Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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ビギンズタイム2009

 

 

 

 家の壁の陰に身を隠しながら、僅かに顔を出す。

 そんな彼の視線の先では、怪物が振るう剣が周囲を切り刻んでいた。

 それに立ち向かうモードレッドは最早、全ての攻撃を直感に任せて対応する以外他にない状況に追いやられている、という様子だ。

 むしろ防戦一方とはいえ、よくも持ち堪えられるものだとモードレッドを褒めるべきか。

 

 その光景を眺めながら顎に手を当てたシェイクスピアは、家の陰へと顔を引っ込めた。

 

「さて、【最悪を嘆く暇があるうちは(The worst is not, So long as we can say, )まだ最悪からはほど遠い(‘This is the worst.’)

 と言いたいところですが。これ、どうするべきですかな?」

 

 ぼやきながら後ろにいるパラケルススを振り返る。

 

 パラケルススの制御するホムンクルスが不自然な動作を開始した、と。

 彼らはその行動を確かめるべくこの場にきたのだ。

 原因自体は白ウォズに誘導されたもので、それ自体に大した問題はなかった。

 が、その直後に降臨した死の化身。あれはどう考えても不味い。

 

 振り返ったシェイクスピアがふと気づく。

 パラケルススは右手で己を抱くように左肩を掴み、苦渋に顔を歪めていた。

 

「おや、どうかなさいましたかな。我が友パラケルスス」

 

「……いえ。ふふ、世界は思ったより広い、と実感しただけです。

 まさかこの意識が、深淵の存在と再び相見えることになるとは思っていなかった、と」

 

 微かに震えながら、自嘲するようにそう言葉にする彼。

 あのアナザーダブル、両儀式と面識があるわけではないようだが……

 彼女を見て誰かを想い起こしたのだろうか。

 

 彼のペンを動かすに足る悲劇の匂いがしてきて、どうにも彼のトラウマを啓きたくなる―――が、まあ後にするべきことかとシェイクスピアは顎髭を撫でる。

 

「しかし結局どうするのです?

 あれを前に、もはや雷電がどうこうと言ってる場合ではありますまい。

 あれは貴方がたが魔霧計画で整えた全て、呼吸をするように斬り伏せる怪物でしょうに」

 

「――――」

 

 どう考えてもあれは止められない。

 雷電の降臨が成ったとしても、それごと斬り裂く死の刃だ。

 あれがこの場にいるという事自体が、既に魔霧計画が破綻したという事実になる。

 最終的に人理焼却が達成されればいい、というなら見過ごせばいい。

 この時代の計画は頓挫しても、カルデアもまた全滅して他の時代で人理焼却は達成される。

 

 大局を見るならば、放置するのが正解なのかもしれない。

 だが……

 

「―――――」

 

 何も口に出さず、パラケルススは黙り込む。

 そんな彼を見ながら、シェイクスピアは小さく笑った。

 

「では、あれを止めましょうか」

 

「……と、言うと?」

 

 思わず訊き返すパラケルスス。

 問われた彼は大仰な身振り手振りを交えつつ言葉を紡ぐ。

 

「あの怪物が魔霧計画の障害であることに変わりないのですから。

 いま我らがすべきことは一つ。その障害を排除することに他ならないでしょう?

 ―――それが結果的に、世界を救おうと奮闘するカルデアとの共闘になってしまうのだとしても」

 

 彼の声に耳を傾け、瞑目するパラケルスス。

 世界を滅ぼす計画を継続するために、世界を救うために戦う者たちと共闘する。

 その矛盾は、パラケルススの抱く感情を揺さぶるほどのもの。

 

 ―――世界を呑み込む怪物を前に、立ち向かう正義の味方の側に立つこと。

 そんな状況に、彼の体が大きな震えを示した。

 

 だがゆっくりと目を開いた彼は、シェイクスピアに視線を送る。

 

「―――そう、ですね。今回は貴方の口車に乗せていただきましょう」

 

「ははは、【小さな蝋燭の灯りでさえ(How far that little candle)どれほどの暗闇を晴らすこと事か!(throws his beams!) 君の小さな善行もまた(So shines a good)汚れた世界を照らす灯りなのだ(deed in a naughty world.)

 さあ、我が友よ。貴方の望む通りに悪徳のための善行を重ねるがよろしい!

