Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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Sは何処に/タイマースタート1888

 

 

 

 光線を受け止めた盾が熱を帯び、微かにじゅうじゅうと音を立てている。

 それを聞きながら頭上を見回すが、その後の追撃は一切ない様子だった。

 この空を飛んでいたタイムマジーンは、一撃見舞ったらすぐに離脱したらしい。

 

 どうやらレーザー砲の追撃は無いと、小さく息を吐いたマシュが盾を下ろす。

 

「……さて。どういう状況なのか分かる限り教えてもらえるかい?」

 

 そんな彼女の背後で、アレキサンダーがウォズに声をかける。

 わざわざ詳しく言うまでも無く、あのもう一人のウォズの話だろう。

 問いかけられた彼は肩を竦めながら首を横に振る。

 

「それが分かれば最初からこんなに焦っていないんだがね」

 

 清姫がいれば手っ取り早かっただろうか。

 ウォズが偽っているのか、あるいはこれが本音なのか。

 しかし先程まで見せていた余裕の無さから考えると、演技ではないと見える。

 彼は訳知り顔でいくらでも情報を隠す人間だ。

 

 この件に関しては何も知らない、とわざわざ隠す必要はない。

 今まで通り知っているが教えない、という態度でも問題ないのだから。

 いや、実際問題なくはないが。

 その問題込みで扱う、とソウゴが判断している以上はどうしようもない。

 

「なんだ、いきなり仲間割れか?

 世界を救うために戦ってる連中の割には節操がないな」

 

 そんな彼らの様子を、アンデルセンがにやにやと笑いながら見ている。

 彼の言葉を聞いたウォズが顎に手を添えて考え出す。

 

「世界を救う……救世主、か」

 

「ソウゴと敵対してる、って言ってたけど……」

 

 腕を組んで悩む様子を見せる立香。

 そんな彼女たちに対し、エルメロイ二世が声をかけた。

 

「……とにかく、まずはスコットランドヤードだ。

 そちらを強襲したというジャック・ザ・リッパーを抑えに行くべきだろう」

 

「あ、うん。そうだね。アンデルセンもそれでいい?」

 

 振り返って尋ねる立香。

 今ここでその名前を聞いたマシュが、驚いたような顔で少年を見る。

 

「アンデルセン、とは……あの童話作家の……?」

 

 その表情には明らかな憧れが混じっている。

 マシュはどうやら、彼の書いた童話の大ファンだったらしい。

 確かにそう言われると、アンデルセンの童話を好いているマシュ、というのは絵になるというか。それらしさを感じるような気がしてくる。

 もちろん、ただの勝手なイメージの話だが。

 

「なんだ、愛読者か? サインは後にしろ。

 先にこのクソ鬱陶しい霧から身を隠せる場所だ」

 

「あ、は、はい。是非。後ほどサインをお願いします」

 

「………なるほど、主従揃ってド天然か」

 

 少し困ったように、しかし呆れるように溜め息一つ。

 ただ悪い気はしていないのか、そこから嫌悪のようなものは感じない。

 そんな彼に対して立香も一言。

 

「先に警察署に行くから休める場所は後でね。じゃあ行こっか」

 

「待て、マスター」

 

 声は小さく。エルメロイ二世が立香の前に遮るように腕を伸ばす。

 その前に立つドレイクが銃身で肩を叩きながら目を眇めていた。

 霧の先から何かが来る、と。

 

 この魔力も気配を覆い隠す霧の中で、なお輝く何かが迫ってくる、と。

 

 立香の目にも霧を黄色に染める何かが来ているのが見えた。

 

「モードレッド、じゃないよね」

 

 マシュもまた立香の前で立ち塞がり、アンデルセンは立香の更に後ろに身を隠す。

 

 モードレッドの雷は赤い。

 雷を色で語るのもおかしい気がするが、とにかく彼女の雷は赤いのだ。

 そして前から来る雷は間違いなく黄金。

 

 ゼウスの雷を持つアレキサンダーはこちらにいる。

 彼の出す雷の色は自然現象のそれに近く、黄金に色づいているということはない。

 ソウゴが出している可能性もあるが、彼が雷を纏うような使い方をする場合は恐らくウィザードアーマーであり、その場合の雷の色は緑。

 黄金の雷ならばフォーゼアーマーだが、あのように常に放電するような使い方はしないだろう。

 

 緊張するこちら側に、雷とともに来たる声。

 

「オレを呼んだのは一体誰だ? 天か、地か、それとも人か―――

 悪鬼を制し羅刹を殴り――――輝くマサカリ、ゴールデン!

