Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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Sは何処に/彼らの探しもの1871

 

 

 

 男が突然現れたるは霧に鎖された街並。

 その光景に放り出された彼は、特に何を気にする様子もなく周囲を見回した。

 そうして霧の中に影を見つけた彼は顎を撫でながら、その影に対して問いかける。

 

「ふーむ、いやはや霧の都ロンドンに召喚されし吾輩、キャスター・シェイクスピア。

 その前に現れたあなたは一体?」

 

 大仰な所作で霧の中の白い男に問いかける伊達男。

 そして隠すまでもないと、己の真名すらも彼は明かしてみせていた。

 キャスターのサーヴァントにして文豪、ウィリアム・シェイクスピア。

 

 声を張り上げる俳優にして大作家。

 そんな彼の目の前には白いコートの男―――パラケルススが立ちはだかっていた。

 

 カルデアとの衝突から逃れた彼の目的は、新たにこのロンドンに召喚されたサーヴァントの確保であった。

 

 メフィストフェレスが極東の雷神の子と遭遇したということは、彼らの目的は既に最終段階に入っているということだ。あとはただ待てばいい。彼らが望むこの地に降臨するはずの終末の雷を。

 だがそれを万が一にでも崩し得る存在が召喚されないとは限らない。

 だからこそ、ここからは彼らの目的は守備に重点を置かれる。

 

 時間が満ちれば終わると言うのなら、カルデアの人員など放置すればいいのだから。

 

「私はヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス。

 ……ええ、貴方と友達になりたいと思うものです」

 

 白衣の彼は、シェイクスピアを前に小さく微笑む。

 そんな彼を見据えながら、シェイクスピアもまた微笑み返した。

 

「【金というのは借りても貸してもならない(Neither a borrower nor a lender be,)貸した金と友は失われ( For loan oft loses both itself and friend,)借りた者は自制の心を失うからだ(And borrowing dulls the edge of husbandry)】などと申しまして。

 はて、ではあなたは友となった吾輩に一体何を求めるのでしょう?」

 

「それは貴方のお好きなようにすればいい。劇作家殿」

 

 何ら縛り付ける気はない。そう語った彼に嘘はない。

 そんな言葉を聞いて、その誘いは世界を滅亡させる側からのものだと知りながらしかしシェイクスピアは笑みを深くした。

 

「ではもちろん、吾輩がするべきことは一つしかありますまい。

 あなたが必要だというのならただ物語を執筆しましょうとも、いわゆる友達価格という奴で」

 

 もちろん、世界を救う者たちについた方が面白そうだと思ったら裏切る気は満々で。

 しかしそんなことは分かりきっている、という様子のパラケルスス。

 彼の魔術が執行され、二人のサーヴァントが霧の中から消え失せた。

 

 

 

 

 ホムンクルスを処理し終えて、式が血を払うように軽くナイフを振るう。

 ナイフの刀身には何も付着してはいないが、終わったのだと認識するための動作。

 

 消え失せたパラケルススのいた場所を見やり、僅かに目の端を上げる。

 

「………逃げた、というより何か別のものを見つけたって感じか」

 

 小さく呟く彼女の声。

 パラケルススは明らかにここで戦闘を行う気に見えた。

 だというのに逃走を選択したということは、別の用事が途中で発生したのだろう。

 

 ちらり、と背後でオルガマリーの魔術により治療されているジキルを見る。

 ―――薬品による人格の変更。間違いなく、『ジキルとハイド』だ。

 

 ジキルは紛う事なき善人であるが、その心には大きな悪性を秘めていた。

 その悪を発散させるべく、霊薬を作り服用することで肉体ごと悪人・ハイドへと変貌する。

 最終的に彼は、善から悪に変わるために作り出した霊薬を使わねば悪から善に戻ることもできなくなるほど精神も肉体も悪に傾倒し―――自死を選ぶ。

 

「薬を持っていた、ってことは……ああ、くそ。

 魔術の話じゃ分からない。トウコなら分かるんだろうけど」

 

 だが彼女が見る限り、あれはマズい。

 いや。本来の物語を見る限りマズいなんていうのは当たり前の話だが。

 

 最終的にそこに至ることはおかしくはないけれど、ああなるにはあまりにも早いはずだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()。善の人格と悪の人格で陰陽を形成している筈なのにあれでは、あっさりとジキルは塗りつぶされて消えるだろう。

 

「どちらかを欠けさせたい? ―――違うな、くそ」

 

