Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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Wをつないで/ハイドサイド1888

 

 

 

 霧の街を駆け抜けて、辿り着いたスコットランドヤード。

 ガス灯で照らされるその外景。

 そこに一切の動体は感じられず、静まり切った様子だけが目に映る。

 

「―――遅かった、みたいね」

 

 走り抜けたオルガマリーは、その状況に口惜しげに唇を噛み締める。

 彼女の言葉にアナザーダブルが眼鏡を押さえるような動作で顔を掌で覆う。

 

「落ち込んでいる暇はないよ。

 少なくとも、下手人が逃げる前には辿り着けたみたいだからね」

 

 そう言って霧の警視庁前に視線を送るダビデ。

 そこには今まさに建物から出てきた無数の影が現れたところだった。

 

 襤褸布を被った幼い少女、ジャック・ザ・リッパー。

 無数に群がる白い人型と言えなくもない異形の何か。

 ―――そして、その後ろに立つ白衣の男性。

 

 ジャックはこちらの姿を認識し、ここに式がいることに顔を顰めた。

 

「またあいつ……!」

 

「ああ、あれが虹の魔眼……死を見る少女、ですね」

 

 彼女の反応を見て男もまた、式の姿を目に止めた。

 視線を向けられた式の方は彼を見てむっとしたように表情を硬くする。

 

「―――あなたたちは、人理焼却のためにこの時代に送られた聖杯。

 その所有者と契約したサーヴァントで相違ないかしら?」

 

 オルガマリーによる、白衣の男を見据えた問いかけ。

 もっともこの状況で答えが返ってくる、などとは思っていない。

 だが少しでも情報が増える可能性があるならば、やらずにはいられないだろう。

 あの二人を倒せても聖杯が見つからねば、ロンドンは遠くない内に衰弱死するのだから。

 

「はい。貴女の問いかけは正解です。

 この時代の人理焼却実行犯より、『魔霧計画』を任されたキャスターのサーヴァント。

 その内のひとりが私、ということになります」

 

 果たして、彼はその問いに当たり前のように答えを返してきた。

 答えられたオルガマリーこそが、その態度に面食らう。

 だがサーヴァントであるならば、本心と行動が一致しないこともありえる。

 そう考えて問いかけ―――

 

「……あなたは、マスターからの強制力でその計画に従わざるえない、という……?」

 

「違うよ、オルガマリー。この優男はそんな殊勝なもんじゃない」

 

 しかし彼自身の返答を待たず、横にいた式に否定された。

 彼女は困惑するオルガマリーの横で眼を切り替え、死を視る光を現出させる。

 青い光に睨まれて、しかし男は安らかな微笑みを崩さない。

 

「ええ、その通りです。私には大義があり、そのために彼らを犠牲にしました」

 

 一瞬だけ、彼はその顔に憂いの表情を浮かべた。

 小さく首だけを動かして、背後に聳えるスコットランドヤードを振り返る。

 殺人鬼が中から悠然と出てきて、そこから生命が消えているというのなら。

 その理由は一つしかない。

 

 そのような行為を、彼は大義などと口にする。

 

「大義……? いったい何を……!

 人類の歴史を滅ぼす人理焼却に大義なんてものがあるわけが……!」

 

「ええ。貴女の言う通りだ。だからこそ、私は哀しい……

 想いを抱き。愛を覚え。歴史を紡いだ。そんな人々を救えず、あまつさえ手に掛ける。

 けして赦されてはならぬ悪行。

 それを主導する立場の私は、非道にして悪逆の魔術師に他ならない」

 

 彼がその口で語る言葉からは虚偽は感じられない。

 自分の行為が悪辣であると知り、哀しみ、しかし彼は微笑みながら実行した。

 

 そしてその彼の意思に応えるかのように、背後の白い異形たちが蠢き出す。

 ふらふらと上体を揺らしながら、壁を作るように前に出てくる存在たち。

 明らかな戦闘準備だ。こちらのサーヴァントたちも対応すべく構えて―――

 

