Fate/GRAND Zi-Order 作:アナザーコゴエンベエ
「記憶喪失……?」
自分の記憶を必死に思い出そうとしているのだろうか、彼女は頭を抱えながら呻いている。
ここが魔術王の作った場所だというのなら、彼女も同じように呪いをかけられたからここにいるのかもしれない。
どこかの特異点で生きていた人がここに囚われてしまった。そういった可能性もあるだろう。
「アヴェンジャー、魔術王は私以外にも……?」
「―――さて。ここは時間や空間に囚われない、魂の牢獄。
言ってしまえば、オレも虜囚である以上は収監されたものを全て把握しているわけではない」
「時間や空間が関係ないって……それは、カルデアみたいにってこと?」
アヴェンジャーの言い方に、魔術王が残した言葉を思い出す。
魔術王は自身の千里眼でさえカルデアは視えない、と言っていた。
だとしたらここの事も彼には視ることはできないのだろうか。
彼は返答することなく、ただ肩を竦めて返した。
「……どちらにせよ、その女は魔術の王が送った人間ではあるまい。
恐らくは時空間の狭間を漂流していた人間がここに流れ着いただけだろうさ」
「漂流……」
立香が周囲の状況を見回す。紛う事なき牢屋だ。
どんな事情にしろ、このような環境で放置していくわけにはいくまい。
彼女の背中に手を添えながら、立香は立ち上がろうとする。
「大丈夫? とりあえず、ここから動こう。立てる?」
「……ええ、ごめんなさい。立てるわ」
軽くふらつきながらも、立香に従って彼女は立ち上がる。
そんな彼女の様子を牢屋の外から見ていたアヴェンジャーが声をかけてきた。
「名前も覚えていないのか?」
「……そうね、何も覚えていないわ。自分の名前さえ思い出せないの」
苦渋を滲ませながらそう口にする彼女。
その返答を受け、僅かに視線を上げるアヴェンジャー。
「……ふん。名前と記憶を奪われた女か。
名無しでは呼び名にも困るだろう、思い出すまではメルセデスとでも名乗るがいい」
続けて開いた彼の口からは、彼女の仮の名前を告げるものだった。
それは今までとは大きく違い、感傷のようなものを強く浮かべた声と感じる。
「メルセデス……?」
「―――かつてこのシャトー・ディフにおいて、名と存在の全てを奪われた男にまつわる女の名だ」
彼はそう言い切るや、牢屋の前から歩き出してしまう。
彼女―――メルセデスを伴い、それを追うように立香もまた歩き出した。
「―――劣情を抱いたコトはあるか?
第二の間に踏み込む上でオレはおまえにそう訊ねよう、マスター」
少しばかり歩き、第二の間らしき空間が見える場所まで辿り着いた。
かと思えば、突然そんなことを語り出すアヴェンジャー。
「女の子ふたりがいる中で男である貴方が訊くことじゃないと思うよ、アヴェンジャー」
サーヴァントからの問いかけに対し、ノータイムで返すマスター。
「一箇の人格として成立する他者に対して、その肉体に触れたいと思った経験は?
理性と知性を敢えて己の外に置いて、獣の如き衝動に身を委ねて猛り狂った経験は?」
言い返しても全力でセクハラ質疑を続けてくるアヴェンジャーに眉を顰める。
だがアヴェンジャーからしたところで真面目な話をしているだけだ。
それを傍から見ていたメルセデスが、アヴェンジャーに対して問いかけた。
「それが何か、重要な話なの?」
「重要だとも。それは誰しもが抱くが故に、誰ひとり逃れられないもの。
他者を求め、震え、浅ましき涙を導くは―――色欲の罪」
その瞬間、搭が揺れる。
突然の地震に立香もメルセデスも驚き、そして震源へとすぐさま目を向けた。
今にも踏み込もうとしていた第二の間。その中心で待ち受けるのは、一人の巨漢。
彼は筋肉の鎧を惜しげもなく晒しながら、巨大な武装を床に叩き付けていた。
「なァにが浅ましきだッ!! その欲こそが世の理、世界を回す営みだろう!!
