Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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真犯人G/嵐の王と叛逆の騎士1888

 

 

 

 アタランテに抱えられたオルガマリーとアンデルセン。

 霧の中で疾風の如く走るサーヴァントのスピードに身を竦めながら、彼女たちは地下鉄へ向かっていた。

 

「エルメロイのロードが知っていたのは幸運だったな。

 おかげでおおよそは繋がった、と見ていい」

 

 抱えられたアンデルセンが鼻を鳴らす。

 それを横目にしながら、アタランテがスピードを緩めぬまま問いかける。

 

「―――奴が知っていた、というとマキリという男の話か?」

 

「ああ。聖杯戦争というシステムに、英霊召喚という形式を選んだ男。

 つまり奴は聖杯戦争関係無しに、元から英霊召喚という大魔術に理解があったということだ」

 

 知っていたからこそ儀式の根幹を成すものとして、アインツベルンと遠坂。両家にそのシステムを提案することが出来たということだ。

 身を竦めていたオルガマリーがその事実に対し眉を顰める。

 

「儀式『聖杯戦争』と、儀式『英霊召喚』は本来は別物……いえ、聖杯戦争に元の英霊召喚を模したシステムが組み込まれていた、ということ……」

 

「『聖杯戦争』における英霊召喚は七騎のサーヴァントを競わせ、最終的に全てを退場させて根源への路を繋げるためのもの。まあ、根源に繋げようと思わなければ最後の一騎が願いを叶えるようなこともできるだろうが、始まりの発想はそこにある。マキリが根源を目指していたかどうかは……まあ、オレの口から語ることではあるまい」

 

 疾走の中で抱えられながら、器用に肩を竦めてみせるアンデルセン。

 

「そして『英霊召喚』は真逆。一つの脅威に対し七つの英霊をぶつける総力戦だ。

 人類史に刻まれた情報たる英霊の中から、最上たるものを選出し全てを乗せて現界させる。

 この世界における、人の歴史の代表選抜チームというわけだ」

 

「……そういう儀式がある、というのはいい。だがそれが何の……?」

 

 問いかけるアタランテに、これだからアホはと言わんばかりの表情を浮かべるアンデルセン。

 彼女の手が一瞬、この男を放り捨ててやろうか悩むように動いた。

 

「言っただろう、()()だと。いちいち細かいところを気にしなければ、聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントの霊基というのは、英霊を特定のクラスに押し込めることで再現を可能にするものだ。

 だが儀式『英霊召喚』により召喚されるものは違う。そのクラスにおいて最高峰と認知された英霊を、脅威に対抗すべく人類の全てを懸けて抑止力として送り出すもの」

 

「抑止力……」

 

「恐らく―――だから、なのね」

 

 呟くオルガマリーの声。それを拾ったアタランテは彼女を見る。

 彼女は酷いくらいに渋い顔をして、前を見据えていた。

 

「マキリは、それを知っていた。儀式『聖杯戦争』に儀式『英霊召喚』を持ち込むほどには英霊というシステムのことを理解していた彼は、相手が抑止の守護者たる七騎のうちの一つだと、理解できてしまった。

 その抑止の守護者こそが人類史を焼却するものなのだと、人類を諦めざるを得なかった」

 

「なんだ、お前もそれを知って諦めるのか?」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 からかうようなアンデルセンの声。

 それをきつく睨み返しながら、オルガマリーは彼を怒鳴りつけた。

 

「とにかく! 恐らくバベッジがホームズを経由してまで私たちに残してくれた情報は回収できた! 後はこの特異点を作る聖杯を回収するだけよ!」

 

 マスターの叫びに対して首を傾げるアタランテ。

 結局のところ探偵と呼ばれる彼は何をしたのだろうか、と。

 

「―――まあ、先にあの書庫に入っていたのだろうよ。あの探偵は。

 あからさまにオレたちが求める情報が書かれた本が前に置かれていたからな。

 あの細工が無ければ情報の回収は間に合わなかったかもしれんぞ」

 

「………なるほどな」

 

