Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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人・理・航・海2015

 

 

 

目前に残されたアルゴー船が徐々に崩れ落ちていく。

恐らくはあれを宝具としていたイアソンが消滅したのだろう。

戦闘、そしてこの時代の修正の完了。

それを理解したマシュは、小さく安堵の息を吐いた。

 

海上まで降りてきて黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に接舷したタイムマジーン。

そこから立香とオルガマリー、エウリュアレが下りてくる。

オルガマリーの頭の上には、ぐでっとしたフォウの姿もあった。

そんな自分の頭の上で寝そべる小動物を摘まみ上げ、彼女はマシュに突き出してみせる。

 

それを受け取って胸に抱き、帰ってきた三人と一匹に声をかけるマシュ。

 

「あ、えっと。先輩も所長もフォウさんもお疲れ様でした。

 もちろん、エウリュアレさんも」

 

ふん、と顔を背けてみせるエウリュアレ。

 

苦笑しながらその労いを受け取る立香が、ふらりとよろめいた。

ぎょっとしてそれを抱きとめようとマシュは走り出して、

ジャンヌがそんな彼女に肩を貸して支えてくれたのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「大丈夫ですか、マスター?」

 

「う~ん、あ~、まだ歩くとふらつく……所長、よく大丈夫ですね」

 

そんな彼女の表情を呆れたように見返すオルガマリー。

魔術師としても当然だが、ボディの頑丈さも当然違うのだから。

別にそこをダ・ヴィンチちゃんに対して感謝はしないが。

 

「私があんたと一緒なわけないでしょう……」

 

「しかし―――」

 

和やかにさえ見える彼女たち。

だがそんな様子の直前に、彼女たちは大偉業を成し遂げてきた。

それを知るアタランテが感心したような、どこか呆れるような様子を見せた。

 

「本当によくやったものだ、あのヘラクレスをまさかマスターである人間だけでな……

 だがまあ――――恐らくヘラクレスも満足だったろうさ。

 世界を滅ぼす尖兵になった自分を、誰かが踏み越えていったことは」

 

そう言いながら、ぼんやりと空を見上げる彼女。

その空から銀色の光、月の女神が舞い降りてくる。

彼女は消え去ったアルゴー船があった場所に残る、メディアの使った聖杯のもとへ。

 

「やーれやれ、こいつがこの珍妙な世界の原因だってな。

 しかも話を聞く限りこれを世界に落としたのは……」

 

空中で静止している大規模な魔力の結晶、その水晶体。

それを眺めながら喋っていたオリオン。

そんな彼を抱きすくめるアルテミスが、楽しそうに口を開いた。

 

「やーっと解決したね、ダーリン。

 これであとは二人きりで、この海を一緒にずっと眺めていられるね!

 あ、ボートとか作ってみて一緒に乗る?」

 

彼女からの提案に体を竦ませるオリオン。

彼は震える声で、その提案を却下しにかかる。

 

「いやほら、俺は水面歩けるし……ボートとかそういうのは」

 

「私も空飛べるけど二人でボートはロマンチックでしょ?」

 

海面近くを浮遊しながら、聖杯をひょいと取り上げたオリオン。

彼を抱きしめるアルテミスの腕の力が増していく。

オリオンはそんなアルテミスからすいー、と視線を露骨に逸らしていく。

 

カップルの会話に口を挟むことに躊躇するマシュ。

が、彼女に対して申し訳なさそうにこの特異点に訪れる事実を告げた。

 

「その、アルテミスさん。

 聖杯を回収、特異点の中心となった存在の撃破を終えたのでその……

 この時代はすぐに修正が開始され、皆さんも退去されるものと……」

 

オリオンの事しか見ていなかったアルテミスが振り返る。

それはもう凄い勢いで振り向くので、マシュもびくりと一歩下がった。

 

「えーっ!? なにそれ!

 それじゃ二人きりの無人島生活は!? クルージングは!?

