Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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interlude
2-1 白衣の戦士2015


 

 

 

「―――ここは」

 

 立香が気付いた場所は、石造りの部屋の中だった。

 いつの間にか自分がその部屋の中の粗末なベッドに腰掛けている。

 目の前には鉄柵があり、開きっぱなしの扉がきいきいと音を立てていた。

 

「気付いたようだな、カルデアのマスター」

 

「……誰?」

 

 鉄柵の向こう側から声がする。

 彼女の手が咄嗟に、ウォズから預かりっ放しのファイズフォンXを取り出した。

 それを銃形態に変形させながら、声の主を探るように視線を巡らせる立香。

 

「―――既に名乗ったはずだぞ、貴様には」

 

 奥に続く闇の中から牢獄の前に歩み出てきたのは、黒ずくめの男だった。

 その声には確かに聞き覚えがある。

 

「アヴェンジャー……?」

 

 ロンドンで彼女たちの前に現れた存在、アヴェンジャーのサーヴァント。

 特異点で見た姿は黒い炎そのものだったが、今ここに現れた彼は間違いなく人―――英霊だ。

 

「然り。我こそは哀しみより生まれ落ち、恨み、怒り、憎しみ続けるが故にエクストラクラスを以って現界せしもの。―――アヴェンジャーのサーヴァントだ」

 

 大仰にコートをはためかせ、そうして名乗り上げる黒い男。

 立香は彼を見て、ゆっくりと立ち上がる。

 前の特異点でも彼は取るべき行動を自分たちに示してくれて、それは実際に必要な事だった。

 信じるに足る相手だと思っていいだろう。

 

 彼女が立ち上がったのを見て、アヴェンジャーは踵を返して歩き始めた。

 着いてこい、と言っているのだと解釈して追従する。

 その道中で立香は彼の背中に問いかけていた。

 

「ここは一体どこなの?」

 

「―――此処なるは地獄。恩讐の彼方たるシャトー・ディフの名を有する監獄搭。

 最低限の事柄だけ教えておこう、手短にな。

 おまえの魂はこの搭に囚われた。脱出のためには七つの『裁きの間』を超えねばならん」

 

 状況からして何らかの攻撃のようなものだろうと感じてはいた。

 そして魔術王の呼び出したらしい彼がここにいる、ということは。

 

「それはつまり、魔術王の……」

 

「裁きの間で敗北し殺されれば、お前は死ぬ。何もせず無為に時間を浪費しても、お前は死ぬ。

 以上だ。それ以外に何の情報も要るまい」

 

 それ以上を話す気はないと、アヴェンジャーは僅かに足取りを速める。

 そんな彼の後に続きながら立香は手の中にある武器を握り締めた。

 

 

 

 

「さて、ここが第一の『裁きの間』……貴様の生死を分かつ、最初の劇場だ。

 おっと。ここが最初であり―――最期の劇場になる可能性もあったか」

 

「………」

 

 彼の先導に従い踏み込んだ広間の中。

 その部屋の中心で、舞いながら謳う一人のサーヴァントがいた。

 立香の知らないサーヴァントだ。どのような存在かは、彼女には分からない。

 

「裁きの間においては、それぞれの間にサーヴァントが待っている。

 貴様がこの搭から生きて抜け出したいというのなら、それらを悉く殺し尽くすがいい。

 そして第一の間の支配者、それは―――」

 

 アヴェンジャーもまた舞い謳う相手へと視線を向ける。

 そのサーヴァントは今が歌劇の最中であるかのように、ただ謳い続けていた。

 

「クリスティーヌ―――クリスティーヌ、クリスティーヌ、クリスティーヌ!