 式がナイフを手に構えながら、彼に対して宣告する。

 

「随分とお喋りだな、風見鶏。……言っておくけどさ。

 お前は非道だから正道で糾されるわけでも、悪逆だから正義に裁かれるわけでもない。

 お前はお前の“死”の前に立ったから死ぬ。ただ―――それだけだ」

 

「―――貴女に出来るものなら、どうぞ。

 ジャック・ザ・リッパー、彼女の相手はホムンクルスたちに任せて構いません。

 貴女は他の方たちを。彼女たちの中から、母を探すといい」

 

 言われた少女が男を一度見上げて、それから視線を巡らせて―――オルガマリーを見た。

 思わず一歩、足を後ろに下げるオルガマリー。

 

「おかあさん? ううん、違う気がするけど……

 でもいいよね、おかあさんじゃなくても……まだお腹は空いてるから。

 警官だけじゃお腹いっぱいにはできなかったから……

 おかあさんじゃなかったら、食べちゃえばいいんだもんね?」

 

 邪悪な笑みを浮かべた少女が、その場で大きく腰を落とす。

 彼女の手が、腰のベルトからナイフを引き抜いた。

 ぶらりとナイフを提げたままに垂れ下がる腕。

 石畳と擦れたナイフの切っ先がキャリキャリと音を立てる。

 

 そのジャック・ザ・リッパーの突撃の予兆を見て、アタランテは目を細めた。

 

「―――マスター、下がっていろ。

 ダビデ、ヘンリー・ジキル。すまないがマスターを任せる。あれは私が……」

 

 彼女がその言葉を言い切る前に、オルガマリーへ向けて黒衣の銀髪が跳ねる。

 だがその突撃が届く前に、緑の狩人はその間に割り込み弓を構えていた。

 ジャックが振るうナイフを弓で受け止めて、狩人はその少女を狩るために意識を向ける。

 

 乱れる心中を抑え込み、ナイフを受けた弓で弾き返す。

 

「―――倒す」

 

「……任せたわよ、アーチャー!」

 

 弾き返されたジャックは石畳に着地しながら、頬を膨らませる。

 食事を邪魔されたことで苛立たしげに。

 彼女は立ちはだかったアタランテを見て、しかし不思議そうに小さく首を傾げた。

 

「? なんだろう、わたしたちの知り合い? 見たことある?」

 

「――――ああ。私と汝らは、何だったんだろうな。

 ……だがその時が何であっても、今は敵同士であることに変わりはない」

 

 言いながら放つ矢を、ナイフが切り払う。

 そのままくるくると手の中で回したナイフを構え直し、彼女は嬉しそうに笑った。

 邪悪に歪んだその表情には、ただただ嗜虐の色だけがある。

 

「そうだね。あなたもわたしたちに、食べられてくれるの?

 うれしいな、今度こそお腹いっぱいになれちゃいそう」

 

「……ああ。汝が勝てたならばその権利はあるだろうさ。

 その時は―――好きにするといい」

 

 アタランテが一歩踏み込む。

 疾風の如き速さ、ジャックとの距離を一息に詰め切る彼女の疾走。

 驚くように目を見開いたジャックの頭部に弓が振り下ろされる。

 それは剣でも槍でもないが、彼女の頭を割るに足る一撃に違いはない。

 

 咄嗟に両手のナイフを交差させて受けに回るジャック。

 弓をその刃が受け止めた―――瞬間、彼女の腹をアタランテの足が薙ぎ払っていた。

 

「か、はぁっ……!」

 

 石畳に叩き付けられ、バウンドして跳ね返って、そのまま転がる少女の矮躯。

 それを痛ましげに見送りながら、アタランテは再び弓に矢を番えていた。

 

「私を怨みたいというなら、怨むがいい。

 それでも……今度こそは、汝をここで止めるのが私の役目だ」

 