 ねえねえダーリン、どうするのよー!」

 

「いやー、残念無念。だが仕方ないよネ、ウン」

 

ぶんぶんと首を残念そうに振りながら、オリオンは至極残念そうに残念そうな仕草をした。

あまりにも残念だという意志が体全体で表現されている。

 

マシュの言葉を横で聞いていたドレイクもまた、少し残念そうに笑う。

 

「なんだい、じゃあここでお別れだねぇ。

 アンタたちが船に迎えられりゃあ、世界一周だって簡単だったろうに」

 

けらけらと、少しだけ本音を交えて彼女は笑う。

そんな彼女の様子に、立香がジャンヌに寄りかかったまま問いかけた。

 

「ドレイクは何だかんだこの海のことも、私たちのことも、あんまり驚いたりしなかったね。

 やっぱり海の上で生きるって、そういうことに慣れるものなのかな?」

 

「冗談! こんなバカげた状況、聞いたことも見たこともなかったさ!」

 

しかし彼女は、そんなわけがあるかと立香の言葉を笑い飛ばす。

海神ポセイドンを沈め。海底都市アトランティスを沈め。

それでも尽きない吃驚仰天が続いた旅路。

 

そんなもの、どこを探したってないと思っていたけれども。

 

「けど海ってのは不思議なことも有り得ないことも、ままあるもんさ。

 その中でも最悪なのは―――船と自分の命が沈むこと。

 それ以外の何があったって、そういうこともあるさと笑っておくもんだよ。

 ………あの男の二番煎じみたいなセリフになっちまったね、まあいいや」

 

最悪中の最悪以外は全部を笑えなきゃ、海の上なんて彷徨ってられない。

彼女はそう言って立香に向けて微笑みを浮かべる。

 

「アンタもソウゴも、まだまだ航海を続けるんだろう?

 幾らでも悪いことはあるだろうねぇ、良いことよか何倍も悪いことだらけだろうさ。

 けどね、どんだけ悪いことがあっても―――まだ最悪じゃないと意地を張ってな。

 最悪が“終わっちまうこと”なら、最悪だと嘆ける内はまだ最悪じゃないってこと」

 

「………うん。分かってる」

 

僅かに表情を緊張させる立香。

そんな彼女をドレイクは思い切り笑い飛ばした。

 

「ははは、気にしすぎだよ!

 そもそも話を聞いてりゃとっくにアンタら以外は負けて滅びてるんだろう?

 だったらアンタたちは海のど真ん中に板切れ一枚で放り出されてるようなもんじゃないか。

 そんなもん負けて当然、勝ったら奇跡。成し遂げられたらアタシ以上の船乗りさ」

 

ドレイクが立香の肩に手を置く。

彼女が立香に向けるその瞳は優しげですらあって―――

 

「気に負う必要なんてないよ。その重さが嫌なら、捨てちまったって文句なんか出やしない。

 世界が滅びようが何しようが誰か個人がやらなきゃいけない事なんかじゃないよ、それは。

 ――――だから」

 

「ううん、やらなきゃいけないと思ったことは嘘じゃない。けど、それ以上に。

 私がやりたいから……私は、皆に明日が欲しいから最後までやり抜くよ。

 それで―――」

 

立香が空を見上げる。

空にかかる光帯を追い越して宇宙から帰還するジオウの姿がそこにあった。

そうしてドレイクに向き合って、心情を告げてみせる。

 

「皆の明日をきっと守ってくれる王様を、未来に届けてみせる」

 

「そうかい。はっ―――いやはや、綺麗な夢すぎて尻が痒くなってくるよ!

 まあ、じゃあ世界一周なんてしてる場合じゃないね」

 

苦笑しながら立香の背を叩くドレイク。

彼女の手が、そのまま立香の頭をぐしゃぐしゃに撫でていく。

あわあわと困惑しながら身を任せるしかない。

 

それを後ろから焦りながら見ているマシュに、オリオンが声をかける。

同時に彼の手から差し出される水晶体。

 

「ほれ、マシュちゃん。聖杯、持ってくんだろ?」

 

「え、あ、はい! ありがとうございます、オリオンさん」

 

聖杯を格納するために盾を展開し、受け取るマシュ。

 

「どうもどうも、お礼のチューならいつでも受け付けちゅー、ギュムル!?」

 