 微睡むきみへ私は唄う 親しさをこめて

 嗚呼 今宵も新たな歌姫が舞台に立つ 嗚呼 おまえは誰だ きみではない―――」

 

 瞬間、正しく突然に謳っていた男が両腕を広げる。

 その手は刃の如く鋭く尖った指。

 

 ―――それが自分を目掛けて突撃してくる、と感じたのはほとんど勘だった。

 出来なければここで死ぬ、と。それを理解して全力で思い切り横に跳ぶ。

 

「っ……!」

 

「嗚呼 クリスティーヌ!」

 

 石の床を転がる立香の前で、直前まで自分が立っていた場所が切り刻まれる。

 立香は連日連夜実行されてきた清姫のタックルに初めて感謝した。

 あれに慣れてなければ、この動きは多分できなかったと思う。

 

 すぐさまファイズフォンを相手に向けて発砲。

 赤い光弾が相手に何度か直撃する。

 が、多少怯ませることはできてもそもそも致命傷を与えられるほどの火力はない。

 

「―――ファントム・ジ・オペラ!

 美しき声を求め、醜きもののすべてを憎み、嫉妬の罪を以っておまえを殺す化け物だ!」

 

 アヴェンジャーが高らかにその名を告げる。

 オペラ座の怪人を前に、立香が何とか立ち上がって銃を構え直す。

 何度となく撃ち放たれる光弾を前に、ファントムは自分のマントを掴んで持ち上げた。

 防御のため、というよりまるで己の顔を隠すために。

 

「我が醜き顔を見るな 視るな 観るな!

 おまえが クリスティーヌではないのなら! いいや きみが誰であったとしても!

 私は 私は けして許さない!」

 

 マントを払う動作で光弾を弾き、再びファントムが動作を開始する。

 恐らくはサーヴァントの中でそれほど強くはないだろう。

 一級のサーヴァントの戦闘を見てきた立香にはそれくらいは分かる。

 彼にもしそれだけの力があるならば、まぐれでも攻撃を回避など出来なかっただろう。

 

 だが同時に、彼女がひとりでどうにかできる存在ではなかった。

 

 多分今度は避けれない、と確信する。本気の突撃を避けれるはずもないと息を呑む。

 だから彼女の選択肢は一つだった。

 

〈エクシードチャージ!〉

 

 素早く操作したファイズフォンXを向け、ファントムに対して放つ。

 理性が薄く、攻撃を回避も防御もせず無視して突っ込んでくる相手には通用する一撃。

 案の定ファントムはそのまま直撃し、赤い光の牢獄に囚われた。

 

 ―――だが、動きを止めて出来ることは立香にはない。

 拘束されながらもファントムは謳い続ける。

 

「―――おお クリスティーヌ我が愛 おお クリスティーヌ我が業

 きみにも等しい声に 爪を立てさせておくれ

 きみにも等しい喉を 引き裂いて赤い色を見せておくれ

 欲しい 欲しい 欲しい 今宵の私は どうしようもなく求めてしまう

 嗚呼 私でないものが妬ましい あまねく ひとびとが 妬ましい―――!」

 

「っ……!」

 

 とにかく距離を取ろうと立香が走る。

 数秒の後、拘束から解き放たれたファントムは再び動き出す。

 例え理性が飛んでいても、しかし彼は立香を見ていた。

 もう当てられない、と直感する。

 

 黒いマントを靡かせながら、オペラ座の怪人が彼女に向け殺到した。

 回避も迎撃も、もはや通用することはないだろう。

 銃口を彼に向けても、彼の視線は確実にその銃口を見ている。

 放てばすぐに回避できるだろう意識の向け方。

 

「くっ―――!」

 

 赤の銃弾が放たれ、そして当然のように回避される。

 もはやどこに逃げようとしても間に合うまい。

 怪人の腕、刃の如く指が彼女の前で振り上げられた。

 

「唄え 唄え 我が天使! 今宵ばかりは 最期の叫びこそが 歌声には相応しい!」

 

 振り下ろされる。立香の喉を目掛け、その刃が。

 咄嗟に腕で顔を覆うように守る。

 サーヴァントの攻撃であっても、カルデアの礼装ならば少しは―――と。

 

