Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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友・情・突・破2011

 

 

 

「ちっ、ヘクトールの奴め……まあいい、どうせ奴は保険だ。

 ヘラクレス一人でどうとでもなる」

 

相手の隔離結界に囚われ、姿を消したヘクトール。

その状況を苛立ちとともに眺めながら、彼はそう吐き捨てた。

最初からエウリュアレを連れてこさせるための運用で、戦力として考えていたわけではない。

 

そんな彼の隣で、ぴくりと小さくメディアが肩を揺らした。

彼女が顔を上げて浜辺から視線をずらす。

 

「イアソン様、聖杯の魔力が……」

 

「なに……?」

 

メディアの視線を追うイアソン。

 

彼女が見る方向はアルゴー船が乗り付けた浜辺ではない。

そこからでは島の切り立った崖の陰となり、視界を遮られて見えない場所。

崖の陰から徐々に、隠れていた黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が姿を現していた。

 

「………エウリュアレを囮にして、聖杯を持った海賊だけ逃げる気か?

 ―――そんなことが、このアルゴー船を前に出来ると……」

 

アナザーフォーゼがその船首に立つ相手を見て、僅かに首を揺らす。

 

獣の耳、翠の髪、森を駆けるためのしなやかな肢体。

まさしく獣の如き狩人である一人の女性が、そこに立っていた。

彼女はその弓を天に向かって番えている。

 

「ッ、マスター! アタランテの宝具が来ます……!」

 

メディアの悲鳴に近い声。彼女が即座に防御のための魔術を展開する。

その防御魔術の外にいるスウォルツは、ただ小さく肩を竦めた。

 

「―――我が弓と矢をもって二大神……太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)に願い奉る」

 

天を睨むアタランテが“天穹の弓(タウロポロス)”に番えた二本の矢を解き放った。

一直線に空へと飛び去っていくその矢は、彼女の訴えを託した神への矢文。

蒼穹の中へと溶けて消えた矢は、つまり彼女の言葉が神へと届いた証左―――

 

「“訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)”――――!!」

 

彼女の宝具の真名解放。それと同時に―――

 

「あ、ダーリン。私に願い奉られちゃった」

 

「お、おう。早く矢の雨降らせてね? あ、俺の頭は撃ち抜くなよ? 絶対だぞ?」

 

彼女の背後にいる女神が、彼女の神体までそれが届いたことを確認して声をあげた。

 

願いを立てた本人は、そんな後ろの声を極力聞かないようにしながら―――

怪物となったイアソンを強く睨んだ。

 

直後、空から無数に降り注ぐ光の矢。

それはまるで雨のように、しかし破壊力を伴ってアルゴー船へと降り注ぐ。

メディアの防御魔術と言えど、それだけで守り切れるようなものではない。

 

足でアルゴー船の甲板を苛立たしげに叩き、アナザーフォーゼが顔を上げる。

 

〈ガトリングゥ…!〉〈エアロォ…!〉

 

同時にアルゴー船上に巨大な回転式機関砲と巨大ファンが同時に出現。

ファンが即座に回転を始めて、矢を逸らすほどの突風を起こす。

更に逸らされ当らないような矢は無視し、ガトリングが残る矢を迎撃し始めた。

 

その迎撃態勢を突破する矢はあったが、少数ではメディアの守りを突破できない。

スウォルツにもまた一本たりとも矢は届くことなく、光の雨は止んでいた。

 

微かに舌打ちして弓を構え直すアタランテ。

苛立ちは留まることは知らず、イアソンの怒りは積もりに積もっていく。

 

「………そうか、そうか。貴様はそんなところで、アルゴー船に牙を剥くんだな。

 所詮は獣育ち、人の叡智であるこの船には馴染めないか」

 

天を仰ぐアナザーフォーゼ。

その態度に軽く鼻を鳴らしたアタランテは、彼に矢を向けた。

 

「少なくとも、汝の下では馴染めなかったよ。イアソン」

 

「そうか、それはすまなかったな。

 ―――そればっかりは、獣の知能に程度を合わせられなかった、オレの落ち度だよ」

 

〈チェーンアレイ…!〉

 

低く呟く彼の言葉と同時に、アルゴー船に繋がれた巨大な鉄球が出現した。

 

アナザーフォーゼの目が、メディアに対して向けられる。

反応したメディアの振るった杖が、その鉄球から重量を消し去った。

そのまま巨大ファンの起こす突風で、重量を持たない鉄球が飛んでいく。

 