ぎちりぎちり、と。凄まじい音を立てるオリオンの体。

当然、その原因は彼を抱えているアルテミスだ。

銀色の瞳を爛々と輝かせ、最愛の熊を雑巾のように絞る彼女。

 

「ダーリン? そろそろ、逝こっか?」

 

「お前が言うと実際、洒落にならんのよなぁ……」

 

聖杯の回収も完了し、退去が始まる面々。

オリオンを締めるアルテミスから目を逸らしながら、アタランテは溜め息を一つ。

そのままオリオンとアルテミスは消え去っていく。

 

それを見送ったアタランテも続くように、体を魔力に還し始めた。

船に降りてきたソウゴを見つめながら、彼女が口を開く。

 

「―――イアソンを倒してくれたこと、礼を言う。

 あいつはまあ、何だ。悪い奴では……悪い奴だな。悪い奴だが、あれだ。

 少なくとも、人格と性格と性根は悪いが、それ以外に良いところは……どこだろうな」

 

困ったように苦笑するアタランテ。

船に降り立ち、変身を解除したソウゴは首を縦に振りながら苦笑を返す。

 

「大丈夫。それでも俺たちはあんたたちを見上げて、ここまで進んできたんだから」

 

言われ、きょとんとする。

そうして彼女は空を見上げ、ああ、と少し息を零した。

 

「そうか。そうだな。それもまた、私たちなのか。

 だからあいつが……この時代なのに、イアソンが特異点の中心だったのか。

 星を見上げ、船が海を征く時代………何より、あいつが誇りとした時代の灯り―――

 星座となった私たちの船が、人々を導いた時代―――

 まったく、老いても死んでもいつまでもあの船に縋っているとは……」

 

小さく笑って、アタランテが再びソウゴを見た。

 

「改めて礼を言おう、うちの船長を止めてくれたことを。

 ―――私の弓が必要ならばいつでも呼ぶといい。

 恩を返すことくらいは知っているつもりだ」

 

そう言って彼女は返答も聞かず、光となって消えていった。

そんな別れを後ろで見ていたダビデが次は自分の番だ、と。

前に出てきて口を開いた。

 

「や、僕もそろそろ退場だ。さほど未練もないけれど、そうだね……

 立香かマシュかジャンヌかジャンヌ・オルタとの抱擁を交わして別れというのはどうだろう?

 もしくは全員と、とか」

 

『保護者としては断固拒否させていただきます』

 

きっぱりと断るロマニの声。

それは残念、とさほど残念でもなさそうに肩を竦めるダビデ。

しかしそんな彼に対して、マシュが声をかけていた。

 

「待ってください、ダビデ王。その……

 あの魔神。コルキスの王女メディア―――彼女はあの魔神を、フォルネウスと呼称しました。

 あれは本当に……ソロモン王の、魔神なのでしょうか?」

 

「さあ? いや、僕はあいつの魔神とか見たことないしね」

 

大して悪びれる様子もなく、そんな風に言い切る彼。

ははは、と軽く笑う彼の顔には、そんなことどうでもいいと書いてあった。

 

「ええ……」

 

『なんて頼りにならない……』

 

失望されているような声を無視して、彼は軽い口調のまま所感を述べ始めた。

 

「でもまあ、あれだ。イアソンはまだしも、メディアさえも魔術で縛れる。

 そんな奴は神域の存在だけだろうし、ソロモンはそっち側にいる人間だ。

 今のところ僕に言えるのはそのくらいさ」

 

そんな彼の言葉を聞いていたエルメロイ二世が目を細める。

目敏くそんな彼の姿勢を見止めたか、ダビデは彼の方へと視線を向けた。

 

「どうかしたかい? ロード・エルメロイ君、だっけ」

 

「……申し訳ないが、二世をつけていただきたい。

 彼の王女に匹敵する魔術師はいましょう。ですが、一方的に彼女を操れる魔術師。

 そんな怪物がそうそういるとも思えませんが」

 

エルメロイ二世の問いかけ。

彼のその言葉を肯定も否定をせず、ただ微笑んで受け流す。

 