 吾輩はそれを後ろから眺め、面白おかしく悲劇に仕立て上げてご覧にいれましょう!」

 

「いえ。あなたにも手伝っていただきます」

 

 大仰な身振りで声を張り上げる劇作家。

 そんな作家に対して、パラケルススは強制的に参加を申し付ける。

 彼は渋い顔を浮かべるシェイクスピアに対して、にこやかに微笑んでみせた。

 

 

 

 

 直感が感じ得る全ての情報が死を想起させる。

 彼女の太刀筋を防ぐだけならば不可能ではないが、どうやって受けるべきか。

 それは全てモードレッドの直感に任せる他になかった。

 

 “死”が視えているのは式だけだ。

 その攻撃をどう防げば殺さないか、それを受ける側が判断するのは不可能。

 だからこそ彼女は“これはやばい”という感覚だけを頼りに何とか剣閃を逸らすことだけに終止していた。

 

「クソッタレ……!」

 

 それでも防げているのはアナザーダブルの側に遊びがあるからだ。

 

 己の太刀筋だけで追い詰めようと、刃を振るう事以外を行ってこない。

 仮に彼女がモードレッドのようなラフファイトを仕掛けてくれば、全ての“死”を防ぎ切ることはできないだろう。

 

 大きく背後に跳び退りながら赤雷を放つ。

 それは刃の一振りで容易に死に至り、完全に力を失って消滅してしまう。

 ―――間合いにこちらから踏み込めば、斬り捨てられる。

 直感が伝えてくる確信に近いその感覚に、モードレッドは強く歯噛みした。

 

「―――“五つの石(ハメシュ・アヴァニム)”」

 

 距離を取ったモードレッドを援護するように、ダビデの手から石が放たれる。

 悠然と構える彼女の周囲に、警告を意図する四つの石が突き刺さった。

 当然の如く、その警告には頓着しない。何も無いかのように、歩みは止まらない。

 

 そのまま歩き続ける彼女に必殺の五射目が殺到して―――

 すい、と。刃が虚空を走った。

 

 ダビデ王の有する巨人殺しの宝具、必中を約束された五つ目の投石。

 それは微かに傾けられたアナザーダブルの頭の横を通り過ぎ、過ぎ去っていく。

 石はそのままジキル邸の壁に突き刺さり、弾け飛んだ。

 

「―――これは」

 

「残念ね。“当たると決まった未来の結果”は、式の眼なら殺せてしまうから」

 

 いやはやこれは不味い、と。

 判り切っていたことを再認するようにダビデが力なく笑う。

 

 間断なく放たれるアタランテの矢を切り払いながら、再びモードレッドを斬り捨てんと彼女が踏み込み―――

 何かに気付いたかのように足を止め、空を見上げた。

 

 霧を灼き払う黄金の雷。

 ゴールデンなマサカリを振り上げた偉丈夫が、彼女の頭上を取っていた。

 

「オォラァアア―――ッ!!」

 

 落雷の如く黄金の刃が振り下ろされる。

 雷鳴とともに降り注ぐ一撃がアナザーダブルの頭部を目掛け、しかし即座に彼女はそれに剣を合わせんと振り上げていた。

 

「――――っ!?」

 

 刃を向けられた瞬間、死に視入られた怖気が走る。

 だが既に衝突寸前の金時に軌道を変える術はなく、そのまま二つの刃が切り結ぶ―――

 

 ガキン、と。

 マサカリと剣が衝突する寸前に、金時の振るうマサカリに浮遊する鏡が衝突した。

 僅かに逸れた攻撃の軌道。

 

 剣はそのままマサカリの死に斬り込むことなく、金時と式を切り結ばせた。

 直後に踏み込んできたモードレッドの蹴撃がアナザーダブルの頭部に叩き込まれる。

 有効打にはなり得ないだろうが、衝撃で大きく吹き飛ぶ怪人の体。

 

「おいおい……なんだありゃ、本気でやべぇ……!

 フォックスの援護がなきゃ今のでオレぁ斬り捨てられてたぜ……!」

 

 マサカリを担ぎ直し、冷や汗を流しながら顔を顰める。

 その背後で玉藻が難しい顔をしながら飛ばした鏡を手元に引き戻していた。

 

怪物(モンスター)。なーんであんなのがこんなとこにいるんですかねぇ。

 何が起きようがただ微睡んでいればいいものを。っていうか、どうしますかねこれ。

 流石に尻尾一つでどうにかできる相手じゃないんですけれど」

 

 呆れたように呟きながら吹き飛ばされた相手を見る。

 彼女は当然のようにあっさりと復帰してきた。

 その所作一つ一つさえも楽しそうに、剣先を揺らしながら歩み寄ってくる。

 

「あら。あなたがそれを言うのかしら? けれど、ええ……あなたの気持ちも少し分かるわ。

 こうして自分の眼で直視する世界は―――心が躍るもの」

 

「じゃあチート持って降りてくるの止めてくださいます?