 だったらあのウォズとかいう奴が退く必要がないだろう。

 ジキルを消してハイドのみにしたいなら、今ここでジキルをハイドに変える必要はない。

 大体、ジキルとハイドは両方揃っていてこそだ。

 片方が消えて善か悪か、どちらかしか残っていないジキルとハイドなんて、人としても怪物としても片手落ちにもほどがある。

 

 ナイフをしまった彼女が、頭の中をリセットするように一度髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

 そのまま一度小さく溜め息を吐き、オルガマリーたちの方へと歩み出した。

 

 話を聞く限りではあの緑と黒の化け物は二つ揃っていることが重要らしい。

 だったらなおさら、ジキルを潰してしまっては意味がない。

 ―――彼女の中に織がいれば、それこそ自分もあの化け物にされた可能性もあるだろう。

 だが織はいない。彼女の中で陰陽が成立することはもうないのだ。

 

 

 オルガマリーの魔術行使により、ジキルの傷はおおよそ消えた。

 魔力の霧もビーストウォッチを所有するジオウの傍なら、耐えられるレベルになる。

 これで一応大丈夫なはずなのだが―――

 

 眉間に指を当てたオルガマリーが、いまだ意識の戻らない彼に視線を送る。

 

「……あれは、ヘンリー・ジキルがエドワード・ハイドに反転するための霊薬。

 彼は間違いなく、『ジキル博士とハイド氏』のジキルなのでしょう。けれど……」

 

 彼はこの時代を生きる人間で、そして既にこの時代は『ジキル博士とハイド氏』が出版された後の時代のはずなのだ。だとすれば、彼はただ小説のモデルであるというにも無理がある。

 そのことに考えを巡らせるオルガマリーに、ダ・ヴィンチちゃんの声が届く。

 

『もしかしたら、時代が前後しているのかもしれないね。

 いや、前後というより融合か。第三特異点の海域のように。

 16世紀ごろから統合されている可能性もあると、いま私は考えている』

 

「……それはパラケルススとの会話で思い至ったこと、ということかしら」

 

 生前のパラケルススの活動時期は15、6世紀。

 当然レオナルド・ダ・ヴィンチの活動時期もその時期になる。

 通信先で珍しく考え込むように息を吐く彼女。

 

『うーん……まぁね。彼の変調に心当たりは特にないんだけれど。

 とにかく、そこが純粋な1888年ではなく混合された時代だと言うのであれば……

 ヘンリー・ジキルと『ジキル博士とハイド氏』が同時に存在してもおかしくはない。

 ついでに……パラケルススが友と呼ぶ生前の友人とかもね。

 彼の友人で、時計塔のお膝元に存在すると言えばまあ魔術師だろう』

 

 時代が混合しているというのなら、生きている人間さえも混ざっているかもしれない。

 ダ・ヴィンチちゃんはまるでその内容に確信があるかのようにそう言った。

 

「心当たりが?」

 

 問いかけてみれば、彼女にしては珍しく奥歯に物が挟まったかのような物言いでの返答。

 彼女自身どう言ったものかと悩んでいる様子で、ふらふらと言葉を続けてみせる。

 

『んー……いや、うーん。どうだろう。そりゃまあいるにはいるんだよ。

 パラケルススとも知り合いかつ、私の生前の知り合いの魔術師くらい。

 私たちは優秀すぎる魔術師だから、そういう縁がないはずもない。

 ――――ただね、パラケルススが友と呼ぶような魔術師は多くない。

 だって彼は理想主義者で、魔術師らしい魔術師を慮ることはあっても友とは呼ばないから』

 

「……理想主義者? あの彼が?」

 

 人理焼却に積極的に加担しているように見えた彼が、理想主義者などと。

 オルガマリーが眉を吊り上げながら険のある声を出した。

 通信先からダ・ヴィンチちゃんが苦笑する様子が聞こえる。

 

『そうとも。だからこそ彼が友と口にしたからには、相応の人物がいるはずなんだ』

 

「……それで? その相応の友人とやらに彼は協力しているのだ、と?」

 

 向こうで彼女が押し黙るのを感じる。

 数秒を経て。ダ・ヴィンチちゃんが口に出したのは、一人の人間の名前だった。

 

『―――ぱっと浮かんだ名前はね、マキリ・ゾォルケン。

 とても優秀で―――同時に、パラケルスス以上の理想主義者だった魔術師さ」

 

 

 

 

 霧の中を花嫁衣裳の少女に先導され走る。

 金時がマスターとして紹介したのは、ヴィクター・フランケンシュタインの娘。

 

 ―――メフィストフェレスが擬態したヴィクター氏ではない。

 彼の祖父、怪物を生み出した小説『フランシュタイン』のモデルとなった本人。

 ヴィクター・フランケンシュタインが造り出した人造人間、フランケンシュタインの怪物。

 それが彼女の正体だった。

 

