの負け。

 敗者として、勝者には従うさ。実際、尻尾巻いて逃げ出す以外に方法もない。

 ただ、こっちも一応の勝者だ。こっちの要求があるんだよ」

 

「あぁん?」

 

振り向く黒髭。

ドレイクは黒髭の胸を指差しながら、彼を見据えて言い放つ。

 

「アンタの持ってるお宝は頂くよ。

 ―――たとえアンタの手から離れても、そいつはアタシのものとして奪わせてもらう」

 

黒髭はここで死に、聖杯は奴らに奪われるだろう。

だがそれをドレイクは更に自分が奪ってやると言う。

 

海賊同士の殺し合いに水を差した相手に怒るように。

軽く笑って、好きにしろと返す黒髭。

自分が死んだあとの宝の配分に声を大きくする気なんてない。

 

「そんでアンタ。アンタが勝った分の取り分、足りてないだろ。

 アンタが今必要なもんは――――」

 

「要らねぇなァ、なーんにも要らねェ……だがよぉ」

 

続けるドレイクの言葉を遮り、黒髭が彼女に言い渡す、最後の言葉。

彼の目が、ドレイクの顔を正面から見つめた。

 

「代わりによォ―――テメェがこれから記す航海日誌に……

 百年後、どこぞのクズが読んで憧れるテメェの冒険譚に!!

 フランシス・ドレイクが勝てなかった、最強無敵の海賊様がいたことを記しときな!!

 俺様は黒髭、エドワード・ティーチ―――最低最悪の海賊様さァッ!!!」

 

ドレイクの返答など聞かないままに。

先程までの力の抜けた動作とは違い、またもティーチが動き出す。

連続して放たれる銃弾がヘクトールに殺到する。

しかしヘクトールは舌打ち一つ。それら全て切り払ってみせた。

 

ダンッ、とドレイクの船が揺れる。

エウリュアレとジオウを抱えたクー・フーリンが着地した衝撃だ。

 

ジオウが即座に離れていき、船の後ろについたタイムマジーンに跳び込む。

 

〈ビースト! ドルフィ!〉

 

彼が乗り込んだマジーンの頭部のウォッチがビーストに変わる。

同時にその右肩にイルカのマントが装着され、まるでイルカの如く泳ぎだした。

マジーンが操作する波に導かれ、流されていく黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)

 

それを見送りながら、ヘクトールが溜め息を吐く。

 

「気合で立て直すにも限度ってもんがあると思うけどなぁ、俺は」

 

「ドゥフフフフwwww気合でも何でもないですぞwwww

 これは拙者が今まで隠し通してきた我が左腕に封印されし闇の力……!

 今の拙者は言うなればダーク✝黒髭……!」

 

「いや、ほんと。―――アンタ。

 下につくには悪くない船長だったよ、エドワード・ティーチ」

 

銃弾を潜り抜け、そのまま金色の閃光が黒髭の胴体を一閃する。

最早流す血も残っていないか、彼の体は大した量の血液も流さない。

接近してきた彼を殴り飛ばそうとするティーチの腕が―――ぽーん、と。

斬り飛ばされて宙に舞った。

 

「そりゃどうも。拙者はヘクトール氏のような部下、もう要らないかナー?

 弊社黒髭海賊団は、貴殿の益々のご活躍をお祈り申し上げるとともに。

 それはそれとして不採用通知を返すのであった、まる」

 

腕が飛んだことに小さく舌打ちしながら、それでも笑みは崩さない。

 

そのまま続けて二閃、三閃と刻まれる槍の軌跡。

首を狙わないのは狙ってか狙わずにか。

遂に薄れていく意識の中で、黒髭の体がそのまま倒れそうなほどにふらついた。

 

そのぐらついた彼の胴体から、ヘクトールの腕が膨大な魔力の水晶体。聖杯を奪い取る。

そうして倒れそうな彼を縫い止めるように、最後に放たれた槍が胸を貫通した。

 