 私はきっちり弱体化パッチ当ててから降りてくる空気の読める狐なので。

 そのあたり、空気を読んでくださいな」

 

「そう……ごめんなさい、なのかしら? そういうのは苦手なの。

 とりあえず、あなたの尾を1から0にしてから反省しましょうか」

 

 瞬間、アナザーダブルが加速する。玉藻を目掛けた突進。

 それに舌打ちしながらマサカリを振り上げる金時の前に、マシュの姿が踏み込んだ。

 突き出されるラウンドシールドが輝いて、その前方に光の盾を形成する。

 

「宝具、仮想展開―――“疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)”……ッ!!」

 

 守護宝具を前にして、しかしアナザーダブルは止まらない。

 軽く剣を一振りすることで、彼女はあっさりとその光の守りを殺してみせる。

 その感覚に身を竦ませながら、マシュは式を盾で遮ろうと構えを崩さない。

 

「式さん、何故……!」

 

「何故、と問われると困ってしまうのだけれど……

 此度はそう望まれたから、ということかしら?」

 

 今までとは明らかに違う言葉使いに、マシュは目を白黒させる。

 式なのか、そうでないのか、それすらも彼女からは分からない。

 

 そんな中、横合いから銃撃の嵐。

 ドレイクの放つ弾丸の幾つかがアナザーダブルを捉え、火花を撒き散らす。

 軌道を変えて弾丸を切り払いながら逃れる彼女。

 そこに彼女の足運びを予測しただろうアタランテの矢が奔り、石畳を一部粉砕した。

 

 足場を崩され僅かに体勢を崩し、アナザーダブルの動きが一瞬止まる。

 その瞬間に霧の中を駆け抜けるブケファラスの巨体とともにアレキサンダーが襲来。

 すれ違いざまに雷を纏った剣撃を浴びせ、彼女を更に仰け反らせた。

 

「―――ふふ……多勢に無勢、かしら?」

 

 余裕を崩さない彼女に向かい、金時もまた大きく踏み込んだ。

 雷を纏う大マサカリを下から掬い上げるように全力でもって振り上げる。

 直撃に火花を散らし、アナザーダブルの体が大きく空へと吹き飛んだ。

 

 その舞い上げられた敵の姿を追い、モードレッドが視線を上に向ける。

 クラレントの放つ魔力が臨界に達し、赤雷を放ちながら展開した。

 

 明らかに宝具を解放するための動作に、エルメロイ二世が顔を顰めながら腕を振るう。

 発動された彼の魔術はモードレッドの立つ地面を盛り上げた。

 地面がそそり立ち、そこに立つ彼女の体を一段高いところまで押し上げる。

 その援護に鼻を鳴らしながら口の端を吊り上げるモードレッド。

 

「こうして上にぶっ飛ばしちまえば―――地上を灼き払う憂いもねぇわけだ!!」

 

 血色の光を迸らせながら、彼女は宝具たる王剣を振り上げる。

 眼下。地上から立ち昇る魔力の渦を目にしながら、式はくすりと小さな笑みをこぼす。

 

「―――ええ。けど残念、私からは……地上を巻き込まない方法がないのだもの」

 

〈サイクロン…!〉

〈ヒートォ…!〉

〈ルナァ…!〉

〈ジョーカァー…!〉

 

 刃に四つ。緑・赤・黄・黒、四色の光の球体が取り巻く。

 その爆発的なエネルギーを刀身に集約させながら、彼女はその刃を振り上げた。

 

 

 

 

「ソウゴ! 所長!」

 

 倒れ伏したジオウに治療のための魔術を行使するオルガマリーに向け、立香がフランを伴って走ってくる。

 

 フラン。そして加勢してくれている金時に玉藻。

 初見の彼女たちを見たオルガマリーが一瞬表情を厳しくし、しかしそれどころではないと小さく息を吐いて治療の方へと意識を集中させた。

 

 その近くに拘束されて寝かされているジキルの姿。

 彼をちらりと見た立香が、眉を顰めながら戦場へと視線を向ける。

 

 今までジキルがアナザーダブルであった時とは一線を画す戦闘力を発揮する怪物。

 

「あのアナザーダブル、式なんだよね? なんで……」

 

「……スウォルツよ。奴が出てきて、ジキルを使って完成させたあの力を両儀に……」

 

 そう言って倒れ伏すジオウを見て、唇を噛み締めるオルガマリー。

 立香が一度困ったように目を細めてから、背後から歩いてくるウォズに目を向けた。

 彼はアナザーダブルへと視線を向けながら、とても厳しい表情をしているように見える。

 

「……スウォルツ。そしてもう一人の私の仕業、か。

 まさかエクストリームの力にまで届くとは……

 いや。単純にダブルの力以上に、両儀式という存在との組み合わせが厄介だったようだ」

 

 ウォズがその手の中にある本、『逢魔降臨暦』を取り上げてその頁をめくる。

 そんな彼に対して、伏せていたジオウが顔を上げて視線を向けた。

 

「……黒ウォズ、どうすればいいか分かる?

 多分いま、ダブルの力をただ手に入れても……あの式は倒せない」

 

「黒ウォズ? ……もしかしてもう一人の私は白ウォズかい?