 お前の疑問に思うところは分かり易い、とばかりに口にしていない疑問に解答を寄越すアンデルセン。彼を抱えた腕を思い切り上下に揺すり黙らせてから、彼女は小さく頷く。

 

 ―――その瞬間、空へ向かって嵐を伴う黒い光が突き抜けて行った。

 

 

 

 

「―――――“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”!!」

 

 容赦など微塵もなく、嵐の王は二度目の宝具解放を行っていた。

 もはや振り被っている暇もない、と。

 下から掬い上げるような軌道でクラレントを振り抜くモードレッド。

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”……ッ!!」

 

 ただでさえ出力で負けているというのに、貯蔵している魔力さえもこちらが負けている。

 クラレントの出力を上げきれず、歯噛みするモードレッド。

 ―――その、背後から。

 

「モードレッド!」

 

 令呪の魔力が彼女に届き、その魔力を一気に充足させていく。

 そんなことが出来るのは彼女のマスターだけ。

 聖槍の一撃を前に振り返る事などできはしないが、目を見張りながら彼女は叫んだ。

 

「お前っ……何しにきやがった―――!」

 

「次、俺と戦う時はぶっ殺すんでしょ。だったら負けてないでよねってこと!」

 

 あっけらかんとした声で、彼はそんな風にのたまう。

 一瞬呆けたモードレッドが舌打ちしながらクラレントに力を込めた。

 

 ロンゴミニアドの放つ黒い嵐と、クラレントの放つ赤い極光。

 二つの宝具が生み出す攻撃が僅かに拮抗する。

 

「――――ほう」

 

 その嵐の中で誰にも届かないくらいに小さく。少し、驚いたように王は声を漏らす。

 

 だがそれでも大勢は変わらない。

 赤雷を伴う光を切り裂き、黒い大嵐はまっすぐに突き進む。

 変わったのはその侵攻が数秒遅れた程度の話だ。

 互いの宝具が放つ光が激突する場所がじわじわと自分側に寄ってくる中、モードレッドがそれでも歯を食い縛り力を入れ続ける。

 

「―――じゃあ、頼んだよ。モードレッド!」

 

 そんな彼女の前で地面が割れ、目の前に石と土の壁が一気にせり上がってきた。

 

「なっ……!? てめ、」

 

 その瞬間にクラレントの光が打ち切られ、ロンゴミニアドの嵐が直進することを阻むものがなくなった。土の壁など、紙同然に貫いていく大嵐。

 

 砕けた壁の破片を四散する中、それに巻き込まれたジオウが地面に叩き付けられて転がった。

 彼が纏っていた赤い竜と宝石を象ったアーマー、ウィザードアーマーが力を失い消えていく。

 

 そのままぐったりと倒れ伏すジオウ。それを見たアーサー王が、竜の兜の中で目を細める。

 壁の向こうにいたのはジオウだけで、モードレッドがいない。そもそも彼はどうやって突然現れたのか。考えながらも突き抜けたロンゴミニアドの一撃を空へと向かうように逸らし、彼女は槍を構え直して―――

 

「オォオオオオオ――――ッ!!」

 

 頭上から強襲する、モードレッドの叫びを聞いた。

 槍を振り上げながら体を返すと、彼女が出現したのは空間の歪みからだ。

 つまり彼女のマスターが空間転移の魔術を行使した、ということ。

 彼自身がこの場に現れたのも、恐らく同じ手段だったのだろう。

 

 上から落雷の如く迫ってくるモードレッドに対し槍を突き上げる。

 例え転移で接近してきたところで、それだけで討ち取れるほど彼女は甘くは―――

 

「オォラァ――――ッ!!」

 

 瞬間、赤雷を纏った剣がアーサー王に放たれる。

 まだ距離はある。振り抜いたところで届くことないほどの距離が。

 だから、それはつまり。剣を投げた、ということだ。

 

 飛来する雷を纏うクラレントを咄嗟に槍で迎撃する。

 剣は弾かれ、そのまま彼女の背後に飛んでいく。だがそこで受けた衝撃で、僅かにロンゴミニアドが押し返された。

 その隙を突いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――――」

 

〈フィニッシュタイム!〉

 