縫い止められた黒髭は、金色に輝く魔力に還りながら―――

しかし、最期まで不敵に笑っていた。

 

 

 

 

再生したヘラクレスは即座に反撃に移っていた。

石斧剣と大戦斧をぶつけ合い、咆哮を衝突させあう二人のバーサーカー。

アステリオスの巨体からすれば小柄にさえ見えるヘラクレス。

しかしその体格差がありながら、徐々にヘラクレスの方が押し込んでいく。

 

通常の生命では有り得ない頑強さを持つ天性の魔性。

生まれながらの怪物。アステリオスの肉体が、当然のように傷を重ねていく。

十二の試練を乗り越えた鋼の肉体。

生まれながらの大英雄。ヘラクレスの振るう攻撃が、アステリオスを凌駕する。

 

「■■■■■■――――ッ!!!」

 

咆哮とともに炸裂した一撃が、アステリオスの胸を砕く。

心臓と霊核を諸共に粉砕する圧殺の一撃。

 

「う、ぐ……あ、……!」

 

後ろに倒れそうになる体を、必死に維持する。

ヘラクレスの巌の如き表情には乱れが無い。

理性も言葉もないバーサーカーであるにも関わらず、彼は紛れもなく大英雄。

 

荒れ狂う場所と静まる場所を明確に線引きした、最強の兵器。

致命傷を負ったアステリオスを相手に追撃はない。

必要がない、と判断したからか。あるいは別の理由か。

 

「チッ、聖杯を手に入れたかと思えば今度は女神に逃げられたか。

 どうしてこうも私の邪魔をするのか……まあ、いい。

 とにかくその怪物をさっさと処分してからだ」

 

少しだけ、安堵する。エウリュアレが、あの船に乗っている彼らが。

そうして逃げ切れたのであれば、彼はそれでいいと思ってここにいるのだから。

だからこそ―――

 

「今度追いつけば、ヘラクレスならあんな沈没寸前のボロ船ただの一撃で海の藻屑だ。

 おっと、女神はどうやって捕まえるか……いやもう、船を沈めてから引き揚げればいいか。

 これだけの手間を掛けさせられたんだ、少しは痛い目を見てもらおうじゃないか」

 

やれやれ、と。イアソンは水平線に消えていく敵の船を見ながらそう呟く。

 

ああ、それを聞いて血が沸き立つ。

心臓は砕かれた筈なのに、血が頭に上り切る。

沸騰した血液が理性を剥奪しようとして、しかしそれは手放さない。

彼は狂気で暴れる怪物ではなく、理性で守るために戦う人間として―――

ここに、いるのだから。

 

顔を上げる。眼前の大英雄を睨み付ける。

大戦斧を手に、彼は血の塊を吐き出しながら咆哮した。

 

「おぉおおおおおおおおお―――――ッ!!!」

 

それで怯むようなヘラクレスではなく、彼もまた石斧剣を持ち上げる。

胸を砕かれたアステリオスの動きは凄まじく鈍い。

それを理由にヘラクレスが動きを鈍らせることなど、当然有り得ない。

アステリオスが斧を構える前に、全力で振るわれる一撃。

 

それを、彼は頭の角で迎撃した。

初めてヘラクレスの目に驚愕に似た感情が浮かぶ。

 

上から振り下ろされる石斧剣に、体を振って角をぶつけにいく。

競り合ったのはほんの一瞬。

 

ヘラクレスの一撃はアステリオスの角を打ち砕き、そのまま彼の頭部に叩き込まれた。

 

割れる頭。弾け飛ぶ様々な致命的なもの。

けどそれでも、アステリオスはまだ、生きている―――

 

天性の魔を由縁とする頑強さは、角で迎撃することで勢いを殺した攻撃で彼を即死させなかった。

彼の武器は今まさに、まだ自分の頭に突き刺さっている。

 