 おう、おうおうおう! 眠った街に響く轟音。そいつを止めに、オレは来た!

 聞けよ、悪人! 足柄山に轟く雷電、英霊・坂田金時たぁオレのことよ!!」

 

「なんだ馬鹿か」

 

 現れた金髪の大男を前に、即座に舌打ちするアンデルセン。

 一切容赦がないが、そもそも敵対存在ではないという判断なのだろうか。

 仮に敵が相手であっても彼が言葉を和らげることはなさそうだが。

 

 そんな風に名乗りながら登場した男。

 彼も霧の向こうから多勢がいることしか見えていなかったのだろう。

 サーヴァントの集団を見て、首を小さく傾げた。

 

「……よう。どういう状況だ、こいつは?」

 

「……分からないまま名乗り上げて踏み込んできたのか」

 

 呆れるように溜め息を吐くエルメロイ二世。

 バツが悪そうに頬を掻く彼の後ろから、青い着物の美女が続けて現れる。

 

「だから言ったじゃないですか。

 あとマスターに怒られますよ、そんなに無駄にバチバチバチバチ。

 っていうか私の尻尾の毛が逆立つのでやめてくださいます?」

 

 そんな彼女は狐の尻尾をふりふりしながら、微妙に彼から距離を取る。

 細部は違うが、その彼女に見覚えのあった立香が声を上げた。

 

「タマモキャット?」

 

「――――まさか。私より先にあのイロモノ枠に?」

 

 愕然と。その名を呼び掛けられた青い狐はショックに目を見開いた。

 まるで同一視されたことに衝撃を受けたかのような様子。

 そして今にもよよよ、と泣き伏せそうなしなを作り―――

 

「正気か? いや狂気か。全部揃ってイロモノ枠だろうが、お前は。

 いまさら一般枠の振りをしようなんて、猫の被り方も忘れたのか化け狐」

 

「―――げ、良い声が聞こえてくるかと思えば童話作家。

 こんなところで何をやってるんですか?」

 

 彼女はあっさりとしなを消し、嫌そうにアンデルセンを見る。

 そして周囲にいるサーヴァントたちを一通り見回して―――

 

「……おや、そうかと思えばドレイクさんまで?

 ……もしかして、あの赤い二人までいたりしませんよね?」

 

 ドレイクを見つけた彼女は、顔見知りのようにその名前を出した。

 次いで何かを警戒するかのように更に周囲を見回す。

 ドレイク側からは相手に見覚えがないのか、首を傾げていた。

 しかしそんな話に覚えがあったか、出会った時に似たような反応をされた同僚を思い起こす。

 

「なんだい、アンタもアタシのこと知ってるのかい?

 ネロもアタシの名前のこと知ってみたいだし、アンタもそういう?」

 

 ドレイクが出した名前に頬を引き攣らせる狐の女性。

 

「いるし! 嫌ですねぇ、もう。あの皇帝陛下。

 なんか私とセットで出されるとメインを取られてる感あって嫌なんです」

 

「メイン……? うーん、この特異点には来てないよ?」

 

 彼女の言葉は理解し難いと、とりあえず真っ先に理解を放棄する。

 立香の言葉に安心したように息を吐いた彼女。

 そんな彼女は胸を張り、とりあえずと自己紹介を始めた。

 

「あらそうなんです? 良かった良かった。ええ私、見ての通りの良妻狐。

 あの猫なんだか犬なんだか狐なんだかよく分からないイロモノとは一味違う……狐のハズですがあれは何であんなんになってるでしょうかね。実はジャッカル的な……?

 いえいえ、それはさておき。自己紹介と参りましょう! 私、良妻にして巫女狐。

 軒轅陵墓からロンドン旅行のつもりで着いてきたら、なんとビックリ世界の危機と聞きまして、そんな事よりハネムーンに使えるスポットの方がよほど気になる玉藻ちゃんなのです!」

 

 そう言ってきゃぴっと決める玉藻。

 そんな彼女を何とも言えない表情で見ていた金時が、小さく溜め息一つ。

 

 彼らを眺めていたアレキサンダーが顎に手を当てながら問いかける。

 

「……ところでマスター、とは?

