Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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暴かれたM/叛逆の騎士1888

 

 

 

「オォッ、ラァ―――ッ!」

 

彼女が振るう“燦然と輝く王剣(クラレント)”の白銀の刃。

それは迅雷の如く奔り抜け、ジオウの胴体へと正面から叩き付けられた。

盛大に火花を散らしながら押し込まれるジオウ。

 

だが彼はすぐさま体勢を立て直し、ジカンギレードをモードレッドに突き出した。

自身を目掛けてくる刺突を見て、彼女は即座に横へと跳ねてみせる。

微かに鎧を掠めていく切っ先が彼女の苛立ちを加速させていく。

 

「ねえ、モードレッド。なんでモードレッドはそうやって隠すの?」

 

「あぁ!?」

 

最早彼女が心の内に怒りを積み重ねる速度は、限界を振り切っている。

彼女の苛立ちに呼応するように、クラレントが纏う雷は増すばかり。

その放出量はとっくに、マスターのいないモードレッドの魔力で賄えるレベルではない。

 

―――しかしだが、そんなこと知ったことか。

 

疾走するモードレッド。

それに対し、ジオウは円形の魔法陣を二つに割ったようなマントを翻しながら身構える。

 

二人が交錯する瞬間に剣を振るい、空中で激突した。

互いの剣の衝突と同時、炸裂する稲光。

全て押し流そうと迫る雷の攻勢を、炎の防壁がそこで押し留める。

 

舌打ちした彼女。直後、彼女が纏う鎧が首元から稼働した。

鎧が展開したかと思えば現れるのは、金髪の少女の頭を覆い隠す角の生えた兜。

顔を覆い隠した彼女が、一瞬だけ上半身を逸らし―――

 

全力で、ジオウの頭に対して自分の頭を叩き付けた。

尋常ではない音を響かせながら弾き飛ばされる両者の体。

二人揃って蹈鞴を踏んで、距離を離して対峙しなおす。

 

仮面の下に顔を隠した二人が視線を交わした。

 

「モードレッドが叛逆の騎士だから? 王になりたくて叛逆したから?」

 

ソウゴからの無遠慮な問いかけ。

ギリ、と兜の下で彼女は歯を食い縛る。

 

「オレは―――ッ!」

 

「違うよね。多分、モードレッドが人間だからだ」

 

人造の命である彼女に対し―――彼女のことを知らないが故に。

ソウゴは当たり前のようにそう言った。

しかし彼女のことを知っていたとして、変わらない結論として。

 

“コピー”の魔法陣が片手に浮かび、ジカンギレードを二振りに増やす。

両手に一振りずつギレードを持ったジオウがゆっくりと構え直した。

 

「黙れ……!」

 

人間とは精神性の話だ。

彼女の出自がどうであれ、彼女は人間以外の何物でもない。

だからこそ―――

 

「だからダビデには伝わっちゃうんだ。

 人間でない“王”に憧れてるのに、モードレッドはどうしようもなく人間だから」

 

彼女は、彼女の憧れる王を継げるはずがなかった。

 

「黙れっつってんだよ――――ッ!!」

 

稲妻を伴い迸るクラレントの剣閃。

それを二刀のジカンギレードが受け流し、彼女の胴に蹴りを見舞う。

地面を削りながら押し返されるモードレッド。

 

「でもモードレッドがその王様と同じだったら、王様にそんな強い想いは持てないよ。

 モードレッドは人間だからこそ王様に憧れて……

 人間を辞められないからこそ、憧れた王様にはなれなかったんだ」

 

憧憬を抱く時点で破綻している、と彼は言う。

国営を行うシステム。そちらに寄った王とはそういうものだ。

その目的が何であれ、運営に支障をきたす感情は邪魔になる。

 

だからそもそも。

彼女は仮に王になれたとしても、それはアーサー王とは違うものにしかなれない。

アーサー王を理想とするモードレッドは、彼女と同じ境地には至らない。

 