 クラレントを放棄し、新たな剣を手にしているモードレッド。

 その姿に兜の下の王の目が、僅かに眇められた。

 青い光を纏う剣とともに、流星と化し天上から降る彼女に対し―――

 

 全力で体を捻り、クラレントに弾かれたロンゴミニアドの矛先を変えさせるラムレイ。

 彼女の手綱を引きながら騎士王は聖槍を握る腕に力を込める。

 嵐を纏う槍は再びモードレッドに向けられて、しかし。

 

〈ギリギリスラッシュ!〉

 

 その瞬間、モードレッドが青い光の球体に包まれ軌道を強引に捻じ曲げた。

 くの字の軌道を描き加速しながら落下する彼女が槍を潜り抜け騎士王の懐へ。

 

 ―――そのまま、突き出したジカンギレードがアーサー王の胸を貫いていた。

 即座に再び体を捻るラムレイに吹き飛ばされるモードレッド。

 だが彼女が放った剣は、黒い鎧を完全に貫いたままだ。

 怒りながら踏み込もうとしたラムレイを、手綱を握った王が止める。

 

「―――よい、落ち着け」

 

 心臓を貫かれながら、王の様子に乱れはない。

 地面に転がった叛逆の騎士を数秒眺めてから、弾かれ地面に突き刺さっているクラレントへと視線を向けた。

 起き上がる様子を見せたモードレッドに問いかける声。

 

「―――私を斬るのに、己の力で奪った剣ではなく、主から信じて託された剣を選んだことに理由はあるか?」

 

「………直感だよ、そうじゃなきゃ勝てないと思った」

 

 事実、メテオウォッチの力を帯びた剣でなければこの結末にはならなかっただろう。

 迎撃され、ロンゴミニアドがモードレッドを貫いていた筈だ。

 だが、と。兜の下で王は瞼を閉じる。

 

 もしクラレントを手に残していたとしても―――恐らくその刃は王に届いただろう。

 代わりにモードレッドも槍に貫かれることになっただろうが。

 そう、生前のあの最後の戦いの時のように。

 

 それを理解しているだろうモードレッドはしかし、王剣たるクラレントで斬ることには拘らずに勝利だけを見た。資格もなしに奪い去った剣でなく、主に恃まれた故に渡された剣を残した。

 であるならばそれは――――

 

「―――そうか。ならば、貴公はやはりその程度か」

 

 そう言って、黒き嵐の王は魔力に還っていく。

 彼女の体が消失すると同時、突き刺さっていたジカンギレードが地面に落ちる。

 

 ―――立ち上がったモードレッドが、その剣を拾い上げるために歩み寄った。

 

「……そうだよ。オレは、その程度で良かったんだ」

 

 欲しかったのは、王ではない。王である父上から賜りたかっただけ。

 規範である騎士王から、その王に最も近い騎士として―――

 

 小さく自嘲するように笑った彼女が、ギレードを拾い上げてジオウに投げる。

 彼もまた立ち上がっていて、その剣を確かに受け止めた。

 

「……いいの?」

 

「何がだよ」

 

 そのまま彼女は地面に突き刺さったクラレントに向き直り、一息に引き抜いた。

 動作するたびにいちいち満身創痍の鎧はギシギシと悲鳴を上げる。

 それに軽く溜め息を落としつつ、土を払うように剣を一振り。

 

「言っとくけどな。お前の剣を使ったのは、あの場はそうじゃなきゃ勝てなかったからだ。

 オレの剣はこいつだ。こいつこそが―――オレが父上を斬ったという、二度と拭えないオレの誇りだ」

 

「そっか」

 

 ソウゴがドライバーを外し、変身を解除する。

 そこで彼もいい加減体力が尽きたのか、地面に転がった。

 彼女は血塗られた王剣を手に、霧の晴れ始めた空を見上げながら小さく呟く。

 

「……オレは王じゃない。王になりたいわけでもない。

 ただ、王の騎士ではいたかった……そのくせ、王の騎士ですらなくなった叛逆の騎士。

 それでいいんだ」

 

「……感傷に浸るのはいいがね、霧が晴れ始めたということは人間が活動できるようになるということだ。いい加減ここから逃げないと、時代の修正が始まる前に逮捕されることになるぞ」