「ゥウ……! ゥ……!」

 

「聞いての通り、うちのマスターはどうやらこの霧の奥から何か感じられるらしい。

 どうやらこの霧の影響を受けねぇ……いや。

 霧に覆い隠されていても感じられる何かがあるらしい、って話か」

 

 己のマスターの唸り声に補足するように、金時はそう言った。

 聞いての通り? と首を傾げる立香。

 だが彼女の隣で一緒に走っているマシュは、何やら納得したように頷いていた。

 

 あれ、私が分からないだけ? と周囲を見回してみる。

 すると金時とマシュ以外は微妙な顔をしていたので、自分だけじゃないらしいと一安心。

 

 そんなことを考えているとフランケンシュタインの怪物―――

 フランが、ぴくりと体を揺らした。

 

「ゥ!」

 

 その瞬間、踏み出した霧の向こう側に鉄の塊が幾らか配置されているのを確認した。

 マシュが一気に踏み出して、立香の前へと滑り込む。

 

「敵性と思しき存在を確認! マスターはわたしの後ろに!」

 

 鋼鉄の鎧を纏った人型。その兜に入ったスリットの奥に、意志を感じさせない光が灯る。

 一体が得た情報は他の機械にも共有されるのか、周辺の機械兵は全て起動。

 霧の中で見える範囲でさえ数体が、同時に彼女たちに顔を向けてくる。

 

 立香たちをターゲットとして認識したことに疑いはない。

 その修羅場の中で、フランが大きく首を振って彼方を見上げた。

 

 明らかに鋼鉄鎧が発する何かを感じ取れているらしい彼女の様子。

 それを見ていたウォズが小さく呟いた。

 

「……なるほど。フランケンシュタインの怪物が察知していたのは、あの機械兵士たちの通信ネットワーク。彼女が目指しているのは、機械兵士たちを指揮するものというわけだ」

 

 彼女が感じ取っていたのは魔力や何かではなく、電波に類するもの。

 魔力に頼らない無線機ならば通信できるというのなら、電波を感じれば通信を辿れる、と。

 そしてこの霧で機能する独自ネットワークがあるということは―――

 

「こちらがこの機械兵の親玉に接近していることも、バレてしまっただろうね」

 

 ウォズが肩を竦めながらそう続ける。

 大本と現場の機械兵が通信しているならば、今この状況を報告されたということだ。

 恐らくはその通信ネットワークを通じて追っているということもバレるだろう。

 

 そんな言葉に対して金時がマサカリを持ち出し、全身から黄金の雷を奔らせた。

 

「つまりさっさと片付けて、追っかけりゃいいってわけだ―――!」

 

 戦闘態勢に入るサーヴァントたち。

 真っ先に先陣を切ろうと金時が一歩踏み込んだ瞬間―――

 

「ウゥウウ……ッ!!」

 

 フランが唸りを上げて、霧の天空に慟哭した。

 明らかに様子が変わったマスターに、金時も足場を踏み砕きながらブレーキをかける。

 

「フラン?」

 

「ゥウ……!」

 

 彼女の視線を追って、空を見上げる。

 霧の天空に何かが見えるはずもなく―――しかし、そこに盛大な噴射音が轟き始めた。

 暴力的なまでに上から吐き出されてくる白い煙。

 それは明らかに通常の霧とは違い、遠くからでも感じるほどの熱量を持っている。

 

「……蒸気?」

 

 迸る蒸気の奔流。空から蒸気が滝の如く降り注ぎ、周囲の霧と混じり合う。

 蒸気の噴射とともに空に現れたものは、やはり機械の兵士だった。

 それは赤く光るカメラアイで周囲を確認しながら、宙に浮いたまま声を上げる。

 

「―――否、否、否。眼下に見えるは求めたる者ではない。

 ヘルタースケルターたちよ。この地を巡れ、この帝国の影に潜む者を探せ。

 我が空想に綻びを作る穴足り得る者を探し出せ」

 

 その声は立香たちを確認するや否や、すぐさま空中で反転した。

 一切の興味がないという断言。事実、司令塔であろう彼だけに留まらず、周囲に集まっていた機械兵士―――ヘルタースケルターたちもその言葉に従い、すぐさま散開を開始してしまう。

 

「なんだ、何かを探している……?」

 

「…………ほう、そうかそうか」

 

 エルメロイ二世の困惑からくる呟き。

 まるでそれに反応するかのように、アンデルセンが顎に手を添えた。

 何らかの情報を得れたのか、と彼に視線を向ける。

 