 だが待てども攻撃による衝撃は届かない。

 顔を隠した腕を下ろし、彼女はその先に広がる光景を目にした。

 

「―――ようく見るがいい、カルデアのマスター。

 これこそが人だ。おまえたちの世界に満ち溢れる人間たちのカリカチュアだ」

 

 横合いからファントムの腕を捕まえたアヴェンジャーが、彼を押し留めながら楽しそうにそう口にする。彼の視線は立香を正面から見据えていた。

 ―――立香が手の中にあるファイズフォンXを強く握る。

 

「力を持たない貴様に選択の余地はない。

 もし貴様が此処から出たいというのなら、手段はただひとつ」

 

「―――貴方と、契約を結ぶこと? 力を貸してくれるの?」

 

 立香の問いに対して、アヴェンジャーが口の端を吊り上げる。

 それを見て立香は一度瞑目し、すぐに目を見開いて叫んでいた。

 

「契約して、アヴェンジャー! 私は―――ここでは終われない!」

 

「ク―――よくぞ言った。よかろう、契約だ!

 此処から出る為にオレとおまえが結ぶ―――共犯者としてのな!!」

 

 黒い炎が噴き上がる。ファントムを容易に押し返す恩讐の炎の渦。

 謳う彼の喉を焼き払う勢いで逆襲する復讐者。

 立香ではまるで手も足も出ない相手を前に、しかしアヴェンジャーは更に格が違う。

 

 炎に喉が焼かれることに怯えるように、彼の唄が止まる。

 同時に敵を切り払うために振るわれる刃の如き指。

 その凶器を前に、しかしアヴェンジャーは怯みすらせず拳でもって対抗した。

 

 ―――激突。当然のように弾き飛ばされるのはファントム。

 大きく体勢を崩した彼が吹き飛ばされて、そこに炎を纏った姿が殺到する。

 

 体勢を立て直すような暇はない。

 黒い彗星と化した復讐者は瞬きの内に怪人との距離を詰めきって―――

 黒炎を纏った拳で、ファントムの胸を打ち貫いていた。

 

「ク、リス―――ティーヌ……」

 

 胸部を貫通する拳を受け、一瞬で絶命に至るファントム・ジ・オペラ。

 ―――その速度、その身のこなし、その破壊力。少なくとも立香には、彼が彼女の知る一級のサーヴァントと遜色のない力を持つ存在に見えた。

 

 拳を引き抜いたアヴェンジャーが戦闘態勢を解除する。

 今に一撃で、完全に決着はついていた。よろめく彼の最期の姿に、彼はただ言葉を送る。

 

「―――脆い。哀れな醜き殺人者よ、おまえの魂にシャトー・ディフは相応しくない。

 此処こそは地獄。地に伏せながら地上に蔓延る悍ましき人の業を睨むモノどもの集積場。

 眩き輝きを天に見上げて嘆くモノの立つ舞台ではない」

 

 心臓を失ったファントムが天を仰ぐ。

 今にも消えるという状況の中、彼はただただ謳い続ける。

 

「―――おお 我が心臓よ いずこ おお 我がこころ いずこ

 クリスティーヌ この心臓はきみに捧げよう クリスティーヌ この愛をきみへ」

 

「唄……」

 

「クリスティーヌ 我が愛 私はきみを愛するが クリスティーヌ 私は耐えられぬ

 尊きはクリスティーヌ きみと共に生きる人々を 愛しきクリスティーヌ きみと同じ世界に在るすべてを きみと過ごす人々を 朝日の当たる世界を 私は 私は―――」

 

 ファントムの動きが停止する。

 胸の穴から広がっていく崩壊が、彼の首にまで届いていた。

 そうして彼は、虚空を見つめながら最期の言葉を残して消え失せる。

 

「時に 妬ましく思うのだ 狂おしいほどに―――」

 

 唄が終わる。それと同時にファントム・ジ・オペラは残滓も残さず完全に消えた。

 一気に静寂に包まれる第一の間。

 その空間の中で、小さくアヴェンジャーの笑い声が響く。

 

「―――オペラ座の怪人よ、おまえの嫉妬を見届けたぞ。

 その醜さこそが人間の証。地獄で誇れ、おまえこそが人間だ」

 

 そうして、彼の姿が立香に向け振り返った。

 

「さあ、マスター。貴様が選んだ道だ、この地獄を這い出すために歩むがいい」

 

 立香はそんな彼を見返しながら問いかける。

 

「ねえ、アヴェンジャー。この地獄は誰が作った地獄なの?