 

 寝転んだソウゴに回復させるため魔術を行使しながら、二世はモードレッドにそんなことを言い出す。

 その言葉を鼻で笑った彼女は、地下鉄の方に向かって歩き出した。

 

「スコットランドヤードが全滅してんだ、へーきだろーよ。それどころじゃないさ」

 

 溜め息一つ。

 それに続くためにソウゴに肩を貸しながら、彼らも歩みを開始するのであった。

 

 

 

 

 地下鉄の入口は雷電により溶解し、それはもう酷い状態であった。

 ちょうど入口すぐで戦闘を行った結果である。

 そこを走り抜けて外に出た立香たちが見たのは、雷撃で焼き払われた広場の様子。

 

「皆、大丈夫?」

 

 いつの間にか着替えて黒ジャケットになっている金時が片手を挙げてひらひらと振る。

 そんな彼を見たウォズが眉を顰め、上から下までじろじろと見回した。

 

「……何だよ?」

 

「ふぅ……我が魔王にも困ったものだ。ウォッチをそのように使うなんてね。

 きっちりと帰還する前に回収してもらわなければならないようだ」

 

 嫌味な言葉に溜め息を返し、金時は己の金髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

 そして指で軽く胸を叩きながらウォズを見て言い返す。

 

「わーってるよ、きっちり返すって。だがそりゃ別れの挨拶くらい済ませてからだ。霊基とがっつりくっついちまったこれを引き抜けば、オレはすぐ消滅しちまうだろうからな」

 

「ならば私から言う事は何もないよ」

 

 ウォズのそんな態度に唇を尖らせる金時。

 霊基と融合しているウォッチを引き抜けば、その霊基は無事では済まない。

 ジキルを見るに肉体のあるものが使う分には命に別状はないが、確固たる肉を持たない霊体でしかないサーヴァントは影響を受けすぎてしまうのだろう。

 結果、一度くっついたからには切り離せば崩壊するというわけだ。

 

 そんな彼らを横目で見ながら、アレキサンダーが宙に浮く水晶体を眺めている。

 言われるまでもなくそれが聖杯だと理解したマシュが、盾を手に歩み寄っていく。

 

「アレキサンダーさん、盾に聖杯を回収します」

 

「ん。いいと言えばいいけど……いいのかい?

 これを君たちの手で回収すれば時代の修復が始まるだろう。

 そうなればもう挨拶回りをする余裕はないけれど」

 

 一歩踏み出そうとした彼女に対し、アレキサンダーは片目を瞑りながら問いかける。

 今金時が言っていた挨拶のこともあるし、出来ればジキルの容態を確認しておきたい。

 それにまだ所長たちの調べものが終わっていない可能性もある。

 

「……そう、ですね……ドクター、所長とソウゴさんは今……?」

 

『……ちょっと待ってくれ、霧も晴れ始めたしきっとすぐに―――あれ?

 何だろ、これ。計器の出す数字が……? 霧があった時よりもおかしくないか、これ。

 レオナルド、悪いけど……』

 

 瞬間、世界が啼いた。

 

「―――――ッ!!!」

 

 その場で起こる風切り音さえも世界が軋む悲鳴が如く。

 一秒前までの世界と、今の世界では何もかもが変わっていた。

 

 気を抜いていた全てのサーヴァントたちが、即座に戦闘態勢に入る。

 同時に肌が泡立つような感覚を覚えた立香が叫ぶ。

 

「マシュ! 聖杯を!! ドクター、レイシフトの準備を!!」

 

「――――はいっ!!」

 

『あ、ああ……! 何だい、どうか―――な、んだこの数値……! 何が……!?』

 

 すぐさま聖杯を盾に回収するマシュ。これで時代の修復が始まる筈だ。

 唖然としていたロマニもすぐさまレイシフトの準備に入る。

 更地となったロンドンの広場の一角に、一人の男が出現していた。

 

