Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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Aを求める者/霧夜の殺人者1998

 

 

 

モードレッドとジキルに追従する集団。

ぞろぞろと彼らの後ろで歩く立香と、その隣に並んで歩くマシュの頭の上。

フォウが小さく、何となく嫌そうに声を上げた。

 

「フォフォウ……」

 

その声は苦しいというより、霧が鬱陶しいとでも言いたげだ。

魔力の霧で息苦しさを感じているというより、霧で濡れてへたれる毛並みを嘆く声に聞こえる。

だがマシュにはそうでもないようだ。

 

「フォウさんも元気がなさそうです。やはりこの霧が……」

 

頭上でへたりとしているフォウに対して、マシュが心配そうな声を上げる。

いつも通りならばフォウがいても問題なかっただろう。

だがまさか突然、毒ガスが蔓延しているような特異点に来る事になるとは思わなかった。

 

ただ常人が死に至る霧の中でさほど影響がないのは良かった。

来た瞬間に苦しんで息絶えられる、なんて光景を迎えなかったのは幸運だ。

―――やはりフォウをレイシフトさせるのは危険なのではなかろうか。

 

それを言ったら立香もソウゴもそうなのかもしれないが。

 

「というか割と元気だね、フォウ。良かったけど。

 ソウゴの周りの霧が薄くなるならソウゴと一緒にいた方がいいんじゃない?」

 

立香の手がフォウを軽く撫でる。

だが彼はそれはそれ、と言わんばかりにマシュの頭の上で体を伏せた。

絶対にマシュの頭の上を確保する、という鉄の意志を感じる。

何故かはわからないが、男性よりは女性の頭の上の方がいいようだ。

 

立香もマシュもオルガマリーも余り気にしていない。

が、そもそも女性の髪の上に立つのは結構あれな話なのだが。

多分オルガマリーはダ・ヴィンチちゃんの作った体でなかったら怒ってるだろう。

 

そんな風にフォウを撫でている立香たち。

彼女たちから離れたジオウは前に出て、アナザーダブルに並んで声をかける。

 

「ジキルのいう調査って、とにかくこの街を歩いてみるってこと?」

 

「とりあえずはそうだね。それと知己の魔術師の拠点を尋ねてみたり、だ。

 後、現状として大きな問題が一つ……」

 

悩むように顎に手をやるアナザーダブル。どう説明したものか、と考えているのだろうか。

そんな彼に対して、先頭を歩いていたモードレッドの声が届いた。

彼女は少し楽しげな声を出しながら、肩に乗せた剣を軽く振るってみせる。

 

「おい、その問題とやらが出てきたぞ」

 

二人揃って視線を送れば、彼女はくいと顎で前方を示すように首を振る。

 

―――目の前の霧の中、薄ぼんやりと人影が見えていた。

霧の中に浮かぶ姿は間違いなく人と変わりないもの。

それを目撃したソウゴは、仮面の下で少しばかり目を細める。

 

「……人?」

 

「んなワケあるか」

 

霧で正体の分からない人影に首を傾げるジオウ。

そんな彼の呟き声を鼻で笑って一蹴し、モードレッドが体に紫電を奔らせた。

雷と変わった魔力が周囲に放出され、辺りの霧を一時的に薙ぎ払う。

 

―――そうやって力尽くで晴らされた霧の中に浮かぶ姿。

それはけして人間などではなく、無機質なマネキンのような人型。

機械人形(オートマタ)とでも呼ぶべき存在が、その場に無数に蠢いていた。

 

相手もまた霧の中でこちらを認識したのだろう。

敵性を確認したとばかりに、マネキンの軍団全てが虚ろな瞳に赤い光を灯す。

 

瞬間、炸裂した銃弾が人形の頭部を吹き飛ばした。

初撃を取られたモードレッドが口惜しげに表情を歪めながら振り返る。

 

「んで、とりあえずこいつらを壊せばいいってわけかい?」

 

くるりと手の中で銃を回し、ドレイクがそんなモードレッドに問いかけた。

真っ先に人形を斬り飛ばそうとしていた彼女は舌打ち一つ。

 

銃声を聞きつければ、周囲一帯の人形はここに集まってくるだろう。

周囲を見渡しながらアナザーダブルは言った。

 

「―――この人形たちは霧の中を歩くものを狙って活動している。

 霧に対抗する手段を持つがゆえに外で調査を行っていた魔術師も何人か殺された。

 僕たちが外を出歩く目的の一つは、こいつらの排除も兼ねているんだ」

 

人形が次々と動き出す。霧の中から次々と姿を現して、一気に攻め寄ってくる。

その想像以上の数の襲来に、オルガマリーが通信機に向かって叫んだ。

 

「こんなにいたのに感知できなかったの!?」

 

『ごめん! こっちではまるで感知できなかった!