天地天空大回転! 獣欲の一つも持たないものに、どうして世界を回せようか!!」
唖然とする彼女たちの前で、巨漢は床を砕いたモノを持ち上げる。
先端に向けて尖った巨大な柱の如きモノ。
それはあるいは剣と呼べなくもないかもしれないが、それ以上にドリルとでも呼んだ方が正しい表現になるだろうと感じさせる。
「欲深くもないものが英雄など、勇士などと呼ばれるものか!
応とも! 赤枝騎士団筆頭にして元アルスター王たるこの俺は―――!」
そこで彼は一度大きく息を吸う。
今から吐き出す言葉に全霊を乗せるようにして―――
「主に女が大好きだ――――!!!」
叫ぶ。
どこかで聞いたような騎士団や国の名前も叫んだ気がするが、それよりも意識を持って行くのは彼自身の雄叫びだ。
「主に……」
メルセデスが困惑げに彼のセリフの頭を繰り返す。
「ははははは! 俺の領域に来たるは中々良い面構えの女がふたり!
俺が戦士として戦い、叩き伏せて、組み敷くに相応しい相手と見た!!
しみったれた監獄にひとり酒ひとり寝かと肝を冷やしたが、こいつは重畳。
さて、そうなると問題はそちらのサーヴァントだが―――」
いきなりそう宣言された立香とメルセデスが一歩退いた。
続けて男に視線を向けられたアヴェンジャーが肩を竦める。
品定めするような視線が彼の黒い姿を上から下まで舐め尽くし―――
「―――ふむ、悪くない。どうだ、おまえも俺と一晩……!」
「寝言は寝て言え、フェルグス・マック・ロイ」
即答だった。言い切らせることすらしない。
フェルグスと呼んだ男の発言を断ち切るように、アヴェンジャーが否定を返す。
「ええ! 私たちと戦いたければまずはアヴェンジャーを倒してみせることね!」
そしてマスターは即座にそれに乗った。
言われたフェルグスがふぅむとアヴェンジャーを注視する。
無言の抗議が飛ばされていることを理解しつつ、立香はふんぞり返ってみせ―――
「ははは! いや、
つまり三人纏めて叩き伏せれば手間が省けるというものだ!!」
「えぇ……」
それはどうかと思う、という言葉を吐く前に。
アルスターの男はその巨体に見合わぬ速度でもってこちらに踏み込んでいた。
不味い、と直感する。このサーヴァントはファントムと違い一流の戦闘者。
立香の付け焼刃では時間稼ぎすら叶わない相手―――
「フン―――?」
「わっ……!」
アヴェンジャーが動こうとして、しかし彼より先に動いているものがいた。
思い切り横に突き飛ばされる立香。
それを成したメルセデスが、自分もその反動で横に跳んでいた。
フェルグスの一撃が大上段から振り下ろされ、二人が直前まで立っていた床を粉砕する。
突き飛ばされた彼女が更に襟首を引っ張られ、後ろに持っていかれる。
首を動かして後ろを見ると、彼女を掴んだアヴェンジャーが後ろへと跳んでいた。
「っ……アヴェンジャー、私だけじゃなくて……!」
「―――わざわざオレが後ろに引っ張る必要もあるまい。おまえと違ってな」
地面に叩き付けられた状態の巨大な剣が、そのまま横に向かって振り上げられる。
メルセデスが白い衣を翻しながら頭を下げ、勢いを活かしたまま体を倒す。
頭上を通り過ぎていく剣のフルスイングを潜り抜け、彼女は姿勢を落とし切って地面を滑っていた。
「やああぁ――――!」
「ふぅむ―――!」
地面を踏み締めたフェルグスの股下を潜るスライディング。
巨重武器を前にこうまで踏み込んできた相手に頬を緩める戦士。
そんな彼の背中を取ったメルセデスが立ち上がると同時、肩からフェルグスの背中に当たりに行った。
―――渾身の体当たりはしかし、彼に対して何の痛打にもならなかった。
口惜しげに退こうとする彼女の耳に男の声が届く。
「―――その意気や由。カラドボルグを前に怖じぬ胆力は戦士と呼ぶに相応しい!