「―――魔元帥ジル・ド・レェ。帝国神祖ロムルス。英雄間者イアソン。

 そして神域碩学ニコラ・テスラ。まさか、揃いも揃って小間使いにさえならぬとは。

 興が醒めるとはこのことだ。―――やはり人間というものは、時代(とき)を重ねるごとに劣化していく存在。もはや何も見るべきものはないという判断に誤りは無かったか」

 

 灰色の髪に、褐色の灼けた肌。

 彼がそこで何をしているというわけでもない。

 だというのに理解できる。これは、まともな存在ではないという事実が。

 

 何にも意義を見出していないかのような瞳で周囲を見回すと、彼はマシュへと目を向けた。

 聖杯を盾に収容しながら身を竦ませる少女。

 

「――――無様な。既に人類史は滅びているというのに。

 滅びた時間からつま弾きにされたが故、取り残されたカルデアという小舟。

 何故そのように足掻く。その足掻きは無益であり、傍から見れば無惨なまでに滑稽だ」

 

「あな、たは……!?」

 

「それ以上直視するな嬢ちゃん、呑み込まれるぞ!!」

 

 叫び、金時がすぐさまバイクを呼び出していた。

 二コラ・テスラさえ撃破した車体がエンジン音を轟かせ、全力で加速して―――

 ふい、と。男が手を翳した瞬間に、金時がその場で消滅していた。

 

 カチャン、と彼の霊基と融合していたはずのウォッチが地面に落ちて乾いた音を立てる。

 

「―――――え?」

 

 その惚けたような声は、一体誰の口から出たものだったか。

 ついさっきまで戦闘を行い、神域の存在さえ撃破した坂田金時が―――

 一つの言葉も残せぬまま、ただ当たり前のように掻き消されていた。

 

「馬鹿か。おまえ程度では私に刃向かうことさえ出来ない。

 ()()()()()()()()()()という話だ。分を弁えろ、サーヴァント」

 

 即座にウォズのストールが伸び、落ちて転がったマッハのウォッチを回収する。

 その光景を見た男の視線がウォズに向かった。

 

「あらゆる未来を見通す我が千里眼。定められた時間上に存在するものは、全て我が視界の内……例外は時間軸上から外れたカルデアのような環境だけだ。だというのに、貴様の姿は我が千里眼の外か。元より通常の時間軸から外れた身か、或いは……」

 

 そこまで語った彼がふと黙り込み、瞑目した。

 回収したウォッチを手にしながらウォズはその男を静かに見据えている。

 やがて彼は小さく笑うと、その目を開く。

 

「些末なことか。どちらにせよ、な」

 

 その瞬間、玉藻が前に踏み出していた。

 彼女の周囲を浮遊していた宝具たる鏡を前に突き出して、男の振るう腕が放つ衝撃を防ぐ。

 だがそのままあっさりと霊基が打ち砕かれ、彼女は退去を開始する。

 

「……っ! やはり一尾ではあれには……届きません、ね……!」

 

「玉藻……っ!」

 

「ゥウ……!」

 

 膝を落とした彼女は、そのまま黄金の魔力に還って風に消える。

 消耗していたとはいえサーヴァント二騎をまるで何事もないように消滅させた男。

 彼はゆっくりと立香に目を向ける。その目に見入られた彼女の足が、思わず一歩退いた。

 

「―――脆弱な存在だ。そら、どうした。背を向けて逃げたらどうだ?

 特別に許そう。逃げると言うのなら追わぬと約束しようとも。

 無様に、惨めに、今まで聖杯を降ろした特異点を攻略してきたように、みっともなく生き足掻いてみせないのか?」

 

「っ、何を……!」

 

「既に決定した滅びを拒絶するために特異点を攻略してきたのだろう?