 私たちは山羊ではないんだがね、我が魔王」

 

 茶化すような態度を見せる黒ウォズ。

 だがジオウはその視線を黒ウォズから離さない。

 彼は小さく溜め息を一つ。

 

「―――ふう……正直に言おう。

 私はこれでも、もう一人の自分の登場に大分動揺していてね……

 まして、その自分がスウォルツと協力してアナザーライダーを強化するなんて」

 

 オルガマリーが立香に対して視線を送る。

 彼が動揺していたというのは本当に見える、と彼女は頭を縦に振った。

 じい、とそこまで静観していたフランがピクリと肩を揺らして戦場を見る。

 咽喉の奥から絞り出される唸り声。

 

「ゥウ……!」

 

 彼女の反応を追ってそちらに目を送れば、戦場に二つの巨大なエネルギーの渦が発生したところであった。立ち上る血色の魔力の氾濫と、天空から降り注ぐ極彩色の光の奔流。

 その状況を見て、オルガマリーが顔色を変える。

 

「あんなものがここでぶつかりあったら……!」

 

 モードレッドの宝具が天へと放たれるだけならまだいい。

 だが式が同等の攻撃を放ち、拮抗が発生してしまえばその威力は街を薙ぎ払う。

 ―――しかし、最早後には退けない。

 式が空であの攻撃を構えた以上、モードレッドが宝具を解放せずとも地上は焼き払われる。

 

 歯を食い縛りながら、モードレッドがその剣の銘を叫んだ。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”――――ッ!!!」

 

 彼女が天へと向かって振り抜く剣閃。

 莫大な魔力が血色の光となって、地上から空に翔け上がる彗星と化す。

 魔力を光と熱量に変え、敵軍を消滅させる宝具の一撃。

 

 ―――その血色の光に迫られながら、アナザーダブルは剣を振るう。

 四色の光が入り混じり生まれた極彩色の輝き。

 それが無数の光線となって降り注いだ。

 光の雨がクラレントの放った光の“死”を正確に射抜き、殺戮していく。

 

「――――ッ!!」

 

 クラレントの放つ光は、いわば蛇口から流れ出す水のようなもの。

 式がその水の死を見極めて殺したところで、蛇口が壊れるわけでも、水道を巡る水が全て死ぬわけでもない。

 モードレッドがクラレントに魔力を注ぎ続ける限り、“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”は止まらない。

 だからこそ互いの攻撃の衝突になる、と判断した彼女の前で―――

 

 無数に放たれた極彩色の光刃は、クラレントの光を殺しながら衝突することもなく逆流してきていた。

 

 放ち続けた所で全て殺し尽くされるだけ。

 クラレントの一撃を遡り、殺してきた光が次々とモードレッドまで届き始める。

 

「クソ、ったれ……ッ!!」

 

 盛り上がった地面が消し飛ぶ。

 足場を失い、クラレントの魔力を打ち切りながら背後に跳ぶモードレッド。

 その彼女に追い縋るように軌道を変える光の刃。

 

 ―――光の刃がモードレッドに届く、前に。

 彼女の前の空間が歪み、白衣が翻った。

 

「テメェ……!」

 

 モードレッドの威嚇染みた声に振り返ることもなく、パラケルススは剣を構える。

 賢者の石で刀身を構成した彼が造り出した魔剣、“元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)”。

 無数の極彩色の光。それが全て、モードレッドの前に立ちはだかったパラケルススに殺到し―――賢者の石の演算により解析され、その刀身に吸収されていく。

 

「まあ……?」

 

 死した血色の光が消えて行く空で、風に舞うアナザーダブルが少し驚いた様子を見せる。

 相手の攻撃の“死”を通しはしたが、純粋に力押しでモードレッドを捻じ伏せられるエネルギーを載せたというのに。

 光の雨はパラケルススの魔剣が受け止めて、そのせいで徐々に刀身に罅が入っていく。

 受け止めきれない攻撃。宝具の崩壊の前兆を前に、彼はしかし微笑んでいた。

 

 抑えきれなくなった魔力が溢れ、宝具が爆発の前兆を見せる。

 

「――――“石兵八陣(かえらずのじん)”!!」

 

 孔明の宝具が行使され、パラケルススを隔離する。

 ―――抑えきれない魔力の破裂。

 そんな中で彼は微笑みながら瞑目し、魔力の暴発に呑み込まれて完全に消失した。

 同時に内側からの大爆発を受け切れずに砕け散る“石兵八陣(かえらずのじん)”。

 

 目前で己を庇い消滅したパラケルススに顔を大きく歪めるモードレッド。

 

「野郎、一体何の……!」

 

「さあさあ、では開幕と参りましょう! これより始まる演目、それは見てからのお楽しみ!

 “開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)”――――!!」

 

 その声が轟いた瞬間、周囲にある全てが閉塞した。

 全てを閉じ込める劇場の一席に、誰もが押し込められる。

 

 彼らの前にある舞台上にはただ、アナザーダブルだけが配置されていた。

 それを見て、舞台袖に立つシェイクスピアが困ったように首を傾げる。

 

「……おや。彼女を宝具の対象にしても、何も物語がありませんな」

 

 その声にアナザーダブルが彼へと視線を送った。

 

「……ああ、貴方の宝具はそういうものなのね。

 けれど残念。生憎、私には掘り下げようにも現世と向き合った記憶なんて殆どないもの。

 私の眼が視てきたのは全てが俯瞰の風景。人形劇みたいなものだから」

 

