Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ロード・カルデアス2015

 

 

 

 黒き騎士王。その体が端から魔力に還っていく。

 そんな中、一瞬だけ彼女の口元が自嘲するかのように小さく歪んだ。

 

「―――聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いたあげくの敗北。

 結局。どう運命が変わろうと、私ひとりでは同じ末路を迎えるという事か」

「あ? どういう意味だそりゃあ。結局のところ、テメェは何を知ってるわけだ?」

 

 腰を落としたまま、キャスターが消えかけのセイバーに問いかける。

 敗者となったセイバーは顔を無表情へと戻した。

 そしてただ一つ、彼女が語るべき言葉だと感じていることのみを語る。

 

「いずれ貴公も知るだろう。ケルトの戦士、アイルランドの光の御子よ。

 ()()()()()()()()。―――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」

 

 セイバーの体のほつれは止まらない。

 問い詰めようとするキャスターを後目に、ただ彼女は自身の消失を前に瞑目した。

 彼女の体はやがてただの魔力の残滓でしかなくなり―――

 そのまま、虚空に混じって消え失せてしまった。

 

 ―――ただ、彼女の消えた場所には何か光る物体が残されている。

 

「一体どういう―――あん?」

 

 そしてキャスターもまた同じように。

 体の端から空気に溶けるように、光の粒子に還り始めた。

 彼はそれを見て仕方なさそうに頭を掻き回す。

 

「ここで強制帰還かよ……チッ、納得いかねえがしょうがねえ。

 坊主、後は任せたぜ。次があったらランサーで頼んだぜ」

「それって選べるものなのかな」

 

 そんなソウゴの間抜けな返答を聞いて笑いながら、キャスターの姿は消えていった。

 

「セイバー、キャスター、共に消滅を確認しました。

 ……わたしたちの勝利、なのでしょうか?」

 

 死闘の後に残った静寂。

 そのギャップに困惑するようにマシュが疑問の声をあげた。

 

『ああ、よくやってくれたマシュ、藤丸立香、常磐ソウゴ!

 所長もさぞ喜んでくれて……あれ、所長は?』

 

 言われていなくなっている事に気付き、辺りを見回す。

 するとオルガマリーの姿はセイバーが消失した場所に向かっていた。

 

「……冠位指定(グランドオーダー)。あのサーヴァントがどうしてその呼称を……?」

『マリー。特異点の原因となる現象の排除が終わったんだ。

 トップであるキミの口から終わりを告げなきゃ、彼らだって休めないよ』

「え……? そ、うね。よくやったわ、藤丸立香。それにマシュ。

 あと常磐ソウゴ―――いえ。ところで何の冗談なの、それは」

 

 終わった、と。気を抜いていたはずの彼女の顔がまた渋くなる。

 その目の先にいるのは常盤ソウゴ―――仮面ライダージオウだ。

 

 ジオウが首を傾げながら自分の事を指さした。

 

「え、俺? 何が?」

「そのサーヴァントとの戦闘に耐える戦闘服? みたいなのは何なのです、と訊いているのです! そもそもあなたが持っていたあの銃器も、明らかに一般人の所有物ではないでしょう! よくよく考えれば、おかしなところだらけじゃない!」

「うーん、でも俺もよく知らないし。ウォズ、これなに?」

 

 言いながらジオウが振り返る。

 だがそこには既にコートの男、ウォズの姿はなかった。やはり神出鬼没らしい。

 視線を巡らせて周囲を一通り見回して、その姿が完全に消失していることを確認する。

 

「……また消えてる」

「そうよ、あの男も何なのよ……! 事件直後にカルデアの内部に侵入していた、という話じゃない……! もしかしてこの事故自体、その男が仕組んだものなんじゃないの……!? あなた、あの男と面識があるみたいだけど、あなたもこの事件に関与しているわけじゃないでしょうね!?」

『落ち着いてくれオルガマリー。彼はこの特異点解決の功労者の一人だ。

 仮に取調べを行うにしても、それはそこでじゃない。全ては帰還してからの話だ』

「ええ、ええ、そうね。分かってるわ……そんな事は分かってる……!」

 

 落ち着いた結果、別の要因で頭に血が上ったのか。

 オルガマリーはこめかみを押さえながら、声の上擦りを抑えていく。

 

「……不明な点は山積みですが、ここでミッションは終了とします。

 まずはセイバーが消滅した地点にある謎の水晶体の回収を。恐らくあれがセイバーが異常をきたした理由……この特異点の発生源になっていた理由と思われます」

「はい、至急回収を―――な!?」

 