 しかもキミたちの周囲に来て初めて、こちらで観測できるようになったほどだ!

 この霧が蔓延している以上、不意打ちを止める手段は……!』

 

「―――マスターたちは私の傍に。海上とは違い、“石兵八陣(かえらずのじん)”は機能している」

 

不意打ち、というものを防ぐには孔明の傍が最適だ。

例えアサシンクラスが気配を殺して踏み込んでも、確実に捕らえられる。

狙撃のような手段は防げないだろうが、この霧の中ではそのような攻撃は通らないだろう。

 

「うん。アレキサンダーは斬り込んで! ダビデはここから援護をお願い!」

 

ソウゴのサーヴァントにも立香の指示が飛ぶ。

ジオウがジカンギレードを取り出しながら、そんな感じで、と指揮を放棄した。

適材適所だからね、と苦笑したアレキサンダーが剣を抜く。

 

「アタランテ、あなたも援護を……いえ、切り込めるかしら?」

 

「無論だ。任せておけ」

 

くん、と。アタランテの体が沈む。

その一瞬の間を経た直後、緑色の疾風が霧を吹き飛ばしながら走った。

弓の鳥打が人形の腰を打ち据えて砕き、上半身と下半身を真っ二つに圧し折ってみせる。

 

そのまま目にも止まらぬ速さで、矢を番えて放つこと三射。

三本の矢が三本とも人形の頭部を貫き破壊した。

 

そんな光景を見ていたモードレッドが剣を振り下ろす。

刀身から荒ぶる赤雷が溢れ出し、足元に広がる石畳が炸裂した。

その雷を纏った剣を一振りすれば、奔る雷光が人形たちを一気に焼き払っていく。

 

「セイバー、周辺の家屋には人もいるんだ。

 あまり必要以上に破壊するようなことは……」

 

「うっせーな、わぁーってるよ! だから手加減してるだろうが!」

 

ジキルの言葉にそう怒鳴り返し、腕を回しながら近づいてきた奴に裏拳を一閃。

その頭を粉々にして吹っ飛ばす。

地面に散らばった人形の残骸を鬱陶しそうに踏み砕き、赤雷で消し飛ばした。

 

「しかしなんだ? いつもはバラけてる癖に今回は妙にここ一か所に集まってんな」

 

乱雑にさえ見える剣の一振りで三体、同時に斬り捨てるセイバー。

ガチャガチャと音を立てて崩れ落ちていく人形たち。

それを訝しげに見ているモードレッドの言葉に、アレキサンダーが視線を向ける。

 

アレキサンダーもまた雷光を纏い、人形を焼き切りながら周辺を見回した。

 

銃撃で次々と人形を砕いていくジオウ。

その周囲では霧が徐々に薄くなっていく様子が分かる。

ウォズの言っていたビーストウォッチの効果だろう。

 

ある程度の視界が通るようになれば、周囲の尋常ではない人形の数が分かる。

100は優に超えている、というほどの集団。

まだ霧で見えない部分を考えれば200を超えていてもおかしくはない。

一体どこにこんな、と。

 

「……レイシフト直後の僕たちが狙い、というわけではないだろう。

 ではモードレッドとジキルを狙っていた? そんな感じでもないね」

 

思考しているアレキサンダーに迫りくる人形が一つ。

だがその頭に投石を受け、その一体はもんどり打って地面に転がった。

砕けた石畳を弾丸に。次の石を拾い上げたダビデが肩を竦める。

 

「つまり僕たち関係なしの、どこかを目的にした派兵ということだろう?」

 

「だろうね」

 