 小さく、内心の想いを堪えながら呟くような独白とともに放たれる矢。

 即座に必死の回避行動に移るジャック・ザ・リッパー。

 

 それでも―――アタランテがジャックの撃破を確固とした目的とする以上。

 ジャックがアタランテに討ち取られるのは時間の問題だ。

 同時に、それほどの時間も必要としないだろう。

 

 彼女のその目的を果たすべく動き続けられるのなら、であるが。

 

 

 

 

 霧の海の中、姿は隠されるがその戦闘音は届く距離。

 絶妙な距離感の場所で、彼はゆったりと民家の屋根に腰かけている。

 彼の視線は霧に遮られているが、今まさに戦場にいるアナザーダブルに向けられていた。

 

 そんな彼の背中に聞き覚えのある、しかし聞き覚えのない口調の声がかかる。

 

「やあ、スウォルツ氏。こんなところでどうかしたのかい?」

 

 声をかけられたスウォルツが小さく首を後ろに回した。

 そこにいるのは服装こそ真っ白なものだが、その姿はウォズに相違ない。

 だが同時に、それは決定的にウォズとは違う存在だった。

 

 顔を顰めたスウォルツが、ゆっくりと立ち上がりながら振り返る。

 正面に向き合った彼に対し、問いかける言葉。

 

「貴様こそ何を求めてここにいる? 別の時間軸からわざわざこの世界に干渉か?」

 

「おっと、それは勘違いだ。私はあくまでこの時間軸の未来……

 オーマジオウを打ち倒した救世主が現れたことで分岐した未来からやってきた存在なのだから」

 

「なに?」

 

 ウォズからの返答に、スウォルツの表情に僅かながら驚愕の色が浮かぶ。

 あまりにも現実感のない仮定。

 だが自分の存在こそがその未来の存在の証明だと彼は言う。

 

「オーマジオウが負けた未来、だと?」

 

「その通り。そして私の目的は、無事にその時代まで歴史を正しく導くこと……

 だからこうして声をかけたんだ。私と君の目的は重なっているんじゃないかい?

 ―――未来の分岐点。『オーマの日』までは、の話だが」

 

 胡乱な目でウォズを見るスウォルツ。

 だが数秒でその視線を引っ込めて、彼は再び霧の先にいるアナザーダブルに振り返った。

 

 戦闘音は加速していく。

 だがまだジキルにアナザーダブルが馴染むまで時間はかかるだろう。

 もっとも一度でも変わった以上、既に転がり落ちる未来は確定している。

 何故ならば、()()()()()()()()()()()()()

 

「俺と貴様の目的が重なる、か。では貴様はここであれをどうする?」

 

 ジオウとの共闘関係を築いたアナザーダブル。

 結局のところ最後の末路は決まっている。

 その過程など好きにすればいいと放置していたが、あれはどうするかと問いかける。

 

 オーマジオウ―――

 いや。常磐ソウゴの撃破を目的とするのならば、回収などさせない方がいい。

 

「もちろん、魔王の成長の糧になってもらおう。

 我が救世主の前に立ちはだかるのが弱い魔王では格好がつかないからね?」

 

〈ビヨンドライバー!〉

 

 だが彼はドライバーを装着しながら、そう言って静かに微笑んだ。

 

 戦場に向けて歩み出すウォズの背中を見送りながら、スウォルツは小さく笑う。

 ウォズが霧の中に消えて行った後に、小さな声で呟く彼の言葉。

 

「さて……あれがお前の企み程度で消せる存在ならいいがな?」

 

 

 

 

 ダビデの杖が白い異形の命。恐らく人造生命体(ホムンクルス)だろうそれを殴り倒す。

 意志というものが存在しない、魔力で形成された肉の塊としか言えない存在。

 それを眉を顰めながらも打ち倒して、ダビデは背後に庇うオルガマリーを護衛する。

 

「うーん。これはまた……」

 