 所長の指示に従い回収にかかろうとしたマシュが驚愕した。

 セイバーの所持していただろう水晶体が、ふわりとひとりでに浮遊していたのだ。

 

 いや。洞窟の奥から歩いてくる何者かの影がある。

 それに引き寄せられていくというならば、それはその者の意図に他ならない。

 下手人はゆっくりと洞窟の奥から姿を現してみせた。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。

 ……まったく。一人は見込みのない子供だからと善意で見逃してあげた私の失態。もう一人はきっちり現場に送ったというのに生還する始末―――ふん、どちらにせよ私の失態か」

 

 水晶体はゆっくりと、新たに現れた男の手の中に納まった。

 機械的、魔術的、両面から現代最先端技術の粋の施設たるカルデア。

 そんな中で唯一、()()()()()()()()()()()()()魔術師然としたまま歩いていた男。

 

「レフ、教授……!?」

『レフ―――!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?』

 

 通信を聞いたレフが、いつも通りの柔和な表情で帽子を上げる。

 だがその口が発する声はまるでどうしようもなく呆れているかのような様子で―――

 

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく―――」

 

 ―――しかしその瞬間、一気に別物に切り替わる。

 

「どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないな。

 人間というものはどうしてこう、こちらが善意で定めてやった運命からズレたがるんだい?」

 

 全てを唾棄するかの如く、怨念染みた感情で構成された言葉。

 今までの彼は全て演技なのだったと、そう思わざるを得ないほどの悪感情がそこにあった。

 周囲に一気に緊張感が走る。

 

 知り合いが訪ねてきたのではない。

 ―――新たな敵が現れたのだと理解する。

 

「マスター、下がってください―――!

 あの人は危険です……あれは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません!」

 

 マシュが立香を庇い、しかしそれでは彼女の歩みを止められなかった。

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、あなたがいなくなったらわたし……! この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」

「所長……! いけません、その男は……!」

 

 彼女は踏破してしまった。

 魔力の大嵐が暴れ狂った後の道なき道でも、彼女の性能なら舗装された道と変わりない。

 そうしてオルガマリーは突如現れたレフに縋るためにそこに辿り着き――――

 

「やあオルガ。元気そうでなによりだ。君もたいへんだったようだね」

「ええ、ええ! そうなのレフ! 管制室は突然爆発するし、予定外のレイシフトには巻き込まれるし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし!

 予想外の事ばかりで頭がどうにかなったみたいだったわ! でも、あなたがいれば何とかなるでしょう? だって今までそうだったもの。今回だってわたしを助けてくれるのよね?」

 

 ―――そうして。

 彼女にとっての最悪の事実を悪魔染みた彼の口から語り聞かされる、という結末に着地する。

 

「ああ。もちろんだとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる。その中でもっとも予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足下に設置したのに、まさか生きているなんて」

 

 レフ・ライノールの目が見開かれる。その瞳の中にある感情が制御の利かぬ怒りである、と。

 彼の目を覗いたオルガマリーには余す事なく伝わってきた。

 けれどそれはおかしい。レフはそんな風に感情を表に出す人間ではないのに。

 

「――――、え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

「いや。生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる。肉体は既にね。トリスメギストスはご丁寧にも死後の残留思念になった今の君を、この土地に転移させてしまっていたんだ。ほら、君は生前レイシフトの適性がないことに悩んでいただろう? 適性の無い肉体はレイシフトには耐えられない。肉体を保持したままでは転移ができない。

 わかるかな? 君は死んだ事ではじめて、切望していたレイシフトの適性を手に入れたんだよ。肉体を失った君はそんなことを考慮する必要がなくなった。だからカルデアにも戻れない。だってカルデアに戻った時点で死者である君のその意識は消滅するんだから」

「え……え? 消滅って、わたしが……? ちょっと待ってよ……カルデアに、戻れない?」

 

 オルガマリーが自分の頭を押さえながら体をふらつかせる。

 だがレフは彼女の腕をゆっくりと掴み、まるでいつも彼女にそうするように優しく微笑む。

 

「そうだとも。だがそれではあまりにも哀れだ。君にはもうカルデアの現在を知る術がない。

 だから特別に用意したとも。生涯をカルデアに捧げた君のために。せめて今のカルデアがどうなっているか知ることのできる特等席をね」

 

 そう言って手にした水晶体、聖杯を掲げるレフ。

 二人の近くの空間が捩れるように穴を開け、その先にカルデア管制室の光景を映した。

 

 そこにあるのは地球環境モデル、カルデアス。

 地球そのものに魂があると仮定し、その魂を転写する事で作り出された擬似天体。

 人の目が届く小さな地球の姿。

 

 ―――その姿がいま、本来とはまるで違う様相を呈していた。

 

「な……なによあれ。カルデアスが真っ赤に……? 嘘、よね?

 あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」

「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。ただ、聖杯があればこんな事もできる、という実演をしてみせているだけさ。

 さあ……その目に刻むがいいアニムスフィアの末裔、オルガマリー。あれこそおまえたちの愚行の末路だ。どうだい、人類の生存を示す青色は一片もないだろう?

 ―――あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果なのだよ」

 

 その惑星には最早、自分たちの知る地球の面影すら感じることはできなかった。

 ただ赤く染まった地獄の様相。そこに命が活動しているはずはない。

 湧くのは地獄というものがあるならばこれのことを言うのだろうという漠然とした恐怖だけ。

 

 レフがオルガマリーを引き寄せて、彼女の知る彼とは似ても似つかぬ醜悪な表情で嗤う。

 

「良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさがとりわけ甚大な失敗を招きこんだ。それが今度こそ、世界を滅ぼす悲劇を呼び起こしたというワケだ!」

「ふざ―――ふざけないで! わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしは死んでなんかいない…!

 アンタ、どこの誰なのよ!? わたしのカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!」

 

 自分の腕を握る彼の手を振りほどくべく、体を揺すりながら相手を叩く。

 それに何の痛痒も受けていないように、まるで苦笑のような憎悪を彼は呟く。

 

「アレは君のものではない。まったく―――最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」

 

 ガクン、とオルガマリーの体が何かに引きずられ、宙に浮き始める。

 それでも彼女がこの場に支えられているのは、レフが彼女の腕を握っているからだ。

 

「なっ、なに……体が、何かに引っ張られて―――」

「言っただろう? ()()はいまカルデアに繋がっていると。

 このまま殺すのは簡単だが、それではあまりにも芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう。()()()()とやらに触れるといい。

 なに、感謝はいらないよ。私からの最期の慈悲だと思ってくれたまえ」

 

「ちょ―――なに言ってるの、レフ? わたしの宝物って……カルデアスの、こと?

 や、止めて……! お願い……! だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ……?」

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな? まあどちらにせよ。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 そう言ってレフの手がオルガマリーの腕を放した。

 今度は逆に、彼女の手が必死にレフの腕に縋りつく。

 

「いや―――! いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、わたしを認めてくれていないじゃない……!

 どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた!」

 

 彼女の慟哭。それに何を感じるでもない、と。

 レフは鬱陶しげに顔を顰めたまま、自分の腕を掴む彼女の腕を引き剥がす。

 指が離れ、遂に彼女はカルデアスの引力に完全に捕まった。

 

「やだ、やめて、いやいやいやいやいやいやいやいや……! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと……! ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのにぃ―――――!!」

 

 惑星の引力が彼女を引き寄せる。

 果てへと消える彼女を微笑みながら見送ろうとしたレフ。

 

 その横を―――しかし、一台のバイクが過ぎ去っていく。

 己の隣を通り過ぎたその姿に、レフが小さく眉根を寄せた。

 

 地球の引力を振り切りながら、彼女の腕を捕まえる。

 そのまま時空の歪みの範囲の外まで走り抜けた彼は、バイクを停止させた。

 仮面の奥の顔がレフ・ライノールへと向き直る。

 

 その手に掴まれたオルガマリーの蚊の鳴くような小さな声が、彼の名を呼んだ。

 

「……常磐、ソウゴ……」

 

 そんな。

 用意したものとは違う顛末を見届けたレフが、忌々しげにそれを見る。

 

「そのような装備もあったか。やれやれ、さっさと投げ込んでしまうべきだったかな。

 いや、そもそもこんな()()をせず、さっさと彼女の頭を潰せばよかっただけか。

 ああ、想定外の連続でよほど頭に血が上っていたらしい。

 君のおかげで少し落ち着いたよ、お礼を言っておくべきかな。常磐ソウゴ」

「じゃあそれで道案内の借りを返した、って事でいいよ」

 

 バイクを降りると、それがライドウォッチとなって手元に戻る。

 それを腕のホルダーに装着し、彼はジカンギレードを出現させた。

 

「けど、あんたはもう同僚じゃないって事だよね」

「もちろん。だが無駄な事をしたものだ。

 言っただろう? 彼女の肉体はもう死んでいる。君たちがレイシフトから帰還する時、その途中で彼女という記憶の残滓は消滅する。

 そんな無駄な事などせず、もし君が彼女の事など無視してすれ違いざまに私を切り捨てていれば、君たちだけは助かったかもしれないというのに」

「―――あんたは知らないかもしれないけどさ……俺のカルデアでの仕事って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよね。