「だとしたら、やはり犯人はソロモンということになるのかもしれない。

 ―――言っておくけれど、僕は誤魔化しているだけじゃなく本当に犯人は知らないよ。

 特定してやろうと相手の船に乗り込んでやったけど、実際まだ分かっていない。

 勘違いさせて悪いけど、僕が情報の出し渋りをしてるように見えるのは性根が商人だからだ。

 逆に言うと、商人だからこそガセ情報なんて流したりしない。信用問題になるからね」

 

真面目な顔をして言い切るダビデ。

エルメロイ二世は、彼の雰囲気から推し量るのは不可能だと結論を下す。

同時に、信じない理由もないだろうという結論。

彼に対して頭を下げる二世。

 

「……そうでしたか。申し訳ありませんでした」

 

「いやいや、キミたちの旅路が詐欺師に邪魔されることはなさそうで何より。

 さっきから茶々を入れてくる天の声はそういうのに弱そうだし。

 嵌ったアイドルとかに貢いでるタイプと見たね」

 

『なにおう!? いいじゃないか、ネットアイドル!! ボクの心の癒しだぞぅ!?

 いや、そうじゃない。言っておくけど、ボクはまあそれなりに苦労してこの立場にいるんだ!

 詐欺とかそういうのには敏感さ! 騙されることなんてないと言えるよ!』

 

「フォッ……」

 

マシュの腕の中でフォウが溜め息を吐いた。

あーあー、言ってら。みたいな雰囲気のその溜め息。

そんな小動物の様子に首を傾げてみせるマシュ。

 

「貢いでるんだ……」

 

そして立香が困った風に天の声に対して声を漏らした。

プライベートをぺらぺらと喋り出す彼は、すぐに騙されそうな人物に見える。

オルガマリーが額に手を当てて、小さく眉を上げた。

 

「ロマニ、あんたの趣味なんてどうでもいいから。

 ―――これだけ状況証拠が揃って、ソロモン王が無関係とは思えないけれど……」

 

『所長までそういうことを……けど、うぐぐ。

 ソロモン王がどのような形であれ関与しているのは間違いない、のか』

 

通信機に向かって大きな溜め息が落ちてくる。

よほどのファンだったのか、ロマニは相当落ち込んでいる様子だ。

 

「ああ、そうだ。キミは常磐ソウゴだったっけ?

 あとはそうだな。立香とマシュ、キミたちは……」

 

ふと、ダビデがソウゴたちに顔を向けた。

三人の少年少女に顔を向けて、しかしどうしたものかと口を閉じる彼。

彼は自分から声をかけておいて、その後の言葉を悩みだしていた。

 

「―――うーん、いや、どうしようかな? 僕から言うべきかな?

 ………いや、止めよう。どうせいつか辿り着く答えだろうし。

 ―――こう言っておこうか」

 

ダビデの視線が三人を捉え、言葉を告げる。

何かをぼかしたかのような、不思議な物言い。

 

「キミたちは旅路の中で、色々な星の輝きを巡るだろう。

 それをただ、キミたちの目に焼き付ければいい。そうすれば、答えなんて簡単だ。

 それが大きな一歩なのか。小さな一歩なのか。

 どうあれ、あとはその先を信じられるか、信じられないかだけの問題なんだから」

 

そこまで言い切った彼はその話を打ち切った。

聞いていたソウゴがダビデに問う。

 

「えっと。覚えておけばいい?」

 

「いや? 好きにすればいい。僕が見た限り、こんな言葉必要なかっただろうしね。

 じゃあ僕は今度こそ還るとしよう。ソロモンに会えたらよろしく言っておいてくれ」

 

そう言って彼は魔力に還る体を手放し、消え去っていった。

 

そんな彼を見送ってから、エウリュアレに視線を向ける。

彼女の退去もまた始まっていた。

一斉に視線を向けられてむむむ、と難しい顔をする彼女。

 

「……言っておくけど、私は別に特別な話とかないわよ。

 まあ……あんたたちはよくやったと思うけど。

 ―――そうね、ヘラクレス相手によくやったわ。これで……」

 

「うん。アステリオスとの約束通り、エウリュアレは守れたよね?」

 

立香の言葉。

それを聞いてむう、と顔を厳つくした彼女はふいと顔を背けてしまう。

そんなエウリュアレが、その姿勢のまま小さく呟いた。

 