 敵対する存在の歪さに顔を顰めるダビデ。

 それは純粋培養された命ですらなく、あくまで魔力で再現されたものだろう。

 

 アナザーダブルもまた、近寄ってきたそのホムンクルスを薙ぎ倒す。

 僅かに風を纏った拳でいとも容易くその肉体を粉砕し、生命活動を停止させていく。

 同類が目の前で砕け散るのを目撃しても、他のホムンクルスには怯えも竦みもみられない。

 

「人の手によって鋳造された魔術による生命……

 それほどのものをこれだけ用意してくるなんて」

 

 アナザーダブルの視線が、白衣の男に向く。

 普通に考えればこのホムンクルスの軍勢は彼が用意したものだろう。

 

 警察署の前に佇む白衣の男は、今の所動く様子もない。

 彼の前には無数のホムンクルスが蠢いていて、そこまで辿り着けないのだ。

 

 青と赤の眼光が霧の中で瞬き、振るわれたナイフがホムンクルスたちを撫で斬りにしていく。

 斬られた白い体は死骸を残すこともなくあっさりと消え失せる。

 が、数が減る様子がない。

 死体は一つも残っていないと言うのに、周囲の白い異形の数はまるで減っていないのだ。

 

 白衣の男が今、何らかの魔術や宝具を使っている様子はみられない。

 他所に大量にストックしてあり、止め処なく転移させてきている。

 現状ではそう考えるより他にないだろう。

 

 そしてこれだけの長時間の展開かつ大量の転移。

 聖杯の魔力でサポートでもされてなければ不可能となれば―――

 あの白衣の男の背後には、聖杯の保有者がいると考えるべきだ。

 

「っ、『魔霧計画』というのは一体なに!? あなたたちは何を企んでいるの!?」

 

 ダビデ、アナザーダブルに庇われているオルガマリーが声を上げる。

 彼女にはあれがどういう性質の人間なのか未だ分からないが……

 今まで接した限りでは、問いかけに対する返答はありそうだと感がられるから。 

 

 彼は当然のように、オルガマリーの言葉に答えを返した。

 

「ご覧の通りです。ロンドンを魔の霧に沈め、この時代を滅ぼす。

 ―――それこそが我ら魔術師に与えられた大義。

 何故ならばこの偉業こそは、全ての魔術師の王たる者によって成されるものなのだから」

 

 目を瞑り、諦念すら交えた声でそう吐き出す男。

 彼の返答にオルガマリーが息を呑んだ。

 

 全ての魔術師の王、と彼は言った。

 その称号で呼ばれる者こそ、今までの戦いから黒幕ではないかと推察されていた存在。

 ―――魔術王ソロモン。

 

「―――我が名はヴァン・ホーエンハイム。

 このパラケルススであっても、彼の王が示した偉業には従う以外に道はないのです」

 

「―――パラケルスス、ですって?」

 

 続けざまに白衣の男はその真名を名乗り上げた。

 ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 医師、錬金術師として魔術師のみならず一般に広く名の知られた存在。

 近代魔術師の最高峰でありながら神秘の秘匿を蔑ろにし、魔術師の手で処断された男。

 

 神代の魔術師、メディア。近代の魔術師、パラケルスス。

 それぞれ、その時代における頂点とさえ言える魔術師たち。

 彼らは同じように、この人理焼却の主犯には逆らえないと断言する。

 

 咄嗟にオルガマリーの視線がダビデに向かう。

 彼はホムンクルスを杖で打ち倒しながら、いつもと変わらない表情。

 

 いや、あいつの名前が出るたびに僕に矛先向けるの止めてくれない?

 とでも言わんばかりの迷惑顔をしていた。

 

 こいつ……! と思うが、そんなことを怒鳴っている場合じゃない。

 

『おやおや、珍しい。いや、珍しくもないかな?