「チッ……!」

 

アタランテの弓では、あの鉄球を砕くことはできまい。

多少の力を加えて逸らしたところで、風とメディアの魔術がすぐ補正するだろう。

 

鉄球がドレイクの船に着弾しようというその瞬間、メディアの魔術が打ち切られる。

一気に重さを取り戻して船に襲い掛かる鉄槌。

それに顔を顰めたアタランテは―――

 

彼女の横に並ぶように出てきた白い旗の聖女に、より一層その顔を顰めさせた。

 

飛来する鉄球を旗で殴り返し、海の中に弾き飛ばすジャンヌ。

その威力に痺れる腕を振るわせながら、彼女はアタランテに向き直った。

 

「行きましょう、アタランテ―――!」

 

何の憂いも無い顔。彼女とのいざこざなど知らない表情だ。

軽く視線を逸らしてから、小さく溜め息。

 

「……そうか、この感情を感じているのは私の方だけか……

 それどころではないと分かってはいても、腹立たしいことだ―――!」

 

アタランテが沸き上がる苛立ちを全てぶつけるように放つ矢が、イアソンに向けて殺到した。

 

 

 

 

ガシャンガシャン、と。

タイムマジーンの足が地面を踏み締め走っていく。

周囲の木々を何でもないように薙ぎ倒し、通った道を塞ぎながらだ。

その機体の掌の上でしがみ付いているエウリュアレが、後ろの光景に息を呑む。

 

「ちょっと! どんどん追いついてきてるわよ!!」

 

こちらが走りながら薙ぎ倒してきた木々。

それを同じように走るだけで薙ぎ払いながら、ヘラクレスは追跡してくる。

マジーン内部で表示されたマップを確認して立香が小さく呟く。

 

「飛んでいくべき……?」

 

「こっちが飛んでヘラクレスの追跡方法が変わったら不味いでしょう……!

 あの場所を跳び越えられたら意味がない。きっちり走って誘導するわ……!」

 

そのまま疾走を継続するタイムマジーン。

だが後ろのヘラクレスの疾走速度は、タイムマジーンのそれを上回っていた。

じりじりと詰め寄られていく彼我の距離。

 

そのまま走り続けて―――森を抜けて、平野に出た。

瞬間。マジーンの頭部が弾けて、新たなウォッチが装填される。

それは赤と黒のライドウォッチ。

 

〈ドライブ!〉

 

「ソウゴが変わった……! ここからなら……!」

 

立香がそれを把握して、オルガマリーの顔を見る。

彼女もそれに頷いて、走らせていたマジーンの両足を地面に下した。

車輪としての性能を得たタイムマジーンの両足が、車両としての走行を開始する。

平野をこれまでとは比較にならない速度で走行していくタイムマジーン。

 

速度を上げた敵に対して、ヘラクレスが小さく唸った。

彼の追跡速度を上回っている速さ。

 

彼もまた森を抜けて平原に至る。

それでもただ一直線に走り続ける神霊を抱えた目標の存在。

ヘラクレスもまた走りやすくなったその場所を、全力で駆け抜けていった。

 

―――マジーンが、右手に見える小高い丘に沿うように緩やかなカーブ走行を描く。

当然のようにヘラクレスもそれに追随する。

その壁に沿うようなコース取りで走り続けていると―――

 

丘の真横に空いた洞穴の中から、絶対の死の気配を感じ取った。

一瞬だけ、狂気さえも揺らぐほどの生への本能が溢れる。

 

だが、関係ないだろう。

そんな代物がその奥にあるのだとして―――だからと言ってどうということはない。

ただ、こちらから近づかなければいいだけの話なのだから。

 

狂気とイアソンの指示に身を任せて活動している中、一瞬だけ訪れたヘラクレスの思考。

その合間に差し込むように、彼を一発の光の弾丸が襲っていた。

 

〈スレスレシューティング!!〉

 

その洞穴とは逆方向に隠れていたのか、別の相手がヘラクレスに銃を撃ち放っていた。

だが彼の本能には危険信号は訴えかけない。

あの程度の威力ならば、彼の肉体には何の傷ももたらさない。

だからこそ彼はそのままエウリュアレを追いかけるべく一歩を踏み出して、

 

光弾を受けて、体にカーブを描く矢印が浮かび上がった。

彼はそのままエウリュアレを追いかけるつもりで踏み出して―――

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――ッ!?!?」

 