この人形を操っている誰か。

それがこの大軍を差し向けて、何かをしようとしている。

邪魔になっているだろうモードレッドやジキルなどより重要な話なのだろう。

 

ここで会敵したと言う事は近場で何かが起きている。

だが周囲の様子は霧で全く見えないのが問題だ。

 

エルメロイ二世。そして近くのマスターたちに踏み込んでくる人形たち。

それをマシュの盾が正面から殴打して粉砕する。

 

その隙に、と。腕を回しながら横合いから迫る人形。

腕は鞭のように大きく撓り、純粋な打撃武器として機能する。

だが彼女がすぐさま構えなおした盾に防がれ、腕の方が折れて空を舞った。

 

「はぁああ―――ッ!」

 

腕を失った人形にトドメを刺す一撃。

破片を四散させながら機能を停止させる人形。

そんな残骸を地面に転がしながら、マシュが周囲を見回した。

 

「仮にこの軍団を差し向ける相手が近くにいるとしたら、この戦闘音で気付かれて……」

 

小さく歯噛みするマシュ。

まだ現状の把握さえも覚束ないというのに、決戦に至る場合を考える。

そんな彼女に声をかけようとした立香が、ふと気づいた。

 

「霧が、濃くなってきてる……?」

 

少しずつ薄れていたはずの霧が、何故かまた濃くなってきていた。

彼女の傍でエルメロイ二世が目を細める。

 

「なんだ……魔力の霧、というだけではない……?」

 

「どうやらこちらこそ産業革命時のロンドンを覆った公害、硫酸の霧らしい。

 もっとも、既にサーヴァントの宝具と化した現象のようだがね」

 

「なんですって……?」

 

「つっ……!」

 

ウォズが事も無げに深くなってきた霧を見てそう言った。

答えを知っているかのような彼の物言いと、それに反応したオルガマリー。

彼女がウォズへの追及を始める前に、立香が苦痛に声を漏らす。

カルデアの魔術礼装を超え、肌を刺してくる痛みゆえに。

 

これがただの“本当のロンドンスモッグ”であれば、カルデア礼装を突破できるはずがない。

それを突破したということは、もっと別の何かであることに疑いはない。

彼の言う通り、この霧がサーヴァントの宝具であるならば筋は通る。

その事実に顔色を変えるオルガマリーと二世。

 

そんな彼女たちの反応に肩を竦め、ウォズがマフラーを翻した。

周囲の霧を一時的に吹き飛ばす。すぐにまた霧はここを覆うだろう。

だがその直後、オルガマリーが立香の足元へ懐からルーンストーンを投げ放った。

霧を通さないための結界を構築する石から放たれる光。それが立香を包みこむ。

 

自身の宝具と干渉しないよう、エルメロイ二世もまた“石兵八陣”に手を加える。

そうしつつ、その霧が広がっていく様子に視線を送る。

 

立香には影響を与えたが、サーヴァントには―――いや、多少は効果があるらしい。

少しだが動きが鈍る感覚がある。とはいえほんの少しだ。

戦闘にはさほど影響はないだろう。

 

「ありがとう、所長……でも、これ」

 

「ロンドンスモッグを現象として宝具にするサーヴァント、か」

 

そんなものがいるとするならば、一人しかいない。

だがそもそも、ここが1888年。その人間が活動していた時期だ。

前の特異点のネロやドレイクのように、正しくその存在が生きている時期のはずだ。

 

「だが、それがサーヴァントとして―――?」

 

人形を薙ぎ払っていたアタランテが、ピクリと獣の耳を立てる。

霧の外から風を切る音が迫ってきている、と。

音がする方向へと視線を送り―――

 

その瞬間、霧を突き破る黒い影が飛んできた。

小さい。その矮躯はひしめく人形たちの一体、その頭の上に着地する。

黒い襤褸布をマントのように被った、銀髪の少女。

アタランテの顔が隠し切れない驚愕に歪む。

 

「黒のアサシン、ジャック・ザ・リッパー……!?」

 

声をかけられた少女は一瞬だけ彼女を見て、すぐさま後ろの様子を見る。

何かに追われていて、それに対して全力で意識を向けているようだ。

 

闖入者に対して視線を向けたモードレッドが、見覚えのある顔に舌打ちした。

 

