Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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それは、覇道を取り戻す物語

 

 

 

 目が覚める。頭がガンガン痛むが、それを無視して体を起こす。

 周囲を見回してみればどうやら保健室……医務室? そんな感じの部屋らしい。

 ほとんど同時に、向かいのベッドで立香も体を起こしていた。

 

「よーし、キミはずいぶん良い子でちゅねー。何か食べる? 木の実? それとも魚?」

 

 そんな声を近くのベッドに座った女性があげている。

 その手の中には何だか反抗したげな白い獣。フォウが収まっていた。

 わしゃわしゃとかき回され、心なしか消耗しているように見える。

 

「んー、ネコなのかリスなのかイマイチ不明だね。でもいっか、可愛いから!」

「フォーウ……ンキュ、キュウぅ……!」

 

 フォウの決死の脱出劇。その女性の腕を抜けてフォウは立香に突撃していく。

 それを視線で追ってこちらに目を向けた女性が、二人が起きたことに気付いた。

 

「ん? おっと、本命の目が覚めたね。よしよし、それでこそ主人公というヤツだ。

 おはよう、こんにちは、こんばんわ。藤丸立香、常磐ソウゴ。

 どうだい? 意識はしっかりしているかい? してる? してない?」

「ここは、どこ?」

「あんたは?」

 

 こちらの問いに驚いたかのようにのけ反る女性。

 

「何だって? 目を覚ましたらその目が眩むほどの絶世の美女がいて眩暈がする?

 わかるわかるすごくわかる。美しすぎてごめんね☆ それはそれとして慣れてほしい。

 質問の答えはここはカルデアの医務室、つまりロマニの生活エリアだ。

 そしてみんな気になる私の正体は、何を隠そうダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者さ。

 というか召喚英霊第三号、みたいな? そんな感じ」

 

 女性は―――ダ・ヴィンチちゃんは、そう言って立ち上がった。

 彼女が腕を持ち上げて示すのはこの医務室の出口。

 そこから早く目的地に行くといい、とばかりにそちらを指していた。

 

「とにかくそういう話は後。

 キミたちを待っている人がいるんだから、早く管制室に行ってあげなさい」

「待ってる人……」

「そうそう。藤丸立香ちゃん、特にキミの大事な娘が待っているのさ。

 目を覚ましたらまず真っ先に探さなきゃ、主人公勘ってヤツが磨かれないぞぅ?」

「フォウ、フォウ―――!」

「ほら、そう思うとなんかこの子もそんな事を言ってる気がしてきただろう?

 フォウフォウ、さっさと立ち上がって抱きしめに行ってやれ~みたいな」

 

 立香を足場に跳び上がるフォウ。

 その突進の狙いがダ・ヴィンチちゃんであると、見ていた全員が理解した。

 しかし彼女は空舞う白いのをひょいとつまみ、そのままぽいとベッドの上にリリースする。

 どふぉーう。

 

「―――さあ、ここからはキミたちが中心になる物語だ。キミたちの判断こそが我々を救うだろう。人類を救いながら歴史に残らなかった数多無数の勇者たちと同じように。英雄ではなくただの人間として、星の行く末を定める戦いに挑む事こそがキミたちに与えられた役割だ。

 ……常磐ソウゴくんの方は、ちょっとそれが怪しいかな?」

 

 芝居がかった動作でそう言って、彼女は小さく訳知り顔で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチちゃんに言われるがまま二人で管制室に辿り着く。

 炎に包まれた印象ばかりが焼付いた場所だったが、今や既にカルデアの心臓部としての機能がおおよそ復帰していた。そんな場所でマシュが二人を出迎えてくれる。

 

「おはようございます先輩、ソウゴさん。ご無事で何よりです」

「おはよう。ありがとう、マシュ」

 

 ソウゴもまたおはよー、とマシュに声をかけながら周囲を見回す。

 燃え続ける街並み、暗闇の洞窟と、気が滅入る空間ばかりを巡っていたからだろうか。

 むやみに青いこの空間に、何故だか安心すら覚えてしまう。

 