 人理焼却側の、ということではないんだろう?」

 

「人理焼却……そりゃまた物騒な名前だな。この状況はそういう話ってわけか。

 ……オレたちのマスターはこの時代の現地人、ってわけだ。今はさっきの空の光と爆発を見て隠れさせてる。悪いがこの状況と、この時代について。道すがら詳しく説明してもらえねぇか?

 オレたちも今まさによ、マスターの指示でこの霧の原因を目指してたところだ」

 

 立香とマシュが金時の言葉に目を見合わせる。

 ―――この霧の解決もまた最重要課題だ。

 これさえ晴らせれば、多くの問題が解決する。

 

 ジャック・ザ・リッパーの襲撃もあるが……

 既にそちらにはソウゴと、恐らくモードレッドも向かっている筈。

 立香は一瞬迷い、しかし通信機に向かって口を開いた。

 

「ドクター、私たちは金時たちとそっちに行ってみる」

 

『……った。気を……て…れ!』

 

 かなり酷い通信状況だが、一応はまだ繋がっている様子だ。

 とりあえず報告はしたので、隠れさせたマスターを迎えに行くと言う金時についていく。

 

 そんな彼女の後ろで小さく手元の『逢魔降臨暦』に目を向けるウォズ。

 彼の姿を玉藻が不思議そうに、そして訝しげに眺めていた。

 

「………はて。太陽(どうるい)の匂いを出しつつ、真逆。

 領域外・外宇宙でありながら太陽系だなんてどんな矛盾なのやら?」

 

 まあ関係ありますまい、と。彼女は目を逸らして歩み出す。

 もしかしたらオリジナルの視点ならば察知できるのかもしれないが、関係ない。

 どうせ今は関係ない話だろうし、その意味が分かる頃にはなおさら関係なくなっているだろう。

 

 そんなことより運命の旦那様を探すことの方が重要。

 そしてそのために必要だというのなら、その人理焼却とやらを破棄させねばならない。

 

「しかしまあ、ネロさんやドレイクさん。

 彼女たちを知っておきながらご主人様には微妙に心当たりなし、なんて道理が通らない。

 どう考えても()()()()()()()()辿()()()()()()、いますよねぇ」

 

 キャット含め、いつの間にか発生していた八尾分の神格。

 そんなものを発生させた“玉藻の前”。

 その存在はどこかでご主人様と天岩戸に籠って懇ろになっているはずだ。

 サーヴァントとしてここにいる玉藻がその記憶を共有できていないのは、恐らくその玉藻が独り占めしたいとかそういう理由で共有を拒否しているからに違いない。

 

 それにいちいちいちゃもんをつけていても始まらない。

 彼女だって自分がそういう状況になればそうするだろうし。

 

「――――ま、なるようになりますかね?」

 

 ハネムーンに辿り着いた時の為にロンドンの名所を確認する事に気合を入れる。

 そんな彼女の背中を見るアンデルセンはアホを見る目だが、気にするはずもない。

 

 とりあえずは少なくとも。

 今まさに彼女の前にいる人間はそこそこイケ魂。

 なわけで、彼女の助けになることに否やはなかった。

 

 

 

 

 緑の風が荒れる。先程までとはまるで違う竜巻。

 その力を手にしたハイドがまず真っ先に狙うのはオルガマリー。

 彼は暴風となってダビデに守られる彼女を目掛けて奔ろうとして―――

 

 風の壁を突破してきた赤いボディ。

 車輪を肩に乗せたジオウの姿に激突されていた。

 

「あぁん!?」

 

「―――ジキル……?」

 

 押し戻されたアナザーダブルが、ライダーウォズの方へと着地する。

 アナザーライダーとその背後に立つ仮面ライダー。

 その状況に、仮面の下でソウゴが眉を顰めた。

 

「やあ、魔王。私の導き通り、ここにきてくれてありがとう」

 

 大仰な礼をしてみせながら、彼はジオウに話しかける。

 その声は間違いなくウォズと同じものだが―――

 

「―――ウォズ、じゃないよね。あんたは何?」

 

 彼の口振りからすると、ソウゴをこの地まで突き動かした感覚は彼に与えられたもの。

 わざわざこちらを誘導して、何を目的としているのか。

 

「私が何か、か」

 