 いや……()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「―――――」

 

 彼はただ無言で返す。

 それは隠しているのか、それとも言うまでもないという意思表示なのか。

 人の悪感情だけを強調したかのような、()()()()()()

 まるでそこ以外を見ていないかのように形成された光景。

 

「―――魔術王には、世界がこう見えてるってこと?

 だからアヴェンジャーは魔術王に従わない? 人の悪性だけで地獄を語る魔術王の考えは、善も悪も併せて人の全てこそが地獄だと思うアヴェンジャーとは相容れないから?」

 

「……だとしたらどうする?」

 

 ―――人の世の善も悪も併せて地獄、だというならまだいい。

 けれどこれは、悪の部分を取り上げているだけだ。

 あるいは。これを知っていたからこそ―――式はあんなことを言い残していったのだろうか。

 

「―――どうもしないよ。これが何であっても、私たちが負けられないことに変わりはないから」

 

「ク―――幾らでも虎のように吼えるがいいさ、おまえにはすべてが許されている。

 さあ、第二の間に向かうぞマスター。それがただの遠吠えではないと、成果を以って証明するがいい」

 

 再び歩み出すアヴェンジャー。

 彼の後ろに追従しながら、立香は強く前を見据えた。

 

 

 

 

「やあ、我が魔王。急ぎかい?」

 

「あ、黒ウォズもこっちに戻ってきてたんだ」

 

 廊下で出くわしたウォズの声に反応し、ソウゴが立ち止まる。

 ロンドンから帰ってきてからこっち、見かけていなかった彼。

 いつの間にやら戻ってきていたらしい。

 

「藤丸立香君のところへ行くのかい?」

 

「そうだけど。何かあるの?」

 

 医務室への足取りを止めないソウゴに従い、歩きながら会話を続けるウォズ。

 彼は脇に本を抱えながら難しい顔をしていた。

 

「……恐らくは君の運命に何か、大きな転換点が迫っている。

 その詳細は私にも分からないのだが……」

 

「ふぅん……それは立香を助けに行く時に、ってこと?」

 

「状況的に見てそうだろうね」

 

 そんな言葉を聞いてもソウゴはまるで気にした様子はなく、足も止めない。

 小さく肩を竦めたウォズが、続けて彼に対して呆れたような言葉をかけた。

 

「もう少し気にしたらどうだい? 発生するのは相当に大きい問題のはずだ」

 

 彼のその進言を受け入れてか、ソウゴが足を止めて顎に手を当てる。

 悩みこむような様子を見せ始めた彼に対してウォズが小さく息を吐いて―――

 

「うーん。黒ウォズはさ、俺がそんな事を気にして悩むような王様でいいの?」

 

「……なんだい?」

 

「俺はもう立香を助けに行くって決めたから。それを無視して、俺の運命が変わることに怯えてたってしょうがない。

 もう決めたんだ。運命が俺の未来を決定付けても、俺の意志で決めた未来で運命を越えてみせるって」

 

 言い切ったソウゴがそのままウォズを置いて、目的地に向け歩き出す。

 歩き去る王の背中を眺めていた家臣は大きく肩を竦めてから、その手の中で『逢魔降臨暦』を開いて中身に目を滑らせる。

 

「やれやれ……我が魔王にも困ったものだ。だがしかし、これは一体……」

 

 魔王の覇道は問題なく歩み続けている。

 しいて言うならばスウォルツと門矢士の動きは多少気になるが、大した問題ではない。

 白ウォズの問題はあるが、恐らくその救世主とやらも大したことはあるまい。

 いや、正確には。救世主がどれほどの相手であっても魔王の力の前では無力同然だろう。

 そして人理焼却はある意味でこちらにとっても隠れ蓑として有効な状況だ。

 

 そんな状況でなお、覇道にとって気を付けなければならない存在がいるのだろうか?