「お礼を言うのはわたしの方です。先輩がいてくれたので意識を保っていられました」

「コホン」

 

 立香とマシュが笑いあう中、ロマニが咳払いで二人の会話を中断する。

 マシュの顔が即座に、あの時のようにサーヴァントのそれへと変わった。

 

「再会を喜ぶのは結構だけど、今はこっちにも注目してほしい。

 まずは生還おめでとう、藤丸立香ちゃん。常磐ソウゴくん。そしてミッション達成お疲れさま。

 なし崩し的にすべてを押しつけてしまったけど、キミたちは勇敢にも事態に挑み乗り越えてくれた。その事実に心からの尊敬と感謝を送ろう。キミたちのおかげでマシュと我らカルデアの皆は救われた。その、所長は残念だったけれど……今は彼女を弔うほどの余裕すらないのが現状だ。せめて悼むことぐらいしかできない」

 

 そこでロマニは言葉を切った。小さな黙祷。

 けして小さくないショックであっても、今はそれ以上を割く余裕が無いという。

 ふぅ、と。そこで大きく吐いてから、彼は重要な話を再開する。

 

「いいかい。ボクらは所長に代わって人類を守る。それがきっと彼女への手向けになる。そうしてみせると、勝手ながらボクは彼女との言葉を交わした。

 キミたちもまた、そうすると彼女と約束しただろう?」

 

 こうして目を覚ます直前。体感で言えばほんの数分前の話だ。

 あの特異点が崩壊する最後の時、震える彼女と確かに約束を交わした。

 彼女のカルデアを―――未来を取り戻す、と。

 

「マシュから報告を受けた聖杯と呼ばれた水晶体とレフの言動。

 カルデアスの状況から見るにレフの言葉は真実だ、未だ外部との連絡は取れていない。そしてカルデアから外に出たスタッフも戻って来ない……おそらく、ここから踏み出した時点で()()()ということなんだろう。

 このカルデアだけが通常の時間軸には無い状態だ。崩壊直前の歴史に踏みとどまっている……というのかな。宇宙空間に浮かんだコロニーのようなものと思えばいい。外の世界はもう、人類の生存できる空間じゃないんだ―――この状況を打破するまではね」

「打破する方法があるんですか?」

「もちろんだ。まずはこれを見てほしい。これが復興させたシバで現在から観測できた過去の地球の状態をスキャンしたものになる」

 

 そう言って彼が管制室の中心、カルデアスを見上げた。

 生きた地球儀はまるでノイズの塊のような球体と化して、その異常さを証明している。こんなものの表面で人類が―――いや、生物が生存しているなどという事がある筈もないだろう。

 

「冬木の特異点はキミたちの活躍によって間違いなく修正された。けれど、それだけでは現状の打開には至らなかった。

 ―――それは何故か。考えた末、ボクたちはそれが過去の地球を原因とするものだと仮定した。その結果がこの狂った世界地図。新たに発見された冬木とは比べものにならない時空の乱れ」

 

 今のカルデアスがこれこそが地球であると示す光景には、地獄すら存在しない。

 経過したはずの時間さえ正しく繋がらない破綻した何か。

 もはや人の生存圏とすら呼べない虚無。それが今の地球の光景だ。

 

「よく過去を変えれば未来が変わる、というだろう? けれど、ちょっとやそっとの過去改竄では未来とは変革できないものだ。歴史には修復力というものがあるからね。人間のひとりやふたりくらいを救う事はできるかもしれない。

 けれどその時代が迎える結末―――決定的な結果だけはどう足掻いても変えられない。歴史上で“こうなるもの”として、固定されているポイントがあるからだ」

 

 言いながら彼がカルデアスに視線を向ければ、その地球儀の特定箇所に光点が示された。

 その光点こそがこのノイズ地獄の地球の原因。特異点ということだろう。

 地球儀上に示された光点の数は―――七つ。

 