 助けてって言われたんだから、助けるに決まってるじゃん」

「愚昧ここに極まれり、だな。既に彼女は死亡し、助けるといった行為に意味は生じない。

 言っても分からないようだ。まあ、私も愚者と死人にいつまでも煩わされる気はない」

 

 パン、と彼が一つ手を叩く。すると今までそこに生じていた時空の歪みが消失した。

 もうそこに赤く燃え盛るカルデアスは見られない。

 

「改めて自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。

 通信で聞いているのだろう、ドクター・ロマニ? 共に魔道を研究した学友として、君に最後の忠告をしてやろう。

 カルデアはもう用済みになった。おまえたち人類という種は、既に滅んでいる」

『……レフ教授。いや、レフ・ライノール。

 それはどういう意味ですか。2017年が見えない事に関係があると?』

 

 ロマニの探るような声色。この状況で、出来うる限り情報を集めようという姿勢。

 その()()()()()()に鼻を鳴らし、彼は隠す事などないとばかりに答えを語りだした。

 

「既に関係のあるなしではない。もう終わったという事実の提示だ。

 未来が観測できなくなり、おまえたちは『未来が消失した』などとほざいたな。まさに希望的観測だ、楽観的にもほどがある。これは未来が消失したなどという話ではない。

 お前たちの未来などという害悪は既に焼却され、燃え尽きたのだ。カルデアスが深紅に染まった時点で結末は確定した。貴様たちの時代はもう存在しない。

 カルデアスの磁場で未だカルデアは守られているだろうが、その外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」

『そうでしたか……外部と連絡がとれないのは通信の故障ではなく、そもそも受け取る相手が消え去っていたのですね』

 

 カルデアの外の消失。今この場にいる者、そしてカルデアに残るスタッフたち。

 それ以外のものは全て消失していると、現状とレフの言葉を合わせてロマニは確信していた。

 

 ならばその非現実的な事実を、ソウゴや立香が否定できる理由はない。

 ―――既に、自分の知っている全てが滅びているのだ。

 

「ふん、やはり貴様は賢しいな。真っ先に殺しておけなかったのが悔やまれる。

 だがそれも虚しい抵抗にしかならん。2017年が訪れぬまま人類が消失することは証明された。カルデア内の時間が2016年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。もはや誰にも結末は変えられない。なぜならこれは人類史による人類の否定だからだ。

 おまえたちは進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない。自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙屑のように、跡形もなく燃え尽きるのさ!」

 

 彼の体が蠢動する。彼に秘められた何かが、この期に及んで叫びをあげている。

 そんな彼に対し、ジオウが拳を握りしめながら言葉を投げた。

 

「だったら人類を見捨てたっていう王様の代わりに、俺が人類を救う王様になる」

「―――――」

 

 レフの動きが止まる。その視線は確かにジオウを捉えていた。

 悪魔の如き何かに変容しつつあるレフ・ライノール・フラウロス。

 それを前にしても、ジオウの言葉には揺るぎはない。

 本当にこれこそが常磐ソウゴの正気なのだと示すように。

 

「―――――、ハ」

「俺は俺の民を見捨てない。俺は俺の民を守ってみせる。寵愛を失ったか何だか知らないけど、そんな事で俺の民を何してくれんだよ―――!」

「ハハ、ハハハハハハハハハハ――――――!!!」

 

 壊れたように笑い、最後の一線を越えようとしたレフが―――

 轟音と共に崩壊を始めた世界を見て静止する。

 

「……この特異点もそろそろ限界か。これでも忙しい身だ、私は先に帰らせてもらうとしよう。

 では、さらばだロマニ。そしてマシュと二人のマスター。それに―――オルガマリー。君たちはこのまま時空の裂け目に呑み込まれるがいい。

 よかったじゃないか、オルガ。地獄への道行に連れ合いが出来て」

 

 顔を作り直し、笑いながら姿が消えていくレフ・ライノール。

 今までそこに何もなかったかのようにあっさりと彼の姿は消え失せる。

 

 その直後。

 空間の捻じれに引き裂かれて、全方位余すことなくこの場所の瓦解が始まった。

 

「地下空洞が崩れます……! いえ、それ以前に空間が安定していません!」

『レイシフトによる帰還を実行中だ!

