Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
全身を刺すあまりの怖気。
まるで針の筵に突然投げ込まれたような感覚を覚え、一気に飛び起きる。
寝かされていた体が跳ね上がり、起きたそばから首が左右に振り回された。
周囲の状況を見渡すが見た事のない光景。
―――だが、恐らくは……
「おや、起きたかい?」
「ダビデ王……」
周囲の環境からして、ここは時計塔の内部だろう。
そんな中で色々触っていたダビデが彼に気付き、声をかけてくる。
恐らくこの街全域に広がっているだろうこの怖気。彼も気付いているはずだ。
だというのに彼は顔色一つ変えていなかった。
「これは……」
「黒幕登場、と言ったところだね。ある意味で、僕は着いていかなくて良かった。
僕を視認したら相手は間違いなく消しにくるだろうからね」
おどけるようにそう言う彼。
本音かどうかは分からないが、少なくとも現場にいれば消されるとは確信している様子だった。
「それは―――」
これがダビデ王の縁者、魔術王ソロモンの気配だということなのか。
口にされなくともその問いを理解したのだろう。
ダビデは軽く顎に手を当ててから、悩むように虚空に視線を投げた。
「まあ、多分あいつなんじゃないかな? これだけの魔力を放てる英霊はそうはいない。
神より与えられた恩寵により完成された王の肉体。そうでなければこれは不可能だろう。
つまりまともなサーヴァントではない。肉体が無ければ成し得ない以上、恐らく受肉をしている筈さ。僕たちのようなサーヴァントの霊基では、この規模の魔力には耐えられない」
彼の口は軽く言葉を出す。だがそれはつまり、カルデアはいま恐らくサーヴァントすら超越した存在と相対しているということだろう。
無理矢理にでも起き上がろうとして、しかしダビデに肩を押さえられ止められる。
「―――だったら、今ここにいない彼らは……!」
「んー、まあ大丈夫だろう。恐らくあいつは……ああ、ほら。消えたみたいだ」
気の抜けるような声でダビデが言う通り、街を伝播していた圧迫感が引いていく。
原因となっていた存在が消失した、ということがこの場にいてもよく分かった。
そして彼の様子を見れば、少なくとも彼のマスターは無事だと思われる。
「……なぜ、そうだと?」
だが何故彼はそこまで余裕を持っていたのか。
疑問を感じて、ジキルはダビデに問いかけていた。
「―――そうだね……だってほら、
だからこそあいつは今、人に直接手を出す事は嫌うはずさ。少なくとも今は、ね。
さて。もうこの時代の修正も始まるだろう。最後に走って合流するかい?」
ダビデは何と言う事もない、とその答えを口に出す。
その上で微笑みながらジキルに問い返してくる。
彼の手が机の上に小瓶―――彼が預かっていた、ジキルの精製した霊薬を置く。
それを見ながら彼はゆっくりと目を瞑り、首を横へと振った。
「……謝罪して回りたいところだけど、止めておこう。
アナザーライダーの力から解放されたところで、僕とハイドの線引きが崩れたことには変わらない。今はハイドの方が弱っているから僕が表にいるだけだ。いつまたハイドになるか、僕にだってもう分からない。そんな状況で彼らの前に出るのは気が引ける。
申し訳ないが、貴方が戻ったら僕が感謝していたと伝えておいてくれ」
胸を押さえながら彼はそう言ってゆっくりと立ち上がった。
彼のその様子を見たダビデは微かに目を細め、しかし踵を返して歩き出す。
「分かった。伝えておくよ」
そう言った彼が出ていくのを見届けてから、ジキルは顔を手で覆う。
アナザーダブルとなってからの状況はあまり覚えていない。
だが恐らく彼がジキルとハイドという存在でなければ、こうはならなかっただろう。
もし彼が己の中の悪を否定し、
あるいは、敵であるアナザーライダーを完成させてしまうというようなこともなかった、かもしれない。
「もしかしたら、僕が……いや、止そう」
落ちていきそうになる意識を保ち、前を向く。
今こちらが勝手に弱れば、ジキルはハイドへと変貌していくだけだ。
胸の前で手を握り締め、彼は大きく息を吐いた。
「くそっ、終わったってのに後味わりぃ……!」
引き裂かれた地面を蹴飛ばして、モードレッドが苛立ちを吐き出す。