 だから何も見えるはずがない。

 そう断言しようとした彼女の周囲に、風が吹いた。

 

「――――?」

 

 彼女自身も不思議そうに首を傾げ、しかし次の瞬間に足を止める。

 その風に乗って、無数の映像が劇場の中で流れ始めていた。

 

 ―――緑の右半身と、黒の左半身を持つ正義の味方の物語。

 

「―――両儀式を対象に発動されたウィリアム・シェイクスピアの宝具。

 それが彼女の記憶ではなく、今彼女の肉体に表面化している記憶……

 ダブルの歴史を再生しているのか……」

 

 劇場の中のどこかからウォズの声が聞こえる。

 風と共に流れては消えていく無数の戦いの記憶の中。

 それらに意識を向けながらアンデルセンが小さく目を眇めた。

 

 さくり、と。劇場の光景が両断されて滑り落ちる。

 シェイクスピアの劇場はあっさりと立ち消え、霧のロンドンの光景が帰ってきた。

 彼の宝具に巻き込まれていた全てのサーヴァントが気を取り直す。

 当たり前のように宝具を斬り捨てた彼女は、剣を構え直してシェイクスピアを見る。

 

 狙われた瞬間に自分が死ぬのは理解しているのか、シェイクスピアは肩を竦めるばかりだ。

 そんな中でアンデルセンが走り、黒ウォズのストールに掴みかかった。

 

「なに……?」

 

「おい、力を貸してやる。俺とあの劇作家、そしてそいつを――――

 そうだな、時計塔(ビッグベン)まで今すぐ連れていけ」

 

 そう言った彼はソウゴを指差しながら何度もストールを引く。

 鬱陶しそうにそれを振り払おうとする黒ウォズ。

 

「………あの式を止められる何かが、あるの?」

 

「知るか。お前次第だ」

 

 ゆっくりと身を起こしながらアンデルセンに問いかけるジオウ。

 返答にはにべもない。

 だがジオウを見返す彼の視線からは、冗談など何一つ言っていないという力があった。

 

「……ウォズ」

 

「……それが我が魔王の指示なら従うとも」

 

 彼がストールを振り抜いて、ジオウと自身。

 そしてアンデルセンとシェイクスピアを包み込んだ。

 その姿が消え失せる直前、アンデルセンがすぐそばにいた立香に声をかける。

 

「時計塔まで奴を誘き出せ。いいか、すぐにくるんじゃないぞ?

 なるべく限界まで時間を稼ぎつつ連れてこい。

 お前たちが全滅しても意味ないが、早すぎても意味が―――」

 

 そこまで言い残し、四人の姿がこの場から消え失せた。

 シェイクスピアが消えたのを見て、軽く周囲に視線を巡らせる。

 そして今の状況を見たアナザーダブルは首を僅かに傾げてみせた。

 

「あら、ソウゴも離れてしまうのね。私に対抗するのに彼無しでは難しいと思うけれど」

 

 立香がオルガマリーに視線を向け、小さく頷きかける。

 アンデルセンは簡単に言ってくれたが、あの怪物を誘導するのは至難の業だろう。

 彼女自身未だに遊びがあるが、それが無くなったらその時点で終わりと言っていい。

 

「ダビデ、ジキルをお願い。フランが一緒にいてくれれば、周りの霧は少し晴れるから……

 フランの事も守ってあげてね」

 

「了解だ」

 

 立香の指示を聞いたダビデがジキルを持ち上げる。

 フランも己の心臓部を握りしめながら小さく頷いていた。

 彼女が周囲の霧を電力に変えて吸収している限り、ある程度は周囲の霧が薄くなる。

 であればジキルも魔力の霧の毒性に中てられることはないだろう。

 

「アーチャー、前に出れる? 当たってはダメ、というなら貴女の足こそ頼りです」

 

「無論だ、マスター」

 

 オルガマリーの声を聞き、アタランテが体勢を低くする。

 次の瞬間には彼女は最高速度を発揮して、式の目前まで走っていた。

 アタランテの首目掛け閃く剣尖。

 それを潜り抜け、彼女の蹴撃がアナザーダブルの胴体に突き刺さる。

 

 蹈鞴を踏んだ彼女に対しドレイクの放つ無数の銃弾が着弾。

 全身から火花を飛び散らせた。

 

 マシュが。アレキサンダーが。金時が。モードレッドが。

 入れ替わり立ち代わり。彼女の一撃をけして受けぬように立ち回り続ける。

 そんなメンバーと交錯するたび、小声でアタランテが時計塔までの誘導という目的を周知。

 

 ゆっくりと、彼女たちは戦いながら時計塔を目指しての移動を開始した。

 

 

 

 

「俺の宝具はな、要するに伝記だ。

 誰かの人生を書き殴ってやることで、そいつの力を“最高のもの”に演出する」

 

「それって……」

 

 時計塔の屋根の上に腰かけて、アンデルセンは己の宝具たる原稿と向き合う。

 カリカリとペンを走らせながら、彼は忌々しそうに表情を歪めた。

 