「なんだ、どっかで見た顔ばっか集まってきやがったな。

 まあ円卓連中で集まるよかマシ……ああ、そっちも一人いたか。

 どっちにしろ――――」

 

ジャックを頭に乗せた人形はそちらに意識を向けない。

周囲の人形も当然のように彼女を見ない。

それはつまり、彼女があの人形たちを操っている連中側だという紛れもない証拠に他ならない。

 

彼女が握る剣に雷が収束していく。

 

「てめぇはここで消し飛べ――――ッ!!」

 

「ま、―――!」

 

人形ごとそれを消し飛ばすべく、モードレッドが剣を振るう。

アタランテが飛ばそうとする静止の声など聞く余地はない。

赤雷が弾け飛ぶ。周囲の人形ごと焼き払う威力でもって、それはジャックに向け放たれた。

意識を完全に自身が来た方向に向けている彼女では、回避の間に合わないだろう一撃。

 

「え?」

 

その一撃に対しジャックの表情に驚愕が浮かぶ。

そしてそれとまったく同時、深い霧を突き破り赤い影が戦場に乱入してきた。

 

「――――ッ!?」

 

ジャックを狙い澄まして跳び込んできただろう、赤い影。

赤いジャケットの女性が視界を覆う雷光に目を見開く。もはや反射だろう。

彼女の手の中にあるナイフが、目前の光の帯へと閃いていた

雷光に跳び込むことになる前にその光にナイフが突き立てられる。

 

一体それに何の意味があるのか、と。

誰が見たってそう思うだろう光景の直後、()()()()()()()()()()()

 

「―――なに?」

 

放ったモードレッドが驚き、声を漏らした。

ナイフで雷を切り裂いたと思われる女性が、刃を振り抜いた体勢のまま地面に落ちる。

それを好機と見たジャックが、人形を足場に離脱にかかる。

 

「敵……と思しきサーヴァント、逃亡します!」

 

マシュの声。

けれど、こちらには遠距離を狙えるサーヴァントがいる。

すぐそばにいたダビデに対して視線を向ける立香。

だが彼は小さく首を横に振り、自分のマスター……ジオウに視線を向けた。

 

立香が彼を見ると彼は戦闘を続けながら、動きの止まったアタランテの様子を伺っている。

アタランテもアタランテでどうすればいいのかと、苦渋の表情を浮かべていた。

 

「―――アレキサンダー! あの今来た人を守って!」

 

「さて。護衛が必要なのかな、あれは」

 

立香の指示にそう言いながらも、戦場を疾駆するアレキサンダー。

すれ違いながら人形に雷撃と剣撃を浴びせ、すぐさま目標に向かっていく。

地面を転がった女性はすぐに体勢を立て直して起き上がっていた。

 

即座に後ろに跳んで、接近してくるアレキサンダーから距離をとる。

 

「必要ないよ。というか、お前たちが敵じゃない保証もない」

 

「もっともだ」

 

青の中に赤い光を灯し、悍ましいほどに輝く彼女の瞳。

それと視線を合わせたアレキサンダーは距離を詰めることを止めた。

 

 

銃撃で削っていくだけでは埒が明かない。

だが大威力の攻撃では民家にさえ被害を及ぼすだろう。

地面に転がる無数の人形の残骸を踏み潰し、そこに転がる部品を見る。

大量の歯車が複雑に絡み合って動いているのだろう。

 

ちらりと横にいるアナザーダブルを見るジオウ。

そのまま彼の手が一つのライドウォッチを手にしていた。

 

「ねえ! それって多分、風を起こせるんだよね!?」

 

「え? あ、ああ。そこまで強くないけれど……!」

 

言いながら、アナザーダブルの黒い拳が人形を粉砕する。

彼の動作を見る限りでは、黒い側に比べて緑側の方がどうにも力が抜けているようだ。

だがそれでも十分だろう。むしろ強すぎては民家に被害がでる。

 

「あいつらの体勢を一瞬崩せれば十分! 後は……ねえ、モードレッド! 電気貸して!」

 

「はぁ?」

 

全身鎧でありながら回し蹴りを披露し人形を撃破したモードレッド。

彼女の顔が何を言っているんだこいつ、と言いたげな表情に。

 