「でもこれらの特異点は違う。これは人類のターニングポイント、人類史において絶対になくてはならない楔。『この戦争が終わらなかったら』、『この航海が成功しなかったら』、『この発明が間違っていたら』、『この国が独立できなかったら』……そういった、現在で繁栄していた人類の前提となる究極の選択点。これが崩れるという事は、人類史の土台が崩れる事と同然だ。

 この七つの特異点はまさにそれ。この特異点が出来た時点で未来は決定してしまった。この特異点が存在する以上、ボクたちの知る人類は存在している事自体が歴史と矛盾する。レフの言う通り、ボクたち人類に2017年はやってこない」

 

 そこまで語ったロマニの視線が二人の目に向かう。

 彼は小さく息を吐いて、ほんの少しの間だけ体を弛ませる。

 直後に大きく息を吸い込み、立ち上る緊張感にまた体を強張らせた。

 

「けど、ボクらだけは違う。カルデアはまだその未来に到達していないからね。

 分かるかい? ボクたちにだけこの間違いを修復できる。今こうして崩れている特異点を元に戻す機会(チャンス)がある。

 ―――さて、結論を言おう。カルデアに残された希望、二人のマスター。キミたちの仕事はこの七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す事。それが人類を救う唯一の手段だ」

 

 彼の瞳には力がある。

 自分の無力さ、頼るしかない情けなさ、なんて気持ちを瞳に浮かべないように。

 無理矢理に、力ずくで、唯一の手段を行使しなければならない立場に立ってみせている。

 

「他のマスター適性者は全て凍結。契約したサーヴァントはマシュのみ。

 この状況でこう切り出すのは強制だと理解はしている」

 

 彼はそこで一度言葉を切った。次に何を言うかは、もう分かっている。

 けれどそれは、言う側にだって言われる側にだって相応の覚悟が必要な言葉だ。

 果たして、言葉同士に空けられた間は何秒だったのか。

 そんなに長いはずもないのに、とても長い間だったように感じている。

 

 そうして、遂に彼は重くした口を開いてみせた。

 

「それでもボクはこう言おう。

 ―――マスター適性者47番、常磐ソウゴ。並びに48番、藤丸立香。キミたちが人類を救いたいのなら。2016年から先の未来を取り戻したいのなら。キミたちはたった二人でこれからこの七つの人類史と戦わなくてはいけない。

 その覚悟はあるか? キミたちにカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?」

 

 ロマンの強い眼差し。まずそれを向けられたのは、藤丸立香。

 

 一度大きく深呼吸。

 所長に託された重荷を背負わせる事を憚って、ロマンがせっかく脅してくれたけれど。

 残念ながら彼女の中でとっくに答えなんて決まっていた。

 

「もちろん。私はマシュと一緒に戦います」

 

 次に視線が向けられたのは、常磐ソウゴ。

 彼は目を向けられた瞬間、まるでそれが当たり前であるかのようにあっさりと答えた。

 

「当然。俺が王様になりたいのは、皆を守りたいからなんだから」

「―――ありがとう。その言葉でボクたちの運命は決定した。これよりカルデアは前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。

 目的は人類史の保護、および奪還。探索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯」

 

 その言葉で、周りで作業していた他の職員たちまでもが張り詰めていくことが実感できた。

 ほんの二十人ちょっと。彼はたったこれだけで、二千年以上前までも遡る地球の歴史に対抗しろという。誰だって怯えるし、誰だって竦む。けれど、

 

「我々が戦うべき相手は歴史そのものだ。キミたちの前にたちはだかるのは多くの英霊、伝説になる。それは挑戦であると同時に、過去に弓を引く冒涜だ。我々は人類を守るために、これまで積み上げてきた人類史そのものに立ち向かうのだから。

 けれど生き残るにはそれしかない。いや、未来を取り戻すにはこれしかない。……たとえどのような結末が待っていようとも、だ。

 ―――以上の決意をもって、作戦名はファーストオーダーから改める。これはカルデア最後にして原初の使命。人理守護指定・()()()()()()()()