そんな中で、彼女の体が光となって解れ始めた。時代の修復が開始された証拠だろう。
「―――そんでこれか」
不服そうに小さな声でぼやくモードレッド。
僅かに悩んだ彼女が、頬を掻きながらフランへと視線を送る。
―――時代が修復されれば生前の彼女はこれから正しい人生を送る。
それはつまり、これから人造の怪物としての末路を迎えるということだろう。
彼女自身はそれを知らないのかもしれないが……
―――だからと言ってモードレッドがどうこう言う筋合いでもない。
彼女は言葉を選ぶように短く呻き、そのまま無難な言葉をかける。
「まあ、これからお前は色々あるだろうが……その、なんだ。達者でな」
「―――ウゥ」
不思議そうに首を傾げるフラン。
その反応にパタパタと手を振ったモードレッドが、次いでソウゴに視線を向ける。
「……大した期間じゃなかったが悪くなかったぜ、マスター。
一応、お前がいたからアーサー王に勝てた。……オレの前で父上を越える王になると言ったんだ。吐いた唾は飲むんじゃねぇぞ、世界くらいはついでで救ってこい」
「うん、俺は最高最善の王様になるよ。
モードレッドが認めざるを得ないくらいにすっごい王様に」
「―――は」
小さく笑い声を吐き捨てながら、彼女の姿が消えていく。
立ち昇る金色の光はそのまま霧と混じって空に消えていった。
―――霧が晴れ、ロンドンの街並みも戻ってくる。
もっとも、周辺には至る所に盛大な破壊痕が残されているが。
『―――なんとか、なったのか……』
通信機の先から大きな溜め息とともにロマニの声。
その声でやっと終わっていたことに気付いたのか、マシュが盾を地面に降ろす。
ガチリ、と瓦礫に当たって音を鳴らす彼女の盾。
「まあ、完全に見逃されたって感じだったけどねぇ」
手の中の銃を消しながらドレイクがぼやく。
既に失われた船があったとしても、あれには何の効果も無かっただろう。ドレイクに限らずあらゆるサーヴァントがそうなるだけだ。
あの存在はそれだけの権限を持って降臨しているのだから。
「あれが、人理焼却の主犯……魔術王、ソロ―――」
「マシュ、意識してその名を口にするな。呪われるぞ。
あれだけの存在、こちらが名を口にするだけで影響を及ぼすに足りる」
苦々しげにそう吐き捨てた二世が眉間を押さえる。
可能性として魔術王ソロモンの主犯というのは考慮していた。
だが本当にこうして前に出てこられたら、どうすればいいのかと頭を抱えるしかない。
オルガマリーもまた、表情を崩しながら頭を抱えていた。
「………グランドキャスター……霊長の守護者、抑止力の化身。
―――敵は、本来人理を守るべきである存在のひとり……」
冠位とは人理焼却どころか、本来は人理を護るべき存在に与えられる霊格だ。
だというのに彼は間違いなく冠位を有し、その上でこちらを滅ぼそうとしてくる。
そうやって頭を抱えている彼女に、ロマニからの声が届く。
『……ですがその存在が何であれ、今の魔術王は人理に仇なす者です』
「見れば分かるわ。それよりあなたこそいいの? ファンだったんじゃないの」
ぐむっ、と通信先のロマニが言葉に詰まるような様子をみせた。
『……本人が顔を見せた、となればボクだって擁護のしようがない。
ダビデ王のように嬉々として肯定する気はないけれど、敵は魔術王だと確定したことに違いはないんだから』
そう言い切ってくるが、その声の調子から強がりなのは明白だ。
彼の様子に小さく溜め息を落とすオルガマリー。
「……なんであれ、この特異点における目的は完全に終了した。
あの戦闘音が聞こえていただろう住民が出てくるというのは考えにくいが、霧が晴れた今絶対に無いとは言い切れない。見つかって余計な騒ぎを起こす前にレイシフトで帰還しよう。
魔術王への対策は帰還してからするべきだ。彼の発言を信じるなら、魔術王は特異点に手は出せてもカルデアには手を出せないそうだからね」
アレキサンダーはそう言って肩を竦めながらウォズに視線を送る。
当然のようにカルデアと特異点を行き来する彼もまた、それに肩を竦め返してみせた。
彼の態度は今更だ。追及してもしょうがないだろう。
『そうだね。協議するにしても何にしてもまずは帰還だ』
向こうでロマニの指示が飛び始める。
魔術王の登場で呆けていた者たちも動き出し、喧しくなりだした。
帰還の時が迫りつつある中で、その間に立香がフランに握手を求めるように手を差し出す。