だがそれだけでこの俺に勝てる筈もなし!!」
振り返りざまに振り抜かれるフェルグスの鉄拳。
それが躱し切れずに彼女の肩を掠め、その体を大きく吹き飛ばす。
地面を転がっていくメルセデスに立香が叫ぶ。
「メルセデス―――!」
「く、ぁっ……!」
「まずはひとり、だ!」
躊躇など何処にもなく、フェルグスは更に踏み込む。
手加減をするような様子はない。
抱くだの抱かないだのの話など関係なく、彼が戦場で手心など織り交ぜるはずもなかった。
それらは全て、死合い終わってからの話だ。
武装が突き出される。遠慮呵責なく、ドリルの如き刃が放たれる。
それを前に―――
「行って、アヴェンジャー!」
「ふん……」
それがメルセデスに届く前に、黒い炎が割り込んだ。
白く巨大な剣を両腕でもって受け止めてみせるアヴェンジャー。
彼と対面したフェルグスがニヤリと口元を吊り上げた。
「ほう、俺の剣を両の腕で受け止めるか! ますます貫き甲斐があるというものだ!
この猛り、おまえのその体で受け止めさせて鎮めねばオチオチ寝る事もできんな!!」
「―――所詮は色欲に誘われ迷い出た煉獄の獣鬼。
貴様の猛り如きでは、復讐に猛る虎の牙に喰い破られるだけと知るがいい―――!」
黒炎と剣が弾け合う。
その瞬間、アヴェンジャーの姿がブレて見えるほどの速度で動き出した。
縦横無尽に翔ける影は、圧縮されて光線じみたものになった炎を叩き付ける。
「むぉ―――ッ!?」
四方八方から放たれる熱量にフェルグスさえも蹈鞴を踏む。
戦闘の隙に、立香がメルセデスへと向け走り出していた。
そのまま倒れている彼女に寄って抱き起こす。
「大丈夫?」
「え、ええ……ごめんなさい、足を引っ張ったみたいで……」
彼女はアヴェンジャーとフェルグスの行う戦闘行動に見入っている。
そもそもサーヴァントという存在を彼女は認知していなかったのだ。あのような動きができる人間がいるとは思っていなかったのだろう。
それにしては彼女がフェルグスに仕掛けた動きは洗練されていたとも思うが。
「ううん、こっちこそ助けてもらって……」
「このままでは削り殺されるか! ははは、俺が削られるなど笑い話にもならんな!
ではこうするとしようか!」
彼女たちの会話が終わる前にフェルグスが思い切り剣を振り回していた。
放たれる光線を力任せに切り払い、乱雑なまでに周囲に弾き返す。
弾かれたアヴェンジャーの炎。
それが飛んでくるのを視認したメルセデスは、すぐさま立香を引きずり倒していた。
付近に着弾して黒い炎の柱を立ち昇らせる熱線。
マスターたちの危険を見て舌打ちしながら足を止めるアヴェンジャー。
「チッ……!」
「そら、足が止まったぞ黒いの! しかしおまえも此処も暗すぎて滅入るなぁ!