彼女はアーサー王に憧れているから王になりたくて。

けれど彼女はアーサー王に憧れている以上、アーサー王と同じ王にはなれない。

アーサー王と同じ場所に立つには、息子として彼女が持つ憧憬を放棄する必要がある。

けどそれを捨ててしまえばモードレッドはもうモードレッドとは言えない。

そもそもそれを捨てたら、王なんかに憧れる理由も消え失せる。

ただそれだけのことだった。

 

地面が爆発する。赤い雷が地上から天に落ち、霧の街を割る。

膨大な魔力の放出が彼女を雷光の弾丸に変えて、ジオウへと殺到させた。

クラレントの一撃がジオウに直撃する。瞬間、弾ける稲光と火花。

 

全身から煙を噴き出しながら後ろに転がるジオウ。

その視線が再びモードレッドに向けられる。

 

「モードレッドの王様は、他の誰が見向きもしないものさえ愛せる王様だったから。

 ううん、そんなものを愛するために人ではない“王”になれる“人間”だったから」

 

「テメェが知る筈もねぇアーサー王についてごちゃごちゃと!!」

 

地に転がるジオウへと雷撃が飛ぶ。

ジオウの前方に黄色い魔方陣が浮かび上がり、土の壁がせり上がってくる。

彼の前にせり上がるその壁が雷撃を阻み、耐え切れずに砕け散った。

 

土壁が崩れ落ちた先には、既に立ち上がったジオウの姿。

 

「確かにそうかも。ごめん、間違ってた?」

 

彼の惚けた声に、モードレッドの放つ雷光が更に激しさを増す。

 

「―――――ッ!!!」

 

「そうやって辛そうな顔をするってことは、モードレッドにも分かってるんだよね。

 その王様は多分。人間には譲れない、譲ってはいけないと思って背負い込んでたんだって。

 だから………他の誰より、その肩の荷を軽く出来なかった自分が嫌なんでしょ?」

 

睨み付ける彼女の視線に呼応するように弾ける赤雷。

ウィザードアーマーが緑の魔法陣を背後に浮かべ、それを緑の雷で迎撃する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ジャック・ザ・リッパーたちは救えない、って言った理由。

 一度そっちに流れてしまったら、もう憧憬や羨望じゃ覆い隠せないって知ってるから」

 

「……よく喋るじゃねぇか、余裕のつもりか?」

 

「モードレッドが自分で自分を追いつめてるから。余裕と言えば余裕なのかも」

 

無言の疾走。

クラレントの剣閃がウィザードアーマーに幾度となく炸裂する。

アーマーの表面から噴き出す火花が、霧の中で大きく咲いた。

 

後ろに追いやられながら、ジオウはその口を止めはしない。

 

「でもさ。それって王様はモードレッドのそこは認めてたってことじゃない?

 モードレッドは色んな想いを捨てなきゃいけない王じゃない。

 多くのことを、好きなように想うことを許された人間なんだって。

 そうじゃなかったら、人を守るための騎士であることも許さないでしょ」

 

クラレントが大上段からジオウを斬り裂いた。

その瞬間、彼の体が水になって地面に流れ落ちる。

目を見開く彼女の後ろで流動する水が人型に固まり、再びジオウとなった。

 

ジオウに背を向けたまま、モードレッドが声を震わせる。

 

「認める、だと? あの人がオレを……? やっぱりテメェは何も分かってねえ……!

 オレは認められたんじゃねえ、あの人はオレを気にかけなかっただけだ……!」

 

「……そっか、そういうならそうかも。じゃあ、おんなじだね。

 モードレッドもそういう王様だってことを理解せずに王になりたがったんでしょ?