「まったく、ほんとどうしようもない奴だったわ。

 まるで駄妹(メドゥーサ)みたいに、救えないおバカな……どうしようもない子。

 ええ、いつか(ステンノ)と一緒にあいつで遊んであげてもいいかもね。頑丈だし。従順だし。

 ………私がそうやって遊ぶ気になったんだから、世界くらい死ぬ気で守りなさい。

 そうじゃないと…………まあ、あれよ。その、頑張ってね」

 

最後にそう言って、ぷいと完全に背中を向けてしまう。

そんなエウリュアレの姿は崩れ去り、黄金の魔力となって消えていく。

 

彼女が消えた直後、我慢していたのかその態度に噴き出したドレイク。

くつくつと笑いながら、そんな調子でそのまま彼女は振り返った。

 

「ははは、素直じゃない女神様だねぇ。

 んじゃここでお別れだ。また船もボロボロだが、まあどうにかなるだろうさ」

 

「―――いえ、その。破損した船も、この戦いの記憶も。

 時代の修正が終われば、この異常が発生する前に戻ることになると思います」

 

マシュの言葉に片目を瞑ったドレイクがつまらなそうな顔をする。

 

「なんだい。じゃあアタシらは今日どんな理由で宴会すりゃいいのさ。

 こんだけ仕事したってのに、そりゃつまんない幕切れだねぇ!」

 

「マシュに言ってもしょうがねぇんじゃねーっすかね、姉御」

 

「理由なんざなくてもいつでも宴会してるっしょ」

 

そりゃそうだ、と鼻を鳴らすドレイク。

彼女はカルデアの面々を見回すと、小さく笑ってみせた。

 

「覚えてられないってのはちと寂しいが……まあ今覚えてるんだからいいとしようか。

 これからろくでもない旅に出る同胞を送り出す。それだけ出来りゃまあ及第点だろう」

 

そんな彼女に対して、ソウゴが歩み寄った。

 

「ドレイク、これ」

 

「うん?」

 

彼が差し出したのは、元からこの世界にあった聖杯。

ドレイクに渡されたものを、彼は彼女に差し出していた。

それを見たドレイクが顔を渋くする。

 

「そりゃ船大工代としてアンタに払ったもんさ。受け取れないね」

 

「返すんじゃないよ。

 これは、俺たちがここまでドレイクの船に乗せてもらった船賃。

 ドレイクが代金を払ってくれたのに、俺たちが払わないわけにはいかないでしょ?」

 

そう言われてしまうと反応に困る。

無償の譲渡なんて誰が受けるか、という話。だがこれは、正統な報酬として差し出されている。

む、と。言葉に詰まるドレイク。

 

「ひゅー、言い返すねぇ! 船長が黙らされてら!」

 

「うっさいよ馬鹿! そう言うんなら受け取ろうじゃないか。

 こいつが元の海に戻った時に残るか消えるか知らないけれどね。

 海が元に戻るまでの間は、この杯で飯と酒を山ほど出して宴会と行こうじゃないか!」

 

おおおお! と騒ぎ出す海賊たち。

彼女の手の中で輝いた聖杯が、船の上に御馳走を大量に出現させる。

いつ消えるとも判らない状況の中で、彼らは宴会を始めた。

 

オルガマリーが勝手なことを、とソウゴを小突きにくる。

この世界に元からあったものなら、元の場所に戻すのが一番いいのだろうが……

流石に水没したアトランティスは追えないだろう。

なら、そこから手に入れた彼女に託すのが、一番いいのかもしれない。

 

『………なら、こちらもレイシフトを開始するよ。

 島に残っているクー・フーリンとネロも無事、一緒に帰還できる』

 

ロマニの声。

そうしてカルデア組も消失し始めた中、酒とつまみを片手に海賊たちが声を上げる。

言葉になってないような、モノを食いながらの楽しげな言葉。

 

ドレイクもまた酒を呷りながら、笑ってその姿を見送った。

 

 

 

 