「答え合わせなんぞ後にしろ。

 まずは問題を出しきれ、奴から得られる問いかけの全てをな」

 

 あっさりと言い放ち、アンデルセンは黙り込む。

 確かにこのまま逃げられる、という選択はないだろうが。

 エルメロイ二世が小さく溜め息を落とす。

 

 そんな彼らを差し置いて、フランは空を舞う彼に対して吼えていた。

 

「ウゥ―――ッ!」

 

 彼女の叫びを聞き、それはゆっくりとフランへと振り向く。

 赤いカメラアイには何の感情の色も浮かんでいない。

 元よりあれに、感情と言える何かがあるのかも不明なのであるが。

 ただ―――その視線に対し、フランが怖気づいたように一歩だけ足を後ろに動かした。

 

 だがその叫びを同時に聞いていた金時とマシュが神妙な顔をする。

 そんな彼女の背中に、立香は小声で問いかけた。

 

「……言ってること分かる?」

 

「はい……あの機械兵、彼はチャールズ・バベッジ。

 そしてそのバベッジ氏は、フランさんを造り出したフランケンシュタイン氏と懇意の間柄だったそうです。その……とても、良い方だったと彼女は……」

 

 ロボットにしか見えないけど、人間? と首を傾げる立香。

 あるいは仮面ライダーのようにアーマーを特殊な手段で装着しているのか。

 

 いや今大事なのはそっちじゃないか、と。

 頭を軽く振るい、天空に君臨している鋼鉄の鎧を見上げた。

 

「恐らくあれ、固有結界でしょうね。自分ごと閉じ籠っちゃうやつ。

 自分個人という極めて狭い世界の中で、理想を成立させるタイプのものと見ました」

 

 引き籠りに関しては一家言あるのか、玉藻がそれを見上げながらそう口にする。

 固有結界、という言葉はそれこそ先程にエルメロイ二世の口から聞いたばかりだ。好き放題な世界を作る途轍もない魔術なのである、と。

 彼へと視線を送ると、二世も同意なのか苦渋に顔を染めていた。

 そんなぽんぽんと出てくる魔術ではないだろう、と言いたげに見える。

 

 玉藻の言葉に周囲―――ヘルタースケルターの群れを見回したアレキサンダーが、神妙な顔で彼女に対して問いかける。その間にも戦闘のために手には剣を現出させている。

 

「さて。その理想とはどういうものか分かるかい?」

 

 問われた彼女は小さく唸って、首を傾げながら口を開いた。

 

「そこまでは知りませんが、ロボになってるんだからロボっぽいことがしたかったのでは?

 22世紀にもなって巨大ロボの一つも街を闊歩してないなんてたるんどる、みたいな」

 

 適当に言い放つ彼女。その性質自体に興味はない、という風に。

 明らかに違いそうな回答に、アレキサンダーが困ったように微笑みを浮かべる。

 

「―――ロボではない。これは機関である」

 

 すると、随分と気の抜けた彼女の回答を否定するように空から蒸気の噴射音とともに声が降ってくる。それがチャールズ・バベッジのものであるという事に疑いはない。

 ―――己の理想を誤認されるのは我慢ならぬ、と言わんばかりに。

 彼はその鋼鉄の中から肉声かスピーカーかも判然としない声を発する。

 

「我は蒸気王、チャールズ・バベッジ。

 ありえなかった蒸気機関による絢爛たる文明世界を空想した者の成れの果て。

 それこそがこの身、この鋼鉄の鎧の正体である」

 

「……なるほど。一人の人間が夢に見た文明、か。

 自身の中にある理想文明が成立した世界を固有結界とし、その象徴として鎧がある。

 ではヘルタースケルターとは、その夢の世界から零れ落ちた蒸気文明の使者か」

 

 もし、蒸気機関によって世界が発展していたら。

 そんなありえなかった空想を己の中のみで実現したものこそが、チャールズ・バベッジの宝具にして固有結界。“絢爛なりし灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)

 それは兵器でもなければ武器でもない。一個の“文明”の具現化だ。

 ヘルタースケルターもまた兵器などという呼び名で収まるものではなく、彼の理想世界における“文明の利器”が実体化したものである。

 

 ―――現在よりも、異なる文明に尽くす者。

 そう成り果てた彼を見上げながら、マシュは問う。

 

「では、チャールズ・バベッジ。

 あなたはもしや、今の文明の焼却に己の意思で加担し―――自分の理想とする文明を……?」

 

「―――――」

 

