Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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沈・降・恋・慕1573

 

 

 

その疾走に追い縋る術はなく、彼の立ち回りは自然と守りを中心に入ることになる。

無論、それこそを最も得意とするのだから否やはない。

そもそも一騎討ちに持ち込まれている時点で既に追い込まれている。

 

目の前にいる槍兵みたいなタイプの大英雄と一騎討ち。

そんな状況に持ち込まれた時点で、ろくでもない結末を迎えるだろうと相場が決まっているのだ。

 

まあそれはそれとして、

 

「おらよ―――ッ!」

 

下から掬い上げるように奔る赤い閃光。

それこそはクー・フーリンの振るう赤き呪槍。

それを斜め前方に跳びながら躱し、同時に相手の首に槍を奔らせてみせる。

 

体をくの字に曲げて、その金色の閃きを躱すクー・フーリン。

その姿勢に入った勢いのまま跳び上がる彼が、宙にいたまま脚を鞭のように撓らせた。

 

青い鞭は風を打ち抜きながら撓り、ヘクトールの胴体を殴打。

衝撃に蹈鞴を踏んだ彼はそのまま相手から距離を取り、蹴られた場所を軽く押さえた。

 

くるりと体勢を整えながら着地したクー・フーリンが、魔槍を軽く振るって構え直す。

そんな彼を見ながらヘクトールはぼやくように話しかけてみせた。

 

「距離、離さないねぇ。投槍で勝負しようとは思わないのかい?

 俺はこれでも結構、そっちには自信あるんだけど」

 

「馬鹿言えよ。船の上で出し抜かれて負けたリベンジで、そっちで戦ってどうする。

 それじゃ別枠の勝負になっちまうって話だろ」

 

聖槍を肩に乗せて軽く叩きながら、ヘクトールは苦笑してみせた。

 

「まあ、アンタの槍は投げたら当たるもんなぁ。

 俺が勝っても貫かれるんじゃ、相討ちにしかならないよな」

 

たとえ投槍で競っても、勝つのはこちらだと。

彼は笑いながら宣言してみせた。

自分が勝ったうえで、その槍が相手じゃ相討ちで終わるだろうと。

 

言われ、クー・フーリンが軽く笑った。

 

「おう、今の内に勝者は勝者らしく好きに言っとけ。

 敗者は敗者らしく……まずはテメェの心臓を貰い受けるところから始めるからよ―――」

 

彼はそれを受け流す。それが勝者の言葉と、敗者として聞き入れる。

だが、それも一勝一敗に持ち込むまでの話だ。

まずはそこで競うより先に、相手に土をつけなきゃ始まらない。

 

そんな簡単に挑発に乗ってはくれないよねぇ、と。

仕方なく彼も、疾風の如き槍兵の突撃を迎え撃つ。

 

ネロ・クラウディウスが用意した一騎討ちのための戦場、黄金劇場(ドムス・アウレア)

その環境では、何の制限もなくクー・フーリンは足を動かせる。

そしてヘクトールの真骨頂は、相手が動けない状況を作ることで相手を制限すること。

大前提の部分で彼は追い詰められている。

 

「んじゃ……俺は一発逆転狙うしかないよな?」

 

小さく呟いて、心臓を目掛けてくる赤い閃光を迎撃する。

後退しながら振るう聖槍が描く金色の軌跡が赤い穂先を打ち払う。

槍を打ち払われれば、そのまま自分の体ごとそちらへと跳ぶクー・フーリン。

 

最早ピンボールの如く周囲を跳び回り、自身そのものを槍と化して襲来する。

その圧倒的速度に防戦以外を展開できないヘクトール。

彼に一発逆転の目があるとするならば、それこそ彼の宝具。

彼が最も得意とする、投槍以外にありえない。

 

―――攻勢を凌ぎながら、あの速力を持つ相手に狙いを定めて槍を撃ち放つ。

それの何と難しいことか。

 

「けどまぁ、あれだ。今はトロイアを背負ってるわけでもなし……

 たまには―――イチかバチかで攻めてみるのも悪くないか」

 