きょとんとした顔の彼女が立香の顔を覗き込んだ。
「ありがとう、フラン。私たちは次に行かなくちゃいけないけど……」
「ウ……」
フランが不思議そうにその手を取り、しかし握り返す。
そんな彼女の様子を見たマシュが小さく微笑んだ。
「……この戦いは無かったことになります。
けれど、ネロさんやドレイクさんのように存命だった方と再び出会えたこともあります。
―――また出会えたら、今度はもっと……その、色々お話ししたいですね」
途中で言い淀んだマシュの態度にまたフランが首を傾げ、しかし少ししてから頭を縦に振る。
「―――ウゥ」
肯定だろう返しにマシュは顔を綻ばせ、同様に握手を交わす。
『―――ダビデ王は……こちらに向かっているようだね。
こちらで把握した。よし、帰還のためのレイシフトを実行するよ』
言って、ロマニがレイシフトを実行する。消えて行くカルデアの人員とサーヴァント。
それを見送ったフランが何となしに空を見上げる。
空にかかるのは光帯。世界を滅ぼす光を見上げながら、彼女もまた微睡みに落ちていく。
時空を寸断して混ぜ合わせた有り得ないロンドンは、正しい歴史に戻り始めた。
「やあやあ、お帰りみんな。今回は無事だったとは言い難いけど、まあ生還したんだ。
良かった良かった」
レイシフトによる帰還の直後、ダ・ヴィンチちゃんの声が届く。
彼女らしい気楽さで、死地であったと言っていい場所からの生還を労うもの。
―――そうして、気を抜いた立香が大きくよろめいた。
くの字に折れてそのまま背中から倒れ込む彼女の姿。
その原因はただ一つ。
「ああ……久方ぶりの触れ合い……
これから食事にしますか? それともお風呂? それとも……」
激突してきた人間砲弾、清姫が立香の腰に掴みかかっていたからだ。
久しぶりで受け身の取り方を忘れていた、と立香が反省する。
だがもう慣れたもので、旗という名の鈍器がいとも簡単に彼女を退けていた。
殴打されてダウンした清姫が、ジャンヌに引きずられながら壁の方へ運ばれていく。
管制室に来ているサーヴァントは清姫とダブルジャンヌなようだ。
「おっと。到着する前にレイシフトさせられてしまったね。
向こうではジキルは目を覚ましていた。彼から君たちに感謝を伝えてくれ、と言われているよ」
清姫が撤去されたのを見届けて、ダビデが早々に皆に対してそう告げる。
「そっか。ジキルに戻れてたんだ」
どちらにせよすぐに歴史の修正が始まっただろうとはいえ、ハイドではなくジキルに戻れたと言うなら幸いだ。安堵の息を吐きつつ、胸を撫で下ろす。
「さて。帰還した君たちの最大の任務は休息だ。
ほらほら、さっさと君たちは休みなさい。後は私たちの仕事だよ」
「それはいいけど、ドクター大丈夫なの?」
言いながらソウゴはモニターを睨むロマニを指差す。
彼はソロモンの登場により観測されたデータを睨んでいるようだ。
かなりブレているが、その姿を映したものも撮れている。
ダ・ヴィンチちゃんがあーあー、と呻きながら額に手を当てた。
「―――これは、本物……だ」
画面をキツく睨んでいた彼が小さく呟き、手を組んだ。
「やっぱりこれが本物のソロ……魔術王なの?」
彼の後ろに回り込んだ立香が問いかける。と―――
「……少なくともこの指、わぁッ!?」
「指?」
本気で気付いていなかったらしく、ロマニが悲鳴を上げてひっくり返る。
言われた彼女は映像の中のソロモンの指に視線を向けた。
「……神より与えられた十の指輪の話だね。
魔術王の指輪は―――彼の指に十の指輪が揃っている限り、人間の魔術は全て彼に支配される。それは英霊召喚という術式であっても例外ではないだろう」
ダ・ヴィンチちゃんが補足するように説明してくれる。
映像を見れば、確かに彼の十の指全てに指輪が―――
ポン、とそのデスクにあるキーボードを叩く手。
消える映像。それをやった手の方へ視線を送れば、そこにはダビデの姿。
いつの間にかこちらに来ていた彼が、その映像を打ち切らせていた。
「ただの映像であってもあまりあいつの姿を見ない方がいい」
「そんなになんだ……」
立香の視線が逸れたのを見たダ・ヴィンチちゃんが小さく溜め息。
そして床に転がったままのロマニを足の爪先でつつく。
「ほらほら、医療部門のトップがいつまで寝ているんだい?