ありえない軌道を描いてカーブするヘラクレスの体。

即座に彼がブレーキを踏み、更に一歩を踏み出したところで力尽くで停止する。

 

その一歩を導いたものこそ、マッハウォッチを装填したジカンギレードの一撃。

役目を果たしたその武装を放り捨てたジオウ。

彼の腕がそのまま、ドライバーと装填されたウォッチを叩いていた。

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉

 

作戦地点へと辿り着いたマジーンは、エウリュアレを下ろしてエアバイク形態に。

すぐさまジオウの元へと飛来するタイムマジーン。

一度飛び跳ねたジオウが空中でマジーンを蹴って加速する。

 

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

 

「はぁあああああ―――――ッ!!!」

 

ドライブアーマーが一条の光となり、洞窟の入り口で立ち止まったヘラクレスに突撃した。

振り返り、その光景を見たヘラクレスが理解する。

これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

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なるほど、と。彼は狂戦士ながら静かに納得する。

だが、彼らは大きく勘違いしていることがあるようだ。

 

イアソンが持つ、ヘラクレスの力への信頼。

最早信仰にさえ似た、他の何よりヘラクレスに対する絶大なる感情。

彼らはそれをこの上のない、隙であると見たのだろう。

―――勘違いしているのはそこだ。

 

イアソンはヘラクレスの力を、誰より信じているというわけではない。

何故ならば――――

 

「■■■■■■■■■――――――ッ!!!」

 

石斧剣でもって、彼はジオウを迎撃する。

空中でぶつかり合う彼の蹴撃と、斧剣の一撃。

互いに弾けあう、なんて結果で洞窟に押し込まれるならそれはつまりヘラクレスの敗北だ。

 

ならば、と。全身に力が漲る。

足場も何も周囲に全ての何もかもを粉砕してでも目的を果たすと決定する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

船という破壊してはいけない戦場。エウリュアレという破壊してはいけない目標。

注意を向けなければならない諸々がある故、越えなかった一線の一切合切を放棄する。

 

ヘラクレスの瞳が赤く狂気の光を灯し、その能力値が1ランク上昇する。

当然のように彼は、石斧剣の一撃でもってジオウの一撃を打ち払った。

 

「ぐぅ……ッ!?」

 

イアソンが最も彼を信じているのではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼は自身が最強であるという確信を持って戦場に立つ。

否、己の力を疑いながら戦う英雄なんぞいるものか。

 

どのような状況だろうと、己の力で突破してみせるという意思。

その意志を抱き突き進んだ結果、彼は英雄となったのだ。

彼を大英雄という一等星に昇らせたのは、他の誰でもない彼自身なのだから。

 

イアソンとヘラクレス。

二人の関係は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

―――否。そうして輝き続けた英雄だからこそ、イアソンすらもが彼に憧れた。

 

弾き返されたジオウを追い、そのまま洞窟から飛び出そうとするヘラクレス。

そこに―――

 

〈メテオ!〉

 

青い流星と化したタイムマジーンが、洞窟を出た瞬間の彼に激突した。

コズミックエナジーで全身を覆った尋常ではない速度での直撃。

その一撃は彼にさえも届き、確かに傷を負わせる。

だが傷を与えた程度で、否。命を奪ったとしても、ヘラクレスは止まらない。

 

僅かに洞窟内に押し戻されるに留めたヘラクレス。

対して、激突で弾き返された勢いのまま、地面に墜落するタイムマジーン。

 

再び疾走を開始しようとしたヘラクレスが、握った拳の手応えの無さに一瞬だけ停止する。

彼の手にあったはずの石斧剣が、今の激突の衝撃かその手の中から失われていた。

破壊し尽くすための凶器を求めて、唸り声を上げ周囲に視線を巡らせるヘラクレス。

 

それは今しがた墜落した、タイムマジーンの傍に転がっていた。

その事実を認識したがゆえに、そちらに突撃しようとし―――

 

その一瞬の停止の内に打ち上げられた白いロケットが、空に翔け上がる光景を見た。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

空中でループを描き、その勢いのまま飛んでくるジオウ。

その姿がロケットそのものに変形し、回転しながら突撃を敢行した。

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「宇宙ロケットきりもみキィ―――――ック!!!」

 