朱色の槍に、金色の刃を合わせる。

火花を散らす双方の槍を挟み、二人のランサーが顔を突き合わせ―――

ヘクトールが右腕に装備した籠手が、炎を噴き出し始めた。

 

「――――ッ!」

 

「お前さんが投げないなら投げないで、俺はやらせてもらうよ。

 そっちと違って、俺にはこのくらいしか自慢できるものがないもんでね」

 

右腕の勢いを籠手の威力でブーストし、クー・フーリンを力任せに押し切る。

そのまま加速した槍で一撃を見舞い、防御した彼を後方に弾き飛ばした。

槍を回しながら床を滑っていく彼を見送り、姿勢を大きく下に落とす。

 

籠手から迸る炎は限界まで燃え上がり、それを抑え込む彼が腕に力を籠める。

いつでも槍を投げ放てる姿勢になったヘクトールの視線はクー・フーリンを離れない。

 

彼が次の一歩を踏み出した瞬間、狙いを定めて撃ち放つ。

回避はさせない。外しもしない。止める事などなおさら出来ない。

例え彼がこちらを凌駕する速度を持っていても、この投擲だけはこちらが先んじる。

 

その光景にクー・フーリンはただ笑い、そこから一歩を踏み出した。

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爆音に等しい彼が踏み込む音を聞きながら、ヘクトールも苦笑する。

大英雄なんて呼ばれるような奴は、どいつもこいつもこういうものだ。

一歩先に踏み込んだ相手を見て、彼の腕は既に始動していた。

 

「ま、そうくるだろうと思ったよ――――ッ!!」

 

その踏み込みの瞬間。

彼の手がブースターの出力で加速しながら、全力をもって振り抜かれる。

限界を超えた速度で振り抜かれる腕の撓りによって更なる加速。

それこそ全てを貫く聖なる一撃、解き放たれた金色の聖槍。

 

「“不毀の極槍(ドゥリンダナ)”――――――ッ!!!」

 

それは最早、光線としか言えないものと化して標的を目掛けて殺到する。

放たれた瞬間に、そのまま同時に着弾する速度。

一歩を踏み切った瞬間のクー・フーリンには、対応が出来るはずもないタイミング。

 

―――だがしかし、そんな事実さえも凌駕してこその大英雄。

 

自身に迫る黄金の光。

本来、対応するため視認するという前提さえも満たす暇が存在しない超速の投槍。

それを彼は肉眼で認識した。自分の心臓を目掛け奔る閃光を。

 

朱槍がそれに対して翻り、黄金の穂先に突き合わされる。

止められる筈はない。ヘクトールの投槍を、そんなことで止められる筈もない。

衝突した衝撃に引き裂かれるクー・フーリンの腕。

その衝撃に見舞われた彼の体は、()()()()()()()()()()

 

「――――っ!?」

 

まるで、戦車に轢かれて飛ばされるように。

一直線に進む光の槍の侵攻に跳ね飛ばされた彼が、空中に弾き飛ばされる。

衝撃に全身を引き裂かれ、しかし槍に貫かれることはなく―――

 

空中に投げ出された彼が、そのままヘクトールに向かい落ちてくる。

 

「“刺し穿つ(ゲイ)――――」

 

血塗れになろうとも、彼の傷は致命傷には至らない。

その赤い瞳を爛々と輝かせ、血に塗れた顔で凄絶に笑いながら―――

呪槍とともに、槍を投げて固まるヘクトールに飛来する。

 

死棘の槍(ボルク)”――――――ッ!!!」

 

跳ねる朱槍の穂先。

それが稲妻の如き軌道を描き、ヘクトールの心臓を目掛けて迸った。

因果逆転の魔槍。放った時点で心臓を穿つという結果を決定付ける魔性の業。

放たれた以上、それに回避という行動は成立しない。

 

―――どちらにせよ、全力投擲の直後では対応できるはずもないが。

 

赤い刃が胸を穿つ感覚を存分に味わった。

心臓をぶち抜いていった槍が、彼の着地とともに引き抜かれる。

口に溢れてくる血を飲み下して、いつも通りの笑顔を浮かべた。

 