任務から帰還した職員の検査の準備をしたまえよ」
「あ、ああ……分かってるとも―――うん。立香ちゃん、ソウゴくん、それにマシュ。
今の所、何か自分で気になる不調はあるかい?
何も無いならばまずは休んでもらって、明日の朝から検査をしよう」
倒れていた彼は立ち上がると咳払いし、確認のための声をあげる。
三人揃って問題ない、との返答。
それを聞いたロマニは一度頷いて、オルガマリーへと視線を送った。
「ちなみに所長も大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。そもそももし何かあっても、私の体はダ・ヴィンチの管轄でしょうに」
はあ、と大きく溜め息一つ。
そんな彼女がぐるりと周囲を一度見回して、管制室全てに響く声で告げる。
「現時点をもって、第四特異点修復作業を完了。
経過の観察は継続して行いつつ、最低限のスタッフ以外は交代で休息を取らせます。
第五特異点の特定に関しては、第四特異点の完全消滅確認後に取り掛かることになるでしょう」
責任者たる彼女自身の言葉で終了を告げ、そのまま休息スケジュールをスタッフに周知させにかかるオルガマリー。その背中をちらりと見たダ・ヴィンチは、すぐに視線を逸らしてドレイクへと向き直った。
「ところでキャプテン・ドレイク。君、宝具が爆散しただろう?
このままでは戦力大幅ダウンだ、というわけで霊基再臨をしてしまおうか」
「うん? なんだいそりゃ?」
魔神バルバトスとの戦いで墜落、炎上した彼女の船。
それを修復すべくダ・ヴィンチちゃんは霊基再臨を提案していた。
彼女はドレイクに対してその内容を掻い摘んで説明する。
「へえ、そいつは助かるね。船を取り上げられたままじゃ海賊の名が泣くってもんだからねぇ。
まあ今回顔を合わせたあの化け物に船で何が出来るかは分からないけどさ」
けらけらと笑いながらそう言うドレイク。
そんな彼女たちの話を聞いていて思い出したかのように、立香がぽんと手を打った。
「そういえばアヴェンジャーいたね!
オルタだけじゃなくて普通にいるんだね、アヴェンジャー」
「まったく普通にではないと思うが……」
アタランテが立香の物言いに眉を顰める。
彼の発言からするならば、彼はあの特異点ではなく魔術王直々に呼んだサーヴァント。
まるで普通の要素がないサーヴァントだ。
―――だがその言葉を聞いたオルタはピクリと肩を揺らした。
「へえ、そう。それで? どうなの?」
そわそわと何やら体を揺すりながら、彼女はちらちらダ・ヴィンチちゃんの方を見始める。
彼女の視線の意図に気付いた天才が苦笑した。
「アヴェンジャーは倒してないから君は再臨できないよ?」
「はぁ!? 何で倒してないのよ! アヴェンジャーよ、アヴェンジャー!!
どうせロクな奴じゃないでしょ、何見逃してんのよ!?」
「汝がそれを言うのか……?」
呆れるようなアタランテの声。オルタはそれを聞き流し立香に食って掛かろうとする。
そんな彼女の前に咄嗟にマシュが割り込んだ。どうどう、と抑えるような仕草をみせるマシュ。
ぐぬぬ、と。しょうがないので彼女が手近なソウゴに狙いを変更し掴みかかった。
なされるがまま振り回されながら、ソウゴが適当に反論する。
「俺はアヴェンジャーっていうの見てもないから知らないしぃー……」
「……仮にアヴェンジャーの霊基が回収できても再臨はさせられないだろう?