 

 

 

 

〈ライダータイム! 仮面ライダージオウ!〉

〈アーマータイム! プリーズ! ウィザード!〉

 

 赤い宝石の輝きを纏い、変身するソウゴ。

 仮面ライダージオウ・ウィザードアーマーと化した彼が、立香に歩み寄っていく。

 

 虚ろな目でぽけっとした状態の彼女は、医務室のベッドに寝かされていた。

 彼女の横ではジャンヌが手を取りながら祈り、部屋の端に腰かけたダビデ王は竪琴を奏で続けている。あるいは悪魔でさえ背を向けるような破魔の環境に置かれた立香。そんな彼女の健康状態をモニターしながら、ロマニは難しい顔をしていた。

 

「ほんの少しずつだけど、バイタルが徐々に低下している。

 二人のおかげで恐らくは影響は最小限に抑えられている、と思うんだけど……」

 

「……まあ、アヴェンジャーなんてそんなもんよ。

 存在自体がこの世界への呪いみたいなものだもの、人間に送り込む呪いとしては最上でしょう」

 

 マスターの推測通りにアヴェンジャーが使われているならの話だけど、と。

 壁に寄り掛かったオルタが立香を見ながらそう呟く。

 彼女のすぐそばにまで歩み寄ったジオウが、空中に赤い魔法陣を描いた。

 

「だから、俺が立香のアンダーワールドに入ってそれをどうにかしてくる」

 

 医務室に詰めた皆が、特にマシュが強くジオウを見つめる。

 

「―――ソウゴさん、先輩を……」

 

「うん。助けてくる」

 

 彼女の声に大きく頷いたジオウが、魔法陣の中に飛び込んだ。

 藤丸立香の精神の中に飛び込んだ彼は、魔力で作られた光のトンネルを落ちていく。

 そうして数秒の後、その光の中から吐き出されて―――

 

 立香の心の中とはかけ離れた石の造りの搭の中へと着地していた。

 

「……ここが立香のアンダーワールド、じゃないよね。

 これが呪いの世界ってことなのかな。とりあえず立香を探して……」

 

 何度か周囲を見回してから動き出そうとした、その瞬間。

 ソウゴの感覚が異様なものを感知して、本能が警鐘を鳴らしていることを理解した。

 それは一度感じた覚えのあるものだ。そして、ソウゴには絶対に見逃せないもの。

 

 理解した瞬間に彼は一気にそちらへ向け駆け出して―――しかし。

 次の瞬間には、ジオウはまったく別の空間に囚われていた。

 

「……? これは―――?」

 

 時間と空間が歪んだどことも言えないような場所。

 まるで宇宙のような闇の中に様々な風景が入り混じる異常空間。

 その中に立たされたジオウが周囲を探るために首を動かし―――人影を見つけた。

 

 プラチナブロンドの髪に白い装束。

 おおよそ人とは思えぬ超然とした力を纏う誰かが、そこに立っていた。

 

 彼は微笑むような顔でジオウを見ている。

 少なくとも、敵であるというような態度ではないだろう。

 

「あんたは……?」

 

「―――君は王様になりたいんだろう?」

 

 問いかけるソウゴに問いに答えないまま、白い男は問い返してくる。

 

「そうだけど……」

 

 ふわり、と彼の姿がジオウの目の前から消える。

 何処へ行ったのか、と探す必要はなかった。

 すぐにジオウの背後から彼の声が続けられる。

 

「確かにこの場所で君が動けば、仲間である彼女を簡単に助けられるかもしれない。

 けど、全部一人で解決するのが君の考える王様なのかい?」

 