「いや、まさか……正面から、ぶち抜いてくるとはねぇ。

 ホント、俺の手にはあまる相手だったよ」

 

心臓を失った彼の退去が始まる。

投槍を放っておきながら、相手に槍も投げさせずに負けた。

こんな結果じゃ、こっちの負け越しみたいなものだ。

 

青い衣装を血で赤く染めながら、クー・フーリンは鼻を鳴らす。

 

「―――さてな。結局、守備を突き崩せたわけじゃねえときた。

 トロイアでも背負わせない限り、死力のテメェとやれるわけじゃねぇってことか。

 一勝一敗。ま、今回は引き分けみたいなもんだ」

 

「はは、死力を尽くせば……強くなるならそうだろうけどねぇ。

 ただオジサンの場合、戦う前に死力を尽くして相手を追い詰めるタイプなんでさ。

 ………まあ、気を付けた方がいいんじゃないかい?

 アンタみたいな大英雄は、大体がそういう奴に殺されるもんなんだから―――」

 

彼は最後にからからと笑い、ヘクトールは光に消える。

その捨て台詞に軽く肩を竦めて、クー・フーリンは槍を下ろした。

 

そんな中で―――

 

「よいか!? もうよいよな!? もう保たぬぞ!?」

 

クー・フーリンが後ろに流した“不毀の極槍(ドゥリンダナ)”。

その一撃に粉砕された黄金劇場の主が、もう結界を維持できないと悲鳴を上げた。

彼の宝具はさながらミサイルの如し。

直撃を受けた黄金劇場は今まさに、完全倒壊の危機に瀕していた。

 

「おう、終わってるぞ」

 

ランサーの声を聞くや否や、崩れ出す劇場の光景。

その光景が晴れれば、戻ってくるのは浜辺の景色となるだろう。

 

 

 

 

〈ウォータァー…!〉〈フリーズゥ…!〉

 

アルゴー船の横に現れる、巨大な放水ユニットと冷却ユニット。

 

蛇口そのもののようなそれが一気に放水を開始した。

降り注ぐ水を防ぐことはできず、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)を水浸しにしていく。

 

続けて、冷蔵庫の扉を開くように展開した冷却ユニット。

そこから止め処なく一気に流れ出してくる冷気。

海面を凍らせながら迫ってくる冷気に対して、船上から放たれた黒い炎が迎え撃つ。

ジャンヌ・オルタが放つ憎悪の嚇炎。

 

海上でその炎と冷気が衝突し、相殺した。

船上で旗を振るったオルタがそれを見ながら舌打ちする。

冷気は止まる事なく吐き出され続けていた。

オルタ一人で止め切れる規模ではない冷気の侵略。

 

先に放水された水が周辺に満ちていく冷気のせいで一気に冷えていく。

炎で焼き払っているおかげで、凍結まではしないだろう。

 

だが、ただの冷水でも十分だ。

サーヴァントが相手ではなく、この船を操舵している人間たちが相手なら。

一分一秒が奪っていく体力の消費が、格段に増加する。

 

「近付けないじゃないの、これ……!」

 

純粋に船の性能が違いすぎるというのもある。

その上で船に装備されるように現れるアナザーフォーゼの力が大きい。

何をする気なのだ、という装備のオンパレードが戦場を制圧する。

 

―――とにかく彼女は、炎でもって船の防御を行い続けた。

 

飛行能力を持つが故、空を翔けてアルゴー船を見下ろすアルテミス。

彼女の適当にさえ見える弓の構えから、正確無比にイアソンを狙う矢が飛んだ。

 

〈ペン…!〉

 

だがアルゴー船から巨大な毛筆が現れ、虚空に墨を塗りたくった。

撒き散らされる墨に、アルテミスの矢も巻き込まれる。

その墨は一瞬のうちに固まって、空中に矢が埋まる黒い壁を作り上げた。

 

「ええー!? なにそれー! ちょっとダーリンどういうことー!?」

 

「なんで俺に言うんですかね!?」

 

剣や槍で弾かれるならまだ分かる。

だが筆で何故ああなるのか、と。アルテミスが頬を膨らませた。

 