 それは、けして逆らえぬ絶対の存在に背を向けて逃げ出すことと何が違う。

 どちらも等しく―――ただの“滅亡からの逃避”に違いあるまい」

 

 アレキサンダーとドレイクが立香の前に出る。

 だがどうすればいいのかも分からない。あれは、サーヴァントがどうにか出来るものだと思えない。この感覚は一体何か。それを―――

 

「――――滅亡からの逃避だと? 人の世の王だったものが人間に対してそんな言葉を語るとは、アホらしすぎて筆も止まる」

 

 その言葉に反応し、男は空を見上げる。

 神速でもって落ちてくる緑の狩人。その脇に抱えられた少年は、男を正面から見据えていた。

 すぐさま放り出された彼は自分の足で立ち、外見にそぐわないニヒルな笑みを浮かべる。

 

「は―――既に達成された滅亡を前に、生き足掻くことを逃避でなく何と言う?」

 

「馬鹿め、言葉選びの話じゃない。そもそもオレからすれば滅亡もそれはそれで良しだ! 何せ世界が滅びたおかげでもう締め切りに追われる必要がない! なんだ、天国か?」

 

 サーヴァントであるならば、いやサーヴァントでなくとも。

 男の纏う力の渦が理解できないはずがあるまい。

 だというのにアンデルセンはそれを気にする様子もなく、普段通りに言葉を吐く。

 彼の背後ではそんな状況にオルガマリーが唖然と口を開けている。

 そしてその彼の様子に、男は首を傾いでいた。

 

「ではその有様で、何故貴様は生き足掻くものどもに肩入れする」

 

「決まっているだろう? 物書きが文章を綴るためには世界が続いてないと意味がない! ここで安易に世界は滅びろなんて言い出す奴が、締め切り滅びろと言い続けながら本を書き続けるわけがないだろ。常識で考えろ。

 オレが恐れるのはただ一つ。神でも悪魔でもなく、編集だけだ。貴様が神の如き霊基を得ていようが、オレが遠慮して口を噤むなどとは夢にも思うな。もう一回言うぞ、馬鹿め!!」

 

 アンデルセンの言葉を顎に手を添えながら聞いている男。

 彼はその言葉を聞き終えると、片目を瞑り―――小さく笑う。

 

「話が長いな、即興詩人。つまり貴様はこの私に対する何を得たという。

 人の世の王と呼んだからには、答えは持ってきたのだろう?

 さあ、掴んできたマテリアルを開示するがいい。答え合わせをしてやろう」

 

 言われ、一瞬アンデルセンがオルガマリーを振り返り―――

 しかしすぐに正面に向き直って笑った。

 

「いいだろう。そもそも貴様では筆が乗らんが、持ってきた情報だけは叩き付けてやる。

 とくと聞け、俗物。時計塔の記述にはこうあった。

 『英霊召喚』とは抑止力の召喚であり、抑止力とは人類を存続させるもの。彼らは七つの器をもって現界し、ただひとつの敵を討つ。

 その敵とは? それは我ら霊長を滅ぼす大災害。この星でなく人間を、築き上げられた文明のみを滅ぼす終末の化身! 文明より生まれ、文明を喰らう自業自得の死の要因(アポトーシス)

 そしてこれを倒すために喚ばれるものこそ、あらゆる英霊の頂点に立つもの―――」

 

「―――そうだ。七騎の英霊は、ある害悪を滅ぼすために遣わされる天の御使い。

 人理を護る、その時代最高峰の七騎。英霊の頂点たる始まりの七席」

 

 付け加えるように口を挟む男。

 その口振りに鼻を鳴らしながら、アンデルセンは続ける。

 

「それは、クラスというカタチで別けられたそれぞれの属性における頂点。

 即ち貴様は――――!」

 

 男は彼の言葉を待ち受けるように笑みを浮かべる。

 その様子を前に、アンデルセンは答えとなる名を口にした。

 

冠位(グランド)キャスター、魔術王ソロモン――――!!」

 

 ―――告げられた男は、何がそんなに楽しいのかくつくつと笑い声を漏らす。

 その男はゆっくりと両腕を掲げる。

 十の指全てに嵌められた指輪を晒しながら、彼は大仰なまでに声を張り上げた。

 

「そうだ。よくぞその真実に辿り着いた!