 でもゴメン、そっちの崩壊が早いかもしれない! それに―――』

 

 忙しなく動きが画面越しに伝わってくる中、ロマニの声に苦渋が混じる。

 それが誰を思っての事なのかなど、誰にでも分かる。

 ジオウに手を掴まれたまま悄然と座り込んでいるオルガマリー。

 

「その、所長の体がもうないっていうのは……」

『――――レフ・ライノールが彼女に精神的苦痛を与えるための虚言。そういう可能性もある。彼は明らかにマリーを自分に依存させ、それを突き放す事で……遊んでいた。

 だとすれば何の問題もない。そもそもレイシフトでそちらに送られたんだ。同じように帰還させる事は可能な筈さ。やってみせるよ。キミたち四人は問題なく帰還できる―――』

「……できないわ。分かっているでしょう、ロマニ」

 

 ジオウの手を振り払い、オルガマリーが立ち上がる。

 その視線は地を向いている。その声は震えを強引に抑え込んでいる。

 けれど、確かに立ち上がっていた。

 

「……わたしの帰還には失敗した、なんて。あなたの口から、帰還した彼らに告げる言葉じゃないでしょう。最初からそんな結果はありえない。わたしという記憶はここで消失する。だから、最初から帰還する予定があるのは三人だけ。

 …………っ、失敗は許さないわ、必ず成功させなさい」

『――――了解しました、所長』

「そもそも、わたしの体にレイシフト適性がないのは分かっていた。肉体があるままではレイシフトは不可能。故に、ここにあるのはわたしという人間の残滓。

 一片の反論の余地もない正論です。むしろ適性の有無に関わらず、物質的な肉体に縛られないものならばレイシフトさせる事が可能という実証にできるケースよ。人理に基づく霊体であるサーヴァントを武装とするという試みは、正しいものだったと証明されたと言っていい。

 ……レフ、レフ・ライノールが何を目的とした存在か分かりませんが、今後発生するだろう戦闘で……それが立証されているという事は、きっと助けになるはず――――!」

 

 震えながら立っていた彼女の膝が、またゆっくりと落ちていく。

 その彼女を、ジオウの手が支える。

 

『ああ、ああ。そうだとも、マリー。キミの父であるマリスビリーが提唱した説を、オルガマリー、キミが実証したんだ。これは他の誰でもない。人類最初のレイシフト被験者であるキミの残したものだ。

 ―――レフ・ライノールのいう人理の焼却なんてあってはならない。マリスビリーが残し、キミが受け継いだカルデアは、そんな未来を認めない。

 だからキミが率いたボクたちはそれを止めるんだ。大切なものを未来へと残していくために』

 

 ロマニが語る必死な声。

 それを聞いていたオルガマリーが、ジオウの腕を強く掴んだ。

 

「わたしの命令を聞くのが―――自分たちの仕事だってちゃんと、分かってるのよね……」

「うん」

「なら、命令するわ。常磐ソウゴ、藤丸立香、マシュ・キリエライト―――!

 未来焼却なんて認めない、わたしのカルデアがそんなものに利用されたなんて許さない……!

 取り戻してよわたしのカルデア(みらい)を……! せめてわたしが残したかったハズのものを……!」

 

 彼女の握力でジオウの装甲は揺るがない。

 だが、その強く握られた感覚だけは余す事なく伝わってきた。

 彼女は顔を上げない。声に涙を交えていても、それは絶対に見せられないと感じてる。

 

「約束する」

 

 どうしようもなく耐え切れず、オルガマリーの足が崩れ落ちる。

 それと同時に。周囲の崩落が完全に最高速に達した。

 完全にこの空洞の上にある山ごと決壊したのだろう。

 岩に土砂に、数えきれない礫が上から横から襲いかかってくる。

 

『くそ、もう少しなのに……!』

「―――藤丸、マシュ……」

 

 この崩落の轟音の中で、本当に小さな、所長の声。

 

「最期に見せてよ……わたしがあなたたちに、残せたもの……!」

 

 それでも、自分たちの()()()の声を聞き逃す事はなかった。

 この状況を打開する、レイシフトまでの時間を稼ぐための唯一の一手。

 マシュが盾を掲げる。聖剣を相手にして、魔力なんて残っていない。けれどそれを覆す。マスターの手に残された最後の令呪(リソース)

 

 二人の声が重なって、所長から授かった人理の盾の名が告げられた。

 

「――――“擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”―――――ッ!!!」

 

 あらゆる害悪から人理を守るために授かった盾、その名前。

 展開される光の盾は周囲の崩落から彼女たちを守りきり―――

 

 そして、その光の盾が消える頃にはそこには何も残っていなかった。

 

 

 


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