「―――――――――ッ!!!」

 

今ならば、アステリオスの攻撃は確実に大英雄へと叩き込める。

残された全ての力を籠め、一度砕いたヘラクレスの胸を目掛け―――

彼は声にならない咆哮とともに大戦斧を斬り上げた。

 

ヘラクレスの胸が再び粉砕され、先程と同じように腕が千切れ飛ぶ。

間違いなく致命傷。ヘラクレスが、完全に死亡する。

 

―――そして、それと同時。

完全に事切れたアステリオスが、光が解れるように崩れ落ちていった。

 

消えていくアステリオスの目の前で、すぐさまヘラクレスは再生を開始する。

アステリオスの命を懸けた一撃で奪われた命は、当然のように蘇生した。

そんなごく当たり前の結果。

 

いや、たかが化け物如きがヘラクレスの命を二度奪うという大健闘。

それを見届けたイアソンが、小さく鼻を鳴らした。

 

「人間の出来損ない。英雄に討たれるための怪物にしては頑張ったじゃないか。

 まさかヘラクレスの命を二度も奪うなんて」

 

傷を修復中のヘラクレスを見ていた青髪の少女が、イアソンの言葉を訂正する。

 

「いえ、イアソン様。

 一回目の死からの再生が完全でなかったせいだと思いますが……

 二回目の攻撃。あれはヘラクレスの命を二つ分奪ったようです」

 

「―――すると、何か? たかが怪物風情が、ヘラクレスの命を三つ奪ったと?」

 

その事実が余程気分を害したのか。機嫌を悪くするイアソン。

問われた少女は申し訳なさそうにしゅんと頭を下げた。

彼は舌打ちして、そんな彼女に仕事を申し付ける。

 

「とりあえず聖杯は手に入ったんだ。

 メディア。その魔力を使ってヘラクレスを修復しろ。もちろん命のストックもだ」

 

ヘクトールが持っている水晶体―――聖杯を見ながら、彼はそう言い渡す。

命の蘇生をしろ、と言われた彼女。

しかしそれに特に動じることもなく、簡単なことだと言わんばかりにあっさりと受け入れた。

 

「はい―――ですがその間の操舵はどうされますか?

 命三つ分の再生となれば、回復が終わるまで一日とちょっと。

 その間は船を魔術では動かせませんが……? イアソン様がその御力で……?」

 

アナザーフォーゼとなっているイアソンを見る少女―――メディア。

彼はそれに舌打ちしながら、変身を解除する。

元の金髪の男の姿に戻った彼は、当然のようにそれを却下した。

 

「なんで私がそんな事をしなきゃいけないんだ。

 終わってからお前が動かせばいいだけだろう、メディア?」

 

「は、はい。申し訳ありません……

 ですがそれでは女神に逃げられてしまいますが……」

 

怒られた事に身を竦ませる。

そんな彼女に呆れるように、イアソンはその言葉を鼻で笑った。

 

「逃げられる? 残り短い余生が少し長引いただけだろう?

 こっちにはヘラクレスがいるんだ……結果は分かり切っているじゃないか」

 

彼は体中から白煙を上げながら肉体を修復するヘラクレスに視線を送る。

怪物が悪足掻きで削った命もこうしてメディアがいればすぐに補填できてしまう。

アルゴー船に搭乗した星々の中で、何より輝く一等星。

 

それこそが彼。それこそが大英雄。それこそがヘラクレス。

彼がいることでもたらされる絶対の勝利。

それを何一つ疑うことなく、イアソンは休むために船室へと入っていく。

 

そんな彼の背中を、僅かに口の端を上げながらスウォルツはただ眺めていた。

 

 

 




 
女神エウリュアレを解放して即退散とはとんだ腰抜けの集まりじゃのうドレイク海賊団
まァ船長が船長…それも仕方ねェか………!!
ドレイクは所詮…先の時代の“敗北者”じゃけェ…!!!
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。