―――虹霓でもかけてやれば、少しはマシになるとは思わんか!!」
フェルグスが剣を掲げ、その魔力を一気に剣に込め始めた。
即座に再始動したアヴェンジャーが、形振り構わぬ直線軌道でもって彼までの距離を最短で駆け抜ける。
放たれる黒い炎の拳。しかしそれに対してフェルグスは空いた片手で拳を返してきた。
二人の拳が交差し、互いに後ろに弾き返される。
拳を呪怨の炎で焼かれながら、しかし彼に怯むような様子はまるでない。
魔力を喰わせ、大きく掲げた剣の切っ先。その向き先は床。
全力をもって地面に突き立てるような動作で、彼はその剣を振り抜き―――
「“
バシュン、と。その切っ先が地面に突き立つ前に赤い弾丸が剣に直撃していた。
同時に剣の周囲を取り巻く赤いエネルギーの渦。
動かすことを封じられた剣を手に、フェルグスが驚いたように静止した。
瞬間。黒い炎ががら空きになったフェルグスに突撃する。
一拍遅れながらも敵を払おうと振るわれる腕。
それを潜り抜けたアヴェンジャーの炎を纏う手刀が、彼の胸を貫通した。
心臓と霊基を粉砕する一撃を受け、フェルグスが即死に至る。
己を撃ち抜く腕を見下ろしながら彼は楽しそうに笑う。
「―――してやられたか。が……!」
「―――!」
既に死しているにも関わらず、彼の体が動き出した。
赤い光の拘束を引き千切り、発動直前であった大剣宝具を地面に向け再び動かす。
その動作に対して舌打ちしたアヴェンジャーもまた攻撃を開始する。
彼の心臓に腕を突き立てたまま、空いた腕が狙うのはフェルグスの頭部。
首から上を消し飛ばすべく振り抜かれる黒い炎。
だがその途中で手首を掴まれ、頭を潰すことは叶わない。
「振り上げておいて振り下ろせぬまま死ぬでは戦士の名折れ!
天地に我が剣在らば天空にこそ我が力は渦巻こう! 是即ち、天地天空大回転!!
いざ味わっていけ、“
至近距離にいるアヴェンジャーが放射する黒炎を全身に浴びながら笑う。
大きく表情を歪めた復讐者の前で剣は石の床へと突き立てられ―――
瞬間。虹の光が室内に溢れ返り、周囲の一切を蹂躙していく。
床も、壁も、天井も、全てを虹霓が引き裂いて崩落させる。
光の乱舞にこそ巻き込まれなかったが、足場が砕け散ったとなれば立香とメルセデスがどうなるかは明白だ。崩落に巻き込まれ、床の下に広がっている奈落に落ちていく二人。
それを追うべく動こうとするアヴェンジャーはしかし、フェルグスに力尽くで拘束されている。
その一撃を放った瞬間に退去が始まり、体の端から砕け散っていくフェルグス。だがアヴェンジャーを掴んでいる彼の体が残っている限り、彼は二人を追いかけられない。
「チィッ……! 紛い物でもケルトの勇士か……!」
「ははははは! 強者と戦い! 旨いものを食い! 良い女を抱く!
命果てるまでそうだっただけだ! そんなものに紛い物も何もあるものか!
さあ、此処で俺が果てるまで付き合え! 黒い炎のサーヴァント!!」
砕け散りながらもまるで力は緩まない。
瓦礫とともに下に消えていった二人を一瞬だけ振り返り、黒い炎が噴き上がる。
アヴェンジャーの見開いた目が黄金色に輝き、更に出力を向上させた。
向き合うフェルグスが愉しそうに笑みを深くする。
「はっはっはっは! 心地良い気迫だ、女は抱けなかったがこれはこれで悪くない!!