 理解した今は、別に王様にこだわってないんだから。

 気にかけてなかったのはお互い様じゃん」

 

「―――――」

 

その言葉に。彼女の怒りが限度を更に超える。

再び彼女が兜を展開する。鎧に格納される分解された兜。

露わになった彼女の金の髪が、渦巻く雷電で逆立った。

 

同時に、彼女の剣に注がれる魔力が臨界に達する。

それは紛れもない宝具解放の予兆。

 

「そ、れ、がッ……!!」

 

モードレッドがクラレントの柄に両手をかける。

クラレントの白銀の刀身が、血に染まる邪剣へと変わっていく。

 

全力で振り抜く姿勢だ。彼女の次の一撃に、手加減は一片も存在しない。

その魔力の氾濫を前に、ジオウは剣の切っ先を下げた。

 

「どうした……ッ!!」

 

血走らせた碧眼は構えもしないジオウに向けられる。

 

いつその赤い光が解き放たれてもおかしくはないだろう。

ジオウの装甲とは言え、その直撃を受けて無事で済むはずもない。

だというのに彼はしかし、身構えることもしなかった。

 

「最初から訊いてるのはこっちでしょ。

 ねえ、モードレッドはさ――――()()()()()()()()?」

 

静かに問いかけるソウゴの言葉。

それを目の前に、モードレッドは“燦然と輝く王剣(クラレント)”を振り上げた。

怒りに染まった碧眼は目前の敵を睨み据え、その口から邪剣の銘を吼え立てる。

 

「“我が麗しき(クラレント)――――ッ!!」

 

霧を裂いて立ち上る血色の刃を見てなお、彼に動きはなかった。

剣を振り抜くための大地を踏み砕く一歩。

 

そうして歯が砕けんばかりに噛み締めた彼女は、しかし。

 

―――その剣を、地面へと叩き付けるように振り下ろした。

 

四方に飛散する赤い雷。

真名解放まで迫った宝具の魔力が、不発に終わって周囲に雷として撒き散らされる。

大地を割り砕きながら、周辺一帯に暴れ狂う魔力の電撃。

 

自分のすぐそばを過ぎ去っていくそれを感じながら、ジオウはモードレッドを見た。

 

彼女は息を荒くしながら俯いている。

燦然と輝く王剣(クラレント)”―――王位継承権を示す、白銀の剣。

王の武器庫より彼女が叛乱とともに強奪した輝き。

 

彼女はその輝きを憎悪に染め、アーサー王を貫いた。

 

―――王になりたいの、と彼は問う。

断言できる。その答えは既に得ている。

違うのだ、そんなものはどうでもよかった。

ただ彼女は父王に認めて欲しかっただけだ。正統なる後継者でありたかっただけだ。

 

けれど、それは不可能だったと思い知った。

目の前の少年に言われるまでもない。

彼女の手では選定の剣に触れることさえできない。

 

だってそもそも、抜く理由がない。

選定の剣を抜いたアーサー王に憧れただけだから。

アーサー王が抜かなかった選定の剣なんて、彼女にとってはただの剣だ。

 

だから答えは決まってる。

 

―――違う。オレの王はアーサー王だけなんだから。

 

彼女の中の王という称号は、アーサー王なしには成立しない。

だからこそ……

 

「――――そうか。つまり、あれだ」

 

地面に叩き付けたクラレントを持ち上げる。

ゆらりと揺らめく彼女の体。

 

次の瞬間、弾ける彼女の足元。

彼女の攻撃を予想していたのか、ジオウは即座に対応する。

二刀のジカンギレードが翻り、振り抜かれるクラレントを受け止めた。

目が眩むほどに爆ぜる雷光。

 

ギチリギチリと軋む刀身越しに顔を突き合わせながら、モードレッドが凄絶に笑う。

 

「つまり―――やけに遠回しに。

 オレに、喧嘩を売ってたのか。おまえ」

 

「え? 俺の夢は無理なことだって、モードレッドが先に喧嘩売ってきたんじゃん」

 

彼女の言葉に、不思議そうに返すソウゴ。

アーサー王と比較してソウゴの夢を貶したのは相手が先。

最初から彼はそれを買っただけだ。だからこそ言いたいことがある。

 

絡み合う剣を支点に体を反転させ、そのままジオウを蹴り抜くモードレッド。

後ろに弾き飛ばされたジオウが、足で地面を削ってブレーキをかける。

 

「モードレッドが一番に信じる王様と国。滅ぼしたのはモードレッドなのかもしれない。

 けどあんたが本当に欲しかったものって、本当の意味で王様を守れる力になることでしょ?