 彼の腕が腰のドライバーに伸びる。

 ジオウを前に、ライダーウォズはそれを取り外して変身を解除した。

 白い衣装に身を包む、間違いなくウォズと同じ顔。

 

「改めまして。初めましてだ、魔王。

 我が名はウォズ。君を打ち倒し、新たな未来を創出する救世主の導き手」

 

「俺を倒す……救世主?」

 

 それが―――オーマジオウを打倒する救世主という意味なのならば。

 仮に打倒されるのが自分自身であっても、ソウゴ自身言う事はない。

 

 体勢を立て直し、自身を睨み付けているアナザーダブルを見る。

 そこからは明らかにジキルの意思は消えていた。

 仮面の下で狂笑を浮かべるもう一人のジキル、エドワード・ハイド。

 

「……その救世主の導き手が、何でアナザーライダーと……」

 

「魔王と救世主。その両者が雌雄を決し、世界の未来を決定付ける瞬間。

 それには相応しい舞台というものがある。『オーマの日』、というね」

 

「オーマの日……?」

 

 ソウゴの反応にウォズは小さく笑い、一歩だけ後退した。

 

「私はまず、そこへと君を導こうとしているのさ。

 我が救世主が君たちの時代に降臨する瞬間を楽しみにしながらね。

 ではね、魔王。2018年、君と我が救世主の邂逅の時を私も楽しみにしているよ」

 

 そのまま振り返り、霧の中へと踏み出していくウォズ。

 

 彼を止めようと声を張り上げようとして、しかし強襲するアナザーダブルに止められた。

 疾風を纏う緑の拳がジオウに向けられて―――

 それを彼は腕を振り上げて弾き返した。

 

「ハハハ―――ッ! しょうがねぇからまずてめえからだな!」

 

「………」

 

 緑側の足が振り上げられる。

 ドライブアーマーの左足が石畳を滑り、半身を引くことでそれを空振りさせた。

 アナザーダブルはそのまま黒い足で踏み切り、跳び上がりながらの回転蹴り。

 頭部を目掛けてきた黒い足。背を逸らし、ギリギリのところでそれを躱す。

 

 舌打ちしながら着地したハイドが、その勢いのまま黒い腕で裏拳を放ち―――

 ジオウの腕が、その手首を掴み取りアナザーダブルを捻じ伏せた。

 

「ぐっ……!」

 

「やっぱおかしいよね。今までのアナザーライダーよりずっと弱いんだけど……」

 

 戦闘のセンスがどうの、という話ではない。

 明らかにパワー自体が今までのアナザーライダーと比べ、格段に低い。

 ジキルがなっていた時よりは強くなっているとは思うが……

 

 ジキルはサーヴァントではない。だからパワーが出ないのかもしれない。

 ウォズがジキルとアナザーダブルの相性がどう、と言っていた。

 それが原因で力を出せないのかもしれない。だがそんな風に考えると、大きな疑問に当たる。

 

「なんで白い方のウォズはこんなことを……」

 

 いやそれよりも先に、何故スウォルツはジキルを。と疑問に思うべきか。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ!」

 

 アナザーダブルを中心として竜巻が発生した。

 その風の暴力に押しやられるジオウ。

 ジオウの手がによる拘束が解かれ、アナザーダブルが行動を再開する。

 

「まずは――――っ!」

 

 アナザーダブルの肉体。右半身の緑色が一瞬ブレる。

 その一瞬で垣間見えたのは、月光の如き黄金色。

 アナザーダブルの両腕が一気に伸長し、ジオウを捕まえるべく尋常ではない長さまで―――

 

「そうだね、考えるのは後回しだ。まずはあんたを止めて、ジキルに戻そうか」

 

〈フィニッシュタイム! ドライブ!〉

〈フィニッシュタイム!〉

 

 ジオウの手がウォッチとドライバーを即座に操作する。

 ジオウウォッチ、ドライブウォッチを必殺待機状態へと持ち込み、それと同時。

 手の中に出現させたジカンギレードに、メテオウォッチを装填していた。

 

 回転するジクウドライバー。

 解き放たれるウォッチのエネルギーが、ジオウの全身に行き渡る。

 

〈ヒッサツ! タイムブレーク!!〉

〈ギリギリスラッシュ!!〉

 