直進してくる更なる一撃。

ヘラクレスはまるで船上での戦いの再現のように、両腕を構えてそれを迎え撃つ。

 

再度ジオウとヘラクレスが激突する中で、マジーンの中でオルガマリーが身を起こす。

修理されて復調したばかりのマジーンは、再び無数のエラーを吐き出していた。

彼女がすぐ傍に倒れている立香の肩を揺らしながら、外を見る。

 

「………っ、なんてデタラメ……!」

 

回転しながらぶつかるジオウと、それを腕で押し留めるヘラクレス。

 

一度目の戦い、船上ではある程度押し込めたはずだ。

だというのに今度の衝突では、ヘラクレスを一歩分も押し込めていない。

 

―――船上と言う足場の悪い状況と、陸地の上。

ただそれだけでああも変わるなんて、思ってもいなかった。

 

本来十二回殺さねばならないものを、ただの一回押し込めば終わるようになる。

そんな字面だけのことで、この戦いが簡単なものになると錯覚した。

 

けれど、始めてしまった戦いに、今更四の五の言っていられない。

 

「………っ! だったら……!」

 

マジーンの装備は、ジオウが換装したことでフォーゼになっている。

巨大なロケットユニットが装備された状態。

ならばこれを撃ち込むことで、ヘラクレスを押し込むしかない。

だが、ジオウが競り合っている今はこれを撃ち込めない。

 

ヘラクレスがギリギリ入れる通路とはつまり。

そのヘラクレスを足止めする者は、一人だけで彼と戦わなければならなくなる通路ということだ。

 

一人で彼と戦うなんて、そもそもそれが出来るのはせいぜいクー・フーリンだけ。

だが彼でさえも、槍を振り回す事もできない狭い通路の中では不可能としか言えない。

 

だからこそ、隙を作って一気にジオウが押し込むという作戦以外になかった。

場所が狭いから対峙できるのは一人。狭い戦場だから後方から火力支援もできない。

なればこそ全力で走らせた彼を誘導し、その状態で洞窟に踏み込ませ―――

そして、相手を押し込むことで勝利を得ようとした。

 

ジオウとヘラクレスが衝突している今、後ろは見ているしかできない。

ここから攻撃しようとしても、ヘラクレスの前にジオウの背を撃つことになるだろう。

だから、今彼女に出来る事はジオウが負けた時のための行動。

ジオウが弾き返されたその直後に、このロケットミサイルを撃ち込む準備をするくらい―――

 

「つぅ……!」

 

そうしてタイムマジーンを起こさせて、待機している中。

立香が起き上がった。

ふらふらしながら立ち上がり、周囲の状況を確認している。

 

前から目を離さずに、オルガマリーは彼女に声をかけた。

 

「―――大丈夫なの、藤丸」

 

「……はい。でも、これは―――」

 

ヘラクレスはまるで押し込めない。

そして、いま激突しているジオウもすぐに押し返されることになるだろう。

オルガマリーが今やっているのは、その後のための攻撃の準備だ。

 

しかしそんなもの、焼石に水だろう。

ジオウが弾かれた後にロケットを撃ち込んでも、どうせ吹き飛ばされておしまいだ。

ライドウォッチのエネルギーが切れるまでは、ジオウとマジーン。

その波状攻撃でヘラクレスをあそこに縫い止められるかもしれないが、そこ止まり。

 

こちらのエネルギーに限界が来て、そう遠くないうちに負けるだろう。

じゃあ、どうする?

 

「―――そう、だよね。それぞれ戦ってるだけじゃ、足りないよね……!

 だったら今こそ、力を合わせないと―――!」

 

「え?」

 

立香がオルガマリーに、ソウゴから渡されたウォッチを渡す。

それは―――ビーストウォッチ。

 

作戦を始める前に、こっちで使ってと。

メテオウォッチとともに、ソウゴから一緒に渡されたもの。

それを渡してしまった立香が、彼女からマジーンの操縦桿を奪い取る。

 

「あんた……何を?」

 

「今、このタイムマジーンにはフォーゼの力があって――――

 それは、つまりあのアナザーフォーゼと同じ力ってこと……!」

 

だったら、と言いながら彼女はマジーンに左足を持ち上げさせた。

 

ソウゴは完全に感覚でやっている。

が、立香にライダーの力が何なのかなんてわからない。

フォーゼの力があると言われても、どんなことが出来るのかはさっぱりだ。

 

だけど、フォーゼとアナザーフォーゼの力が同じものならば。

 