クー・フーリンやドレイクのように、緊急時のリカバリーが主な目的なんだから。
まだまだ折り返し。長い戦いだからね」
駄々っ子に対してアレキサンダーが苦笑しながらそう言った。
周囲にあやされているという雰囲気を感じ取った彼女が再び唇を噛む。
「ぐぬぬ……!」
「アヴェンジャー、とりあえずそいつ振り回すのやめなさい」
ぱたぱたと手を振るオルガマリー。
言われたジャンヌオルタの手がソウゴを解放した。
手放されたソウゴはふらふらしながら動き―――そして、彼女のおかしな様子を見る。
「……立香?」
「え?」
自身の背後に向けられたソウゴの視線を見て、マシュもまたマスターへと振り返った。
「先輩……?」
―――そこにいたのは、ぼうっと虚空を眺めているだけの立香。
直後、ジャンヌの拘束を振り解いてきた清姫の突撃が彼女に激突した。
「ま・す・た・あ―――! っ……?」
その突撃の勢いのまま倒される立香の体。
ぎょっとして抱き留めようとするマシュの前、ジャンヌが彼女をすぐに掴んでいた。
事態の変化に対してすぐに清姫も抱き着くのを止め、彼女の様子を窺い始める。
「―――マスター? マスター、意識はありますか?」
ジャンヌが声をかけ状態を確認する。
息はしている、胸も動いている、しっかりと生命活動はしている。
―――だというのに彼女はここにいなかった。
そんな急な事態―――ひとつだけ、いとも簡単に原因となれる存在が思いつく。
「ま、さか……」
「―――恐らく、呪詛です。多分、私の洗礼詠唱だけでは解除不能なほどの……」
彼女を抱き留めていたジャンヌ・ダルクが断定する。
立香を抱えたまま聖女の視線がダビデに飛ぶ。対処の可能性があるとすれば彼だけだから。
ダビデは顎に手を当てながら思案していて―――
数秒の後、自身の竪琴を手の中に出現させた。
「まあ僕とジャンヌが解呪を試みれば多少は進行を遅らせられるだろう。
しかしうーん、本当にあいつが呪詛まで飛ばすとはね。
なにか挑発でもしてしまったかな? ま、図星つかれて怒ったってことなんだろうけど」
「進行を遅らせる、ですか……? 解呪は……!」
「さて、それはやってみなければね。やあドクター、ベッド一丁大急ぎでだ」
そんなダビデの言葉に、目を見開いていたロマニが大急ぎで再起動する。
「わ、わかった! すぐに準備する! レオナルド、こっちを頼むよ!」
全力で駆けていくロマニ。
そんな彼の背中を見ていたアレキサンダーが背後のエルメロイ二世に振り返る。
「先生は手伝えるかい?」
「―――馬鹿を言うな。ダビデ王と聖女ジャンヌの解呪だぞ。
私ごときが混じって余計な事をすれば邪魔になって効果を落とすだけだ。
……それよりも」
二世の視線が小さく動き、管制室を見渡した。
人類最後のマスターの一人が、カルデアにいながら黒幕の呪詛に襲われる様。
それを目の前にした職員たちに大きな動揺が広がっていく。
もちろんそうなるだろうと理解していたダ・ヴィンチちゃんはすぐに動こうとして―――
「―――既に指示は出したでしょう。
貴方たちは経過観察のために最低限の職員を残し、休息を取りなさいと。
一体いつまで机にかじりついてるつもりなの、休みの人間はさっさと退出しなさい。
……まだまだこれから先もずっと、戦いは続くのよ?」
職員に対して、オルガマリーの檄が飛ぶ。
おや、と思わず声を漏らして停止するダ・ヴィンチちゃん。
それを聞いていたソウゴがジャンヌに抱かれた立香を見て、軽く瞼を閉じた。
「……じゃあ俺は先に夜ご飯食べて寝るね」
まさか言って数秒でそんな答え返すか、とオルガマリーが口元をひくつかせる。
だが振り返った彼女が見たソウゴの顔。
それはいつもみたいに戦いに向かう前の表情に相違なかった。
彼は力を使い果たしているだろうウィザードウォッチを手に、自信満々に微笑む。
「一回休まなきゃ次の戦いも出来ないもんね。
―――大丈夫。ほら、眠って起きないお姫様を起こすのはさ、魔法使いの役目じゃない?」
彼の様子を見ていた―――
いつぞや入ったジャンヌと、入られたオルタ。彼女たちがそれぞれ表情を変える。
そうね、と納得しそうになったオルガマリーが一時停止。
「…………………いや、王子様だと思うけど」
「そうだっけ? うーん、でも俺は王様だし……」
とにかくそれでいい、と彼女はソウゴをそのまま追い出す。
「―――見ての通りよ、貴方たちもさっさと休みなさい。これは命令です。