 ジオウ・ドライブアーマーがその場で横に回転を始める。

 同時に噴き上がる黄金と青のエネルギーの渦。

 彼の体が黄金の竜巻を巻き起こす独楽と化し、腕を伸ばしたアナザーダブルへ向かう。

 

「なにィ……っ!?」

 

 黄金の竜巻独楽が地上を駆ける流星の如く殺到する。

 咄嗟に体を守るように前に出した両腕はいとも容易く弾かれた。

 そのまま直撃するメテオとドライブの複合必殺技(メテオドライブパニッシャー)

 

 竜巻に斬り裂かれながら轢かれたアナザーダブルが、大きく弾かれて地面に転がった。

 崩れ落ちていくアナザーダブルの体。

 ダブルの力がない以上アナザーウォッチは壊せないが、一応撃破は出来たようだ。

 

 アナザーライダーの装甲が剥がれ落ちた後、残るのはジキルの姿。

 意識を喪失して倒れている彼がジキルなのかハイドなのか、それは分からない。

 とはいえ霧の中で放置もできないので、彼の体を抱え上げる。

 ビーストウォッチが周囲の霧を食してくれる以上、魔術師であるジキルならばジオウの傍にいればすぐにどうこうはならないだろう。

 

 その状態で戦場の奥に視線を向ければ、白い服の男。

 パラケルススがこちらを眺めている。

 

「………なるほど。彼が求めている結果はそういう……

 私も多少なりとも覚えがありますが……では、」

 

 恐らくジオウと戦闘状態に入ろうとしたのだろうか。

 彼の手の中に短剣が顕れて―――

 しかし、彼は何かを察知したのか。あるいは誰かからの念話なのか。

 別の方向を見上げて、考え込む様子を見せた。

 

「―――いえ、ここは退きましょうか」

 

 そう言った彼があっさりと。動くこともなく、霧の中へと溶けていく。

 彼が口を開いた一秒後には、パラケルススの姿は周囲から一切消えていた。

 

 式が斬殺するホムンクルスの増援もまた、そこで途切れた。

 消え失せたパラケルススに舌打ちしながら、彼女は掃討戦に入る。

 恐らく数分と待たず、残るホムンクルスは消えるだろう。

 

 ジオウもまた数秒周辺を見回して、置き土産が何もないことを確認する。

 仮面の下で小さく息を吐いたソウゴが、警戒を止めて気を抜いた。

 

「……うーん。白いウォズだから白ウォズで、いつものウォズが黒ウォズでいいか」

 

 ジャンヌの時と同じように分かり易さ重視で名前をつける。

 ウォズが嫌がるならウォズ・オルタとかでもいいけども。

 

 そんな事を呟きながら、ジオウはジキルを抱えたままオルガマリーたちの元へ向かった。

 

 

 

 

 放たれた矢が擦過する。

 黒い襤褸切れのマントが更に千切れ、切れ端が霧の中に舞って消えて行く。

 

 ―――アタランテの矢を凌ぎ切ることは、ジャックには不可能だった。

 今ジャックが生存できているのは、彼女が照準から射撃までに不自然な間を設けているからだ。

 それがなくなれば、瞬く間にハリネズミにされるということは想像に難くない。

 

「っ……! ―――え?」

 

 そんな彼女の視界の端で、パラケルススの姿が消失する。

 ―――置いていかれた、()()()()()

 その事実が、ジャック・ザ・リッパーという捨てられた命の集合体の精神を刺激する。

 

 どんなかたちであれ、彼女の存在を肯定してくれた存在が彼女を見切った。

 そんな状況に見舞われて、彼女の瞳が動揺に揺れる。

 

「あ、あ、やだ……待って……!」

 

 ジャックが状況も考えず、逃走。

 否、自分を置いていった相手の追走を開始する。

 

「―――――ッ!」

 

 明らかに変調した彼女のその様子。

 今彼女の背に矢を放てば、確実に仕留められる。

 だというのに、アタランテの理性と本能が同時にそれを拒否していた。

 

 理性は言う。

 ジャックの迷いのない足取り。これは彼女が、敵の本拠地なり前線基地なりの場所を知っている証明だ。すべきことは撃破ではなく、追走なのだ。

 本能は言う。

 今正しく、目の前で捨てられて彷徨う子供を撃ち抜くのか。捨てられたというならば、拾い上げてやることも可能なのではないのか。それが叶えば、敵の情報も手に入るだろう。

 