 他の誰かと自分を重ねて、救われていいはずがないって自分を否定する必要はないじゃん」

 

剣を振り抜いた姿勢で停止する彼女にかける言葉。

ギロリと鋭い視線を飛ばすモードレッドに対して、彼は静かに語り続ける。

 

「あんたはもう前に進んでるんだ。それがどこに辿り着くかなんて分からなくても……

 止まってしまった怨霊と違って、最後から続く未来へと一歩踏み出してる」

 

彼女がクラレントの刀身を肩に乗せ、肩を叩いて金属音を響かせる。

体を苛立たしげに揺すりながら、彼女の眼光は当然ジオウへと向けられていた。

 

「それで。言いたいことは全部終わったか?」

 

「ううん? 俺が言いたいことはまだ一個も言ってないよ。言っていいなら言うけど。

 ――――俺は絶対に最高最善の王様になる。この世界の全ての民を守れる王に」

 

モードレッドが目を細める。

 

「モードレッドとは違う……俺は俺の意志で、絶対に王様になるって決めたんだ。

 全ての人が幸せになれる世界。それが―――俺が望んだ、俺の夢だ。

 ……それでモードレッド、あんたの本当の夢は何?」

 

「―――何でテメェに言う必要がある。ああ……」

 

轟音とともに加速するモードレッド。

振り放たれたクラレントがウィザードアーマーを直撃し、火花を散らす。

返す刃で振るわれる二撃目を躱しながら、ジカンギレードがモードレッドの鎧へ。

彼女の鎧が僅かに拉げ、小さく顔を歪ませた。

そんな顔を覆い隠すように、再びモードレッドの頭部を兜が覆う。

 

互いに剣をぶつけ合いながら、兜の額を叩き付けあう。

 

「もしお前がオレに勝てるようなら教えてやるよ……!

 それともう一つ。オレに喧嘩売ったんだ、テメェはここで死んでいけ―――!!」

 

「だから喧嘩売ってきたのはモードレッドの方からだって言ってるじゃん」

 

クラレントの剣閃がウィザードアーマーを削ぎ火花を散らす。

ジカンギレードの刃がモードレッドの鎧を打ち据え、傷を刻んでいく。

二人の戦いは一切止まることなく、そのまま延々と継続された。

 

 

 

 

「遅いね、二人とも。もう半日以上経っちゃったけど」

 

窓の外の霧を見やりながら、立香がぽつりと呟いた。

そのままウォズに視線を送っても、彼が気にした様子はない。

そして待っている間、オルガマリーの貧乏ゆすりはどんどん加速していく。

 

『通信機に呼びかけてもまったく応答してくれないんだよね……

 まあ、戻ろうと思えば転移魔術ですぐのはずだから、心配はいらない……はず。

 バイタルの観測もこちらで行えているし、元気そうではあるんだけど』

 

ロマニの溜め息。

セイバーがやり過ぎないかは甚だ心配だが、と。

椅子から立ち上がったジキルがオルガマリーと立香に向けて口を開いた。

 

「………流石にこれ以上待ち惚けもどうか、と思うし。

 僕は霧の中の探索を始めようかと思うんだけど」

 

ジキルの外を見ながらの言葉。

 

それを聞いた立香が自分もそうするべきかと腰を上げようとして―――

窓の外の霧の中、何かちらりと動くものを見たような気がした。

 

「いま何か外で……?」

 

彼女の呟きを聞いたサーヴァントたちが微かに動く。

霧の外の状況はまるで探知できない現状、そこに何かがいるとするなら警戒は最大限だ。

立香の言葉に訝しげな表情で反応するオルガマリー。

 