「もー! だったら、あれごと吹き飛ばせるような一発を……!」

 

アルテミスがその瞳を銀色に輝かせて魔力を発する。

この海の空が、太陽の沈まぬ内に月で世界を照らし出す。

そして目の前の黒い壁ごと吹き飛ばす一撃を番えようとして―――

 

〈ハンマー…!〉

 

「おい馬鹿! 避けろ!」

 

黒い壁の後ろ、アルゴー船から届く新たな声。

それを聞いたオリオンの熊の手が、アルテミスの耳を引っ張った。

 

「ちょっと、ダーリン痛い!?」

 

「このままじゃ痛いじゃすまなくなるんだよ!」

 

ゴガン、と凄まじい打撃音。

空中で固まっていた墨の塊が、アルテミスに向かって飛んでくる。

オリオンに引っ張られ彼女が位置を動かしていなければ、空中の彼女を直撃したであろう軌道。

 

それを避けさせたオリオンがアルゴー船を見れば、そこには巨大なハンマー。

その巨大ハンマーが黒い壁を殴り飛ばしてきたのだと分かる。

回避した彼女たちの横をすっ飛んで行き、海面に叩き付けられ盛大に水柱を立てる墨の塊。

 

「もう! 何なのアレー!」

 

「俺が知るか!」

 

空中で地団駄を踏むアルテミス。

そんな彼女に握られたオリオンも声を上げながら、アルゴー船を見下ろした。

 

イアソンの目が敵船にいるダビデに向けられる。

彼の所有する“契約の箱(アーク)”こそが目的の一つ。

ここにいると言う事はそちらもこの島か、近くに隠してあるのだろう。

 

「ハハ、何だ……ダビデもここにいたんじゃないか。

 どうやら運が向いているらしい。しかし困ったものだ。

 私が所有権を奪う前にダビデを殺せば、あの箱も消えてしまうんだろう?

 ――――なあ、メディア?」

 

問いかけられた少女は、にこやかに彼を見返しながら返答する。

 

「―――はい。今の“契約の箱(アーク)”の所有権はダビデ王のもの。

 今あちらの船ごと沈めてしまえば、その瞬間に箱は送還されてしまいます」

 

「やれやれ、じゃあ仕方ない。多少は手加減してあげないとねぇ?」

 

〈ネットォ…!〉

 

アルゴー船から網が飛ぶ。

射出された電磁ネットの行先は、相手船上にいるダビデに他ならない。

 

「おっと、これは不味い」

 

それを向けられた彼は、まるで不味いとも思ってなさそうにそれを見る。

だが彼に電磁ネットが届く前にその網目を数本の矢が射抜く。

矢に引っ掛かったネットはそのまま、海の上へと放り出された。

 

矢を放ったアタランテに向けて、ダビデが微笑みかける。

 

「やあ、ありがとうアビシャグ。この援護は僕への愛情表現だと思って……」

 

「黙って戦え」

 

一言で切って捨て、そのまま敵船への射撃を開始するアタランテ。

彼は一度大きく肩を竦めてから、イアソンへと視線を移す。

 

「―――うーん……

 はてさて、顔を合わせたのも初めてなのに、なんで僕や箱の事を知ってるのか。

 まあ、誰かに教えてもらったのだろうけど。それは誰なのか……」

 

ちらり、と。ダビデの視線がイアソンの横に控えるメディアに向けられる。

ずっと後ろで船の縁に寄り掛かっているスウォルツにも。

ふむ、とそこで一息吐くと彼はドレイクに対して声をかけた。

 

「やあ、船長! ここらで一発、体当たりするってのはどうだい?」

 

「はぁ? 体当たりしたってこっちが壊れるだけさ。

 それに代えてもやりたい事があるってのかい?」

 

彼の言葉に呆れた風な声をあげるドレイク。

だがダビデはそんな声を気にした様子もなしに続ける。

 

「そうそう、僕が一発相手の船に乗り込んでやろうと思ってね。

 どうやら乗り込んでも僕なら殺されなさそうだし、失敗しても損がない」

 

「こっちの船が壊れりゃ大損だろうに。

 ―――けどいいよ、このままじゃ埒が明かないと思ってたところさ!