 どちらも言い訳だ。ただ、彼女を手にかけたくないだけだ。

 

 矢は放たず、アタランテが彼女の追走を開始する。

 民家の屋根を伝って跳んでいくジャックを、同じように追いかける。

 

 ―――その彼女たちの直下にバイクのエンジン音が轟いた。

 スコットランドヤードを目指して走行していたバイクが逆に離れていく彼女たちを見つけて、力任せのスピンをして方向転換してみせたのだ。

 見紛うことなくその鎧はモードレッドのもの。

 

 彼女は兜に包まれた首を軽くしゃくる。

 それを甘えだと理解しつつ、アタランテはモードレッドの操るバイクの後ろに着地した。

 

「…………すまない」

 

「そりゃどっちにだ」

 

 即ち、モードレッドに向けてなのか。あるいはジャックに向けてなのか。

 モードレッドが到着した以上、ジャックの死は確定だ。

 元より、何故まだ彼女が存命しているかと言うとアタランテが手を抜いていたからとしか言えないのが実情だろう。

 一瞬だけ、言葉を詰まらせた彼女がもう一度口を開く。

 

「……すまない。協力してくれ」

 

 その言葉にモードレッドは振り向くこともなく、ただ舌打ちを返した。

 

 どちらにせよソウゴとの喧嘩のせいで彼女にも魔力はない。

 流石に今は赤雷を放ち、周囲諸共吹き飛ばすようなことは不可能だ。

 この霧の中で逃げに徹されれば、場合によっては逃がすこともありえる―――

 

 ならば至極面倒ではあるが、共闘も致し方ない。

 

 

 屋根を伝っていたジャックが石畳の上に降りる。

 そのままの勢いで裏路地に入り込もうとした彼女の耳に、裂帛の咆哮が届いた。

 

「オォラァアアッ!!」

 

「っ!?」

 

 視線を僅かにそちらに向ければ、高速で迫りくる金属の塊。

 ―――バイクだ。

 

 そのバイクの背後には空中で足を振り抜いたモードレッドの姿。

 ジャックの足が止まる瞬間を見計らい、ジャンプと同時にバイクを蹴り飛ばしたのだ。

 きりもみ回転しながら突っ込んでくる鉄の塊。

 目的としていた裏路地に駆け込む―――では遅い。

 この蹴っ飛ばされたバイクの進行方向は、その路地に向かって突っ込む軌道だ。

 

 だとすれば、と。ジャックが横に大きく跳んだ。

 彼女の真横を通り過ぎ、バイクは轟音を立てながら地面に突き刺さる。

 このまま即座に切り返し、地面に聳えるオブジェと化したバイクを跳び越えて路地に―――

 

 だがその前に、魔力をジェットのように噴射しモードレッドが強襲した。

 明らかに今までと比べ弱い出力。

 残り少ない魔力を何とか放出に回した、と分かる程度の弱々しさ。

 

 それでも何とかジャックとの距離を詰め切り、剣を奔らせる。

 

 遅い、弱い、そんな一撃を前に。

 ジャック・ザ・リッパーの中である感情が頭をもたげた。

 今、ここでなら、このサーヴァントを食べられる。

 

 追走と食事、二つの行動の選択に一瞬止まる彼女の足。

 

 ―――その瞬間。ジャックの心臓に矢が一本突き刺さった。

 

「あ、れ……?」

 

「ふん」

 

 心臓ごと霊核を撃ち抜かれたジャックの力が抜ける。

 そのまま首を飛ばそうかと剣を揺らしたモードレッドが、しかしその刃を止めた。

 代わりに少女の腹に蹴りを叩き込み、民家の壁に激突させる。

 

 ―――別にアタランテから憎まれたところモードレッドは知ったことじゃない。

 が、彼女が自分で決めて取ったキルスコアだ。

 だったらあれを殺すのは彼女の一撃でなくてはならないだろう。

 

「あ、やだ、おかあ、さん……」

 

 ふらふらと視線を彷徨わせながら消えて行くジャック・ザ・リッパー。

 別に幼児の断末魔であろうと感慨はない。相手を選ばず食い殺すクリーチャーだ。

 ロンドンで遺棄された子供、には同情の余地はある。

 が、それを言い訳に人食いの怪物に成り下がった怨霊に同情する余地はない。

 