あの、アルゴー船が黒髭の船を粉砕した力……()()()()()()()()()()()

だとするのなら、このフォーゼマジーンに使えないはずがない。

 

立香がドリルを思い描きながら、左足を思い切り振り下ろさせる。

その足は地面に着く前にドリルを装備していて、地面に完全に突き刺さった。

マジーンの状態を見ていたオルガマリーが目を見開く。

 

「ドリル……!?」

 

「できた……! これなら……!」

 

そうして彼女は、両腕のロケットをそれぞれ逆の方向に返して地面と水平にする。

そんな状態を見たオルガマリーが、立香が何をしようとしているかに思い至った。

彼女は口をパクパクと開いて、呆然としながらその姿に目を見開く。

 

「あんた、まさか……!?」

 

「多分、回転で酔ってどうにもならないだろうから……あとは所長にお願いします!

 ………ソウゴ!! 行くよ――――!!!」

 

その瞬間、タイムマジーンが地面に突き刺したドリルを回す。

地面を砕くのではなく、そこを支点にして横回転をするために。

同時に、両腕のロケットが凄まじい勢いで炎を噴いた。

 

ロケットエンジンで加速したそれは、その場で超高速回転を開始する。

竜巻染みた突風を巻き起こす、巨大な独楽と化すタイムマジーン。

 

「えっ……!?」

 

立香の声が届いたジオウが、背後で回転しているタイムマジーンを把握する。

そうして彼女が何をしようとしているか理解して―――

 

その瞬間、遂にヘラクレスが彼の体を吹き飛ばした。

洞窟から弾き飛ばされるように空を舞うジオウの姿。

ヘラクレスの反撃に、体中が軋みを上げる。

 

だが吹き飛ばされたジオウは、その勢いのままにブースターを噴射した。

 

「来い、立香――――!!!」

 

タイムマジーンへと向かっていくジオウ。

直後にタイムマジーンが僅かに飛んだ。

 

回転の勢いだけそのままに、ドリルを地面から抜いて飛び上がる。

その中で、精神状態や平衡感覚を魔術で管理しているオルガマリーが操縦桿を握る。

この洗濯機の中のような回転では、立香はまともに活動できない。

だったらそのタイミングを計れるのは、彼女しかいない。

 

「っうぅうううう! ここぉッ!!」

 

弾け飛ぶフォーゼウォッチ。

回転を加速させ続けたロケットも消え、マジーンが空中に放り出される。

そして変わるように装着されるのは、ビーストのウォッチ。

同時に、マジーンの肩へと緑色のマントが現れた。

 

ビーストのキマイラの構成生物は、獅子・バッファロー・隼・イルカ・カメレオン。

彼女だってそれは知っている。彼女が今、使いたい力は……

 

〈カメレオ!〉

 

即座に延ばされるカメレオンの舌。

それが飛んでくるジオウ・フォーゼアーマーの足を捕まえた。

カメレオンの舌で掴まれ、高速回転し続けるマジーンに引っ張られる。

さながらハンマー投げのような方法で―――

 

ジオウが、タイムマジーンの回転と変わらない速度まで一気に加速した。

 

「ジオウだけのスピードとパワーじゃ足りないなら……っ!」

 

「こうして、私たちで加速させてあげればいいってわけ―――!?」

 

それぞれ別に攻撃して足りないというのなら、だったら力を合わせればいい。

言ってしまえばただ、それだけの当たり前。

けれどそんな当たり前の事をやり遂げてみせると、彼女は彼に約束した。

 

くらくらと頭を震わせながら、オルガマリーと一緒に握った操縦桿に力を込める。

オルガマリーの誘導に合わせて、彼女はこの戦いに最後のピースをはめた。

 

「行くよ、ソウゴ――――!

 こっからヘラクレスに向けてっ……倍にして、返す―――ッ!!!」

 

二人は中でグロッキーになりながらも、外のヘラクレスを睨みつけ―――

カメレオンの舌で結んでいたジオウの拘束を解除する。

 

タイムマジーンを発射台にして射出されるロケット。

天空から地上に向け、限界を超えた加速の突撃。

その一撃はジオウ一人で放つものの倍の加速と、倍の回転と―――何十倍もの気迫のもとに。

 

立ちはだかる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

〈リミット! タイムブレーク!!〉

 

「宇宙ロケットォ――――!!