 魔術世界における最高位の使命を以て、我々は未来を取り戻す!」

 

 今まで見てきたもの、託されたもの。

 全部ひっくるめて背負った心が、ぐつぐつと煮え滾る感覚。

 ここから全てが始まるのだ、と。何かが沸き立ってくるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

「決起集会は終わったかい、ロマニ。彼らには何より今も休息が必要だ、と君は言うだろうけれど、私の紹介くらいは済ませてもいいだろう?」

 

 そうして、管制室にさっきの女性。ダ・ヴィンチちゃんがエントリーする。

 一瞬前まで決めていたロマニの表情が微妙に崩れた。

 

「……ああ、うん。やあレオナルド。それ、今かい? キミを紹介する事になるボクとしても、キミを受け入れる事になる彼らにしても、まずは時間を置いて心を休めた方が、という配慮をしたつもりだったんだけど……ホントに今やる?」

「もちろんだとも、天才の時間はそう安くない。この私がこうして出向いておいて、そうですか~なんて、すごすごと帰るなんて事があると思うかい?」

「まあ、そうだろうけどね……仕方ない、紹介しよう。

 彼……いや、彼女……? いや、ソレ……いや、ダレ……? ええい、ともかく。いま来たのは我がカルデアが誇る技術部のトップ、レオナルド氏だ。見ての通り聞いての通り、まったく普通の性格じゃない。当然、普通の人間でもない―――なぜなら」

「……サーヴァント。先輩、たいへんです。この方、サーヴァントです!」

 

 マシュの驚愕。一見にして人間と変わらない姿でも、彼女の目から見ると別らしい。

 立香にもソウゴにも、外見上の違いはよく分からなかった。とりあえず今の所分かるのは、サーヴァントというのは総じて奇抜な衣装を着ているらしい、というくらいだ。

 

「はい正解~♪ カルデア技術特別名誉顧問、レオナルドとは仮の名前。私こそルネサンスに誉れの高い万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ! はい、気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼ぶように。こんなにキレイなお姉さん、そうそういないだろう?」

「……あれ、お姉さん?」

 

 立香が首を傾げる。と、同時にマシュの声が荒ぶる。

 

「おかしいです。異常です。倒錯です! だって、レオナルド・ダ・ヴィンチは男性―――」

「既成事実は疑ってかかるべきだぞー。というかそれってそんなに重要? 実は男だったとか女だったとか、最初に言い出したのは誰なんだろうね。まったく。そんなに気にかかるなら自分の記憶の方を変えたまえよ。

 そして何故、というなら私は美を追究するものだからさ。発明であれ芸術であれ、そこはすべて同じコト。すべては理想を……美を体現するための私だった。そして私にとって理想にして究極の美とはモナ・リザだ。となれば―――ほら。こうなるのは当然の帰結でしょう?」

 

 そう言って彼女はその場でくるりと回る。

 美の黄金比率を実践した肉体。余分も欠落もない、美そのもの。

 生前追究した美しい人間という構成を、この現世において再現した成果物。

 彼女は彼女の理想の性癖そのものだった。

 

「フォウ……」

 

 言ってやがらぁ、とでも言いたげに鼻を鳴らすフォウ。

 ダ・ヴィンチちゃんはちらりとそれを見るだけで、自信満々な表情は崩さない。

 

「いや、ボクもいちおう学者のはしくれだがカレの持論はこれっぽっちも理解できなくてね……モナ・リザが好きだからって自分までモナ・リザにするとか、そんなねじ曲がった変態はカレぐらいさ。カレだけであるに決まってる」

「フフフ。それはどうかなDr.ロマン。文明も円熟すればもう何でもありだ。

 美少女になりたぁーい! なんて願望は、ノーマルになるかもだよ?」

 

 そう言って彼女は笑う。果たしてその願望は文明の問題なのだろうか。

 言われたロマニが渋い顔を浮かべ、眉根を寄せて小さく溜め息。

 