「ああ、前代未聞のクソの役にも立たない宝具だ。

 本一冊を聖杯戦争という限られた期間の間に仕立て上げてようやくスタートライン。

 俺の気が乗ってなければ駄作になって効果が薄く、最高の効果が得られたとしても題材にした人間が大したことなければ何の意味もない。

 まあ元の題材が大したことなければそもそも俺の筆も乗らんがな」

 

「――――でも、俺は」

 

 彼の言う“最高の力”。

 自分のそれが何か思い浮かべ、ソウゴの脳裏に浮かぶものは最低最悪の王。

 黄金の姿を思い描き拳を握りしめる彼を見て、アンデルセンは鼻を鳴らす。

 

「……ふん。安心するんだな、俺とてお前を書き切るつもりなんぞない。

 俺が書くのは人生を代償に何かに挑み、そして命を使い潰して果てるものたちの悲劇。

 俺の所感で言うならば、お前の命が尽きるまでを書いていたら本一冊になぞ収まりきるものか。いちいち余計なものが多すぎる。

 ―――その余分が必要か不要か、そんなことは知ったことじゃないがな」

 

 そう言って彼は一瞬だけウォズを見てから、執筆に集中し始める。

 近くに立ち、『逢魔降臨暦』を開いているウォズはその言葉に小さく肩を竦めていた。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 振るわれる剣を盾で殴り付けるように防ぎ、そのまま吹き飛ばされるままに距離を取る。

 石畳を削りながら地面を滑るマシュが、小さく後ろを振り向く。

 ―――目的地である時計塔。その建築物にようやく辿り着いていた。

 

 敵から視線を切ったマシュを目掛け、アナザーダブルが神速の刺突を放つ。

 

「―――ぁっ!?」

 

「気ぃ抜いてんな盾野郎!!」

 

 その少女の体をモードレッドが横から蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばした勢いでそのまま退くモードレッド。

 掠めた刃に鎧の一部が斬り飛ばされたが、それでも大した問題にはならない。

 軽く舌打ちし、着地と同時に相手を睨む。

 

 アナザーダブルを囲みながら、全てのサーヴァントが周囲を窺う。

 そんな様子を見た式は楽しそうに問いかけてきた。

 

「目的地はここだったのかしら? さあ、何を見せてくれるの?」

 

「知らねえな、準備してた奴に聞け……!?」

 

 瞬間、彼女たちの周囲の光景がロンドンとはまるで違う街並みに切り替わっていた。

 先程味わった感覚、シェイクスピアの宝具の感覚だろう。

 いつの間にか彼女たちの前に姿を現していた劇作家が、その場で開演を宣言する。

 

「さあ、では我が宝具の第二幕だ! 先程の拍子抜けのリベンジをさせて頂こうとも!

 さあさあ空を見よ! 高らかにその名を呼べ!  たまの英雄譚くらい劇的に演出しよう!

 世界は我が手、我が舞台!  開演を此処に―――万雷の喝采を!」

 

 ―――時計塔が消えている。その代わりに聳えるのは白い巨塔。

 いや、塔ではなく巨大な風車か。そしてその周囲で空を見上げる多くの人々。

 式以外は役者として認めず追い出したのか、他のサーヴァントの姿も消えている。

 

「また作家さん? 今度の見世物は何かしら?」

 

【仮面ライダー!】【仮面ライダー…】【仮面ライダー!】【頑張って、仮面ライダー!】

【仮面ライダー…!】【仮面ライダー!】【仮面ライダー!】

 

 その突然周囲の人間たちが上げた声を、きょとんとしながら見回した。

 周りは全員その風車の上を見上げながら声を上げているようだ。

 直後、ふわりと吹き始めた風が大きな突風となって昇っていく。

 

「これは……」

 

【負けないで…! 仮面ライダー…!】

 

 風を追い、式もまた視線を上に向けた。

 その風車の上には、彼女を見下ろしているジオウの姿がある。

 彼の手には黒一色のブランクウォッチが握られていて―――しかし、今にも色づいていく。

 緑と紫の二色。それが今、式の肉体を変質させている力と同じものであることに疑いはない。

 

 彼女はその光景に小さく笑い、するりと瞬時にシェイクスピアの体に刃を通した。

 前に出てきた以上、当然のように一瞬の内に死に果てる劇作家。

 精神に作用する彼の宝具発動中は肉体に損傷は与えられない―――というルールさえも無視して殺し尽くす“死”の刃。

 

「ああ、いや。せっかくならば最後まで見届けたかったのですが……

 ですがまあ、今回ばかりは致し方なし。世界の裏まで識り尽くした怪物に一泡吹かせる脚本を友達割引で仕上げると約束してしまっていましたからなぁ!