 問いに対する答えはない。

 蒸気の噴射が徐々に弱まり、その鋼の巨体がゆっくりと地面に降りてくる。

 超重量の足が石畳を踏み砕き、着陸と同時に盛大な破砕音を響かせた。

 

「……我こそは、『魔霧計画』の首謀者が一。チャールズ・バベッジ。

 我が目的は今ここに成立せし空想世界をほどく者の発見と排除」

 

「ウゥウウ――――ッ!!」

 

 バベッジが冷淡に並べる言葉に、強く吼えるフラン。

 だが彼の意識はまるでフランに向かう事はない。

 彼に声が届いていない、と意識した彼女の叫びからは徐々に力が抜けていく。

 

「ゥ……ッ!」

 

「我こそが、私の見果てぬ夢が結晶。届かなかった夢想の具現。

 この霧に鎖された都市の姿こそが、我が妄執の果てに他ならず―――」

 

 マシュが困惑げにその全長2メートルを優に超す鋼鉄の巨体を見る。

 彼は己の理想、蒸気機関世界のことを口にするばかり。

 もしかしたら会話が成立してはいないのかもしれない。

 

 そんな相手を見据えながら、金時がサングラスを指で押し上げた。

 

「―――そりゃねえだろ。知り合いのガキがよ、必死に呼びかけてるってのに。

 こんな非道い事をするような人じゃないのに、って泣いてるぜ?

 だってのに自分の夢の話を垂れ流すだけなんざ筋が通らねェ」

 

 弾ける黄金の雷。霧と蒸気を灼き払い、それはその場を照らし尽くす。

 

 バベッジのカメラアイがその黄金の奔流を正面に捉える。

 強大な雷に対して大きな反応を見せた彼は、即座に分析を開始したように見えた。

 

「―――雷電。……否、我らの『魔霧計画』の求める雷電に非ず。

 我らの『魔霧計画』を阻める雷電足る可能性を懸念。

 排除すべきか、排除すべきだ。我が理想世界を醒ますものは、今ここで」

 

「テメェの未来の展望だの、人理がどうだの、そんなことの前によ。

 まずはテメェが今泣かせてる目の前の子どもに目ぇ向けな!!

 それすら出来ねぇ奴が思い描く未来の光景なんざ、実践したところでどうせろくなもんにはならねぇからよ!!」

 

 玉藻が即座に前に出て、フランを背中から捕まえた。

 そのまま意気消沈している彼女を引き戻す。

 スペックだけを見るならば戦闘に耐える性能のはず、だが彼女に戦闘はできまい。

 

 金時が踏み込んだ瞬間、その目前にヘルタースケルターが立ちはだかる。

 マサカリの一撃を受けた武装ごと、その機械兵の腕が肩口から千切れ飛ぶ。

 

 先程まで相手にする必要なし、散開すべきだという動きだったヘルタースケルターたちが一気に挙動を変更。金時とその背後にいる立香たちへの殺到を開始した。

 

「……どうやらチャールズ・バベッジは理性がないようだね。

 単純に操られている―――という感じではないが……夢に取り入られて精神を支配された、というところだろうか」

 

 スパタを手にしたアレキサンダーが雷を伴う剣撃を機械兵士に差し込む。

 内側で何かを破裂させるような音が響き、その一体は活動を停止した。

 だがチャールズ・バベッジの固有結界は蒸気文明の産物を具現化し続ける。

 

 この時代の特異点の主犯から聖杯のバックアップがあるのか、彼の魔力が尽きることはない。

 

「雷電、そして奴の空想を解くものを探している、と言ってはいたが。

 ――――同一ではなく別のものか」

 

「当たり前だ。ここは1888年のロンドンだぞ?

 本来有り得ない空想を解き明かすものなど一つしかいないだろうが。

 『ジキル博士とハイド氏』『フランケンシュタイン』そこに更にもう一本追加だ。

 ははは、どんな合作だ。喜劇か何かか?」

 

 砕けた石畳を利用し、それを落石としてヘルタースケルターに振らせるエルメロイ二世。

 そんな彼の言葉を、アンデルセンは一言で切って捨てた。

 そうまで言われれば思いつかないはずがない。

 

()()()()()()()()()()()……!?」

 

 迫りくるヘルタースケルターを殴り倒しながら、マシュが驚くように声を上げた。

 その声の調子に鼻を鳴らしたアンデルセンが肩を竦める。

 

「恐らく、という話だがな。だがそのレベルでなければわざわざ探す意味もない。

 人理焼却とやらの正体を暴きたいなら最適の人選。

 逆に正体を隠したい連中からすれば最悪極まりないキャスティングだ」

 

「だからあの操られてるバベッジが探してる、ってこと?」

 

