更新する以外に創作者の僕にやれることはなし。
生温い風に当たりながら、日が傾く空を見上げる。紅茶の注がれたカップを一瞥して、ため息を吐く。今日は、紅茶を飲む気分にはなれなかった。
「⋯⋯私達の負け、ね」
「ダージリン様⋯⋯」
OG会との舌戦や、アールグレイ様の御助力もあって、TOG IIを配備するに至ったのに⋯⋯無様を晒してしまった。こんなことなら、クロムウェルを持ってきた方が良かったかしらね。
「アッサム、データは確りと取っているわね?」
「はい、ダージリン。始終、データは採取済みです」
どうして負けたのか、それは、我々にとって知波単学園が未知の学園であったから、というのもあるのでしょう。
だけれども、それ以上に私達が至らなかった。これに尽きる。
今回のTOG IIだって、OG会がその見た目や動きを気に入ってくれたから何とか配備にこぎつけられたようなもの。
トータスやコメットなんかを配備出来ればもっと良かった。しかし、やっと手に入れた念願の17ポンド砲を上手く活用出来なかったのは私。
「⋯⋯ままならないものね」
「ダージリン⋯⋯貴女が悔やむことではありません。OG会の面々にここまでの譲歩を引き出せたのは、貴女の手腕あってこそです」
だけれども、勝つことはできなかった。
勝つことが大切ではない。しかし、勝つことは当たり前でなくてはならない。
それこそが、私達背負う者の宿命、ノブレス・オブリージュ。
「⋯⋯でも、なんでなのかしらね」
「⋯⋯?」
不思議そうな顔をするアッサムと、どこか悔しげに顔を歪めるオレンジペコの顔を順番に見て、微笑む。
なんて、清々しいのでしょう。
こんなに晴れやかで、こんなに悔しいのは、久しぶり。
「不思議と、今日の戦いを良かったって思える私がいる」
「⋯⋯ダージリン」
「アッサム、私、悔しいわ」
悔しい。負けたことが、悔しい。清々しく、潔く散る覚悟で最後は挑んだというのに、あの戦いに負けたことが悔しくて仕方が無い。
OG会との舌戦や、その他諸々を相手にした外交戦。交渉、手回し、騙し合い、ここのところはそういうのにかまけていて、漠然と何かを失っていく気分に苛まれていた。
でも、今日の戦いにそんなものは無かった。
私も、アッサムも、オレンジペコも。他の隊員達だって、その時に全てを懸けていたと私には分かる。
だからこそ、負けたのが悔しい。目頭が熱くなる。
「⋯⋯ダージリン様⋯⋯私だって悔しくてたまりません⋯⋯私の実力は皆様に届いていなかった」
「ダージリン、私も、悔しいです。貴女と駆け抜けて、負けたことが悔しい」
「貴女達⋯⋯」
きっと、そうだと思っていた。私に付いてくる人間なのだから、そういう類の人間であると、分かっていた。
どうしてか、久しぶりの経験であるから、感覚があまり分からない。
「でも⋯⋯そうね。言葉にするなら⋯⋯」
久しぶりに熱くなった。熱くなるのは良いって、そんな言葉は私には似合わないかしら。
言葉を飲み込んで、辺りを見回すと、そこには好敵手が居た。
「⋯⋯お邪魔だったようですね、私は失礼致します。水を差したこと、申し訳ございません」
「いえ。西さん、こちらにいらして」
羽織った外套を靡かせ、制帽を深く被り、腰から軍刀を差したその姿は、話に聞く帝国軍人そのもの。
私達を破った、知波単学園の隊長大統帥西絹代。
一礼しその場から去ろうとする彼女を呼び止める。
「⋯⋯オレンジペコ、あれを」
「はい」
オレンジペコから受け取ったそれ、ティーセットを西さんに手渡しする。
これは、我が校の校風であり、そして、私からもプライベートな好敵手認定の証。
There are some defeats more triumphant than victories.
勝つことよりも、勝ち誇るに足る敗北が世の中にはある。
モンテーニュの言葉だが、今日この日の敗北こそが正しくそれであったのでしょう。
「貴女は、未来永劫、私の好敵手ですわ。絶対に、貴女に打ち勝ってみせます」
「⋯⋯望むところです。私も、負けるつもりは毛頭ありません」
不敵に微笑んでみせた彼女の姿が、強く大きく見えた。試合開始直前の、浮ついた姿からは想像も出来ない程に、今の彼女は完成していた。
ああ。これが、噂に名高い大統帥西絹代の完成形。その完成の最後のひと押しを出来たこと、光栄に思いますわ。
でも、それと同時に絶対に打ち勝ちたいという思いも強くなっていく。
「それでは、本日は良い試合をありがとうございました。いつか、再戦を」
「ええ。またいつか、戦いましょう」
凛とした姿勢で敬礼すると、彼女はもう何も残すことはないと振り返って去っていった。どこまでも潔く、後腐れのない姿勢にも好感が持てる。好敵手として、こんなにも素晴らしい人物はいないでしょう。
「アッサム、帰ったらすぐさま今日の試合の反省会をするわよ」
「はい、ダージリン」
アッサムは、もう大丈夫だろう。彼女は強い。
それと、もう一人、声をかけておくべき子がいる。
「オレンジペコ」
「⋯⋯はい」
戦いというのは、常に私達の予想外を往く。やれると思っていたことがやれなかったなんて、日常茶飯事のこと。それを悔やむのは仕方の無いことだ。
そして、悔しさは苦しみだ。どうして悔しいのか苦悩し、いつかその苦しみを乗り越えて、悔しさを越える。
「The world breaks everyone, and afterward, some are strong at the broken places.」
「⋯⋯この世では誰もが苦しみを味わう。そして、その苦しみの場所から強くなれる者もいる。⋯⋯ヘミングウェイの言葉です」
「そう。今の私達は、正しく苦しみを味わっている」
だけれども、この言葉のようにこの場から強く進み出せる者達だっている。強く踏み出さなければならない者達が、いる。
「ペコ、私達は強くなれる者達。いえ、強くなることこそが私達の
「ダージリン様⋯⋯」
「今は、苦しみなさい。でも、その苦しみを乗り越えてみせなさい。きっと、それが貴女の誇りになる。貴女の強さになる」
「⋯⋯は、い⋯⋯ダージリン、様⋯⋯」
その涙を私が受け止める。でも、いつか貴女が誰かの涙を受け止める番になる。だから、今は、泣きなさい。それが、正しいことだから。
⋯⋯私も、強くなる、から。
せり上がってきた熱いものを堪えて、意識を切り替える。
「⋯⋯オレンジペコ、撤収するわよ」
「はい⋯⋯!」
自分が自分でなくなったような、本質は自分のままでも、何かが決定的に変わったようなそんな感覚。
これが、世に言う一皮剥けた、という経験なのかしら、ね。
「⋯⋯西さん、みほさん、貴女達の戦い、貴女達の戦車道、楽しみにしているわ」
ティーセットを贈った二人の好敵手の顔を思い浮かべて、私はふっと笑みを零す。きっと、お二人の戦いは壮絶なものとなる。戦力は今までで一番拮抗しているだろう。そして、今までで一番、隊長同士が近くて異質な才を持っている。
そんなお二人の戦いが見られること、とても嬉しく思う。
そろそろ空が完全に暗くなってきたのを認め、私達は帰路についた。胸に、新たな種を宿して。
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