 我こそは王の中の王、キャスターの中のキャスター! 魔術王ソロモンなり!」

 

『――――馬鹿な。ソロモン、本人だなんて……!』

 

 通信機から呆然としたロマニの声。

 それを聞いたオルガマリーが、小声でそちらに呼びかける。

 

「何をしてるのロマニ……! レイシフトを準備してるんじゃないの……!」

 

『っ、ダメなんです……! その相手……ソロモンがいることで時空が歪んで、こちらからレイシフトのためのアンカーが打ち込めないんだ……!』

 

「な――――」

 

 人間たちの悲鳴を差し置いて、ソロモンはアンデルセンを睥睨する。

 

「―――さて。では語らせた分の支払いはせねばな。

 よくぞ語った、即興詩人。褒美にその五体を百に砕き、念入りに燃やし尽くしてやろう」

 

「ち、―――ぐ、ぅおおおおッ……!」

 

 ソロモンが軽く腕を振れば、当たり前のようにアンデルセンが砕け散る。

 風が吹き抜けるような静かさで、彼は処刑されていた。

 正しく処刑。それは最早、戦闘などという範囲で考えられるものではない。

 そもそもの器、権限により発生する明確な格の違い。

 

 砕けたアンデルセンを目の前に、立香が拳を握る。

 一歩退いていた彼女が、再び足を前に出した。

 

「その人理を護るための七騎の一騎が、何で人理を滅ぼすために!?」

 

「―――聞いていなかったのか? 人間に価値がない、そう結論付けただけだ。

 逆にこちらこそ訊きたい。何故おまえたちはまだ存続しようとする?

 人間(おまえ)たちは時代が神より離れて二千年、一体何をしていた。何を積み重ねていた。ただひたすら無駄に死に続け、ひたすら無為に存続していただけだ。

 おまえたちは何も克服できず、何も成長できず、何も向上させなかった。その生存、その生態、知性体と呼ぶのも烏滸がましい。死を克服できないのに、死への恐怖を捨てられない。死とは無惨なものだと恐怖に慄くのに、怯えるための知性を捨てられない。なんだ、この生き物は」

 

 ソロモンの足が地を離れ、ゆっくりと浮かび上がっていく。

 それを見上げるかたちになりながら、立香はソロモンを睨み続けた。

 彼の眉が吊り上がる。

 

「―――無様。あまりにも無様。

 カルデアのマスター、おまえたちはなぜ戦う。いずれ終わる命、もう終わった命と知って、なぜまだ生き続けようと縋る。おまえたちの未来には、何一つ救いがないと気付きながら。

 ……忠告しよう。あまりにも幼き人間、藤丸立香。おまえはここで全てを放棄する事が、おまえに残された最も楽な生き方だと知るがいい」

 

 ―――ふと。いつか聞いた、誰かの言葉が脳裏をよぎる。

 

 ―――未来とは不確かなもの。そして、過去とは曖昧なもの。

 ―――確固たる真実があるとするならば、それはただ一つ。今を生きる、己の世界だけだ。

 ―――その真実から目を逸らすものには、未来も過去も等しく意味がない。

 ―――今を認めて、初めて過去と未来は意味を持つ。

 

 救いのない世界に君臨する王者は、そう言った。

 それが一体、彼のどのような経験から出てきた言葉かは分からない。

 だがそれでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――私たちは、救われると決まってるから生きてるんじゃない!

 例えその先に何が待っていても、私たちが生きているのは……現在(いま)だッ!!」

 

 立香の言葉に、ソロモンが不快そうに顔を顰める。

 

「未来に救いが無いのなら、救いがある未来に今から変えてみせる!

 ―――貴方とは違う、きっと世界を良くしてくれる……王様だっている!」

 

 微かに、魔術王の腕が動く。

 サーヴァントでなければ権限の差などない。が、どちらにせよ純粋な性能が隔絶している。

 魔力を叩き付けるだけの単純な奔る死。

 

「マスター……ッ!」

 

 真っ先にマシュが盾を構えながら割り込み―――

 そして二人纏めてストールの渦巻きに呑み込まれ、離れた位置に飛ばされた。

 ソロモンの放った魔力が大地を砕き、瓦礫を巻き上げる。

 

「……ッ、ウォズ……?」

 

 転移させられた立香がウォズを見る。

 彼は肩を竦めながらも、空にいる魔術王から視線を逸らしていなかった。

 

「……言ったはずだがね。我が魔王に任されている、と」

 

 微かに目を細めたソロモンが再び腕を上げ―――

 