「―――そうかもしんないけど。でも立香に戦う力はない。

 俺が助けに行かなきゃいけないでしょ?」

 

 振り返ったジオウが男に対して言い切る。

 彼はその言葉に笑みを深くし、再び姿を消す。

 

「戦うための力を持たないということは、戦う力がないという事じゃないだろう?」

 

 再び現れた彼が手を動かすと、周囲の空間が捩じれて白一色に変わっていく。

 白い地平線の中で対面することになる二人。

 

「誰だって思ってる。『変身したい。もっと別の、何かができる自分に』って。

 そんな変わりたいという願いを止めてしまう。そんな王様で君はいいのかい?」

 

「それは……」

 

「俺たちの力は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

 

 そう言い切る彼の顔をジオウが見据えた。

 俺たち、と口にした男の言葉の意味を取り違えるような事などない。

 仮面の下で目を見開いたソウゴが、彼をまじまじと見つめた。

 

「アンタは……」

 

「願いは変わらない。始まりの想いは変わらない。やりたかった事は変わらない。

 ―――けど、やり方はひとつだけじゃない。だから君も変われる。

 今よりずっと、望んだ通りの王様に。―――信じてあげるといい、君の仲間を」

 

 ソウゴの頭の中で黄金の王の姿がよぎる。

 荒廃した未来に君臨する孤独な王。

 有り得てはいけない未来を思い描き、そして彼は男を見返した。

 

「―――それでも。俺は……」

 

「……なら」

 

 男の腰に短刀がついたバックルが出現する。

 同時に彼が持ち上げた腕には、オレンジのような造形の錠前が握られていた。

 彼の指がロックを外し、鍵を開く。

 

〈オレンジ!〉

 

 空間内、男の頭上に形成されていく巨大な果物のオレンジらしき物体。

 それを見上げる事もなく、彼は開いた錠前をバックルに取付けていた。

 続けて、開いていた錠前を閉める。

 

〈ロックオン!〉

 

「変身」

 

〈ソイヤッ!〉

 

 男の腕がバックルの短刀部分を跳ね上げ、錠前に刃を入れる。

 まさしくオレンジをカットするように錠前の前部分が開いて下りた。

 

 男を包んでいくネイビーブルーのスーツ。

 その上から空中に生成されたオレンジが落下してきて、彼の頭をすっぽりと包み込む。

 皮をむくように広がっていく巨大オレンジ。

 それが鎧の如く彼に装着されて、彼の()()は完了した。

 

〈オレンジアームズ! 花道オンステージ!〉

 

「助けに行きたいって全力で突っ走ればいい! それを俺が止めてやる!」

 

 くし型切りにしたオレンジの果肉のような刀身の刀、大橙丸。

 鍔に銃撃のための機構が仕込まれた刀、無双セイバー。

 二振りの刃を両手に構え、彼が―――仮面ライダー鎧武がジオウの前に立ちはだかった。

 

 そんな彼を前にして、ジオウが首を横に傾げる。

 

「……あれ? そういう問題じゃなくない?」

 

「えっ? ……いや、うーん。まあそうかもしんないけど、とりあえずほら……な?」

 

 オレンジの兜を刀を持った手でがしがし掻きながら、自分も首を傾げる鎧武。

 ふらふらと揺れる剣先は、どうやって説得したものかと考えているようだ。

 ジオウも手を組んで悩むように白い空間の空を仰ぐ。

 

「うーん……じゃあとりあえず。立香を助けに行くためには、アンタを倒さなきゃいけない……ってことでいいんだよね」

 

「おー……おう! そんな感じで!」

 

 瞬間。鎧武の足場、白一色だったはずの空間から土の壁が湧き上がった。

 彼を押し潰さんと発生した壁が一気にその体を呑み込み―――

 斬、と。土壁に全て剣閃が奔り、滑り落ちるように崩れていく。

 