 おら、アンタたち! 一発相手の腹に突っ込むよ!!」

 

応さ、と返ってくる船員たちの返事。

甲板に手を下ろしていたエルメロイ二世が表情を酷く渋いものに変えた。

 

「相手の船に乗り込んで何をするつもりなのです、ダビデ王」

 

「聞いてみるだけさ。グレたうちの息子を知ってるか、ってね」

 

二世の表情が更に渋く、そして困惑の色を強く浮かべた。

だが同時にそれが必要不可欠だと感じたのか。

彼はドレイクの所有する聖杯からの魔力をこの船に流し続ける作業に戻る。

接近戦をするというのなら、より強く魔力を注がなければならない。

 

だが最大の問題は、エルメロイ二世が作成したこの船の魔力経路。

それが聖杯の魔力なんぞに耐えられる筈がないという現実だ。

流れ込む魔力を孔明の力で制御しなければ、すぐにこの経路は壊れるだろう。

 

「だが、容量が低かろうと使いようだ……!」

 

風向きに逆らって、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)が進行する。

船の側面同士を擦り付けてやるような方向の進撃。

凍っている海面を削りながら、船は強引に方針を切る。

 

その方針を見てオルタが舌打ちする。

範囲が広すぎる上に、近づけば近づくだけ冷気は強くなっていく。

解凍がまるで間に合わない。

 

アルゴー船が常に張り続けている弾幕も収まる気配は当然無い。

無数のミサイルを撃ち落とすアタランテの弓。

吐き散らかされる銃弾を防ぐマシュの盾とジャンヌの旗。

どう足掻いても彼女たちは動けない。

 

「あーもう、上等よ……! そこかしこが凍らされてるのよ……!

 ちょっとくらい船ごと炎上させたって気にする必要はないでしょう―――!

 “吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”………!!」

 

甲板に炎を撒き散らしながら、全力でもって迎撃の姿勢に入るオルタ。

飛散する炎は海面にばら撒かれ、凍った海面を砕く助けになる。

 

強引に突っ込んでくる相手に対し、イアソンは鼻を鳴らす。

 

〈スパイクゥ…!〉〈クロォー…!〉

 

側面につけようと接近してきた相手を粉砕するための武装。

棘の生え揃った筒と、爪のように並んだ刃。

それらを同時に展開したアルゴー船が、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に牙を剥いた。

 

「させま、せん―――ッ! “擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”――――ッ!!」

 

無数の棘が伸びるスパイクと、振り下ろされる爪。

更に飛び交う銃弾さえもまとめて全てを相手にして。

襲い来る剣林弾雨の前に、光の盾が屹立する。

 

マシュの宝具が一気呵成の攻撃を押し留める。

威力を殺し切れずに大きく揺れるドレイクたちの船。

転覆するのではないか、という振動。そんな中で船長の叫びが船員に届いた。

 

「こっちも向こうを揺すってやりなァ―――ッ!!」

 

ドレイクが飛ばした指示からややあって、側舷の大砲が火を噴いた。

聖杯の力が流入した、彼女が持つ銃と同じように神秘を帯びた砲弾。

それは至近距離で放たれたが故に、即座にアルゴーへと着弾する。

 

直撃して、流石に大きく揺れるアルゴー船。

 

そんな状況の中で、ダビデはアルゴー船へと跳び込んでいた。

自分の船の甲板で転がる彼を見て、イアソンが仮面の下で笑みを浮かべる。

アナザーフォーゼはその揺れをものともせずに、彼を見つめて立っていた。

 

「何だ、私たちの軍門に下りにきたのか? ああ、賢明だな。

 私に“契約の箱(アーク)”を譲りさえするのであれば、お前は見逃してもいいぞ?」

 

「そんなことはどうでもいいのだけど。

 イアソン、君に一つ訊きたいことがあって僕はここに乗り込んだんだよ」

 

ぱたぱたと服を叩きながら立ち上がるダビデ。

 

「うん?」

 

「君、どこで“契約の箱(アーク)”の話なんて聞いたんだい?