「“我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)”――――!!」

 

 迫る赤光に意識を向け、鼻を鳴らしながら対応した。

 地上から空に翔ける王剣の光を片手で弾き、丁度いいとばかりにそれを四散させる。

 空を覆う残されていた霧が赤い光に斬り裂かれ、消し飛ばされていく。

 

「ちッ……! 化け物が……!」

 

 空に撒き散らされる光を苦渋の顔で見上げるモードレッド。

 その後ろにいる二世に肩を借りたソウゴの手から、最後の令呪が消え失せていく。

 

 眼下を見下ろしながらソロモンは腕を振るい、引き裂いたクラレントの光で空を晴らした。

 ―――夕闇に包まれたロンドンの空。

 そこには、フランスに行った時から在り続ける光帯が天にかかっていた。

 その態度を見て、マシュが目を見開く。

 

「まさか、あの光帯は……」

 

「―――これこそは我が第三宝具。

 “誕生の時きたれり、(アルス・アルマデル)其は全てを修めるもの(・サロモニス)

 光帯の一条一条が聖剣程の熱量を持つ。貴様たちが先程まで遊んでいた……」

 

 そう語るソロモンの視線がモードレッドやソウゴに伸びる。

 それが嵐の王として降臨した槍を持つアーサー王のことだというのは疑いない。

 

「アーサー王の持つ聖剣を幾億も重ねた規模の光。

 それは貴様らの持つ宝具と同じ規模に収まるものではなく、即ち―――対人理宝具である」

 

「父上の聖剣の、幾億も……だと……!?」

 

 最強の聖剣、エクスカリバー。

 その力はモードレッドだけでなく、目の当たりにしたことのある立香やマシュ、オルガマリーだってよく知っている。あれを、幾億。

 それだけの熱量があるのであれば、それはもう太陽そのものみたいなものだ。

 

「それで歴史を全部灼き払うの?」

 

 見上げ、問いかけるソウゴ。

 ソロモンは彼に視線を固定し、つまらなそうに呟いた。

 

「それを知りたければ特異点を全て攻略してきたらどうだ?

 一つや六つではやっていないも同然。私の事業を見届けたい、というなら前提として七つの聖杯の回収程度成し遂げてみせればいい。そこで初めて、私の邪魔をする権利が与えられる。

 ―――さて、今回はこの辺りで引き上げるとしよう。思いの外、時間がかかったな」

 

 空中で踵を返したソロモンが、その体を薄れさせていく。

 既にソウゴや立香たちからは興味を失ったかのような、そんな態度。

 唖然としたモードレッドが叫ぶ。

 

「な……テメェ、一体何をしにきやがったんだ―――!」

 

「何をしにきたか? 何かをする必要がある場所か? ここが?

 ―――そうだな。これは私にとって……ひとつの読書を終えて、次の本にとりかかる前に用を足すために立った時のような、本当にそれだけのどうでもいい話だったというだけだ」

 

 吼えるモードレッドの声に、嘲笑うかのような表情を浮かべる魔術王。

 歯を食い縛りながら、彼女はそんな消え行くソロモンを睨みつける。

 

「つまりテメェはここに、ただ小便ぶっかけにきただけってことかよ!」

 

「――――――、は。ハハ、ハ、ギャハハハハハ……ッ!

 その通り! 実にその通り! 実際、貴様らは小便以下だがなァッ!

 ―――私にとって、貴様たちなどどうでもいい。ここで殺す気もなければ、生かす気もない。

 既に私の事業は完結している。後は結果が出るのを待つだけだ。今更おまえたちに視線を向ける必要性はどこにもない。言った通りだ、もし七つの特異点を解決できたというのなら―――

 その時こそ初めて、おまえたちを“私が解決すべき案件”として考えてやろう」

 

 モードレッドの言葉に狂笑を浮かべたかと思えば、すぐさま表情を戻す。

 まるでどういう感情の元語っているのか疑問が浮かぶような口振り。

 そんな態度でそこまで語りつくした魔術王の姿が、完全にこの時代から消失した。

 

 

 




 
やっぱソロモンって悪い奴だな!
 

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