Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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漂・着・行・進1573

 

 

 

逃げる、というのであればただ近くの島に寄せるわけにはいかない。

あえてエウリュアレやアステリオス。

彼女たちと合流した島を離れ、どこか未だ認知していない島を探して流されていく。

 

「ねえ所長、これ何て読むの?」

 

「………今すぐ止まって修理しなさいこの馬鹿、って表示されてるのよ」

 

タイムマジーンの至る所にあるモニター。

その無数の画面が英語でエラーを吐いている様子を見て、ソウゴは同乗しているオルガマリーへと問いかけてみた。そんな彼に対して一度溜め息を落としてから彼女は答える。

 

「そう言われてもねぇ」

 

どうしようもないよね、と諦めるように呟くソウゴ。

 

タイムマジーンのセンサーで索敵しながら、未知の海域を埋めていく。

未だに上陸して船の修理が出来そうな島は見当たらない。

そんな中でオルガマリーが空の映像を見ながら、ぼんやりと呟いた。

 

「一度大きく上に飛んで辺りを見回してみたいところだけど……」

 

「派手に飛んだら相手からも見えちゃいそうだよね」

 

今であればフォーゼアーマーでの飛行になるだろうか。

ロケットを全力で吹かして飛び上がれば、さぞ目立つことだろう。

 

「わかってるわよ。流石にまだ派手には動けないわ」

 

再び溜め息。数時間この状態での航海が続いている。

後ろからアルゴー船が追ってきている気配はないが、油断はできない。

 

そのまま船を水流で押し流しながらの移動を継続しようとして―――

コンコン、とマジーンの顔を小突く何かが視界に入ってきた。

音に導かれるまま、モニターに映るその何かを見る。

 

「え?」

 

それは丸い胴体を持った、小さな鳥のような機械だった。

先端の嘴のような部分でマジーンをつつき、こちらの気を引いている様子だ。

 

「これは……」

 

〈サーチホーク! 探しタカ! タカ!〉

 

その鳥らしきものはそんな音声を流しながらマジーンから離れ、飛行を開始した。

まるでこちらに着いてこいとでもいうかのように。

 

明らかに怪しいが―――……怪しいからこそ、ウォズの先導の可能性もある。

少なくとも、ソウゴ関連の品ではあるだろう。

マジーンの操縦桿を少し戻し、一度機体を止まらせたジオウ。

 

彼の顔がオルガマリーの決定を伺う。

 

「どうする、所長?」

 

「……ここは着いていきましょう。

 少なくとも、アルゴー船の連中ではなさそうだから」

 

その彼女の言葉に頷いたジオウが、再度操縦桿を押し込んだ。

タイムマジーンが進行方向を変えて発進する。

飛行するタカ型ガジェット―――タカウォッチロイドの先導に従って。

 

 

 

 

ぼう、と海原を見つめているエウリュアレ。

マシュはそんな彼女に対して歩み寄り―――何と声をかければいいのか、と。

そこのところがまるで考えつかないのか、声を詰まらせて黙りこくった。

それを見かねて溜め息一つ、エウリュアレの方から口を開く。

 

「何よ、わざわざ寄ってきてだんまりだなんて」

 

「あ、いえ……その……アステリオスさんのことで」

 

ええと……となどと言いながら悩みだすマシュ。

言葉を選んでいる彼女に対して、エウリュアレはまた盛大に溜め息を吐いた。

 

「……なに? 私があいつが消えたことに落ち込んで黄昏ているとでも思ってたの?」

 

「……違うの、でしょうか?」

 

首を傾げてみせるマシュに、むっとした様子のエウリュアレ。

そんな彼女は当然のように当たり前だと首を振る。

 

「サーヴァントなんだから結局のところ、最後には消えるものでしょう。

 ―――あいつが化け物じゃなくて人間でありたいと。

 そう思いながら必死に戦って死んだというなら、私に言う事は何もないわ。

 せいぜいが……お疲れさま、ってとこよ」

 

そう言って彼女はぷい、とマシュから顔を背けた。

彼女の視線は再び海に向かう。

 

「私は別にアステリオス個人に肩入れしていたわけでもないもの。

 ただ私は……成ってしまった化け物を、もう二度と、恐れたくないだけ。

 だって恐れる必要のない相手が化け物になった程度で怖がるなんて―――

 馬鹿らしいし―――かわいそうじゃない。それだけなんだから……」

 