「そうかもしれないけど……キミ、何時の時代の英霊だい?」

「天才に時代は関係ないよドクター。キミたちも覚えておくといい。キミたちはこの先、あらゆる時代において何人もの芸術家系サーヴァントと出会うだろう。

 そしてその誰もが例外なく、きっと素晴らしい偏執者であろう……!」

「マジか……! ああでも、ホントにそんな気がしてきたなぁ! だってかのレオナルド・ダ・ヴィンチがこれなんだもんなぁ!」

 

 頭を抱えるロマニの隣。

 今のダ・ヴィンチちゃんのどこに納得したのか、得心がいったとばかりにマシュは頷く。

 

「……なるほど。知りたくなかった事実ですが、ご忠告感謝します、ダ・ヴィンチちゃん」

「よしよし。マシュは相変わらず物わかりがいい。じゃ、私の紹介はこれで終わり。それじゃあ、私がわざわざ今ここに来た理由、本題に入らせてもらおうか」

 

 パンパン、と手を叩いて会話を打ち切るダ・ヴィンチちゃん。

 ロマニは抱えていた頭から手を外し、そんな彼女に疑わしげな視線を送った。

 

「……自己紹介じゃなかったのかい?」

「それは本題その1。これから本題その2に入るのさ」

 

 そう言って、ダ・ヴィンチちゃんがソウゴの前まで歩いてくる。

 きょとんとしながら自分を指差して彼女に問いかけるソウゴ。

 

「俺?」

「そう。冬木の特異点でキミが使用した、サーヴァントとの戦闘を可能にしたデバイス。

 それを是非見せてほしい。嫌だといっても見せてもらうけどね!」

「いや、別にいいけど」

 

 そう言って懐に手を入れる。ジクウドライバーを取り出すためだ。

 それを取り出してみせるとダ・ヴィンチちゃんは難しい顔をした。

 

「ふむ、やっぱり持っているんだね」

「え?」

「所長が言っていただろう? レイシフトで過去を訪れ戦闘を行う場合、武装は歴史に刻まれたサーヴァントこそが相応しい、という話だよ。

 単純な話さ。レイシフトで過去にいけるのは本来、レイシフト適性のある者の肉体のみ。もちろん裸一貫で投げ出すような事にならないように私たちが専用の装備を作っているから、そんな事にはならないけれどね。

 だというのに君は、現地で手に入れた装備をこうして当然のように持ち帰った」

「うーん、なんかまずい話なの?」

「いや? 私が興味がある、というだけの話さ。こんな状況だからね、使えるものは存分に使うべきだと思うよ」

 

 彼女はそう言ってジクウドライバーを受け取る。

 本人が楽しんでいる様子でしかないので、本当に正体の是非には興味がないように見える。

 なのでとりあえず、ジオウライドウォッチも取り出す。

 

 ―――と、ソウゴがライドウォッチをポケットから引き出した時。

 別の何かがいっしょに出てきて床に落ちて転がった。

 

「あれ?」

 

 身に覚えのない持ち物に首を傾げるソウゴ。

 そんな彼の前で、ダ・ヴィンチちゃんは落ちて転がってきたそれを拾い上げる。

 

「これも何かの機能を持つデバイスかい? あの携帯電話みたいな?」

「なんだろ、それ。俺も知らないヤツ」

 

 それはまるで大きな眼球のような造形だった。

 中心のレンズからはこちらを睨むような目が映っている。

 それを覗き込むようにダ・ヴィンチちゃんが持ち上げて―――

 

「これはゴースト眼魂。仮面ライダーゴーストの力さ」

 

 横合いから突然現れたウォズに、その眼魂を掻っ攫われた。

 おや、と言いつつ彼を観察するダ・ヴィンチちゃん。

 

「あ、ウォズ」

「あの時の祝ってた人だ……!」

「ちょ、キミは冬木の特異点にいた……! 何故カルデアにいるんだい!? 管制室ではキミを補足していなかった……! レイシフトでキミがカルデアにくるのは不可能なはずだぞ!?」

 