 まして、あれに神性を生贄として捧げようだなんて。

 君だってあの箱の話くらい知っているだろう? あれは死をもたらすものだ。

 世界の触手たる神性なんてものを殺させれば、この世界は崩壊すると思うよ?」

 

世界の崩壊を何ら普段と変わりない様子で語るダビデ。

それを聞いていたイアソンが、ピクリと体を揺らす。

声を揺らしながら、彼の咽喉から小さく言葉が絞り出された。

 

「――――――なに? いま、なんだと?」

 

「ああ、やっぱり知らなかったのか。逆に何と聞かされていたんだい?

 人類を、世界を救えるとでも?

 冗談だろう。あれに出来るのは、“死”を与えることだけだ」

 

ダビデの言葉を受け―――しかし首を横に振って顔を手で覆うアナザーフォーゼ。

 

「なにを、馬鹿な……! お前よりもその箱を分かっている人間が……!

 『あの方』がそう言ったんだぞ!? そうだろう、メディア―――!?」

 

あの方、という物言いに目を細める。『あの方』という『人間』。

神性相手ならいざ知らず、イアソンという人間が人間相手にその物言いをするだろうか。

そもそも、あの箱を自分以上に管理している相手、というだけでほぼ分かるが。

 

イアソンに振り返られたメディアが、ダビデを見る。

 

「はい、『あの方』は仰いました。この箱があれば、イアソン様の夢が叶うのだと。

 この箱に神性を捧げれば、イアソン様が理想とする世界が訪れる、と」

 

まるで、魔術師の最高峰たる彼女さえもその名を出すことを縛られているかのように。

彼女は微笑みながらそう語った。

 

「そうだ、そうだとも。だから俺はこうして……!」

 

「はい。世界を滅ぼし、何一つ存在しない無駄のない整然とした世界(きょむ)―――

 神霊を捧げた“契約の箱(アーク)”はイアソン様が望む世界を創るのです」

 

彼女は表情を微笑みから少しも変えず、そう言い切った。

ゆっくりと、恐れるように彼がメディアを振り返る。

 

「――――なに、なにを、なにを言っている、メディア……?

 オレが望むのはオレの、国だぞ? オレは今度こそオレの国を得て……! そして………!」

 

震える彼の手が彼女の肩に置かれ、メディアの体を強く揺する。

今度こそ、微笑みを浮かべていた彼女の表情が大きく変わった。

――――満面の笑みを浮かべながら、彼女はイアソンの夢に目を輝かせる。

 

「はい! そして―――己の意志に従えない全てを廃棄して、国を滅ぼすのでしょう?

 だから、その段取りを一つ飛ばしただけです。

 国を得てから滅ぼすのではなく、最初から全てを滅ぼしてしまえば結果は一緒でしょう?

 それに世界を全て滅ぼしたということは、つまり―――

 世界は全て、イアソン様のものだったということになるでしょう?」

 

彼女はそれを疑わない。イアソンという王の結末は決まっている。

何故ならば彼は、人の王として致命的なエラーを抱えている。

英雄船の王としてならば生きられても、英雄ならぬ人は彼に従えない。

彼に従えない人を、イアソンは民として認めない。

 

だから、彼の国は滅びるしか道がない。

 

「ふざッ―――! ふざけるな!! お前に何が分かる!?

 神殿に籠っていただけの小娘に、オレの王たる資質の何が分かる―――!?

 オレがどれだけ……! どれだけの想いで国を、王を求めたか……ッ!!

 お前なんぞに、惚れてもない女を娶ってまで王を求めたオレの想いの何が分かる―――!?」

 

肩を掴んだまま、彼女を揺すり続けるイアソン。

少しだけ目を伏せた彼女が、しかし彼を見上げた。

 

「―――分かります。王女メディアが恋した人。

 裏切られる未来を知り、捨てられる将来を想い、それでも私は貴方に恋をしているから。

 貴方は許せないだけ、人が英雄になれないことを。

 英雄でない人に奇跡なんて起こせないから、せめて効率的に生きたいのでしょう?