 立香に訊かれ、彼は僅かに視線を外す。

 断言しておいてだが、アンデルセンはその意見にイマイチ乗っていないらしい。

 

「チャールズ・バベッジがシャーロック・ホームズを捜索している。恐らくここは動かん。

 だが同時に、その目的が人理焼却と繋がっているかは分からん。そもそも人理焼却は既に達成された偉業だ。ホームズの目から隠す意味があるとも思えん。

 だとするならもう一段何か謎があるはずだが……それこそそんなものは探偵にでも聞け!」

 

「ええ……」

 

 途中まで語った彼は、言葉を投げ出すように放棄した。

 聞いていた立香がその様子に困惑した。

 

 バベッジの意思に従うヘルタースケルターは一団を全て敵性と断定した。

 背後にいる者たちも全て排除しようと動作が加速する。

 

 フランの方へと迫りくる機械兵士。

 彼女を庇うように玉藻が前に出て、その攻撃に備えるような腕の構えをみせた。

 腕を掲げた彼女に対し、ノコギリのような形状をした長大な剣が振るわれる。

 

「はいはい、黒天洞黒天洞」

 

 それを玉藻の腕が悠々と受け流し、同時に相手を氷の壁が呑み込んだ。

 全身が凍結したヘルタースケルターは足掻くように動こうとして―――

 しかし何も出来ずに頭部のスリットの中で光を弱々しく瞬かせた。

 

「蒸気で動いてるなら冷やしてみればいいですかね?」

 

 そのまま玉藻の手の動きに従い、彼女の周囲で浮遊していた鏡が飛行する。

 氷結した機械兵士を殴り飛ばす空飛ぶ鏡。

 表面の氷を打ち砕かれた鉄塊が横倒しに転がり、そのまま動けずに機能停止した。

 内部から白煙を噴き上げながら倒れるその姿は、既に鉄屑と化したと見て相違ないだろう。

 

「精密機械は結露に弱いですねぇ」

 

「蒸気機関を凍らせておいて結露も何もあるまい……」

 

 更に後ろから続々とヘルタースケルターの軍団が続く。

 ドレイクの発砲が鋼鉄のボディを削り取るが、銃撃程度で易々と完全破壊には至らない。

 だからと言って砲撃で吹き飛ばす、とはいかない。

 

「ったく! 戦場が狭いねぇ! 気にしなくていい海が恋しいってもんさ!!」

 

 小さく舌打ちしながら、彼女は近距離まで迫ってきた一機を力任せに蹴り倒した。

 すぐに復帰を開始しようとするヘルタースケルター。

 その頭部のすぐ近くの空間が歪み、彼女の船の大砲が姿を現す。

 

「砲弾代わりさぁ! 飛んでいきな―――ッ!!」

 

 一気に突き出てくる砲身がヘルタースケルターを殴り付ける。

 高速で走った鈍器の一撃を受け、鋼鉄の鎧が宙を舞う。

 それは後ろから続々と続いてくるヘルタースケルター軍団の中に直撃。

 ボウリングの如く、鋼鉄の鎧を複数薙ぎ倒していく。

 

 敵陣の総崩れを前に二世が腕を翻し、その場に上に向かう気流を発生させる。

 その竜巻の如き風の中にアレキサンダーが身を投げて、大きく舞い上がった。

 空に舞う彼の掌の中には、雷が迸っている。

 多くの機械兵が倒れ込む地上に向け、彼が腕を振り下ろした。

 

 奔る稲妻。轟く雷撃が地上に落ち、大量のヘルタースケルターを巻き込んでそのボディの内側から黒い煙を吐き出させた。

 

 その効果範囲に巻き込まれていなかった鎧が、立ち上がろうと身を起こし―――

 達成する前に、その胴体にマシュが盾を全力で叩き込む。

 胸部が思い切り変形して、内部から蒸気を噴き出したそれが機能を停止。

 

 たとえ大量のヘルタースケルターであっても、彼女たちは止められない。

 

 だがバベッジがいる以上は文明の氾濫は止められない。

 ヘルタースケルターは蒸気文明の守護者にして侵略者として、象徴たるバベッジの鎧を守るために無数に顕現し続ける。

 

「ゥウ……」

 

 その光景を前にしたフランが小さく唸る。

 彼女が思い返すのは一体どのような記憶か。

 

 親たるヴィクター・フランケンシュタインにさえ怯えられ、失敗作と詰られた少女。

 そんな彼女に対して、他の人間と何ら変わらぬ隣人であると接してくれた彼。

 チャールズ・バベッジが、世界がこのような過ちに舵を切ることを許すはずがない。

 それは人の世から弾きだされた怪物であり、怪物でありながら人と認めてもらった彼女だからこその断定だ。

 