夜闇に包まれた都市の石畳の上。

アルゴー船から離脱したスウォルツは、霧に包まれた都市に聳える時計塔を眺めていた。

彼の手の中には、ブランクのアナザーウォッチが握られている。

 

そんな彼の背後から、男の声がかかった。

 

「随分あっさりと逃げるんだな?」

 

「……門矢、士か」

 

軽く振り返り、その声の主に視線を送るスウォルツ。

 

門矢士は建物の壁に背を預け、その体勢のまま彼を見つめていた。

手の中にあるアナザーウォッチを指で叩きながら軽く笑う。

 

「ウルクに籠っているのではなかったのか?」

 

「なに。魔王の他に、お前にも一応挨拶しておこうと思ってな。

 今の所お前の目的も何も知らんが、まあどうせ戦うことになる相手なんだろう?」

 

彼はジャケットの内側から、マゼンタのバックルを取り出した。

そのまま腰に当てがうと、ベルトが彼の腰に巻き付く。

 

それを見たスウォルツは彼へと向き直り、余裕を崩すこともなく微笑んだ。

 

「俺が目的を達成した時に……貴様が生きていればの話だがな」

 

「なんだ、ならそうでもないのか。

 お前が目的を達成できずに終わる、かもしれないわけだからな」

 

士の右手がライドブッカーからカードを抜き、スウォルツに見せるように構える。

そのまま左手でバックルを展開し、カードの挿入口を上に向けた。

同時に―――

 

「変身」

 

呟くような宣言とともに、カードがドライバーに差し込まれる。

即座に閉じられたディケイドライバーが、カードに封印されたエネルギーを開放した。

 

〈カメンライド! ディケイド!〉

 

別次元への通行手形となるライドプレートが形成され、周囲を舞う。

モノクロで浮かび上がってきた虚像が重なり、彼の体に上に実像の鎧を現出させた。

特殊鉱石ディバインオレが形作る強固な鎧。その頭部にライドプレートが突き刺さる。

直後、そのアーマーはマゼンタ、ブラック、ホワイトと色づいていく。

 

鎧を纏った彼は両の掌を軽くぱんぱんと叩いてから、スウォルツに視線を送る。

 

―――仮面ライダーディケイドが、その場に誕生していた。

その姿を見て、スウォルツが手元のブランクアナザーウォッチに視線を送る。

 

「ディケイド……この場でお前からアナザーライダーを作ってみるのも面白いか」

 

相手の言葉を聞くこともなく、ディケイドの姿が奔った。

カードホルダーであったライドブッカ-を変形。

剣に変形したライドブッカーが、彼の手によって振るわれ―――

 

ガチリ、とスウォルツが手を翳した瞬間に全てが停止した。

体にノイズを走らせながら動きを止めたディケイド。

そんな彼に対して、アナザーウォッチが押し付けられる。

 

「貴様の力、この場で―――」

 

スウォルツが呟いた―――その瞬間。

 

黄金の光がその場に降り注ぎ、ディケイドに接触していたスウォルツが弾き飛ばされた。

地面を滑りながら舌打ちしつつ、天から降り注いだ光を見やる。

 

黄金の果実を思わせる球体。

それがディケイドの前に舞い降りて、徐々に光が解れていく。

 

金色の光の中から姿を現す鎧武者。

黒いマントを腕で大きく払い靡かせれば、胴に様々な果物が描かれた黒鉄と銀の戦装束。

彼はその果実の断面を思わせる極彩色の目を輝かせ、スウォルツを睨んだ。

 

〈極アームズ! 大・大・大・大・大将軍!!〉

 

その鎧武者を見据えて、鼻を鳴らすスウォルツ。

手元に残した別のブランクアナザーウォッチを取り出しながら彼を見返す。

 

「鎧武か……まさか、わざわざこの時代にまで自分から出張ってくるとはな。

 まだジオウの継承段階からすれば……それほど時空の歪みは大きくないはずだが」

 

そう言って笑うスウォルツから視線を逸らさず、背後のディケイドに声をかける。

 

「……大丈夫か、ディケイド?」

 

「――――まあ、な」

 