「俺が上に飛んだら撃って!」

 

〈フォーゼ!〉

 

ジオウがジクウドライバーにフォーゼウォッチを装填する。

そのまま拳でドライバーのリューザーを叩き、変身待機状態へ。

彼が腕を時計の針のように回し、ジクウドライバーを回転させた。

 

〈アーマータイム!〉

 

上空から霧の天蓋をぶち破り、白いロケットが地上に侵入してくる。

その飛行の巻き添えになった何体かの人形が、跳ね飛ばされて宙を舞う。

 

ロケットが空中で分解して、ジオウの各部に装着されていく。

 

〈3! 2! 1! フォーゼ!〉

 

全身を白いアーマーに覆われたジオウが、一度縮こまるようにしゃがむ。

その直後、体で大の字を描くように大きく手足を広げて叫んだ。

 

「宇宙に、行くぅ――――!」

 

爆炎を吐き出す両腕に持ったブースターモジュールのノズル。

その勢いでジオウは霧の空へと舞い上がり、その場で静止した。

小さく舌打ちしたモードレッドがそれを見上げ、魔力の放出を開始する。

 

「言っとくがオレから借りた以上、利子はたけぇぞ!」

 

魔力が赤雷へと変じて、刀身に帯びる。

彼女は思い切り踏み込んで、天空に舞う白いロケットにその雷を解き放った。

 

放たれた雷は瞬きの時間も置かず、ジオウへと直撃。

彼のアーマーを赤く染め上げる。

電撃を帯びながらジオウが、ブースターを放ってウォッチとドライバーを操作した。

 

〈フィニッシュタイム! フォーゼ!〉

 

「宇宙ロケットォ―――超電磁石フィールド!!」

 

彼の周囲に赤と青が入り混じった球状のエネルギーフィールドが現れる。

それが、周囲の金属製の歯車を寄せ集め始めた。

地面に転がる歯車、砕けた歯車の破片、そして内部の多くを歯車で構成される人形たち。

 

空に引っ張り上げられる力を受け、多数の人形が蹈鞴を踏んだ。

 

「―――対象を選んでる磁力で引き寄せている、のか。

 とにかく、風が必要なのはここ、だね―――!」

 

アナザーダブルが今出し得る風を周囲に発散する。

体勢を崩していた人形たちが、一瞬だけ浮いて踏ん張ることも出来なくなる。

そのまま空の磁力フィールドへ引き寄せられていく大量の人形。

 

磁力に捕まった相手を空に置き去りに、ジオウが地上へと離脱した。

 

「ドレイク!」

 

「あいよ!」

 

声をかけられた彼女の背後の空間が歪む。

その空間の歪みから顔を出すのは、彼女の船に据え付けられた大砲。

 

それを背後から見ていたオルガマリーが顔を引き攣らせた。

すぐさま彼女は近くのエルメロイ二世を引っ張り、魔術の発動姿勢に入る。

 

虚空から現れたのは四門。突き出したその砲口が放つのはただの砲弾ではない。

そして照準するのは当然、上空で塊となった人形ども。

魔力の光が、その口から一気に広がっていく。

 

「さあ、行くよ! カルバリン砲、()ぇ――――ッ!!」

 

船長の号令に応える船。

四つの砲口から轟音が響き、放たれる魔力の大砲。

上空に敵を上げたとはいえ市街地で放つ攻撃とは思えないそれ。

それはきっちりと威力を発揮して、空に集まった敵を全て木っ端微塵に粉砕した。

 

ビリビリと音と衝撃が地上を揺らした。

空からは最早元が何だったかも分からない残骸が次々と落ちてくる。

 

そして着陸したフォーゼに向け、オルガマリーが走り込んで頭を叩いた。

 

「え、なに所長?」

 

「空に上げたって船の主砲を街中で撃たせてどうするのよ!?

 着弾点だけじゃなくて、ドレイクが出す大砲が砲撃の瞬間出す衝撃もでかいのよ!