 土の魔法を一息に切り捨てられたウィザードアーマーが、その手にジカンギレードを呼びだす。

 二刀に対抗するべく即座にコピーで増やされるジオウの剣。

 大橙丸と無双セイバーを構え直しながら、鎧武は腰を落として吼え猛った。

 

「さあ―――こっからは俺のステージだッ!!」

 

 

 

 

「………?」

 

「どうした、マスター」

 

 足を止め、後ろを振り返る。

 先導するアヴェンジャーが視線も向けぬままに、足を止めた立香に問いかけた。

 彼女自身も何故足が止まったのか分からないかのように、首を傾げる。

 

「いや、何か……誰かの声が聞こえたような?」

 

「―――肉体がカルデアにあるのだ、そういうこともあるだろうさ。

 此処に囚われているのはおまえの魂だけだが、当然本来は揃っているべきものだ。

 体が拾った音が魂に響くようなことがないとは言えない」

 

 アヴェンジャーの物言いに首を傾げる立香。

 ここの自分ではなく、外の自分が拾った音と言われるとそうであるような。

 しかし何かが違うような―――と。足を止めたままに耳を澄ませる立香。

 

「―――――」

 

「―――今、誰かの声がした」

 

 二度目に届いた誰かの声は、聞き逃さなかった。

 それが一度目の声と同じかどうかまでは分からないが、近くに誰かがいる。

 すぐさまそちらへと足を向ける立香。

 

「先にそっちに行こう、アヴェンジャー」

 

「は―――随分と余裕があるな、マスター。それは正義感という奴か?

 自分の生存さえ定かではないこの状況下で、荷物なんぞ抱えている暇があるのか?」

 

「……もともと私こそ皆に抱えてもらってる側だもん。

 多分アヴェンジャーが駄目だって言ったら、私だけじゃ救えないよ。

 こっちこそ訊きたいかな。私は助けに行きたい、協力してくれる? アヴェンジャー」

 

 アヴェンジャーが立香に向かって振り返る。

 正面から顔を合わせ、数秒。

 

「……既にオレとおまえの契約は交わされた。

 この搭より抜け出す事はオレとおまえによる共謀。それを達成するまでは、マスターとサーヴァントの関係だ。おまえがそうしたいと言うならそうするがいい。

 おまえにはそれを行うと決める権利がある」

 

 彼の言葉に頷いて、立香は走り出した。

 立香が最初に入れられていたような牢屋が幾つも並んでいる。

 どこからした声か、とそれらを覗き込みながら走り抜け―――

 

 その中で、一人の人間が倒れているのを発見する。

 

「いた!」

 

「ふん―――」

 

 アヴェンジャーは鼻を鳴らしながらその場で立ち止まった。

 立香が言うまでも無く、彼の腕により瞬く間に破壊される鉄格子。

 盛大な金属音を鳴らして倒れる鉄の扉を踏み越えて、立香はその人へと歩み寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

 立香の手が倒れ伏した人間を抱き起す。

 そこにいたのは、白い服を着た黒く長い髪の女性。

 彼女は立香に抱き起されるがまま身を起こし、ゆっくりと目を開いた。

 

「ここ、は……?」

 

「ここは……その、シャトー・ディフっていう場所らしいです」

 

 告げられた名前。しかしその場所に、彼女はまるで覚えがないという様子を見せる。

 己の掌を額に当てながら視線を彷徨わせる女性。

 

「分からない……分からないの……!」

 

「正直私もよく分かってないので、大丈夫だと思います」

 

 彼女を落ち着かせるためだろうか。立香が逆に落ち着かなくなる告白をする。

 後ろで聞いていたアヴェンジャーすら呆れた表情を浮かべていた。

 だが、女性はそうではない、と口にする。

 

「私には……()()()()()()()()()()……!」

 

「――――え?」

 

 頭を押さえながら成されたその告白。

 苦しげに呻く女性を抱き上げながら、立香は呆けたように声を漏らした。

 

 

 




 
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