やれやれ、と肩を竦めながら動けるようになった体を確かめる。

まさか庇われるとは思っていなかった、という風。

場合によっては奪わせる、というのもありだと思っていたからだ。

そのための保険は既に打ってある。あれが保険になるかどうかは知らないが。

 

そんな事を考えていた彼の目の前で、鎧武の全身にノイズが走る。

まるで体が消える前兆のように。

 

鎧武の様子を見たスウォルツが口の端を僅かに吊り上げた。

 

「まあいい、手間が省けたとさえ言える。

 アナザーライダーを作り、お前たちの歴史も俺の目的のための礎に―――」

 

〈ブドウ龍砲!〉

 

鎧武の手がドライバーにセットされた極ロックシードに伸びる。

彼の手がそれを操作すると同時、ブドウを模した銃が鎧武の手に現れていた。

 

「勝手なことばっかり言ってんな!

 仮面ライダーたちの歴史を消して、お前は一体何をする気だ!!」

 

鎧武の手にする銃がスウォルツに向け、放たれた。

無数に飛んでいくブドウの粒のような弾丸。

それごと鎧武を停止させようと手を伸ばすスウォルツの前で―――

 

〈アタックライド! インビジブル!〉

 

ディケイドが消える。

ドライバーに差し込んだカードの力により、彼の姿が完全に消失した。

時間停止の効果範囲から消えた相手に内心舌打ちしつつ、時間を停止させる。

ブドウ龍砲の弾丸も、鎧武も、時間が止まって動かなくなった。

 

と、同時。

 

〈アタックライド! スラッシュ!〉

 

スウォルツの背後に出現したディケイドが、剣となったライドブッカ-を振るう。

映像がブレるように分裂した複数の刀身がスウォルツに向かってくる。

彼は腕を翳して力場を展開し受け止めて―――

 

「ハァッ―――!」

 

「ちぃっ……!」

 

その衝撃に押し飛ばされる。ぐらりとよろめく体。

石畳の上で押し込まれて、思わず膝を落としかける衝撃。

 

こちらが受けたダメージのせいで、鎧武にかかっていた時間停止が解除された。

停止していたブドウ龍砲の弾丸が彼方へ飛んでいく。

そんな光景を見ながら、再び極ロックシードに伸びる彼の手。

鍵を開けるようにロックシードを何度か倒すと、新たな武装が展開される。

 

〈火縄大橙DJ銃!〉

 

先程の銃より巨大な武装。

それを呼出し引っ掴んだ彼は、すぐさまオレンジのロックシードを手に持っていた。

銃の側面にあるロックシード装填口にセットされるオレンジロックシード。

 

〈ロックオン! フルーツバスケット!〉

〈アタックライド! ブラスト!〉

 

同時にディケイドもライドブッカーを銃に変形させていた。

銃口がブレるように分裂し、無数に存在する銃口から同時に射撃を行う構え。

火縄大橙DJ銃を腰だめに構える鎧武が、その一撃を放つとともに叫んだ。

 

「うぉらぁああ―――ッ!!」

 

〈オレンジチャージ!!〉

 

スウォルツに向け巨大なオレンジの果実を思わせる砲弾。

そして無数の光弾が同時に撃ち放たれる。

僅かによろめく彼は時間停止を挟む余裕も無しに、無数の銃撃の直撃を受けた。

ロンドンの街の一角に上がる爆炎の柱。

 

―――その爆炎を見守る二人の前。

炎が内側から斬り裂かれ、周囲に散らされていく。

 

黒い光を片腕に集約して剣を作ったスウォルツが爆炎の中から姿を現した。

彼は身構える二人のライダーを見ながら、腕から黒い光を消す。

 

「………流石に今、お前たち二人を同時に相手にするのは分が悪いか。

 まあ、現段階での目的は果たしたことで良しとしよう」

 

「おい待て!」

 

そう吐き捨てたスウォルツの体が光に包まれた。

止めようとする鎧武の声を置き去りにして、その光は即座に飛び立つ。

飛び去っていく光は、すぐにこの世界から消え失せていた。

 

それを見上げていた鎧武の背中に、ディケイドが声をかける。

 

「それで? なんでお前がここにいる」

 

「いや、何でって……よく分かんないけど何かここに呼ばれてる気がしたし……

 ここにきたらこうやって………」

 