むしろ良い! さあ、まだまだこれからだ―――!!」
「黙っていろ、これ以上おまえに付き合っている暇は―――ない!!!」
黒い炎がアヴェンジャーを中心に破裂する。
周囲の瓦礫ごと溶かす熱量が爆発し、その場を漆黒が包み込んだ。
「っ……!」
フェルグスの宝具解放により崩れ落ちた床。
そこから放り出された二人が、互いを掴みながら底の見えない奈落に落ちていく。
底が見えないのも問題だが、仮に底があったとしてこの高さからの墜落は更に大問題だ。
運よく落下の衝撃を殺してくれて、更に落ちてきたものを優しく受け止めてくれる床が広がっていない限り、即死が見えている。
「―――地面!」
メルセデスが叫ぶ。立香もまた視認した。
広がっているのは当然のように、今まで通りに石の床。
そんなところに叩き付けられれば、どうなるかは想像に難くない。
―――メルセデスを見る。彼女が着ているのは普通の服だろう。だったら、普通の服ではないカルデアの制服を着ている自分の方が防御能力は高いはずだ。
メルセデスを抱き寄せて、自分が下になるように引っ張る。
「……っ何を!」
「大丈夫……きっと……!」
まったくもって大丈夫なはずがない。
けどそれでも、
「多分、いける気がする……!」
「そんなわけが……!」
地面への着弾は三秒後。
目を瞑り、歯を食い縛り、体を震えさせながら、それでもメルセデスを抱え込む。
二秒前、一、
零―――心の中でカウントダウンを終えてしかし、衝撃は襲ってこない。
まだ落下を続けているのか? いや、先程まで切っていた風は止んでいるのが分かる。
恐る恐ると目を開き―――その瞬間、背中からバタリと床に落ちた。
「……え?」
抱え込んでいたメルセデスを離し、ゆっくりと起き上がる。
まるで地面に落ちる直前に急ブレーキをかけて勢いを完全に殺してから落ちたような―――
が、思い切りメルセデスに腕を引っ張られて無理矢理立たされ走らされた。
「え? え? え?」
「馬鹿! 止まらない! 早くこっちに!!」
瞬間。彼女たちの後を追ってきていた、床だった無数の瓦礫が雨の如く降り注いだ。
広間を抜け出して通路の方まで逃げ込んだ彼女たちの前、轟音を立てながら瓦礫の滝が降り積もり山へと変わっていく。
少しの間様子を見てから、恐る恐る上の方を覗きつつ広間に入る二人。
もう降ってこないと見たメルセデスが小さく溜め息。
そして立香に向き直って微笑んだ。
「助かったわ……落ちてくる時、貴女が何かしてくれたのね?」
「……え? いや、私は―――」
何もしていない、何も出来ていない、そう言い返そうとした彼女の前。
降り積もった瓦礫の山。
―――そこが内側から弾け飛んだ。
「なん、たることかァアアアアッ!!」
瓦礫を弾き飛ばして内側から溢れ出すのは無数の黒い触腕。
更にそこから這い出してくる男の姿。
今度こそ、立香はその男に見覚えがあった。
「なにっ……!?」
「ジル・ド・レェ……!」
「おお、おお、主よ! 涜神を極めたる私に、遂に裁きを下すか! 輝かしきモノを冒涜し! 聖なるモノを嘲りし信仰への叛逆者たる私に!
石の雨を降らし、我が罪への裁きを下さんとするか! だがまだ私はこの舞台に立っている! 何故か! まだ足りないと言うか! まだ主への冒涜を積み重ねろと言うか! よろしい、ではまだ続けましょう! 勇者の魂を地に堕とし、聖者の祈りを辱め、主の前で讃えられるべき全てを、我が憎悪によって穢さん!!!」
触腕の中で宝具たる本を片手に叫ぶジル・ド・レェ。
眼窩から半分飛び出た眼球がぎょろりと蠢き、二人の少女をその視界に捉える。
「何なの、あいつ……」
ズルリ、と。彼の口が笑うように弧を描く。
そのまま彼は大仰に手を広げ、謳うように声を張り上げた。
そして―――
「おぉおお……何たる輝かしき、勇敢なる少女たち……!