藤丸を復帰させた後に特異点のことは見てませんでした、なんて情けない報告を聞くつもりはないわ。さっさと休む。休んだ後はしっかりと、貴方たちの務めを果たしなさい」
了解の意を返し、動き始める職員たち。
それを見送りながら、自分の体を抱くように腕を組んだオルガマリーが大きく息を吐いた。
そんな光景に頬に指を当てたダ・ヴィンチちゃんがにこにこしながら口を開く。
「ふむふむ。所長の更生、だいぶ順調じゃないかい? ねえ?」
「本人にわざわざ訊かないでくれるかしら」
「ははは、これは信頼の証という奴さ。
さて、ジャンヌ。立香ちゃんを慎重に医務室に運んでくれるかい? マシュはジャンヌが転んだりしないように道の先に誰もいないかとか確認して先導してね、わたわたしてて邪魔だから」
ダビデの竪琴とジャンヌの洗礼詠唱が実行される中、わたわたと動き続けているマシュ。
そんな彼女を離れた位置に追いやる采配を下すダ・ヴィンチちゃん。
「はい! はい!! マシュ・キリエライト、先輩を抱えたジャンヌさんを先導します!!」
言われた通りにわたわたしながら管制室から出ていくマシュ。
その後からジャンヌとダビデが着いていく。
「……ロード・エルメロイ二世はこちらを手伝って。
アレキサンダーとアタランテは他のサーヴァントたちに現状の通達を。
ドレイクは……ダ・ヴィンチにこちらを手伝わせてる間、再臨は少し待っていて」
「はは、流石にアタシじゃこの機械は触れないから手伝うのは無理だねぇ」
「では船長は僕と一緒に報告に回ろうか。
所長も疲れていることだろうし、ブーディカに言って飲み物でも用意してもらおうか」
軽く微笑みながら歩き出すアレキサンダーにドレイクも追従した。
「食堂に行くのか? では私はシミュレーションルームに行こう。
恐らくクー・フーリンはそちらだろうからな」
言って別方向に歩き出していくアタランテ。
一人余ったオルタがむっとしながらマスターを睨む。
「………それで?」
「オルタ。―――恐らく、藤丸への呪いは……アヴェンジャーが関わっていると思うの。
言った通りに第四特異点にはアヴェンジャーがいた。
けど、相手は特に何もせずこちらに情報を与えるだけ与えて消えてしまった。
ただ彼自身の情報は何もないに等しい。もし何か感じられるものがあれば、ジャンヌたちに伝えてあげて」
「――――分かったわよ」
ぷい、とそっぽを向いてそのまま医務室に向かって歩き出すオルタ。
そんな彼女を見送ってから、事後処理のために彼女は管制室の中に視線を戻した。
「――――かくして、ロンドンの特異点は修正された。
だがその地で彼らが相まみえたのは、我が魔王の覇道を阻む人理焼却の首謀者……グランドキャスター、魔術王ソロモンであった」
―――カルデア管制室の外。
未だに騒がしさは残る管制室内部をバックに、ウォズは『逢魔降臨暦』を手にしていた。
そんな彼の表情が大きく、強い困惑を浮かべている様子で歪む。
「更には、救世主と呼ばれる何者かに仕えるというもう一人の私……白ウォズ。
仮面ライダーダブルの力こそ確かに手に入れることができたが、この状況は一体……」
彼の手が幾度か本の頁を捲るが、その表情から困惑の色は消えない。
何度か頁を行き来させて確認をするが、彼の求める答えはそこにはなかったようだ。
だが流石に気を取り直したのか、本をぱたりと閉じて脇に抱えるウォズ。
「………だが、我が魔王の覇道はその程度の障害で塞がれはしない。
第五の特異点は西暦1783年、アメリカ大陸。
その地で立ちはだかるのは、我が魔王のよく知るサーヴァント。統治せず、戦い、奪い、殺し、力のみで支配する者。
生き抜いて死ぬ―――その獣の欲望をもって、滅びの末路まで駆け抜ける刹那の王」
ウォズが踵を返し、カルデアの何処かに向けて歩み始め―――
「もはや別物の存在とはいえ、自ら進んで覇道の肥やしになるとは我が魔王のサーヴァントとして善い心掛けの……?」
そのまま歩き去ろうとした彼の手の中で、『逢魔降臨暦』が光を放った。
本の表紙、その表面にある歯車が回転を始めている。
ウォズは驚いた様子ですぐにそれを開き、書き換わっている内容を検め始めた。
「――――これは、一体なにが……?」
新たに記されていく文字を追うウォズの表情が困惑に染まる。
彼はそのままどこかへ歩き去ることもなく、その場で立ち尽くしていた。
四章完。
そのまま流れで監獄塔へ。
エンゲージで入ります(入れるとは言っていない)
五章はまあもう誰か分かるでしょう。