鎧武が手を持ち上げると、そこにノイズが走る。

歴史消失の前兆。スウォルツがアナザー鎧武ウォッチを作成している証左。

彼はこうして何とか耐えてみせているが、そう遠くなく消失するだろう。

 

「…………呼ばれた、ね。なるほど、大体分かった」

 

「え、ホントか? なになに、どうなってるんだよこれ」

 

ぶんぶんとノイズを出す自分の手を振りながらディケイドに詰め寄る鎧武。

彼はそんな鎧武をひょいと躱して、歩き出した。

 

「ねえちょっと! おーい! 教えてくれって!」

 

「大体だと言っただろ。大体は大体だ」

 

「……つまり分かってないのかよ! 何で分かったって言ったんだよ!?」

 

鎧武の腕がディケイドの肩をばんばん叩く。

鬱陶しそうにそれを跳ね除けつつ、空を見上げる。

 

「問題は山積みに見えるが……ま、魔王がやるべきことだ。俺は知らん」

 

「魔王? 魔王って?」

 

「知らないのか……」

 

はーやれやれ、と言わんばかりに溜め息。

それにむっとした様子の鎧武がディケイドの周りをぐるぐる周りながら主張しだした。

 

「なんだよ、知らないから教えてくれよ!」

 

「……まあいいか、教えてやるからお前も手伝え。

 恐らく奴がアナザー鎧武を作るのは……まだ先だろうからな」

 

そして―――と、続けようとしたが今はここで話を切っておく。

武者の兜を思わせる鎧武の首が、こてんと横に倒れた。

 

「……えーっと、それってどういう話?」

 

「喜べ、それを今から説明してやるって話だ」

 

彼が呼ばれた、と感じたのは恐らくスウォルツが……

ドライブの歴史を経由して鎧武の歴史を蒐集していたからだろう。

 

だとすれば、なぜスウォルツがここでのんびりとディケイドを待っていたのか。

彼が現段階の目的、と口にしたものは何か。それも推測できる。

 

「ロンドンね……俺を利用してダブルの歴史を表に出したかった、ってところか。

 都合よく鎧武まできたもんだ。さて、こいつも風都に行ったことがあったか―――

 鳴滝が一緒に湧いて出てきたらどうしてくれるんだか……」

 

「なに? え、何の話?」

 

「別になんでもない」

 

彼の手が虚空に伸びる。前方に展開される銀色のカーテン。

それはスライド移動すると二人の仮面ライダーを飲み込み、この時代から消し去った。

 

二人のライダーが消えたのを見て、裏路地から一人の青年が歩み出てくる。

彼は手にした本を広げながら石畳を踏み締め、時間を刻む時計塔を見上げた。

 

「かくして、我が魔王のもとに新たなライダーの歴史が受け継がれた。

 ……余計な手出しをしてくれた門矢士の存在もまあ、いいとしよう。

 歴史の大きな流れは、けして誰にも止められない。

 誰がどのように変えようとしても、我が魔王がオーマジオウに辿り着く未来。

 それは変えようのない歴史なのだから」

 

時計塔の針が時間を刻々と示し、その進み続ける時間を見上げるウォズ。

時計の針は止められない。

いや、誰かが時計を壊したり細工したところで、時間は止まらない。

そして時間というものは、必ず零時に戻るものなのだから。

 

小さく笑ったウォズは踵を返し、そのマフラーの動きで自分を包む。

次の瞬間には彼もまた、この時代から消失していた。

 

 

 




 
パ   イ   ン

三章完。
次はそのまま四章に行ってそのあと立香が監獄塔行きます。
天草とフェルグスに会ってないけどままええわ。

平成対昭和の話をしても別に昭和ライダーは出てきません。
でも気が変わったらエレシュキガルの冥界がバダンとフィフティーンに乗っ取られてるかもしれません。そんなことはないかもしれません。エレちゃんが可哀想なので止めます。

アレクサンダー眼魂はどうするか考えてません。
もしかしたら出てくるかもしれません。出てこないかもしれません。
ノバショッカーが原因じゃないなら仙人にせいにするしかない。
 

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