ミノタウロスになったアステリオスと、化け物になった誰かを重ねているのか。

そして、その時に目を逸らしてしまったことを後悔するように。

彼女はただ水平線の彼方を見つめている。

 

「……もし、エウリュアレさんが―――

 アステリオスさんを通して、他の誰かを見ていたのだとしても……

 それでも彼は、貴女に救われたのだと思います。

 彼の名を……怪物(ミノタウロス)ではなく、雷光(アステリオス)と呼んだ貴女のためだからこそ―――

 きっと彼はあの時、迷わず命を懸けられた」

 

アステリオスの心情。

彼が自分という存在にどれほど苦悩していたか、マシュには分からない。

けれど彼の語った言葉を聞いていたマシュは、全てではないにしろ感じる。

アステリオスが、エウリュアレにどれほど救われたと感じていたのか。

 

「――――うるさいわね。ダサ盾女。あっち行きなさい」

 

そんな言葉を向けられても、彼女はマシュに顔を向けることもしない。

そのまましっしっと手を振るエウリュアレ。

 

「ダサ盾っ、……! わたしの盾はダサくないと思います!」

 

「盾じゃなくて盾を持ってるアンタがダサいって言ってるの!」

 

どこにキレてくるのか、とエウリュアレが怒鳴り返す。

すると彼女の予想外。マシュが怒鳴られて肩を落としていた。

 

「うぅ……それは、意見が分かれるところではありますが……」

 

「何でそこで引っ込むのよ!? ちゃんと言い返してきなさいよ! あーもう!!」

 

そんな態度にエウリュアレが遂にマシュへと振り返り、地団駄を踏んだ。

 

 

 

 

「蘇生能力……死んでも生き返る、ってこと?」

 

「ああ。野郎はな、十二回殺して初めて倒したと言えるような存在だ」

 

立香の問いにランサーはそう答えた。

 

――――大英雄ヘラクレス。

その宝具の銘こそは、“十二の試練(ゴッドハンド)”。

彼の大英雄が達成した偉業の果て。

神の祝福により得た不死性により、肉体を絶対の鎧と変える宝具。

 

一定以下の威力の攻撃を一切受け付けない純粋な防御力もまた圧倒的ながら―――

その真骨頂は、死亡した際の自己蘇生能力。

彼が有する命の数は越えた試練の数。つまり十二の命。

 

「一応、野郎の肉体の防御を突破してなお威力が有り余るような一撃なら……

 命一つ分の生命力じゃ耐え切れず、複数の命を奪うようなこともできるだろうがな。

 例えば騎士王の聖剣みてえな宝具なら、って話だが」

 

「アーサー王の?」

 

最初の特異点。特異点F、冬木。

その戦場、大聖杯を背にする騎士王が放った、あの漆黒の輝きを思い出す。

今はランサーだが、キャスターであったクー・フーリンの宝具も消し飛ばされていた。

 

マシュの盾によって何とか防げたが―――

クー・フーリン曰く、それは相性による問題も大きいらしい。

 

ふと、ランサーは空を仰いで頭を掻いた。

 

「……そういや、お前さんたちは直接会ってなかったな。

 最初の特異点にいたバーサーカーはあいつ……ヘラクレスだったんだよ。

 そんでセイバーの奴は、あいつをご自慢の聖剣で消し飛ばして脱落させたわけだ。

 前にも言った通り、その後湧いて出たあいつの影はずっと森にいたがな」

 

やれやれ、と肩を竦めるランサー。

とにかくバーサーカーを撃破するためには、騎士王のエクスカリバーに匹敵する何かが必要。

そういうことになるのだろう。

だが言うまでも無く、こちらの陣営にそれだけの破壊力を持つ宝具はない。

 

そんな状況だというのに、彼は軽く更に難易度は上がると付け加える。

 

「ああ、あとついでに言っとくが今回のヘラクレスはその時以上だぜ。

 後ろにあの女狐がついてるんだ。もう一人の方はまあいいとして……

 冗談でも何でもなく、あの時の騎士王さえ普通に押し切られるかもしれねぇな」

 

「女狐……あの後ろの、アナザーライダーと一緒にいた青い髪の女の子?」

 