「馬鹿二人が帰ってきたわけではないの?」

 

「うーん、ちらっと一瞬だけだったから」

 

アレキサンダーが立ち上がる。

彼女の言葉を聞いて、外を確認するために玄関に向かって歩き出した。

 

寝転がっているフォウをつついている式と、本を片手に開いているウォズ。

二人以外がその後ろに続いて玄関へと向かう。

あの二人は現状、積極的に動く気はなさそうだ。

 

玄関扉に手を添え、一瞬外の気配を窺うような姿勢を見せるアレキサンダー。

その彼の手で、ゆっくりと開かれた扉。

そこから先。見えた光景は、門の前で一人の老人が息荒く横たわっている有様だった。

 

「お爺さん……?」

 

「ヴィクター・フランケンシュタイン!?」

 

〈ダブルゥ…!〉

 

玄関まで訪れ、その先の光景を見たジキルが霧に入るために変貌した。

怪物と化した彼が外に飛び出す。

少し驚きながら、立香たちもその後に続く。

 

『ヴィクター・フランケンシュタイン……って』

 

「『フランケンシュタイン』……また、小説作品の登場人物の名前、ですね。

 人造人間を作り出した科学者、という立ち位置の人物。

 確か、その本が出版されたのはこの時代から70年ほど前のはずです」

 

念のために盾を武装したマシュが、周囲を警戒しながら霧の中へ。

当然のように視界は悪い。霧のせいで魔力探査も不可能。

もしあの老爺を襲ったモノが付近にいるとしたら、すぐに対応しなければならない。

 

怪物、アナザーダブルがその腕で倒れた老爺を起こす。

息苦しそうに浅い呼吸を繰り返している彼がゆっくりと目を開き―――

 

目の前に大写しになった、異形の怪物。

そんな化け物が自分を抱えているのを理解して、悲鳴を上げてもがき始めた。

アナザーダブルがその事実にいま気付いたかのように狼狽える。

 

「そっか、ジキルってわかんないもんね」

 

確かに寝起きドッキリには刺激が強すぎる。

立香がとりあえず老爺を宥めて落ち着かせようと二人に近付いた。

 

―――その瞬間、老爺が怯えの表情を一気に笑顔に変える。

 

彼の手に出現するのは巨大な鋏。

人の命など容易に断ち切る凶器。

 

「え?」

 

「――――先輩!?」

 

流れるような動作で、その老爺は鋏を立香の首へと向けていた。

一秒待たずに彼女の首が落ちる、という光景を前にマシュが叫び。

 

突き放たれたその一撃が――――

 

少女の細い首ではなく、突き出された異形の緑色の腕を挟んでいた。

ギチギチと鋏が軋むがその腕が切断される様子はない。

 

困った風に、先程までの悲鳴とはまったく違う声が老爺の口から零れ落ちる。

 

「おやぁ? おやおやぁ? バレちゃってましたぁ?」

 

瞬間、彼がアナザーダブルの腕を振り払い後ろに跳んだ。

その軽快さは、魔術師とはいえ老爺の動きではない。

 

直後。つい一瞬前まで彼がいた場所にドレイクによる銃撃が降り注ぐ。

石畳を粉微塵に変える鉛玉の雨。

それを軽やかに回避した彼が更に二歩下がって、けたたましく笑い声を上げた。

 

老爺の姿が剥がれ落ちて、その中から本来の姿であろうピエロ装束が現れる。

 

『サーヴァント!? ああ、くそっ……!