 だというのに彼は、今まさに世界の滅びを目指している。

 夢見て叶わなかった理想だけにしか目を向けずに。

 

「―――おう、マスター。あのMr.スチームパンクを止めたいかよ」

 

 最前線でヘルタースケルターの群れを斬り裂き、圧し折り、叩き潰す。

 そんなパワーファイトを見せていた金時が声を張る。

 

「――――ゥ」

 

 決まっている。こんなことを、本当の彼が望むはずはないのだから。

 そう意志を込めたフランの小さな声を拾い、金時がその口角を吊り上げた。

 

「だよな。だったら、叫びな!

 サーヴァントってのは、そういうマスターの願いに応えるもんなのさ!」

 

 “黄金喰い(ゴールデンイーター)”が振るわれて、弾け飛ぶ雷が周囲の機械兵たちを蹂躙していく。

 それを背後から見ていた玉藻が、フランが握り締める彼女の心臓部を見た。

 

「―――そこな軍師さん。ちょこーっと、手をお借りしてよろしいですか?」

 

「―――了解した」

 

 玉藻の視線を追ったエルメロイ二世も納得したのか、彼の結界が風を導く。

 周囲の霧を一時的にでも追い込む先は、フランの周囲。

 

 彼女自身が持つ性能(スキル)、ガルバニズムが動作する。

 自身の周囲の魔霧を彼女の肉体が電気に変換し、周囲にスパークを発生させた。

 同時。その発生した電力が彼女の持つ心臓部、“乙女の貞節(ブライダル・チェスト)”の出力を高めていく。

 

 彼女は周囲の霧を電気に変え、電気により心臓の稼働出力を上げ―――

 そして、その心臓が霧を更に食らって魔力に変えていく。

 フランの周りの霧は全てエネルギーに転換され、そしてそれは全てが魔力へ。

 この都市に霧が満ちている限り止まらない出力の向上。

 

 そして二世と玉藻の起こす風。

 それはロンドン全てを満たす霧の一部を丸々切り取り、彼女の元へ力尽くで運んでいく。

 尽きぬ燃料を全て己の炉心にくべて、焚いて、魔力を迸らせて。

 フランは金時へ向けて叫び、発生させた魔力を叩き込んだ。

 

「ナァアアアァ――――ァアアオゥッ!!!」

 

 加速する雷電。

 稲妻とともにマサカリを一度大きく振るい、周囲のヘルタースケルターを薙ぎ払う。

 鋼鉄の鎧を蒸発させ、全てを薙ぎ払う鬼神となって彼が立つ。

 

「ひとつ、マスターから止めてやってくれと願われた」

 

 “黄金喰い(ゴールデンイーター)”に装填されたカートリッジが一つ弾けた。

 その内部から溢れだす魔力の雷が、マサカリの刃を纏われる。

 

「ふたつ、そいつは子供の悲痛な叫びだ」

 

 更にもう一つカートリッジが飛ぶ。

 彼の手の中にあるマサカリの纏う雷電が更に強大になり、周囲を照らす。

 

「みっつ、―――親代わりに見ていた人を止めてやりてぇって子供の想いによ。

 このオレが応えねぇわけにはいかねぇってもんだろうが―――!」

 

 三つめ。カートリッジが弾け飛び、そのマサカリの纏う雷撃が更に膨れた。

 

 それを目撃していたバベッジが周囲のヘルタースケルターを前方に集結させる。

 同時に、彼の内燃機関が最大出力で動作を開始し全身から蒸気を噴き上げた。

 

「我が空想、我が理想、我が夢想―――これぞ“絢爛なりし灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)”」

 

 機関最大。全身を動かす動力が極限に達し、超重量の棍棒を彼の腕が振り上げた。

 フランケンシュタインの怪物により霧の捕食。

 それにより一時的に大きく薄れた霧の街を白く染めるのは、彼が解き放つ蒸気に他ならない。

 

「そうかい。さっきからあんたを想う声に名前を呼ばれてんだ。

 いい加減に夢から目ぇ覚ましな、Mr.スチームパンク!