立香のいた場所からは、彼女のことはよく見えなかった。

ただぼんやりと見た感じでは儚げな少女、という印象だったように思う。

はて、と首を傾げる立香から、バツが悪そうな顔をして顔を背けるクー・フーリン。

 

「ああ……コルキスの王女、メディア。

 魔術の名手、魔術師というカテゴリでは最高峰なのは間違いない。

 それがヘラクレスに対して万全のバックアップを整えてるなら―――

 ちと厄介、で済む話じゃない。オマケに戦場はアルゴー船になるだろう。

 そうなれば、あいつの神殿内でヘラクレスと戦うに等しい」

 

「うーん。ただでさえ強いヘラクレスが更に、ってことだもんね」

 

腕を組んで考え込む立香。

そんな彼女に対して、通信機からの声が届いた。

 

『流石に相手が悪い。可能ならば、協力できるサーヴァントを探したいところだ』

 

悩ましいとばかりの色を浮かべたロマニの声が届く。

その内容は今までの特異点でそうしてきたように、この特異点に召喚されているだろうはぐれサーヴァントとの合流の提案だった。

 

『これは希望的観測になってしまうかもだけれど。

 もし黒髭海賊団ともアルゴー船団とも合流していないサーヴァントがいれば……』

 

「戦力になってくれる可能性が、ある?」

 

彼女がロマニに対して応えた声は、そんなに硬い声だったろうか。

そんな彼女の声を聞いたランサーが軽く吹き出し、笑い声をあげた。

むむむ、と。彼を軽く睨みつける。

 

「……まあ、気楽に構えとけよ。今から気ぃ張ったってしょうがねえからな」

 

彼の手が立香の肩を軽く叩く。

 

―――彼女の方こそ、ソウゴに言ってやったせいで力みすぎていただろうか。

小さく溜め息を吐いて、無駄に入っていた力を抜く。

そのままついでに、と尻を叩こうとするランサーの手を迎撃した。

 

力は抜けたが感謝の気持ちも一緒に抜けて消えたよ。

そんな表情でランサーを見上げる。

 

軽く笑いながら叩かれた手をひらひら振って、彼はそのまま歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

そうして、タカウォッチロイドの導きの先。

タイムマジーンに流される船が一つの島に到着した。

 

浜辺に船を打ち揚げて、そのまま砂浜に歩き出すタイムマジーン。

頭部のビーストウォッチが離脱し、ジオウウォッチへと変更。

そんなジオウウォッチの顔を右へ左へ振って、周囲を確認するが―――

 

「あれ? あの鳥みたいなのどっかいっちゃったね」

 

「……大丈夫よ。いきなり攻撃されたりは……しないはず、しないわよね?

 私間違ってないわよね……?」

 

おっかなびっくり、周囲の状況を各種センサーで探るオルガマリー。

ぴょこぴょこ飛び出すウインドウを動かしては、その表示を確かめていく。

 

「所長って無駄に心配性じゃない?」

 

「あんたが過剰に楽天的なのよ……!」

 

言いながら探査を実行する手は止めない。

いてもやることがないので、ジオウは搭乗ハッチを開いて外に飛び出した。

 

船の海賊たちも総員降りて、砂浜に寝転がっている。

一応船の状態を確かめているものもいるが、大半は仕事放棄だ。

それも仕方ないだろうが。

 

「―――さて、どうやって修理するかねぇ。

 新しい船造った方が早いんじゃないかって気もする派手な壊れっぷりだけどねぇ」

 

ド派手に壊れた船を見て、いっそ感心する様子のドレイク。

そんな様子を見ながら、ジオウがホルダーに装着したウォッチを確認する。

数時間の航海を置いたおかげ、使えなくもないだろうが……

 

「うーん、流石にもう少し時間が欲しい……」

 

「君たちはまず休みたまえ。キャプテンたちもそうだが、あれだけ戦った後だ。

 まず第一に休息をとるべきだろう。周辺の警戒はサーヴァントに任せておけ」

 

そう言ってジオウを背中から押すエルメロイ二世。

振り返ってみると、彼は浜辺から少し離れた森林を指示している。

 

「私が最低限の結界を張る。君がすべきことは、まずそこで休むことだ」

 

「でもそれじゃ……」

 

時間はここにきて有限、貴重なものだ。

すぐに相手が攻めてこないとも限らない。どれだけ手があっても足りないかもしれないのだ。

だったらここで休むようなことをするよりは―――

 