 正体を現してもやっぱり観測上は、霧の中ではまったく見えない!』

 

ロマニが向こう側で口惜しげにそう渋い声を出した。

 

「大丈夫ですか、先輩!?」

 

「……うん。ありがとう、アタランテ」

 

鋏が突き出された一瞬の内。

いつの間にかアタランテに抱えられ、後ろに退避させられていた立香。

彼女は目をぱちくりさせながらも、自分を掴んでいるアタランテに礼を言う。

 

アタランテは小さく頷くと彼女を下し、その手の中に弓を出現させた。

すぐさまマシュも盾を構えながら、マスターの前に陣取る。

 

「汝は下がっていろ。出来れば霧の中に置いておくのも避けるべきだが……

 それ以上に。こうもサーヴァントに接近されても気づけない以上は―――」

 

「あなたたちから離れる方が危険、ということね」

 

オルガマリーもまた彼女の隣へと駆けつけて、立香を引き寄せた。

 

アナザーダブルが立ち上がりながら、ピエロに対して視線を飛ばす。

 

―――彼から見たら少なくとも、あれが本人ではないと確信があったようだ。

ピエロが顔に浮かべる疑問に対し、ジキルは静かに言葉を並べる。

 

「僕はヴィクター・フランケンシュタイン氏の人となりをそれなりに知っている。

 彼は僕のような半端な魔術師とは違う、生粋の魔術師だ。

 仮に何かに襲われたとすれば、外に逃げる事ではなく工房に籠ることを選ぶ。

 工房に籠っても撃退できないような相手ならば――――当然、逃げることも出来ない。

 つまり、彼がここまで逃げてくる。その状況そのものがおかしいだろう?」

 

「ええ、ええ。彼はわたくしの襲撃に対して工房に籠ることを選び―――

 そしてまことに残念なことに、血肉をばら撒いて息絶えましたとも」

 

ちょきん、と鋏を鳴らすピエロ。

それに対してアナザーダブルが一歩前に出る。

 

「そうか、そうなるだろうね。

 普通の魔術師に、サーヴァントの相手なんて出来る筈もない」

 

「もちろん。わたくしもサーヴァントの端くれ。

 魔術師一人に後れを取ることなどありませんが……」

 

言いながら周囲を見回すピエロの白い顔。

ひとしきり視線を巡らせた彼が、溜め息混じりに言葉を漏らす。

 

「これだけのサーヴァントを同時に、などという事は出来ません。

 わたくし、人間で遊ぶことにかけては悪魔的に得意なのですが戦闘はそれほど……

 なのでぇ……素直に逃げさせて頂きまぁーす」

 

「逃がすと思うかい?」

 

少年王がピエロを目掛けて疾駆する。

その手には既に剣が抜かれ、纏うゼウスの雷は霧さえも灼き払う熱量を持つ。

発言した通り逃亡に徹するつもりなのか、彼は一切戸惑わずに後ろへと跳んで逃げた。

 

跳ねた彼にアタランテとドレイクの射撃が殺到する。

鋏での迎撃だけではそれらを全て防ぐことは出来ない。

矢が、銃弾が、彼の体を引き裂いていく。

それさえも彼はまるで気にした様子を見せず、笑い続けていた。

 

そのまま近くの民家の屋根に上がった彼に、アレキサンダーが眉を顰める。

 

全身から血を流した彼に致命傷はない。

攻撃は受け続けているが、致命的な攻撃だけは鋏で逸らしている。

 

少し距離を取れば霧で射線は取れなくなる状況だ。

あと一回跳べば、アタランテもドレイクも射程外だろう。

逃げられる前に大威力の攻撃を、というには住宅街という戦場は危険すぎる。

 

「さて、追うべきか……」

 

問題はこの霧の中での追撃戦はどう考えても悪手なことだ。

先は見えない。周囲の状況もわからない。

こんな条件で相手を追って追撃をするのは余程の阿呆だろう。

 

だが、このまま逃がすのも面白くはない。

まして相手は明らかな快楽殺人者。

放置すれば、家に籠っている一般人すら手にかけかねない。

 

と考えていた彼の前で、しかしピエロはまだ屋根の上に立っていた。

霧の中に姿を投げることをせず、こちらをにやにや笑いながら見下ろしている。

 

「ああ、そうだ、ほら、ねえ? せっかくきたことですし、粗品とか。

 いりません? まあいらなくても押し付けるんですけどね」

 

ギチギチと虫のような足を動かす懐中時計が、彼の腕に這っている。

それを見たエルメロイ二世が、僅かに目を眇めた。

 

「呪詛の類か……?」

 

「ええ、ええ、その通ぉり!