 ――――必殺、“黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!!」

 

 蒸気とともに雲霞の如く押し寄せる機械の波。

 それと正面から向き合った金時が稲妻を招き、鋼鉄の波濤の中へと斬り込んだ。

 

 ヘルタースケルターの軍団すら溶断し、バベッジの元へと辿り着く黄金のマサカリ。

 鋼鉄と黄金、棍棒とマサカリ、二つの超重量武器が衝突して―――弾けた。

 

 

 黒い煙。白い煙。

 二つを立ち上らせながら、バベッジの砕けたカメラアイが明滅する。

 彼の体は、鎧の右半身が消し飛んだような状態で地面に倒れていた。

 

 一時的に晴れていた霧は、再び他所から流入してくる。

 すぐに再び霧の海に沈む地面に視線を向けながら、彼は自身の消滅を予感した。

 

 ―――蒸気世界を鎧の内に具現し、成立させていたのがチャールズ・バベッジの固有結界だ。

 鎧が砕けた以上は、その理想世界を維持することはできない。破綻する。

 

「………そう、か。そうだった、な」

 

 ふと、彼は思いだした。バベッジはこの霧の中より現れた。

 彼の夢想が強すぎたのか、あるいは後世においてさえ『スチームパンク』として夢想される世界のifとしてのイメージが合わさってか。

 チャールズ・バベッジは、蒸気機関による世界の象徴として成立していた。

 

 夢であった。が、夢でしかなかった。

 だからそんなものを引き合いに出されたところで、彼が人理焼却に加担などしようと思うはずもなかった。

 

「ゥウ……」

 

 最期の思考をしていた彼に、花嫁衣裳の少女が寄り添う。

 ノイズの酷いカメラアイに移った彼女の姿。それでもその正体はおおよそ理解できた。

 

「……ヴィクターの、娘か。そうか、無事か。

 ならば、メフィスト、フェレスは、失敗したということ、だ」

 

 彼が製造した魔霧機関“アングルボダ”。

 それと最高の相性を誇る、ヴィクター・フランケンシュタインの鋳造した人造人間。

 メフィストフェレスの使命は一応、彼女の確保であったはずだ。

 彼女が無事であるということは、奴は失敗して首謀者であるMは発電機関の確保は出来なかった、ということだろう。

 

 彼女の後ろには多くのサーヴァント、そしてマスターらしき人間がいると認識した。

 彼の有するセンサーはこの霧の中においてなお、サーヴァントと人間は区別してみせる。

 

 砕けた鎧が解れ、黄金の魔力に還っていく感覚。

 時間が無い、と彼は出来る限り言葉を残す事にした。

 

「―――私が造り出した魔霧を生み出す機関“アングルボダ”が、この霧の原因だ。

 この時代を葬るため、首謀者たるMは私と、パラケルススを共犯とした。

 目的は魔霧を帝国全土に広げ、それを一斉に起爆する事により時空を崩壊させる、こと」

 

「……その“アングルボダ”は、どこに……?」

 

「私は聖杯により精神を縛られ、“アングルボダ”の製造に加担した。

 だが一つ、“アングルボダ”には私の手が入っていない部分がある。

 ―――演算装置だ。蒸気コンピューターを遥かに凌ぐ、演算能力がそこにあったがためだ」

 

 バベッジは問いかけには答えない。

 答えられないのか、あるいはもはや聞こえてもいないのか。

 ただ彼は彼が残さねばならない、と感じていることを述べ続ける。

 

「“賢者の石”。パラケルススに提供された、超常の演算装置こそを私は“アングルボダ”に組み込んだのだ。そしてその折、超常の演算装置が測定した、未来を、私は、視、た。

 故に―――私の最後、の、理性を、あの、探偵に託し、た。

 まずは、時計塔に、行け―――そして、その上で………我が、妄執、“アングルボダ”は、地下鉄(アンダーグラウンド)の先に―――」

 

 鋼鉄の鎧が解け、光となって消え失せる。

 限界を超え語り続けた彼が、それ以上は耐え切れずに崩れ落ちていく。

 それに連動するように、残っていたヘルタースケルターも消え失せていった。

 

 

 




 
ロンドン付近の人間関係はもはやどうなってんのか分からぬ。

チャールズ・バベッジ。
その体から溢れる蒸気文明はまさしくスチームパンク界のオーマフォーム。
ジェット、スチーム、エレクトリックのうちスチームを担当する男。
なおエレクトリックは大量にいるがジェットはいない模様。

ゾォルケンがランスロットつれてれば戦闘機のジェットエンジンがあったのに。
どんなところでもその存在を望まれる。やはり円卓最強……

代わりにもしかしたらこの時代の日本では沖田総司がジェットを背負って生きてるかもしれない。

ホームズはいたと示唆されただけで原作通り別に出ません。
多分人理焼却の先の滅亡について捜査しながらわざわざここで顔を出そうとする殊勝な人間ではないでしょう。巌窟王とは会ってるかもしれぬ。
 

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