ええ、ええ……その身を、魂を、命を、我が冒涜によって穢し――――ごげぇッ!?」
直後に、後ろから頭部を殴打されて瓦礫の中に沈んだ。
目を白黒させてその成り行きを見ていた立香が、彼の後ろから現れた者の名を呼ぶ。
「……ジャンヌ?」
「―――はい。このような場であれですが……なんだかジルがすみません、マスター」
ジルの頭部を殴打した旗を手に、白い聖女が困ったように微笑む。
その様子を見ていたメルセデスが立香に問いかける。
「……知り合いなの?」
「うん。ありがとう、助かったよジャンヌ。こっちに来れたんだ」
立香のその言葉に困ったように表情を崩すジャンヌ。
そのような反応を示すということは、よくない状況なのだろうか。
自然と緊張しながら立香は彼女からの返答を待つ。
「……いえ。残念ながら、ダビデ王の協力を得てもこれが限界。
この
―――ソウゴくんもこちらに向かっています。合流できるまで何とか耐えてください」
「そっか。うん、でも何とか頑張ってみるよ。
こっちにも協力してくれるサーヴァントはいるし……」
ソウゴが向かっている、と聞いて首を傾げつつも頷く立香。
その横でメルセデスが額に手を当て、小さく呟く。
「ソウ、ゴ……?」
ジャンヌが僅かに目を細め、多くない時間の中で語るべきことを語らんとする。
そう時間の猶予がないのか、或いは伝えるべき言葉が多いのか。
微かに声からは焦りが感じられた。
「マスター、私はただ事実を……あなたに伝えます。
―――かつてひとりの男がいました。航海士として成功し、美しい恋人との将来の約束も交わした幸せな人。けれど彼は非道にも無実の罪を着せられ全てを奪われた。
誰一人、味方はなかった。謂われの無い罪の密告、長い時間を共にした友の裏切り……法を司る者さえ、浅ましき私欲から彼を陥れる側に回りました。
そして男は……絶望の島、けして生きて出ることは叶わないと語られる監獄塔、シャトー・ディフに送られたのです」
それが、誰のことを語っているのか。わざわざ明言されなくても分かる。
彼女がこれを伝えるべきだと感じたなら、それを聞いて何を思うのかが大事なのだろう。
ただ静かに、立香はその言葉を聞き続ける。
「―――この世の地獄に閉じ込められ、餓死による自死を望むほどの絶望……しかしその時、ささやかな導きがあったのです。ファリア神父という、独房に繋がれた老賢者。
彼は
神父から多くの知識を学んだ男はやがて、彼の死と引き換えに監獄塔を脱出しました。生者が抜け出せぬなら、と。神父の遺体と入れ代わり死人として脱獄したのです。
託された
そうして、彼は自分を地獄へ落とした者たちを次々と……」
そこでジャンヌは言葉を打ち切った。
男について伝えるべきことはここまでだ、というように。
そして再び口を開いた彼女は、別人を語るように復讐者の事を口にし始めた。
「あなたと共にあるのは、世界とヒトを憎悪し続けるように定められた者。
哀しくも荒ぶる魂、
言葉を切る。
彼女は誰かを思い浮かべるように視線を微かに彷徨わせ、再び立香へと視線を向けた。
「彼はもうひとりの私とは決定的に違う。
彼女はジルの望みであり、ジルの思い描いた“私の復讐”こそが根底にある。
けれど彼は―――」
ジャンヌの言葉を遮るように、黒い炎が天上から落下してきた。
瓦礫の山に激突した黒い炎が弾け、その中からアヴェンジャーが姿を現す。
彼は怒りに歪む凶暴なまでの表情でもって、彼女を睨み据える。
「―――既に“個人の復讐”から分離した、復讐者という概念そのものです」
「そうとも! このオレこそが恩讐の彼方より来たれり復讐の化身!!
そう在れかしと願われ! 乞われ! 誰もがオレに憎悪による殺戮を期待する! そして正統なる復讐が果たされた暁にはオレこそが正しい、胸がすく思いだと喝采する!!
ああ、応えてやろうとも! オレこそが永遠に救われぬ魂を憎悪によって燃やし続け、やがて世界さえも灼き尽くす
彼の着弾の衝撃で吹き飛んだ瓦礫を掻き分け、再びジルもまた頭を出す。
二人のサーヴァントを前にして、アヴェンジャーの顔が更に凶悪に歪んだ。
「信仰も何もかも捨て去り怠惰に耽る男、ジル・ド・レェ!
憤怒すべき境遇にありながら赦しだの救いだの綺麗事を並べる女、ジャンヌ・ダルク!!
貴様たちは、纏めてオレの恩讐の炎で消えるがいい――――!!!」
私ラースフレイムだけダントンに当たらないの好き!(バーン