 君がそういうタイプだとは私も思っていなかった、とは言わないけれど』

 

「……レオナルド・ダ・ヴィンチ、ですか。生前ぶりですね。

 私こそ不思議だ。貴方ほどの魔術師ならば、彼の王の存在を理解できないはずもない。

 ―――立ち向かうことにどれほどの価値がありましょうか。

 貴方という人間は、もっと利口であると思っていました」

 

 オルガマリーの持つ通信機からダ・ヴィンチちゃんの声。

 それを聞いたパラケルススは返答し―――

 何でモナリザになっている彼女の声で分かるんだ、と。

 オルガマリーがパラケルススに対して、少し頬を引き攣らせた。

 

『生憎、私は利口でなくて天才なのだよ。万能のね。

 ―――残念ながら君は、天に輝く星を見上げるだけの者になってしまったようだ。

 それが良いか悪いかは誰が決めることでもないにしろ、私としては残念だ』

 

「―――――」

 

 パラケルススが口を閉じ、僅かな間だが瞑目する。

 再び瞼を開いた彼は、何かを悼むように空を見上げた。

 霧がかり数メートルの高さまでしか見えない空を。

 

「……まさか、貴方の口からそのような言葉を聞くことになるとは。

 ですが、魔術においてさえ万能の天才であった貴方とはいえ―――

 彼の王の前では、傅くより他にない」

 

『さて。生憎だが私にとって魔術とは、生涯でも何でもない。

 何故って、私と言う万能の天才が才覚を発揮する分野の中の一つにすぎないから。

 魔術だけ私を上回ったところで、私の万能性は微塵も揺るがない。

 魔術の王様ってだけで、私が頭を垂れてどうするのさ』

 

 生前の知己であろうとも、彼女の態度は揺るがない。

 その態度に苦笑したパラケルススは、自分に迫る他のサーヴァントたちに視線を送る。

 

 式の眼が死を視抜き、ホムンクルスを容易に解体してみせた。

 崩れ落ち、魔力になって溶けていくそれを踏み越えてこようとする彼女。

 だが新たなホムンクルスが彼女の前に無数に立ち塞がる。

 舌打ちしながらそれへの対応を行う式。

 

『昔の君は医学、魔術、錬金術。

 分野を問わず人の尊厳を護る研究こそを至上とする考えの持ち主だったはずなのにね』

 

「―――なるほど。ですがそれは無知だった頃の私なのでしょう。

 もはや取り戻せない、過去の性質です。

 英霊になった後に私に訪れた変質は、もはや取り返しなどつくはずもない。

 いえ。気付いていたなかっただけで、そもそもこちらが私の本質だっただけでしょう」

 

 自分の掌を持ち上げ、それを見る彼の視線に憂いが浮かび―――

 しかしすぐに消えて失せた。

 

「悪辣なる魔術師は、友など作るべきではない。

 ですが果たして、友のために悪逆を為すというならばそれは……いえ、詮無き事です。

 私は私として大義のために悪を為しましょう」

 

『友……?』

 

 数多くのホムンクルスが式に向け殺到する。

 彼女の対応は、直死の魔眼による文字通り一撃必殺。

 瞬く間に処理されるが、しかし彼女の一撃はナイフにより繰り出されるもの。

 当然一体一体処理せねばならず、多数に囲まれれば逆に嬲り殺されるのは必定。

 立ち回りは大きく制限され、彼女はパラケルススに近寄れずにいた。

 

 だが無数にいるとはいえ彼女にばかり戦力を集中させれば、他が空く。

 その状況を見たジキルは、パラケルススを押さえ込むべく異形の体を疾駆させた。

 風と共に疾走する彼が阻むものもほぼ無いままにパラケルススへと辿り着き―――

 

〈カマシスギ!〉

 

 突然、頭上から降りてきた銀色の戦士の振るう鎌に斬り裂かれた。

 

「う、ぐぅっ……!?」

 

 頭から又にかけ、丁度緑と黒の境目に斬り込まれた刃。

 斬られた部分から火花を散らしながら、アナザーダブルは後ろに吹き飛ばされ転がった。

 