 では、吾輩とH・C・アンデルセン。初の合同脚本の舞台、存分にお楽しみあれ。

 まあ原作ありきの同人でしたがね!」

 

 そう言って一礼しながら消え去るウィリアム・シェイクスピア。

 彼の消滅と同時に、当然その宝具の効果も消え去る。

 巨大な風車は消え去って、元のロンドンの風景を取り戻していく世界。

 風車の上にいた筈のジオウは時計塔の上に立っていた。

 

「―――式、あんたを止めるよ」

 

「ええ。出来るのならどうぞ?」

 

 ジオウの指がダブルウォッチのウェイクベゼルを回す。

 2009。そしてWのライダーズクレストが刻まれた面から、ダブルのレジェンダリーフェイスを正面に展開させ、同時に上部のライドオンスターターを押し込んだ。

 

〈ダブル!〉

 

 起動音の後、即座にジクウドライバーのD'3スロットに装填させるライドウォッチ。

 拳でライドオンリューザーを叩き、ジクウドライバーを回転待機状態へ。

 流れるように回転させることで、ダブルウォッチの力がいまここに解放された。

 

〈仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム!〉

 

 ジオウの周囲に竜巻の如き風が巻き起こる。

 その中から緑色の手足のある巨大なUSBメモリ型のメカ。

 サイクロンメモリドロイドが出現する。

 

〈サイクロン!〉

 

 続いて現れるのは、同じ形状の黒いメカ。

 ジョーカーメモリドロイド。

 

〈ジョーカー!〉

 

 その二体のメモリドロイドがジオウを挟むように左右に分かれ、変形した。

 サイクロンは右半身を、ジョーカーは左半身。

 二体のメモリドロイドが変形合体して、ジオウを守るアーマーとして装備される。

 インジケーションアイが一度分離し、新たな文字となって戻ってくる。

 その名、即ち――――

 

〈ダブル!〉

 

 ジオウが新たな形態を得て、地上の式と視線を交わす。

 その横で、ウォズが大きく声を張り上げた。

 

「祝え! 魔王の旅路に相乗りするものたちよ!!

 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を越え過去と未来をしろしめす時の王者!

 その名も仮面ライダージオウ・ダブルアーマー!!

 まさに二つで一つの力を継承した瞬間である!」

 

 その声を受け不思議そうにした式が、とりあえず剣を地面に突き刺して拍手をしてみせた。

 言われた通りに祝っているのだろう。

 ぱちぱちと気の抜けた音を数秒立ててから、彼女は疑問の声をあげる。

 

「けれどどうするのかしら? たとえ元が同じ力でも、今―――

 私と貴方では力の差が大きいでしょう?」

 

 剣を引き抜いて構え直すアナザーダブル。

 そんな彼女に対して、ソウゴは背後のアンデルセンを振り返ってみせた。

 彼が本を持ち上げて首をしゃくる。

 

 ジオウの指がジオウウォッチとダブルウォッチに伸びる。

 

〈フィニッシュタイム! ダブル!〉

 

「……不思議ね。私の視点からでは貴方に勝ち目はないように思えるのだけれど……」

 

 ジクウドライバーを必殺待機状態に持ち込むジオウを前に、式は剣を振り上げた。

 そこに緑と黒、そして極彩色の光が入り混じり刀身に渦巻く。

 

〈エクストリームゥ…!〉

 

 迸る光の刃を見ながら、ジオウがその左腕を彼女に向け突き出した。

 

「ねえ、式。―――あんたの罪を、教えて?」

 

「私の罪? ……そうね。こうして起きてしまったこと、かしら?」

 

 一瞬だけ首を僅かに動かしたジオウが、ジクウドライバーを回すと同時に跳んだ。

 風を纏いながら高所からアナザーダブルを目掛けて走る一撃。

 

〈マキシマム! タイムブレーク!!〉

 

「ハァアア――――オリャアアッ!!」

 

 その一撃に向け、式は剣を振り上げる。

 激突すれば一瞬でジオウの方が撃ち負けるだろう、というほどの圧倒的な差。

 それを覆す手段を持っているものは存在しない。

 ジオウだけでなく、他の誰も。

 

 ―――ただ、一つ。もしそんなことが起きるとするならば、()()()()()()()()()()

 

「―――では、この一度限りの奇跡に名を与えよう。

 タイトルはそう――――“貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)”」

 

 彼の手がこの短期間で書き綴った数頁しか記述の無い原稿を取り上げた。

 

 アンデルセン自身の自伝を白紙にし、代わりに記した誰かに力を与える宝具。

 伝記として機能すれば、その誰かを最大最高の姿に変生させることさえ可能なもの。

 だがそれは完成した原稿であれば、の話だ。

 数頁しか埋まっていない原稿で起こせるのは―――()()()()()()()()()()()

 

 ―――風を纏ったキックと、極限の力を発揮する刃が激突した。

 彼女が予測する結果、一瞬の内にジオウが砕かれるという結末は訪れない。

 代わりに、拮抗しながら彼女は何かを感じていた。

 

「――――風?」

 

 まるで、シェイクスピアの宝具の中で感じたような―――

 ただの風のはずなのに、何か大きな力を孕んでいるかのような。

 どこかの誰かへ向かって吹き付ける、強い風。

 