 私たちが発砲の衝撃を逸らしてなきゃ家が崩れたわよ!?」

 

「あー……そっか」

 

そのまま彼の頭をべしべしと叩くと、路上に正座させる。

大人しく正座しようとした彼だが、フォーゼアーマーの脛には飛行のためのブースターがあった。

普通に正座することなどできず、そのままゴロリと地面に転がるジオウ。

それを見てしょうがなく彼の肩を掴んで、引っ張り起こしながら説教を始めるオルガマリー。

 

「あんただけで勝手に出来ると判断しないで私か藤丸に……」

 

そこまで口にしたオルガマリーが、立香を振り返る。

彼女はきょとんとして首を傾げた。

 

「………いえ、あいつはダメね。あいつもノリで判断しそう。

 とにかく、大きな事をする前には私にどうするかを話しなさい!」

 

「ふぁい……」

 

忙しそうな彼女の様子を見て、ドレイクが笑い飛ばした。

 

「アンタたちが守って無事だったんだからいいじゃないかい。そんな細かい事」

 

「細かくないわよ!」

 

オルガマリーが首を振ると、戦闘に入ってマシュから彼女に乗り換えていたフォウも揺れる。

フォウフォウ悲鳴を上げる彼を、近くにいたモードレッドが見咎めた。

ひょい、と。その小動物を摘まみ上げる。

 

「フォッ!?」

 

「なんだこいつ。どっかで見たような……?」

 

ぶら下げた白いその獣を眺めながら、不審そうに難しい表情を浮かべるモードレッド。

嫌々と手足を振り回すフォウ。

もちろん、そんなことでモードレッドを振り払えるはずもない。

 

「まあどうでもいいか」

 

「フォキュッ!?」

 

そして思い浮かばなかったのか、そのまま投げ捨てる。

モードレッドがフォウを投げ捨てた先には未だに自失しているアタランテ。

彼女の側頭部に当たったフォウが、そのまま獣耳に掴まって落下を阻止した。

それでもまだ再起動しない彼女にモードレッドは鼻を鳴らす。

 

そんな言い合いを始めた連中を見ていた赤いジャケットの女性。

彼女は呆れたような表情を浮かべると、その瞳から不吉に輝く青と赤の光を消した。

それを見てアレキサンダーもまた、その手から剣と雷を消す。

 

「お前たちと睨み合うの馬鹿らしくなってきた」

 

「はは、流石はマスターたち。人心掌握はお手の物だね」

 

それ馬鹿にしてるように聞こえるぜ、と彼女は言い返そうとして―――

やはり面倒なので黙っていることにした。

 

周囲を見回していたジキルが全ての人形を排除できた、と判断する。

そして闖入者である彼女も刃を納めてくれたのを見て声を上げた。

 

「―――大所帯になってきたし、状況の整理も含めて一度拠点に帰還しよう。

 これだけの戦闘を終えたんだ、休息も必要だろう。拠点と言っても僕の家だけれどね。

 それにあの、この場から逃げていったサーヴァント。

 あれの情報も共有……あれ? あれは―――」

 

そこまで口にしたアナザーダブルが、手で顔を覆うように悩みだす。

ついさっきここを通りすがっていったサーヴァント。

それが一体どのような格好で、どんな能力だったのか。

把握していた筈なのに思い出せない。

 

「―――すまない。相手はどんなサーヴァントだったかな?」

 

言われ、皆が思い出そうと思考して―――気付く。

少し前には真名にさえ辿り着いてたはずなのに、何一つ思い返せない。

 

「これは……何らかのスキル、或いは宝具か……?」

 

エルメロイ二世が舌打ちし、眉間に指を当てる。

 

「―――気持ち悪い感覚だな、これ。知ってるのに覚えてない」

 

着物の上に赤いジャケットを着た彼女は、ナイフをポケットに戻しながら顔を顰めた。

直に目で見て、斬り合って、追い掛け回したというのに。

しかし今になったら相手がどちらの性別で、どんな背格好だったかさえ思い出せない。

 

そうやって悩みだした皆の前。

アタランテが小さく俯いて、自分の体を掻き抱きながら口を開いた。

 

「―――――奴は、ジャック・ザ・リッパー。救われぬ子供たちの集合体だ」

 

 

 




 
アタランテがまた曇らされるやつ。
曇り時々晴れ、夜間は濃霧にご注意ください。

二色のハンカチで涙を拭って差し上げろ。
 

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