 我が真名メフィストフェレス! 我が宝具“微睡む爆弾(チクタク・ボム)”!!

 設置、完了してございまぁああす!!」

 

「なっ……!?」

 

悪魔の名に声を漏らしたエルメロイ二世。

が、すぐさまそんな事はあり得ないと首を横に振る。

 

そんな否定の視線で見られながらも、彼はまるで気にした様子はない。

その手でしゃきん、と。

鋏を一つ鳴らしたメフィストフェレスが、高らかに宣言する。

 

「我が宝具は呪術。相手の魔術回路ですとか? 霊基ですとか?

 そう言ったところに爆弾を仕掛けまして、ドカンと。ええ、木端微塵ですとも。

 あ、何でわざわざこんな事説明するか、とか考えてらっしゃいます?

 いえいえ、サーヴァントの皆さま方には耐えられる方もいらっしゃるでしょうが、ほら。

 目の前でマスターが内側から吹っ飛ぶ絵面、想像してほしいでしょう?

 守るとか、守らないとかで、助かる手段じゃありませんし?」

 

「ちっ……!!」

 

舌打ちしたドレイクの背後にカルバリン砲が開放される。

最悪を考えるならば、家ごと吹き飛ばしてでもあれを倒さねば手遅れになる、と。

アタランテもまた矢より疾く走り抜けて叩き伏せるべく腰を落とし―――

 

「やあ、キミたちはもうちょっと落ち着いた方がいい」

 

ぽろん、と。背後から聴こえる竪琴の音がそれを静止させた。

強制的に焦燥が落ち着かされるような感覚。

それに驚いたように後ろを見る彼女たちの目に、竪琴を奏でるダビデの姿が映る。

 

「いえいえ、落ち着いている場合じゃありませんとも!

 さあさあ、阿鼻叫喚の地獄絵図。ではどうぞ、3! 2! 1! “微睡む爆弾(チクタク・ボム)”!!!」

 

それが爆弾の起動の合図か、叫ぶと同時に両腕を振り上げるメフィストフェレス。

 

―――だが、誰かが、何かが、爆発するような事は一切発生しなかった。

じぃっと待つこと数秒。彼がゆっくりと不思議そうに首を横に倒す。

 

「おや? おやおやおやぁ? これはどういう?」

 

「―――悪魔祓いは僕の生業ではないのだけれど。

 しかし僕が竪琴で音を奏でれば、魔的な呪いであれば祓われるのが道理だろう?

 それがたとえ、キミの宝具であったとしてもだ」

 

彼が竪琴で奏でる邪気を祓う清めの音が、霧の街に響く。

微睡む爆弾(チクタク・ボム)”は宝具に昇華された呪術。

しかしその呪力さえも祓う力を奏でていると、彼は言う。

 

ダビデは竪琴の弦に指を這わせながら、底の見えない不敵な笑みを浮かべる。

演奏を続けながら、彼の視線は家屋の屋根に上がったメフィストに向かう。

ぽろろん、と優しげな音を鳴らす竪琴を不快そうに見下ろす悪魔。

 

「さて、悪魔を騙るキミに問おう。いま、キミには心を改める機会がある。

 どうだろう。改心してみる気が、あったりするかい?」

 

「―――ここは『はい』と答えて騙し討ちするべきなのでしょうが……

 その問いばかりは『いいえ』と答えてしまいましょう。

 わたくしは悪魔メフィストフェレス。

 人を悪の道に改心させるものであり、それを見て愉しむものですゆえ!」

 

答えながら、彼が取った判断は即座の離脱だった。

すぐさま背後の霧の中に身を躍らせ、相手から見える姿を消し去る。

 