そう主張したい、と理解しているエルメロイ二世が呆れるように溜め息。

そうして彼は後ろにいるタイムマジーンに振り返った。

 

「そのためにトップのオルガマリー・アニムスフィアがいるのだろう」

 

タイムマジーンを見上げながら、そういう彼。

マジーンの頭が小さく首を縦に振った気がした。

そして更にマジーンが手をしっしっ、と彼を追い払うように動かされる。

 

―――トップからまでそう言われては仕方ない、と。

ソウゴと立香、マシュ。エウリュアレは休憩へと入った。

ドレイクを始めとする海賊たちもまた同じように。

 

 

 

 

彼らを休ませているうちに、サーヴァントたちが状況を見渡す。

果たしてどこから手を付ければいいのか、と。

ネロが小首を傾げながら疑問の声をあげる。

 

「ふーむ。それで、何から始めればよいのだ?

 流石に余とはいえ、船を直すのはちと難しいぞ?」

 

大破している船を見据え、難しい顔をしたネロがそう呟く。

もはやこれは修理、という言葉で済む話ではない規模だ。

それこそ船大工のサーヴァントでもいなければ話にはならないのではないか。

 

「そんなことは求めていない」

 

そんな彼女の言葉をばっさりと切り捨てて、二世は溜め息一つ。

彼の言葉にむむむ、と顔を顰めるネロ。

まるで船を直す気がなさそうなその言葉に、ジャンヌが首を傾げた。

 

「では、船はどうするのですか?」

 

「そんなものソウゴ……ジオウの力で直せばいい。先の戦いで修理機能を見せていただろう。

 時間経過であれが再度使えるようになるなら、タイムマジーンと船。

 両方ともそれで直せばいい」

 

きっぱりと自分たちが手を出す必要はないと断言。

こちらが無駄に時間を掛けるより、出来る力を回復させてからやればいい。

彼はそうあっさりと割り切って、やるべきことを別の視点で見る。

 

そして彼は問いかけてきたジャンヌを逆に見返し、問い返す。

 

「そちらは?」

 

少し逡巡していた彼女が、己の感覚に捉えている気配を改めて探査する。

場所は動いていない。一か所に固まっているままだ。

 

「動きはありません。奇襲が目的、というわけではなさそうです」

 

二世の言葉と、ジャンヌの返答。

それを聞いて状況を理解したオルタが呆れたように声をあげた。

 

「なに、もしかしてこの島サーヴァントいるの? だってのに休憩を優先させたわけ?」

 

「こちらから動くより、私の陣に誘った方がいいとの判断だ。

 どうせ陣の中で待ち受けるなら、その時間は休憩に使えるというだけさ」

 

「海の上じゃ役に立たなかったものねぇ、それ」

 

嫌らしい微笑みを浮かべながらそう言うオルタ。

憮然とした表情で、しかし事実だと認めて黙り込む二世。

せっかく張り直したにしても、海上で石兵八陣は使えない。

 

そんな彼が出してきたのは、白と黒のジャンヌが入れ替わるような作戦。

わざわざそんな気に食わない戦術を出した罰だ、と言わんばかりに。

ニヤニヤしながら、彼女の視線は彼の嫌そうな顔を眺めていた。

 

「ふむ、ならばとりあえずは待ちの一手か……?

 しかし正体くらいは余たちだけででも見ておいた方がよいのではないか?

 最悪、追ってきたアルゴノーツと挟み撃ちにされよう」

 

水平線に船の影が見えないことを確認するネロ。

最初から敵の到来は考えていなかった二世が、言葉を詰まらせた。

 

「む、恐らく速攻の追撃はなかろうが……」

 

確信を持っている様子のエルメロイ二世の言葉。

それに対し、何故そうなるのかと首を傾げるジャンヌ。

 

「追撃はない、のですか?」

 

「厳密に言えば追撃しない、っつーよりは戦場に陸は選ばない、だろ。

 こっちの船とアルゴー船の性能差は明確に相手の有利だ。

 普通に考えれば、相手は戦場に海上を選びたいだろうさ。普通に考えればな」

 

ランサーはエルメロイ二世が抱いた確信の骨子をそう語った。

海という戦場において、有利はどう見てもアルゴノーツが取っている。

 