 その姿を見たオルガマリーが、唖然としながら口を開く。

 

「仮面、ライダー……!?」

 

「その通り。私は仮面ライダーウォズ、覚えておくといい」

 

 彼の名乗り、そしてその声。それは思い返す必要もないほど聞き覚えがある。

 ソウゴの臣下を自称するカルデアで一番怪しい男、ウォズ。

 どこからどう聞いても聞き覚えのあるそれに対し、彼女が叫んだ。

 

「あんた……! ウォズって! やっぱりあんた、何か企んでたのね……っ!!」

 

「ハハハ、やれやれ流石はもう一人の私。まるで信用がない」

 

 彼女の声に呆れるように肩を竦めてみせるライダーウォズ。

 そんな物言いに対して顔を顰めるオルガマリー。

 もう一人の私、などと。まるでウォズという人間が二人いるかのようなセリフだ。

 

「残念ながら君たちの知るウォズと私は別人だ。

 そして今は、私の目的は君たちではない。私の目的はただ一つ……アナザーダブルだ」

 

 オルガマリーから視線を逸らし、地面に倒れるアナザーダブルに目を送る。

 そのままダメージを受けた状態で転がる異形に足を進めだすライダーウォズ。

 

 その状況を見たダビデが、オルガマリーの前を守りながら投石器から石を放つ。

 殺到する石ころはそれそのものが巨人殺しの一撃。

 ウォズのアーマーであってさえ、直撃すれば一瞬意識が喪失するだろう攻撃だ。

 

 だから―――彼がその手の中に白い本を現した。

 

「【仮面ライダーウォズの登場に驚いたヘンリー・ジキル。

 思わず跳んで距離を取ろうとし―――不幸にもダビデの投石が頭部に直撃した】」

 

 ジキルは未知の敵との遭遇に、自然とここは様子を見るべきだと判断した。

 そして不意打ちに倒れたままの体を動かして―――

 距離を取ろうと手足の力で大きく跳ねた。

 

 瞬間、アナザーダブルの頭部にダビデの投石が直撃する。

 盛大な衝突音を響かせながら、再び地面に転がり落ちるアナザーダブル。

 頭を揺さぶられた彼が、意識の混濁に体を震わせた。

 

「あ、ぐっ……!?」

 

「なんだって―――?」

 

 投げたダビデが、その攻撃の結果に目を見開いた。

 その様子を見届けることもなく、小さく笑ったウォズが歩みを始める。

 彼は再び手にした本に語りかけるように口を開く。

 

「【何とか立ち上がろうとするアナザーダブル。

 だがそんな彼を襲う仮面ライダーウォズの必殺キックが直撃する。

 そのダメージにより、彼は変身解除に追い込まれた】」

 

 ふら付きながらも立ち上がるアナザーダブル。

 そんな彼に歩み寄りながら、ライダーウォズはビヨンドライバーのハンドルを掴む。

 

 ウォズウォッチが取付けられたマッピングスロット。

 それをクランクインハンドルを掴んで一度引き戻し―――

 ドライバーの中央に叩き付けるようにハンドルを押し込む。

 再びビヨンドライバー中央のミライドスコープに投影されるウォズの頭部。

 

〈ビヨンドザタイム!〉

 

 同時に、彼のウォズウォッチのエネルギーが解放された。

 ミライドスコープ内から、ライトグリーンのエネルギーキューブが射出される。

 それはアナザーダブルに直撃して体勢を崩すと、そのまま彼の背後で停止した。

 

 ライダーウォズの周囲を回転するように、“キック”の文字が取り巻く。

 

〈タイムエクスプロージョン!!〉

 

 その場から一歩で踏み切ったライダーウォズが、横に回転しながらアナザーダブルに迫る。

 ふらつくアナザーダブルにそれを回避する手段は存在しない。

 ただただ彼は悠然と、必殺の一撃を成立させた。

 