 大! 回! 転! きりもみキィ――――――――ック!!!」

 

最早その身そのものがドリルであるかのような、超速回転の一撃。

ヘラクレスがすぐさまそれを受け止めるべく両腕を構え―――直撃。

 

彼の腕ごと削り取るような圧倒的な回転エネルギー。

受け止めた腕が砕け散るほどの、限界を突破した超スピード。

腕を砕かれた彼にそれを止める術はなく、その蹴撃が胴体にそのまま突き刺さる。

 

即座に再生を始めた腕で、相手を受け止めるべく掴みかかろうとして―――

 

しかし、その回転に触れようとした腕の方が削られ止まらない。

砕かれた胸板が再生しようとするも、しかし攻撃を受け続ける状況で再生できない。

踏み留まれないほどの衝撃が、ヘラクレスを洞窟の奥へと一気に押し込んでいく。

 

「■■■■■■■■■――――――ッ!!!」

 

咆哮する。

死が背中に迫ってくる中、より苛烈さを増した声が洞窟を揺らすほどに轟いた。

その咆哮は恐怖ゆえか? 否。ならば敵への嚇怒ゆえか? 否。

 

――――決まっている。

強敵と出逢えた。その歓喜以外にありえない。

越えるべき試練が目の前に立ちはだかってくれた、ならば挑むのが英雄だ。

 

一瞬持ち上げた足を、全力で地面に叩き付ける。

回転を止められない腕を、横の壁へと叩き付ける。

その岩壁の中に手足を埋め込んで、死力を尽くしてブレーキをかけてみせる。

 

有り得ないほどの加速だろう。有り得ないほどの回転力だろう。

ヘラクレスでさえも止められないほどのその勢い。驚嘆するより他にない。

だがその勢いすらも、耐え切ればいずれは失われるものだ。

 

こちらの背があの死に届く前に、その力を受け止めればいいだけだと言うのなら。

その偉業こそ、今このヘラクレスが挑む試練ならば―――やってみせるだけだ。

それこそが、大英雄ヘラクレスなのだから―――!

 

「■■■■■■■■―――――ッ!!!」

 

「う、ぅおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――ッ!!!」

 

ヘラクレスが力を増すならば、しかしまたジオウも回転と速度を増す。

ここに送り出してくれた仲間の想いの分だけ、前に出る。

踏み止まらんとするヘラクレスに、突き抜けようとするジオウ。

 

その衝突の支えにされた岩壁が抉り取られ、崩壊していく―――

 

 

 

 

そうして、全てのエネルギーを消費したジオウの体が地面に転がった。

 

地面に転がりながら、未だに立つヘラクレスの姿を見上げるジオウ。

彼は全身から黒煙を噴き上げ、滂沱として血液を流し続けている。

岩壁に突き刺した両腕と片足が千切れた大英雄は、片足だけで立ちながら彼を見下ろした。

 

―――その背は、死をもたらす箱に届いていた。

 

決着はついていた。

完全に魔力を消失した彼は、すぐに亡霊の如く消え失せるだろう。

急速に死というものに辿り着いたヘラクレスは、ジオウの前で口角を上げる。

 

―――良い一撃、良い戦いだった、と。

敗者として、自分という試練を越えてみせた戦士を讃えながら―――彼の姿は、消滅した。

 

「――――ふぅ……」

 

がくり、と頭を地面に落とす。

まだ戦いは続いているが、少しだけ休憩だ。

無理をした体は凄まじく疲労していて、ちょっとすぐには動けそうにない。

 

「ソウゴ!」

 

洞窟の入り口から声が聞こえる。

声を上げるのも、体を起こすのもちょっと辛い。

 

―――だから、ジオウは声の方に向かって腕だけを上げた。

持ち上げた拳で軽く胸を叩いてから、彼女の方へ向ける。

拳同士を合わせる為のような動作。

 

ふらふらとしながら歩み寄ってきた彼女が、ジオウの拳に自分の拳を乗せる。

 

「―――とりあえず、お疲れさま」

 

「―――そっちもね」

 

トン、と互いに拳を弾き、勝因となったものを確かめあう。

顔を見合わせて笑う立香。ソウゴも仮面の下で小さく笑った。

 

―――そして新たな戦いに向かうべく、彼らは再び立ち上がる。

 

 

 




 
倍にして返す!
青春銀河、大! 大! 大! ドリルキックだ!
大体そんな感じ。
 

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