 英雄に比べて小さな輝きを、せめて長く、出来るだけ大きく、輝かせたいのでしょう?

 でも、イアソン。人は、人だから。

 王になるために効率的に、恋する少女を犠牲にした貴方を受け入れられないの。

 人が人である限り――――貴方の導きは受け入れられない。

 だって貴方は人を導く王である以前に、英雄の導となれてしまう英雄だから」

 

「ふ、ざッ―――――ッ!!!」

 

「ええ、でもだからこそ私が守りますイアソン様。

 貴方に恋をする―――――私が」

 

イアソンが掴んでいた少女の姿が消失する。

勢い余ってつんのめる彼を眺めていたスウォルツが小さく鼻を鳴らした。

 

「守るというのは……まさか、俺からとでも?」

 

ガチリ、と。周囲の時間が停止した。

転移魔術の行使により、スウォルツの背後に浮かんでいるメディア。

彼女の手には黒髭から奪った聖杯がある。

 

ジジジ、と彼女の姿にノイズが走る。その表情は、口惜し気に。

そんな表情を見て微かに笑ったスウォルツが、彼女の手から聖杯を奪う。

 

「『あの方』とやらより授かった召喚魔術か。

 俺を触媒にしようとは、こちらがイアソンを使った意趣返しのつもりか?

 ふん。せっかくならば、貴様らが揃って変貌しておけ」

 

そう口にして、聖杯をメディアの胸に押し付けるスウォルツ。

それが彼女の中に埋め込まれると同時に、彼女の時間が動き出した。

 

「くっ、あぁっ……!?」

 

アルゴー船の甲板に落ちて転がるメディア。

体を震わせる彼女の体内で、悍ましいほどに魔力が膨張していく。

その姿を見下ろしながら、スウォルツは楽しげに笑った

 

「さて、魔神とやらになるがいい。―――お前の意見は、求めん」

 

「く、ふ、……ええ、たとえ、それでも……私は、イアソン様、を、守るためならば……!

 ―――聖杯よ。我が願望を叶える究極の器よ……

 顕現せよ。牢記せよ。これに至るは―――七十二柱の魔神なり……

 さあ……序列三十、海魔フォルネウス――――アナタの力を、頂きます……!」

 

彼女が語る詠唱ごとに、膨れ上がっていく力。

それを内側に宿していたメディアの体が内側から弾け、腐肉の柱がそこに聳え立つ。

 

十字に裂けた瞳孔の赤い眼を無数に持ち、ぎょろぎょろと周囲を見回す異形。

その姿を見たダビデが目を眇めた。

 

「起動せよ。起動せよ。――――これより“七十二柱の魔神”、観測所を起動。

 人類史に残された汚濁、絶滅種、人類。観測するに値せず。

 その生存を看過するに能わず。――――その痕跡、見逃すことは認められない。

 焼却せよ。焼却せよ。――――これより、認可できぬ汚れを焼却す――――なに?」

 

ダビデの目の前の魔神が、困惑したかのような声をあげた。

直後、肉の柱が罅割れていく。

まるでその中から新しい何かを出現させる殻であるかのように。

 

「な、――――馬鹿な。依代が、我ら魔神、を――――!?」

 

フォルネウスもまた困惑し、己の中から溢れる別の物を観測した。

黒い肉の柱を裂きながら、その中身が溢れ出す。

毒々しい紫色の新たな肉の柱が、フォルネウスを砕いて出現する。

 

その新たな柱から、毒々しい色に似合わぬ物体が周囲に広がっていく。

キャンディ、クッキー、パンケーキ。

一見だけなら菓子か何かに見える、ポップでファンシーなデザインの腐肉の塊。

地獄の晩餐染みたその光景の中に、少女の声が響いた。

 

「―――ええ、だって。『あの方』から守ることはできないのだもの……

 ならせめて。夢と一緒に世界を全て沈めてしまうことが、貴方を守るということでしょう?」

 

 

 




 
ゼパル「ファーwwwwww乗っ取られるとかwwwwww」
ハーゲンティ「パwwwンwwwケwwwーwwwキwww」
 

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