言ってしまえば、海上での戦闘ならばヘラクレスに船に乗り込まれるだけで決着する。

ヘラクレス自身の攻撃が船に与える損傷もそうだが―――

彼を撃退するための一定以上の威力の攻撃。それが同時に船に対し牙を剥く。

 

そうなればヘラクレスの撃退如何に関わらず、沈没は確定事項だ。

あの大英雄を支えられるアルゴー船は、通常の船と比較できるものではない。

 

だからその優位をわざわざ捨てるような手段はとらないだろう、という話。

そういう状況なのだから、当然アルゴノーツはそうするだろう、という思考。

それがエルメロイ二世の推測だった。

 

片目を瞑りながら、ランサーはしかしそれを否定した。

 

「だがそれは()()()()()()()()()()()()()()、って前提を入れりゃ話が別だ。

 そんで多分、あのイアソンの野郎は間違いなくそう思ってるだろうさ」

 

そんな小細工など必要なく。海上でも、天空でも、地上でも。

あらゆる状況でヘラクレスは史上最強と信じているのなら、策など弄する必要がない。

 

こめかみに指をあて、軽く目を細めるエルメロイ二世。

わざわざ完全有利、圧勝できる陣容の放棄。

それが船長のすることなのか、と頭痛を堪える構えだった。

 

「―――それならそれで、地上で待ち受けヘラクレスを足止め。

 ソウゴの飛行能力でアルゴー船に接近し、イアソンを仕留めるが最良だな。

 ……仕方あるまい、こちらからはぐれサーヴァントに接近するべきか」

 

「ふむ。敵……かどうかはまだわからぬのか。相手は何騎なのだ、ジャンヌ」

 

ネロからの問いにジャンヌが、イマイチわからないという表情を浮かべる。

何か、サーヴァントか何なのか判らないものが一つ感じられるのだ。

しかしそれを一応含めると―――

 

「3……いえ、4? でしょうか」

 

「そんなにおったのか!?」

 

驚愕するネロ。

数だけならばもはやアルゴー船の船と同じ数だ。

仲間として引き込めた場合は、これ以上ないほどの幸運だろう。

 

とはいえ、あれを無敵の船にしているのは数ではなく質。

ヘラクレスという名の絶対的な個。

サーヴァントが何体いようとも、そこを突き崩せないということは十分ありえる。

 

どちらにせよ接触してみなければ状況は動かない。

まだ四人纏めて敵である可能性さえ残っているのだから。

肩を竦めたランサーが周りを見回して、偵察隊を決める。

 

「……俺とセイバー、あとはアヴェンジャーだな。

 キャスターとルーラーはこっちでマスターたち守って―――」

 

「っ、三体が動き出しました! こちらに向かってきます―――!」

 

言われ、彼女が視線を向けていた方角に疾走を開始するランサー。

それに僅か遅れながら、ネロとオルタも走り始めた。

 

 

 

 

「タースーケーテー!」

 

ぽむぽむと足音を鳴らしながら、小さな熊のぬいぐるみみたいな生物が疾走する。

彼? の後ろからは銀色の髪の美女。そして獣の耳を持った翠髪の美女。

銀色の髪の美女は浮遊しながら彼に迫り、捕まえようと手を伸ばす。

 

「うふふふふふふ! 逃ーがーさーなーいーわーよー!」

 

伸ばされる美女の腕。

それをその短い手足でどうやって、と言いたくなるほど巧みに回避。

そのまま逃げ切ろうとして―――

 

「もー! アタランテ! やっちゃって!」

 

「はぁ……」

 

死ぬほどどうでもよさそうに弓に矢を番える翠の美女―――アタランテ。

彼女の手で疾風の如く放たれる矢。

 

熊を背中から迫ってくる、そのぬいぐるみの如き体を射止めんとする一撃。

悲鳴を上げながらも、それをギリギリ回避してみせる熊。

 

「なんで俺がこんな目に!? ―――いや、待てよ?

 このままアタランテに走りで勝ったらアタランテは俺の嫁に……!?