 ―――その風を受けたジオウの力が、更に力を増していく。

 歯牙にもかけずに粉砕出来るはずが、いつの間にか拮抗していた。

 そして拮抗していたはずが、いつ間にか少しずつ押され始める。

 

「式の眼じゃ―――風は殺せても、その風に乗せられた人の想いは殺せない」

 

「想い……ただそれだけで、こうまで変われるものかしら?」

 

〈プリズムゥ…!〉

 

 式が剣を両手で握り、その刃が纏う光を更に大きくした。

 増大し続けているダブルアーマーの力を強制的に切り崩すプリズム光。

 逆転はあっさりと逆転し返され、ジオウが逆に押し込まれ始める。

 

「変わるよ。この力は一つの体の中にあっても、一人の力じゃない――――

 足りないものを補うだけじゃない。欠けてるものを埋めるだけじゃない。

 パズルみたいに綺麗な形に収まるわけじゃない―――

 もっと歪で、収まりが良いところも悪いところもあって……

 完璧なんか程遠くて――――だからこそ、どこまでだって大きく、広く、繋がれる……!」

 

 ぎしり、と式の手にした剣が軋んだ。

 ジオウの力は増し続ける。増した傍からプリズムの記憶で完全に散らしているはずなのに、散らす以上の速度で増大していくことが止まらない。

 緑と黒。二色の装甲が風の中で光を帯びて、金色に染まっていく。

 

「言ったよね。俺と式、今使ってる力は同じだけど、式の方が力が大きいって。

 それは何も変わってない。けど、それでも――――!」

 

 ダブルアーマーが放つ風が更に増す。今までを更に凌駕する速度での増大。

 式の放つプリズムの力が許容量を超過して、その力を受け止め切れずに停止する。

 軽減することが出来なくなった威力が全て剣に圧し掛かった。

 それを受け止めながら、限界を超え始めた体で式はソウゴに問いかける。

 

「それでも?」

 

「―――その力に乗せた、想い(メモリ)の数が違う……!」

 

 剣が砕け散る。その勢いのまま突き抜けたジオウが、アナザーダブルを粉砕した。

 粉々に砕け散ったアナザーダブルの体が消えて、その場にアナザーウォッチの破片が四散する。

 その場にふわり、と。白い着物の女性、両儀式が降り立っていた。

 だが、その体は既に魔力に還り始めている。

 

 そのまま地面をも圧砕しながら着地したダブルアーマーが、全身から煙を噴き出している。

 黄金の光は消え去って、全ての力を使い切った弱々しい姿。

 そんな状況で、彼はゆっくりと背後の式へと振り返った。

 

「―――全て識っているつもりではあったのだけれど。

 ふふふ、やっぱり……俯瞰しているだけと直視するのではまるで違うのね。

 ……ああ、そうだ。貴方が訊いた私の罪―――無知、というのはどうかしら?」

 

 彼女はただにこやかに笑みを浮かべてジオウを見返している。

 その顔を正面から見つめ返しながら、彼は謝罪を口にした。

 

「ごめん」

 

「いいのよ? 私も少しだけれどこうして現世を見れて嬉しかったもの。

 そのお礼ではないけれど……」

 

 怪物の姿から美女に戻った彼女。

 その容姿と雰囲気の通りにたおやかな所作で、困ったように頬に手を当てる。

 何かをどう口にするべきか悩んでいるのだろうか。

 やがて決まったのか、口を開き始める彼女。

 

「―――この世界は地獄ね。生きる人は誰もが苦しみ、その苦しみは永劫続く。

 3000年経てもそれは何一つ変わりなかった。

 人は苦しみ続けている。どこまで行っても改善は見られない」

 

「それは……?」

 

 まるで、それが人理を滅ぼす理由であるかのように。

 彼女は困ったような顔をしたままに、それを滔々と語ってみせた。

 そこで言葉を止めた彼女が、ソウゴに笑いかける。

 

「だから――――貴方たちの愛する、()()()()()()()()()()()

 この地獄を否定したくてたまらない誰かから、貴方たちがこの世界を守りたいと願うなら」

 

 最後にそう言い残し、両儀式という女性はこの時間から消え失せた。

 

 

 




 
貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)
彼が書いた自伝「我が生涯の物語」の生原稿。この書の1ページ1ページが作家アンデルセンを愛する人々から供給される魔力によって“読者の見たがっているアンデルセン”の姿を取り、分身となって行動できる。
だがこの宝具の真価は、この本を白紙に戻し、自身の人間観察により観察した人物の理想の人生・在り方を一冊の本として書き上げることで発揮される。その本の出来が良ければ宝具として成立し、相手を本に書かれた通りの姿にまで成長させることができる。効果の度合いは原稿が進むほどに高まり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、脱稿すれば対象を“最高の姿”にまで成長させることが可能となる。

ロンドン書き始める時に色々確認しててこれ読んだ時、「たまたま風を起こせるやん!」ってなった。
 

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