 突然の闖入者に驚愕が溢れる周囲の声。

 そんな周囲やロマニの声を無視して、ウォズはその手にあるゴースト眼魂を手で遊ぶ。

 

「眼魂とは過去の偉人の魂をその中に封入したもの。これを手にする事で使用者はその眼魂に封じられた偉人の力を引き出し、使う事が可能となる」

「……なるほど? 魂、という言い草は気になるけれど、その機能自体はむしろ真っ当な降霊術のそれと言っていい。むしろ本人の影法師を降臨させる英霊召喚より、降霊魔術としてはそちらの方が余程ポピュラーと言えるだろうね」

 

 ウォズの登場にさして取り乱すこともなく、会話に乗るダ・ヴィンチちゃん。

 その対応に肩を竦めながら、ウォズは手にした眼魂を軽く振るう。

 

「もっとも、最初に眼魂に求められた性能はそんな能力ではなかったようだがね……」

「それで? なんでそれを俺が持ってたの?」

 

 その眼魂とかいうものの性能はさておき、そもそも何で持ってたのか分からない。

 ソウゴが訊くと、ウォズは困ったように小さく苦笑した。

 

「それは私に訊くべきことではないよ、我が魔王。ただ、()()()()()()()()()()()()()? という問いならば、今が2()0()1()5()()()()()()()と答えるがね。

 彼女にとってそれが幸運だったかどうかは、私の預かり知らぬところだ。一つ言える事は、これは我が魔王が望んだが故に生まれた眼魂であるというだけさ。この―――」

 

 カチリ、と。

 ソウゴたちの目の前で、ウォズはゴースト眼魂の横に取り付けられた起動スイッチ、ゴーストリベレイターを押し込んでみせた。

 

()()()()()()()()()()()()はね」

 

 瞬間。皆に取り囲まれている場所に、オルガマリー・アニムスフィアが出現した。

 尻もちをついて泣いている姿。それが突然の光景に息を呑んで周囲を見回し始めた。

 泣き腫らしてかなりあれな事になっている顔。

 茫然としながら口をぽっかりと開け、咽喉の奥から嗚咽混じりの小さい声を出している。

 

「なんなの……! なんなの……!?」

「所長だ!」

 

 立香が彼女に抱き着いた。いや、抱き着こうとした。

 すると彼女をすり抜けて床にべちゃりと倒れ込む。

 

「先輩!?」

「なに、なんなの……!? 誰か説明、して、いったいなんなのよぉ……!」

「所長が透けてる……」

 

 所長の降臨に俄かに騒がしくなり始めた管制室の出口に向け、ウォズが歩き始める。

 その背後にダ・ヴィンチちゃんの声がかかった。

 ウォズに視線を向ける事もせず放たれる、先程までの弾むような声からは嘘のような平坦な声。

 

「キミ、いやキミたちは何なんだい?」

「もちろん。時の覇者、大魔王たる常磐ソウゴと―――その家臣さ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんからの反応はない。

 そのままウォズは足も止めずに管制室から退室する。

 

 この施設に残ったほぼ全職員が管制室に詰めている現状、それを追えるものはいない。

 騒がしい管制室を脱し静かな通路を歩きながら、彼は手にした本。

 【逢魔降臨暦】を開く。

 

「かくして、常磐ソウゴは仮面ライダージオウの力を手にした。

 だが、彼が本来継承するはずだったライダーの歴史もまた、人類史と共に焼却されて亡き者とされようとしていた。

 仮面ライダーとして。時の王者として。正しい歴史を取り戻すべく、常磐ソウゴの戦いがここから始まるのであった。

 ただ今、一つ言える事は―――彼の歩むべき覇道は、未だ潰えていないということだ」

 

 【逢魔降臨暦】の表紙に記された時の歯車が巡る。

 まるで今この場所こそが始まりなのだと告げるように。

 

 そのまま彼の姿は消えていく。どこかに歩いていったのか、あるいは別の手段か。

 どこにもつながっていないはずのカルデアから、彼の姿は消失した。

 

 

 


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