 そもそも同情しようがしまいが、モードレッドは邪魔な相手は殺す人間だ。

 最期にかける言葉が「邪魔だここで死ね」「悪いがここで死ね」そのどちらになるか、というだけの違いだ。

 

「まあ、あっちがどう思ってるかは知らねぇがな」

 

 地面に突き刺さったバイクは、いつの間にかウォッチに戻っている。

 それを拾い上げながら、彼女は鼻を鳴らして剣を手から消す。

 

 どうせジャックに本拠地など知らせていないとは思うが。

 この先も一応見てみなきゃいけねぇな、なんて考えながら踵を返した。

 

 

 

 

 震える手を握り込み、アタランテは大きく息を吐いた。

 愛されぬ子供を手にかけたのだ、という実感が彼女の霊基を軋ませる。

 

「………だが、」

 

「そうとも。奴のそれは地獄に捨てられた復讐などではない」

 

 瞬間。屋根の上でアタランテが跳ね、同時に三つの矢が声の主に向かって放たれていた。

 ジャックを相手にしていた時に見せていた動きの甘えなど微塵もない。

 アルゴノーツとして讃えられる狩人の速度でもって、彼女の攻撃は行われる。

 

 声の主は黒炎に包まれたかのような影。

 疾風の矢は全て、彼に届く前に炎によって燃え尽きていた。

 

「黒い、炎……? 何者だ、貴様は―――」

 

「ク、ハハ―――! オレが何者か、と訊いたな女。

 我こそは復讐者(アヴェンジャー)、復讐の化身にして黒き怨念の炎!」

 

 アタランテが顔を顰める。そのクラス名は黒ジャンヌ、ジャンヌ・オルタと同一だ。

 ―――恐らく、真っ当なサーヴァントが該当するクラスではないはず。

 どのような対応も出来るように身を屈め、相手の様子を窺う。

 

 魔力の尽きているモードレッドは戦闘に参加不能と考えるべきだ。

 これとは、アタランテ一人で当たらねばならない。

 

「我はこの魔術の王なる者の手により、この特異点に召喚された。

 人類に復讐するものとして、な」

 

 黒い影は首を小さく揺すり、魔術の王とやらに呆れる様子を見せる。

 

「……それで? この特異点の首魁の一味として、貴様は仲間のジャック・ザ・リッパーを仕留めた私と戦いにきた、という話か?」

 

「―――仲間? ク、……笑わせるな。あれがオレと同類にでも見えていたか?

 確かにあの怨霊には復讐に至る動機があった。現世に生きる者への執念もあっただろうさ。

 だが、復讐者とは地獄に落とされた怨みの業火で全てを灼き尽くすもの。

 砕かれた魂が求める餓えを鎮めんがため、地獄の中に他者を引きずり込むもの……

 そんなものはただの地縛霊に過ぎん」

 

 黒い炎の人影が、口らしき部分を吊り上げる。

 何を語るのかと思えば、己とジャックの違いを。

 眉を顰めるアタランテの目の前でそのまま彼は、()()()()()()()()()()()()()

 

「―――そしてこの地獄から目を逸らして逃げたものこそが、この事変の首魁だ。

 人が歴史を重ねる上であらゆる時代に生まれた真実、地獄変。

 人理を燃やした地獄とはその実、それを直視出来ぬ誰かの弱さより生じたもの」

 

「なに……?」

 

 そのまま彼は、今度はアタランテへと言葉を向ける。

 

「ジャック・ザ・リッパーが発生するような地獄を容認できぬ、看過できぬ、と。

 誰かが人の歴史を否定した。それが人理焼却の熾りであったのならば……

 さて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「―――――」

 

 そこまで言い切った者の存在感が一気に薄れていく。

 待て、と引き留める暇もなく、アヴェンジャーの姿はそこから消え失せていた。

 周囲を警戒しながらアタランテが小さく呟く。

 

「……人理焼却が、人の世の地獄の否定、だと?」

 

 彼の問いに答えを出さず、アタランテが強く顔を顰める。

 とにかくこれをマスターに伝えるべきか、と。彼女は弓を強く握りしめた。

 

 

 




 
立香、フランチームはフランの導きでBに。
ソウゴ、所長チームは姿を消したPを追って。

Mの協力者として呼ばれたアヴェンジャーは「は? 復讐者ってそういうんじゃないですけど!」と召喚者に叛逆してお節介をしに。
 

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