霧に沈んでしまえば相手はこちらを追えない。

彼は戦うものではなく。人を玩具にして愉しむもの。

その愉しみを継続させるためならば、敗走などなんのそのという話だ。

 

が、

 

ひゅい、と風を切り石が飛んでいく。

立て続けに四つ。メフィストフェレスにぎりぎり当らない軌道で。

 

「これは……」

 

自身のすぐ傍を通って行った石に、僅かに顔を顰めさせたメフィスト。

そんな彼の耳に、霧の向こうからダビデの声が届いた。

 

「では、僕は神より賜いし僕の仕事を成そう。―――“五つの石(ハメシュ・アヴァニム)”」

 

瞬間。霧のカーテンを突き破り、石ころが殺到した。

悪魔の眉間に、ただの石である筈のそれが叩き付けられる。

飛んできた五つ目の石はメフィストの頭部に突き刺さり、彼に悲鳴を挙げさせた。

 

「ぐげぇ―――っ!?」

 

空中で体勢を崩してひっくり返る。

 

そんな声を聞いて、狙いを定めるものがジキル邸の屋根上に準備している。

彼女はその悲鳴を聞き届けると、ゆっくりと目を開く。

青と赤の光が螺旋を描き、周囲の風景から死を感じ取る。

 

屋根を蹴り飛ばし、霧の海へと舞い上がる赤いジャケット。

そうしてメフィストフェレスの直上に出現したのは、青い眼の死神。

 

「おお―――っ!?」

 

「―――なんだ、悪魔っていう割には普通だな。

 ようするに、あれだ。小悪魔系って奴か。ファッション悪魔、みたいな」

 

姿を見た彼女は、そのピエロの姿を直視して呆れたように息を吐く。

同時に、その手の中でナイフの白刃が煌めいた。

 

瞳の中で青と赤の光が渦巻き、彼女に万物の終わりを直死させる。

死を前にして、咽喉を引き吊る程に笑うメフィストフェレス。

 

「イヒヒ、ヒハハハハハハ――――ッ!!

 おや分かります? わたくし実は、ただの悪魔っぽい英霊でありますので!

 ですがご安心を。わたくしと契約していただいた方には、もれなく!

 悪魔と契約者による! 破滅させるかさせられるか!

 スリルとサスペンスをご提供―――!」

 

「馬鹿言えよ、そもそも悪魔は人を唆すだけ。そういう成り立ちだ。

 けどお前は違う。お前のはただの自分の嗜好だ。

 自分が愉しみたいだけでやってるところが、お前は悪魔から程遠いんだ」

 

言い放ち、一閃。

その眼が示す線をなぞるナイフの切っ先。

それはごく短いナイフとは思えぬほどにあっさりとメフィストの体を両断した。

上半身と下半身に分かれ、地上へと墜ちていく。

 

「―――お前があっちのチャラい王様に負けたのは神様とか悪魔とか関係なくて。

 きっと商売人として顧客のニーズに応えられるかどうかって話だ」

 

「キヒ―――ええ、ええ、雇い主の利益より趣味を優先するのがわたくしでして。

 なにせ悪魔なもので!」

 

とん、と。別の家の屋根に着地した式が振り返る。

確実に死亡しながらも、おどけた言葉を吐きつつ地表に落ちていった悪魔もどき。

その体は地上に沈殿した霧の中で、血飛沫の如く金色の光として撒き散らされた。

 

「だったら悪魔じゃなくて詐欺師になれって話だ。

 ま、どっちにしろ悪党は板についてた。殺し甲斐は十分あったよ、外道」

 

快楽主義者が滅するのを見送りながら、その眼から死を読み解く光を消す。

黄金の光が霧に溶け込むのを眺めていた彼女は、僅かに顔を上げて霧に覆われた天を見上げた。

 

 

 




 
実はモードレッドと同じくらいキレてたマン。
小学生の頃だったら即掴みかかっていたレベル。
 

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