 周囲を回転する“キック”の文字と、彼の蹴撃がアナザーダブルの体の上で重なる。

 炸裂したキックのエネルギーがその体を、彼の背後で待つキューブの中へと叩き込んだ。

 

 キューブの面のうち一つに、時計の針が浮かび上がる。

 カウントダウンをするように回り続ける秒針。

 それが0時に達した瞬間、そのキューブが内部にアナザーダブルを捕えたまま爆発を起こす。

 

「ぐっ、あぁっ……!」

 

 爆炎の中から吐き出される、異形ではなくなったジキルの姿。

 アナザーダブルウォッチが一時的に機能を停止し、彼は人の身に戻っていた。

 

 倒れ伏しながら、肺に流れ込む霧に咳き込み口を塞ぐジキル。

 

「っ、……! ダビデ、彼を……!

 いえ、私が引っ張ってくるから奴の足止めを……!」

 

「―――いや、それは不味いね」

 

 それを見て動き出そうとするオルガマリーの前に腕を伸ばし、制止させるダビデ。

 何を、と言おうとした彼女の前で、ライダーウォズが本を大きく掲げてみせた。

 

「さて、これでようやくスタートだ。

 【ヘンリー・ジキル。この状況を打開すべく霊薬の服用を決断する。

 ハイドとなった彼は再びアナザーダブルに変貌し暴走。戦場は混迷していくのであった】

 と言ったところかな?」

 

 ライダーウォズの力により変身解除まで追い込まれたジキル。

 この状況を打開する可能性は、ジキルという人間にはない。

 彼はあくまで碩学であり、戦闘も魔術も得手としているわけではないのだから。

 

 だからこそ、それを打開できる可能性がある手段があるとするならば。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()

 理性でも本能でも忌避していた方法を、彼は僅かな逡巡だけで実行に移る。

 

 懐から持ち出した霊薬を瓶を一気に呷る。

 その光景を見たオルガマリーがライダーウォズを睨む。

 

「霊薬―――ヘンリー・ジキルが、霊薬でハイドに変わるって……」

 

 ヘンリー・ジキルはサーヴァントではない。

 だというのに、小説の登場人物と同じ名と性質まで持つという。

 その事を問い詰めるべく声を上げる前に、彼女の前でジキルが哄笑していた。

 

「ヒ―――ヒハハ、ヒャハハハハハハッ!!

 ()()()()()()()()! 気に入らねェ、気に入らねェが……」

 

 髪が逆立ち、目を充血させた彼が立ち上がりながら振り返る。

 霊薬を服用した彼は明らかに人格が変貌していた。

 紳士としての姿は立ち消え、明らかに異常者としての雰囲気を纏っている。

 

 そんな様子ながらも何かに納得した様子で―――

 更にもう一段回変貌した。

 

〈ダブルゥ…!〉

 

「あァ~あ。変わっちまったなぁ、ジキル? これで結果は見えた。

 まずもって悪を追い出す薬なんぞを作ろうとしたのが悪魔の所業だ!

 心を二つに割ろうなんて考えるから、こんな羽目になったんだって話だろうよ!」

 

 異形、アナザーダブルが再度出現する。

 先程以上に強くなった風を纏い、緑と黒の悪魔は体を震わせた。

 

 そんな彼は何故か、自身を攻撃したライダーウォズには目もくれない。

 彼は当然のようにオルガマリーへとその赤い瞳を向ける。

 

「まァ、オレはオレで適当に楽しませてもらうさ。

 後は転がり落ちるだけのてめえも、せいぜい勝手にするんだな!!」

 

 緑の風が舞う。今までとは比較にならないほど進化した風を操る力。

 それを敵へと差し向けながら、ハイドは全身に漲る力に異形の口を僅かに吊上げる。

 

 そうして、彼によって描かれる“記憶”の再現が一歩進み―――

 彼方にいるスウォルツが小さく笑った。

 

 

 


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