 ごめんなさいウソです冗談です無言で連射しないでぇえええ―――っ!!」

 

アタランテの攻撃が苛烈さを増し、矢の雨となって降り注いだ。

直撃こそしないが、全ての矢が彼を僅かに掠めて少しずつ削り取っていく。

彼女は明らかにわざと掠らせ苦しめてやろうという気持ちで矢を放っていた。

 

「うふふ、ダーリン。そういうこと言い出すからこーんな目にあうんでしょー?」

 

「ただ男同士で女の子の趣味話してただけですけど!? ぷぎゅる!?」

 

そうして、遂に彼は上から押し潰されるように捕まった。

ぐりぐりと地面に擦り付けられる熊さん。

それを実行している女性は、目を見開いて瞳を爛々と輝かせている。

 

「じゃあなんでその結論が『後腐れの無い子』になるのかなー?」

 

「それはほら、男同士でそういう話してると自然とね。本音がね。

 ちょまっ、ぶぎゅるるるるるっ!?」

 

更に追撃が入る。

そのやり取りを溜め息を吐きながら見ているアタランテ。

 

―――そんな彼女に対して、高らかに響く声が届いた。

 

「その名を聞いたぞ、麗しの女狩人―――アタランテ!!」

 

咄嗟にそちらを向いた彼女に目に映るのは、真紅の剣士の姿。

女神の従者の真似事をしていた彼女が、一瞬で狩人に戻る。

天穹の弓(タウロポロス)”を手にした彼女は、いつでも疾走できる状態に。

 

「何者だ」

 

「余こそローマの赤き薔薇。皇帝、ネロ・クラウディウスである!!

 よもやこちらの行動をこうまで先読みしていようとはな……

 アルゴー号船長、イアソン! 思いの外、策士であったようだ―――!

 だが覚悟せよ、アルゴノーツ! ここより先へは通さぬぞ―――!!」

 

剣を一振りし、その刀身に炎を漲らせる。

しかし戦闘態勢に入ったネロとは対照的に、アタランテが呆けた。

まるで予想していなかった名前を聞いた、と。

 

「なに、イアソン? お前たち、まさか……」

 

「行くぞ、美しき狩人よ―――!」

 

炎とともに赤きセイバーが踏み込んだ。

火炎に燃える刃の煌めきを前にしてしかし、アタランテは無言で弓を下ろした。

その予想外の対応に彼女が足と剣を止める。

 

「む……? 何故構えぬ―――?」

 

問いかけられても彼女は構えない。

それどころか、手の中から完全に弓を消してしまった。

木の上で熊たちのコントを見ていたランサーも飛び降り、木陰にいたオルタも姿を現す。

 

熊を潰していた女性も、彼を解放してきょとんと周りを見回していた。

 

姿を見せたオルタに対し、彼女が僅かに目を細めた。

しかし何も言わないままに踵を返す。

 

「―――そうか、遂に来たか……着いてこい。

 お前たちの求めるもの―――“契約の箱(アーク)”は、この島にある」

 

そう言って歩く彼女の背中に、オルタの声が刺さる。

 

「………それ、何の話?

 っていうか、マスターたちが海岸にいるから合流してからでいいかしら?」

 

イアソンと敵対しているのに“契約の箱(アーク)”を知らない。

そんな事を言われて、アタランテの歩みが完全に停止した。

熊を顔の傍まで持ち上げた女性が、その熊に対してぼそぼそと小声で囁きかける。

 

「ねぇねぇダーリン、今の『着いてこい』を『何の話?』で返されるの。

 ちょっとカッコ悪かったね」

 

「しっ! ちょっとした行き違いだ……! ただちょっとタイミングが悪かっただけだ……!

 今から説明すれば丸く収まる話なんだから波風を立てるな……!」

 

ふるふると震えるアタランテ。

だがわざわざ言葉にしたそちらの女性にキレるのは憚られたのか。

はぁ? という顔をしているジャンヌ・オルタ。

彼女に対してギロリ、と鋭く尖った視線を向ける。

 

「そもそも! 何で貴様のような奴がここにいるのだ!?

 ただでさえ元の聖女の方も気に食わんのに、人をバーサーカーにしてくれた聖女の偽物!!

 そんな奴がカルデア側になって湧いて出るなどどんな冗談だ!!」

 

「聖女の方もいるわよ」

 

「最悪だな!!!」

 

最近、精神を追い詰められる現実が多すぎる。

そう思いながら、アタランテは怒りに任せて叫ぶ。

彼女はこの現実の不条理を嘆き祈るべき神、スイーツ系女神は横にいるという現実に絶望した。

 

 

 


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